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2018年1月17日 第4回人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会

医政局

○日時

1月17日(水)10:00〜12:00 


○場所

厚生労働省 専用第15会議室


○議事

○堤在宅医療推進室長補佐 定刻になりましたので、ただいまから、第4回「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」を開催いたします。本日は、大変お忙しい中御参集いただき、まことにありがとうございます。

 本日は、紅谷構成員、早坂構成員から欠席の連絡をいただいております。

 また、局長の武田は、別の公務のため、おくれての参加予定です。

 本日は、上智大学生命倫理研究所教授の町野朔氏を参考人としてお呼びしております。

 議事に入ります前に、お手元の資料の確認をさせていただきます。

 議事次第、座席表、資料1から3までと参考資料1から3をお配りしております。

 なお、机上のみですが、権丈構成員から参考資料の提供がありましたので、配付しております。また、木澤構成員からの参考資料の提供がございますので、配付がございます。

 乱丁、落丁等がございましたら、事務局までお知らせください。

 それでは、議事に入ります。

 カメラ撮りはここまででお願いいたします。

(カメラ退室)

○堤在宅医療推進室長補佐 それでは、以後の議事運営を樋口座長によろしくお願い申し上げます。

○樋口座長 おはようございます。

 きょうが第4回目の「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」ということになります。

 議題を見ておわかりだと思いますけれども、きょうは大きく分けて2つ。1つはこの検討会の一つの仕事なのでしょうけれども、人生の最終段階における医療に関する意識調査の結果がまだ速報らしいのですけれども、この後紹介していただけるということと、資料1−2で、ここまででこの会議でこういう議論があったということを改めてまとめていただいて、それについてコメント等をいただくという部分。

 それから、大きく分けて2つ目です。10年前にできた「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」について、少し改訂を試みる。そのたたき台の案を事務局でつくってくれたようですから、それについて議論を深めたいと思っております。

 私が聞いている話では、きょうが1月です。年度末までということは、あと2回で報告書までいきたいという話ですので、御協力をお願いいたします。

 まず、資料1−1と1−2で説明をしていただいて、議論いただきたいということになります。事務局の方、お願いします。

○松岡在宅医療推進室長 おはようございます。

 それでは、資料1−1と1−2に従いまして御説明を申し上げたいと思います。

 まず、資料1−1「人生の最終段階における医療に関する意識調査集計結果(速報)の概要」でございます。こちらにつきましては表紙に書いてありますように、速報値でございます。平成30年2月末に集計結果をきちんと報告させていただきたいと思っておりますので、今回はどのような調査であったかということの概要だけをお伝えするのみとさせていただきたいと思います。

 本調査は2ページにも書いておりますが、平成4年以降、5年おきに5回にわたりまして行われているものでございます。調査票は3つに分かれておりまして、国民票、医療従事者票、施設票となっております。

 調査時期は12月5日〜29日となっております。一部地域においては締め切りを変更しております。

 また、調査方法は郵送によるものでございます。自記式の質問紙調査となっています。

 調査対象は先ほど申し上げたとおりでございます。前回調査との変更点といたしましては、介護施設に介護老人福祉施設に加え、介護老人保健施設を加えたことが変更点になっております。

 3ページ目は人生の最終段階における意識調査の調査対象と回収率について、現在の段階での値を申し上げたいと思います。まず、対象者は一般国民と医師、看護師、介護職員の3つに分かれます。一般国民票でございます。それぞれ対象者数は真ん中に書いておりますオーダーでございまして、回収数はそれぞれ4761,0481,542507となっております。下に括弧を付した数字がございますが、これは現時点で集計されているもの。つまり、今回のグラフ化されている対象のものでございます。おとといの段階までの数字をとっておりますので、一部集計できていないものがあるということでございます。

 回収率及び集計率につきましては、四角の太く囲ったところがその数字でございます。一般国民は回収率7.9%、集計も同じだけになっております。あと、医師、看護師、介護職員につきましては、23.3%、25.7%、25.4%の回収率が得られています。集計率はそれぞれ2015%の間で集計をさせていただいております。一部できていないものがあるということでございます。

 参考に前回の回収率を付しております。今回、一般国民が非常に低いと思われるかと思います。これは幾つかの事情があるのかと思いますが、1つは12月という皆さんがお忙しい時期に調査を設定したこともあるのかもしれません。現在、督促をかけるべく、1月31日まで一般国民票につきましては締め切りを延ばし、督促のはがきを送らせていただいているところです。1月31日付で締めまして、再度集計をしたいと思っております。

 次に医師票と看護師票、介護士票、施設票といった専門職向けの調査対象と回収率につきましては4ページに書いております。対象者数につきましては真ん中に付しておりますとおりございまして、回収数も右に書いております。

 回収率を申し上げますと、医師22.4%、看護師29.3%、介護士35.9%、施設28.6%となっております。前回の回収率は右に付したところにございます。このような状況で現在の段階での集計を行っているということでございます。

 現在、集計されているものの属性でございますが、一般国民、医師、看護師、介護士ともにそんなに大きな変化はないのですが、介護職員が若干若い人が少なくなっているところがあるかもしれません。

 集計結果の概要につきましては、6〜7ページにかけてでございます。上にあるバーの色で票がわかるようになっておりまして、1、つまり一般国民票はオレンジのバーにしておりますので、以下を見ていただくときに上のバーの色を見ていただくと何の評価ということがわかりやすくなっているかと思います。2がブルーでございまして、医師、看護師、介護職員票となっております。3はグリーンで施設票となっております。

 以下、それぞれの個票につきまして今の段階での集計をしております。これにつきましてはごらんいただければありがたいと思います。なお、見ていただくときに灰色のバーがあると思いますが、灰色は平成25年度、つまり前回の同様の調査結果を参考として書いているものでございます。資料1−1につきましては、以上で私のほうからの説明を終わりたいと思っております。

 次に資料1−2「国民への普及啓発に関するこれまでの検討会における主な意見と論点」ということで、3ページにわたるペーパーがございます。

 まず、1ページ目でございます。「自分自身がよりよい最期を実現するために、自分事として『話し合うこと』を実行してもらう視点」となっております。これは、ある一定の年齢となった方々が我が事としてこのようなことを考える。そのことを促すための普及啓発をどのようにするかという視点でございます。

 意見といたしましては、対象を広げ過ぎるのではなく、まずはある一定程度の年齢を過ぎた方に関して話し合ってもらうことが重要ではないか。単身者がふえてきていることも踏まえまして、家族以外も含めて話し合うことが大事ではないかというようなことが対象・時期として出されております。

 普及啓発の内容といたしましては、何回も繰り返し話し合うことや、自分の病気、治療方法についてしっかりと知ることや、最初から医療のことを決めずとも日々の生活の希望から考えることも有効ではないか。もしくは、自身の希望を共有していないことによって、周りの意見で自分の希望がかなえられないようなことが起こり得るということも留意するべきではないか。まずは自分の大切な人と十分に話し合っておくことが重要ではないかというような内容が話し合われました。

 普及啓発の方法といたしましては、きっかけをつくるツールの普及などが必要ではないか。パンフレットをただ配布するのではなく、配布時に手渡しするということも大事なのではないか。ある一定程度の年齢になったら話し合うことが重要。例えば、高齢者健診などを周知に活用してはどうか。信頼できるかかりつけ医と一緒に考え、話し合い、記録に残すことも重要ではないかというようなことが話し合われました。

 論点として3つ下に書かせていただいております。1つ目は、一定の年齢に達した方が、人生の最終段階に自らが受ける医療のあり方について具体的に考えるようにするにはどのような普及啓発策が有効であるか。

 2番目は、一定の年齢に達した方が、信頼できる家族・友人等と人生の最終段階の医療について話しやすい環境をつくっていくには、その普及啓発の手段も含め、どのような対策が必要か。

 一定の年齢に達した方に対して行う普及啓発については、どのような内容を含めるべきと考えるかということでございます。

 2ページ目でございます。「身近にいる大切な人の希望を支えるために、『話し合うこと』を実行してもらう視点」は、当事者、つまり差し迫って生命の危機を感じておられる方ではなく、その方を支える周りの方々にどのように普及啓発するかという視点でございます。

 意見といたしまして、1つ目は対象・時期でございます。人生の最終段階に置かれている人だけでなく、今後親の介護・病気にかかわるサラリーマン世代やそれより若い子供・若者についても、話し合うことの重要性を知ってもらうこと、考えてもらうことが重要ではないか。

 普及啓発の内容でございます。本人と信頼できる人、身近な医療者とが繰り返し話し合っていくということが重要だということ伝えるべきである。若い人や健康な人もいずれは高齢化し、必ず自分自身や身近な人に起こり得る話であることを伝えることも重要。医療者が主導するのではなく、家族、大切な方と話し合うことがよいのではないか。教育の場面でも「死」について話し合われること、教育されることはない。ベースがない中でいきなり人生の最終段階について話し合おうと思っても難しいのではないか。自身の希望を共有していないことによって、周りの意見でかなえられないことがあることも留意すべきです。これは先ほど申し上げたような話でございます。という内容が話し合われました。

 普及啓発の方法といたしましては、文化をつくり上げるために、学校教育や大学教育の基礎教育、企業研修等を活用してはどうか。層別化して考えることが大事ではないか。まずは自分自身の人生について考えること、それを伝える大切な人についてイメージしてもらうキャンペーンを行うことが必要ではないか。ドラマ、テレビの活用、マスコミやSNSなど、国民全員が考える日の設定など、このようなことを検討してはどうかというような方法についての御意見がございました。

 論点はこちらも3つ挙げております。1つ目でございます。自らの人生の最終段階への意識・かかわりがまだ小さい方について、世代や属性ごとに普及啓発の方法を考えるべきではないか。また、ライフイベント(結婚、出産、介護保険加入、退職等)に合わせた普及啓発方法が考えられるのではないか。

 2つ目です。世代や属性、ライフイベントごとに、どのような内容の普及啓発を、どのような方法で講じることが有効と考えられるか。例えば、学校や企業に協力してもらうことも有効ではないか。

 3つ目でございます。「話し合うこと」や「信頼できる人を決めておくこと」(いわゆるACP)によりまして、自身の大切な人がよりより人生の最期を迎えるために重要であることを、わかりやすく、イメージしやすい言葉で伝えることが必要ではないか。

 そういうことが3つ論点として挙げられると考えております。

 最後のページでございます。「広く医療・介護従業者にサポートを行ってもらう視点」ということで、医療・介護従事者に向けての普及啓発をどのようにするかという視点でございます。

 意見といたしましては、患者が自分の意思を示すプロセスが大事である。繰り返される意思表出支援等が文言として適しているのではないかという御意見がありました。意思を決定させるためだけの支援になってはいけない。患者と医療従事者は上下関係になりやすい。患者に近い周囲の方も巻き込んで決めていくことで、より決めやすくなるのではないか。患者や家族の心は揺れている。治療の中で思いも変わってくる。常に心が変わるという前提を持つことが大事である。これらを含めて支援することも大切な支援ではないか。かかりつけ医のACP普及がまずは大事である。提供者への普及啓発を行うことが、国民への普及啓発につながるのではないか。信頼できるかかりつけ医と一緒に考え、話し合い、記録に残すことも重要。病気になったときなど、医療・介護従事者等と一緒になって具体的な医療・ケアについて考えていくことが必要。看護や介護職、相談員が大切な情報を持っていることもあるので、フラットに話し合える環境が必要であるなどといった御意見がございました。

 論点は3つございます。患者に対して適切に人生の最終段階における医療のあり方を考える支援を、医療・介護従事者に行ってもらえるようにしていくため、どのような普及啓発が有効か。特に、意思表出支援も含め、患者への適切な意思決定支援を行ってもらうためにはどうすればよいのか。

 2つ目です。患者の人生の最終段階を支える職種ごとに有効な普及啓発策はあるか。

 3つ目でございます。着実に、患者や家族等に対し、医療・ケアチームが、適切な意思決定支援を行い、その取り組みを広めていくためには、知識、技術の向上を図っていくことが必要であり、行政や専門職団体に対して「人生の最終段階における意思決定支援に関する研修」の開催などの協力を求めることも必要ではないかという論点があると考えております。

 このように、前回の御意見をもとにまとめさせていただきましたが、参考資料1といたしまして、前回のいただいた主な意見を名前を外した形で載せております。これは議事録から抜いたものでございますので、参考までに御利用いただければ幸いかと思います。

 私のほうからは以上でございます。

○樋口座長 ありがとうございました。

 今、御説明があったように、今のお話で、まず資料1−1のほう、集計結果は速報値なので特に次回にもう少しはっきりした数字が出てきたときに前回と比べてどうであったかとか、中身について議論をいただくことにして、きょうはまず、現在の速報値としては、今の状況はごく簡単に言うとこういうことですという、そういう話だけにとどめておこうと思っているのですが、資料1−1について何か御意見がこの段階であればお願いいたします。ただし、繰り返しになりますが、次回、これについてもっと時間をとってということになると思います。

 斉藤さん、どうぞ。

○斉藤(幸)構成員 難病・疾病団体協議会の斉藤でございます。

 まとめ方のお願いなのですが、恐らく性差、男女差によって随分異なる結果が出るのではという思いがするのです。特に男の方は、高齢の方になりますと、家族にお任せとか、妻に任せる、自分のことは余り考えないというような、人生最後に残るのは女性だという意識が強いと思うのです。その辺の差がもし出るようだったら対策は異なるのかなと思いまして、まとめる時、性別の情報もあるとありがたい、と思います。

○樋口座長 ありがとうございます。

 ほかにいかがですか。

 木村さん、どうぞ。

○木村構成員 全日病の木村です。

 調査について、うちにも来たのですけれども、私も書いたのです。

 これがちょうど来たのですけれども、一般国民票というものと医師票とか看護師票というのが分かれていて、一般国民票のほうにも医師は書けと。ここにも出ているのですけれども、どういう意図があったのかよくわからない。一般国民として考えるのか。といっても医師であるからにはそう考えざるを得ないというところがある。もちろん一般国民票の中にも一般国民とか医師とか看護師とか介護士とか分かれてはいるのですけれども、何で一般国民の中に医師を入れたりするのか、意図がよくわからなかったのです。

○松岡在宅医療推進室長 皆さんのお手元の3ページを見ていただくとありがたいのでございますけれども、一般国民票は確かに医師、看護師、介護職員にも配られております。これは一般国民にも当然配られてはいるわけですけれども、この4者で比較をしたい。医師としての一般とされていることと、一般国民の方が思っておられることがどのように専門性によって違うか、専門職であることによって異なるかということを分析したいということで、ずっとですけれども、一般国民票を全ての職種に対して配っていただいて、一般国民との差異を見るということをしているわけでございます。ですから、両方記載していただいているということでございます。

○樋口座長 これは多分、今までも同じようなやり方をしていたのでしょうね。

○木村構成員 そうなのですけれども、こういう疑問が出てくる。

 今までもそうだったのですけれども、なぜ分けるのかなと。実際に自分で書いてみるとなかなか難しいのです。医師として書く場合と一般国民として書けと言われても余り差はないのではないか。だから、なぜ分けたのか。調査対照表があって、一般国民と医師、看護師、介護職員と分けるのであったら話はわかるのですけれども、わざわざ医師票というものをまた書いて、果たして内容に差があったのかどうかよくわからなくて、自分で書いてみると何だろうなというのがよくわからない。

○樋口座長 ごもっともだと思います。宿題というか論点として留意しておいてください。

 この段階で私が覚えている話では、鈴木さんだったと思いますけれども、こういう伝統的な調査だけではなく、インターネットとかそういう調査である種のバイアスが逆にかかるのですけれども、もう少し、特に若い人たちに聞いてみるというのもあるのではないかというのも宿題としてあって、今回はこれでということだったと思います。

 先を急ぐようですけれども、次に資料1−2を見ていただくと、この会というのが国民への、こういう段階の医療のあり方についての普及啓発のあり方に関する検討会を我々はやっているわけです。考えてみると、国民は普及啓発の対象というのもしようがないですね。こういう上から目線で。しかし、とにかく普及啓発の検討会なのだから。とにかく、我々が一緒に考えようという検討会だと思います。さっきの松岡さんの御説明で、その対象で3つに分けているわけです。今までここの中でこういう議論が出ましたという形でまとめてあるので、振り返っていただいて、何かコメントがあれば伺いたい。最初のページは自分自身でということを考えていただきたい。

 全体としては、結局、アドバンス・ケア・プランニングを自分自身でどういうふうに考えていくかということについてどのような意識をどの段階で持ったらいいかという話になって、だから論点ではこの対象になると「一定の年齢に達した方が」という主語になっているわけです。それは木澤さんからも御説明があったように、若いときに考えてもねという話があるので、そうしているわけですが、一定の年齢が幾つかというのもまた一つ問題だとは思います。

 2枚目に行くと、今度はその人の周りにいる、結局、家族等だと思いますけれども、家族に限らないと思いますが、その周りの人たちが本人の希望を支えるためにどういうことを考えるという話でまとめてあるわけです。これだともっと若い人もあっていいので、死を意識するような教育とか、自分の父親とかそういう人だけの話ではなく、いずれは自分の問題でもあるということを、常日ごろからというのは実際には難しいでしょうけれども、逃げてはおられないものですから、考えていくためにはどうすればいいか。

 3つ目がいわゆる専門家です。医療・介護従事者のほうでアドバンス・ケア・プランニングみたいなことをどういう形で自分の業務、任務の中に取り入れていくか。こういうふうにまとめてみましたけれども、資料1−2についてコメントがあればお願いしたいと思いますけれども、どうですか。どんなところでもいいです。

 権丈さん、どうぞ。

○権丈構成員 今、御説明にありましたように、ACPという考え方がそう古い話ではなく、新しい話として出てきて、これをどう理解してもらうかというところで、用意ドンで始まってくると、ある一定の年齢に達した方の第1世代は全く知らないところからACPの知識が入ってきて、これを繰り返しやっていくという話になる。

 ところが、第2世代になってくると、ある程度知っているんですね。ある程度知っている人たちが一定の年齢に達してくるときと、全く知らない用意ドンで制度が始まったときにACPという考え方を理解していくという話になると思いますので、用意ドンで始まったときの制度の経過措置的な対応の仕方と、その後、資料1−2の2ページ2の若いときからある程度理解した人たちが一生のうちでどのようにこの知識を蓄積していって理解して実行できるようになっていくかという2つの考え方というのもあっていいと思っております。

 1と2という形で「一定の年齢に達した方」というところで違うものだという感じにしていくのは難しいので、次第に変化していくようなイメージのまとめ方というのができないだろうかと思っております。

○樋口座長 みんな同じですからね。ライフステージがあって、ライフステージに合わせてプランニングみたいな話でやっていったほうがいいかもしれないということですね。

○権丈構成員 この前、私も言いましたように、いつ何どき私たちが遠くの親戚になるかもしれないわけで、みんなこれを若いときから知っておいて、そして知識の密度が高まっていくというのがいいと思います。

○樋口座長 ほかにいかがでしょうか。

 鈴木さん、どうぞ。

○鈴木構成員 今、権丈先生が言ったこととすごく近いのですけれども、用意ドンで始まるものなので、一斉に若いうちから知っておくというのがすごく大事だと思うのと、今、若い人、私世代の人も含めて、私はがんになっていますが、なっていない人も含めて自分の死はすごく関心が高まっていると思っているのです。

 人は必ず死ぬということを意識しましょうといろいろな記事が出たりとかで、私の周りとかでもフェイスブックとかでシェアされたりしていますけれども、みんな考えようという風土ができてきたら より考えるようになる と思うのです。

 そうすれば、直面してから考えましょうではなく、いつかは自分は必ず死ぬのだからとなっていくと思うのです。私もはっきりと2つに分けて普及啓発するのではなく、2の3の普及啓発の方法でいろいろ国民全体が考える日の設定とか、テレビやドラマの活用みたいなことが書いてありますけれども、一度どんと打ち上げるではないですけれども、みんながこの日に考えざるを得ないみたいな仕組みをつくるのが一番早いのではないかと思いました。

○樋口座長 ありがとうございました。

 ほかにいかがですか。

 横田さん、どうぞ。

○横田構成員 横田でございます。

 私、厚労省の臓器移植の検討会にもかかわっていて、そこでよく議論にされるのが、命の教育の重要性ということです。

 これは全ての年齢層に対して当てはまると思っています。命の教育の一環の中で脳死になった後には提供という選択肢があるという教育です。中学で命の教育の中で臓器提供に関することを教えている学校に講演していただきました。今回の課題についても同様に、各年齢層に応じた形の普及啓発教育というものがあってもいいと思います。もちろん一定の年齢に達したということでこういった形でもいいと思うのですけれども、もし、若い人も含めるのであれば、命の教育の中の一環として考えていっていいと思います。

○樋口座長 横田さんを差し置いてなのですけれども、救命関係では学校教育を利用してというか、その場で救命の手だての訓練とか広がってきていますね。しかし、救命というだけではなく、もう少し広く、臓器移植 だってもちろんあるし、亡くなっていくときのケアのあり方とか、視野を広げてというものがあるかもしれないですね。

○横田構成員 実際そういう取り組みをされている地域、教育委員会も少しずつではあるようですけれども、増えてきていると聞いています。

○樋口座長 命の教育の日というか、国民全員が考える日というのがここに書いてありますが、アドバンス・ケア・プランニングだけではなく、もう少し広い視野でというのもあるかもしれないですね。

 木村さん、どうぞ。

○木村構成員 もちろん、国民に対する啓発とかいろいろなことが必要だと思うのです。広げていかなければいけないと思うのですが、一番怖いのは、日本人は何でも右へ倣えとか、周りに流されてしまってと、周りがそう言っているからということになっていて、だんだんこういうことについて考えないやつはばかだみたいなことになっていったり、みんなが老人は余り医療をしないみたいな雰囲気になってくるのが怖い。

 実際に現場でやっていると、最近胃瘻をつくりましょうとなってくると、全然若くてちゃんと受け答えできる人でも、奥さんが胃瘻はつくりませんと。なぜですかと言えば、今、胃瘻ってよくないのでしょうと言われるわけです。よく考えてもいなくて胃瘻はよくないとなっていったり、IVHはよくないという。それはその症例とか相手がどういう形になっているかということによって違ってくるわけで、余りよく考えもしないでと言っては悪いのですけれども、とにかく深く考える機会はもちろん必要で、よく考えていただきたい。だから、アドバンス・ケア・プランニングというのは大事だということなのですけれども、怖いのは右へ倣えみたいな、そういう形になっていってしまうのが怖い。

 だから、アドバンス・ケア・プランニングの日というのをつくるのもいいのですけれども、そうするとみんなが右へ倣えになっていってしまうという、日本人はそういう傾向になりやすいのです。なので、その辺のところは非常に気をつけないといけないと思います。よく考えないといけないという教育は必要で、普及も必要なのですけれどもね。

○樋口座長 ありがとうございます。

 佐伯さん、どうぞ。

○佐伯構成員 佐伯でございます。

 今までお話に出た啓発の重要性というのはそのとおりだと思うのですが、アンケート調査を見ると、医療関係者の方でも実際に話し合っている方というのは、詳しく話し合っている方はせいぜい1割ぐらいですし、一応話しているという方でも5割をちょっと超えるぐらいということで、重要性を認識するということと、実際に話し合うということとの間にかなりギャップがあるという気がいたします。

 そういう意味では、学校での教育というのは重要だと思うのですが、単にACPが重要だということを教えるだけでなく、例えばロールプレイングのようなものを取り入れて、実際に体験させてみる。まだ若いのでもちろん本当の意味での話し合いにはならないかもしれませんけれども、話し合いの重要性をわかってもらう。そういうことが家族にも伝わると思います。そのためにはロールプレイングのための適切な教材をつくるということも重要なのではないかという気がいたします。

○樋口座長 ありがとうございます。

 木澤さん、今の関係でも。

○木澤構成員 ありがとうございます。

 今の関係と言えるかどうかわからないのですけれども、全体に考えますと、1つ目なのですが、ある年齢に達した方というのは賛成できない。御本人の準備状態に応じるだろうと思うので、それは避けたほうがいいだろうと思います。

 ただし、御本人と家族というのは立場が違うので、例えば教育教材みたいなものとか、啓発教材をつくるという視点で考えると、御本人用と御家族用は分けて作るのがいいのでしょうね。啓発ツールは皆さん御指摘のとおり1つでいい。全ての人に対するものでいいと思うのですけれども、援助の仕方は、自分で考えるのと家族を支援するのは別になると思うので、そこは別につくったほうがいいと思いました。

 教育に関しては御意見に賛同します。理解しやすい、実践に役立つ教材をつくっていくということが必要と感じました。

○樋口座長 今、佐伯さんの話との関係では、3つ目の広く医療・介護従事者にこういう意識をもらってというのは、木澤さんのところでは実際にやっておられますね。そのときの研修の仕方の中にはもちろんロールプレイングなんかも入っていてということなのでしょうね。

○木澤構成員 はい、入っています。結局、やらなければいけない重要性はわかっていてもやれないというのが問題なんだと思います。

○樋口座長 実際にどうやってやるかというね。

○木澤構成員 なので、実際にどう話しかけるとか、どういうきっかけで話し始めるかということはロールプレイングをしないと学習できないだろうと思います。教育プログラムとしてロールプレイを行っていく準備はできています。

○樋口座長 松原さん、どうぞ。

○松原構成員 一定の年齢というのはどういう意味なのかということと、それが必要かどうかという話だと思うのです。

 まず、若い人にもACPについて教育をしていかなければいけないのは間違いなく必要であり、いろいろな媒体を使ってこれをやり始めるのは非常に大事です。

 ただ、次元が違っていて、その時点で若い人たちに言っても恐らく効果が出るのは大分先ですし、努力すればそれはそれでいいのです。そういう面から見ると、立場が変わる時期があります。例えば75歳になって後期高齢者の保険証をもらったときに皆さん、いよいよ自分も後期高齢者になるのかと患者さんはおっしゃいます。先生、いよいよもう私、後期高齢者になりましたと。

 その時点において、認知症が始まっていない方、始まっている方もいますけれども、それを対応するというのは非常に大事なことです。今から起きる日本国の高齢者社会において、一番効果があるのは高齢者についてだと思います。

 もう一点ありまして、自分の親の最期を考えるときというのは皆さん、自分が退職する前後のところなのです。6065歳の間に自分の親に認知症が始まって、自分もそうなったとき、あるいは自分の親をどうするのかという。

 つまり、一定といっても幾つかの時間があって、そのタームに従って計画を立てて、若い人向けのものは若い人向けに、親の介護が始まりそうな人たちには、どこかでラインを引っ張って、集中的にやらないといけません。いつまでたっても国民全体に対してACPは大事ですと幾らコマーシャルで流しても、皆さん認識せずに終わってしまいます。

 例えば後期高齢者の通知が来たときに一緒に考えましょうということを具体的にやれば非常に効果がありますし、年金をもらうとき、あるいは退職したとき、還暦のとき。皆さんはそんなときに自分もそろそろあの世に近い世界に近づいたのだなということを認識されると思うのです。そういった一定のところでポイントを置いて、そこを通っていただいたときにはACPを勉強していただくということを国の施策として行うというやり方をすると効果的かと思います。

 何度も言いますけれども、難病の方たちは自分たちのことかと思っていつも心配されています。そうではない、国民全体が一定の年齢に来たときにみんなでACPをやるのだということが非常に大事なことではないかと思っています。ただ、権丈先生がおっしゃったように、いろいろな状況がございますので、それに対して国としてやっていくことは絶対的に必要なことです。三本立てとか四本立てでもいいですから、一定の年齢でやらないと、効果が非常に低くなるので、そこのところを心配いたします。

○樋口座長 斉藤さん、どうぞ。

○斉藤(幸)構成員 斉藤です。

 皆様同じことを言っていらっしゃるという感じをしております。総論と各論の違いというぐらいな感じで受けとめておりますけれども、全体的にはACPを含めて自分の人生のこと、家族のことをみんなで考えていく、そういう世の中にしていくということが大きな目的だと思います。

 1ページに書かれている論点は、もう少し各論的な形になっていて一定の年齢というような、そういう表現になっていると思います。

 学校教育の話が出ましたが、前回、私も教育委員会にいたことがあるというお話をさせていただきました。子供たちは忙しい中で、あれもこれもみんな学校教育の段階からと言われております。例えば税金のこと、災害のこと、それからいろいろなボランティア活動のことも全て学校にという形で、いろいろな審議会あるいは会議等でそういう方向性を出されております。

 でも、これは非常に大事な問題ですので、教科の中の指導要領の中に入れるぐらいにしていかないと、学校ではパンフレットをつくっていただいても読本をつくっていただいても積ん読になってしまいますし、教員の先生の能力もあります。本来でしたら学校医の先生が入り込むのが筋と思いますが、なかなかそれも難しいかもしれません。

 ある大学病院の先生が小学校に行って話すことがあるというお話を聞いたことがあります。そういうものも1つですが、仕組みとしてつくらないと全体的には動かないと思います。

 前回のときも介護保険、高齢者健診のときに御案内をすればとお話しさせていただきました。一定の年齢層や病気になったときに頭の中にすとんと落ちるということもありますので、ということを大変気を使っていただきながらのパンフレットとかをつくっていただいて、層に応じた丁寧なやり方をしていくしかないと思っております。

 以上です。

○樋口座長 ありがとうございました。

 ほかの方はいかがですか。

 熊谷さん、どうぞ。

○熊谷構成員 私も看護師の立場での発言になるのですが、先生方と同じで広く国民というかこれから若い世代は百年人生なので、そうすると小さいころからそういったこと、どう生きていくかを考えることだと思うので、それは1つ大事なことです。

 もう一つはACPを行うタイミングについて幾つか御意見が出ているように、ある一定の年齢、節目になったときに健康なときでもターニングポイントがあると思うので、そのときに行う。例えば病気になったときで、特に今は地域包括ケアですので、療養の場が移るときがある。もう一つは慢性疾患が多いので、再燃時であるとか、だんだん右肩下がりに機能が下がっていきますので、状況に応じてお話をしていくことがとても重要なことだと思いました。

 教育については、子供たちに教育、国民に教育をすることも大事ですが、そこを支えていく私たちの教育も非常に重要なことだと思っています。病院にいると、親ががんになって小さな子供がそれを受けとめなければならないということがたくさんあるのです。そういう子供たちにどうやって親がこれから亡くなっていくかという厳しい話をしなければいけないときに、そういう専門家が私は必要だと思いますので、ぜひ検討していきたいと思います。

○樋口座長 金子さん。

○金子構成員 金子でございます。

 そもそも論になってしまうかもしれないのですけれども、自分の生き方は自分で決めるということをまず大前提として多くの方にご理解いただく必要があると思います。なぜなら、いざ話し合おうとなった時、声の大きい人の意見が結局通ってしまう現実が未だにあるからです。今、私が伺っている話でも、高齢の親御さんが末期がんであり、そのことを御本人に告知しないままそのままいこうということになってしまい、当人の意思が一番大切ではないかと考える、でも立場の弱いご親族が苦しんでいる。未だこんなことが当たり前に存在します。

 本人の意思を聞く。それから私の意見も言う。まず当人の話を受け止めて、そして話すという、「話し合う」「対話」ということについてももう少し教育が必要なのではないでしょうか。これは本当に難しいのですけれども、誰かの死を前にした時、結局、当人ではなく声が大きな周囲の人の意見が通る現実があると思います。

 専門職の方がかかわってくださると声が小さい人の声を聞いてさしあげようと、それが意思決定支援の1つでもあると思うのですが、国民への、特に啓発にあたっては話し合うという意味そのものもベースにして行えたらいいと考えます。

○樋口座長 そうですね。ほかにはいかがですか。

 権丈さん、どうぞ。

○権丈構成員 国民とかいろいろあるわけですけれども、私はやはり3ページの「かかりつけ医のACP普及」がまずは大切だと思うのです。

 かかりつけ医については、医師会とかが「かかりつけ医」というものはこういうものだと公に定義していくのが2013年。そして、かかりつけ医の研修が始まってまだ数年で、今は、かかりつけ医とはこういうものですというのを医師に研修している段階ですね。

 そこにこの前、松原先生はこれから先、ACPも研修のカリキュラムに入れていこうという話でしたから、まず、医療関係者が第1世代としてやっていかないといけないところにあって、ここが私はかなり鍵になると思っておりますので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

○松原構成員 了解いたしました。大事な御指摘だと思います。

○樋口座長 そうですね。3ページ目のところ、意見の2つ目ですね。意思を決定。「意思」というのはお医者さんのほうではなく、本人に意思を決定させるだけの支援になってはいけない。患者と医療従事者は上下関係になりやすい。そういう中で対等なというか、あるいは患者中心の話し合いをうまく医療関係者のほうからやっていただくというのが大事だというようなことです。現実的な話としてもそうでしょうしね。

 ほかにはいかがですか。事務局のほうからこの段階で何かありますか。

 どうぞ。

○斉藤(幸)構成員 もう一点だけよろしいですか。

 かかりつけ医のACP普及は非常に大事だと思いますし、ぜひそうあってほしいと思っております。

 ですが、お医者さんはとても忙しい。かかりつけ医の先生も含めてだと思いますが、病院の先生を中心として意思決定を支えていくというのはうたい文句としてはとてもいいのですが、なかなか難しいと考えております。

 そういう意味で、主治医はいるけれども、むしろ看護師とか介護職についている方のほうが患者さん本人の本音が聞ける。あるいはつぶやいたときの言葉を受けとめられると思っております。そういうことを考えますと、医療従事者のサポートの中心になる人を医師に限定しないで施設あるいはその状況に応じて看護師、介護職等々に広げていかないと、年に1回とかよくて月に1回程度のその人の状況を把握するということになりかねないと思いますので、ここのイメージはもっと広いということを伝えていただければいいと思います。

○樋口座長 ありがとうございました。

 川平さん、どうぞ。

○川平構成員 1番の自分事として「話し合うこと」の中なのですけれども、“一定の年齢に達した方”をどうするかというのは、また別の問題になるかと思いますが、人生のターニングポイントで自分の最期について考えるきっかけを持つというのは非常に大事なことだと思うのです。

 ずっと以前に、後期高齢者という言葉ができたときに、高齢者の方からその言葉に非常に不満が出た記憶があります。普及啓発は大事なのですけれども、これを進めるときに、とても丁寧にというか慎重に進めていかないと高齢者の方から誤解を招くことになると、進めようとしていることも止まってしまうと思います。特に国が中心になって動くときには、言葉というか、そういうものを一つ一つ大事にしていく必要があると思っています

せ○樋口座長 ありがとうございました。

 それでは、きょうの議題の2つ目、10年前にできたガイドラインというものがあって、それを見直してみようということで事務局で用意していただいたものですから、それについて御説明を伺いたいと思います。よろしくお願いします。

○松岡在宅医療推進室長 それでは資料2−1と2−2に従いまして、今回のガイドライン改訂の内容につきまして少し御説明をさせていただきます。

 2−1のほうはガイドラインの本文でございます。2−2はその解説編となっております。

 今回の改訂を御理解いただくために、まず、解説編のほうを見ていただきます。

 解説編の2ページ。経緯のところ、ずっと赤字で書いておりますけれども、その中段のところにございます1)〜3)のところを見ていただければと思います。今回の改訂の観点をここに書かせていただいております。

 3つございます。1つ目は「患者の意思は変化しうるものであり、医療・ケアの方針についての話し合いを繰り返すことが重要であることを強調すること」。

 2つ目は「患者が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから、その場合に患者の意思を推定する者について、家族など信頼できる者と事前に繰り返し話し合っておくことが重要であること」。

 3つ目は「病院だけでなく、介護施設・在宅の現場も想定したガイドラインとなるよう、配慮すること」。

 この3つを基本といたしましてガイドラインの改訂を行わせていただいております。

 本文のほうにもう一度戻りたいと思います。章立ては大きく2つに分かれております。1つ目は考え方として、人生の最終段階における医療及びケアのあり方。2つ目はその決定手続になっております。

 まず、考え方のところでございますが、幾つか変更しているところがございます。今まで医療従事者という形で関与する者をある程度医療の方に限定していたところがあるのですけれども、地域包括ケアシステムなどといったことを考えますと「多専門職種の医療・介護従事者から構成される医療・ケアチーム」という形でもう少し広げたほうがいいのではないかということで広げさせていただいております。

 また、先ほど申し上げましたように、繰り返しといった文脈から「また」以降のところで書かせていただいております。

 「さらに」の段落でございますが、これは患者が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があるので、患者が信頼できる家族等も含めて話し合いが繰り返し行われることが重要であり、その話し合いに先立ち、患者は特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって定めておくことが望ましいといった形で、自分の意思を推定してもらうための方を事前に選んでおき、それを決定過程の中で活用いただくということを明記しております。

 また「家族」というふうに今までしておりましたが、今後、高齢化がさらに厳しくなってきたときに、これはまた後ほど解釈のところでお示ししますが、もう少し広い「家族等」といった形で記載するほうが現実に即しているのではないかということで記載を全て「家族」を「家族等」と変更しております。

 2つ目の決定手続でございます。決定手続には2つの手続の場合がございます。1つ目が患者意思の確認ができる場合。2つ目、(2)のところが患者の意思が確認できない場合。3番目は複数の専門家から成る委員会の設置を変更しております。

 まず、(1)のほうから行きたいと思います。患者の意思が確認できる場合には、今まで「インフォームド・コンセントに基づく患者の意思決定を基本とし」と書いておりますけれども、今後、繰り返しこのような意思決定支援が行われるということも鑑みまして、そのような形できちんと中身を書き込んだほうがいいのではないかということで、このような書き方を改めて「医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされた上で、患者と医療・ケアチームとが十分な話し合いを行い、患者本人が意思決定を行うことを基本とする」という形で書いております。

 また、2のところは繰り返しという文脈で変更させていただいているところでございます。

 3でございますが、この内容、このプロセスにつきましては、文書にまとめておくことが大事なのだろうということで、決定内容を家族に知らせるということよりも、まずは文書でと。家族等につきましては、当然この決定過程の中で話し合いが行われているものでございますので、意思共有がなされているであろうということでこのような内容は消しているところでございます。

 (2)の確認ができない場合でございます。先ほど申し上げましたように「家族」を「家族等」に変更していること。時間の経過などに応じてこのプロセスを繰り返し行うことが必要ではないか。それから、このプロセスにおいて話し合った内容は文書にまとめておくというようなことを書いているところでございます。

 また「治療」という言葉が消えておりますが、この段階で全て治療というわけではなく、ケアなどもありますので、この章の章立ての医療及びケアの方針の決定でございますから、それを受けました方針と言っても差し支えないだろうということで「治療」という言葉はこの中から取っている次第でございます。

 (3)はこのような1、2の過程を経たときに、決め切れないときどのようにするかという内容でございます。今まで「委員会」と書いておりましたが、在宅、施設などといったところではなかなか委員会を立ち上げるというのは大仰なことでもありますので、まずは話し合い、「話し合いの場」というような言い方をさせていただいております。患者と医療・ケアチームとの話し合いの中で合意が得られない場合や家族等の中で意見がまとまらない場合などのときには、複数の専門家から成る話し合いの場を別途設置し、医療・ケアチーム以外の者を加えて、方針等について検討及び助言を行うことが必要であるとしております。これはまた解説編でも申し上げますが、専門家である第三者が入るということを重要視しているということでございます。

 解説編のほうでもう少し詳しくお話をさせていただきたいと思います。まず、2ページ目のところは【ガイドライン改訂の経緯】でございます。今回の委員会において皆様にお話し合いいただいた内容などを抜粋しながら、今回の改訂のポイントである3つのことにつきまして記載している章でございます。

 3ページ目以降は【基本的な考え方】とそれぞれの条文といいますか、項目に対します解説となっております。基本的な考え方で大きく変わっているところといいますか、つけ加えましたところは、4)でございます。これは繰り返し行われることが重要であるということを記載している項目でございます。

 また、5)のところでございますけれども、これは自らの意思を推定する者を前もって決めておくということを書いている変更でございます。

 6)につきましては、なぜ変えるのか、柔軟な姿勢になるのかということで、意思が変化し得るものであることを踏まえてという、これは言葉を足しているだけでございます。

 7)は先ほど申し上げました「委員会」を「話し合いの場」と言いかえたことの考え方についてでございます。

 8)でございますが、プロセスについては文書にまとめておくというのを基本的な考え方としているところです。

 4ページ以降、それぞれの項目につきましては注をつけておりますので、それらにつきまして変更したところを少し申し上げます。

 注2でございます。医療・ケアチームはどのようなものかについての注釈でございます。医療機関の規模や人員で変わりますということや、ソーシャルワーカーの社会的な側面に配慮する方が想定されるというのは前回もついているものでございますが「また」以降がつけ加わっておりまして、在宅や施設においては、担当医師や看護師のほか、患者の病状、社会的背景に応じてケアに携わる介護支援専門員、介護福祉士等の介護従事者のほか、他の関係者が加わることも想定されるということで、医療・ケアチームの中には介護職なども入り得るということを記載しているところでございます。

 注3は、繰り返し話し合いを行うことについての意義を書いた文言でございます。

 5ページ、注5でございます。このガイドラインをつくった当時、刑事責任や法的責任のあり方についても今後考えていくべきではないかというような記載がありました。実際、そのような検討というのは今のところは余りなされていないわけでございますけれども、ガイドライン策定以降、このような側面から大きく報道されるような事態は生じていないという事実関係がございますので、注釈の中にはそのようなことをつけ加えているところでございます。

 2の解説に移るのでございますけれども、6ページ、注11は、共有することが重要であるので文書にまとめておくことが必要ですというようなことを書いているものでございます。

 (2)の注13でございますが、これは特定の家族を意思を推定する者として前もって定めておき、日ごろから繰り返し話し合っていくことが重要であるというようなことで、できる限り患者さんにとってそのような方を指定しておく、決めておくということを推奨することを書いているところでございます。

 注15は、文書にまとめることの重要性について書かれたところでございます。

 注16でございます。第三者である専門家について少し注釈を加えております。第三者である専門家とは、例えば、医療倫理に精通した専門家や、国が行う「患者の意向を尊重した意思決定のための研修会」の修了者が想定されますが、患者の病状や社会的背景に応じて、担当医師や担当看護師以外の医療・介護従事者によるカンファレンス等を活用することも考えられますとしています。医療倫理に精通した専門家というのは、例えばでございますけれども、病院によっては臨床倫理の委員会が常時置かれているようなところもございますし、そのようなところに参画しておられるような方々が1つはあるのではないかと私どもは考えております。

 また、カンファレンス等を活用するということで言いますと、ケア会議といった、多職種で集まる会議の中に第三者の専門家を加えてこのようなことを検討するということも想定し得ると考えているところでございます。

 私のほうからは以上でございます。

○樋口座長 ありがとうございました。

 これについて残る時間を全て使ってお考えを伺いたいと思います。

 松岡さんが言ったことの繰り返しになると思いますが、10年たってとにかくこういう理由で変えてみようという。だから、三本柱があるわけです。

 1つは結局、前だって否定はしていなかったと思いますが、アドバンス・ケア・プランニングの重要性をはっきり打ち出そう。自分でまだ数えていないですけれども「繰り返し」という言葉が繰り返し繰り返し、何回出てくるかぐらいに出てきますね。繰り返し話し合うということの重要性をとにかく強調するようなガイドラインにしようというのが1つ。

 2つ目に、そうは言っても本人が意思がはっきりしないような状況の中で話し合いということになると、そこにもあるように、患者さんとしては自分が何も言えなくなったときにはこの人を一番信頼していますという、1番でも2番でもいいのですけれども、複数でも構わないので、そういう人は誰なのだろうかということがわかっていると、その人の意思も生きるし、率直に言うと周りも助かるわけです。家族も医療従事者も助かる。介護の関係者もそうだと思います。

 アメリカではHealth care proxyと言っているのですけれども、医療代理というような面倒そうな言葉を使わないで信頼できる人をできるだけどこかの段階で明らかにしておいてくださいというのが、余り目立たないかもしれないですけれども、入れ込んであるわけです。

 3つ目が、前のプロセスガイドラインというのは病院を想定していたのではないかという話で、介護施設とか在宅でということも考えると、そこに関係しているような介護専門員でしたか、介護の方もちゃんと入っていただいてという。はっきり医療のほうも、これは実際には多職種になっていると思うのですけれども、それを追認して確定させる。だから、簡単に言うと、介護等の場を広げるというのが1つと、Health care proxyみたいな代理という、誰か信頼できる人を念のために指名しておいてもらいたいという話と、一番最初に戻るとアドバンス・ケア・プランニングということを強調するような形で改訂したらどうかという、そういう案でこれができていて、それがうまく表現されているかとか、それ以外にもあるかとかというような話で、何でもいいのですが、コメント、御意見を伺いたいと思いますが、いかがですか。

 どうぞ。

○佐伯構成員 佐伯です。

 今回の改訂案というのは、今、おまとめいただいたように、ACPを非常に重視したものになっていると思います。そのこと自体、私は全く賛成なのですけれども、ただ、一番最初のガイドラインの策定、私もかかわらせていただいたのですが、というのは、御存じのように、医療行為の中止について刑事責任が問われた事件を契機として策定され、そういう事態が起こることを避けるためにはどうすればいいかということで、患者のインフォームド・コンセントが基本にならないといけないということと、一人の医療従事者の方が独走してしまうことを避けるために、チームとして決定しないといけないということの2つを強調したガイドラインになっていたと思います。

 今回もそのことはなくなってしまったわけではないのですけれども、ACPを重視した結果、意義がぼやけているところがあるという気がいたしております。その1つのあらわれは2の方針の決定手続(1)の1のところです。ここにインフォームド・コンセントが重要であるということと、改訂案では、チームとして決定しないといけないということの2つが書かれていたのですが、チームとして決定しないといけないということは消えてしまい、インフォームド・コンセントも適切な情報の提供と説明がなされた上で患者本人が意思決定を行うという形で書きかえられています。

 「インフォームド・コンセント」という言葉にこだわる必要はないと思いますので、これでインフォームド・コンセントが重要であるということが表現できているのであれば、、特に反対するものではないのですけれども、チームとして決定を行うということの重要性も残したほうがいいと思います。

 関連してこれは全く形式的なことなのですが、2の(1)1の書き方は、「方針の決定は」と始まって、最後が「患者本人が意思決定を行うことを基本とする」という書き方になっていまして、方針の決定を患者が行うようにも読める書き方です。これは現行の医療チームが患者本人の意思を基本として決定を行うという書き方のほうが適切という気がいたします。

 以上です。

○樋口座長 木村さん、どうぞ。

○木村構成員 3つあるのです。

 1つ目は、まず、大前提として表題が人生の最終段階における「医療」の決定プロセスになっているのです。でも、その後ずっと「医療及びケア」となっているのです。この前からずっと思っていたのですけれども、最終段階における医療だけではなく、医療とケアと入れたほうがいい。

 実際に2ページ目を見ると「医療の決定プロセスに関するガイドライン」という表題があって、そのすぐ下の1のところに「医療及びケアの在り方」と出ている。その後もずっと医療、ケアの話をしているのであれば、この表題も医療、ケアの決定プロセスに関するガイドラインにしたほうがいいのではないかというのが1つ、大前提です。

 2番目として、これだけACPについて話し合いをしていろいろと重要だということを言っているのですが、その言葉がどこにも出てきていないので、これはどこかに入れたほうがいい。特に1ページ目のところにACPのことがいろいろ書いてあるのですが、これについては「ACP」と入れるのか「アドバンス・ケア・プランニング」ですと入れるのかなのですけれども、そういう言葉を入れていかないと普及啓発にならないと思いますので、どこかに入れたほうがいい。

 それから、1の1、後ろにも出てくるのですけれども、赤になっているところの5行目です。「患者が信頼できる家族等も含めて」これは後にも何回も出てくるのですけれども、どうも「家族等」というのはもちろん家族だけではなく代理人を入れるという意思はわかるのですけれども、「家族等」となってしまうと家族でなければいけないのではないかと思われてしまうのです。むしろ今、家族がいなくて代理人の人を呼んでこないとだめという場合が非常に多いので、これからもますます家族のいない御老人がふえてくるということを厚生労働省も考えられてこれを入れたと思うのですけれども、家族等ではなく、ここは代理人。患者が信頼できる家族、代理人と入れたほうがいいのでないかと思います。

 以上です。

○樋口座長 今の「家族等」のお話は、どう表現するかは非常に重要だと思いますけれども、今回「等」を入れたということにはなってはいるのですけれども、もともと「家族」という表現の中には家族でない人も入れているのですというのが前ははっきり注で書いてあるのです。だから、そういう意味では変更はないのです。

 新しいほうの注12ですか。解説編の6ページの新しい番号で言うと注12、「家族とは」と前はそうしていたのですけれども、患者が信頼を寄せたどうのこうのという趣旨ですから、法的な意味での親族関係を意味しない。より広い範囲の人。それがもっとはっきりするように、今度ははっきり家族ではなく、ここの定義ではなくて「家族等」にしたのですけれども、それでも家族というのがどうしても大きなイメージとして出てくる。単身者がふえていくというようなことを考えると、一層別の表現のほうがいいかもしれないという御示唆でしたね。

○木村構成員 家族は家族であっていいのですけれども、家族、代理人と。

○樋口座長 だから逆に患者が信頼できる者等を含めてと、患者が信頼できる者というのはどういう人ですかという。例えば、家族はもちろんですがという話で、注をつけるというのも逆の発想としてはあるのかもしれないですけれどもね。検討ですが、ほかにどうぞ。

 清水さん。

○清水構成員 こういうガイドラインの改訂というのは非常に大事なことだと私は思います。このガイドラインは在宅の方、介護の方のそういう要素を入れるという御趣旨はよくわかるのですが、従来の医療機関、病院における決定プロセスにかかわる親規定でもあります。

 特に私は老年医学会のガイドラインをつくるときに関係していて、本プロセスガイドラインがあるので、それをどう解釈して高齢者に合わせるかというような観点で読みました。横田先生もかかわっておられるような、以前は救急医学会のガイドライン、今は3学会合同のガイドライン、それも本プロセスガイドラインを意識しながら、整合性というか、そういうことも考えながらおつくりになったのではないかと思うのです。

 そういう意味で、新しくできたものがそういうような諸ガイドラインのもとになっている親規定であるということは意識していただいて、逆にそういうものの親規定としてのある種のシンプルさと、それにもかかわらずきちんと基本的なことを体系的に押さえるようなつくり方をしていただかないと、みんながこれはいいものだと思って、これの地位に相応しく尊重することにならないでしょう。そのために必要と思うところを、今日全部話していると私の発言だけで12時になってしまいますので、ごく大ざっぱなところしか申しませんが、後で細かく意見を申し上げたいと思っております。

 1つは、例えば方針決定のところだけに限って申しますが、先ほど佐伯先生にも言っていただいたことですけれども、患者が意思表明するということとケアや医療の方針決定をするということは段階が違うことで、それは現行のガイドラインははっきりしていたわけです。例えば木澤先生が今、なさっているアドバンス・ケア・プランニングなんかで事前指示のようなものをつくることになったときに、事前指示というのは患者の意思表明なのです。意思決定なのです。だから、患者が指示しているので、それは医療ケアの方針決定ではないわけです。

 しかし、ポルスト(POLST)という、ここでは出てきていませんけれども、医師による生命維持についてのオーダーというのは医療方針の決定ですから、患者の意思に基づいて医師がカルテか何かの上でオーダーするわけです。つまり、今、ここでACP等のことを考えているときにこの2つのレベルの違いというのはちゃんと意識していただかないと、そしてこれに書いておかないとなりません。例えば「患者の意思の確認ができる場合」には、今どうするかという医療の方針決定の話も含まれれば、将来こうなったらどうするかということを話し合って決めるという過程も含まれる。現行のものでも私はそういうふうに解説しております。また、「患者の意思の確認ができない場合」には、ただ「家族が推定意思がわかる場合」だけではなく、患者の事前指示があればそれを使うとか、事前指示に基づく医療・ケアをどう履行するかという、事前指示を作成する過程が1だとすれば、2の意思確認ができない場合には、実際に患者さんが意識がなくなっているとかそういう状況で、事前指示をどう実行しようかというお話が当然含まれなければならないわけです。しかし、ここは改訂されていません。このような意味で、改定案全体の構想が御趣旨に合った形になっていないという感じがいたします。

 もう一つ、先ほど木村構成員からもお話がありましたACPについて、私は少なくとも解説編の中では名前を出して言及してくださったほうがいいと思います。

 それから、本編の中でも入れられるものなら入れてもいいと思うのですが、ただし、ACPという言葉が現在、放っておくと何でもかんでもACPみたいに、患者さんが自分で考えることもACPになってしまいますので、そこのところは注意しながら、どこかで言及しないと、と思います。ガイドラインは医療や介護の方たちに対して言っているので、自分たちが「ACPACP」と言いながらやっていることはどう位置づけられるのかがわかるようなガイドラインにしていただきたいと思います。

 こういう調子で言っていくといろいろなことがあるので、もう1つか2つで終わります。ACPの過程では、大事なこととして、何回か解説編のほうでは特に「本人の人生とか価値観についてよく聞かなければならない」と言っています。では、意思決定プロセスの中では聞いた結果がどう使われるかということがあります。

 最初のケアのあり方の中でも医療側は確かに「医学的な妥当性とか適切性ということを考える」というようなことが1の2に出ておりますけれども、それだけではなくて、「患者さんの人生観とか価値観というものを踏まえたら、この患者さんにとって何が最善か」ということを考えるというプロセスをこの方針決定の手続の中で明確にないと、何のために人生観とか価値観を聞くのが大事だと言っているのかがわからなくなってしまいます。そこで、それが例えば2の(1)意思確認ができる場合の1に入っていることが必要でしょうし、同時に解説編では「合意」という言葉が出てきて、これは前にも言ったことなのですけれども、現行の本編では(3)の専門委員会という、「第三者を交えた話し合いの場」と現在改訂が提案されていますけれども、その場に持ち込まれるのは、一つには「患者さんと医療者の話し合いで合意に至らなかったとき」であるわけです。ということは、患者さんがここで意思決定を行うときに、背景に合意があるということを明確化していただきたいわけです。その合意というのはどうして合意なのかといえば、医療者は患者さんの人生観とか価値観を聞き取りますから、それを踏まえてこの場でどうしたらいいかということを話し合うので、医療者の側は患者さんの人生にとっての最善を考えているわけです。それで患者さんの意思の形成過程で、患者さんも御自分の人生観や価値観にあった選択ができるように話し合いでサポートするわけです。

 そうすると、その結果、通常といいますか、理屈で言えば両者の合意というのが成り立つはずなわけです。患者さんの人生観や価値観を知らないと、医療側は医学的にはこうだと言い張り、患者側はそんなことはしたくないと言い張っておしまいなのだけれども、そこで医療側も患者さん一人一人に合わせた「この方にとっては何が最善か」を考えるプロセスがあるので合意が成り立ち、その合意を背景にして、患者さんは自分はこうしたいと意思表明します。ここで自分一人に丸投げされて「どうしようかな」と迷うのではなく、医療者の方、介護者の方も「それがいいのではないか」と言ってくれている、自分も「そうしたい」という。放っておかれますと、自分が右だと選んでも、後で左かもしれないなんて動くかもしれません。今申したような支援をしても動くでしょうけれども、みんなで話し合って、みんなでいいと言ってくれているというような形で意思決定ができ、そして、そうなったときに医療側も「自分たちもいいと思うし、患者さんもそれがいいと言っているよね、だからこうしよう」というようなことになりますと、比較的安定するのではないでしょうか。

 以上で申しましたのは理想的な場面で、ぎりぎりぶつかったときにどうするかということを考えなければならない面がありますけれども、今のようなものが一番標準的なスタイルだと思うのです。ですから、(1)1患者さんの意思確認ができるときの方針の決定というところにも、患者さんの人生観や価値観を踏まえた上で、医療・介護提供側も患者さんの最善を考えていて、それと患者さんの意思がうまく合うときに合意が成り立つというようなプロセスを言っていただきたいのです。

 そうしますと、現行のものでは患者さんの意思が確認できないとき、あるいは家族も決定に参加しないというようなときに、家族と医療者で話し合ってどうするか。あるいは医療、介護側だけで話し合ってどうするかというところで、「患者にとっての最善」というのが急に出てくるわけですけれども、それと患者の意思確認ができるときとが連続的になるわけです。

 現行だと患者の意思確認ができるときは患者の意思、患者の意思と言っておいて、(2)の1から3で患者の意思が推定できるときはそれを尊重しながらも患者の最善、それから家族が参加していないときは医療側で患者の最善という、患者の最善ということを、患者の意思確認ができるときにも医療者は考えているのだということになると思います。

 そのようなことで今、骨子だけ申しましたけれども、全体をきちんとしていただくと、ほかのガイドラインがとても楽になりますのでということで、まずは申し上げました。

○樋口座長 ありがとうございます。

 今の御意見だって、それを文章として改訂案にどう反映するかというのは難問ですね。大きな宿題だと思うのですが、文章上の示唆もつけ加えて、後で私とか事務局にサジェスチョンいただけると助かります。

○清水構成員 早急に出します。

○樋口座長 何しろあと2回しかないのだからね。改訂できるかな。しかし、頑張ってやりましょうね。

 町野さん、どうぞ。

○町野参考人 文章をこしらえろというような宿題はなしにしていただいて発言をしたいのです。

○樋口座長 いやいや、清水さんにもお願いしただけなのです。

○町野参考人 もちろん冗談でございます。

 要するに、今の皆さんの御意見を伺っていると、タイトル自体もみんな変えなければいけないというような話になるのかもしれないです。

 もう一つは、佐伯さんが一番最初に言われたとおり、とにかく延命医療の中止とか、そちらのことからスタートしているので、それで医療の決定ということを言っているのですけれども、今やその段階ではなくなったことは誰の目にも明らかです。そして、ガイドラインの中にも医療及びケアという言葉が幾つか先ほどの御指摘にも出てきているのです。そう考えると、タイトルとして医療の決定ということだけで十分かということが1つ。

 もう一つは、先ほどアドバンス・ケア・プランニングの問題とかいろいろ出ましたけれども、アドバンス・ケア・プランニングの問題とかポルストにしろ、これは医療の最終段階における決定の前の段階からずっとある問題なのです。そうすると、このガイドラインが「人生の最終段階における」というぐあいにしているというのは余りにも狭い。

 そうだとすると、この題名を維持しながらその前のところに入り口のところ、ガイドラインの説明として、このためにはこういうことが必要だということを言うということはあるのではないか。あるいは全部を変えてポルストとかそこらを含んだ上で全部をやり直すか。これは到底できない。町野、考えろといっても到底できる話ではないのです。

 もう一つは先ほどの家族等の代行者ですね。代理人。これの位置づけがかなり問題なのですけれども、多くの、特にフランスあたりの尊厳死法ですと、信頼できる相談人を指名して、その人の意見というのが最優先するという建前なのです。しかし、恐らくそこまでは皆さん考えていらっしゃらないので、「家族等」といったときについても前回、私が要するに取りまとめをするようなタイプの人であって、そういうことを想定しているのではないかということなのですけれども、これが今のアドバンス・ダイレクティブのような、ああいうような考え方がここに入ってきているため、非常にわかりにくくなっている。そのため、後で家族等と相談しながら決めなさいと言ったとき、一体それとどういう関係があるのかよくわからないということがあるので、そこは少し整理されたほうが私はいいように思います。

 もし、フランス的なあるいはアドバンス・ダイレクティブのような考え方だということになりますと、かなり意味としては強いものになるのです。ですから、そこらはもちろん、ここで皆さんが理解してガイドラインをつくられるときについて、そのことについて当然理解した上でやられるということだったらいいのですけれども、そうでないと問題だという感じがいたしました。

○樋口座長 権丈さん、どうぞ。

○権丈構成員 この10年間で幾つか明確な変化があったと思ってこれを読んでおります。そして、その変化をちゃんと映しているのかなという評価軸で私はこれに目を通したわけです。

 まず、先ほどから何度も出てくるように、ACPというものが新しく出てきた。不確実であって複雑な問題に対して繰り返し回答、要するにみんなで意見をやりとりしていきながら決めていき、これを決定打として終わりということはないというような安心感を持ってやっていくというようなACPが入ってきた。これは十分反映されていると思います。

 もう一つの医療・介護の境目をなくして一体的にやっていきましょうと、大きく医療が変わってきている。かつてという表現をすると、病院完結型の治す医療から、地域で治し、支える地域完結型医療に変わりましょうという大きな変化が起こっているところです。そういう視点から見ますと、「医療及びケアの在り方」で私は余り違和感がない。「人生の最終段階における医療及びケアの方針の決定手続き」も余り違和感がなく、それが医療なんです。医療と介護の境目がなくなって、チームをつくってやっていくということになっていて、これも十に分反映されておりますし、医療・介護従事者というところ、あるいは多専門職種とかいろいろなところが入ってきて、これは一つの医療チームなのだということを示しているので余り違和感がないと思っております。

 もう一つは、先ほどのところから出てくるような「かかりつけ医」という考え方が明確に以前と違って限定されてくる。我々から見ると、複数のかかりつけ医を軸とする医療チーム全体でみればほぼ総合医に近づいた形でかかりつけ医が定義されていくのが2013年の8月になります。

 私の配布しております机上配布資料の裏側を見てほしいのですけれども、横倉会長が、2行目で「大学病院の医師をかかりつけ医にするのではなく、地域でかかりつけ医を持ちましょうと呼びかけている」、そして、医師会の「研修には毎年1万人が参加しており、意識は高まっている」と話されているところです。ここは要するに、日医が、20138月に出してきた「かかりつけ医」の定義に基づくと、あの定義は大学病院の医師をかかりつけ医にするのではなく、大学病院の医師はかかりつけ医ではありませんと読めるわけです。そういうふうにかかりつけ医というのが地域住民と密接にかかわった形でしっかりと対応をしていくという形で進んできているので、報告書で書かれている医師というものには、私は余り違和感はございません。

 もう一つは、この10年間の間に、終末期医療のあり方の問題というのはQODQuality Of Death、死に向かう医療の質を高めるという観点から議論しましょうということが明確に出てきて、私は経済学者としてこの問題にかかわっていろいろ勉強させてもらっているわけですけれども、何のためにこの議論をしているのかと、一言で言えば、死に向かう医療の質を高めるためですね。あとは余計なものです。

 余計なものと同時に、みんなすぐに費用の問題であるとかいろいろなことを考えたりするのですけれども、そうではなく、死に向かう医療の質をどう高めるかということを考えていくとACPというところに落ち着いてくる。そして、地域で治し、支える地域完結型医療でこれをみんなでバックアップしていこう。そのために核になるかかりつけ医をしっかりと育ててもらわなければならない。そのように大きく変わっている状況の中で、ガイドライン案を評価していくと、私はこの文章というのはひっかかるところが余りない。

 先ほどの机上配付資料の中にもあって、前回の会議で医師会の生命倫理懇談会が出していた「超高齢社会と終末期医療」という報告書の中にも、QODという言葉がある。QODを高めていく。つまり、QODというのは死に向かう医療の質と私どもは訳しているわけですけれども、QODを高めるためにはかかりつけ医の役割が重要となる。そして、実際のところ、10年前と比べて、横倉日医会長の次の発言にもあるわけですけれども、「死を語れるようになったのは大きい。以前は語れなかった。家族から人工呼吸器をやめてくれと言われて、外したら逮捕されるとか」という、このあたりのところに恐らく2007年のガイドラインは対応したのだと思うのです。

 今は状況が随分変わってきているというのがございますので、私はこのガイドライン案の文章を読んで余り違和感がないと同時に、ただ、何のためにこれをやるのかというのがガイドライン解説編の中で「よりよき人生の最終段階における医療の実現に資する」という一行、目的があるわけですけれども、もう少し死に向かう医療の質をみんなで高めていこうという、老年学会とか老年医学会とかがQODを掲げてみんな取りかかっているのは、どうも死に向かう医療の質を極大化する医療と現実は乖離している、これを何とかしないといけないという問題意識があって、こういうことをみんなで議論しているのではないかと思います。

 そういう観点から見て、私は、QODという、何のためにこれが議論されているのかというのをもう少し明確にどこかにあったほうが、いろいろな人たちが議論するのにわかりやすいように思えます。そして、報道の中でも何のために議論するのかというのがみんなわからないから、すぐに医療費を抑制しようとしているのだろうとかいろいろなことを言われるわけですけれども、そうではない。経済学者として言いますけれども、全くそういう議論は関係ない。これはQODを高めるためにみんなやっているということです。

 あと一つつけ加えておきますと、報道の中でよく2008年の後期高齢者医療制度がどうのこうのとか後期高齢者終末期相談支援料がどうのこうのとかを紹介して、あの時大騒ぎになったから、こうした議論は慎重であるべきだというような話が最近の報道でもいっぱいあるのですけれども、そこはぜひ事務局のほうに考えてもらいたいのは、2008年4月にあの制度が動いたとき、4月27日に山口のほうで衆議院の補欠選挙が行われ、その中でこの制度が最大限政治利用されていたということです。あそこでのメディアでの盛り上がり、世の中の盛り上がりというものと制度の実態の評価というのは、あの瞬間風速で判断していくとなかなか難しいものがありますので、制度の質の良し悪しでしっかりとこういうことを考えて議論していくということが必要になってくると思う。と同時に、後期高齢者医療制度というのも半年から1年たってくると、高齢者自身がそれでいい、名前も変えなくてもいいという状況になるのですけれども、あの頃は最大限政治利用されていて、後期高齢者終末期相談支援料とかいろいろなものは、これをなくしていくというブームが出てきたら政治はすぐ利用していきますので、その中で当時評価されていったことと、実態をしっかりと考え見極めていきながら、同時に慎重にこの議論をしていくことが大切と思っております。

○樋口座長 ありがとうございます。

 岩田さん。

○岩田構成員 岩田でございます。

 全く今まで貢献できていないので、少しだけ発言させていただければと思っているのですが、既に4人の先生方から本当に立派な中身のことを言われたので、余りにも些末なこと過ぎるような感じがしますけれども、3つだけ発言させていただければと思います。

 1つ目はもう既に先生方が言われたことなのですが、最初のガイドラインの1の1で、今回の改訂の中身自体については私も賛成なのですけれども、ケアを含めるとか、多職種の人たちを含めるということで少し長くなっているような印象があるのです。私は少しだけ外国のことをやっているので、そこでこういう関連の文章を見るとpatient centered careみたいな言葉が常に出てくるのです。

 このガイドラインの案もそこは外していないと思うのですけれども、少しわかりにくいので、例えば、いろいろな経緯があってこういう文章になっているのだと思いますが、後ろのほうにある「患者本人による意思決定を基本としたうえで」みたいなところを最初に持ってきて、そこを中心に医療をしますと。その上で医療者の人たちが十分情報提供を、患者に投げるのではなくてというような、ちょっと文章構成を変えると今まで先生方が発言されたような中身ももう少し含めるようなことができるという印象を持ちました。非常に印象論で申しわけないのですけれどもね。

 2つ目は、先ほど町野先生のほうからもともとのプロセスガイドラインの趣旨ということで刑事介入をいかにさせないためにどうしたらいいかというのでなされたという経緯について御説明があって、今はもうそこは通り過ぎて、医療の質のところが中心になっているのだという御発言があったように思うのですが、それに関連して、解説編の5ページのところで刑事介入について、注5になるでしょうか、記載があるように思います。

 これについて確かに既に人生の最終段階の医療の質をいかに高めるかというのが中心論点であることは間違いないと思うのです。他方、私が聞くところによると、医療者の方の中には依然として刑事介入とか法的責任みたいなものを気にされているような方もいらっしゃるように聞きますので、ここの文章をもう少し明確にしてもいいという印象を感じました。文章自体は「ガイドライン策定以降、このような側面から大きく報道されるような事態は生じていません」という、刑事介入がされていないということを言われていると思うのですけれども、難しいのかもしれませんが、もう少し明確にされたほうがよりインパクトがあるような感じがいたしました。

 最後の点は既に何人かの先生が言われましたが、今回の改訂のことを考えると、中身を全部読んでくださるとそこに誤解の余地はないと思うのですが、他方、皆さんお忙しいので全部読んでくれるとは限らないので、タイトルに介護とかケアとかという言葉を入れたほうが、戦略的にこれを進めていく上ではインパクトがあるように感じました。

 以上です。

○樋口座長 ありがとうございます。

 内田さん。

○内田構成員 内田です。

 重ね重ねになるかもしれませんけれども、先生方の御意見を聞いて、佐伯先生、岩田先生がおっしゃるように、医療介入の点です。そこは中止や差し控えについて医療現場の方々が非常にデリケートに考えていらっしゃることは事実だと思います。

 解説編の5のところを岩田先生がおっしゃるようにするのは考え方だろうなと思いますし、私自身も訓詁学にこだわるわけではありませんけれども、この文章の順番を最低限ひっくり返すにしても、「引き続き検討していく必要はあるが、事態は生じていない」という語順ではなく、「こういった事態は生じていないのだけれども引き続き検討していく必要がある」としていただいたほうがいいと思います。細かい点ですが、これが1点。

 それから、木村先生ほか、皆さんおっしゃいましたが、ACPという言葉をどこかに入れたほうがいいのだろうと私も思います。例えば、本編はともかくとして、解説編で最初に「繰り返し」という言葉が出てくるところの3ページ、基本的な考え方の4)の「繰り返し行われることが重要です」というあたりに注か何かをつけていただいて、ACPという考え方がありますというニュートラルな紹介でもいいと思うのですけれども、あったほうがいいのではないかと思います。

 最後に事務局に対しての質問です。木村先生がおっしゃった点でもあるのですが、「家族等」という表現のところで、具体的な「家族等」というのに成年後見人とか民生委員とか、そういった方々も想定されているのかどうかという点。

 それから、座長もおっしゃっていましたけれども、医療代理人的な考え方を今回厚労省が出されてきたと思っていて、米国などで制度化されているような医療代理人の制度化のようなことまで視野に入れながら「等」という表現を入れられたのかどうか。そのあたりの腹づもりを伺いたいと思います。

 以上です。

○樋口座長 最後の点、どうですか。

○松岡在宅医療推進室長 まず「等」の範囲という話でございますけれども、私どもとしては特定の資格とか、そういったものを想定して書いているわけではなく、御本人が信頼できる関係にある方であるならばどなたでもいい。はっきり言えば、裏の家に住んでおられる方でもよいのではないかという観点からは、成年後見人との間に信頼関係ができていたり、もしくは民生委員との関係に信頼関係ができているならば、それは否定するものではないですし、それも入るのだろうと私は思っております。

 もう一つは医療代理人の制度化という話ですが、それは現時点ではそういうようなものは全く想定していません。医療の決定プロセスの中で、そんな方がおられるほうが現場が回るであろう。現場にとって非常に利益があり、また、本人にとって当然利益があるということから、このようなことを打ち出すべきではないかと考えているところであり、制度化などについては現時点では想定しているものではございません。

 以上です。

○樋口座長 順番がわからなくなってしまいました。

 熊谷さん。

○熊谷構成員 先生方から出ている御意見にはもちろん異議はないし、賛成なのですが、例えば一番最初に佐伯先生がおっしゃったガイドラインの2ページのインフォームド・コンセントと最終段階の方針決定というところについてです。まだデータの集計は途中だとは思うのですが、意識調査の集計結果16ページを見ると患者さんが一番欲しいのは医療の中身が一番にあって、医師とかナースになると、使えるサービスの話になるのです。つまり、人生の最終段階の意思決定をするには2階建てというか、まず、医療の方針決定、さっきのインフォームド・コンセントがあって、その次に来ると考えると、最終段階をどう自分で意思決定しようかというときに、どんな情報があったらいいのかというあたりについては、解説書のほう、例えば4ページのあたりの中の注としてこういう情報が必要ですというのはある程度盛り込んでいかないと、使う側にばらつきが出てくると思うので、そこを入れていきたいと考えました。

 それから、そこにかかわる私たち専門職の役割は大変重要になると思うのです。それを見ると、例えばガイドラインの中の3ページだと、複数の専門家の話し合いと書いてありますが、ここで言っている専門家のイメージは、医師とか看護師であるとかそういうことだと思うのです。ただ、私たちは看護の専門家でありますが、ガイドラインに基づいた人生の最終段階のプロセスに沿えるだけの教育というのは多くの看護師は受けていませんので、その教育を受ける必要があるということ、研修の必要があるということをどこかに盛り込む必要があろうと思います。

 解説書のほうを見ると、これも先ほど多分清水先生のほうからお話があったと思うのですが、7ページにある話し合いの場というのは、合意ができなかったときとか問題が生じたときに病院の倫理委員会等に出していくようなレベルの話なので、その話し合いと、通常まず患者さんと話し合うという話し合いの場が2ランクあると思うので、そのあたりのすみ分けも必要と思いました。

 以上です。

○樋口座長 木澤さん。

○木澤構成員 1点だけです。代理人の件です。

 今、医療現場で一番よく使われている言葉が「キーパーソン」なのですけれども、非常に曖昧で、このまま「信頼できる人」を普及できるかといったら多分、できない。なので、何らかの名前をつけないと、医療現場で信頼できる人を特定していくということができなくなると思うのです。ですから、普及に当たって、「医療代理人」がいいのか、適当な言葉は見つからないのですけれども、何らかの形で名前をつけて、少なくとも解説編には盛り込んでいただくと、それをもとに普及が図れるので、出口戦略ですが、そういうものをぜひ明記していただければと思います。

 以上です。

○樋口座長 金子さん、どうぞ。

○金子構成員 代理人、「家族等」の問題で、私も代理人の範囲というのが非常にポイントかと思います。

 おっしゃられたように、家族が前面に立ち過ぎると現実に合わない。単身世帯もふえていきますので、成年後見人などを必要とする人も増えてくるとは思うのです。そして、名前を新しくつけて「この人がそういう役割をします」とやるのは、普及していくには、私がそういう人になったのだという自覚を持ってもらうにも必要だとは思うのですけれども、でも、その人は本人の意思が確認できないときに、命にかかわることについて意思を推定して決定していくわけですね。依頼する方もそれを引き受ける方も、大変な責任を負います。

 そのような人に関して、特に「おひとりさま」からいわゆる終活の相談を受けるときに、誰に頼んだらいいのかがわからないという声をすごく聞くのです。そういうときに私が御提案するのは、自分のチームをつくったほうがいいということをお伝えしています。お金の件だったら例えば弁護士。医療の件だったらかかりつけ医の先生に御相談しながら、でも、そのチーム全体はあなたが仕切ってねという感じでお願いしたらどうかなど。自分の大切なことをお願いできるチームをつくって、要は1人の人にすべての権限が集中しないように、分散させることも1つの手ですということを「おひとりさま」には御提案したりしています。これは医療チームとかも同じことが言えると思うのですが。

 名前だけが先走ると、またそこで権限を悪用したよからぬ動きをしようとする人が出てくるような気もしまして、そういう幾つもの方法があるということを提示した上で、キーパーソンとなっていただきたい複数の方を1人ずつ決めていくというのがいいと考えています。

○横田構成員 私は一言です。

 使う側の視点から言うと、解説編には書かれているのですが、文書、記録の重要性です。これは後で検証ということにも関わります。ガイドラインということであれば、ぜひ記録、文書の重要性を一言書いてほしいと思います。

 解説編を細かく読んでいくというのは特別な場合以外にはないと思うので、これが世の中に出る場合にはガイドラインが出ますので、文書の重要性というのはぜひ書き込んでいただきたいと思います。

 以上です。

○樋口座長 松原さん、お待たせいたしました。

○松原構成員 医療についての代理人というのは大事な問題だと私はこの前から申し上げているのですけれども、これはあくまで人生の最終段階において、そして自分で決定できなくなったときに誰が決めるかというのを指定するという話です。

 もちろんこれは1人であっても2人であっても3人でも、大体、娘と息子に聞いてくださいとか、あるいは主人と息子に聞いてくださいという話になるのが家族の中では普通です。その方がいらっしゃらないような場合にはどうするかということも担保しておかないと、幾らここで議論しても最終的にこの報告書が外に出たときに評価されるのは文章にどうあるかということですから、私はむしろ解説編ではなく、本編のところに「医療についての代理人」という単語をきちんと入れていただく。それと同じように、せっかくここまでACPについて議論したのだから、ACPも、本編のところにきちんと書き込みましょう。

 厚生労働省さん、恐れず進まないと事態は非常に難しい状態に至っています。厚生労働省で議論した結果、こういう結果になりましたよと示しましょう。民法上の代理人なのかという議論もありますけれども、今、申しましたように、人生の最終段階で、しかも自分が意思決定できなくなったときの医療的なものについての代理人だということを明確に補足で書くべきです。すぐに法的なものをつくるのは民法上の代理行為がどうなのかという議論をしなくてはいけません。複数の方が代理人としてやれるべきですということもきちんと書いていただいて、むしろ解説編ではなく、ガイドラインの中にきちんと書き込んで、皆さんが見たら、自分の意見が決定できなくなったらこの人に頼むということさえ決めておけば、自分の意思は尊重されるのだなということと同時に、その人に聞いたら医療機関としては適切な治療ができるというところに持っていっていただかないと、議論した意味がないと思います。ぜひ、恐れず進んでください。

○樋口座長 鈴木さん、待っていてね。法律家から。済みません。

○佐伯構成員 今の御発言に関してですけれども、第三者を指名して、その方に、町野先生が先ほどおっしゃったフランスの法律のような患者本人と同じような強い権限を与えるのだとすると、私は法律で定める必要があると思います。ガイドラインでそこまでの権限を定めることはできないと思うのです。そういう非常に強い権限を持った人ではないという誤解を与えないためには「代理人」といった法律上の言葉は避けたほうがいいと私は思います。

○樋口座長 ありがとうございます。

 お二人お待たせいたしました。レディーファーストで、鈴木さんから。

○鈴木構成員 中身について先生たちのおっしゃることに異論はなく、皆さんが専門なので全体的にはいいと思っているのですけれども、全く違う視点からなのですが、これは中のガイドラインだったりとか、解説の中に「死」という言葉が一切出てこない。

 それはあえて曖昧に人生の最終段階というふうにするということになっているのかもしれないですけれども、さっき権丈先生がおっしゃったように、これは本当に死に向かう医療の質を高めるためのもので、もっとかみ砕いて言えば患者さんがいかに納得して死ぬか。また、御家族側がいかに納得して見送るかということのためのものだと思うのです。

 刑事介入とか、訴えるかどうかとかも全て家族が納得しないからそういうことが起きるわけで、ガイドラインの中身がいかにしっかりしていても、そのためのものであるということがちゃんと伝わらなければ、ちゃんと読んでちゃんと実行する医療者がかなり意識の高い人しか全てちゃんと読んでやらないと思うのです。

 なので、これを出すときにでも趣旨の中に盛り込むのでもいいと思うのですけれども、これがいかに死に向かう医療の質を高めるものなのだということをちゃんと明示して発信なり世に出していかないと、せっかくつくったものが、この10年間、改定前のものもあったにもかかわらず、いろいろなお医者さんに話を聞いていると、大体知らないというか、かなり意識の高い人たちしか知らないということがそもそも問題だと思って、中の一つ一つを議論するのはすごく大事なのですが、いかに報道してもらうかということを考えても、これが出たときに、原稿にしづらいですね。

 それは専門家の皆さんから考えたら、これは人生の最終段階における医療の決定プロセスというのはしっくりくるかもしれないですけれども、一般人とか、意識の低いと言ってはいけないのですけれども、医療者からしたら、かみ砕いてあげないと、この重要性が理解できないのではないかとはすごく思っていました。

 タイトルとかについて言及するのはおこがましいかと思って黙っていたのですけれども、そもそも論として、これを出すときに、どこかに死に向かう医療の質を高める、QODとかキャッチーだと思うのですが、いかにして患者さんや御家族が納得しながら亡くなっていくかということなのだということを伝えながら出していくような方法を考えられたらなと思いました。

 以上です。

○樋口座長 ありがとうございます。

 瀬戸さん、どうぞ。

○瀬戸構成員 瀬戸と申します。

 私は介護現場の代表なので、今回、介護施設ですとか在宅の場のことを検討していただいて本当にありがたいと思っています。特に医療・介護従事者という表現をしていただいたので、現場にとってはすごくやりやすくなったと思います。

 実は、今回の調査速報の65ページなのですけれども、ACPを実施しているのは、実は老人福祉施設が一番多い。これ自体は私も驚いたのですけれども、そんな中で一緒にやっているという現状があったのです。タイトルの話が出ていましたけれども、もともと医療の決定プロセスだったので、仕方がないと思っていたのですが「患者」という言葉だけしか出てこないのです。医療であれば「患者」でイコールだと思うのですけれども、このタイトルが例えば医療とケアとなれば、「患者」ではなくて、表現がすごく難しいですが、「患者及び本人」ですとか、「最終段階の本人」、あるいは私たちは「利用者」という言い方をしますので「患者」という表現自体も考えていただければありがたいと思います。

 以上です。

○樋口座長 高砂さん、どうぞ。

○高砂構成員 瀬戸さんに続き、在宅の場からの内容をとても酌んでいただいてよかったと思っております。

 在宅というと曖昧になりがちですが、曖昧さとか御本人たちの揺れる気持ちに支援していくというプロセスに関して、先ほど御意見をどなたかの先生が言ってくださったように、曖昧な部分と曖昧なプロセスを明確に残していくというのは違うと思います。

 1番の患者の意思が確認できる場合の合意形成の部分があったということなどを追加していただくのと、誰もがそのプロセスの内容を記録していくというところも改めて明記していただけるといいと思います。

 もともと、前回のときから医療及びケアのあり方になっているので、そのままでもいいと思うのと、ACPは解説編には必ず言葉として入るといいと思っています。ありがとうございます。

○樋口座長 大体時間になったのですが、木村先生、どうぞ。

○木村構成員 「医療代理人」という言葉は既にインターネット上にもたくさん出ていますし、別に急に出てきた言葉ではありません。先ほどもありましたように「キーパーソン」という言葉もあって、医療代理人を法律で決めるということになりますと、キーパーソンまで法律で決めなくてはいけなくなってしまって非常にやりにくくなりますので、これを法律で決めるということは全日病としては考えておりません。というか、反対です。

○樋口座長 ともかく12時になりましたので、きょうはここまでということにして、次回へつなぎたいと思いますけれども、事務局のほうで最後に何かあったらどうぞ。

○松岡在宅医療推進室長 皆さんからいただいた意見などをもとにしながら、私どもとまた議論を次の回までにさせていただくような方もおられるかと思いますので、よろしくお願いしたいと思っております。

 資料3に今後のことが書いておりますが、本日は終わりまして、パブリックコメントをこれでとりあえずかけさせていただきたいと思っております。その後、多分2月末ごろにやろうかと思いますが、第5回目を開かせていただきまして、ガイドラインにつきましては、できれば改訂の最終案みたいなものができればありがたいと思っております。

 あと、市民公開講座が今度ありますので、それの報告書の骨子案を報告させていただきます。

 3月に第6回で報告書の最終案を出して終了になろうかと思っております。今後の検討会の進め方について説明させていただきました。どうもありがとうございます。

○樋口座長 わかりました。

 長時間にわたってどうもありがとうございました。

○堤在宅医療推進室長補佐 次回の日程につきましては、追って御連絡申し上げます。

 以上をもちまして、第4回「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」を終了いたします。ありがとうございました。


(了)
<照会先>

医政局地域医療計画課 在宅医療推進室
TEL:03-5253-1111(内線2662)

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