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少子化時代の企業の在り方を考えるシンポジウム

基調講演
「次世代育成支援と企業の役割」


株式会社ベネッセコーポレーション取締役
金代 健次郎


CSRやコーポレートガバナンスの観点からも次世代育成支援の取組が企業に求められている

 最近、CSR(企業の社会的責任)やコーポレートガバナンスということが言われています。それはどこから来ているかというと、現状のまま利益追求に偏りすぎた企業経営を続けていると、持続的な企業成長は期待できないのでないか、また、持続可能な社会の実現は難しいのではないか、という意識によるものだと思います。ヨーロッパの企業は、サスティナビリティ(持続可能性)ということを前面に掲げておりますし、世界的にもCSRがISO(国際標準化機構)により規格化されるというような話も出ています。CSRが規格化されれば、女性の雇用や子育て支援に熱心でない企業は世界市場の中で評価が下がっていくでしょうし、実際ISO14000の例を見ると、環境問題への取組が弱い企業が市場から排除される現象が起きています。今後は、少子化や次世代育成の問題についても持続可能な社会作りの一環としてとらえるとともに、「世界的な流れから見てどうなのか」という観点を持つことが重要だと思います。
 日本企業のCSRで比較的進んでいるのは環境の分野です。環境白書やグリーン購入、環境会計システムなど、いろいろなことが行われています。そして、一番進んでない分野は女性の活用やコーポレートガバナンスです。特に女性の活用は進んでいません。経済同友会傘下の企業の女性役員比率は1.44%、100人に1人です。3年後の目標値が3%、100人中わずか3人ということになります。女性役員がいない企業の割合は86.9%、約9割の企業に女性役員がいないわけです。そして、管理職に占める女性の比率は2.62%です。こうした状況は、企業の中に社会の姿が反映されていないことを意味しており、女性の雇用が進まない一因になっていると思います。
 最近は、SRI(社会的責任投資)ファンドというものが出てきておりまして、アメリカでは2兆ドル、240兆円ぐらい、ここに厚生年金基金などから多額の資金が投資されています。今後、日本でもSRIファンドがどんどん発行されていくのではないか。そうすると、透明性の高い活動をしていない企業が投資家から排除される現象が起きるのではないかと思います。
 いずれにしても企業社会は急速に変化しておりまして、企業は良い商品を作ればそれでよいということではなく、社会的に間違ったことをしていない、そこで働く人たちがストレスを感じていない、そうしたことが非常に重視される時代になってきているのだと思います。

子どもを取り巻く環境

 子どもを取り巻く環境は、今後10年ぐらいの間に相当大きく変化すると思います。(図1参照
 高等教育においては、2007年に大学への進学を希望する高校生の数と大学の定員が一致し、大学全入時代が到来します。全入時代を迎えて相当なスピードで大学改革が進むのではないか、そして、大学のポジションというものが変わっていくのではないか。
 一方、次世代育成の観点からは、学生が在学中に自分の人生をいかに設計できるか、ということが大きな問題となっています。最初に就職した会社を3年以内に辞めてしまう若い人たちが約3割いるわけですから、就労観と言いましょうか、いかに働くかということに対する意識形成を国家的なテーマとして取り上げていく必要があるのではないかと思います。少々無理をすれば誰もが大学に入れる時代がもうそこまで来ているわけですから、若い人たちが大学在学中にいかに力をつけ、いかに高いレベルで社会に入っていけるかということを考えるべきでしょう。
 初等中等教育においてもいろいろな問題があります。少し古い資料ですが、(財)日本青少年研究所が実施した中学生の生活意識に関する調査によると、「計画を立てたら、それをやり遂げる自信がある」と思っている子どもは、アメリカ54.2%、中国32.8%に対し、日本は9.8%しかおりません。また、「私は他の人々に劣らず、価値のある人間である」と思っている子どもは、アメリカ51.8%、中国49.3%、日本はなんと8.8%です。日本の子どもたちには自信というものがない。自己肯定力が非常に弱いということです。自分という存在に対して働きかけが少ない。自己肯定力や自己認識というものを高めていかないと、なかなか就労観といったことにまでたどりつきません。約60%の中学校2年生が「学校で学んでいることが何の役に立つのかわからない」と答えています。ここはやはり、学びが社会でどのように役立つのかということを、家庭や教育現場、地域社会のなかで深く考えはじめなければならないのだと思います。
 新しい動きもあります。兵庫県や富山県では、中学校2年生の総合学習の時間に、企業の協力を得て5日間の就労体験というものをやっています。このように、学びと社会の接点を意欲的に作っていくための仕組みは必要でしょう。地方分権が進むなかで、それぞれの地域において子どもたちの就労意識を高めるための努力を行うことが重要だと思います。
 幼児教育についても触れておきます。今まで、病気であれば病院、メンタルな問題であればケースワーカーというように、専門性にこだわりすぎているところがあったと思います。しかし最近では、子どもを包括的にとらえていろいろな配慮をしていこうという動きも見られます。
 いずれにしても、大学生の就労意識の問題、高校生、中学生に対する将来の職業選択に関する意識づけ、幼児教育で子どもを包括的にとらえていく動きなどがあるわけでして、そうしたことに対して企業として何ができるのかを考えることが大事なのだと思います。食品メーカーであれば食育という観点からアプローチできるでしょうし、家電メーカーであれば資源の有効利用の観点から環境問題にアプローチできると思います。ベネッセでも家電メーカーと協力し、環境問題に関する紙芝居を作って幼稚園に配布する活動を行っています。要するに、企業は商品・サービスを提供するだけでなく、その向こう側にある、お客さまの家庭でできることは何なのかということを考えて、積極的にアプローチすることが求められる時代になってきているのではないでしょうか。少子化の問題に対しては、家庭、企業、地域が一体となって取り組んでいく必要があると思います。

企業が取り組むべき次世代育成の枠組み

 次世代育成支援に向けて企業が取り組むべき枠組みを、3つに分けてお話します。
 第一に、「信頼される企業への取組」です。これは、コーポレートガバナンスを確立するということですが、その方法は様々であり、各社がそれぞれの業態に応じたやり方で取り組むべきものだと考えます。CSRについても、環境問題に積極的に取り組む企業もあれば、私どものように雇用の問題に取り組む企業もあるわけです。そうした取組を進めると同時に、それを第三者から評価してもらう仕組みを取り入れることも重要でしょう。
 また、信頼される企業への取組においては、理念教育ということがよく言われます。「理念なき企業は市場から撤退せざるをえない」ということも言われますし、企業の根幹にあるものを忘れさせないための仕組みが企業にとって重要なのだと思います。理念を理念として語り続けるための仕掛けを企業のなかに作り込んでおくということです。
 第二に、「事業活動の中での取組」です。企業の中で女性が経営にどれだけ深くコミットメントしているかということが一つの目安になると思います。事業活動に女性を深くコミットさせることにより、われわれ男性では気づかない非常に重要な問題が明らかになることもあります。ベネッセではあらゆる職種に女性がおり、監査役にも女性がおります。日本には約6300人の監査役がいますが、そのうち女性の常勤監査役(上場企業)は3人だけです。残りは全員男性です。企業をチェックする立場にある6300人の中に、女性はたったの3人しかいないわけです。これでは企業の活動をチェックするのもなかなか難しいのではないかと。企業活動をチェックし、牽制するポジションに生活感を持った女性を入れることは、一つのポイントだと思います。
 第三に、「働く人に対する取組」です。ベネッセの例をご紹介しましょう。(図2参照
 ベネッセは、「女性だから」女性にやさしい会社なのではありません。女性が多い会社として雇用政策上、特別な対応をとっているわけではありませんし、男女均等処遇、性差よりも個人差、層別管理から個人管理へ、多様な働き方を施策で支援、といったことは多くの他の企業と同じだと思います。
 ただし、ライフサイクルの上で、一時的に生活と仕事の両立のハードルが非常に高くなる時期、つまり育児や介護といったことがありますので、そこは積極的に支援しよう、というのが基本的な考え方です。企業経営の上でも、貴重な労働力を継続的に維持することはきわめて重要な課題です。
 このような支援策は、制度的な対応だけでは難しいと思います。現場のマネジメントや風土、個別のキャリアアップなど、トータルに支援していくことが重要です。現場のマネジメントが納得しないことをいくらやっても長続きしないということでして、明確な経営の思想、多様な社員を活かす仕事・マネジメント、そして個人の自助努力というものを高いレベルで求めていくことがポイントです。
 ベネッセの支援策は、「育児支援」「母性保護」「個人の自助努力を支える社内環境」の3つが柱となっているのですが、やはり個人の自助努力というものを相当強く求めています。「自助努力をしないところに支援はしない」とまでは言いませんが、それに近い雰囲気だと思います。
 自助努力を支える社内環境としては、スーパーフレックス制度、これはコアタイムのないフレックスタイム制度です。また、育児・介護休職後は原則として休職前の職場に復帰しますし、要員計画においても復帰者を見込んだ計画を立てています。さらに、社員どうしがアドバイスをもらいあう社員ネットワークがありまして、「こういうときにはどうしたらいいか」というような知恵と知恵を交換するための仕組みをホームページ上に作っております。

経営上のメリットと課題

 こうした支援策に取り組むことの経営上のメリットは5つほどあります。(図3参照
 非常に優秀な人材を確保できるということは、特に強く言えると思います。また、私どもの社員は社員であると同時に顧客でもありますので、育児経験を生かした商品・サービスを提供するのに役立つということも言えると思います。
 今後の課題についても触れておきます。
 企業の経営を取り巻く環境が急速に変化しており、特に国際的な環境の中で明確な成果を上げることは難しくなっています。ステークホルダー(利害関係者)の厳しい目がわれわれの経営を常に見ていますし、子どもたちが置かれている環境に対して個々の企業ができることというのも非常に少なくなってきています。
 いまは、経営効率と持続的な社会活動のバランスを考えることが非常に重要になっているのだと思います。経営効率と社会活動のバランス、重点は常に移動するわけですが、その中でも一貫した姿勢、すなわち創業の精神といったものを忘れないことが大切です。儲けすぎてもだめ、儲けすぎないでもだめ。そのうえで、社会の変化を把握しながら、自らの「役立ち感」を高めていくことがCSRにつながるのではないかと考えます。
 ビジネスの質的な向上ということも大事です。例えば、国際的な観点からはキャッシュフロー経営というようなことも言われているわけですから、そうしたことを外さないように、新しい経営手法を採り入れることなども必要でしょう。
 また、男性の育児参加というのは当社ではあまりうまくいっておりません。こうしたことですとか、個別的なニーズに対応するための制度設計、例えば、子どもが病気になったときにどのように個別対応していくのかといった問題、今後はこうした問題にも取り組んでいかなければならないと考えています。
(了)


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