労働委員会裁判例データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  東京地裁令和2年(行ウ)第177号
工学院大学不当労働行為救済命令取消請求事件
原告  学校法人X大学(「法人」) 
被告  東京都(同代表者兼処分行政庁 東京都労働委員会) 
被告補助参加人  Z組合連合(「組合」) 
判決年月日  令和4年1月26日 
判決区分  棄却 
重要度   
事件概要  1 平成27年7月23日、法人は、組合に対し、大学及び同大学附属学校の新教員人事制度の導入を提案した。組合と法人とは、新教員人事制度の導入について、12月24日から28年2月23日まで計4回団体交渉を行った。その後に、法人は、組合に対して「『教員新人事制度労使交渉』論点についての法人見解」(以下「法人見解」という。)と題する資料を提示した。28年3月17日、4月15日及び5月16日に団体交渉を行ったが、妥結に至らなかった。6月15日、法人は、組合に対し、「教員新人事制度導入手続の開始について」と題する通知書を送付した上、8月1日に新教員人事制度を導入した。
 本件は、上記のうち、28年3月17日、4月15日及び5月16日に行われた団体交渉における法人の対応が不誠実な団体交渉に当たるか否かが争われた事案である。
2 東京都労働委員会は、法人に対し、不誠実な団体交渉に当たるとして、誠実な団交応諾とともに、文書の掲示を命じた。
3 法人は、これを不服として、東京地裁に行政訴訟を提起したが、同地裁は法人の請求を棄却した。 
判決主文  1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。
 
判決の要旨  1 新制度導入による不利益の程度に関する原告の説明について
 賃金等の処遇面での重大な不利益につながる新制度の導入に関し、補助参加人は、特に大学教授がC評価を受けた場合に20パーセントの賞与減につながる点につき、異例の大幅な不利益であると捉え、その不利益の程度をいかなる理由で設定したのかにつき疑問を呈してきた。
 これに対する法人の第7回(5月16日)団交における回答は、組織的な教育活動の強化のための動機付けとして必要であり、その程度は経営裁量で定めたという原告の立場を繰り返し説明するのみで、組合の疑問に正面から答えていないと評価せざるを得ない。かかる減額幅は、最終的には裁量により設定せざるを得ないものではあるが、動機付けとして妥当な減額幅がどの程度なのか、大学教授のみ減額幅が大きいことが相当なのかなどといった点について、様々な観点から考察し労使で意見交換することは可能であったにもかかわらず、上記の説明に終始した法人の対応は、団交を通じた合意達成を図る努力を欠いたものといわざるを得ない。
 法人は、かかる減額幅の設定が経営裁量に属する事項である旨強調するが、義務的団交事項として法人が誠実交渉義務を負うことに変わりはなく、上記説明を繰り返すのみでは、団交を通じた合意達成を図ることは到底困難であることは明らかであったというべきであるから、誠実交渉義務を履行していないとの評価を免れない。

2 大学における降格制度導入の必要性に関する原告の説明について
 組合との間で従前は存在しなかった処遇上の不利益をもたらす制度の導入について合意達成を目指すのであれば、年功主義を廃した他大学等における実例の有無を調べ、仮に適切な前例等が見当たらなかったとしても、あえて大学教授に限り降格制度を導入する必要性につき再検討するなど、誠実交渉義務を履行したというには、上記以上に具体的な説明をするための努力をすることが求められるというべきである。しかしながら、法人の上記対応からすれば、誠実交渉義務を履行したとは認め難い。

3 組合からの資料提示要求に対する法人の対応について
 法人は、第5回(3月17日)団交に先立つ組合からの「新制度案を作成したという経営戦略会議での会議記録、および資料」等の提示要求を受けて、3点の資料を提示したものの、第5回団交における、「評価を処遇に結び付ける仕組みがないため、教育改革に積極的に取り組もうとする意欲が湧きにくい」との現状認識を得るに至ったことを示す平成25年8月開催の経営戦略会議の会議録及び同会議で提示した資料の提示要求に対しては、特段の理由も示すことなく、経営上の機密に関するものを除いても一切開示しない旨回答している。このような法人の対応は、団交において必要に応じ資料を提示するなどして合意達成に向けた誠実交渉義務を怠るものといわざるを得ない。

4 成績評価基準に関する法人の説明について
 新制度は、従前存在しなかった成績評価制度を導入し、C評価を得た場合には定期昇給が停止され、賞与は基準額の10パーセントの減額、大学教授に関しては20パーセントの減額を伴うことからすると、成績評価がいかなる基準で実施されるのかという点は、労働条件に直結する義務的団交事項であるから、法人の誠実交渉義務の内容として、可能な限り具体的かつ明確に説明すべき義務を負っている。
 この点に関する法人の説明は、新制度の提案当初の大学概要及び中高概要に、教員ミッションの達成度に応じて評価されること、大学における教員ミッションが「教育・研究・組織運営」であること、中高における教員ミッションが「学習指導」、「学級・学年指導」及び「校務運営」であることが記載されている程度で、その後の本件団交を通じてその説明内容が具体化、明確化することはなく、第7回(5月16日)団交でも、「C評価は難しいですよ。C評価は決して簡単ではないと思いますよ。」との説明にとどまり、教員ミッションの達成度を測るうえで、具体的にどのような項目について、どのような観点から評価されることになるのかを推測することすら困難な内容となっている。
 かかる説明に終始した法人の第7回団交における対応について、上記の説明義務を果たしたものと評価することはできない。

5 中高での初年度格付の基準に関する原告の説明について
 新制度において、初年度格付の基準もまた賃金という労働条件に直結し、生じ得る不利益の程度も大きいのであるから、本件団交を通じてその基準を明らかにするよう求める組合に対し、法人は、誠実交渉義務の内容として、可能な限り具体的にその基準を説明する義務があるというべきである。
 ところが、この点に関する法人の説明は、法人見解における抽象的かつ概括的な記載内容以上に具体化することはなく、第5回団交では、3級の等級要件の一つである「指導的能力を発揮することができる」との要件を過去の実績に基づいてどのような基準で判定するのかという組合の質問に対し、法人見解に書いてあること以上の説明はできない旨回答するにとどまり、なおかつ、法人見解にも、上記質問への回答となり得るような記載は見当たらない。
 これを実質的に見れば、組合の質問に対する回答を拒否したものと評価せざるを得ず、上記の説明義務を怠ったものというべきである。

6 法人のその余の主張(評価の公正性についての制度的担保に関して説明を尽くせば足りる旨の主張)について
 法人は、新制度導入時点において制度設計が合理的か否かの判断に関しては、評価の公正性について制度的な担保が設定されているかが中核的な問題点となるとしつつ、法人はその制度的担保につき説明を尽くしており、それ以上の説明義務は負わず、そのための資料等の提示義務も負わない旨主張する。
 しかし、本件で問題とされているのは、新制度の制度設計の合理性(就業規則の不利益変更の合理性)ではなく、法人が第5回ないし第7回団交において誠実交渉義務を履行したか否かであって、この点は、法人が中核的な問題であると考える点について説明を尽くせば誠実交渉義務を履行したと評価し得るものではない。
 組合との間での合意達成に向けた誠実な対応をしたと評価しがたいことは、上記認定判断のとおりであって、法人の主張は理由がない。

7 まとめ
 以上のとおり、第5回ないし第7回団交において、法人は、新制度導入による不利益の程度、降格制度導入の必要性、成績評価の基準及び中高の初年度格付の基準につき、具体的な根拠を示して十分な説明を行ったとはいえないから、法人の対応は労組法7条2号の団交拒否(不誠実な団交)に該当する。

8 結論
 以上のとおり、上記7と同旨の本件命令における認定判断に誤りはない。また、誠実団交と文書掲示を命じた救済方法にも裁量権の逸脱濫用は認められない。
 したがって、本件命令の取消しを求める法人の請求は理由がないから、これを棄却する。
 
その他   

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顛末情報
事件番号/行訴番号 命令区分/判決区分 命令年月日/判決年月日
東京都労委平成29年(不)第18号 全部救済 令和2年3月3日
東京高裁令和4年(行コ)第45号 棄却 令和5年2月8日
最高裁令和5年(行ツ)第203号・令和5年(行ヒ)第221号 上告棄却・上告不受理 令和5年9月20日
 
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