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第8章 援助(在宅指導)

第8章  援助(在宅指導)

1. 在宅指導上の留意事項は何か
(1)  在宅援助の危険性
 虐待をする保護者は、感情のコントロールが苦手であることが多く、その犠牲となりやすいのが乳幼児であることを考えれば、在宅援助の危険性の判断は、慎重に行われるべきである。変動しやすい保護者の気分の悪い時にどのようなことが起こりやすいかをアセスメントした上で、判断するとよい。密室環境を避けるためにも、子どもが保育所等昼間に通える場所が確保されていることも重要な条件となる。
 子ども虐待は「意識」や「愛情の有無」ではなく行為の問題であることに留意すべきである。

(2)  在宅指導の条件
 虐待通告受理後、児童相談所や市町村が在宅で援助が可能と判断するためには、以下のような条件が必要である。
ア.  虐待が否定されるか、もしくは軽度で虐待により子どもを死に至らしめる可能性が極めて低い(*)
イ.  関係機関内で「在宅で援助していく」との共通認識がある。
ウ.  家庭内にキーパーソンとなり得る人がいる。  (少なくとも家庭内の情報がある程度得られる)
エ.  子どもが幼稚園・小学校・中学校等の学校や保育所などの所属集団へ毎日通っている。(*)
オ.  保護者が定期的に相談機関に出向くか、民生・児童委員(主任児童委員)、家庭相談員、保健師、児童相談所職員等の、援助機関の訪問を受け入れる姿勢がある。(*)
 なお、この項目のすべてを満たすことが困難であれば、(*)印の項目だけは最低限必要である。

(3)  所属集団との協力
 在宅援助においては、幼稚園・小学校・中学校等の学校や保育所などの所属集団の協力が大切である。
 一般に所属集団に対しては、虐待発見時の情報収集などですでに接触があることが多いが、在宅で援助するに当たっては、これらの機関との連携が不可欠である。その際には、所属集団は保護者の養育支援の立場に立ち、保護者と敵対関係にならないことに留意するよう注意を促すことも検討することが必要である。
 所属集団の役割は以下のように考えられる。
ア.  安全な場所の確保
イ.  家庭状況の把握と変化の観察
ウ.  家庭と違う価値観の提供(保護者によるマインドコントロールからの解放)
エ.  同年齢集団内での心の癒し(心の健康の回復)
オ.  家庭内でのストレスの発散(時には集団不適応行動となるが)

(4)  モニター
 児童相談所や福祉事務所、保健所などの専門機関は、一般に住所地から遠く、多くの事例を抱えていることから、日常的な援助は難しい。そのため、学校等の所属集団や民生・児童委員(主任児童委員)など、日常的に子どもや家庭に接触が可能で、日常的な細かな援助を行うと同時に、緊急な場合には専門機関に通告する役割(モニター)を担う機関が必要となる。このような関係機関で連携を取りながら対応していくためには、要保護児童対策地域協議会の個別ケース検討会議の中で、モニタリングの役割を担う機関(者)を確認しあっていくことが重要である。
 児童相談所等専門機関はモニターを依頼した機関との間に、下記のような事項を確認しておく必要がある。
ア.  虐待の内容やメカニズムと危機的状況の予想
イ.  情報の連絡網や各機関の窓口(担当者)の確認
ウ.  緊急対応が必要なレベルの確認とその時の役割分担
 モニターの役割を担う機関は、当該ケースが行政権限の発動を伴う対応が必要な状況になっているか否かを定期的な訪問等を通じて確認するものとし、必要に応じて、児童相談所に通告するとともに、連携を図りつつ対応するものとする。
 なお、年に数回程度、関係機関が集まり事例検討会を行ったり、児童相談所とともに事実確認や危険度の分析等を行っていくことが大切である。

(5)  保護者と子どもによる定期的な通所
 在宅援助が選択されたのは、虐待が比較的軽易な上、在宅でも虐待が拡大しないとの予想が立つ場合である。
 しかし、子ども虐待は家庭内で起こるため、家族だけでの改善は困難であり、専門家による援助や治療が必要となる。その場合、児童相談所以外にも精神科クリニックや民間のカウンセリングルーム、各種相談室などの活用も考えられる。
 具体的な援助方法としては、次のようなことが考えられる。
ア.  保護者に対する医学的治療や心理療法、自助グループなど
イ.  子どもに対する遊戯療法などの心理療法など
ウ.  家族全体に対する家族療法
 なお、これらの治療は、効果が目に見えて現れるまで時間がかかり、通っているからといってすぐに虐待行動がなくなる訳ではない。また治療者同士の連携を十分に行わないと、虐待をする保護者に関係者が振り回されることにもなる。
 虐待を行う保護者自身が過去に自分が虐待され、そのトラウマに苦しんでいる場合が多い。そのような場合、精神科クリニックや自助グループなど保護者の側に立って援助する機関の活用も検討する。

(6)  一時保育等の活用
 第2章でも述べたように、保護者側のリスク要因の一つに、育児に対する不安やストレスがある。このような不安やストレスを解消するためには、つどいの広場事業や地域子育て支援センター事業、保育所の一時保育等の子育て支援事業を活用することも有効と考えられるため、これらの事業の積極的な活用を検討する。

(7)  要保護児童対策地域協議会の活用等
 子ども虐待が生じる家庭は、親子関係、夫婦関係、きょうだい関係、経済状況、養育者の心身の状態、子どもの特性など、種々な背景を持っている場合が多い。このような複雑な問題に適切に対応していくためには、関係機関がその子ども等に関する情報や考え方を共有し、適切な連携の下で対応していくことが重要である。
 このため、関係機関等により構成され、保護を必要とする子ども等に関する情報の交換や支援内容の協議を行う要保護児童対策地域協議会を活用し、定期的な訪問等を行い子どもを見守るとともに、家族等に対しても精神的な支援等を行うことが重要である。
 また、各種の子育て支援事業を有効に活用し、子どもや家庭に適切な支援を行う観点から、子育て支援事業の調整を行う子育て支援コーディネーターの確保・育成を図るとともに、日頃から、同コーディネーターとの要保護児童対策地域協議会の連携に努めておくことが必要である。

(8)  母子生活支援施設の場合
 「母子生活支援施設」は母子家庭を受け入れ、自立に向けて援助するのが設置目的であるが、最近は、夫からの妻への暴力や、父親からの子どもへの虐待から逃れるためのシェルター的な役割も果たしている。
 夫から暴力を受ける女性の中には過去において親からの虐待を受けた者もいる。親から虐待を受けた経験のある女性は子どもの養育態度や対人関係などにおいて問題を抱えるとする欧米の研究がある。
 また、父親から母子ともに暴力を振るわれ続けた後、やっと離婚して母子生活支援施設に入ると、子どもは安心した反動で、今まで我慢していたわがままを一気に出したり、退行した行動を見せたり、自分を守ってくれなかった母親への攻撃を現したりする。また母親自身も、情緒的に不安定になったり、一人で現実に立ち向かうことに消耗してしまうことが多い。
 母子生活支援施設では生活指導を中心に指導が行われているが、上記のような母子に対して心理的な援助や家族全体に対する援助的関わりを行うことも必要となっている。
 このため虐待問題やトラウマについての知識と、適切な援助を行う技術が職員に求められる。


2. 子どもへの心理的援助はどのように行うか
 虐待を受けている子どもは心理的な負荷を負っており、可能な限り早い段階で、心理的援助が提供される。ただし、心理的援助といっても一様ではない。例えば、現在も虐待が継続しているか否かや、虐待を思い出させる環境にあるか否か、あるいは子どもの年齢によっても考慮されるべきである。特に、年齢が低くて、現在も虐待の可能性がある場合には、心理的援助は困難を極めることも多い。しかし、子どもの変化が親の変化につながることもあり、あきらめずに行う必要がある。

(1)  全体的援助計画の一部としての視点が必要である
 在宅での援助は、虐待の悪化や再発の危険をはらんでいる状況での援助であることを十分に認識する必要がある。いつ危機が訪れるかもしれない。現在、虐待をした人と同居していなくても、いつその人が戻ってこないとも限らないし、他の虐待をする人との同居が始まるとも限らない。このような環境の中で、子どもは家族に依存して生活をしている。したがって、いくら子どもへの援助を一生懸命に行っていても、虐待をしている保護者や家族全体への援助と噛み合っていなければ、かえって子どもを困難な立場に立たせてしまうことすらある。例えば、子どもが援助者との面接を楽しみにするようになると、保護者が子どもを援助者にとられてしまうような不安を抱いて虐待が悪化してしまうこともあるし、自己表現が進むにつれて同居している保護者に対する罪悪感を抱いてしまうこともある。子どもが援助を受けることで家族力動が変化するのである。もちろん、良い方向に変化することもあれば、悪い方向に変化することもある。したがって、子どもへの援助を独立したものと考えるのではなく、保護者への援助を含めた全体的な援助計画の中の一部として考える必要がある。

(2)  子どもの心理的状態の把握
 子どもにどのような援助を行うかを考える上では、子どもの面接を通して、子どもの心理的状態を的確に把握することが必要である。虐待を受けている子どもの場合は、一般の心理的面接で行われる心理状態の把握に加えて、[1]どのような愛着が成立しているのか、[2]どのような自己感を発達させているか(特に、自己の連続性は保たれていて乖離がないか、自己評価はどうか等)、[3]子どもが保護者からの虐待をどのように認識しているのか、[4]虐待による心的外傷に対してどのように心理的に処理をしているのか(どのような防衛機制を働かせているのか)、などといった点をできるだけ的確に把握する必要がある。虐待を全く否認していて何事もなかったように振る舞う子どももいれば、保護者に対する怒りを般化して(パターン化して)すべてに怒りをぶつけている子どももいる。
 最近、虐待を受けた子どもの行動特性を愛着障害(attachment disorders)としてとらえようとする見方がある。アメリカ精神医学会の診断・統計マニュアルDSM−IV(1994)には「反応性愛着障害」(Reactive Attachment Disorder)(抑制型、脱抑制型の2型がある)として記載されており、WHOの国際疾病分類ICD−10(1994)にもほぼ同じ内容の記載がある。
 DSM−IVの反応性愛着障害の診断基準の概略は、次のとおりである。
 5歳以前に始まる、著しく障害され十分に発達していない対人関係で、[1]過度に抑制された、恐れた、非常に警戒した、又は非常に両価的で矛盾した反応(抑制型)、あるいは、[2]選択的な愛着を示さない(拡散した愛着)(脱抑制型)を示し、その原因は病的な養育(虐待やネグレクト、あるいは主たる養育者がしばしば代わる施設養育)による。
 いずれにしても、その子どもの心理的状態の把握をし、それを全体の援助計画に反映させることが必要である。

(3)  援助の目的・構造・方法
 全体の援助計画の中で、子どもへの援助をどのようにするかを決める。援助の目的は短期の目的と長期の目的を立てる。短期の目的は達成可能なものを選択し、援助者も被援助者も達成感を持てることが必要である。また、できるだけ子どもや保護者と目的を共有することが望ましい。特に子どもには援助を受ける意味を子どもの言葉で伝える必要がある。例えば、「自分ではいい子でいたいと思っても時々頭に来すぎて人を傷つけてしまうことがあるんだよね。どうしたらそうならないか一緒に考えていこうね。」などといった言葉かけをして、理由を伝えることは子どもの安心感を育てることにつながり、その後の援助をやりやすくする。
 心理的援助の中には、個人療法(低年齢では遊戯療法が主流)、家族療法、親子面接、集団療法、教育(権利教育など)など、様々なアプローチの方法がある。子どもの年齢、虐待の種類や状況、現在の家族の状況、援助者の技術などによってどの方法を行うかは判断されるべきである。重複して行うことが必要になることもある。どれくらいの頻度で行うかも検討されなければならない。一般に、子どもへの心理的援助は頻回に行われる必要がある。なぜならば、子どもにとっては、間が開くと、以前の面接との連続性を維持することが困難だからである。特に虐待の事例では、日常の生活の中では無力感を感じさせられる体験が多いだけに、面接場面で子どもが安心して受け入れられる体験をしても、そう長くはその感覚を維持できない。低年齢の子どもでは、援助開始の初期や状態の悪い時には最低1回/1週間の面接が望ましい。
 ただ、虐待の事例の場合には、保護者の動機付けの程度や保護者の不安定さなどから、こちらの希望するような構造を取れないことも多い。虐待の事例では、保護者が望んで子どもの心理的援助を受けさせることは少ないし、たとえ望んでいるように見えても、その背後には強いアンビバレンツ(「援助を望む」という感情と「援助を拒否する」という感情の相反する感情の共存)があることも稀ではないからである。したがって、通常の事例に比べて援助の構造を維持することが困難で、頻回なキャンセルがあったり、突然の中断をして呼び出しに応じないことはよく見られる。援助の中断は子どもにとって新たな喪失体験になってしまう。学校や地域の福祉機関や保健機関と協力をして、安定して援助を継続できるように図ることが大切である。
 また、援助の流れの中で目的や構造は柔軟に修正を加えていく必要がある。例えば、初期の面接では現実対応をよくする援助を主体に考えて、1回/月の集団療法で開始したところ、子どもが性的行動化を示し始めた場合、それに加えてより頻回な個人療法が必要となることもある。柔軟な変化が求められる。

(4)  援助に当たっての留意点
[1]  安心できる環境を提供する…総合的援助計画の中で、子どもが安心して安定した生活ができる環境を確保することが、子どもへの心理的援助としても、最も大切である。しかし、現実には生活が安定しないときも多い。少くとも、援助者との関わりの中では子どもが安全で安定した場と感じられ、援助者を信頼できることが必要である。そのためには、援助者が振り回されないで常に安定した関わりを持つことが大切である。虐待を受けた子どもたちは相手を怒らせるような行動をしたり、相手を振り回す行動をすることがあるが、それに耐えて一定の包み込むような関わりを続けることにエネルギーを使う必要がある。
[2]  自己評価の向上に努める…虐待を受けた子どもたちは自分が悪いと思い込んでいることが多い。自己評価を高める関わりが大切である。
[3]  自己表現を促す…子どもたちが様々な形で自己、特に自己の感情を表現することが促進される必要がある。そのためには、いい感情も悪い感情も表現が許される環境が必要である。また、表現をしても裏切られることがない体験が繰り返されなければならない。
[4]  表現の受容と行動制限の実施…怒りの表現も促進させる必要があるが、破壊的行動は制限する必要がある。最終的には子どもたち自身が自己抑制できることが目標であるが、心理的援助の中で破壊的行動がよい形で外部から制限される体験をすることも大切である。時には抱きしめて押さえることが必要なこともある。子どもを否定する形ではなく、子どもを破壊者になることから守るためにその行動を押さえる技術も獲得しておく必要がある。
[5]  自己の連続性を強化する…虐待を受けた子どもたちは恐怖の体験から自己の連続性が弱まり、解離症状を出すことも稀ではない。援助者が安定して関わる中で、普段の自分と解離した自分を統合させ、子どもの連続した自己感を育てることが大切である。
[6]  SOSを出せるように心理的強化を行う…虐待が悪化したり虐待が再発したときに子どもが逃げることができるような工夫が必要である。SOSを出せる心理的能力を高めると同時に、具体的なSOSの出し方を一緒に考える必要がある。
[7]  虐待体験を含めた自己の記憶の統合…最終的に、虐待を受けた人は、虐待された体験を表現し、虐待をした人への認識を含めて、過去の記憶をストーリーとして統合することが望まれる。しかし、子どもが虐待をした保護者の元にいる時には、自己−対象である保護者に対する怒りを表現することは自己を破壊することにつながり、困難であることが多い。心理的に虐待をした保護者から独立して距離を置けるようになって初めてこのような治療が可能になる。子どもの現実対応を促すような自我支持的援助を行いながら、心理的外傷(トラウマ)に近づいても耐えられるような自我を作り、保護者からの心理的独立を促して、心理的外傷(トラウマ)に近づけるようになるまでに5年以上を要することも稀ではない。気長な取り組みが大切である。

(5)  援助の終結
 援助がある程度の目的を達したときや子どもの転居などによって援助が終結になることがある。援助の終結は子どもにとっては新たな喪失体験である。したがって、よい別れが必要になる。子どもには終結は突然告げられるのではなく、ある程度余裕を持って告げられ、援助者と子どものこれまでの関わりとこれまでのプロセスを振り返る時間が必要である。


3. 保護者への援助をどのように行うか
(1)  保護者指導の法的枠組み
 虐待を行った保護者に対する援助が効果を上げるためには保護者が児童相談所の指導を受けるかどうかを保護者の自由意思に任せるのみでは充分ではない。児童虐待防止法第11条において、保護者は児童相談所の指導を受ける義務があること、また、保護者が指導を受けないときは都道府県知事は保護者に対し指導を受けるよう勧告することができることを規定している。さらに、都道府県知事は同法第13条において入所措置を解除するにあたっては児童福祉司等の意見を聴取することが義務づけられており、同法第11条の指導の実施を担保している。外部の専門機関の活用を含め、様々な指導に応じない場合には、児童相談所として知事に勧告を要請するなど、勧告制度を積極的に活用し、保護者への指導に積極的に取り組む必要がある。
 これらの対応に加え、平成16年児童福祉法改正法では、施設入所等の措置に関する承認の審判をする場合において、保護者指導の動機付けや実効性を高める観点から、保護者指導に関する司法の関与が強化された。
 具体的には、まず施設入所等の措置に関する審判の過程において、家庭裁判所が都道府県(児童相談所長)に対し、期限を定めて、保護者に対する指導措置に関する報告や意見を求めることができることとされた。
 また、児童福祉施設への入所等の措置に関する承認の審判を行う際、家庭裁判所が、必要に応じ、都道府県(児童相談所長)に対し保護者指導措置を採るべき旨を勧告する制度を導入することとされた。
 これら保護者指導に係る司法関与については、第6章7(5)及び(6)を参照のこと。

(2)  虐待の告知
 在宅で虐待家族を援助していく場合、虐待の告知はいつ誰がするかという問題がある。保健所で発見され、そのまま在宅で援助していく事例、一時保護や児童福祉施設入所から在宅指導に援助方針が変わっていく事例、援助を拒んでいるために仕方なく在宅で経過を見守っている事例等がある。いずれの場合も、事例のことを一番分かっており信頼関係ができている援助者(医師、保健師、児童福祉司、弁護士等)が時期を見て「あなたのやっていることは虐待である。」という告知をする。これをしなければ保護者はいつまでも「しつけである」と否認してしまうため介入が困難となる。告知は、なぜそういうことに至ったのか共感しながら、さらりと、しかしはっきりと伝えるというのがポイントである。
 しかし、時として援助者側に虐待の認知を回避する心的機制が働く場合もある。虐待という言葉が重すぎて抵抗があるとか、先の見通しが立てられない等という場合には、問題を曖昧にしたまま「育児困難」と敢えて結論づけるかもしれない。問題を直視することは援助者にとっても苦痛なことであるため、援助者自身が防衛的に振る舞ってしまう。そのような場合には、「なぜ今、虐待と告知しないのか、できないのか」と自分自身の心の動きを振り返ることも大切である(自己覚知)。

(3)  ソーシャルワーク的視点
 虐待事例における在宅援助に際しては、[1]日常的な細かい部分での「継続的な援助」と、[2]長いスパンで要所要所を押さえ虐待再発の「抑止力となるような援助」、[3]さらに専門知識や技術を伴った定期的な「治療的援助」の三つが必要である。
[1]  日常的な細かい部分での「継続的な援助」
 保護者と日常的に接触する人たち(例えば民生・児童委員(主任児童委員)、保育所保育士、学級担任など)の受容的な態度は、保護者の情緒の安定にとって極めて大切で、安定した援助関係は結果として子どもの虐待防止になる。例えば以下のような方法がある。
ア.  地域の民生・児童委員(主任児童委員)など
 地域や子ども会の行事に誘ったり、通院や行政的な手続に同行するなどで、日常的な付合いを通しての援助を行う。
イ.  保育所や幼稚園など
 毎日の送迎時の声かけや、時には園長が個別の話合いに誘い、養育の大変さに共感するなど、受容的に対応する。
ウ.  保健師
 日常の生活に根づいた家族の暮らしに着目しながら、その家族に必要な支援(育児のスキルであったり、休息であったり、母親の話の聞き役であったり)を判断し、民間の育児サポートやボランティア等のコーディネートを行う。日常的に支える人々との連絡会等の調整も、要保護児童対策地域協議会の個別ケース検討会議等が活用されると良い。
エ.  育児ボランティアなど
 保護者が知的能力や経験不足のために新生児や乳児の扱い方が分からず、不適切な対応をしたり、育児のイライラを子どもに向けるような虐待の場合には、子育ての技術的な支援も有効な場合がある。
 ところで、一般に虐待をする保護者は対人関係が下手で、被害感も強いため、援助する人たちに対してもなかなか打ち解けず、安定した援助関係を保つことが難しい。しかし、援助者が、保護者を責めたり、悪い点を指摘するのではなく、気長に受容的に対応することがそのまま保護者が子どもに対応する時のモデルになる。
 なお、このように日常的に保護者と接する人は、保護者の側から話がない限り、援助者の側から親子関係や虐待に関わる事柄について話題にしない方がよい。
 また、日常的に援助する人たちへの専門機関からの支援も極めて大切である。時には連絡会や「悩みを打ち明け合う会」を開くことで、長期間の継続した援助が可能となる。

[2]  長いスパンで要所要所を押さえ虐待再発の「抑止力となるような援助」(監督者としての援助)
 児童相談所は広い範囲の地域と多くの管轄人口を抱えているため、きめの細かい対応は難しいことが多い。しかし、法的には強力な権限が付与されており、これを活かした対応が可能である。
 緊急対応としての一時保護を行った事例には、家に帰す条件として「虐待が再発すれば再度一時保護する」旨を伝え、児童相談所や関係機関での定期的な面接や訪問を行うことで、虐待再発の抑止力を発揮することが出来る。
 なお、この場合であっても、実際の面接を担当する職員は、受容的で援助的な言動を心がけることが大切である。

[3]  児童相談所が行う専門知識や技術を伴った定期的な「治療的援助」
 児童相談所には児童福祉司や心理職員、精神科医等の専門職がおり、その専門性を活かした援助が可能である。
ア.  子どもの発達援助
 虐待をする保護者も基本的には子どもに対して愛情を持っている。そのため、子どもの発育や言語の遅れ、乱暴や落ち着きのなさ等の行動上の問題、いじめやいじめられ等の対人関係、万引きや家出などの反社会的行動等に焦点を当て、発達のチェックや対応方法について、親子で通いながら「対応策を一緒に考える」というスタンスで信頼関係を作り、援助を行う方法である。
イ.  保護者サポート
 児童相談所に寄せられる虐待相談の約1割は虐待をする保護者本人からで、子どもの「しつけ」や問題行動に手を焼き、「何とかしてほしい」という訴えである。保護者自身が自分の育児方法に限界を感じ、対応に困っているので、その主訴を入口に援助を開始する方法は、援助関係が作りやすいという利点がある。
 しかし、保護者は今まで、親類や学校等から「親の対応が悪い」と言われ続けているため、批判されることに敏感で、周囲の人にささいなことで攻撃的になりやすい。しかも「自分は悪くない、子どもが問題」と考えており、自分の課題として内省する姿勢は乏しく、保護者の行動パターンが変わるのは難しいことが多い。
 援助者は、「対応の難しい子どもに対して、保護者がいかに努力してきたか」を話題の中心にし、「本当は子どもが嫌い」とか「腹がたって子どもを叩いた」と保護者が話しても、受容的に聞くことで保護者も徐々に落ち着いてくることが多い。
 その中で、「虐待という方法でない子どもの育て方」を一緒に考えていく。
ウ.  家族療法
 児童相談所では様々な相談に対して家族全体を視野に入れた援助を行っている。また正式な形でないにしても、家族療法を行っている事例も多い。
 子ども虐待問題はまさしく家族関係全体の歪みであり、システムとして継続しているため、家族療法が最も適している分野でもある。しかし、実施するに当たって難しいのは、距離的に遠い、家族全員が揃わないなどの家族療法一般の拒否理由以外に、以下のような理由が考えられる。
(ア)  虐待事例は、一般に緊急対応や法的手段など介入的要素が多いこともあって、継続的な在宅援助になりにくい面がある。
(イ)  虐待が家族全体の問題なだけに、虐待をしている保護者が自分を責められると思い、または自分がコントロール出来ない場への出席を嫌う。
(ウ)  家族員の多くが、現在の家族関係を変化させることに困難を感じていて、面接に積極的にならない。
(エ)  家族療法場面でも、実際の家庭状況の再現となってしまい、家族システムを変化させるだけの有効な援助が出来ない(と思ってしまう)。
(オ)  児童相談所職員が「子どもの味方」になってしまい、「出席者全員と同等の距離」を保てなくなる。
エ.  親子遊び訓練
 虐待を行ってきた保護者は、「子どもと遊んでも楽しくない」「どう相手してよいか分からない」と言うことが多い。そのため、ままごとやトランプ、ゲームなど家庭で出来る「遊びの訓練」を行う。
 これは遊戯療法の一種であるが、多くの場合、その中で「口やかましくささいなことで叱る」保護者や、「ルールを無視し、落着きのない」子どもなど、虐待のシステムが再現されやすい。親子遊び訓練の中での「ルール作り」は、そのまま「虐待を起こさない親子関係作り」へと結び付く。
オ.  心理療法
 児童相談所の心理職員の中には、自主的に専門的な訓練を受け、心理治療にかなりの力量を持つ人もいる。しかし、業務として保護者の心理治療まで手が回らないのが実情である。
 ただ、保護者面接の中で保護者自身のトラウマが課題となる時もあり、今後EMDRや各種の心理治療、トラウマワークなどの知識が求められてくる。
 特に、児童相談所の児童心理司については、心理判定のみならず、心理療法もその業務として実施するものであることから、その名称を心理判定員から変更されたものであり、積極的に心理療法に携わることが期待される。

[4]  児童相談所以外での専門知識や技術を伴った定期的な「治療的援助」
 児童相談所以外で有効な援助機関や病院があるかどうかは、地域により大きく差があり、またその内容も様々であるが、一般的な内容は以下のとおりである。
ア.  精神科クリニック
 最近各地で精神科クリニックが増え、以前に比べるとずっと利用しやすくなった。その中にはACミーティングを行っていたり、アディクション(嗜癖行動)への援助を得意とするものもある。また、女性の精神科医の所へは、過去に虐待を経験した大人の女性が数多く訪れ、有効な援助を行っている例が多い。
 しかし、一般的には精神科医で虐待問題やPTSD問題に理解のある者は多いとは言えず、紹介するにあたっては事前に内容や評判を聞いておいた方がよい。
 なお、公的機関である児童相談所が、民間機関であるクリニックを紹介することに賛否があろうが、上記の状況を考えれば、受診を強制したり引取りの条件にするのでなければ、紹介を行っても差し支えはなかろう。
イ.  保健師
 母子保健関連事業の多くが市町村に移管されたのに伴い、地域での保健師の役割は増大している。保健師は、妊娠中から出産、乳幼児健診、生活習慣病の管理、高齢者援助と全ての年齢層に対して援助を行う。特に精神保健福祉関係の知識や経験の豊富な保健師であれば、虐待をする保護者への有効な援助が期待できる。
 保健師には、保護者の不安や訴えを受け止め、家庭環境等に配慮しながら、学校保健や福祉等の諸施策と連携して、養育力の不足している家庭に対して必要な支援を行い、子ども虐待防止対策の取り組みを推進することが期待されている。
 ただ、保健師が保護者援助を担当する場合子どもの援助を分担する児童相談所等の関係機関との情報交換や連携を密接に行い、保護者と子どものケアに対する計画を共有することが必要である。
ウ.  自助グループ
 最近大都市を中心に、虐待を行う当事者たちの自助グループが結成されつつある。
 虐待をしている保護者全員が対象ではないが、過去に自分の受けた虐待に目が向いている保護者や、自分の苦しさを分かってほしいとの強い希望をもつ人にこれら自助グループを紹介することは有効である。出席者は「このような経験をしたのは自分一人ではなかった」ことに勇気づけられる場合が多いようである。
エ.  女性センター/男女共同参画センター
 女性/男女共同参画のための総合施設として地方公共団体が設置している。
 児童相談所は「子どもの視点」に偏りがちであるが、女性センター/男女共同参画センターは、女性や男女共同参画の視点から、女性が抱える問題全般に関する情報提供、相談等を行っている。女性の生き方一般に関する相談のほか、女性に対する暴力に関する相談や育児・子育て相談など専門の相談窓口を設置している施設もある。

(4)  心理学的観点
 虐待を行う保護者は、自分自身が子どもの頃に虐待を受けるなど、不安定な親子関係を持ってきていることが少なくない。そのため、保護者への援助を行う場合には、保護者自身の子どものころの家庭生活上の問題や、それに起因した心的外傷を直接取り扱うような長期にわたる心理療法や精神療法が望まれることが多い。しかし、実際の福祉・心理臨床の現場では、先駆的な取組が行われつつある状況にあり、そうした援助が可能となる事例はむしろ少ないと言わざるを得ない。そこで本項では、保護者への援助のあり方を、危機介入的な視点を中心に述べていく。
[1]  「虐待」の告知の必要性
 家族に対して何らかの援助を行う場合、虐待の告知は必須であると考えられる。援助を行う者が、「虐待だと認識している」ということを伝えないで介入を行おうとすると、家族への援助の対象を例えば子どもの行動上の問題など、保護者の虐待行為以外の問題にしなければならない。援助を行う側と受ける側の問題認識のズレが、後の援助のあり方を混乱させてしまう結果につながる。
 例えば、従来は一般に行われていたような、「子どもに問題があるから児童相談所が関わる」といった意味づけで援助を開始した場合、援助の経過で保護者の虐待行為を問題にし始めた段階で、「子どもに問題があると言っていたじゃないか」などと、保護者が強い不信感や怒りを示し、援助関係が混乱するといったことも少なくない。
 「虐待の告知」において、当初から「虐待」という言葉を用いるかどうかは、センシティヴな問題である。なぜなら、この言葉の意味や含蓄の理解が、専門家と一般の人とで異なっている可能性があるからである。専門家は、「虐待」という言葉を、“abuse”の訳語として、すなわち、保護者の「子どもの存在や子どもとの関係を利用(濫用)して、自分の欲求を満たそうとしたり、自己の要求を実現しようとする行為」として理解し、使用している。それに対して、保護者を含む一般の人の多くは、「虐待」を、子どもを殺したり重度の障害を負わせるような「残虐で非日常的な行為」と理解していることが多い。このように、いわば「二重の意味」を持った言葉を用いることで、不要な混乱を招いたり、あるいは行為の否定や否認を強化してしまう危険性が存在する。そうした場合には、保護者の行為が子どもにとって「有害な、不適切な行為」であると援助者側が認識していることを伝え、援助の過程でそうした行為が「濫用的」(abusive)なものであり、それが今日の「虐待」という言葉の意味であるという理解を促進する関わりを行っていくことが必要である。なお、「行為の濫用性の認識」については後述する。

[2]  虐待の認識に向けた援助
 保護者への虐待行為の告知は、単に伝えれば良いというものではなく、虐待行為の認識の促進に向けた援助が不可欠となる。この「虐待行為の認識」には、「行為そのものの認識」、「行為の結果の認識」、そして「行為の力動の認識」という三つの要素が含まれる。
 行為そのものの認識とは、「自分が子どもに対して間違ったことをした」という認識を意味する。その際、先に述べたように、保護者が「虐待」という言葉を受け入れる必要は必ずしもない。例えば、保護者がその暴力を「しつけのため」だと主張している場合には、それがしつけの方法としては不適切であっり、保護者の意図に反して子どもに悪影響を及ぼしたとの認識が持てればよい。
 行為の結果の認識とは、自らの虐待の結果、子どもが様々な心理的問題や行動上の問題を持つに至ったのだと認識することである。虐待傾向のある保護者は、虐待行為の理由として、万引きや家出などの子どもの「問題」を挙げる人が少なくない。こうした保護者は、子どもの「問題」と自らの虐待行為との因果関係の認識を逆転させる必要がある。こうした行為の結果の認識は、自らの行為が子どもの「不適切な行動」という「結果」を生み、それが更なる自らの「不適切な行為」の原因となったという形で、親子関係の問題を「悪循環のプロセス」として認識することにつながる。
 行為の力動の認識とは、子どもへの虐待行為の背景に存在する保護者自身の心理的な要因について認識するということである。虐待傾向のある保護者には、未処理の愛情欲求を抱えておりそうした欲求を子どもに満たしてもらおうとする心理的傾向(いわゆる役割逆転、Steele, B., 2003)や、子どもに非現実的な期待を抱いている場合が少なくない(西澤、1994)。そうした欲求や期待が充足されないことが虐待につながることが多く、保護者がそれらの心理的要素に気付くことが必要となる。
 こうした三つの要素の認識という作業は、保護者にとっても援助者にとっても、多くの時間とエネルギーを要する非常に困難なものである。そのため、保護者や家族に対する援助経過全体を貫いてなされるべきテーマであると言える。しかし、少なくとも、子どもに対する自分の関わり方に問題があったのだという認識がなされていない場合には、援助の提供自体が不可能となる場合が多い(Jones, D., 2003)。

[3]  援助の必要性の認識を形成するための援助
 虐待を生じる家族は、子どもへの暴力やネグレクトといった問題以外に、経済的な問題、夫婦関係の不安定さ、職業生活上の問題、社会的な不適応など、さまざまな問題を抱えていることが多く、ある意味ではストレスが日常化した生活を送っていると言える。そのため、子どもへの暴力や暴力を生じる原因もさほど重大なことであるとは認識されない傾向がある。また、子どもを虐待する保護者の中には、子どものころに暴力を受けて育つという体験をしたものが少なくないということは周知のとおりであるが、「虐待的な家族は、非虐待的な家族にとっては明らかに危機状態とみなされるような慢性的な困難と暴力の中で生活している。しかし、暴力的な家族の中で育った大人にとっては、暴力とは決して危機状況ではなく、人間関係の痛みの一部にすぎない」(Justice & Justice, 1990)ため、虐待という問題で自発的に援助を求めるといったことが起こりにくい。こうした家族に対しては、児童相談所や市町村が介入してくること自体が家族の危機状況であり、自分たちは援助を必要としているという認識が形成できるような援助が必要となる。

[4]  行為の「濫用性」の認識に向けた援助
 先に述べたように、「虐待」の言語である“abuse”の本来の意味は「濫用」である。保護者が、子どもに対する行為の「濫用性」に気付くことは、保護者への心理的援助において非常に重要な意味を持つ。ここで言う「濫用性」とは、子どもに対する行為が保護者自身のため(例えば怒りの解消など)になっている。つまり、子どもの存在や子どもとの関わりを自分のために利用していることを意味する。例えば、子どもを殴るという行為を保護者が「子どものしつけのため」と説明しながらも、その行為の背景に保護者自身の「怒り」や「苛立ち」を認めているような場合には、保護者は「濫用性」を部分的に認めたことになる。そうした場合には、保護者の意図(子どもをしつける)と行為(怒りに基づく行為)を分離して考えたり、あるいは、怒りをぶつけることによる子どもへの悪影響をテーマにするといった具合に、治療的介入が可能になるのである。

[5]  虐待行為の制限の必要性
 子どもを家族の元においたままで援助的介入を行おうとするなら、保護者の虐待行為を制限することが必要となる。こうした制限は、基本的には子どもの安全を確保するという意味を有するが、一方、保護者への援助にとっても極めて重要な意味を持つ。
 後述するように、虐待を生じた保護者への治療的介入のテーマの一つに、「ある意図を達成するための、虐待的ではない方法の発見と習得」があるが、そうしたテーマを達成するためには、虐待行為を一時的にでもやめられることが必要条件となる。
 保護者によっては、一時的に虐待行為をやめられたとしても、それが長続きしないといったものもいる。おそらく、虐待行為自体が保護者の心理的・精神的な「病理」の現れであり、たとえ、虐待に代わる行為を獲得できたとしても(その行為は「子どもをしつける」という目的は達成するかもしれないが)、保護者自身の問題(病理)の解決にはつながらないためであろう。そのような場合には、ある程度長期にわたる心理療法・精神療法が必要となる。こうした長期間の心理療法にとっても、保護者が虐待行為を制限できることは大きな意味を持つ。前述のように、保護者にとって虐待行為は自分自身の抱える心理的・精神的困難の行動化の一種であり、行動化されている限りはその背景に存在する問題に接近することはできないからである。
 このように、保護者の虐待行為の制限は、治療的介入においても、あるいは長期間のカウンセリングにとっても非常に重大な意味を持つものである。したがって、子どもを家族の元においたままで援助的な介入を可能とするためには、虐待行為の制限が必要条件となる。

[6]  治療的介入の視点
 虐待を生じた保護者への治療的介入は、以下の各点をテーマに行われる必要がある。
ア.  子どもを利用せずに自分の欲求の満足を図れるようになること
 虐待傾向のある保護者は、自分自身の幼少時に満たされなかった愛情欲求などの基本的欲求を引きずっていることが多い。彼らは無意識の内に、これらの欲求の代理的な満足を自分のパートナー、そして子どもから得ることを期待する。こうした期待は多くの場合、非現実的なものであり、その結果、絶望感を生じ、それが暴力を導くことになる。
 虐待傾向のある保護者すべてがこうした心理力動を示すわけではないことは言うまでもないが、保護者にこうした傾向が認められる場合には、愛情欲求や依存欲求などを満たせるための適切な方法を獲得することが、援助の上では重要なテーマとなる。
イ.  社会的・情緒的孤立から抜け出すこと
 虐待傾向のある保護者は、社会的、情緒的に他者を切り離してしまっていることが多い。その背景には、これまでの生活における被害体験や、それにまつわる被害感、不信感などが存在しているものである。こうした保護者にとって、グループ・セラピーやグループワークなどへの参加が、社会的、情緒的孤立から抜け出すためのきっかけになることがある。グループへの参加を通して、他者が自分を認めてサポートを提供してくれたり、気遣ってくれるということを具体的に経験することが、従来の他者に対する認知的枠組みを修正するような体験となることが少なくない。
ウ.  夫婦関係の改善を図ること
 虐待を生じる家族において、夫婦関係が肯定的で満足の行くものであることはまずない。先に述べたように、虐待傾向のある保護者は子どもの頃の愛情欲求の不満を引きずっており、それをパートナーに満たしてもらおうとする無意識の期待を持って結婚関係に入ることが多い。その結果、多くの場合、パートナーに対する否定的な認知や感情が生じることになる。彼らに必要なのはコミュニケーション技術である。基本的な欲求の満足を適切な形でパートナーから得ることを可能にするコミュニケーションの技術を保護者が習得できるような援助が必要になるのである。
エ.  暴力を使わないしつけのための技術と子どもの発達上の基本的欲求への反応性の獲得
 虐待傾向のある保護者は、異なった年齢や発達段階にある子どもの欲求を理解しておらず、その欲求にどう応えていいのかを知らないことが多い。そういった父親や母親は、自分自身がどのように育てられたかに頼ることになるが、それが往々にして不適切な経験であり、従うべき健康的なガイドラインを持っていない。さらに、子育てにおいて直面する子どもの基本的欲求は、保護者に自分自身の子どもの頃の満たされなかった欲求を意識させることになる。
 こうした保護者への援助においては、子どもの発達段階、保護者としての適切な反応、暴力的でないしつけのための技術などの、基本的な技術に関する情報の提供に多くのエネルギーを費やす必要がある。
 家族への援助的介入を行う時点では、それまでの虐待行為の結果、子どもに夜尿や虚言、夜驚や盗みなどの「問題行動」が生じていることが多いため、一般的な育児技術を教えるだけでは十分でない。これらの問題行動にどのように対処していったらよいかを、援助者が保護者と一緒になって工夫していくといった態度が必要となる。

[7]  援助者が陥りがちな「役割行動」
 虐待を生じた保護者に援助を提供しようとするものが陥りやすい「役割行動」として、「救世主」、「迫害者」、「被害者」があると言われている(Justice & Justice, 1990)。救世主とは、援助者が「自分が何とか助けてあげなければならない」と考えて行動するものであり、迫害者とは、「なんてひどいことをするんだ」と感じて保護者を攻撃してしまうことを意味する。また、被害者とは、援助者が保護者の攻撃を受けることで被害感を強く持ってしまうことである。援助過程の中でごく自然に生じるこうした役割や感情は、援助関係を非常に困難なものにしてしまう。援助者は、こうした役割に陥らぬよう、常に意識しておかねばならない。

(5)  地域保健上の観点
[1]  現代の育児環境と虐待が起こる家族の病理を理解する
ア.  育児経験の少なさが育児不安や虐待の誘因になる
 今の保護者世代は、少子化、核家族化等により、自分の子どもが初めて触れる赤ん坊で、それまで赤ん坊に触ったことや育児を手伝ったことがなく、子どもへの接し方に戸惑う場合が少なくない。育児雑誌、テレビ、インターネット等から知識や情報を集めることが多いが、その通りにいかなかったり、知らないことが出てくると、育児不安に陥ってしまう場合がある。些細なことが引き金となって虐待行為が始まっている現実を受け止めれば、誰でもが抱えるであろう育児不安や育児困難感が強い虐待予備軍の早期発見と適切な支援は、地域保健上の大切な観点である。
 援助する側は、先入観を持って相手を見たり、母親役割を押しつけたり、非難しないことが肝要であり、知らないことを受け入れた上で助言をする。特に妊婦や乳幼児期の子どもを持つ保護者には市町村保健センター等で実施している母子保健事業の利用を勧める。母親(両親)学級、新生児訪問、未熟児訪問、離乳食講習会、乳幼児健康診査、心理相談、育児相談、電話相談、家庭訪問等のサービスがあるので保健師につなぐように対応する。保健師は保護者を「指導する」という姿勢ではなく、保護者の育児に関する負担感や不安感を受け止めながら保護者に援助を行う。しかし、一方虐待に至るおそれのある要因を把握して、その要因を減少させるよう支援することで、虐待の発生を予防していくことが必要である。
イ.  押し付けられる“神話”とその期待に応えようとする母親
 家族や親戚あるいは一般社会の根強い母性神話や家族神話、三歳児神話は、現代の母親にとっては、大きな心の負担となっていることも少なくない。母親に対する過剰な期待や役割の押しつけは、日頃の声かけや実質的な育児支援が乏しい、希薄な地域の中では、母親を追い込むだけで、メリットは期待できない。むしろ「母親は子どもともに成長していくもの(育児と育自)」、「頑張り過ぎない育児」、「つらい時、しんどい時は、人を頼ることも大切」等、完璧な母親像を抱かずに、背伸びしない育児を肯定していることをメッセージとして伝える。
 そして、保健師は、母親を理解する立場に立って、適切な育児支援サービス等社会資源の利用も含めて援助し、母親のストレスの軽減を図っていく。
 いずれにしても、援助の姿勢としては、指導や管理ではなく、母親が本来持っている力を発揮させる(empowerment)ように関わっていく。
ウ.  家族機能不全状態の危うい環境の中で育った保護者の苦悩を理解する
 育児困難な状況や虐待に至ってしまう保護者の中には、保護者自身が育った環境(生育歴)に問題があった場合が少なくない。具体的には、保護者がアルコール問題や薬物問題を抱えていたり、夫婦間暴力が存在した等家族内の問題があり、張り詰めた緊張感の中で育っている場合等である。場合によっては、このような背景がないか、あるいは母親自身が思春期時代の摂食障害やいじめ等トラブルを経験していないか等の情報について、タイミングを見計らいながら把握していくことも必要である。
エ.  パートナーとの関係にも視点を当てる
 夫婦関係はもちろんのこと、保護者と子どもの関係、実家と父親との関係も機会をとらえて把握しておく。子どもへの虐待の原因に、父親に対する不満、嫁姑関係の葛藤等が潜んでいることもあるので、家族関係の修正や調整は欠かせない。あるいは、時には父親が暴力夫(batterer)、母親も殴られ妻(battered wife)で、小さな家出を繰り返していたりすることもある。子どもへの虐待が起こっている家族は、他の暴力がないかどうか見極めることが大切である。
 母親が不満を訴える父親として、「僕は仕事しているから」と育児の手助けも何もしないタイプ、妻よりも実母に何でも相談に行くタイプ、子どもが生まれると子どもに嫉妬する未熟で子どもっぽいタイプなどがあり、これら父親の存在も家庭内で虐待を生み出す一因となっている。このような状況を把握すれば、保健師は徹底的に母親の立場に立って話を聞く。事例によっては、家族の人間関係を修正する専門的なカウンセリングや夫婦セッションまで持ち込むこともあるので、その必要がある時はメッセージを伝えておく。

[2]  具体的な援助の手法
ア.  家庭訪問による家族への関わり
 家族は、暴力というマイナスの秘密を持つことから、外部を遮断し、固着しやすくなる。また、このような家族は、過去の世代においても、何らかの福祉的援助の対象者であった場合が多く、援助を受ける度に「ダメな家族」という意識を強く植えつけられてきた。これらの理由から、援助の拒否や援助者に対する非難につながることは少なくない。援助者は、援助を受けることを、むしろ肯定的に捉えられるように支援していくことが大切である。そのためには、家族の日々の暮らしに迫ることができる家庭訪問を手法として、家族にとって最も日常的な場所で、受容的・共感的に話を聴いたり、相談にのることは大変有効である。
イ.  子どもを叩きたくなったときの対処方法を教える
 保護者が子どもを虐待しそうになったとき、子どもと離れる方法を教える。日中子どもと二人になることを避け、保育所やベビーシッター、保育ママ、友人に預ける、近隣でボランティアを見つける、入院する等で周囲が育児をサポートするシステムをつくり、24時間常に母親が子どもの世話をしなくてもよい環境をつくる。
ウ.  一人で抱え込まないで、援助チームをつくり、チームで関わる
 地域で生活していく場合は保健師がキーパーソンになる場合も少なくなく、コーディネーターとしての役割で関係機関をつないだり、調整する役割も果たす。保護者の精神状態(不眠、イライラ、怒り、罪悪感等)にも注意し、必要な場合、精神科医や臨床心理士等とも連携する。要保護児童対策地域協議会の個別ケース検討会議では、誰が中心となって関わっていくかを確認するとともに、それぞれが困っていることや問題点、対応策等を率直に話し合うことが肝要である。
エ.  乳幼児健診や経過観察等の母子保健事業も必要なときは活用する
 母子保健事業は最も身近な市町村で実施されているため、誰もが利用しやすい資源である。新生児訪問や未熟児訪問から母親の育児不安が発見されることも少なくないし、健診から関わりが始まることもある。体重が少ない、夜泣き、離乳食を食べない、発達が遅れている等、子育てがうまくいかないと悩んでいる母親の相談を小児科医・助産師・保健師・栄養士等の専門職が適切に関わり、時には一緒に手を組んで対応するような仕組みが必要であり、母子保健からアプローチする虐待予防や保護者への援助も重要な分野である。
オ.  虐待に焦点を当てた「専門相談」「心理相談」「グループミーティング」設置
 育児不安や虐待で悩んでいる母親たちは、同じ悩みの人達と出会い、自分の問題に気づき語ることで回復していくことが多い。個別の援助だけでなく、グループという場面を使って、仲間の力を借りながら、育児に関わる力を成長させていくといった試みは、エンパワメントの視点からも必要である。虐待をする保護者たちのグループや虐待してしまいそうと悩んでいる保護者たちのグループミーティングは、保健所や市町村保健センターでも試みが始まっている。
 また、虐待や育児不安の母親を対象とした「虐待相談」や「母親の心理相談」も保護者を援助する手法として一部の保健所で試みられている。

(6)  介入的ソーシャルワークについて
 児童相談所においては、保護者との関係性や保護者の自主性を重んじた手法で援助を実施してきたが、保護者の意に反してでも、家庭裁判所の承認を得て子どもを児童福祉施設に入所させる必要があるケースも増加しており、話し合いができない保護者や執拗に子どもの引き取りを求めてくる保護者への対応など、保護者との厳しい対立の局面に立たされる場面が増加している。
 このような中で、これまでの手法は、迅速性と決断力を欠くという難点を伴い、事態が膠着し進展せず、子どもが犠牲になりかねないという状況も出てきている。
 このような状況に対し、介入的アプローチによる援助活動が展開され、一定の成果も報告されてきている。その手法や理論については、未だ確立されたものではなく、今後さらに実践の積み重ねも必要であるが、援助活動を進めるに当たって、こうした手法による援助も視野に入れた対応を考慮することも必要である。なお、以下にその概要を紹介するので、参考とされたい。
1.  介入的ソーシャルワークの理念と方法
 介入的ソーシャルワークの基本理念は、介入による摩擦や対立をソーシャルワークの重要なステップとして位置づけ、介入と保護者支援を統合させることにより、よりよい改善を具体化させることである。
 援助者が保護者と対峙し、子どもの保護や状況の改善について真摯に、かつ毅然と向き合う援助を展開する。このため、たとえ、保護者がかかわりを拒否したとしても、強い意志で介入や子どもの保護を実行し、引取りを執拗に主張したとしても正当性がなければ断固として拒み、異論があれば裁判所への申立を躊躇なく行う行動力が求められる。保護者がその厳しさと壁を体感し妥協の姿勢を見せたときに、初めて話し合うための土台ができたことを相手に伝え、保護者の苦労や困難にも配慮やいたわりを示しながら、相互理解と現実的解決の方法を共に模索する作業に移るのである。
(1)  保護者の反応と変化
 このように対立があっても新たな質的に異なる関係構築が可能との見通しを持つことが大切である。保護者は、わめいたり、脅したり、懇願したりというような保護者の混乱反応を引き起こすが、保護者にパニックを生じさせる「危機」こそが、保護者の行動に変化を与えるエネルギーになる。無理が通らない現実の壁に直面し、初めて行動変容の可能性が生じてくることになる。
 自己の行動を抑制せざるを得なかったという敗北感や妥協が保護者に芽生えたとき、そのタイミングで援助者がいたわりやねぎらいの言葉をかければ、一方的な敗北感が和らいで素直な態度をとれるようになる場合も少なくない。
 つまり、多くの場合、過去における虐待や威圧の被害者としての保護者は、力関係に敏感で、力の上下により態度を決めがちであるが、「壁」と「ねぎらい」を感じ取ることで指導を受けることに素直になれる姿勢が始めて芽生えてくるのである。
(2)  対立を克服しての新たな援助
 ケースに応じた「壁と対立」そして「妥協とねぎらい」を、流れとタイミングの中で有効に使用しながら保護者に改善の条件を提示していくことが大切である。

2.  介入的ソーシャルワークにおける保護者対応の基本姿勢
 介入的ソーシャルワークの理念や手法が理解できたとしても、虐待を主訴として保護者とやり取りすることは、援助者にとって極めて緊張とストレスのかかる作業になる。特に保護者が強い反感や怒りをぶつけてくるような場合はなおさらである。しかし、多くのケースを体験していくと共通した保護者の反応パターンが見受けられるので、個々の場面を想定しつつ対応やアセスメントの具体的方法を修得していくことが大切である。複数対応を原則とする、うそや安易な気休めは言わない、保護者のこだわりと行動・思考パターンを読みとり評価するなど、これまでの受容的アプローチと共通する留意点に加え、介入的ソーシャルワークで特に留意すべき事項は以下のとおりである。
(1)  介入的ソーシャルワークにおいては機関対応であることを前面に出す
 介入的ソーシャルワークにおいては、機関、組織として対処していることを保護者に理解してもらう必要がある。したがって、援助者個人が良いとか悪いとか判断して解決する問題ではなく、機関として判断し行動しているので、手順を踏んでしか事態が進まないことをわかってもらうことが大切である。
(2)  仕組みや見通し、不服申立ての権利などを伝える
 当初は怒りや混乱で話が成立しにくいかもわからないが、保護者の落ち着きに応じてわかりやすく、簡潔に、そして繰り返し児童相談所や法律の仕組み、今後の見通し、保護者として正当に不服を訴えることができる手続きなどを説明することが大切である。なお、従来は家庭裁判所への申立てはケースワークがうまく行かないときの最後の手段と考え、その説明すら遠慮しがちであったが、保護者にはごく初期の段階で、指導にも従わず、施設入所にも同意しないときは家庭裁判所へ児童福祉法第28条の申立てを行うことになるという、児童福祉法の仕組みを明確に伝えて理解してもらうほうが良い場合もある。
(3)  膠着性と反復性の打破
 単なる言葉の反省や約束では容易に変わらない家族の行動パターンへの認識とアセスメントに、援助者はより注意を向けなければならない。その意味において在宅のケースの場合、関与に拒否的なスタンスや言動においては、ケース運びの展開を変える必要性を認識することが大切である。理屈の立たない拒否や先延ばしは子どもに会わせたくないための常套手段の一つであるが、漫然と先延ばしに応じることは事態の悪化を招くことが多い。少なくとも2〜3回の訪問等の拒否に対しては、文章などで、会えない場合は職権での介入もあることを警告として伝えておく必要がある。関与への拒否は保護者の行動パターンや膠着性を変えないというメッセージであるので、相手のペースに合わせてしまうことは致命的結果を招きかねない。警告後も態度が変わらないようなときは、立入調査、職権保護、児童福祉法第28条に基づく措置の承認に関する審判の申立てなどの段取りと具体的手順に速やかに移行するほうが良い。緊急性やリスクが高いときは警告なしの職権保護もあり得るが、一度警告の前置があると、職権保護の際に保護者の反発に対して説明が容易になる。

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