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2016年4月25日 第6回透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会 議事録

労働基準局

○日時

平成28年4月25日 13:30~15:30


○場所

経済産業省別館312各省庁共用会議室


○出席者

委員

荒木 尚志(座長) 石井 妙子 大竹 文雄 岡野 貞彦 垣内 秀介
鹿野 菜穂子 小林 信 高村 豊 土田 道夫 鶴 光太郎
徳住 堅治 中村 圭介 中山 慈夫 長谷川 裕子 水口 洋介
村上 陽子 八代 尚宏 山川 隆一 輪島 忍

○議題

解雇事案に関する民事訴訟について(ヒアリング)

○議事

○荒木座長 定刻より少し早いですが、皆様おそろいですので、ただいまより第6回透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会を開催いたします。委員の皆様におかれましては、本日も御多忙のところ御参集いただきまして、どうもありがとうございます。本日は、小林治彦委員、斗内利夫委員、水島郁子委員が御欠席となっております。

 本日の議題ですが、解雇事案に関する民事訴訟、ここで言う民事訴訟は、広く労働審判も含む裁判所における処理という趣旨ですが、これについてヒアリングを行います。

 それでは、お越しいただきました先生の御紹介と、お配りしております資料について、事務局より説明をお願いいたします。

○松原労働条件政策推進官 それでは、事務局から本日ヒアリングをさせていただく先生の御紹介をいたします。森・濱田松本法律事務所の難波孝一弁護士です。難波弁護士は、現在、主に民事訴訟を御専門にされており、裁判官時代には東京地方裁判所の労働専門部において労働訴訟に携われ、労働審判での労働審判官の御経験もある方でいらっしゃいます。なお、現時点では労働事件訴訟は担当なさっていないということでございます。

 続いて、資料の確認をお願いいたします。資料No.1、解雇事案をめぐる訴訟労働審判について、難波弁護士のレジュメです。それと、参考資料が2つあります。参考資料1は、退職に伴って支払われる金銭について。参考資料2は、労働審判制度等について、第3回の検討会資料などからピックアップしたものです。以上です。

○荒木座長 それでは、本日の進め方です。まず、前回の検討会で御意見がありました、退職に伴って支払われる金銭について事務局より説明をした後で、難波弁護士から解雇事案に関する裁判所における処理についてお話し頂き、質疑を行います。そして、最後に裁判所における処理も含めた我が国の労働紛争解決システム全体について議論していただく流れで進めたいと考えております。

 それでは、事務局より退職に伴って支払われる金銭について、参考資料の説明をお願いします。

○松原労働条件政策推進官 参考資料1を御覧ください。前回の本検討会において委員より、退職に伴い支払われる金銭についての資料のお求めがあり、事務局で用意させていただいたものです。1ページは、退職給付導入企業の現状です。左側の棒線グラフですが、退職給付一時金、年金制度などのある企業の割合が若干減少傾向ではありますが、現時点で75.5%となっております。赤、緑、紫については、それぞれの制度、両方の制度の併合を表しております。

 2ページは、企業規模別の退職給付実施状況です。左側が2008年、右側が2013年です。両方とも、就労条件総合調査より取ったものです。右側を御覧いただきますと、全体の計で75%ほどの企業が、退職給付を行っているということです。なお、下のほうに事業所規模別雇用者の割合を示しておりますが、この調査の対象自体が30人以上のものとなっておりますので、全体に占める雇用者の割合は7割弱となっていることは頭に置いていただければと思います。また、一時金についてもここに出しておりませんが、大企業と中小企業においては、退職給付の額自体についても違いが出ることは御承知のとおりかと思います。

 3ページは、正社員と正社員以外の労働者について、企業年金、退職金制度があるか、ないかを調査したものです。出所は、「就業形態の多様化に関する総合実態調査」2010年のものです。正社員のほうが、やはり企業年金、退職金ともに制度化がされていることが分かる資料となっております。

 4ページは、各国の比較ということで、退職に伴って支払われる金銭ということで用意いたしました。一番下の日本ですが、退職金に関して法律上の義務はないが、退職金を用意している例が多い。また、退職金の算定基礎賃金に勤続年数別の支給率を乗じた設計としている企業が多いため、退職金は「賃金の後払い」的な特徴があると言われている。あとは、解雇予告手当が存在するということです。

 上のほうの各国の比較ですが、いわゆる日本のような賃金後払いではないと考えておりますが、各国制度化されているものもあります。イギリス、ドイツは、法律上の義務はなく、フランスは、一定の法律上の規定がありますが、例えば労働者による希望退職であっても、30年以上で2か月などとなっているという状況です。フランスと同じような制度としては、デンマークなどの例があるということです。

 5ページ以降については、参考のまた参考という形で、各国の年金制度の体系を用意させていただいておりますので、御参照ください。

 最後に、9ページは、OECDによる先進諸国の年金給付水準の比較推移を出させていただいております。OECDの調査を前提としておりますので、いろいろと御意見はあろうと思いますが、出ているものということで用意させていただいております。一番上に、義務加入年金の取得代替率を載せております。なお、ここで日本の場合は、退職金は入っていないということを頭に置いていただければと思います。参考資料1の説明は以上です。なお参考資料2については、本日のヒアリングの参照としていただければという趣旨でお出ししておりますので、ご参照いただければと思います。以上です。

○荒木座長 前回の検討会の宿題ということで、必要な資料を集めて御説明いただきました。何か御意見がありましたら、お願いします。

○高村委員 今御説明いただきました参考資料1の取扱いも含めて、少し発言をさせていただければと思います。資料の2ページを御覧いただきますと、厚生労働省が行った「平成25年就労条件総合調査」で、規模別の退職給付の実施状況がグラフとして載っています。この経緯を見ますと、日本の企業の4分の3が年金退職給付等を行っていると結果としては表れているわけです。この調査そのものも、有効回答数は4,211社です。ですから、日本国内で事業展開をする企業の数から比べると、ごく一部の数であると同時に、対象としている企業は常時30人以上の労働者を使用している所が対象であり、30人未満の所は一切対象になっていないということがあるわけです。

 私も日々様々な労働相談を受けているわけですが、比較的歴史の新しい企業では、もうほとんど退職金がないというのが実態です。このまま資料が出されると、見方によっては「日本の企業における4分の3が当たり前のように退職給付を行っている」というように大きな誤解を招くおそれがあると思いますが、決してそうではない。30人未満の企業は全くこの調査の対象になっておりませんし、この有効回答である4,211社も、日本で事業展開をする国内企業のごく一部です。ですから、必ずしも全ての4分の3の企業で年金退職給付が当たり前になされているのではないという、その点だけは誤解のないように、丁寧な説明が必要ではないかと思い、発言させていただきました。

○荒木座長 事務局からも説明がありましたが、30人以下は取っていないとか、それから退職金の額については問うていないという調査であることは、踏まえておくべきものかと思います。御意見として承っておきます。ほかに何かありますか。

○鶴委員 4ページの各国比較の所です。退職金の国際比較をするということは、ここに少し記述がある、解雇のときにどういう保証金を払うかとか、解決金をどうするかということよりも、それ以外のものについてどのような制度なのかということが、多分最初の関心事項だったと思います。そのときに、上のほうから見ると、自己都合であるとか、希望退職であるとかという書き方をしているのですが、日本の場合は定年制というものを敷いており、ヨーロッパの中では最近定年制を廃止する国が幾つも出てきているので、定年制というのは制度自体として認められているのか、認められていないのかというところとの比較も少し考慮する必要があるなと思っています。これは、感想です。

○荒木座長 ほかに何か御指摘はありますか。

○村上委員 今、鶴委員がおっしゃった資料1の4ページの各国比較なのですが、退職に伴って支払われる金銭の各国比較となっております。例えば日本の退職金というのは、賃金の後払い的な性格であることに対して、諸外国ではそのようなことではないといったように、各国それぞれの社会的、文化的な背景を反映して、その性質が異なっていると考えておりますので、一概に比べられないものを並べているというところがあると思っております。その点は資料が独り歩きしないように注意を頂きたいと思います。

 また、退職に伴って支払われる金銭ということで言えば、今、定年制の話もありましたが、例えば失業手当の制度やその水準がどうなっているのか、また、解雇予告がどのようになっているのかにも触れる必要があるのではないでしょうか。例えば、フランスにおける有期雇用や労働者派遣の場合、雇用契約の打切りの際には手当が支払われるということもあります。そういったことも含め、本当に比べようと思うのであれば、もう少しそのような項目も入れる必要があるのではないかと考えております。

 また、フランスの制度では、違法解雇の場合には、失業手当を支払うわけですが、それについて使用者が償還するといった制度もありますので、その点をはじめ、まだまだ考慮すべき様々な事項があるのではないかと思っております。くれぐれもこの各国比較が独り歩きしないように、注意をして頂きたいと思っております。

○八代委員 私もOECDに勤務しておりましたが、何らかの形で各国比較をしないと議論にならないので、そういう前提をきちんと付けた上でやるのが大事なことです。ここで日本の場合だけ退職金は賃金の後払い的な特徴があると、これは一般に言われていることです。しかし、ほかの国でも、例えばイギリスも勤続年数に左右されていますし、フランスも勤続年数が長いか短いかで影響されています。なぜ、日本だけを後払い賃金と言うのか。それは、経営者がそのように説明しているのは事実ですが、実態的に見ればどこでも1年しか働かない人、長い間働いた人の間では退職金に差があるのは当然であって、私は賃金の後払いかどうかというのは、もう程度の問題ではないかと思っております。事務局の解釈としてはいかがでしょうか。

○荒木座長 事務局からいかがですか。

○松原労働条件政策推進官 一般的に退職金は、欧米の場合は年齢については年齢差別というものがあります。一般的に、60歳で一律に退職するというのは、全ての国ではないかもしれませんが、基本的には禁止されていると考えております。その上で日本の場合ですが、60歳定年で65歳まで継続雇用というシステムを導入しております。一般的に退職金については、勤続年数に伴って大きくなっていく形になっており、賃金の後払い的な性格を持つと言われている部分もあるという認識の下に書かせていただいております。今、八代委員からお話のありました各国の手当等の性格については、できる限り勉強させていただき、考えてみたいと思います。

○荒木座長 ほかにはよろしいでしょうか。それでは、退職に伴って支払われる金銭については、以上で終了といたします。

 本日の本題、解雇事案に関する裁判所における処理についてのヒアリングに入ります。本日は、先ほど御紹介いただきましたように、お忙しいところ難波弁護士においでいただいております。どうもありがとうございます。早速、資料No.1に沿って、難波弁護士に御説明をお願いしたいと存じます。

○難波弁護士 難波です。よろしくお願いいたします。私は、約36年間裁判所に勤務しました。この間、釧路地裁帯広支部や、広島高裁、千葉地裁などで労働事件をやったことはあるのですが、本格的に労働事件を担当したのは東京地裁労働専門部での平成14年1月からの約5年3か月です。東京地裁では、合議、単独の訴訟事件、仮処分事件、それから労働審判とフルコースでいろいろ事件を担当し随分勉強になったなという感想を持っております。

 本日は、解雇事案をめぐる訴訟、労働審判について、裁判所での経験を話してほしいと言われたものですからこの場に参りましたが、何分少し時間がたっていますので、正確性を欠く部分があるかもしれませんが、自己の体験に基づいて、率直な感想を述べさせていただいて、現在、検討委員会でされていることに少しでも役に立てていただければ有り難いかなと思います。

 私の話というのは、個人的な考えで、果たして裁判官全体として、裁判所全体としての傾向を反映しているかどうかについては、保証の限りではありません。しかし、私は、これまで解雇事案をめぐる訴訟について幾多の判決を出しましたが、私が出した判決が、高裁等上級審で余り破れたという記憶はありません。したがって、本日私がしゃべることは平均的なところではないかなと思っています。私がしゃべることは、大半の裁判官が考えているストライクゾーンをそれほど大きく逸脱しているということはなくて、大体ストライクゾーンに入っているのではないかと思っております。

 前置きはこの程度にしまして、解雇をめぐる訴訟と労働審判の傾向、及び相違点についてお話しします。これは私の感覚ですが、やはり訴訟の事案では労働者としては会社で働くことを求めている事案が多いと。ですから、地位確認を求めてくるというような事案が多かったと思います。中には、地位確認と言いながらも、もう別な所で働いて、果たして本当に現職復帰を考えているのかな、どうなのかなと思うのもありますが、大多数はやはり会社で働くことを求めている事案が多かったように思います。

 他方、労働審判では、労働者は、会社を辞めることを念頭に、金銭解決を求めているのではないかなと感じる事件がほとんどだったと思います。また、会社で働くことを希望する労働者の方は、労働審判ではなくて、仮処分で地位確認を求めることが多かったように思います。以上は、あくまでもそういう事例が私が担当した事案ではほとんどで、自分の部に来ていた事件を見ている限り、そのようなものが多かったと思います。しかし、 例外的にそうでない事例もあることに注意が必要です。私は、労働判例という雑誌を定期購読しているのですが、本年の4月1日号を読んでいますと、水口委員が仮処分では保全の必要性が厳格で、余りワークしにくくなっているので、その分労働審判に流れているというようなことを述べられておりました。そういうのも確かにあるかもしれませんが、そういう場合は事前にきちんと裁判所に言っておく必要がありますが、しかし、私の経験では労働審判の解雇事案では、大多数はやはり金銭解決を求めている事案が多かったと思います。

 次に、訴訟における和解と、労働審判における調停の特徴についてお話します。訴訟での和解ですが、解雇を巡る事案では、やはり裁判官は判決の結論をにらんで心証を固めた上で和解をしているのではないかと思います。私は一般の民事訴訟も長くやりましたし、労働事件も長くやりましたが、解雇を巡る労働事件の和解率は、一般の民事通常事件に比べると相当高いと思います。私は和解が余り得意な方ではないのですが、それでも大体半分ぐらいは自然な形で、無理をしなくても和解ができたという印象です。和解が上手い人、下手な人で、大体上手い人だと7、80%ぐらい和解するのだろうなと。下手な人でも、4割ぐらいは和解しているのではないかなというのが、私のザッとした印象です。100%和解ができるとか、100%調停ができるという話を聞いた記憶がありますが、何かちょっと無理をしているのではないかと思ったりします。訴訟の場合は、やはり心証に基づいて説得しますので、その裁判官が本当にそう思ってそう言っているのであれば、その裁判官に従って和解しましょうかということで、和解率は高いと思います。

 裁判官が解雇は無効だという心証を取っている場合に。労働者が金銭和解はどうしても嫌だといっている場合には職場復帰を前提の和解を進めますが、使用者側が職場復帰は認められないということになれば判決になります。そうは言いながらも、労働者が、条件によれば退職ということも考えられるというのであれば、例えば退職金も支払いながら、それを前提に考慮した解決金額を提示して和解ができる場合はあります。事件のうち半分以上は話し合いで解決しているという印象を持っています。

 解雇が有効の場合は大体金銭解決ができるケースが多いですね。こういう場合は、私は大体月額賃金の3か月以下ぐらいで和解ができていたケースが多かったと思います。使用者側も、控訴とかいろいろな手間暇を考えるなら、3か月ぐらいならしょうがないなと思っているのではないかとの印象を受けました。

 労働審判についてお話しします。労働審判は審理が最大3回、例外的に4回の場合もありますが、3回の審理で終わり、正式な証拠調べをしていないので、おおよその心証、いわばラフジャッチングで調停を進めるという特徴が有ります。労働審判での解決はケース・バイ・ケースです。労働審判では、裁判官が、労働審判員の方と協議しながら結論を出します。私の経験した労働審判の事案では不思議と使用者側の労働審判員の方がわりと高い額を言って、労働者側の労働審判員の方の方が意外と低い額を言うという印象を持った記憶が残っています。

 では、解決金の基準ですが、これは本当にケース・バイ・ケースであるということは念頭に置いていただきたいのですが、私が考えていたのは、やはり仮処分との対比がありましたので、解雇が無効な場合も、一応金銭解決を提示して、基本は大体1年ぐらいを中心に考えて、それよりプラスしたりマイナスした金額を提示していました。会社側がどうしても辞めてもらいたいという場合には、当然慰謝料的なものとかいろいろなものを加算しながら、ケース・バイ・ケースで決めておりました。

 解雇が無効で調停ができない場合は、地位確認も考えられるのですが、一応賃金の1年分等の支払いを命じる審判を出すことが多いです。どうしても、労働者が強く地位確認を求めている場合は、地位確認の審判をする場合もあると思います。労働審判が始まった当初は、私は、調整が困難な場合は、訴訟になった場合の結論を睨んで、解雇が無効であれば地位確認の審判を、解雇が有効であれば棄却の審判をしていましたそうしたら全部異議が出ました。そこでやり方を改めました。労働審判では金銭解決を前提に話をしているのだから、やはりその話に応じた審判を出したほうがいいのではないかということで、解雇が無効で調停ができない場合でも、金銭解決の方が妥当と思われるときは、月額賃金の1年分、あるいはこれにプラスアルファした額の支払いを命じる審判を出していました。

 解雇が有効な場合には、月額賃金の1ないし3か月分を提示しておりました。そして、調停ができない場合には、申立てを却下するのではなく、使用者側に1か月から3か月ぐらいの賃金を支払えというような審判をしておりました。しかし、どう考えても、救済の余地がない場合には、棄却の審判をしておりました。ただ、まれではあるけれども、本人訴訟の中には、そのような棄却事例がないわけではありません。

 今、東京地裁はじめ全国の裁判所でどういう運用をしているのかは、私は分かりません。分からないけれども、恐らく、私が先ほど述べたのと同様のやり方をやっているのではないかと推測します。そうしますと、審判を出しても半分ぐらいは異議なく確定しているのではないでしょうか。

 では、労働審判では、どうして解雇無効の場合も金銭支払いの審判を出すのかという理由について述べさせていただきます。解雇の有効性、すなわち、解雇に正当な理由があるかという点につきまして、会社と労働者とは長い付き合いなので、どちらにも言い分がある場合が少なくありません。解雇に正当な理由があるのかどうかについて、心証が4対6であったり、7対3であったり、そこに幅があるケースがあること、すなわち、判断に幅があることが理由の1つと考えられます。

 また、職場復帰をさせようにも、会社の規模が小さい場合には復帰させる場所が見つからない場合もあります。さらには、一旦こじれた関係を修復するのは、非常に困難なケースが多く、仮にその地位を確認してあげたとしても、一緒に仲良くしてくれる労働者というか、仲間がいるような場合はいいのですが、独り孤立しているような場合では、恐らくまた同じようなことが起きる可能性もあります。そのような事例に遭遇したこともあります。

 そういう事例を見てきますと、やはりそんなに争うよりも、事案によっては金銭解決もいいのではないかと思ったりもします。しかし、本当にケース・バイ・ケースで、きちんと復帰させて職場を確保する場合がいいという事案もあるし、そうではなく、ある程度の金銭を出してもらって解決するのも1つだと思う事案もあります。しかし、これを決めるのは当事者であって、提示した案に納得してもらえない以上審判するしかなく、これに異議が出れば、本訴に行ってしまうことになります。

 やはり労働審判においては、労働者自身が職場復帰の困難さを認識して、金銭解決を受け入れているケースが多いように思われます。しかし、労働審判でも、労働者本人が退職和解を拒否しているというケースもあります。このようなケースは労働審判に適していないのかもしれませんが、この点については、使用者側あるいは労働者側でやられている弁護士の先生方からは異論があるかとは思いますが、私は、一応、そう考えております。

 次に、解雇事案における解決金の決定の判断要素は何なのかについて述べさせていただきます。恐らく、訴訟、あるいは労働審判をやっている人は同じ考えを持っていると思いますが、解雇が有効か無効か、その確度というか、訴訟であれば、裁判官の心証、労働審判であれば、その委員会におけるその心証が最大の判断要素だと思います。

 あとは、会社、労働者の経済状況も判断要素になります。

 3番目は、会社が、この労働者に辞めてもらいたい気持ちの強さ、労働者の方では、この会社にずっと勤務して頑張りたいと思っているのかどうかという点が影響します。また、提示する支払金額、すなわち、訴訟などではバックペイの額がどのぐらいになるかとか、あるいは解決に要する期間は今後どのぐらいかかるかとか、在職期間がどの位かなどを総合的に判断します。労働事件を2、3年もやっていますと、どの程度がストライクゾーンか、つまり相場観が分かってくるのですが、この点は日く言い難しということで、事案ごとに考えていくということしか言いようがありません。

 最後に、訴訟及び労働審判に対する評価と課題についてお話しします。訴訟は透明で公正な手続ですが、小泉首相が「思い出を裁く、最高裁かな」と、こんなことを言われていていましたが、やはり時間と費用がかかり、コストパフォーマンスが悪いと思います。、労働事件では裁判官によって判断の幅が広いように思います。その理由として考えられるのは、正当な理由があるのかどうかなど規範的要件が問題となる場面が多く、評価が入る部分が大きいので、裁判官によって結構結論が異なる場合が、民事通常事件より多い。つまり、労働事件は、当事者にとってリスクの大きい訴訟類型のように思います。

 私も弁護士になって、労働事件は全然やっていないのですが、一般の民事通常事件でもやはりリスクを感じながら訴訟をしているのが実情です。弁護士としては、リスクを回避するために、勢い、あれもこれもいろいろ主張しておこうというようになって、どんどん訴訟記録は厚くなり、審理も長くなりがちです。これらのことを克服するのが今後の課題かなと思います。

 これに対し、労働審判の最大のメリットは、やはり迅速な解決ですね。かつ、あっせん等に比べれば多額の解決金が得られるということです。

 私が労働審判をやっているときに、使用者側の労働審判員の方に、解決金額が少し高いように思うのですがと言ったところ、その労働審判員の方は、、「いや、会社にとっては弁護士さんにお金を払うか、労働者に払うかの差で、これだけトータル的には変わらないし、事件が解決すると会社も通常どおり仕事はできるし、気持ち良く仕事ができるので、月額賃金の1か月、2か月ぐらいの誤差は問題ではない」と言われ、なるほど、そういう感覚なのかと思った記憶があります。

課題の方ですが、やはり労働事件を担当する弁護士の方、それから裁判官、労働審判員の方、これらの方々のスキルアップというのが課題だと思います。やはり労働審判でも物をいうのは当事者に対する説得力であり、これを磨く必要があると思います。私が労働事件をやり始めたときに先輩から言われたことは、「労働の裁判官というのは、3年ぐらいやって、転勤するぐらいの頃にやっと一人前だよね。半年や1年では半人前だ」と言われました。私自身も50の手習いというか、50歳を過ぎて初めて本格的に労働事件をやりましたが、それまでの20数年間、民事訴訟事件を担当し、民事訴訟は少しは自信はあったのですけれども、労働事件では直ぐには通用しませんでした。労働事件では、いろいろな判例があって、日々勉強した記憶が残っています。労働審判においても、裁判官がある程度その場を仕切って労働審判員の方をリードし、きちんとやるためには労働法の知識は勿論のこと、労働慣行などのいろいろな知識がないとうまくいかないと思います。裁判官は、日々精進し、スキルアップしていく必要があると考えます。

 次に、弁護士の場合ですが、労働者側の例ですと、法曹養成制度の弊害なのか、今日いらしている水口先生とか、徳住先生は決してそういうことはありませんが、どうしても労働事件に慣れていない人だと、労働審判においては委員会任せで、場合によっては争点等の記載のない申立書を提出したり、事前交渉なしにすぐに労働審判に持ち込んでくる場合もあるようです。逆に使用者側で今日お見えになっている中山先生は決してそういうことはないのですが、やはり関係判例の調査不足で、会社の代表者の考えをただメッセンジャーのように伝えるだけの人とか、全く当事者を説得しない人とか、そういう弁護士も出てきているように思います。

 結局のところ、裁判官もそうだし、弁護士もそうだし、労働審判員の方もそうだし、労働事件に携わる者は、判例の占める位置などを勉強し、説得力を身につけるなどしていただければ、労働事件の解決もうまくいくのではないかと考えます私の思っていることは以上です。あと、何か質問等があれば、お話したいと思います。

○荒木座長 ありがとうございました。御自身の経験に基づいて大変貴重なお話を頂きました。

それでは、今から質疑の時間に入ります。どうぞ御自由に御発言ください。

○大竹委員 どうもありがとうございました。大阪大学の大竹と申します。解決金決定の判断要素のところで、幾つかお聞きしたいのです。1つは、お話になられたのは、解雇が有効か無効で全く違うというお話だったのですが、そのときに、例えば在職期間の年数を解決金の額に考慮するというときに、解雇が無効である場合には、かなり考慮するけれども、有効である場合には考慮しないというような、ここに挙げていらっしゃる要素が解決金に与える影響にも違いがあったのかどうかが1つ目です。

 もう1つは、その海外のルールを見ていると、解決金の額の要素に年齢が入っているケースが見られますが、日本の労働審判制度での解決金決定では、あまり労働者の年齢というのは要素に直接入ってこなかったのかどうか。

 あと、2つありまして、男性と女性で何か違う傾向があるのかどうか。解決金の額を見ると、意外に男性のほうが低いのですが、それは男性のほうが金銭解決を好まなくて、あくまでも復職を要求するために、解決金ではそうなのかどうか。

 最後ですが、解決金額のデータを見ると、正社員と非正社員で随分解決金の決定要因が違っているように思いました。非正社員のほうが一律ルール化されているように思われます。正社員のほうは恐らく解雇が無効か有効かでルールが違うのだろうというデータの分布を示しているのですが、非正社員か正社員かで何か大きな違いがあったのかどうかということを、もし分かれば教えていただきたい。

○難波弁護士 申し訳ありませんが、最初の質問をもう一度おっしゃって下さい。

○大竹委員 例えば、在職期間を考慮するという場合に、有効な場合は考慮しないけれども、無効であれば、在職期間が長い人の解決金は高くするというようなことがあったのかということです。

○難波弁護士 まず最初の在職期間については、解雇が有効であっても無効であっても、その会社に長い間勤務していた人に会社を辞めてもらうのであり長ければ当然、家族もいたりいろいろなことがあるので、やはり在職期間が長い人については、有効無効に関わらずそれなりにプラスに働くのではないかというのが私の考えです。2番目は男女についてでしたか。

○大竹委員 次は、年齢は考慮されなかったのか。

○難波弁護士 年齢は、どうですかね、次に働けるかどうかということで、例えば若い人であれば、次に働く場所とかあるではないですか。それに比較し、例えば40代、50代で転職が困難な人で、解雇が無効にもかかわらず退職してもらう場合にはプラスに働くでしょうね。若い人で、転職がある程度できるならば、それは転職が困難な人に比べるとマイナスに働くと思います。男子と女子に比較ですが、結局基本になるのは、月額幾らもらっているかということにかかるわけで、男子の方が月額賃金が高ければ解決金の額も高くなると思います。しかし、女性であっても私が担当した事件でも、相当高い収入をもらっていたケースがありましたが、そうであれば解決金は高くなるし、それが例えばパートなどで、賃金が低い場合であれば、解決金も低くなってきます。結局、基本の月額賃金がいくらかというところにかなり左右されるのではないかと思います。

 最後は、正規と非正規の場合の比較ですが、これもやはり月額のもらっている賃金が基本となります。また、この場合は、契約期間も問題となります。つまり、正規の場合であれば、基本的に期限の定めがないケースじゃないですか。そうした場合は、例えば解雇が無効であれば、ずっと勤める可能性があるのでそういう人に金銭解決で退職してもらうとなると、やはり高くなるでしょうね。それに対して、非正規の場合は、契約期間が場合によれば3か月とか、6か月と短いですよね。それと、基本給だって安いじゃないですか。そうしますと、正規の場合に比較して非正規の場合は解決金は安くなると思います。なお、有期雇用契約の場合、労働契約法19条の1号と2号のタイプで異なるところがあります。例えば1号であれば、期限の定めがない場合と同視できるのですから、期間については正規の場合と同じように考えます。しかし、2号の日立メディコタイプのような合理的期待型であれば、期間の定めがないと言えるかどうか疑問です。日立メディコタイプでは、契約期間が3か月とか、あるいは6か月となっている場合、合理的期待で契約期間が1年に延びるということは、なかなか難しいのではないかと考えます。そうすると、やはり正規の場合は、基本給が高いし、期間も長くなる可能性がある。これに対し。非正規の場合は、多分、正規に比べると基本給は安いのではないか、この点は統計とか取っていないので分かりませんが、一般的にはそのように思われます。そして、契約期間とかを考えると、解決金は正規に比べると解決金はやはり安くなる可能性があると考えます。可能性として、私はそう考えています。大竹委員がどのように考えられているのか分かりませんが、私はそのように感じます。よろしいでしょうか。

○荒木座長 ほかにはいかがでしょうか。

○土田委員 2点お伺いしたいと思います。1つは細かなことです。今日、御用意いただいたペーパーの4の3つ目のポツ、解決金決定の判断要素として、会社が辞めてもらいたい気持ちの強さなど3点ほどありますが、こういうことが考慮の要素になる場合、具体的に解決金の高低のどちらに作用するのでしょうか。私はあっせんの経験しかないのですが、ここでお書きいただいたように、会社を辞めてもらいたい、いてもらうと困る、労働者のほうは勤務したいという気持ちが強いという場合、それぞれ強ければ強いほど、会社に高い解決金を提示することがあります。つまり、労使双方にそういう気持ちが強くて、しかも解雇の有効性もちょっとどうかなというときに、今のような3つの要素がそろえば、訴訟になればまた時間もお金も掛かりますから、ここら辺で、多少高目で出したらどうですかみたいなことを会社に対して言うことがあります。先生の御経験で労働審判の場合に、この3つの要素は具体的にどう働くのかということを教えていただければというのが1点です。

○難波弁護士 3つの要素というのは、レジュメに書いてある上から1、2、3の点ですか。

○土田委員 そうです。

○難波弁護士 分かりました。

○土田委員 それから、解雇事件の処理として、もともとは解雇無効で労働契約上の地位確認が基本だと思いますが、割と最近は、東京地裁も含めて解雇を不法行為と判断した上で、慰謝料だけではなくて、賃金相当額の逸失利益を損害と認めて損害賠償を命ずるという判決が、ちらほら出てきているように思います。以前は、裁判所は逸失利益については、消極的だったと思いますが、そういう判決が出てきているように私は思います。その辺り、先生はそういう御経験があるかどうか、あるいは先生の評価はどうかということについて御意見を頂ければと思います。以上です。

○難波弁護士 最初の3つの要素ですが、3つの要素の中では圧倒的に解雇が有効か無効か、その解雇の効力の確度というのが一番大きいと思います。

 それから、辞めてもらいたい気持ちの強さといっても裁判所は合理的な判断をしますので、プラス1、2か月は考慮しますが、それを超えて、1年とか、2年とかまでは考慮しません。辞めて貰いたい気持ちの強さは調整と言いましょうか、その程度の考慮要素だと思います。

 後は、会社の方としては、どうしても辞めてもらいたいというときに、裁判所は、例えば500万円が妥当だと思っていても、会社の方で、いや、700万円、800万円を払うので何とかしてほしいというのであれば、それは会社が言っているのだからいいでしょうということで、それを前提に解決金額を考えます。辞めて貰いたい気持ちの強さは調整要素かなという感覚です。

 それから、2番目の不法行為の点については、これは私が労働部にいた頃もポツポツ出ていました。これはどうしてそのような形の訴訟が提起されるのかと言うと、労働者の方が、この会社にはもう勤めたくないとか、実は別な所を探して、大体当たりは付いている、そういう時に、もう会社に帰るつもりもないのだが、解雇は無効であるので不法行為として争いたいという場合が多いのではないかと想像します。労働者としては、次の仕事を探すに当たって何箇月もかかったとか、あるいはそのために非常に精神的に苦しんだとか、そういう理由でで、解雇は無効なのだけれども、別な所で働くから、ともかく今までの不法行為分の逸失利益、例えば、次の仕事が見付かるまでの期間の賃金分を支払ってほしいという訴えだと思われます。このような場合の逸失利益の額として月額賃金に何か月を掛けるかは裁判官によってまちまちだと思います。1年が相当というものもあれば、6か月、3か月というのもあるように思います。現在のところ、判断はばらばらのように思います。慰謝料については、逸失利益で一応は解決しているのだから、不法の程度が著しい場合に認めているようである。つまり、普通解雇において、労契法第16条でいうところの理由がないというぐらいでは足りなくて、もう少し違法性が強度でないと慰謝料は認めていないようです。

 私が高裁にいるときに、この解雇はちょっとひどいというのがあって、地裁の判決は、5万円か10万円と、すごい低い額でしたので増額を認め、変更したことがありました地裁レベルでは、不法行為を認める場合に、次の仕事を探すのにどれ位かかるなどを考え、それを長く考える人は1年、短く考える人は3か月ぐらいと幅があるようです。そして、そこでカバーされれば、慰謝料については、少しハードルを高くしているような感じです。それがいいのかどうかは、その事案によりけりだと思います。よろしいでしょうか。

 あと、申し訳ありませんが、質問は1人が1つずつしていただければありがたいと思います。私が、答えた後で何かまた質問があればして下さい。1人が一度に3つも、4つも質問されると、頭が混乱して、対応しかねます。すみませんが、よろしくお願いします。

○荒木座長 徳住委員、どうぞ。

○徳住委員 どうもありがとうございました。私は2つ質問したいと思います。労働審判制度について、労働紛争の解決システム全体の中での評価をどう見たらいいのか御意見を伺いたいのです。先生は先ほど労働審判制度の特徴は迅速性にあり、この点は今日の統計資料で74.8日と出ていて、2か月半で大体の事件が解決していることを示していると思います。ほかの調停や訴訟と比較した場合、資料によると8割の解決率と出ており、その内訳は調停が7割プラス労働審判の半分が解決する等を含めて8割です。このように、2.5か月で8割の解決率というのは、裁判制度の中で言うと極めて優れた制度ではないか。

 昨年、最高裁が民事裁判長会議を開いて各裁判制度の評価をしているのですが、冒頭で労働審判について評価していて、これを見習うべきといった発言の記録があるのです。そういうことから見て、難波裁判官は制度発足時から携わられたと思いますが、それまで全く制度がなかったところにいきなりこの制度が誕生したという、労働審判の誕生と、その後の評価について先生自身の評価でもいいですし、裁判所内部なり利用した者の評価について、どう見ることができるのか御意見を頂ければと思います。

○難波弁護士 私、裁判所に勤務して2つ良いことをしたと思うのですが、そのうちの1つが労働審判です。労働審判について徳住先生、水口先生、皆さんはどう思われるか分からないけれども、ここまで成功するとは思っていなかったのではないかと思います。正直な話、私は現場でやっていましたけれども、失敗すれば現場が悪いんだということになるので、そう言われないように懸命に努力しました。成功の一因は労働審判を申し立ててくる労働者側の人が、労働審判に適している事件、すなわち、調停ができそうな事件を数多く申し立てていただいたことが大きいと思います。

 先ほど、私は労働審判の特徴として迅速だけを言いましたけれども、迅速だけでなく専門性というか、裁判官も入っていますし、レベルの高い労働審判員の方が加わっていることも大きいと思います。私も、労働審判員の方といろいろ議論していて、労務慣行などを知り非常に参考になりました。あと、解決案が非常に柔軟性があるのも良かったと思います。労働審判で約8割の事件が2か月半の期間で解決しているということですが、すばらしい結果であり、当初、私たちもここまでいくとは思っていなかったです。このように皆さんに利用され、制度として定着して来ており、良かったと思います。

 今のところいい評価を受けていますが、油断していると劣化していくので注意が必要です。労働審判は、非常にいい制度だし、解雇事案もほとんどが金銭解決できており、労働審判制度をもうちょっとうまく成長させていくといいのではないかと思います。今は外野ですが、これが私の答えです。

○徳住委員 もう1点、解雇の金銭解決の中身ですけれども、難波先生のお話を聞いていると解雇にはいろいろ多様性があるとおっしゃって、その上で判断要素としてはまず勝ち負けがあり、そのほか4つ、5つの判断要素を総合考慮して決めるのだと。その上で、解決金額の水準については、勝ち負けで勝った場合は1年プラスアルファ、負けると判断した場合は3か月未満のどこかだと、こういう大まかな御説明をされたわけです。これは労働審判委員会で議論していけばある程度妥当な水準ではないか。この点、裁判官自身の判断ですが、全体的に御覧になっていて、審判委員会の議論の中で妥当な解決案が出ていると見ることができるかどうか。議論の中では労使の代理人や当事者の意見もあると思いますけれども、それらの意見を踏まえて大体、解決水準というのは妥当なところに収まっているのではないか。先ほどストライクゾーンの話をされましたが、そういうものかどうかということと、また、「こういう計算基準で解決金を決めなさい」と判断枠組みが法律で決まることについては、どう思われるのか御意見を頂ければと思います。

○難波弁護士 どうやって決まっているのかといえば、労働審判は3人でやっているので、裁判官がAと言って他の2人が違うと言ったら、それは駄目ですけれども、私は少なくとも60~70件ぐらい、あるいはもっとやっているかもしれませんが、そこで労働審判員の方と意見が食い違ったことはないです。私は声は大きい方ですが、決して労働審判員に自分の意見を押し付けたり、「こうしなさい、これが妥当だ」と言ってやったことはないと思っています。そこは信頼してもらえばいいかなと思います。ストライクゾーンですが、労働審判員の方にはいい人が来ており、相場感というのはしっかりしていると思います。裁判官は、労働審判員の方から、「裁判になったらどうなりますか」とよく聞かれます。裁判になるとこうですよ、だけどこの事案ではこのぐらいでどうでしょうかなどと合議する中で、妥当な額を決めていたように思います。

 あと、こういう場合に枠をはめて、最初にこのぐらいからこのぐらいと決めてしまうことによって、この基準がうまくワークするかどうか。事案がいろいろありますので、うまくワークするのかは疑問のように思います。よろしいでしょうか。

○荒木座長 ほかに、いかがでしょうか。

○中山委員 中山です。労働部のときにいろいろお世話になりまして、今日も特に実務的に裁判官のお立場での大変貴重なお話を伺いました。私がお聞きしたいのは、1つということなので、このレジュメでいきますと4で解雇事案における解決金決定の判断要素、これは訴訟でも労働審判でも同じ要素だろうという御説明かと思いますが、最初に、とにかくメインは解雇の効力の確度と心証ということですね。この辺、私どもは裁判官の心証を窺い知れないのでお聞きしたいということです。

 というのは、以前に心証についてある裁判官にいろいろ聞きましたら、心証と言っても心証の物差しの刻みは裁判官によっていろいろあるんだよと。そういう話がありまして、その辺をお聞きしたいのですが、例えば有効、無効は白黒で、心証というのが例えば10刻んで9対1、8対2、6対4など、そんな刻みで心証として把握できるのか。あるいは白黒灰色で、灰色だけど黒に寄っている、白に寄っているなど、そういう意味ではアバウトに聞こえますが、そういう総合的、全体的なバランスで見るものなのか。労働審判の場合は1回でほとんど心証を取って、あとは調停作業に移るケースが多いものですから、どうも訴訟における厳格な証拠調べに基づく心証と、労働審判での審判委員会の先生方の心証の刻みも大分違うのかなと思うのですが、その辺、いずれも御経験の難波先生からお聞きしたいと思います。

○難波弁護士 訴訟における心証というのは証拠調べまでやっていますから、通常、7:3以上が勝訴だと言われています。訴訟をやって、証拠調べまでやって心証で迷うということは私はほとんどなかったです。どっちが勝ちかというのは分かりました。だから自信を持って、それに基づいてやります。例えば、一般の民事訴訟であれば書証とかで証拠調べする前でも90%とか95%ぐらい、まず見当が付きますね。労働事件の場合は証拠がちょっと薄いところがあり、人証に頼るところがあって、人証を調べた結果、当初抱いていた考えと結論が変わることもありますが、最終的に判決する前に、どっちが勝つか不明といった生半可な心証では事件を終結しなかったと思います。だから、いろいろな裁判官がいるかもしれませんが、きちっと記録を読んで審理をすれば裁判官はプロですから どっちが勝つかぐらいは分かるだろうと思います。

 それに対して、労働審判は3回ですし、ラフジャッチングですので、訴訟ほど確実な心証は形成されておりません。訴訟の合議事件であれば、裁判官同士、毎日、部屋の中でいろいろ議論しているから意思疎通も取れます。これに対し、労働審判の場合は、その事件で初めて合議を組むわけですから、目の前の関係者が喋ったことを労働審判の2人の方がどういうふうに捉え、どんな心証を取っているのかを非常に重視して、もていました。そこで、労働審判では、期日終了後は必ず、「今、こう喋ったところはどう考えましたか」などと確認しておりました。ですから、労働審判の心証の度合いというのは訴訟ほど確実でないし、場合によって六分四分であれば六分四分とか、五分五分なら五分五分ぐらいな心証のまま、これを金銭に反映させているように思います。四分六分であれば4割でも、一応、どうかというようなことで恐らくやっているのではないか。訴訟であれば心証に基づいて100かゼロですけれども、労働審判の場合だと、そこは心証度に応じた解決案を結構示しているのではないかと想像しています。私はそうしていましたけれども、今、現役の裁判官の皆さんがどうしているかまでは知りません。

 私は、弁護士になって労働事件はタッチしていないけれども、ほかの訴訟などに行くと、ただ結論だけポンと言われて、何でこうなるのかなと思います。ちゃんと説明してくれないから当事者も困ってしまうし、どういう理由で、どうなのかはっきり言ってあげればいいと思うのです。それで駄目なら高裁へ行けばいいだけですし。

○中山委員 追加で、今の質問の中に入っているのですが、もう1回確認です。要するに、その心証が解決金の金額にどう影響するかというところでお聞きしたのですけれども、訴訟の場合は割と解決金でという場合も、証拠調べを受けた心証ですよね。それが例えば10の刻みで6:4か9:1かによって、かなり解決金額の多寡に反映するということは余計あり得るのですかね。

○難波弁護士 あり得ますね。

○中山委員 労働審判の場合は、その辺は勝っても負けてもというところもあろうかと思いますが、いずれにしろ比較すると割とアバウトな心証で、もちろんそれは解決金に影響しますけれども、そんな10の1つずつの刻みでということはないと。

○難波弁護士 ないと思います。だけど、アバウトと言いながら大体が当たっているのです。アバウトとは言っているけれども、結論はおよそ間違っていないと思います。場合によっては、労働審判員をされている村上委員に聞かれてみてはいかがでしょうか。

○中山委員 いやいや、アバウトというのは、さっきラフとおっしゃったので。

○難波弁護士 分かりました。

○水口委員 どうもありがとうございました。労働審判廷にいるような感じになってきました。関連した質問です。我々、法曹では当たり前ですが、訴訟と労働審判の場合、解雇事案の解決金の判断要素の中でバックペイの問題があるかと思います。私どもが本訴で本格的な和解をするときには、ほぼ心証が固まった段階で和解する場合、本訴では1年ぐらいバックペイが溜まっている。労働審判の場合は解決までの時間が本訴に比較してもっと早いですから、あまりバックペイは深刻な問題にならないですが、本訴の場合に解雇無効の心証を取られている前提での和解をするときには、バックペイ+解決金をどうするかということを、ほぼ、どの裁判官とも議論していたのです。その点についてのお話がなかったので、私の認識が間違っていないかどうか、実務家でない方もいらっしゃるので御説明いただければと思います。それと和解にしても、労働審判や調停もそうですが、いきなり審判委員会からドンと解決金額が出るのではなく、双方の解決案を出した上で、それを踏まえて出していただいているのかなと思うのですが、その認識は誤りかどうか先生の認識について説明をお願いできればと思います。

○難波弁護士 1つ目は、それは訴訟だと常識的にはバックペイを前提にして、さらに解決金がどうかというのはそのとおりだということです。それから、2番は何でしたか。

○水口委員 いきなり審判委員会から直ぐに解決金額が出されるのかどうか。

○難波弁護士 いきなりはしないですね。だけど、要するに聞きながら、腹の中では本件の落ち着け所はどうかなあというふうに考えているけれども、いきなり言うと身も蓋もないじゃないですか。そこで、お互いの言い分を聞きながら、大体、ストライクゾーンに入って来たなと考えたところで、2回目あるいは3回目で案を提示すると思います。私がよく言っていたのは、決め打ちで幾らというのでなく、少しストライクゾーンの幅を提示して、何か月から何か月ぐらいで考えてもらえますかという方法でやっていたと思います。だから、いきなりというのは、よほど神懸り的に見た瞬間に、これはこれとが相当だと思えばそうだけど、そこまで神懸り的に分かる人はそんなにはいないと思います。それは閃くこともあるかもしれないですが、大体、閃いたら人間は間違うのです。

○荒木座長 村上委員、どうぞ。

○村上委員 先ほどおっしゃっていただいたように、私が労働審判員として担当した1件目の事件の裁判官が難波裁判官でありまして、その時はありがとうございました。その際に大変鮮やかな調停技術を目の当たりにし、そのときに労働審判というのはこういうふうに進んでいくのだというのを学び、その後、審判するときに大変役に立ちました。ありがとうございました。

 質問は1点ですが、先ほど、今後の課題として労働審判に関わる人たちのスキルアップが必要だというお話がありました。先生から見て、労働審判員にどのような能力のスキルアップをしてほしいか。また、労働審判員の果たすべき役割や今後制度がより発展していくために労働審判員はどのような役割を担うべきなのか。これまでの御経験や、労働審判から離れてみてからのお考えをお聞かせいただければと思います。

○難波弁護士 スキルアップというのは、裁判例等が出たら常にインプットしながら勉強していくしかないです。後は労働審判を通じて吸収していくしかない。労働審判員の方がどういう役割かというと、私もそうですが、裁判官は世の中で世間知らずと言われますが、それほど世間知らずではないつもりですけれども、労働の実務は知らない人が多いと思います。私は、ある労働審判員の方から「難波さん、労働審判って団体交渉で机をドンと叩くか叩かないかの差ですよね」と言われ、そんなことを団交でやっているのかと思って、そういう実態は知りませんでした。労働の実際の現場ではどういうふうにやっているのかを裁判官に伝えることが大切です。後は、裁判官に遠慮せずに、実際はこうですよということをしっかり言うことが大切だと思います。やはり遠慮しているなと感じたことがありました。それから、私は労働審判が始まる前に労働審判員の方と合議しながら、「どういうことを聞かれますか、なるほど、そういうところに疑問をお持ちなのですか、どんどん聞いてください」と言っていました。聞くことによって身に付くと言いますか、黙っているだけではしようがないので、遠慮なく発言することが大切です。発言することによって身に付くと思います。裁判官は、労働の現場を知らない場合が多いので、そういうことを知って貰うことも労働審判員の役目の1つかもしれません。私も随分労働事件を経験しましたが、本当に分からない部分が多々あります。

○八代委員 今の村上委員のフォローワークと言いますか、労働審判はおっしゃるように、労使それぞれの専門家が来られて裁判官と打ち合わせてやる。しかし、それが訴訟になった場合は、いわば裁判官が1人でやるわけですね。そのときに裁判官のスキルに問題があると、先ほどおっしゃったのですが、それは同時に余りにも法律の枠がなくて、ほかの法律と比べて、労働契約法では、客観的合理的とか、社会通念的相当とか、いわば総論しかなくて、正に解決金を決めるときにどうするかという材料がほとんどない。確かに裁判官としての経験があれば先ほどおっしゃったように、1年なりという数字が出てくるのですけれども、それは法律としていかがなものか。

 やはりヨーロッパのように、ある程度は実定法で枠が決まっていて、その枠内で種々の事情を考案して、裁判官が心証で判断するようにすれば、余り経験のない裁判官でもある程度のことはできるのではないでしょうか。先ほど先生は、解決金は機械的に出せるものではないとおっしゃいましたが、他方で全く枠がなくてどうやって出せるのか。そのほうが難しいのではないか。そういう意味で労働審判はなくてもいいのですが、裁判の場合はやはりきちんとした、外国のような枠を作ることに対してどう考えられるかという質問です。

○難波弁護士 八代先生の意見のとおり、訴訟、とりわけ労働法の世界では、事細かく決められてはいないのが実情です。そこを埋めるのが判例の積み重ねですよね。私もこの場で言うのは恥ずかしいのですが、解雇権濫用の法理というのが最初に出てきて、私は民事訴訟一般しかやっていないかったため濫用というと、最初はこんなものは泡沫主張かなと思ったところ、これが大切だということで、日本食塩製造事件をはじめ、それらの判例を勉強した記憶があります。結局、法律で決められていないところは判例によって埋めることになります。例えば、不利益変更であれば秋北バス事件等で大体の枠組みというのは決まっているのです。実際に自分が疑問に思ったら、裁判部の中で話をしたり、判決を見る中で、勉強をし、判断することになります。

 ここだけの話になりますが、例えば昔、労働部には11部と19部とあったけれども、お互いに交流がないものだから、11部は11部、19部は19部のノウハウでやっていた。それを私が労働部に入った頃から、当時の19部の部長をされていた山口さんが、知識はみんなで共有しないといけないということで、月に1回勉強会をやって、各部の意見を集約したのです。その結果出来たのが「労働事件審理ノート」という本です。こういう勉強会をやる中で皆さん鍛えられて、枠も分かるようになる。現在は、裁判官は、「労働事件審理ノート」などを読めば、大体の構造は分かりますし、勝ちのときは判決になれば、全部認めればいいわけで、問題はないようにも思われます。

 そうはいっても、和解の場合、先ほど言ったように解雇の該当性が全くないならば、そんなものはどうしようもないし、あったとしても相当性の心証度に応じながら、当事者が言っていることを聞きながら、落着きのいいところの和解案を出しているのが今の実務と思います。それがよほどとんちんかんな内容であれば、弁護士をはじめいろいろな所から批判を受けるけれども、これが批判されていないということは、それなりにワークしているのだろうと考えます。ですから八代先生が御心配なさらなくても、実務は割とうまくいっているのではないかというのが私の印象です。

○八代委員 おっしゃる意味はよく分かるのですが、労働関係に関して言えば、過去の判例がむしろ実情に合わないのではないか。特に過去の解雇関係の判例というのは、高度成長期の末期に企業の組織がどんどん膨張して、支払能力が高いときの大企業の解雇の仕方をベースに出来上がった面がある。しかし、今日のずっと低成長の下で、そういう状況ではなくなったときに、むしろ過去の判例に縛られてしまうのではないか。これは借地借家法関係もそうだと思うのです。経済状況が大きく変わっているときに、過去の環境の下で成立した判例というものをどこまで尊重することが正しい相場を作るのか。私は経済の分野なので、そういうように考えたくなるのです。

○難波弁護士 裁判官は、やはり変化に対応して、実状に合った判決を出すようにしているのではないでしょうか。裁判官は、結論の妥当性を考えていますので、金科玉条のように「こういう法則がある」ので、それを機械的に当てはめているという風にお考えであれば、それは誤解されているのではないかと思います。というのは、私は随分批判されているのですが、例えばモルガンスタンレーの事件で、5,000万も6,000万ももらってる人が、「30分残業をしたから残業代を払え」と言うのは、本当にそれでいいのかなと思って、残業代を否定し、実体にあった判決をしました。

 整理解雇であっても、昔は「4要件」と言っていたけれども、だんだんそれは要素ではないかというようになった。その4要素には重要性の違いがあると思います。例えば、私は良いか悪いかは分かりませんが、JALなどの整理解雇を今から考えると、「今もうかっているんだから、なんで解雇するんだ」と言うかもしれない。しかし、あの時には「再生のため」と言うのであれば、やはり経営危機を救うためにという要素を考えながら、判断しているのだと思います。

 つまり、ほかの要素を重視すれば、違う結論も出ているかもしれないけれども、やはり裁判所というのは具体的な妥当性というものを考え判断しているのだと思います。また、過去の判例が今の実情に合わないと言うならば、それは変えていくしかない。それを機械的に、判例はこうなっているから当てはめるというのでは駄目ですよね。私などは、判例があったとしても、きちんと判例の理屈があればそれに従うけれども、それが今の経済情勢あるいは社会の変化に合ってなければ、それは変えていくしかないと考え、実践してきました。裁判官は、恐らくそういう風に工夫していると思います。「判例で何か決まっているから、それを機械的にやっているんだ」とのは誤解ではないかと思いますし、裁判所のOBとしては、裁判官を馬鹿にしてはいけませんよと言いたくもなるのですが。裁判官は、やはり変化に対応してやっていますし、具体的な妥当性を考えながらやっていると思います。

○鶴委員 大変納得できるお話をたくさん聞かせていただいて、本当にありがとうございます。私からお伺いしたいのは、訴訟における和解と労働審判における調停の場合、解決金のレベルの違いについて、もしお話いただければということです。労働審判だと、解雇が無効のときも1年前後のプラスアルファーが付けられて、有効の場合は1~3か月というお話でした。訴訟における和解の場合だと、解雇が有効の場合は3か月以下というお話が先ほどあったわけですが、無効はどのような形でメルクマールのようなものをお考えになっていらっしゃったのか、それについてはお話がなかったと思います。

 労働審判と同じぐらいのものを考えているのか、それとも先ほどもお話があったように、裁判のときは結構時間が掛かるので、もちろんバックペイのところでそこは膨らむけれども、解決金も少し下駄を履かせなければいけないのではないかと。訴訟の和解の場合はそういうものを最初から少しお考えになるのか、和解のときは心証によってかなり違う場合も出てくるので、バラ付きが大きく、バラ付きの大きい結果として最終的に高くなったり低くなったりというのは分からないけれども、ある程度事前にそちらのほうが高くあるべきだということは、余り考えていらっしゃらないのか。

 いずれにしても4という判断要素に従って、審判のときも和解のときも多分、ここの考え方でいろいろ額をお考えになられたと思うのです。しかし結果的にその水準が違う。統計を平均的に見れば、やはり和解のときのほうが解決金が高くなっているという状況があります。それは単なるそういう結果なのか、それとも事前にある程度いろいろなことをお考えになっている反映なのか。その違いがあるのかないのか。あるとすれば、そういうことが関係あるのかについて、もし何かあればお教えください。

○難波弁護士 事前に何か考えているのかというと、事前に基準があるのではなく、訴訟における和解については先ほど水口委員が言われたとおり、やはりバックペイが非常に大きいのです。それから今後掛かる審理期間とか、「心証度」で7対3、8対2、9対1といった確度によって違うし、かつ、これは無効だけれども、どうしても辞めてもらいたい、会社にとってはこの人がいると本当に大変だという場合は、会社の方もそれなりに解決金を用意できるでしょう。そこら辺はケース・バイ・ケースでやっているものですから、事前にこういう場合は高くするというようなことには、恐らくなじまないように思います。

○岡野委員 経済同友会の岡野と申します。今のお話と関連があるのですが、いわゆる金銭支払いの相場感みたいなものが、ある日突然当事者になった人から見れば。いろいろな審判を受けたりするわけですが、提案されているものが相場感からいってどうなのかという情報を、普通は持っていらっしゃらないわけですよね。制度というのは、本当は相場感が社会化されたほうが安定すると私は信じているのです。なかなか難しいのかもしれませんが、条件別かもしれないけれども、これだけのビッグデータの時代ですから、和解とか調停をされた結果として、大体このぐらいの範疇に収まっているというようなものを社会化することはできないかと、常々思っているのです。先ほど来、様々な要件があるのでそれは難しいというお話かと思うのですが、その辺はどういうお考えでいらっしゃいますか。

○難波弁護士 私も、岡野委員のようにうまくいけばいいなと思うけれども、やはり個別具体的なものですから難しいと思います。事前に、こういう場合は何ポイントと決めておくことについて、昔、名誉毀損に基づく慰謝料額算定のときにポイントの私案を出したところ「とんでもない」という批判がされたことがありました。よく労働の解雇案件と比較されるのですが、例えば婚費分担請求事件などには基準表があり、これによって事件が処理されています。これは、婚姻費用では、責任があろうとなかろうと、親である以上は払う義務があること、子供が1人であるか2人であるか、給料が幾らであるかということで、基準表で額を決めておき、それに沿って判断していくということに馴染むのです。私も東京高裁で1年8か月、家事抗告部という所で、毎日のように婚費分担請求事件ををやっていましたが、労働の場合、婚費分担請求事件と異なり、事前に解決金の基準表を作っておき、それに従って処理していくことはなかなか難しいのかなとしか言えません。私のこれまでの経験に照らすと、労働事件を専門的に5年もやっていれば、大体このぐらいかなという相場感は持ってはいます。

○岡野委員 それを社会化できないか。

○難波弁護士 確かに、私は労働審判を担当していたときに、「このぐらいだ」とか「難波方式だ」と言って事件を処理していました。残業代請求の場合は、タイムカードの記載に従って請求しているのか、単にノートの記載に基づいて請求しているのかで心証の度合などが違いますよね。これに対し、解雇の事件では結論がどうなるか、それは、個別具体的に調べてみないと心証は分からないところがあるように思います。

○八代委員 しつこいようですが、やはり岡野委員がおっしゃったように、難波先生のような裁判官に当たればいいのですが、当たらない場合もあるわけですから、ある程度は最高裁判所かどこかで、もうちょっと一般化してほしい。つまり、裁判というのは当事者の紛争解決のためだけではなく、それに応じてどれぐらい労働者を雇うかとか、企業が会社をつくるかつくらないかということで、非常に広域性があるわけです。そういう意味で、やはり何らかの形で。例えば、ヨーロッパでやっているような、解雇無効の場合は補償金が1~2年分の賃金というのが1つのメルクマールではないか。もちろん極端なケースはそこから外れてもいいわけですが、外れる理由を説明する必要があります。

 それから、先ほど「裁判官を馬鹿にしている」とおっしゃったのですが、私が知っている限り、アル中で企業に大きな損害を与えた重役を解雇したら、仙台地裁(2008年)と高裁で解雇無効の判決が出たというのがあります。それでこの企業が最高裁まで頑張って、ようやく解雇を有効にしてもらったというケースもあるわけです。失礼ながら少なくとも、裁判官のリスクということを企業も考えている場合があるのではないか。ですから何とか相場感を明示化することが大事ではないかと思います。

○難波弁護士 それが明示化できればいいのですが。そのアル中うんぬんというのは、最高裁の判断の方が合っているように思います。

○八代委員 最高裁まで行かなければ妥当な判決が得られなかった、という点が問題なのです。

○難波弁護士 だから訴訟というのは、本当にリスクが多いですよね。特に評価が入ってしまうから、あとは証拠とどういう事実を拾ってくるかということで、本当にケース・バイ・ケースなのです。なかなか難しいですよねというしかありません。

○輪島委員 少し戻って5の(3)の「今後の課題について」で、スキルアップという御指摘を頂いたので質問させて頂きます。私どももそういう問題意識は大変強く、特に2006年から労働審判制度が導入され、その方が10年たってきて、だんだん労働審判員から引くという形になってきております。そういう意味では経験則とか、体験したものをどういうように後に残していくかというのが課題だと考えております。その点で先ほど先生から、判例を勉強していくという御指摘を頂いたのですが、それ以外にも経験交流をするとか、労使で議論を重ねるような場が必要ではないかと思っているのです。どうも飲み会とか何々会など有志の勉強会が地裁ごとに開催されているように聞いてはいるのですが、もう少し体系的にそういったものを組織する必要があると感じております。

 また、これまで私どもも、集団的な労使関係を経験した人事労務の担当者を、自信を持って推薦させていただいていました。ただ、そういう経験が薄くなっている方々が多くなってきているのも事実です。せっかくのヒット商品である労働審判制度が、未来永劫うまく回っていくようにするために、何か仕掛けが必要ではないかと考えております。この点も少しアイデアみたいなものがあれば、お話いただければと思います。

○難波弁護士 輪島委員の言われるとおりだと思うのです。勉強もそうですが、確かに労働審判員同士の交流も賛成です。そのような交流会には、裁判官も入れて検討するとよいのではないかと思います。、裁判官がどういう考え方をするのか、どういうやり方をするのかというのを聞き、例えば経団連や連合に持ち帰ってもらって、それを浸透させていくことも有意義だと思います。

 私が労働審判をやっていたときは、労働審判員の方が、裁判所のやり方などを経団連や連合に持ち帰って、裁判所ではこんなことをやっているのだよということを伝えているものだと思っていました。また、労働委員会の委員をしている労働審判員の方からは、「労働委員会のやり方とは全然違うんですね。裁判官はこんなに積極的にいろんなことを言うんですか。そうしないと3回では終わりませんよね」などと言われた記憶があります。ですから、経験やノウハウを蓄積すると同時に、あとは定期的に勉強会や研修会をやるなり、裁判官を交えて交流をすることなどが大切だと思います。このような研修会などをしないままにしていると、劣化するかもしれないので、頑張ってやっていただきたいと思います。労働審判制度の定着及び発展のためによろしくお願いします。

○荒木座長 それでは、難波コートは一旦これで閉廷させていただいて、今日の難波先生のお話も踏まえて、紛争処理全体の観点から、何か御発言があればいただきたいと思います。いかがでしょうか。

○山川委員 先ほどのお話の中でも、土田委員のお話の中でも出てきて、難波先生からもお話いただきましたが、これまでも若干言及してきた、解雇を不法行為として捉えた場合の損害賠償請求について、判決がいろいろと出ています。検討の余地のある部分もいろいろあろうかと思いますが、これまではこの場で余り議論ができなかったと思いますので、それについては改めて情報提供をしていただいて、場合によっては検討されてもいいのではないかと思います。

○荒木座長 重要な点ですね。今日も難波弁護士から指摘のあった点ですが、事務局からはいかがでしょうか。

○村山労働条件政策課長 これまでも山川先生から、何回か御指摘を頂いておりますし、本日、土田先生からも御指摘を頂いた点ですが、この検討会の本質的課題にも関わる大変重要な提起だと思っております。本日、難波先生から御教示いただいた点も含めて、また、先ほどの土田先生からの損害賠償として、逸失利益の部分については過去の下級審裁判例の対応ぶりの推移も含めて、考えるべき点があるのではないかという点や、難波先生から本日、慰謝料等の点についても様々な御示唆を頂戴いたしましたので、専門の先生方の御指導を頂きながら、まず裁判例等について整理をする作業を、事務局のほうでやってみたいと思っております。

○荒木座長 是非、そのようにお願いしたいと思います。ほかにいかがでしょうか。

○土田委員 希望ですけれども、今後の大体のスケジュール感を、可能な範囲で知りたいのです。というのは、私のように東京ではなくて関西から来ると1日つぶれるのです。ですから今後、大体どういうスケジュールで進めていくのかということを確認しておきたいので、可能であれば教えていただければと思います。

○村山労働条件政策課長 進め方については、座長をはじめ、各委員の先生方と毎回御相談しながら、ここまでやってきたという経緯ですし、今後ともそのようにしていきたいと思います。これまでのところは、宿題としていただいた件も含めて、今日の難波先生をはじめとして、こうした方々からヒアリングをしていったほうがいいのではないか、あるいは御知見を頂いたほうがいいのではないかという方々等へのヒアリングについては、今日で一通り伺うこともできたのではないかということで、一巡した感じがあります。先ほどの解雇を不法行為とする損害賠償請求訴訟の点も含めて、宿題になっている事項や、後ほど具体的な進行の中でも御紹介するかもしれませんが、委員の皆様から自発的にプレゼンの御提起を頂いている点もあります。次回はそうしたものについて、これまでと同じようなペースで会を持たせていただければと思います。その後は夏休みのシーズンを挟むことになりますので、委員の皆様と御相談しながら、また改めて日程を決めさせていただければ有り難いというのが、事務局の率直な気持ちです。不十分な回答で恐縮です。

○荒木座長 ほかにいかがでしょうか。よろしいですか。それでは、最後に次回の日程について、事務局よりお願いいたします。

○松村労働条件政策推進官 次回、第7回検討会は、座長とも御相談させていただき、第2回の会合において鶴委員から御提案のあった、労働政策研究研修機構が発表した労働力あっせん、労働審判及び裁判での和解における雇用紛争事案の比較分析のデータを用いて、更なる計量分析について現在、鶴先生、大竹先生を中心に取り組んでいただいているところですので、こちらについて取り上げたいと考えております。日程については6月上旬を目途に現在調整中ですので、確定し次第、開催場所と併せて追って御連絡させていただきます。

○荒木座長 それでは、本日は以上といたします。難波先生には大変貴重なお話を頂きまして、どうもありがとうございました。

○難波弁護士 こちらこそ勝手なことを言いまして失礼しました。

○荒木座長 お忙しい中、御参集いただきありがとうございました。


(了)

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