第13章 | 特別な視点が必要な事例への対応 |
1. | 「きょうだい」事例への対応 |
(1) | 児童虐待の背景には、保護者の性格、経済、就労、夫婦関係、住居、近隣関係、医療的課題等の多様な問題が複合・連鎖的に作用し、構造的問題となって発生している。このことから、きょうだいがいる家庭で虐待が発生した場合には、ある時点でひとりの子にしか虐待の矛先が向いていないとしても、虐待が発生する構造的問題が解決されていない限り、他の子に向かう可能性が強いことを意識して、その家族に対応しなければならない。 |
(2) | したがって「きょうだい」がいる家庭で虐待が発生している場合には、虐待の対象となっていない他の子どもに関してもアセスメントを行い、虐待を受けた子どもの児童記録票に別紙としてアセスメント結果を記入するとともに、担当機関(者)を定め、長期間にわたり動静を把握するなどの適切な対応を決めること。 なお、当該子どもについて虐待の徴候が認められた場合には、ただちに児童記録票を作成するとともに、「きょうだい」事例は、虐待の危険度が高いことを踏まえ、一時保護の実施を含めた積極的な対応を検討すること。 |
2. | 保護者がアルコール依存症の場合の対応 |
(1) | アルコール依存症とは アルコール依存症とは、たばこや薬物等と同じ依存症候群の一つである。アルコールを抑制するコントロールが効かなくなり、脅迫的に飲酒する以外では、酒を手に入れるための行動が大半を占めるようになる。その結果、これまで大切にしてきた価値や習慣、趣味を奪い、肝疾患等の病気や飲酒運転、借金、欠勤等人間関係や社会的生活を破綻させながら進行していく病気である。 この病気の特徴は、たとえ医療とつながったとしても、再飲酒により容易に症状が再出現し、再発に至ることである。すなわち、アルコール依存症からの回復は、生涯にわたる断酒であり、それに加えて、自分の感情をコントロールし、他人と健全に交流できるようになった状態と言われている。この回復には、一般的に通院治療、抗酒剤等の服用、セルフヘルプグループ(AAや断酒会等)への参加の三本柱の継続が不可欠と言われている。 依存症は、家族を巻き込む病でもある。家族はアルコール依存症に対する無知や偏見と家族としての義務感から、飲酒を一生懸命止めさせようと説得したりする一方で、怒鳴ったり、暴力をふるう等して飲酒を要求することから、恐怖のあまり酒を買い与えたり、職場に休暇の電話を入れる等、尻ぬぐいをし、飲酒を支えてしまう結果となる。このように、依存症は、当事者の家族が病気をさせて、結果的に病気を悪化させていくことが、その家族からキーパーソンを奪い、介入を困難にさせている大きな理由である。 |
(2) | アルコール依存症の家族の中に潜む虐待 アルコール依存症の家族とともに生活する子どもは、暴れる保護者や殴られる保護者を常時見ているか、あるいは自分も殴られている場合がある。直接暴力がない日々も、「いつ暴れるだろう。」という恐怖と緊張感の中で、依存症者の様子に敏感に反応しながら暮らすことになる。この状況は、子どもが安心して生活できる環境が保証されているとは言えず、アルコール依存症で治療ルートにのっていない場合、そこに暮らす子どもは、虐待環境におかれていると考える姿勢が必要である。そして、介入判断は、アルコール依存症本人以外の家族が、虐待行為や環境から子どもを守り、その場を離れる(家を出る等)ことができるか、あるいは必要時に警察や関係機関による介入をためらわずに行えるかが鍵となる。多くは、家族が巻き込まれており、適切な判断力が奪われている状態で、危機的状況であることが多い。
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(3) | 子どもの安全確認と保護 第一に重視されるべきことは、虐待行為の有無と虐待環境か否かであり、子どもの保護である。依存症者がその段階で、飲んでいるかいないかが問題ではない。まして、依存症者の「やめるつもりだ」、「もう飲まない」、「最近やめている」等の発言や気持ちが優先されるべきではない。暴力や暴言、家の中で暴れる等の状況がある場合は、児童福祉法第29条、第33条、第28条、児童虐待防止法第8条、第9条及び第10条の規定に基づき緊急介入を行う。なぜなら、依存症治療は、本人の「自分は病気であり、医療が必要。何とか回復したい」という気持ちが重視されるもので、周囲の強制で治療に結びつけることはできず、その気持ちを引き出すことを優先した場合、手遅れになることも想定されるからである。 子どもの安全が確保された後、依存症者本人とその配偶者の治療やその後のケアについては、保健所、市町村保健センター、精神保健福祉センターに相談し、必要時に医療機関や配偶者暴力相談センター等と連携をとりつつ、依存症者本人とその家族のケア体制を整えていくことが必要である。 母親が依存症者で、子どもへの身体的・心理的虐待やネグレクトがある場合は事態がより深刻になる。いわゆる「キッチンドリンカー」で朝から酔っ払っている姿を見せたり、夜になると飲みに出かけてしまい、子どもたちだけが家に置き去りにされる。食事を十分与えられなかったり、放任されたり、言葉による暴力で心を傷つけたりするので、子どもは非行に走ったり、家庭内暴力、不登校で保護者を困らせるような問題を起こす。ひとり親であれば母親の依存症に対する介入を行うことが優先するが、そのためにも子どもを保護して適切なケアを提供できる環境づくりをしなければいけない。父親がいても子どもを養育しながらの勤務は困難なので、説得して子どもを保護するように対応するのが望ましい。 子どもを保護した後の面会、外出、外泊については慎重な対応をする。児童相談所は施設と保健所の精神保健福祉相談員や保健師等と協議をして外泊や外出の可否を判断することになるが、その際は依存症者が専門治療、自助グループにつながり、断酒状態(いわゆる「しらふ」)が維持されていることを最低の条件にしなければいけない。 |
3. | 保護者が薬物問題を抱えている場合 |
(1) | 薬物依存症とは 有機溶剤や、覚醒剤、大麻、睡眠薬、鎮痛剤、鎮咳剤等の依存性薬物の乱用を繰り返すことで、自分の意思では止められなくなるのが薬物依存症である。平成12年度に改正された「精神保健及び精神障害福祉に関する法律」においても、薬物依存が病気(精神障害)であることが明確に定義されている。薬物依存には、快感という報酬的効果を得るために、薬物の入手に異常なまでの努力をするような精神依存状態と、体内に薬物が存在する状態に適応し、その効果が体内から抜けると、発汗や震え、下痢、嘔吐、痙攣等の退薬症状が現れる身体依存の状態がある。基本的な特徴は、薬物に関連した重大な問題にかかわらず、その薬物を使用し続けることで現れる認知的、行動的、生理学的な症状の一群である。治療は、個々の状況で選択されるが、薬物を絶つ動機づけ、精神症状に対する薬物療法、精神療法等の治療が行われる。 しかし、薬物依存症は、持続的に何度も反復して使用する特徴がある。単に医療につながるだけではなく、保健、医療、福祉、司法、警察、教育機関等の連携を図りながら、再犯を防ぎ、断薬を継続できる環境を整備していくことが大切である。 |
(2) | 薬物依存症と虐待 薬物依存症による幻覚、妄想が、殺人や放火等の凶悪犯罪や、交通事故を引き起こす等周囲の人や社会に対しても取り返しのつかない被害を及ぼすことがある。このように精神症状と犯罪が、大変密接な関連を持っていることが、薬物依存問題の際だった特徴の一つとも言える。また薬物使用を止めても、睡眠不足や過労、ストレス、飲酒等をきっかけに、幻覚、妄想等の精神症状が突然現れることがある(フラッシュバック)。これは、脳細胞には、かつての薬物使用体験が刻み込まれており、その害が半永久的に存在する時、その環境が、弱者であり無力な子どもにとっては、大変危険な、しかも人権を侵害する場になる可能性が高いことを認識し、薬物依存症への対応の際に、子どもの存在が確認できれば、常に虐待対応を念頭に入れた介入が必要となる。 |
(3) | 保護者への対応 薬物依存症に限らず、依存症への対応では、病気の本人より、その周囲の相談者あるいは困っている人を受け入れることから始まり、前述のアルコール依存症と同様に、家族に学習を進めることで、家族が病気の本人に巻き込まれない力をつけていくよう支援するものである。 しかしながら、その対応は、家族の病理性の高さから、困難を極めることも多い。だからこそ、保健、医療、福祉、司法、警察、教育機関との密な連携が不可欠であり、そこでの適切な判断が、子どもを救う重要な鍵になるのである。 |
4. | 精神疾患が疑われる事例への介入と対応 |
(1) | 気になる精神症状に気付くことが、精神疾患の介入に結び付く
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(2) | 精神疾患事例への対応方法 虐待があり、さらに保護者に精神疾患が疑われたり、現在も治療中であったりするケースは専門的な知識や対応が必要であり、介入に困難を伴うことが多いので、必ず保健所や精神保健福祉センターなどの精神科医やソーシャルワーカーを援助チームの一員に入れる必要がある。患者が最も信頼する人がかかりつけのクリニックの主治医ということもあるので、その場合には主治医に家族の病理と子どもの保護の重要性を理解してもらうことが危機介入の決め手となる。主治医であっても相談者の家庭に虐待問題が潜んでいるとは気付かない場合が多いからである。保健所保健師との情報交換を緊密にすることはもとより、主治医にも随時情報を入れて、症状が悪化する傾向を早く発見したり、緊急を要する場合は入院ベッドの確保に直ちに動かなければ子どもの命が危ないこともある。クリニックに受診している場合は、入院を要する場合の受け入れ病院がどこかを把握しておく必要がある。 患者が呈している主な精神症状と、悪化するときの兆候(例えば性的な妄想が出てくる、独語が多くなる等)を把握しておき、関係者にもそのことを伝えて関係者で共有しておく。向精神薬の服薬を定期的に続けていれば、日常生活には支障のない病気もあるが、病識がないというのも精神病の特徴なので、薬の使い方は主治医や保健師と相談する。服薬の自己管理ができない患者は、デポ剤を筋肉注射すれば長時間効果が持続するため精神症状を安定維持させることもできるので専門家と相談をすることが大事である。 精神疾患が疑われるから、保護者を入院させればいいと安易に考えるのは誤りである。加えて、本人が納得した入院でなければ治療効果も得られない場合が往々にしてある。入院の形態は表13−1のとおりであるが、法的に強制的な措置入院が適用できるのは自傷他害(患者が自殺を試みたり、子どもを殺すと言って刃物を振りかざすなど)の場合だけである。病気である患者の人権も配慮したかかわりや対応をしていかなければ、患者との信頼関係も構築できないし、さらに不信感を強めるだけである。したがって、子どもの危険性が高いと判断される場合には、保護者を入院させる以外の方法で子どもを保護する措置を講ずる必要があるのである。 境界性人格障害やパーソナリティに問題がある事例は、身近な人への他罰的態度や気分変調、手首自傷や薬物乱用、自殺の脅かし等の操作的言動を伴う。治療継続が難しく、援助者側の提案にすんなり応じることも稀である。援助者側が、無力感や関係者相互の信頼関係を揺さぶられる感覚に陥り、関係者のネットワークにも影響を及ぼすことが度々ある。過去の人生を振り返ると、幼少時期から、日常的な両親の対立や現実的には拒否にさらされ、愛情が不足している場合が多く、寂しさや空虚感、保護者の無理解から逃れるために自然と獲得した不安定な対人関係の結び方であると理解できる。対応としては、毅然と、決して拒否ではなく、「地域であなたが暮らしていきやすいように支援していきたい。そのためには、あなたを中心としたいくつかの関係機関が手を結んでいきたい」旨を伝え、周囲を揺るがす行動に、関係者間が揺れないことを意思表示する。さらに、面接時間等については、45分から1時間程度と時間を区切り、その旨を面接のはじめに伝えてから始める等、限界と決め事を伝える技術も必要である。このような機会一つ一つが、不安定な人間関係の結び方を修正していく学習モデルとして働くことを期待するものである。
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5. | 保護者による治療拒否の事例への対応 保護者による治療拒否は、保護者の果たすべき「治療を受けさせる義務」を怠るネグレクトの一形態(医療ネグレクト)であるが、児童相談所や施設が子どもを保護し、保護者に替わって養育するだけでは全く不十分であり、治療機関という第三者の協力を得なければならない点に一つの特色がある。また治療拒否の理由が保護者の信念(宗教的信念等)に基づく場合が多いというのも、もう一つの特色である。 医師としては、手術など患者に危険をともなう重大な医療行為をする場合には、(意識のない救急患者が運ばれてきたような場合は別として)通常本人の依頼ないし承諾が必要となる。 患者が未成年の場合、通常は親権者が医師に治療を依頼または医師の治療を承諾している。保護者がこれを拒否して健康が悪化している場合に、医師が職業上の倫理として保護者の承諾を得ずに治療することがあり、その時は社会的な相当行為として許されるが、医師によってはそうした対応を拒否することもある。そのような場合には、児童相談所が児童福祉法に基づく措置をとるしか方法がない。 児童福祉法には、施設の長の権限として、親権者がいる場合にも監護について必要な措置をとることができる(同法第47条2項)と定めており、これは施設の長に対し、子の監護に関して親権者と同様の権能と責務を与えたものであって、これには、治療を受けさせることを含むものと解釈できる。治療機関としては、施設にいる子どもの治療について、施設の長の依頼または承諾があれば治療を実施しているという実状もある。なお、仮に親権喪失宣告がされればその後選任された未成年後見人が、親権者の職務執行停止及び職務代行者選任の保全処分がなされれば職務代行者が、それぞれ親権者と類似の立場に立つことになると考えられる。 |
6. | 代理人によるほら吹き男爵症候群(Munchausen Syndrome by Proxy,以下MSBP)への対応 MSBPとは「両親または養育者によって、子どもに病的な状態が持続的に作られ、医師がその子どもにはさまざまな検査や治療が必要であると誤診するような、巧妙な虚偽や症状の捏造によって作られる子ども虐待の特異な形」である。例えば、乳児の呼吸を塞ぎ、SIDS(乳幼児突然死症候群)として受診を繰り返したり、子どもに下剤を飲ませ続けて難治性下痢として入院を繰り返すといった形をとる。基本は子どもを病気にすることによって不必要な医療やケアを受けさせることで子どもに不利益な状態を作り出すことである。実際に何らかの薬を飲ませるなどして病気を捏造することもあれば、起きていない痙攣を虚偽の報告をしたり、子どもの尿に血液などを混入させて血尿として受診するなどの模倣の形をとることがある。捏造の場合はそれ自体が子どもにとって危険であることは明らかであるが、模倣のかたちでも、不必要な診察・検査・治療を受けることによる苦痛を与えることになる。 MSBPの保護者は98%が実母で、自分自身や家族に看護師などの医療関係で働く人がいることが多いが必ずいるとは限らない。心理的なメカニズムとしては子どもや医療システムを支配する満足を得ることと同時に、大変な子どもを育てている献身的な保護者像を作り上げながら、医療的なケアを受けることが目的であると考えられている。虐待者は自分自身がMunchausen症候群であるなどの虚偽性障害をもっていることもある。また、父親など自らは虐待をしていない保護者についても、配偶者が虐待をしているという問題をある程度わかっていながら、それを打ち消したり避けている場合が多い。 MSBPは不自然な検査所見や不自然な保護者の態度などから疑われることが多いが、確定はなかなか困難である。海外ではビデオ撮影で証明されることもあるが、日本では病室にビデオが設置されることが困難であり、多くは一時保護などによって親子分離をすることで症状が消失することを確かめることで証明となることが多い。MSBPの危険性を考えると、一時保護の重要性を認識すべきである。念のため、他の医療機関への一時保護委託が必要になることもある。 虐待者は医療関係者を巻き込むことが多く、ある特定の医療関係者と家族ぐるみや個人的な付き合いをしていることも少なくない。従って、一時保護の計画などに関しての情報の流れには十分な注意が必要である。MSBPに気付いた医師を重視し、子どもを守る体制をとることが望まれる。 MSBPの死亡率は約9−22%という報告がある。MSBPは医療関係者から情報を得ながらエスカレートしていくことが多い。子どもの害を最小限に食い止めるためには、できるだけ早期に発見して介入することが求められる。 MSBPは1977年Roy Meadowによって「子ども虐待の奥地」として発表されたものであり、その定義に関しては様々な議論がある。MSBPと限定するより、保護者もしくは養育者が何らかの理由で子どもが病気であると訴え、そのために子どもが不必要な医療を受けると言う不利益をこうむる状態全体をMedical Abuseとして総称しようとする考えもある。 |
7. | 性的虐待への対応 性的虐待は、子どもに深刻な精神的問題や行動上の問題を生じさせる危険性が高いと考えられており、早急かつ適切な対応が必要となる。適切な対応を講ずるためには、子どもと虐待を加えていると考えられる保護者との分離が原則となる。 子どもから性的虐待の開示がなされた場合であっても、虐待者とされた保護者がその事実を認めることは少ない。また、子どもの行動や周辺的な状況で性的虐待の疑いを持たれた場合であっても、被害を受けていると考えられる子ども自身がその被害を否認することもある。このように、性的虐待はその事実の確認が非常に困難な場合が少なくなく、それだけに、対応する側に高度な専門性が要求されることになる。 対応の基本を以下に述べる。 |
(1) | 子どもとの面接 第4章で述べたように、性的虐待が事例性を持つようになるのは、子どもから開示があったり、子どもの精神的な問題や行動上の問題から性的虐待の被害が推定されて関係者が問題視するようになったり、あるいは別の問題で児童相談所が関わりを持ち始め、援助の経過中に子どもが性的虐待の事実を開示するなどの場合がある。性的虐待は身体的虐待のような外傷が認められない場合が多く、また、ネグレクトのように家族の生活状況からその事実の確認を行うことも困難である。したがって、いずれの場合であっても、子どもとの面接の内容が非常に重要な意味を持つことになる。以下に、子どもの面接における基本的事項を述べる。
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(2) | 調査 性的虐待が事実であったかどうかを検討するためには、子どもの話だけではなく、その他の周辺的な情報が必要となる。例えば、性的虐待が起こった場合には子どもの学業成績が著しく低下することが多いと言われており、そのためには学校での成績の動向を調べる必要がある。また、性的虐待を受けた子どもに多く見られると言われる行動特性(人前での頻繁な性器いじり、年齢にそぐわない性的発言、性化行動や性的遊びなど)が見られたかどうかといった情報を保育所や幼稚園・小学校・中学校等の学校などから得る必要もある。 また、性的虐待は、周囲からの監視がない状態(例えば、他に大人がいない状況)や、子どもを対象に性的行為をすることへの抵抗感が低下した状態(例えば、アルコールや薬物の使用時)で生じることが多いとの報告があることから、家族の生活状況に関する情報も必要となる。 社会調査においてこれら周辺的な情報を得ることが重要である。 |
(3) | 身体医学的なチェック 性的虐待が疑われた場合には、性器の外傷の診察及び性感染症(STD)のチェックのために、できる限り速やかに医学的診察と検査を行う必要がある。また、妊娠の可能性が考えられる場合には、その検査も必要となる。 性器に異常な所見が見られたり、性感染症が確認された場合には、性的虐待が事実であったことを示す有力な材料となる。しかし、そうした所見がないことが性的虐待を否定する材料にはならないことも知っておくべきである。ある研究では、性的虐待の被害を受けた子どもに身体的な所見が見られたのは全体の20%程度であったと報告されており、身体的な所見がない場合のほうがむしろ多いのである。 |
(4) | 保護者への面接 子どもに性的虐待の疑いが持たれた場合には、保護者への面接は必須である。性的虐待の加害者であろうと考えられる保護者(ここでは父親とする)、及び加害者ではないと考えられる保護者(ここでは母親とする)双方に面接する必要があり、その際にはできる限り個別面接の形態で行うべきである。 父親には、性的虐待の疑いがあるという事実、及びそうした疑いを持つに至った経過をできる限り率直に伝えることが大切である。その上で、父親からの話を聞いていかねばならない。こうした話に直面させられた父親の反応はさまざまである。最も多いのが、「子どもが嘘をついている」などとして事実を全面的に否認する場合であるが、部分的否認(「性的な愛撫はあったが性器への接触はなかった」)や意図の否認(「子どもは性的行為と考えたかもしれないが自分にはそのようなつもりはなかった」、「性教育のつもりだった」)、あるいは責任の否認(「子どもがそうして欲しいと求めたから応じてしまった」)などが見られることもある。こうした反応に対しては、決して父親を責めたり攻撃したりすることなく、援助者側がどういった理由で性的虐待を事実だと考えるに至ったかを説明し、また、その行為が子どもの状態にどのような影響を及ぼしているか、さらにこのままの状態が続けば将来的に子どもにどのような精神的状態や行動上の問題が生じると予想されるかを客観的に、根気強く提示していく必要がある。 母親への面接は非常に重要な意味を持つ。と言うのは、性的虐待を受けた子どものその後の状態を左右する最大の要因は、母親がその事実をどのように受け止め、子どもに対してどのような態度をとったかであると言われているためである。母親が、子どもの話を事実として受け止め、父親から子どもを守ることを最大の重要事項と考えて行動した場合には、性的虐待の悪影響が最も減じると言われている。 しかし、子どもの性的虐待の訴えをはじめから何の抵抗もなく受け止めることができる母親は少ない。自分の配偶者やパートナーが子どもにそうした行為をしたということに対する精神的衝撃(女性性の否定など)、配偶者やパートナーを失うことへの不安(経済的不安や依存対象の喪失の不安)、子どもにそのような被害を受けさせてしまったという罪悪感などから、性的虐待を事実として受け止めるためにはかなりの精神的労力を必要とするものである。一旦はそれを事実として受け止め、被害を受けた子どもを守ろうと決心した母親が、翌日には子どもの話が信じられない、きっと子どもが嘘をついているのだと子どもを攻撃するような言動に転ずることも少なくない。援助者には、こうした母親の辛さや衝撃を共感的に扱いながら、一方では事実に関する客観的な判断を提示し続けるという対応が求められる。 面接者が適切な対応を提供する中で、次第に揺れがおさまり、子どもを守ろうという決心を固めていく母親が多い。しかし、なかには子どもが被害を受けている事実を黙認していたり、あるいはむしろ積極的に子どもを「提供」しているような場合もある。こうした状態に母親が陥るのは、子どもをパートナーに「差し出す」ことによって、パートナーとの関係を維持しようとするといった家族の力動の結果である場合もある。母親がこうした状態にある場合には、子どもを守る方向に母親を導くのは非常に困難になる。 |
(5) | 子どもへのケア 子どもに対するケアとしてもっとも重要なのは、子どもが安心できる環境を整えることであり、そのためには加害者と子どもを分離し、さらに加害者ではない保護者が子どもを守るようにその後の生活を組み立てることである。その上で、子どもに適切な心理的ケアや精神的な治療を提供していくことが必要となる。
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(6) | 保護者のケア 加害者が性的虐待を行った背景には、その人の成育歴や現在の生活環境に由来するさまざまな心理的要因が存在することが少なくない。例えば、自分の人生に肯定感が持てていなかったり、現在の生活状況に無力感を持っているなど、自己コントロール感の喪失に由来する支配欲求が子どもへの性的虐待を導く場合が多いといった知見が示されている。したがって、加害者に対しても、可能な限り心理的なケアが提供される必要がある。 加害者のケアにとってもっとも大切なのは、性的虐待という事実への直面化である。こうした直面化は、性的虐待があったという事実を認めるだけではなく、それが子どもにどのような影響をもたらしたのか(結果への直面)や、どうしてそうした行為に及んだのか(原因への直面)が含まれることになる。 こうした直面化の作業は、加害者と援助者の多大なるエネルギーを要求する。しかし一方で、数は少ないながらも、援助者が性的虐待の存在を指摘した直後にそれを受け入れ、自分がそのような行為に及んでしまった心理的な背景についても自己分析的に述べる加害者も存在する。こうした加害者の行動の多くは『偽りの洞察』と呼ばれるものであり、真の洞察への防衛であったり、子どもを取り戻すための方略であると考えられるので注意を要する。 加害者でない保護者の心理的衝撃や揺れについては前述の通りである。こうした保護者が子どもの被害の事実を受け入れ、子どもを守ろうと決心する過程を支えることがケアにつながると言えよう。 |
(7) | 刑事事件としての取り扱い 先に述べたように、わが国においても性的虐待を刑事事件として告訴したり告発したりする事例が見られるようになった。こうした司法的手続きが子どもに与える心理的負担の大きさ(警察官調書や検察官調書作成のための事情聴取の繰り返しや、法廷への出廷が求められる可能性など)を考えた場合には、どのようなことが今後予想されるかを子どもに十分理解してもらった上で子どもの意思を十分に考慮し、その後の対応を慎重に決定する必要がある。子どもによってはその心理的負担に耐え切れずに性的虐待の事実を撤回したり、場合によっては自殺に及ぶ危険性すらある。 刑事事件として取り扱われることで保護者が間違ったことをしたのだという子どもの理解を促進したり子どものエンパワメントにつながると考えられる場合には、「子どもの最善の利益のために」という子ども福祉の原則からも、警察官や検察官を説得して立件に踏み切ってもらう必要が生じる場合もある。警察などに積極的に動いてもらうためには、虐待問題に詳しい弁護士の協力を得ることや、前述した適切な面接に基づく専門家の意見書が有効に働く場合が少なくない。 |
8. | 配偶者からの暴力のある家庭への支援のあり方 |
(1) | 配偶者からの暴力とは 「配偶者からの暴力」は、一般的には「ドメスティック・バイオレンス(Domestic Violence)」や、「DV」といった用語で用いられることが多いが、一方の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)からもう一方の配偶者に対する暴力の存在と、暴力的な関係の長期間にわたる継続とを特徴とする。配偶者からの暴力では、女性が男性に対して暴力を振るうという事例が皆無ではないものの、男性が加害者になることが圧倒的に多い。そのため、ここでは、夫あるいは父親を加害者、妻あるいは母親を被害者として記述することとする。 配偶者からの暴力の本質は、夫による妻の行動や思考の「支配」の確立であり、こうした支配関係の確立という目的のために、身体的暴力、精神的暴力、性的暴力などの様々な虐待を行使するものであると考えられる. |
(2) | 暴力的関係の長期的継続 先に述べたように、配偶者からの暴力のある関係においては、暴力が存在するだけではなく、慢性的な暴力を含む関係が長期にわたって継続するという特徴を持っている。場合によっては、夫の暴力によって致命的ともなり得るような深刻な傷害を受けても妻がその関係に留まったり、一旦は暴力を逃れて逃げ出した妻が、短期間の後に再び夫の元に戻ってしまうといったこともあり、配偶者からの暴力についての経験や知識の乏しい援助者には奇異に感じられることすらある。 配偶者からの暴力の被害を受けている妻がその関係に留まる要因には、経済的要因、社会的要因、及び心理的要因が存在すると言われている。
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(3) | 配偶者からの暴力と子どもの虐待 ある調査では、配偶者からの暴力のある家庭の50%に子どもへの虐待が見られるとの結果が見出されており、配偶者に対する暴力と子ども虐待との間には関連があることが示されている。こうした研究のほとんどは、子どもへの虐待を直接的な暴力、つまり身体的虐待に限っているが、ネグレクトを含めるとこの合併率はもっと高くなると考えられる。先述したように、配偶者からの暴力とは、夫が妻を「支配」する過程と考えられ、この過程において妻は「無力化」されていく。そこには、母親としての「無力化」も含まれることになり、母親としての子どもに対する養育機能が奪われてしまうわけである。このようにして、夫の暴力の被害者となることによって、結果的に子どもへのネグレクトが生じることになるわけである。 配偶者からの暴力のある家庭の約50%に子どもへの虐待が見られるとする調査があることは先に述べたが、この子どもに対する虐待の中には、父親からの虐待のみならず、母親から子どもへの虐待も含まれる。つまり、夫からの暴力の被害者となっている妻が、今度は子どもに対する加害者となってしまうわけで、家庭内での暴力の連鎖とでもいえる状況が生じるわけである。 こうした暴力の連鎖は、遅れて生じる場合もある。暴力を受けた妻が子どもを連れて夫の元から逃れ、母子による生活を始めてしばらくの時間がたった後、それまでには見られなかった母親から子どもへの虐待が現れる場合もある。そのため、援助者は、夫から逃れた後の母子での生活の様子に十分注意を払い支援していく必要がある。 |
(4) | 配偶者に対する暴力の目撃が子どもに与える心理的影響 平成16年児童虐待防止法改正法により、子どもの目前で配偶者に対する暴力が行われることが心理的虐待に当たることが明確化された。こうした改正がなされた背景には、直接の被害を受けていない子どもであっても、父親から母親への慢性的な暴力が存在している家庭で育った子どもたちは、心理的なダメージを受けているとの実践的な知識があったためである。 児童養護施設に入所している子どもたちを対象としたある調査では、配偶者からの暴力のある家庭で育った子どもが示す心理的問題や行動上の問題は、身体的虐待を受けた子どものそれと類似しているとの結果が得られている(児童福祉機関における思春期児童等の心理的アセスメントの導入に関する研究.厚生労働科学研究平成15年度研究報告書.主任研究者:西澤哲)。つまり、配偶者からの暴力のある家庭で育った子どもには、攻撃者との同一視による暴力傾向や暴力的行動化傾向、感情コントロールの問題、自己イメージの低下などの特徴が見られたわけである。また、配偶者からの暴力のある家庭で育った子どもは、身体的虐待を受けた子どもに比べて、怒りの程度がより強く、一方で、感情抑圧がより強いという結果も得られている。つまり、父母間の配偶者からの暴力のある関係を目撃することは、子どもにより激しい怒りをもたらすものの、一方でその怒りを強く抑圧する傾向が見られることになる。こうした抑圧の強さには、おそらく暴力的な父親に対する恐怖が関連しているのではないかと推測される。 また、臨床的な研究や援助実践の経験からは、配偶者に対する暴力の目撃体験を持つ子どもは、「母親を守れなかった」との思いから強い罪悪感を抱いたり、「強くならねば」と考えて物理的力への憧れを持ったり実際に問題を力によって解決しようとする傾向を示したり、あるいは、苦痛に満ちた現実生活からの心理的逃避として空想などの自己の内的世界への耽溺傾向を示したりなど、一定の特徴があると考えられている。 このように、子ども自身が虐待やネグレクトの被害を受けていない場合でも、子どもにはこうした心理的影響が及んでいる可能性がある。したがって、これらの心理的影響を考慮に入れた子どもへのケアや治療が必要になる場合が少なくない。 |
(5) | 配偶者からの暴力の被害を受けている妻への支援と子どもの援助 配偶者からの暴力のある家庭に援助を行う場合には、配偶者暴力相談支援センターとの連携は必須である。しかし、妻へのケースワークと子どもへのケースワークが常に同一の方向性を持っているとは限らない。たとえば、配偶者からの暴力の被害を受けている妻の安全を確保するためには、援助者が、妻に対し一時保護の利用を勧奨したり、保護命令制度について情報提供を行い、妻が裁判所に保護命令の申立てを行うことを支援するなど、妻自身が自ら問題解決に向けて決断し、行動できるように支援することとなる。そのため、妻が暴力によって奪われてしまった自身の力をとりもどす「エンパワメント」が重要であるとされている。暴力を受けていながらもその関係にとどまろうとする妻を、外部からの半ば強制的な力で夫のもとから引き離そうとすることは無効であるばかりか有害となる場合もある。したがって、妻自身が暴力によって支配された関係を「おかしい」と感じ、その関係を絶とうとする判断を行えるような「エンパワメント」が援助の基本となるわけである。 一方で、子どもへのケースワークの基本は子どもの安全の確保であり、そのためには一刻の猶予もなく子どもを家庭から分離・保護しなくてはならない場合も存在する。このように、表面的に見れば、ケースワークの方向性が食い違うような場合も存在するため、双方の援助者にとって不信感やフラストレーションが生じることも少なくない。こうした家庭への支援においては、双方がお互いのケースワークの原則を理解しつつ、それぞれの原則を踏まえたケースワークを行っていく必要がある。 また、妻へのケースワークの展開においては、先にも述べたように、一旦は夫のもとを離れた妻が再びもとの関係に戻ることが少なくない。こうした場合、自分の元を離れた妻や子どもに対する夫あるいは父親の暴力が以前にも増してひどくなる場合もある。子どもの援助を行う者は、こうした可能性に留意してケースワークを行っていくことが必要である。 |
9. | 18歳又は19歳の子どもへの対応 児童相談所において、18歳又は19歳の子どもに関する相談があった場合には、これまで相談できずに悩んでいた結果、どうすることもできずに相談に来たなど深刻な状態になっていることも考えられるため、年齢要件を満たさないことを理由に直ちにこれを拒否するのではなく、配慮ある対応をとることが必要である。 特に、18歳又は19歳の子どもに係る親権喪失宣告については、これを請求できるのは、その親族又は検察官のみとされていたところ、18歳又は19歳の子どもの場合であっても、親権者と関わりを持ちたがらないなど親族が請求を躊躇することも多いことから、平成16年児童福祉法改正法により、その範囲が拡大され、児童相談所長も親権喪失宣告を請求することができることとされた。 このような制度改正の趣旨も踏まえ、児童相談所において、18歳又は19歳の子どもから親権喪失請求に関する相談があった場合には、18歳未満の子どもと同様に適切な相談援助活動を行い、その上で、本人の意向を確認しつつ、親権喪失請求について十分に検討し、行うことが大切である。 |
表13−1
精神保健福祉法に基づく入院制度の概要
入院形態 | 任意入院 | 措置入院 | 緊急措置入院 | 医療保護入院 | 応急入院 | ||||||||||||||||||||
対象者 | 自らの入院について同意する精神障害者 | 医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認められた精神障害者 | 措置入院の要件に該当すると認められる者について、急速を要し、措置入院に係る手続きを採ることができない場合において、直ちに入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人を害するおそれが著しいと認められた精神障害者 | 医療及び保護のために入院の必要があると認められた精神障害者であって、保護者(保護者について家庭裁判所の選任を要し、かつ、当該選任がなされていない場合は、扶養義務者)の同意のある者 | 医療及び保護の依頼があった者について、急速を要し、保護者の同意を得ることができない場合において、直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障があると認められた精神障害者 | ||||||||||||||||||||
入院時における 手続き等 |
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入院期間 | − | − | 72時間以内 | 扶養義務者による同意の場合、4週間以内。 | 72時間以内 | ||||||||||||||||||||
退院時における 手続き等 |
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