ホーム> 政策について> 審議会・研究会等> 医政局が実施する検討会等> 医療裁判外紛争解決(ADR)機関連絡調整会議> 第6回医療裁判外紛争解決(ADR)機関連絡調整会議議事録




2012年3月29日 第6回医療裁判外紛争解決(ADR)機関連絡調整会議議事録

医政局総務課医療安全推進室

○日時

平成24年3月29日(木)


○場所

厚生労働省専用第15・16会議室


○出席者

会議メンバー(五十音順)

植木哲 (医事紛争研究会会長)
小野寺信一 (仙台弁護士会紛争解決支援センター代表)
北川和郎 (総合紛争解決センター代表)
児玉安司 (第二東京弁護士会代表)
小松満 (茨城県医療問題中立処理委員会代表)
小山信彌 (日本病院団体協議会代表)
佐々木孝子 (患者代表)
鈴木利廣 (東京弁護士会代表)
高杉敬久 (日本医師会常任理事)
田口光伸 (愛媛弁護士会代表)
中村芳彦 (法政大学大学院法務研究科教授)
西内岳 (第一東京弁護士会代表)
橋場弘之 (札幌弁護士会紛争解決センター運営委員会委員長)
前田津紀夫 (全国有床診療所連絡協議会代表)
増田卓司 (愛知県弁護士会紛争解決センター代表)
水田美由紀 (岡山弁護士会医療仲裁センター岡山代表)
宮脇正和 (医療過誤原告の会代表)
山田文 (京都大学大学院法学研究科教授)
山本和彦 (一橋大学大学院法学研究科教授)
渡部晃 (日本弁護士連合会代表)

参考人

古賀克重 (福岡弁護士会)

オブザーバー

福田千恵子 (最高裁判所事務総局民事局第二課長)

厚生労働省

大谷泰夫 (医政局長)
池永敏康 (医政局総務課長)
木村博承 (大臣官房総務課参事官(医療安全担当))
宮本哲也 (医政局総務課医療安全推進室長)

○議題

1 医療裁判外紛争解決(ADR)機関の取組等の紹介及び意見交換
2 その他

○配布資料

資料1第5回医療裁判外紛争解決(ADR)機関連絡調整会議議事録
資料2-1医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言
資料2-2日本医師会「医療事故調査に関する検討委員会」答申に関するアンケート調査 集計結果(高杉構成員提出資料)
資料3医療ADRのあり方をめぐって(中村構成員提出資料)
資料4医療ADRの機能と構成について(山田構成員提出資料)
参考資料1医療裁判外紛争解決(ADR)機関連絡調整会議開催要綱
参考資料2医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会開催要綱

○議事

○医療安全推進室長
 定刻になりましたので、ただいまから第6回「医療裁判外紛争解決(ADR)機関連絡調整会議」を開催させていただきます。
本日は、お忙しい中、当会議に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
本日の出欠ですが、今田構成員、徳田構成員及び和田構成員から御欠席との連絡をいただいております。また、徳田構成員の代理としまして古賀様に御出席いただいております。
また、前回の会議での御意見の中で、医療従事者側の参加が少ないのではないかというような御指摘もありまして、そういったことも踏まえまして、今回より日本医師会の高杉常任理事にも御参加いただくことになりましたので、御紹介させていただきます。

○高杉構成員
 高杉です。よろしくお願いします。

○医療安全推進室長
 また、オブザーバーで御出席いただいております最高裁判所事務総局民事局第二課長が交替されましたので、御紹介いたします。福田課長様です。

○福田第二課長
 2月3日付で最高裁判所民事局第二課長に着任いたしました福田と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

○医療安全推進室長
 それでは、以降の進行につきましては、山本座長よろしくお願いします。

○山本座長
 本日は、お集まりいただきましてありがとうございます。
それでは、まず本日の資料につきまして、事務局の方から確認をお願いいたします。

○医療安全推進室長
 お手元の配付資料について確認させていただきます。
本日の議事次第と座席表のほかに、資料1としまして、第5回の会議の議事録。
それから、日本医師会より御提出いただきました資料2-1といたしまして、「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」。
資料2-2、「『医療事故調査に関する検討委員会』答申に関するアンケート調査集計結果」。
資料3、「医療ADRのあり方をめぐって」。中村構成員より提出いただきました資料で、こちらの方は構成員の皆様にお配りいたしました資料に不備がございましたので、今、差し替えさせていただきます。
資料4といたしまして、山田構成員より御提出いただきました「医療ADRの機能と構成について」。
そのほか、参考資料1としまして、「医療裁判外紛争解決(ADR)機関連絡調整会議開催要綱」。
参考資料2といたしまして、「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会開催要綱」。
以上でございます。不備がございます場合にはお知らせください。
資料1につきましては、前回の議事録でございますけれども、既に皆様には御確認をいただきまして、厚生労働省のホームページに掲載しているものでございますが、何かございましたら、またお知らせください。
以上です。

○山本座長
 ありがとうございました。
特に資料の欠落等はございませんでしょうか。
参考資料2については、ごく簡単に事務局の方からその趣旨を御説明いただいた方がいいように思います。

○医療安全推進室長
 最後の参考資料2でございますけれども、医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会ということで、医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会の検討課題の一つである、医療事故の原因究明と再発防止の仕組み等の在り方について検討を行うということで設置したものでございます。
検討課題としましては、医療事故に係る調査の仕組みの在り方、再発防止のための仕組みの在り方ということで、構成員につきましては、めくっていただきました方に一覧がございます。
2月15日に第1回を開催いたしまして、第2回を本日午前中に開催したところでございます。こちらの方の議論も関連しているかと思いますので、紹介させていただきました。

○山本座長
 よろしゅうございましょうか。
それでは、本日の議題の方に入らせていただきます。
前回の会議では、新しい東京三弁護士会の方式の特徴につきまして西内構成員から御説明いただき、その後、医療ADRに対する御意見を有床診療所連絡協議会代表委員であります前田構成員と、患者の代表として佐々木構成員、宮脇構成員からお話をいただいたところであります。
今回も前回に引き続きまして、構成員から医療ADRに対する御意見という形で、高杉構成員、中村構成員、山田構成員にそれぞれお話をいただき、その後、引き続き意見交換を行いたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
初めに、今回から御参加いただいていきなり御報告いただくということで、大変恐縮ではございますが、高杉構成員の方からお話をお願いしたいと思います。

○高杉構成員
 日本医師会の高杉でございます。
4月1日が選挙でございまして、私はそこにおるかどうかわかりませんけれども、御存じのとおり、医療事故調査委員会は、話がとんざしてからもう一度議論を練り直しました。その提言を世に問いました。その内容が資料2-1でございます。
それから、それに対して全国の医師会、これは小さな医師会まですべて問い合わせまして、その意見をまとめたものが資料2-2であります。
それで、先ほど午前中の会議でもちょっと御紹介したんですけれども、政権が変わって、医療事故調査委員会は大綱案まで行ったんですが、ストップしてしまいました。それではいけない。これに至る議論の内容は非常に有意義でありましたし、医療不信がこれ以上続いてはいけませんし、それでは、それに応えるものはいかにあるべきか、何とかいろんな議論を重ねまして、その答申をまとめています。
その内容は大きく分けて、医療安全をとにかく文化にしよう。診療所に至るまで医療安全にしっかりと取り組むんだ。その中で、日ごろから安全に取り組むんだけれども、何か不都合なことが起こったときには医療事故調査委員会をきちんと立ち上げましょう。これは診療所レベルまで立ち上げる。診療所で不可能なときには、これは地区医師会、県医師会、大学、あるいは機関が応援して、とにかくその解明をきちんとして防止につなげようというような意味で、すべての医療機関に院内の事故調査委員会を設置するとうたっています。むしろ診療所まで要らないのではないかという意見もありましたけれども、とにかくやるんだということでうたっています。
それから、モデル事業がなかなかはかばかしく進んでいませんけれども、やはりきちんとした第三者的な調査機関が要るだろうということで、日本内科学会から日本医療安全調査機構に変わりましたけれども、それを柱にするような思想で第三者機関を立ち上げましょうとうたっています。
そういうことならば、医療関連死をどうするのか。これはきちんと調査機構が、第三者機関がきちんと調査して答えるというような仕組みをしなければいけない。その前段階として、院内事故調査委員会ができるだけ、できる限り、力の限り、きちんとした回答を素早く、迅速に患者さんたちにお答えする、その仕組みがないと、第三者機関をつくっても意味がない。勿論、できるだけ解剖も進め、Aiもやり、いろんなデータもきちんと整理して御説明し、なおかつ不満・不信のあるときには第三者機関に判断していただくというようなことをうたっております。
そして、この第三者機関はすべての医療機関が賛成しますし、それから、病院団体あるいは大学病院会議等で話し合って進めていきたいと思っています。
11ページですけれども、「4.医師法21条の改正を行う」。これをきちんとするためには、すぐに答えが出ません。24時間以内に届けろということでありますが、医療関連死はちょっと別の形にしなければいけないと思います。
それで、警察に届けて、警察が入ってきますと、これは事故防止にもつながりませんし、我々の自律的な取組みでそれを答えていくということにしないといけないんだろう。勿論、犯罪・故意は警察に届けるとしても、それ以外の処理は、医療関連死は我々がきちんとやるという仕組みを提案したいということであります。
「5.ADRの活用を推進する」。各地区医師会には医師賠償責任保険制度がありますけれども、これだけではやはり患者さんに敷居が高いだろう。それでは、今、弁護士会が取り組まれているADR、あるいは茨城県医師会が、医療側が第三者に立ってきちんとするADRの制度、これも非常に参考になりますけれども、各県独自にいろんな取組みがあるわけですが、それを有機的にやりながら、なおかつ弁護士会がやっているADRも視野に入れながら、この中にADRという項目を、今まで医師会が必ずしも挙げてこなかったところを注目して取り上げるようにしています。
それから、できればこれは財源の問題で、勿論、どういう人と提携するとか、いろんな問題がございますけれども、患者救済制度は立ち上げたいと思います。
それを柱にこの報告書をつくったわけですが、これを全国に取ったアンケートが資料2-2にございます。
「1 院内事故調査委員会の設置について(設問1)」で、いろんな御意見がございます。無償診療所まではとてもできないというような意見がありますけれども、何らか工夫をしてやろうという医療界の姿勢、医師会の姿勢がこの表に出ていると思います。患者さんに迅速に、きちんと隠し事なく説明する、あるいは日ごろからきちんと医療安全に取り組むという姿勢に対して協力的であります。
「2 第三者機関の設置について(設問2)」で、これも早くやってくれということがほとんどであります。一部に、今の医療安全支援センターに設けるというような意見もございましたけれども、これはいわゆる設置の思想が違いますので、これは第三者機関を立ち上げるということで、いろいろと問題の提起はありますけれども、おおむね賛成ということであります。
「3 医師法21条の改正について(設問3)」で、これは法医学のガイドライン、1994年に出されましたけれども、いわゆる拡大解釈が大きな混乱を引き起こしておりますが、医療関連死に関しては、我々はきちんと調査するから、24時間の届け出は、この第三者機関に届けたらいいのではないかというような提案で出しております。ただ、医師法21条の改正は非常に難しいので、拡大解釈をもとに戻すべきだというような意見もございます。
11ページでありますが、「4 ADRの活用について(設問4)」については、大多数が賛成であります。中に否定的な意見とか、こうやった方がいいのではないかという意見はございますけれども、おおむね患者さんの要望に応えるような姿勢が出ています。
「5 患者救済制度の創設について(設問5)」についても、当然、何らかのものを設けるべきである。ただ、どの範囲にするか、あるいはその財源をどうするかというような問題点が指摘されておりますけれども、患者さんのために是非これをつくりましょうということであります。
それから18ページから、これは同じ趣旨で聞いておりますけれども、都道府県医師会、郡市区医師会別の回答状況を、別の視点で分析したものです。内容はほとんど同じです。
以上でございます。我々医療界も、大学・病院団体とそれぞれ話し合いを持ちながら前向きに、今までの医療事故対応を新しくつくり直していくという視点で頑張りますので、よろしく御理解のほどをお願いいたします。
以上です。

○山本座長
 ありがとうございました。
医療事故の調査、届け出、そして紛争解決、全体にわたる包括的な形で御意見をいただけたかと思います。とりわけ、この我々の会議の主題であるADRとの関係では、この資料2-2の11ページ以下、各医師会に対するアンケート調査で、言わば各地のそれぞれ生の声のようなものがいろいろ出ていて、基本的にADRの推進には大多数が賛成しておられるということで、個別の意見もなかなか興味深いものがあるように拝見いたしました。
いろいろと御質問等おありかと思いますが、先ほど申し上げましたように、御質問・御意見等については全体の御報告が終わってからということでお願いしたいと思いますので、引き続きまして、中村構成員の方からお話をお願いいたします。

○中村構成員
 それでは、資料3、後から配付されました5枚物のレジュメに基づいて少し御報告させていただきます。
テーマが「医療ADRのあり方をめぐって」ということでございますが、私自身の基本的な立場とスタンスを最初にお話ししておきますと、ずっと私はさまざまな、医療以外のADRに関わってまいりまして、平成19年に、前回、東京三弁護士会の医療ADRの御報告がございましたけれども、その立ち上げ後、私は第二東京弁護士会に所属しておりますが、そこで第1回期日までの調整を行う手続管理者、あるいはあっせん人という形でケースを担当させていただきました。そういう経験を踏まえて、ほかのADRとの比較の視点から「医療ADRのあり方をめぐって」ということで少しお話しさせていただければと思っております。
レジュメに沿いまして、少し私自身の問題意識をお話しさせていただきますが、やはり基本的な出発点といたしましては、どういう視点で医療ADRというものをとらえていくことが必要なのかということがあるかと思います。
問題は大きく2点あるかと思います。
1点目は、やはり医療ADRというものを考えたときに、その範囲をどこまでのものとして想定して考えておくかという問題です。通常、医療ADRといいますと、例えば弁護士会の医療ADRのように第三者機関として弁護士会が設置し、それにあっせん人が1~3人という形で関与して、中立的に手続を進めていくというふうな、いわゆるあっせんとか調停という、その場面を想定した手続を医療ADRというふうに呼んでいるかと思います。
ただ、特に医療の場合、やはりそれでは少し狭過ぎるのではないかと思います。といいますのは、その理由は後ほど申し上げますけれども、結論から申し上げますと、もうちょっと第三者ADR、そういった通常ADRと呼ばれているものに申立てが来るまでの、それ以前の段階をもうちょっとしっかりとフォローしていく必要があるのではないかという観点です。
具体的には、まずは病院の中で事故等が起こった場合の初期対応という部分に関して、やはり病院の中でそういう問題を相談できる、いわゆる相談の体制、あるいは最近は院内のメディエーションというような形で行われている試みが紹介されていますが、そういう取組み。そういう院内での直接的な、第1次的な初期対応というものの重要性がやはりしっかりと認識され、そういうものをトータルとしてADRの仕組みの一端として考えておくということが必要なのではないか。そして、そういう院内の手続・相談やADRと、院外のこういった第三者のADRとの連続性とか連携、そういうものの在り方もやはり一つの大きな論点になるのではないかと思います。
更に突き詰めて言えば、それ以前の問題として、もともと病院内でのコンプライアンスの在り方の問題、更には一人ひとりの医療関係者の意識の問題、つまり日常診療の過程で、患者や家族とのコミュニケーションがどういうふうに行われているのか。そこでのコミュニケーション不全が実は事故というような形で出てきた場合に、やはりそういういろいろな思いを引き起こして、医療者への大きな苦情や不満へとつながっていく。ですから、院内のコミュニケーションの在り方自体も併せて検討しておく必要があるのではないか。
そういうような形で、トータルに問題をとらえ直していくということが重要なのであり、そういった医療に関わる当事者の意識の問題、そして医療の紛争の特性、そういうものに応じて、多様で広範、この多様というのは、次に挙げますいろんなADRの在り方があっていいのではないかという意味での多様という部分と、そういうものを前提としたいろいろなモデル、これまで随分いろいろな各地の取組みが紹介されてきましたけれども、そういうものをどういうふうに併存させ、しかもその中でいろいろ問題を共有し、あるいは新たに問題を創設し、そして解決に結び付けていくのかといった視点。そして、最初の医療者の意識の問題から、最後は第三者のADRというような形で、連続したものとして広範な、トータルなモデルとして医療ADRというものを考えておく必要があるのではないかというのが第1点目でございます。
第2点目は、医療ADRの実情ということからは、先ほど申しましたように、いろいろな取組みがこれまで紹介されてまいりました。弁護士会主導型、先ほどの茨城の例のような医師会の関与型、あるいは千葉の取組みのような独立型というような形でそれぞれの試みがなされていて、そういうようなもの自体は、ADRというものはもともと利用者主権と社会的実験主義であると私は思っておりまして、つまり利用する人がどういうものを求めているのかという視点が第1。そして、ADRというものは制度というよりは一つの運動であって、いろんな試みが多様に行われていく、その中から育っていくものであるというふうに認識していますので、今のADRの現状というのは、そういう意味ではそういう流れに即したものであると思っています。
ただ、そうは言ってみても、これは前回の最後の方の議論で少し出たところだと思いますけれども、それぞれの相互の関係とか役割分担とか、あるいはまだ十分議論されていない問題、そういったようなものに関して十分分析をしていくということが大事であって、大体いろいろ報告をしていくときにはこういうことをやっているんだという積極面がどうしても中心になりがちですけれども、逆にこういうことがやられていないんだということでの分析も今後の課題としては大事な観点なのではないかと思います。
そういう意味で、医療ADRということで、この協議会で取り上げる対象は、どちらかといいますと第三者ADRを中心としたものとして想定されるのは当然なのかもしれませんが、そういうバックボーンをしっかり見据えた上での議論が、まず1つ大事ではないかと思います。
第2として、やはり医療ADRの特徴と問題点をしっかり把握しておくことが重要なのではないかという問題意識でございます。この点は、特に私は、最初に申し上げましたように、ほかのいろんな建築とか、弁護士会の多様な紛争とか、その他さまざまな、いろいろなADRに関わってまいりましたけれども、特に医療というものはそういうほかの紛争に比べてない特質がある。そこに焦点を絞って、それを前提としたシステムなりを考えていかないとうまく機能していかないのではないかということでございます。
そこで何点か指摘させていただきましたが、1点目は患者・家族の方の思いの深さと多様なニーズへの対応が必要なタイプのADRであるということでございます。これはこれまでの議論でも何度か出てきていると思いますけれども、事故が起こった場合、何が真実であるのか、なぜ事故が起こってしまったのか、あるいはなぜ医療者はそういう対応をとったんだろうかといったような、そういういろいろな疑問、そういうものが患者・家族の中に湧き上がってきて、それは非常に解明への強い欲求、先ほど事故調査委員会等のお話もありましたけれども、そういうものの背景にはそういうニーズが強く影響しているように思います。そして、医療者に対して非常に深い思いを持たれるということが、特にほかのADRに比べたら大きな特徴であろうかと思います。
そうした解明への要求・欲求や深い思いというのは、決して法的な問題へ収束するということにいきなりなるのではなくて、それ以前の段階で、やはりそういう解明への欲求や深い思いに対して直接的に対応できるようなシステムが必要なのではないか。それは別に、法的なニーズには当然とどまらないわけでございます。法的なニーズにとどまるのであれば、それは訴訟その他の紛争処理システムで対応可能なわけですが、それで対応が困難であるからこそADRが議論されている。やはり根本的に、何が重要かということを直接的にとらえられるような仕組みとしてのADRを医療について考えていく必要があるのではないかというのが第1点でございます。
2点目は、医療の専門性とか不確実性がもたらしていくものをしっかり見据えていくということだと思います。やはり医療というものは非常に専門的である。それから、どうしてもまだ解明不能な部分での不確実性がある。当然、事実認定とか法的判断は非常に難しくなってくる、複雑になってくる。そういう場合に、当然、そこの中では必ずしも医療の専門性、あるいは法的専門性によって、それが十分解明されていく、納得できるものとして示されていくわけではない。そういう状況の中で、患者・家族の方はそういった医療の専門性、あるいは法的専門性の前に立ち尽くすしかないという現実があるのではないかと思います。
その場合に、これは医療者であれ、法の専門家であれ、その専門性を言い訳にしないと言うと言葉がわかりにくいかもしれませんが、やはりこれは専門的に難しいんだからというようなことではなくて、法的にはこうだから、あるいは医療的にはこうだからということだけではなくて、やはり当事者の持っていく苦情とか不満に対して、その専門性ということだけでそれを解き明かしていくことには当然限界があるんだろうと思いますので、そういうものをどういうふうにしたらわかりやすいものにしていけるんだろうか。あるいは対話が可能になっていくのであろうかというようなところをもう少し解明していくような部分を持ったADRというものがそもそも期待されているのではないかと思います。
3点目は、コミュニケーションの機能の回復のためにADRに求められる役割というわけですが、これは医療ADRがよく言われることですけれども、そういう医療ADRの場で説明をしてほしい、あるいは謝罪をしてほしいといった、法的なニーズではないさまざまな要求・欲求が示されていくわけですが、それはやはりコミュニケーションが十分行われていなかったものをもう一回回復していく。そして、その中から一旦壊れてしまった信頼関係をもう一回、限られた限度においてかもしれませんけれども、それを話し合いの場という中で再構築していくというような試みとして考えられていく、そういう目的に資する仕組みとしてのADRというものをやはり1つ想定しておく必要があるのではないかと思います。
4点目で、これも非常に大事な点ですけれども、やはり法的な責任の問題をどういうふうに考えておくのかということが1つあるだろうと思います。少なくとも、現状のADRの中で、これまで行われている試みの中で見てまいりますと、やはり法的な問題が争点になってくる。それは事実認定の問題であれ、あるいは法的な判断の問題であれ、そういう問題の難しさがあるケースの場合にはなかなかADRでは解決が困難であるというふうな形で、それは損害賠償責任保険の存在とか、あるいは病院の組織としてのいろいろな特性の問題であるとか、さまざまな理由があるかもしれませんが、必ずしも十分に機能しているとは言えない。その部分をどういうふうに、それはADRの役割から外してしまうのか。いや、そういうものも取り込んで、先ほど御紹介があった事故調査委員会との調査の結果等も踏まえて、そういうものも取り込んだような形の中でのADRの仕組みを考えていくのか。これは非常に重要な、大きな論点であろうかと思います。その点で、そして、もしそういうことを取り組んでいくんだとしたら、そのトータルのシステムをどういうふうに構築していくことが可能なのかということが1つあろうかと思います。
最後に、これは先ほどもちょっと御紹介しましたが、私のケースなどを扱った経験からして、やはり第三者ADRに来た段階では患者・家族と医療者との間の信頼関係が大きく崩れているというケースも多々あるのではないかと思われます。つまり、当事者間の交渉が暗礁に乗り上げて、信頼関係が破壊されてしまって、そこからもう一回、それを再構築していくということの難しさで、結果的にはそれは数字としては、医療者側に応諾してもらえないというような形で現れたり、あるいは応諾はしてもらえたんですけれども、結局は成立しない、あるいは取り下げて終わるというようなケースが、ほかのADRに比べると医療というものはやはり割合的には多いように思いますが、そういう背景には、そういった関係形成の持つもとの問題で、これは第三者ADR自体が持っている問題というよりは、医療という紛争の特質と、第三者ADRに至るプロセスでの在り方の問題、両者が関係していると思いますので、その辺りのことを少し考えておく必要があるのかなと思います。
次に、手続構造の在り方ということです。
やはり1点目は、そういうような特徴を踏まえて、それでは、どういうふうな手続構造が考えられるのか、この辺りが医療ADRの在り方を考えていくときに大きな論点であることは間違いないと思います。
1つは、先ほどもちょっと申し上げましたが、なかなか応諾してくれないとか、応諾はしてくれるけれども、不成立や取下げのケースが多い。ADRの場をどうやってつくっていくのかということについての論点が1つあるだろうと思います。
ただ、これは最近、弁護士会等のADRのケースを見ていきますと、最初のころに比べると、応諾まではしてくれるというふうなケースが多くなっているようには思います。そのこと自体は、要するに当初は比較的、ADRの場ですべての問題を解決するんだみたいな意識としてとらえられていた部分が、とにかく出てきてもらって説明をしてもらう、そこから始めてみましょう。その次のことは、その次の段階でまた考えればいいではないですかというふうな、割合柔軟な対応を医療者側の方がしていただけるような状況が、それはいろんな努力や工夫によってされてきている結果かもしれないのですけれども、そういうような状況があろうかと思います。
ただ、応諾はされても、なお不成立や取下げのケースがまだ多い。その辺りの理由や原因を十分に検証する必要があるように思います。この辺りがまだこれからの課題と思います。
2点目は、そういった場の構築以前の問題で、先ほど申しましたように、入り口の充実ということが非常に大事なポイントで、入り口というのは第三者ADRの入り口で、いきなり申立てに来ましたということではなくて、相談体制を確立する。これは千葉等の試みで、医療者がそういう相談に乗るというような形での例として御紹介されました。そういったような1次的な相談体制に医療者の方に関わっていただくというふうなこと、あるいは弁護士会等の一部で行われている手続管理者のような形で手続の相談に乗るというような形の中で患者や家族の方の御相談に乗り、あるいは第1回期日までの調整、相手方の医療者側への説得というような形で手続への参加を呼びかけるといったような、つまりあっせんという本来のADRの場以外の場での、入り口段階でのADRのさまざまな工夫というものが当然大きな課題になってくるのではないかと思います。
3ページに入りますけれども、3点目で、私自身としては非常に大きな問題だと思っているのは、やはり直接的に事件を担当されるあっせん人の意識の変容が必要なのではないかという問題であります。先ほどの日本医師会さんのアンケートをちょっと拝見させていただいたりしましたが、中立性・公平性等について、弁護士会主導の場合はどうしても弁護士主導になって、弁護士主導にならないようにすべきであるみたいな意見が載っていたりしましたが、私は弁護士であるとか、あるいは医者であるとか。先ほど言いましたように、医療あるいは法についての専門性を持っているから、それでは医療ADRがうまくできるのかという辺りそのものについて、それは医療者であれ、弁護士であれ、もう一回、再検討し直す必要があるのではないか。
そういう従来の専門家役割論からの脱却というものが前提として、勿論、専門家は専門を持っているから専門家なので、医療の専門性や法専門性が生きてくる場面は当然あるわけですが、それを生かす前の段階で、やはり患者・家族の方にできるだけニュートラルに対応するというふうな、つまり一方当事者の代理人的な弁護士の役割から離れて、あるいは法専門家としての法専門性から離れて、まずは目の前に起こっている事象、あるいは患者・家族の語りからまずは出発していくというようなところから始めていくということが、これは医療者にせよ、弁護士にせよ、あっせん人として関わる人共通に求められる大きな課題なのではないか。そういった辺りについて、やはり重要な検討課題として残るように思います。
4点目で、これはADRに共通の問題だと思いますけれども、訴訟の場合には代理人の弁護士が出てきて、それぞれ代理人同士での争いになって、実際に本人が出てくるのは本人尋問等の場や和解の場に限られるというようなことも多いわけですが、やはりADRの場では本人が出てくるということの意味が非常に大きいわけです。その場合、当然、患者・家族という意味での本人と併せて、医療者側で言えば主治医であったり、あるいは医療の責任者である院長であったり、さまざまであるかもしれませんが、いずれにしてもキーパーソンとなる直接の関係者の人たちが自らの言葉を述べ、自らの認識している経緯を述べ、また、自分の考えで説明していくというようなことを通じて、そこで起こってくる現象、そこから出発していき、そして、その上に立って医療の専門性や法の専門性というものが生かされていくというふうなことの流れがまずは必要なのではないかと思います。
最後に、手続の在り方を考えていく上において、これは紛争処理機関の内部の問題ということで限定してお話しさせていただきます。といいますのは、これは要するに守秘義務等の問題もありますので、外部に出すということではなくて、そういう意味での事例検討の必要性・意義ということについてもう少し認識をする必要があるのではないか。
つまり、実際の手続がどう行われることが望ましいのかというようなことについては、あくまで具体的な事案を前提として、それに即した検討がどうしても必要なのではないか。そして、そのためには事例検討の意義というものは非常に大きい。それはあっせん人というような形で関わる方が集まって検討する、あるいは手続を主宰しているADR機関の関係者の人が参加するというような形の中で行われていくということだと思います。
ただ、その場合にやはり1つ大きなポイントは、そこで解決した事例を検討する、それはそれで意味がありますけれども、むしろ不成立や取下げになった例、あるいは不応諾で終わった例、そういうものについては、なぜそういうことになったのかということについての検証が、特に医療の場合、先ほど申しました、そういう割合がかなり高いわけでして、そういうものを改善していくための努力・工夫の一端として、そういうことが大事なのではないか。
そして、事例検討会において多く見られる現象として、これは医療の場合だけではないと思いますけれども、どうしても法専門性とか、あるいは各種分野の専門性の観点からそのケースをとらえ直すというふうな形での議論が行われがちなわけですが、レジュメに書きましたように、実際の起こった事象から考える、当事者に寄り添う姿勢から考える、何が起こったのかを振り返るというような視点から考える、それから、解決あるいは正解志向ではなくて、プロセスをもう一回見直して、その中から反省的に、今回はこういうことでしたけれども、それでは今後はどうしたらいいんだろうかというような反省的な実践の契機というものが、どうしても機関あるいはあっせん人それぞれについて必要なのではないかということが、最初に申し上げましたADRの社会的実験主義とか利用者主権という考え方からはどうしても必要なことではないかと思います。
そして、そういったことを踏まえまして、最後にこれからの課題ということで2点、マクロの視点とミクロの視点とそこには書きましたけれども、制度論や組織論と、それぞれの関係者の意識の在り方という点で、あと2~3分だけ時間をいただいてお話しさせていただきます。
まず、ADRについてどういうモデルを医療について考えるかということに関しては、そこに役割限定モデルと役割分担モデルというふうに御紹介しましたけれども、比較的わかりやすいのは、例えば役割を限定する。例えば患者側の弁護士さんが代理人として、法的権利性の乏しい、訴訟には持ち込めないけれども、何もしないというのはどうだろうか。やはり話し合う場として、事案を持ち込む場としてのADRというような形で、従来はなかなか直接交渉ではうまくいかない。
でも、訴訟では法的権利性の点で難しい。その中間的な領域に属するものとして利用する場というような位置づけは一つ考えられると思います。
逆に医療者側からしますと、やはり説明会の代替的な機能といいますか、そういうお話は以前のこの会議でも出たと思いますけれども、そういうものとしての場としてADRを利用する。それはそれで、それぞれ意味があることで、そういう利用のされ方自体は一つのADRの機能の場面として重要であるとは思いますが、果たしてそれだけでいいのかどうかというのがここでの問題提起です。
それから、役割分担モデルというものは、先ほど御紹介しましたが、法的な問題が争点になった場合はなかなかADRでは難しい。そういう場合は訴訟であるということで、ADRと訴訟を、そもそもすみ分けをしていこうというような切り口で問題を考えていく、こういうアプローチももう一つはあるんだろうと思います。
それ自体、一つの考え方だと思いますけれども、せっかく医療ADRというものを、こういった医療という特殊性を持ったトラブル・紛争に対して有効に機能させていくためには、最初からそういった役割を限定してしまうというのはちょっともったいないような気がする次第なわけです。つまり、やはり医療紛争をトータルにシステムとしてとらえていく、それは非常に難しいことではあるかもしれませんけれども、そういう努力や試みを工夫したり実験してみるということの必要性や意味は大きくあるように思っています。そして、そのためにはいろいろな方の連携・協力が非常に重要になっていくのではないか。そして、それはどういうことをベースにしていくかといいますと、結局は患者・医療者の持っているニーズ、そういうものを十分引き出していき、そして、それに対応できるような仕組みをつくっていくというような観点で前提としては考えていくことが大事なのではないか。
そして、そのためには、2)に書きました、病院内の体制整備の重要性の認識の徹底ということになるわけですが、結局、患者・家族の方々がいきなりそういった事故に見舞われたりするということから出発するわけですけれども、逆に言いますと、医療者側の方では、先ほどの日本医師会さんの御説明にもありましたように、事前にいろいろ準備をして、制度をつくって、あるいはシステムをつくって対応を考えておくことができるわけです。そういうようなときに、どういうふうなシステムを病院の中、あるいは医療者相互であっても構わないと思いますけれども、つくることができるのかというようなことをやはり踏まえながら、このADRの在り方も考えていくということが大事なのではないか。
例えば、幾つかそこに例を挙げましたけれども、現場密着性ということで、これは先ほど御紹介しましたように、できるだけ現場に近いところで対応できるコンプライアンスの機能や体制と相談・ADR機能を持った体制の構築をしていく必要がある。そういうものがないと、やはり不信が増大して、第三者ADRに来たときには、とても信頼関係の再構築が非常に難しいということになりかねない。
そのためには、相談や他のADRや訴訟等との手続連携というようなことが当然、そこでは必要になってくる。そのためには、先ほど申しました相談体制をしっかり構築し、できるだけマルチドア、つまりいろんな紛争にいろんな特性、医療の中でもまたそれぞれさまざまな紛争の類型があるだろうと思いますので、それぞれに対応できるADRの仕組みを柔軟に、それが可能になるような機関であることが求められてくると思います。
そして、自分の機関だけでは十分機能できないところは他機関との協力や連携が必要になってくるというようなことで、これはトータルな、いきなり目標とすべきADRみたいなものを想定していくよりは、そういうステップ・バイ・ステップで、当面の課題として、可能なところからやっていくというような、一つの課題としてそういうようなところをまずは切り開いて、そして、それがうまく機能していくようなことになったときに、もうちょっとトータルなADRの仕組み、医療ADRの仕組みというものを、つまり、そこに持ち込めばいろんな紛争が対応可能だというふうな、法的な問題も含んだケースも含めてというような形につなげていくことができるかもしれません。
あるいは、それはいろいろ検討した結果として、やはりそれは訴訟の役割であるという部分が残るのであれば、それはすみ分けというよりは連携という形で、事実認定の部分とか法的判断の部分は裁判所に委ねるというような、そういった解決、考え方もやっていくことが可能なのではないか。あるいは対話の場をつくるということがADRであるというふうな、それはすみ分けというよりは一種の役割分担だと思います。そういうものの方が実際のニーズに応えられるものであるように思います。
それから、やはり医療ADRのイメージというものは、これは特に利用者側、患者・家族側として医療ADRというものがイメージできない。これはADR全般についてですけれども、相談は比較的件数が多いけれども、なかなかあっせんとか調停とか仲裁は少ないというのはどこのADR機関でもよく言われたりします。特に民間型の場合はそうだと思いますが、そういうことに関して、やはり医療ADRのイメージを現場の中からつくっていくということが、現場というのは実際の病院、院内というようなことだと思いますけれども、第三者ADRにつながっていくような仕組みみたいなものが院内で対応できなければ、次のステップとしてはこういうところがありますというような形でうまく紹介され、そしてつながっていくような体制構築が重要なのではないかと思います。
そして、これも先ほどの日本医師会さんのお話の中で出てきました、事故原因の調査との関連で、これも非常に重要なポイントだと思います。それが今後、どういう形で形成され、つくられていくのかということは別の協議会等でも検討されていらっしゃるようです。
ここで1点だけ申し上げたい点は、やはり原因究明がどういう目的で行われていくのかということがADRとの関係においては一つ明確にしておくべき点だと思います。つまり原因究明というのは、例えば民事責任の追及ということにもつながっていく。それは場合によったら刑事責任との関係も問題になる。あるいは原因究明というのは医療の進歩のため、再発防止というような観点での意味も非常にあると思いますし、患者・家族にしてみますと、真相究明の一つの大きな柱、手がかりになるという、ここでもそういったさまざまなニーズや必要があるわけですが、やはり医療ADRとの関係において原因究明というものの持つ意味や役割をしっかり見据えていく必要がある。
そして、その前提としては、やはり基本的には医療者の方が自発的にどういうふうに患者・家族にそこで起こった事象を説明し、原因究明のための試み、これは事故調査のための委員会等を設けるということも勿論、それ自体は大事なわけですけれども、例えば病理検査・病理解剖等を進めるみたいなことも、それは実は原因究明の大きな意味を持っているというようなことにもなるわけで、これは医療者の在り方自体の問題ともつながってくるところだと思います。
最後にミクロの視点からということで、結局、制度をどういうような形で構築し、あるいは組織を考えたとしても、残念ながら、結局はそれに関わる人たちの意識の問題を抜きには、制度は有効に機能していかないというのが恐らくADRの持っている一つの特徴的な視点ではないか。
特に医療の場合において、先ほど言いました、現場の中での一人ひとりの医療者の方の意識の問題から出発して、そこには、「いつでも、どこでも、誰でもADR」と書いてありますけれども、つまり実際に調停やあっせんをする調停人やあっせん人だけがADRを行っているのではなくて、そこに関わる、例えば代理人であったり、そこには関わらないけれども、医療の現場において関わる直接の医療者の方、あるいは院内で相談に乗られる方、そういったような一人ひとりがADRの意識を持って、目の前の手続とか、相談なら相談の現場の中で、そういうADR的なマインドやスキルをどういうふうに生かしていくのか。
それは制度としてのADRではないですけれども、そういうものをしっかり踏まえながら、そこでのコミュニケーションの在り方等をうまく機能させていくためには、どういう工夫やどういうことが求められていくのかというようなことをしっかり認識し合い、そして、特に患者・家族の人と情報共有や説明をし、理解を得ながらやっていくことによって、実は医療事故そのもの、あるいは医療事故に伴う紛争そのものが大きく減っていくということも当然あるわけで、そういうところから出発しないと、幾ら第三者ADRの在り方を議論しても、それにはおのずと限界があるのではないかと思います。
ですから結論的には、日常診療から事故対応までトータルに、しかも現場に根ざした対応を求めていく。そこにADRのマインドやスキルをどうやって生かしていくことができるかということが非常に重要なのではないかと思っている次第です。
そういうことで最後に、ミクロの視点から手続を考えるというのは、結局、制度の設営者とか専門家の視点、医療者であったり、法専門家であったりするわけですが、そういう視点、勿論、それは実際に法的な判断をしたり、医療的な判断をするときには不可欠のものであり、それは非常に重要なものでありますけれども、一旦、それはとりあえず脇に置いておいて、まずは実際に起こった事象を利用者、患者・家族の視点からどういうふうに見据えていくのかというところから出発していくようなADRの在り方を考えていくということが大事なのではないかと思います。
少し長くなってしまいまして、申し訳ありません。
以上でございます。

○山本座長
 ありがとうございました。
それでは、最後に山田構成員の方からお話をお願いいたします。

○山田構成員
 山田でございます。
しばらく、この会に来られなかったので、ややずれたことを申し上げたら大変申し訳ないのですが、私の方からは資料4といたしまして「医療ADRの機能と構成について」というレジュメを差し上げております。今、中村先生のお話を伺いましたら、大分重なっているところがあるのではないかと存じますが、この場で適宜変えていくというような器用なことができませんので、このままお話しさせていただきたいと存じます。
私がお話し申し上げるのは、既に民間型のADRということでさまざまな制度が工夫され、実施されている。それを整理する試みにすぎません。前提として、ADRは、できる限り、それぞれが独自の発展あるいは工夫をするべきものでありまして、統一化をするという方向は余り適当ではないだろうと思います。それはADRの性質論というのもありましょうが、当事者の紛争解決に関するニーズは極めて多様であり、それに応える多様な手続を提供することこそがADRの意義であろうと考えますので、なお多様性を保つべきであろうと存じます。
医療ADRの特色として考えられること、大きな構造としては2点あろうかと思います。
1つは、医療と法律の論理のギャップです。これは,訴訟の場においても、ADRの実践の場においても出ていると思われます。
他方で、医療と法律は専門性という点では一くくりでありまして、このような専門性と患者側の論理のギャップがあろうかと思います。これは医療コミュニケーションの特殊性として研究がなされているところですが、同一の言葉を使っていても意図することが必ずしも一致しないというのが専門家と専門家でない者の論理で、—専門家でない者にも十分しっかりした論理があるわけですが—、その両者が違うということになろうかと思います。
専門性は、統合性あるいは体系性に特徴がありますが、患者側は個別的な価値観や生活規範を有していますので、専門家側から「患者は一般にこういうことを望んでいる」というふうに把握することは容易にはできないという問題があります。また、患者を個人として尊重して、オーダーメードの紛争解決を行うのがADRの意義であるといたしますと、患者あるいは個人は、裁判制度が予定してきたような、最初から合理的な判断をできるものと考えるのではなくて、理性も感情を踏まえてホリスティックな判断をしようとする存在と見るべきと思います。その意味では、強者ではありませんけれども、援助があれば自律的に判断しようとしている個人であるというふうに、まず人間像を考える必要があると思います。
したがって、各人が紛争解決に求めているものはそれぞれ違うわけで、オーダーメードの手続をつくるためには、和解の手続の前に、場合によっては医療コミュニケーションの専門家の助けを借りつつ、自由に話をする。そこで、例えば手続の在り方をどういうふうにしていきたいか。例えば説明を中心とする手続にしたいのか、それとも感情を出していく調停が望ましいのか。あるいは医療者、医療の専門家にどのような形で入ってきていただきたいのか。場合によっては、もう話し合いは不要で、いきなり専門家の評価を出してもらって、ずばりと解決に持っていきたいというニーズもあり得るかもしれません。そういったことを、手続をつくるための前段階で十分に話をするということで(これは現在、相談等の形で行われていることかもしれませんが)、今、中村先生も言われましたけれども、非常に重要なのではないかと思います。
そのようなことを前提としまして、レジュメの1~4で紛争解決機能等について若干の整理をしてみたいと思います。
医療ADRに求められる紛争解決機能としては、まず、患者側として、どのように紛争状況を整理・認知するのか、どのような解決を望んでいくのかということ自体、非法的なニーズを含めて、この手続の前の相談段階等で整理ができることが重要であろうかと思います。
次に、ADRに特徴的ですけれども、患者側が説明を求めると同時に、医療者側にも、患者側の理解や納得を求めていくというニーズがある。双方のニーズが合致するわけです。
第三に、真相の解明。勿論、裁判においても真相解明をするわけですが、裁判の法的な枠組みと患者側が求める非法的な真相解明のニーズのギャップを前提とするべきだろうと思います。
第四に、患者側が反省・謝罪を求め、その裏面として宥恕ないし受容が求められるのですが、これはまさに非法的なニーズである。しかも、対象は医療行為のみならず、事故発生後の交渉過程、初期の説明の仕方がどうであったかというようなことにまで及ぶ。そういう特殊性もあります。
第五に、勿論、紛争解決を求めていることが多いと思いますけれども、法的な解決とともに非法的な、例えば再発防止策をどうするのか、将来の紛争予防をどうするのかといったことも、この解決の中に含めることができますし、それが望まれているのだろうと思います。
最後に、ADRでは手続終了後のことを考えざるを得ません。調停ないし和解が成立するならば、その後、その紛争が再燃しない保証できるような方策を手続内でしていくことになります。手続終了後も当事者はその紛争とともに生きていくことになりますので、このような観点が必要となります。他方で、仲裁と異なり、解決ができない場合、あるいは紛争が再燃する恐れへの対応も考えておかなければいけないことになります。
そうしますと、結局は裁判手続との関係をどう整理しておくかということになるわけで、括弧内に書きましたような、時効中断の問題とか、いわゆるコンフィデンシャリティと言われる問題、つまりADRで当事者が提示した情報、手続主宰者・専門家が出してきた意見や評価の訴訟での取扱い、あるいは和解のためになされた情報等のコミュニケーションをどう扱っていくのかといったことも考えざるを得ないということになります。
そこで、2.では、以上の非法的なニーズへの応答の仕方を考えてみました。さまざまなレベルがあろうかと思います。
a)で書いたような、手続におけるいわゆる要件事実以外のものへの言及というのは大体共有されている前提かと思います。
次に、b)で書きましたように、特に患者側ですが、非法的な主張を支える理由—いわゆるニーズとかインタレストというもの—を言語化すること自体が非常に難しいと思われます。ここでも、先述のような相談、あるいは医療コミュニケーションの専門家による援助が考えられます。
さらに、ADRの特色として、紛争当事者各人の個人としての尊厳、あるいは個別事情の尊重が挙げられると思います。
同時に、医療者側としても、恐らく担当医のレベルでは、患者に対して直接説明をし、何を疑問視しているかを知りたいというニーズは強いと、少なくとも外国の文献では言われており、そのようなニーズを満たすことが必要ではないか。情報開示をきちんとしないことで紛争が激化していくおそれを避ける必要があろうかと思います。
もう少し理論的なレベルでは、このd)のところですが、手続実施者は事実の見方が複数あり得ることを容認すると同時に、それを言語化する工夫が要ると思います。当事者間及び手続実施者は、お互い、経験則や認識枠組みが異なるわけです。そういった人々が共同作業をするのですから、一つに突き詰めることの困難を前提とするべきと思います。
ここで、これも先ほど中村先生が言われたことですけれども、法的な専門性、あるいは医療的な専門性による一つの解は、最後の手段と思います。そこまではぎりぎり、なるべく専門性を出さないといいますか、これ自体は一種の専門性、つまり紛争解決、あるいはコミュニケーションを促進するための一種の専門性であろうと思いますが、そういう専門性の助けを借りて、事実として何を、どのような事実を解明することが望まれているのかということをぎりぎりまで考えていくという努力が必要になるのかなと思います。
2ページ目にまいりますが、d)で述べたことは、e)の厚みのあるコミュニケーションの実施、あるいはミスコミュニケーションの明確化にもつながってきます。この辺りは外国の文献によるので、日本で完全に同じかはわからないのですけれども、医療関係は、基本的には医療従事者と患者側との間に肯定的な関係性がある。医療者側が故意で紛争を起こすケースはまれですし、悪質な証拠の改ざん等も極めてまれなので、交渉のための最小限の信頼関係を回復する可能性というのは、本来、他の不法行為に比べれば高かったはずである。
しかも、一回的な不法行為とは異なって、出来事の連鎖の中で、医療行為の連鎖の中で紛争が構成されていくものですので、例えば事実関係の説明をするといたしましても、どこがどのように知りたいのか、どの視点から知りたいのかといった解きほぐしがなければ、いかに何遍も丁寧に説明をしたつもりでもピント外れとなってしまうというおそれがあるんだろうと思います。
ここに例として挙げましたのは、これは岡山弁護士会でなさったシンポジウムで紹介されたと記憶しているものですけれども、手術までは比較的医療者側が見てくれていたんですが、手術後には訪室が檄減した。
患者の方としては見捨てられた感があったところ、たまたま、その後に悪い結果が出てしまったときには、そもそも手術が失敗したことが分かっていて自分を避けたのではないかというふうに不信感が高まってしまう。しかし、実際は、医療者側は手術が成功したと思っていたからこそ訪室が減っていたといった例が挙げられていました。このような感情に起因する不信感もあろうかと思います。
医療者側のポテンシャルな説明能力は、本来、相対的に高いはずです。ただ、専門的な経験則を共有していない患者側に対する医療コミュニケーションは特殊です。また、医療者は一般的な説明や、統計的な説明はよくなさるのですが、個別の当事者に対する説明というものはやや異質であり、そこにもコミュニケーションの特殊性が現れてくる。
そこで手続実施者としては、両当事者の価値観を尊重しながらニーズを析出していくことが必要になってきます。
ところで、このような非法的なニーズと法的なニーズの接合をどのように行うべきなのか。1つ考えられるのは、複数の手続メニューを用意して、それぞれの関係を調整するということですが、そこでどのような留意を要するか。
「3.手続に求められる特性」では、手続の柔軟性のほか、移行可能性を一つの特色としています。
例えば、同じく和解あっせんと言いましても、さまざまなものがあります。よく言われるモデルは、裁判準拠型と交渉促進型ですけれども、後者も、例えば感情を吐露することで互いの融和を図るものもあれば、両当事者同席の上で、弁護士による情報交換によって解決をしていくタイプもあろうかと思います。同席か別席かの選択も組み合せると、多くのバリエーションがあり得る。更に中立的な評価を活用することも、話が暗礁に乗り上げたとき、あるいはニーズに応じて、考えられてしかるべきと思います。
また、手続に求められる特性としては、当事者、とりわけ患者側の負担軽減を考える必要があり、これも中村先生のお話にも出てまいりましたが、病院内の苦情相談からADRへの連携ということを考える。紛争ないしもめごとが起こったら、なるべくすぐに紛争解決の場をつくる。それから、専門家を探すということのコストだけでも大変なことなので、ここでもADRによって適切な専門家を紹介するだけでも大きな役割があると思います。
このようなニーズと特性を踏まえた手続メニューを考えるということになろうかと思います。したがいまして、この「4.手続メニュー」のc)が和解仲介、いわゆる和解あっせんの場面ですが、その前の段階として、例えば相談・調整の場面。各当事者の紛争のとらえ方やニーズをきちんと言語化していくというような場面とか、あるいは手続の説明や理解を援助するためのコミュニケーターの援助といったようなことも考えられようかと思います。
他方で、和解仲介以下ですが、今、言いましたように、例えばニーズに応じては中立的な評価であるとか、3ページの○1に書きましたのはMed-arbと言われるものですが、例えば調停が不調に終わった場合に仲裁判断を下すというようなもの、あるいは「非拘束的仲裁」と書いておりますが、一種の調停案を出して、例えば患者側はそれを拒否できるが医療者側は拒否できないといった仕組みをつくる、更には、部分的な仲裁鑑定のようなことを考えるというような、評価的なものとの有機的な組み合わせというものも考えられようかと思います。
更に5.で、それでは、どういう人が手続主宰者・実施者に適切なのかということです。
ここで問題となりますのは、専門性ということの怖さであります。一般には、訴訟は強制的な権力性のあるもので、ADRは自発性に基づく非強制的なものということになります。しかし、例えば法の専門家、医療の専門家による専門性は、一種の権力、パワーです。訴訟の場では、その権力性は見えやすいですし、手続によってそれがコントロールされているわけですけれども、ADRでは、むしろそれは自由に使えるということにもなる。例えば自発的に当事者が動いているというふうに考えたとしても、手続主宰者がうまく誘導している場合があり得るわけでして、一種の権力性は否定できないわけです。
そうしますと、実は真の自律的な参加をしていただくことは非常に難しくて、どこかに正解があるわけではないようにも思えますけれども、今まで申し上げてきたコミュニケーションの専門家の援助を得るということに加えて、専門性を、専門的な判断を目に見える形にしていくことがあり得ようかと思います。
これを前提に、これまで伺いましたADRでは、医療専門家の関与の仕方は3つのタイプがあったように思います。
1つは、手続実施者の中には一人も医療専門家が入らないというパターンです。東京三弁護士会がもともとやっておられたパターンだと思います。
第2のパターンとしては、いわゆる専門委員的な関わり方をするというもの。
第3には、手続実施者の中に医療専門家が入るというパターンであります。
そうしますと、この3つのうち、最後に申し上げたものは、医療の専門性を直接に生かせるやり方ではありますけれども、他方で専門性が調停実施における裁量性の中に包み込まれてしまって、患者側からしますと、あるいは非専門家からしますと、どこからどこまでが調停成立を目指した裁量の問題で、どこからどこまでが専門的な判断なのかが見えにくくなるということがあろうかと思います。
しかし、それでは専門家を全く入れなくてもよいかといいますと、実質的には十分な場合も大いにあり得るとは思いますけれども、他方で医療側からしますと、外形的な信頼性構築の点で難しいかもしれないと思います。この点はもう少し詳細な分析が要るわけですが、いずれにしても、このような専門性のもつパワーと怖さはあろうかと思うわけです。
レジュメに書きましたのは、したがって、仮にどういう形で専門家が入るにしても、あるいは今、医療者の方を言いましたけれども、勿論、法律家も専門性のパワーを持っているわけですから、その論理を変えていく必要性があると思います。例えば弁護士に関しては、裁判手続におけるような党派的な倫理とは異なる倫理が必要になってくると思われます。ADR法が予定している専門性、手続実施者の専門性の中には紛争解決の専門性というものがあるわけですが、まさにそういう専門性を備えていく必要性があるのかなと思います。
最後に、「6.医療ADRのシステム化」というふうに書きました。仮に対話型のADRを採用したとしても、そこで真摯な話し合いがなされるかは、病院側の経営方針の問題であったり、顧問弁護士の助言に大分影響される可能性があります。また、ADRの結果がきちんと医療者にフィードバックされて、将来に影響し得るのかについても、これもまたADRを含めた医療の安全のためのシステム全体の問題であります。また、先ほどちょっと言いましたように、顧問弁護士の倫理そのものも考える必要性があろうかと思います。
そこで、これもまた先ほど御紹介がありましたが、医療機関内の相談ないし苦情の取扱いのシステムと、外部のADRとの有機的な連携、そして、ADRから今度は病院、医療者へのフィードバックをきちんと行っていく。それをシステムとして考える必要があります。
本文の最後にISO10002、ISO10003と書いておりますが、これは日本では現在JISQ10002、JISQ10003になっておりますけれども、ISO10002というのは、例えば病院なら病院内での苦情処理の在り方についての国際規格であります。それから、ISO10003は、病院であればその医療サービスについてもめごとが生じ、苦情処理では足りずに外部のADRに委ねるときの国際規格でありまして、これらの規格はまさに、苦情からADRまでいかに連携をし、どういう場合にADRに依頼すべきかも含めてさまざまな規格を置いておりますので、参考にしていただいて、システム全体の高度化を図っていくことを申し上げたいと存じます。
私からは以上です。

○山本座長
 ありがとうございました。
それでは、本日予定されておりました御報告は以上でございますので、これから今の御説明等についての御質問あるいは御意見、何でも結構ですし、また、前回はちょっと時間が足りなくて討論の時間を設けることができなかったと思いますので、前回の御発表等についての御質問・御意見等でも結構ですので、御自由に御議論いただければと存じます。
水田構成員、どうぞ。

○水田構成員
 済みません、ちょっと細かい補足なんですが、山田先生のレジュメの中で、岡山弁護士会の医療ADRシンポジウムで紹介された患者側の主張ということで、注でvのところがあるんですけれども、これは恐らく模擬仲裁のときの患者側の主張だと思いますので、現実にあった事案ではなくて、本来現実にあった事案をもとに若干脚本をつくった中での主張ということで、その点だけ補足させてください。

○山本座長
 ありがとうございました。
それでは、ほかにいかがでしょうか。
どうぞ。

○宮脇構成員
 医療過誤原告の会の宮脇です。今日いろいろ整理してお話しいただき、特に日本医師会から、医療事故調査制度創設の提言が出され、それから、ADR推進のご説明もあり、とても元気付けられる思いです。
それで最近、私の方に医療被害相談が寄せられた例ですが、大学系の病院で循環器のオペをして、直後に、呼吸状態が悪いということで気管切開をやり、病状が安定して元気になってきたので退院する前に、気管切開の位置を変える手術を行ったところ、術後の吸痰トラブルで意識不明の寝たきり状態になってしまった。この事態について病院は、ミスはありませんと繰り返すだけで、さらに循環器系病院を理由にリハビリ病院への転院を強く迫るため、ご家族は病院がミスを隠すためにこのような対応をしていると感じ、大変苦しんでおられます。 大学病院で退院を前に、ご家族が予期しない重大な事態に急になってしまった患者さんに、丁寧な説明や対応をやっていただけないケースが起こっているとしたら、極めて残念です。
もう一件、会社の健康診断で、肝臓の異常値が見つかり精査となり、いつもかかっているクリニックでエコーの検査をやって問題なしと診断され、それから3か月経ってもう一度エコーで診てもらって、その時も問題なし。そして、半年後に大学病院のエコー検査で、いきなり9cmの腫瘍で末期がんだと診断された。ご本人とご家族は、エコー検査の見落としではないかと、クリニックの主治医に説明を求めたんですが、主治医は3か月前も6か月前もエコー検査をやってないと否定した。それで、カルテ開示をしたところ、エコーの検査記録は無かった。ご本人はクリニックの主治医に強い不信感を持ったまま、間もなく亡くなられたそうです。ご家族は、亡くなったのは残念だけれども、主治医がエコー検査結果を隠さず、見落としたと正直に話してくれれば、これほど苦しみ続けることはないのにと、無念の思いをかかえたまま、これからどうするか模索しています。
一方、裁判ではどうかといいますと、平成22年度では原告の勝訴率は20%ぐらいまで落ちて、患者にとっては非常に厳しく、法的な救済手段もあまり期待できず、今、袋小路になってしまった感じです。
そういう点で、医療ADRで実際に信頼関係を持って話し合える文化といいますか、それぞれの機関で課題はあるでしょうが、是非、推進していただきたい。
今日の会議で、日本医師会が全国的に医療安全を文化にしようという方針を出されたということですので、早急に具体化を、お願いしたいと思っているところです。
さて、先ほど中村先生のお話で、ADRの申立て以前の整理の問題というお話がありましたが、全体としてわかりやすい内容でした。
特に医療側にとって、院内の整備の問題であるとか、相談体制の確立など、具体的改善の手だてをお話しされましたが、実は患者といいますか、一旦被害に遭った方が、病院と話すときにうまくいかない問題があります。 本人やご家族は、病院で予期せずに死亡や重篤な事態となって場合、非常に感情が混乱したり、思考が働かなくなったりしてしまいます。 そんな時に、病院の説明を聞いたり、話し合う場合に、問題点を整理したり、思いを受け止める援助が必要です。
弁護士さんも一定の役割を果たしてはいるんですけれども、そういう非常に家族全体が一気に悲惨な状況に陥ったところを丸ごと受け止めて相談できるような、そういう整理といいますか、そういう体制も必要ではないかと思います。
特に紛争になるかもしれないときは、相談が患者団体に依拠するだけではなくて、むしろ公的なところで、そういう体制といいますか、ADR等の申立て以前にそういう整理や援助ができると、申立て段階でも、ある程度、医療側と落ち着いて話がしていけるという形になるのではないかと思うんです。
いろいろ申しましたけれども、そういう点で、患者側に対しての援助なり具体的な整備の提案とか感じているところがございましたらお願いしたいと思います。

○山本座長
 ありがとうございました。
中村先生、コメントがもしあればお願いします。

○中村構成員
 最後に御指摘がありましたように、病院側の相談体制の整備というのは病院側の問題であるわけですが、今、お話がありましたように、いきなり患者・家族の方が、まだ自分たちの問題自体を自分たちの中で整理できない状況にいるときに、直接的にその病院の相談に直ちに行けるのか。その前の段階でやはり、今、お話になられた、丸ごと受け止めてもらえるような場というものがあるというのは、私もすごく必要性を感じています。
ただ、そういうものが具体的にどういう形で実現可能なのか。今は被害者団体等がそういう機能を併せて果たしていらっしゃるようにも思えますけれども、本来は弁護士もまたそういう役割の一部を担わなければいけないとは思いますが、やはり弁護士の場合はどうしても法的な観点からそのケースを見るということ、あるいはその調査をしてみようというような形でとらえるということが多いので、その前の段階、先ほど山田先生が言われたように、医療の専門性や法の専門性よりもうちょっと前の段階で関わる人たちの養成といいますか、そういう団体といいますか、そういうものをこれからどういうふうに育てていくのかということが一つの大きな課題ではあるように思います。
そして、そういうものを介して、また医療者との間をつないでいく、あるいは直接、そこと話をしていくことを通じて、自分で問題が整理できて、今度は医療者に直接向き合うことができるというふうな、いろんな形での、場面場面での対応ということがこれから求められていくと思いますし、さまざまなニーズや多様な在り方があると思いますので、そういういろんなニーズに応えられるような、多様なシステムが求められていくように思います。
余り答えになっていなくて、申し訳ありません。

○山本座長
 どうぞ。

○宮脇構成員
 もう一点あるんですけれども、高杉先生のところなんですが、日本医師会の中で今回こういう形で提案されたということは、実際の事故が起こったときに、積極的に情報開示しながら説明することで相互理解が図られ、紛争まで至らずに解決出来ている病院が、以前に比べて広がっているということでしょうか。
一部で、情報開示すると訴訟が激増するかのような意見が、インターネット等でまだ流され続けているものですから、積極的に情報開示している実例をどしどし紹介していただくことが必要だと思います。
ある病院グループでは、事故が起こった時に、まず責任謝罪の前に共感表明謝罪を積極的に行って、それから責任謝罪もやりやすくなり、その実践が広がっている中で、訴訟がほとんど激減してきたという話を伺っています。 事故が起こったときこそ、病院側から積極的に情報公開を図ることで、被害者と相互理解が深められ、その結果、裁判等の紛争にまで至るケースが減少していく。
日本医師会の方で、積極的実例を御紹介いただいて、全国の病院長や医療機関の責任者の方がそれぞれの事業所で情報開示による、医療安全文化の推進をしっかり広げていっていただけるよう、期待しています。

○高杉構成員
 今日初めて、このADRの委員会に参加させていただいたんですけれども、むしろもっと早く声をかけていただけるかなと期待しておりました。
当然、いろんなことも要求されるんだろうと思っていますが、先ほど、いわゆる苦情相談、こんなことがあったんだけれどもどうなんだろうというのは、各地区医師会、県医師会、あるいは県に医療相談窓口というものができています。その相談窓口の方々は、いろんな研修を受けながら、連絡をしながら、どういう事情があったんだという調査もされます。そこの情報は各地区医師会にも入ってまいります。ピアレビューも当然必要ですし、我々はその情報を共有しながら苦情の中身を分析して対処していくというようなことは、各地区医師会、各県でやっています。
それがもっと有機的になればいいんですけれども、それでは起こってしまった後、どうなるかということですが、病院の事故があった場合には、これは今、医療機能評価機構に事例はずっと集積されて、それを情報共有して、同じようなことを起こさないようにという仕組みで、病院の機能評価で集積があります。ですから、ごらんになったらそれは見えると思います。ただ、匿名化されていますから、細かいことはわからないかもしれません。それから病院によっては、自分の病院でこういうことがあると言って公開している病院も既にあります。ですから、その辺は地区といろいろと温度差はありますけれども、患者さんが求めることをできるだけ公開しようというような方向で医療は動きつつあります。
したがって、10年前、20年前とは各病院ともに違いますから、その辺で我々の取組みは逆に、今回の提案はとにかく事故を起こさぬように、とにかく安全を高めようというのがまず大きな目標ですけれども、もし起こったときにはきちんと説明するような、それもできるだけ早く、院内の事故調査委員会段階で御理解いただければ訴訟になることはないですし、なぜ起こったかということが説明できればそれが一番いいだろう。それが即、患者さんの一番の願いである。この次に同じような目に遭わせないという防止につながるんだろう。そういうことはこれから積極的にやろうではないかということで、この答申はでき上がっております。

○山本座長
 よろしいでしょうか。
佐々木構成員、どうぞ。

○佐々木構成員
 このADRの目的というのは、裁判外紛争解決ということで、迅速に簡便にできるということで、すごくいいんですけれども、やはり代理人ではなくて当事者が自分自身の言葉で語れる場をつくるということが一番大切だと思います。そして、この目的は患者が納得すれば、このADRも目的が達せられるのではないかと思います。何も患者は、やはり起こった事実を真摯に説明していただきたい。そこに法的なものとか損害賠償というものは、初期段階には入らないわけです。患者としては、一体何が起こったのか。まずは医療者からのちゃんとした説明を聞きたいということが第一にございます。ですから、もしこのADRで弁護士のところへ申し出された場合に、そういう医療者応諾ができない場合、もう一度、院内で説明を聞いてこられる、そういったシステムをつくられたらいいのではないかと思います。
本当に私たち患者サイドといたしましては、医療者からの誠実な説明、そして、もしそこにミスがないのであれば、説明して、納得できて、そこにミスがなかったということが払拭できるわけですね。そして、そこでもし亡くなっている場合でしたら共感表明ですね。そういったものも大切だと思います。そして、もし本当にミスがあるのであれば、しっかりと説明し、責任承認、それは認められて謝罪していただきたい。私たちはそれを受け入れることができるわけです。そして、再発防止、原因究明、そういったものに努力していただければ納得できるのではないかと思います。

○山本座長
 ありがとうございました。
ほかにいかがでしょうか。
小松構成員、どうぞ。

○小松構成員
 今のお話なんですけれども、やはり私たちは申立人、患者さん側が多いんですが、その申し立てた方にアンケートを取ったんです。それで、そのときに不満というのは、やはり当事者が出てこなかったというのが非常に不満で、私たちは基本的に当事者、あるいは上司、院長、そのうちのだれかが出てくれるようにして、ほとんどそれでやっているんですけれども、やはり当事者が出てこなかったという訴えもあります。それと、希望的多かったのは、あっせん人と申立人、医療側と三者で話し合いたかったという希望が多かったです。それは医療側もそうでありますし、患者側もそうなんです。
ただ、問題なのは、私たち委員が中立の立場で話しているんですけれども、その医療行為に、これは医療行為は間違えていないんですが、悪いことはないんですという説明をしても、これは申立人の方では医師サイドに立ってやっている、中立ではないという意見が出てしまう。この点が、今、非常に反省しているところなんですけれども、やはり当事者としては自分の持っている意見と違うことを言われたら、特に医療機関ですから、損害を受けているわけですから、相手側に味方しているのではないかととってしまう。事実、そういうことはあるんです。そういうことが多いんです。中立ではないという意見が非常に多い。ですから、その点がこちらの方でもそこのところを慎重にやらなければいけないんですけれども、全面的に医療機関が悪いと言っても、それはないかなと思ったんです。
あと、医事紛争処理委員会というものがあって、有責、無責を決める委員会でやっても、無責になった場合は、それは医者寄りだというふうになってしまう。6割が有責になるんですけれども、それに対して医療機関側の方に味方しているととるんです。これは私がその立場となれば、やはりそうかと思うんですけれども、その辺のところを、今後どういうふうにやっていけばいいのかなというふうに反省しています。
先ほど中村先生が指摘されたように、事例を検討する。私は年に3回、全員が集まってすべての事例を、どうしてこういう結果になったかということを検討するんです。特に不調に終わった例を検討するんですけれども、まだまだ本当に大変です。いつまで行っても、これで大丈夫ということがないのではないかと思っております。
以上です。

○山本座長
 なかなか根源的な問題だと思います。
中村先生、山田先生、今の点で何かコメントはございますか。

○山本座長
 なかなか中立に見てくれないというのは、ほかのADRでも、業界団体が運営しているようなADR、金融のADRなどは一つ典型なものとしてありますけれども、どうしても、申立人の側にとって不利なような結論が出ると、その中立性がどうかということはどうしても疑われるという面があるということかもしれません。

○小松構成員
 自然だと思いますけれども、できる限り理解していただけるような、技術的なものとか、そういうことを磨いていかなければいけないのかなと思っております。そのために努力していきたいとは思っております。

○山本座長
 どうぞ。

○中村構成員
 済みません、1点、逆に小松先生に御質問ですが、その中立性との関係で、その後、やはり医師会関与型といいますか、茨城の場合のあっせん人の構成等にかなり影響されているというふうな御理解なんでしょうか。

○小松構成員
 そういうふうには思っていないんですけれども、申立人の方で、医師が入っていてよかったという意見もあるんですよ。ですから、やはり事案によるのかなという感じはいたします。専門的な話を聞けてよかった、わかったという人もいるんです。ただ、数から言いますと、不調に陥った人たちの場合は、やはり不満の方が多いということです。
それから、よくわからないところはありますけれども、合意に達した人でもやはりそういう不満は、医師寄りだという不満はあるんです。そういうつもりではないんですけれども、やはりそういうふうにとられがちなんでしょう。ですから、この点はやはり改善しなければいけないと思っております。

○山本座長
 渡部先生、どうぞ。

○渡部構成員
 日弁連の渡部です。
小松先生のお悩みというのは恐らく、茨城の医師会は大変うまくやられていると私はいつも思っておりまして、弁護士の方と医師の方が共同されて、結論もうまくいっているんだろうと思うんですが、それはうまくいっているからこその悩みかなという気がしまして、やはりどうしても何らかの結論でどちらか寄りになるとどちらか寄りだという見方をされる。とりわけ、医師会が運営しているところから医師寄りではないかというふうに見られるというのはありがちなことなので、適正に処理されているから出てくることかなという気は、今、いたしました。ただ悩んで、それを解消するためにどうしたらいいかというのは、やはりこれからも必要なことかなと思っております。
我々弁護士会の側はそれがありましたものですから、東京三弁護士会の試みは医療側と患者側の代理人、経験の深い方を1人ずつ付けて、どちらにも中立・公正であるというような外見が必要だろうということで、2人ないし3人の構成でやっているわけで、それはまさしくどちらか寄りではないというところを出していきたいというところから出てきていますので、先生のお悩みと共通なところがありまして、もともと弁護士会というのは患者側寄りではないかと思われているところを、やはりそうではないんだ、中立・公正なんだということを強調したいがために、そういうようなシステムをとったわけです。それは大変、小松先生の御意見は我々にも参考になる御意見です。
それから、医師会の高杉先生の取組みで、大変感銘を受けております。この動きを4月1日以降も是非とも続けていただいて、ADR促進をよろしくお願いしたいと思います。

○山本座長
 高杉先生、どうぞ。

○高杉構成員
 私、この日本医師会の仕事をする以前に地方で特別調停の委員をして、医療問題のときに、これは2人組で両方の言い分を聞きながら裁定していくわけですけれども、私は医療を知っているというだけで、何も意見を言わずに、言い分だけ聞きながら仲裁をとっていって、特別調停というのも一つの解決方法かなと思っています。
私は、特別調停が進化したものがADRなんだろう。ただ、これが医師会が主になるかどうかは別にして、医師会も中立なんだということをはっきり断言していけば、これは医療がわかる人がやはりそばにおるだけで安心する。しかし、どちらの味方をするわけではないということがわかった途端に非常に理解が増えてくるのかな。偉そうに言うようですけれども、弁護士の先生方ばかりおられるのであれですが、これは結構な解決ができる、私の地方での経験です。

○山本座長
 貴重な情報をありがとうございました。

○高杉構成員
 要するに、第三者に聞いてもらうということが非常に大切なのかなと思いました。

○山本座長
 山田さん、どうぞ。

○山田構成員
 済みません、先ほどの御質問の関係で思い出したのですが、業界型のADRでは、手続実施者の報酬や選任方法、出自なども開示することが透明性を保障する一つの在り方ではないか。
もう一つは、今、先生がおっしゃったように、すでに事例研究会をなさっているということですが、これを恒常化して、かつ外部の人に参画ないしチェックをしてもらうシステムができていることの開示も、一つの方策と思います。製造物関係のADRではそういうところがあったかなと思います。

○山本座長
 ありがとうございます。
私自身、今のいわゆるPLセンター、製造物責任の家電関係のPLセンターで運営委員会というものを設けておりまして、半年に1回ぐらい、解決した事例について御紹介していただいて、消費者側の委員とかにも入っていただいて、その解決はどうだったか。勿論、匿名の処理をしてですけれども、そういったような形で検討するというようなこともやっております。
植木先生、どうぞ。

○植木構成員
今日、高杉先生から初めて、医師会がおつくりになる医療ADRの骨子といいますか、図案づくりといいますか、デザインをお聞かせいただいたところでありますが、願わくばもう少し早目に出していただければもっとよかったのではないか、本連絡協議会の議論にもより裨益したのではないか、というふうな感じがいたしております。
そこでちょっとお聞きしたいことがあるのですが、現在、御案内のように、東京三弁護士会を中心として、あるいは全国の高等裁判所管内で11ほどの、弁護士会主導のADRというものが機能している。恐らく、ここに出席されている弁護士会出身の委員の方は、そういう人が大半だろうと推測します。そういうことからすれば、当然のことながら、弁護士会内の手続に基づいてADRを実践しておられると思います。弁護士さんの立場から実施するとき、対立する紛争の当事者を代表しつつ医療紛争の解決をどのように処理するのか、それを裁判とどのように連動的にとらえるのかということが非常に大きな問題であると思います。また、このシステムは日本弁護士会の指導の下で行われていることからすれば、そこでは定期的に会合が持たれ、常時情報を交換することになるのでしょう。
今日お示しいただきました、医師会は恐らくそれとは独立して、医師会の中で活動されることになりますから、この場合、どのような手法が効果的か、またどうすればよい方向に向かうのか、こういう観点でADRの運営を進めて行かれると思うのです。その中で今日ご紹介にありましたよう、第三者委員会をつくるとか、事故調査委員会をつくるとか、それを最後の場面でADRと連動させようというお話ですから、この主体は医師会ですから、従来型の医療紛争処理委員会等々との関連性がどうなるのかということはもう少しお聞きしないと実際にわからないわけです。いずれにせよ、医師会がADRを運用するときには当然のことながら日本医師会内で運用の方法や実施のありかたについては協議されることになると思います。
このように異なった組織が別々の主体を前提にADRを運用するわけですから、医療ADRに関する考え方が異なっていても不思議ではありません。ところがこの両方の制度の作成に携わっていらっしゃるのが実は児玉先生なんです。ですから、実は是非お聞かせいただければありがたいのですが、児玉先生が双方に主導的な役割を果たしていらっしゃるのですから、先生のご意見をぜひお聞かせいただきたいと願うわけです。先生は弁護士であり、同時にお医者さんでもあるという特殊な関係にありますから、そういう両方の役割を一手に引き受けていらっしゃると思いますので、その辺りの先生の描かれているグランドデザインみたいなものを是非一度お聞かせいただきたいと思うんですが、いかがでしょうか。

○児玉構成員
 児玉でございます。
思いもよらぬことでございまして、この10年、本当に医療界も法曹界も、10年前の状況を思い出すと、これほど変わるのかと思うほど、裁判所の在り方も、また、病院・医療機関、医療界の在り方も変わってきたところで、それを動かしてきたドライビングフォースは、勿論、私などのような者ではなく、先ほど中村先生のお言葉の中にありました、利用者主権というものがドライビングフォースになって、その制度をこれからも動かしていくんだろうと個人的には信じております。
以上でございます。

○山本座長
 ありがとうございました。
またいずれ、児玉先生からそのグランドデザインのお話をいただければと思います。
ほかにいかがでしょうか。
小野寺さん、どうぞ。

○小野寺構成員
 仙台の小野寺です。
山田先生のレジュメの3ページに、「5.手続主宰者に必要とされる新たな専門性」ということで、法曹資格者は裁判手続における党派的・裁断的役割とは異質な倫理が必要という御指摘がありました。それから、中村先生のレジュメの3ページの方に、あっせん人の意識の変容の必要性ということで、法専門性や医療専門性からする先入見から、一旦は離れてみるという御指摘があったんです。
仙台では、仲裁人の質というのは何なんだろうというふうにいろいろ検討してきたんですが、弁護士と依頼者との関係の中にその質が潜んでいるのではないか。私たちは裁判所の説得が半分、それから、依頼者に対する説得・納得が半分ぐらい、ウェートとしてはそんな感じですね。特に交渉事件などでは、いかに自分の依頼者にこれでいいんだというふうに思ってもらうかということに我々は本当に苦労しているわけで、依頼者と弁護士との日常のまさに苦労の積み重ねの中に仲裁人の質が埋まっているのではなかろうかということで、一つの仮説として、仲裁というのは利害が対立する2人の依頼者を同時に引き受けることである。
こういうふうな仮説で、先輩弁護士に依頼者との関係でどんな点を苦労して、どんな点に気をつけているのかということをずっとインタビューして、それを機関誌に載せてずっと流してきているんですが、これは非常に好評なんです。特に若い弁護士さんたちからは好評で、要するに今の法曹教育の中で、依頼者とどういうふうにつき合っていくのかという教育はほとんどないんです。端的な話、依頼者とすれば世間話ができるか、あるいは豊かな雑談ができるかとなりますと、手も足も出ない。例えば弁護士が依頼者と話をして、ちょっと電話があるからと言って離れたときに、目の前の依頼者と修習生なり若い弁護士が雑談ができるかといいますと、なかなかこれが難しいんです。
そんなことで、私たちとしてはむしろ、弁護士が普段から培っている依頼者との関係の中における専門性、これが仲裁の場面では大きな役割を果たしているのではないか。そういう意味では、弁護士の専門性から離れるというよりは、弁護士の仕事の半分を占めている依頼者との関係の中に潜んでいる専門性をもっと深化させて、それをどうやって仲裁人の質につなげていくかという方が実践的ではないかということでやっているので、専門性から離れるというふうに言われますと、そうではないのではないか。むしろ専門性を深めるのではないか、そんなふうに私たちは受け止めておりますので、意見として申し上げておきたいと思います。

○山本座長
 ありがとうございました。
中村先生、山田先生、コメントがあればお願いいたします。

○中村構成員
 それでは、2点コメントをさせていただきます。
依頼者との関係ということに関して、これは非常に思い出深い私の経験があるんですが、今から20年ちょっと前、1990年に私の所属しております第二東京弁護士会で仲裁センターを立ち上げました。そのとき、私は運営委員として関わっていましたが、仲裁センターを立ち上げたことに対して、日弁連等のある委員会から批判を受けました。それはなぜかといいますと、弁護士というのは一方当事者の代理人になって相手方と闘うことが役割であって、それを中立的な関係調整という形で関わる、つまりあっせん人とか調停人ですね。そういう関与の仕方というのは闘う意欲を失わせるものではないかというふうな御批判をいただきました。
多分、今は余りそういうことを言う方はいらっしゃらないように思うんですが、やはり一方当事者の代理人として関わるという部分と、あっせん人のように、先ほど中立性というお話が出ましたが、両方の当事者の間に入って関わるということとは、やはり役割としてかなり大きな違いがあるのではないかというふうに、これは私自身のあっせん人としてのいろんなADRでの経験から思っています。
そして、確かに弁護士としていろいろ培ってきた経験がそういう場において生きていくことそのものを否定するつもりはないんですが、ただ、その中での基本的なコンセプト、それでは、どういうふうにあっせん人として関わっていったらいいのかといったときには、これはむしろ山田先生のレジュメを逆に引用させていただいて大変恐縮なんですが、非常に共感するところとして、2ページの2.のe)の○4に書いてあります。手続主宰者の触媒としての役割で、両当事者、特に患者側当事者の価値観を尊重しながらニーズを析出し、共有する。仮にあっせん人に弁護士がなるんだとしたら、この役割こそがまさに弁護士としての求められている役割なのではないか。触媒ということは、要するに自分自身が変化するのではなくて、むしろ両当事者が持っている問題解決能力をいかに引き出していくかということにあっせん人としては力を注いでいく。
そのために、実は法専門性というものは、先ほど山田先生が権力性というような形で、パワーだとおっしゃいましたが、私もそういうふうに思いますけれども、やはり知らず知らずのうちに、そのパワーが当事者に影響を与えてしまって、解決能力を引き出すことの妨げになってしまうことがあるのではないか。ですから、私は棚上げというのは、とりあえず一旦、それは脇に置いておいて、まずは目の前の患者・家族の方の語りから、あるいは実際に起こった事実から出発する。そしてその中で、どこかの局面で、それは法専門家であったり、医療専門家であるわけですから、どこかでそういうものを示していくことが必要な局面があるんだと思いますけれども、その示し方、タイミングを誤ると、実は中立的と評価されないということの動機になってしまうというふうなこともあるのではないか。
ですから、やはりそういった意味で、非常に自らの権力性、法専門性であり、医療専門性であっても、そのことに対していかに謙抑的でいられるか、あるいは自覚していられるか。自分自身がそういうものを示してしまっていないかどうかということを、特に手続の当初の段階、あるいはそのプロセスの中において常に意識しながら、しかし法専門家として、医療の専門家として手続に関わるときに、どこかでそれが果たす役割というものがあるんだというふうなタイミングはうまくとらえて、そういうものを示していくということの必要がある場面ではやる。そういうものをうまく使い分けていかないと、多分当事者の、特に患者・家族の方の御理解や御納得というところからは離れてしまうのではないか。
そういう意味で、弁護士なり医療者なりの在り方自体をもう一回考え直してみる、それが反省的な実践ということだと思いますが、そういうことは必要なことではないか。これは私の個人的な意見として申し上げさせていただければと思います。
以上です。

○山本座長
 ありがとうございました。
どうぞ。

○山田構成員
 余り付け加えることはないのですが、ただ私も、これも仙台の弁護士会でのシンポジウムでも申し上げたことがあるような気がしますけれども、やはり党派的な弁論をするというのは本質のように思います。むしろ日本の弁護士の実務は、アメリカのような極端な党派的なものではなくて、例えば裁判所の調停において、第2の調停人のように当事者を説得するというようなこと、そういった側面すらあるような気がしているのですが、それはやはり、やや本質的ではないのではないかと思います。その意味で、一方で党派的な弁論という核がある。
他方で、公平の観点とか中立性の観点ないし実務的感覚は弁護士さんの業務でしか培えないものと思っていますが、それを前提とした上で、(これは今、中村先生が言われたことと重なりますが)当事者の紛争解決を引き出していく技術というのは、説得とはまた少し違うのではないかと思っております。そういう意味で、新しい専門性という言葉を使ってみたところです。

○山本座長
 弁護士の弁護士論といいますか、かなり奥深い議論になっておりますけれども、高杉先生どうぞ。

○高杉構成員
 植木先生に非常に評価をいただいたんですけれども、私たちはこれからの医療の提供の仕方というのは、やはり一歩踏み込まなければいけないと思っています。といいますのは、結局、患者さんたちが納得しないでこの紛争が起こるわけですから、逆に言いましたら、今、医師会の各県それぞれで差があるんですが、いわゆるこの処理組織はありますけれども、それで届かない、必ずしも患者さんたちに敷居が低くない、そういう意味では、このADR、弁護士さんたちがやるのも大切なんだろう。
私は、裁判で争うのが一番不幸なやり方だと思っていますので、何らかの話し合いの手段がやはりある。それが人間の知恵だろうと思いますし、そういう意味で今日、私がここへ出させていただいて、このADRの在り方というのは我々も大いに取り入れたいですし、これからの医療の在り方としてはそうあるべきで、その前に苦情をどのように処理していくか、あるいはその前に安全をどのように保っていくかということで、これらが全部逆回りに回っていく、どちらから回ってもいいんでしょうけれども、そういう意味で、私は児玉先生にずっとおつき合いしていますけれども、両方の味方であってほしいなと思います。

○山本座長
 ありがとうございました。
植木先生、どうぞ。

○植木構成員
 ちょっとそれるかもしれませんけれども、実は私も前回の最後のところでそういうことを少し申し上げたことがありました。要するに日弁連傘下にこういうADRができれば、日弁連は恐らく日弁連自体で協議会をこれから継続的に開催されるはずだと思うんです。それから、これから将来、医師会がどういうモデルでおつくりになるのかわかりませんけれども、それが発足するとすれば、それは日本医師会の中でまた協議会を立ち上げて、お互いに連絡を密に取り合うということをされるはずだと思うんです。そういう意味では、それぞれの連絡協議会がそれぞれの立場でやられるのは、私は当然のことだと思うのです。
問題は、これは非常に差し出がましいかもしれませんけれども、厚労省が医療政策を推進する際に、どういう立場で、どういうようなグランドデザインをつくって、医療ADRをつくられるのかということも本気で検討していただきたいというのが私の意図であります。それは日弁連や日医の案とも異なってよいはずですし、国民にとって最適の案を模索して欲しいものです。その意味ではここでの仕事は単なる連絡協議以上のものでなければならいと思っています。

○山本座長
 どうぞ。

○前田構成員
 全国有床診療所連絡協議会の前田です。
前回のときに発表させていただいて、私の力不足で、皆さんにお答えをはっきり出せなかった点で、今日、高杉先生がお見えになりましたので、ちょっと御本人に御確認したいんですが、非常に生々しい問題ではございますけれども、日本医師会の医師賠償責任保険とADRとの関係を、今、かなりあいまいな状況で、県によっては適用していただける、県によっては適用していただけないところがございますが、それを是非統一する方向で、先ほどの提言を読ませていただきますと、多分そうなっていくんだろうと思いますけれども、是非よろしくお願いしたいと思います。

○高杉構成員
 医師賠償責任保険制度というものは、会がお金を積み立てて、こういう事故に対して補償していく。各県で即決するのは100万円以下、それ以上になりますと日本医師会の方の委員会で判定してまいります。これは公平・公正にやられているわけですけれども、それを受けるためには、やはりここに申告しなければいけない、あるいはOKをとらなければいけない。当然、連動するものだと私は思っております。

○山本座長
 ありがとうございました。
ほかにいかがでしょうか。
それでは、植木先生どうぞ。

○植木構成員
 今の点は、実にそのとおりだと思います。千葉の場合もそういう意味で、100万円を超える部分についても日本医師会から1,000万円相当のものも出していただいたということもございます。

○山本座長
 ほかにいかがでしょうか。
どうぞ。

○高杉構成員
 それから、ちょっと誤解されたら困るんですけれども、医師会の部分もありますが、弁護士会さんが各地で、私は広島県なんですが、広島県も動いております。ですから、それはそれでうまく連動したら私はいいんだと思います。ですから、弁護士会さんがやられるものと別にやるというような意識ではございません。ただ、今まで医師会単位で動いている県内の医療事故に関する対応委員会というものは結構有機的に動いている。ただ、それにはある程度、差があります。

○山本座長
 そうですね。今の点は高杉先生の出された資料のアンケートの中でも、個々の医師会でそれぞれ少しずつ違うというところは出ているのではないかと思います。
ほかにいかがでしょうか。
小野寺先生、どうぞ。

○小野寺構成員
 これからのことなんですけれども、一通り各地の報告もしましたし、今、それをまとめての中村先生や山田先生のまとめも入ったので、私はここから先を、厚生労働省が医療ADRをどういうふうに進めていくのかという方針が示されないと、ここの場も活性化しないのではないかと思っているんです。各地の状況を聞くだけの会なのか、それとも、それを聞いた上で厚生労働省としてこういう手を打つというお考えも持っているのか、それを是非聞かせていただきたいと思うんです。

○山本座長
 それでは、事務局の方でお願いします。

○医療安全推進室長
 前回もそういったお話をいただいたのかなと思っておりますけれども、この会の趣旨としましては、何らかの結論を出すということではないつもりではおりますが、一方で私どもとしては、ADRの活用というのは患者さんと医療側との相互理解といいましょうか、安心して医療を受けることができる体制をつくっていく上での一つの重要な要素であると思っています。
今後の進め方については、後ほど少し御相談しようかと思っていたんですけれども、まだお話しいただいていない方も実は若干いらっしゃいますので、そういった方のお話をいただいてもいいのかなという部分が1つ。
それから、これまで各ADRの機関から御報告いただきましたので、そういったものを、ある程度、一覧表のような形で集積をして、実績とか特徴とか、そういったものを見ていただけるような形にしてはどうかなと思っております。
そういうものを踏まえて、何がいい、悪いというのはその中で申し上げることではないと思いますけれども、いろいろな差があるというふうに存じておりますので、そういったものを御認識いただいて、それぞれの皆様方の方向性というものを、それを踏まえて考えていただいてはどうかな、今のところはこんなふうに思っております。

○山本座長
 どうぞ。

○小野寺構成員
 認識という点では、毎回、私どもは参加して話を聞いていますから、どこにどういう対立点があってというのは大体わかっているんですよ。ですから、ここから先、国として、このADRをこんなふうに進めていきたいという、何か方向性がないと、これから何をやっていったらいいのかというのがわからないんですよ。何か方針みたいなものを次回に示すというのは難しいんでしょうか。

○山本座長
 どうぞ。

○渡部構成員
 小野寺先生の言うことはわかるんですが、何か結論を出すというほど議論が熟しているものでもないと思いまして、ここでの在り方というのは、医療紛争において、医療ADRのどのような形態のものが紛争解決としてうまく機能しているのかということをお互いに知らせ合ったということは実績として意味があることだったと思うんです。それで形態としては、今まで出てきているのは、弁護士会の医療ADRと、それから医師会の中の、小松先生がやっている茨城県医師会の典型的なものとしてやっているものがうまく機能しているのではないかと私は思っているんです。
ですから、それがどういうふうに、これからこういった医療紛争の中で医療ADRがどう発展していくのかというのは、今の段階で厚労省に結論を求めるのはちょっと難しいかなという気がしています。ここで実績を発表し合っていて、患者側も医療側も、あるいは医療ADR運営者側も、相互の理解が深まってきたということは非常にいいことなので、この取組みがあること自体が割合と医療ADRを発展させる意味で重要なのかなと私は今まで思っておりました。

○小野寺構成員
 そのことは全然否定するつもりもありませんし、私も非常に今までの議論というのは有益だったと思うんですが、一通りやったのではないかと思うんです。
それでは、先生はこれからどういうふうに日弁連として進めていったらいいとお考えですか。

○渡部構成員
 ですから日弁連としては、これがなくても弁護士会の医療ADRについては毎月ないし3か月に1度、医療ADR特別部会で連絡をしていますね。それは言わば、我々内部の弁護士会ADRとしての医療ADRについての連絡を密にして、その中で発展していくというものである。これに対して、この連絡調整会議は、要するにそれ以外の医療ADRも含めて連絡し、または医療機関あるいは患者側の方々と意見を交換しながら、このADRという分野において、医療ADRと特化した分野において、どういうふうに発展させていけるのかという意味で、大変プレゼンスがあるものですから、しばらく続けていった方がいいかなと思っているんです。
ですから、それはどういうやり方かはわかりません。しかし、今までの実績発表のようなものを繰り返していくのか、今までのものをまとめていくのか、あるいは発表していない方に発表していただくのか、いろいろあり得ると思いますが、いましばらく続けた方がいいかなとは思っております。

○山本座長
 私自身の認識をお話しさせていただきたいと思いますけれども、小野寺先生は一通り回って、ほぼ議論は尽きたのではないかという、確かにそういう面もあるとは思うんですが、1つは、まだ報告されていない、本日御欠席ですけれども、例えば和田先生とか、ほかにもいらっしゃるかもしれませんが、御意見をまとめてお話しいただく機会があった方がいいかなということは思うのが1つ。
それから、今まではそれぞれ1回で3人あるいは4人の方から御報告をいただいて、その後、議論をするという、今日のようなスタイルだったわけですけれども、それぞれの御報告について、かなりアドホックな形で議論がされていたような印象を持って、もう少し深められる余地というのは私もあるように思います。例えば今日でも、医療専門家をどのように関与していただくかという点について、山田さんの方から今まで3つの類型があったというようなお話がありましたが、その類型がそれぞれどういう意味を持って、どういうメリットがあり、どういうデメリットがあるかというような、やや深めた検討というのは必ずしも十分に行われていたようには思われません。前回、たしか児玉先生からそれに近い趣旨のお話があったのではないかと思いますけれども、厚生労働省の見解云々の前に、やはりもう少し、この会合においても問題を深めて、もう少し議論をした方がよいのではないかと思われる部分はやはりあるような印象を私自身としては持っております。

○小野寺構成員
 別に、ここでやめた方がいいということを言っているわけでは何でもないんですが、ここから先、次のステップをどういうふうに踏んでいくのかという方向性をどこからか示してもらわないと、集まる意味が半減するのではないかということを言いたいので、やめなくてもいいと思います。私も来ますけれども、更にもう一歩、前に進むために、ここでどんな議論を闘わすべきかということをもうちょっと詰めた上で集めていただけないかということを申し上げたいんです。

○山本座長
 その御趣旨は大変よく理解できました。少なくとも、本日は高杉先生に新たに御参加いただいて、私の認識では、議論のあれとしてはかなり大きく前進したのかなという印象を持って、また、本日の議論も非常に有意義な議論ができたのではないかという認識を持っておりますので、今の小野寺先生の御発言の趣旨も踏まえて、次回以降、どういう形でこの会合を持てばいいかということは更に厚生労働省の事務局の方とも詰めたいと思います。
橋場先生、どうぞ。

○橋場構成員
札幌弁護士会紛争解決センターの橋場です。
高杉先生、今日はどうもありがとうございました。驚きすら覚えました。各地の医師会に医療事故の紛争処理委員会が設置されておりますが、ADRや医療事故を専門に扱っている弁護士からも、その中身が見えていないのが現状です。つまり、どのようなういう仕組みになっていて、手続がどのようにどういうふうに動いているのかについて理解ができていないところが多いのです。
資料2-1の提言の14頁には日医の医師賠償責任保険制度がADR的な機能を有しているという下りがありますが、今後の当連絡調整会議において、規則の開示などを含めどのように動いている制度なのかについて明らかにしていただける機会があれば、お互いの相互理解にとって有益だと感じました。

○高杉構成員
 昨年10月まで、『日本医師会雑誌』にシリーズとして九十何回、医療事故関連の、こういうことがあって、こういうことがあった、これをこういう具合に処理したというような、一話完結で3年半ぐらいにわたって、シリーズが今度終わったんですけれども、そういう情報共有はしています。ただ、個人情報ですから、公開はできない面がありますが、できる部分で皆で共有化しようというようなことの工夫はそういうことでやっています。
それから、医療機能評価機構で病院の事故の評価は集まります。それを我々は共有化して勉強しようとしています。それこそヒヤリハットから、いろんな薬の間違いからいろんなことが、PMDAでも言えますし、そういう点では、今、我々はとにかく人の失敗を一緒に共有しようという運動を繰り広げているところでございます。
あと個々で、例えば札幌で起こった事例で、その病院の情報がどうなのか、これをよく見なければなかなか相談に乗れないということは当然あろうかと思うんですが、それは病院が応諾して、患者さんが求めて、話し合いを始めて、どういうことが行われたかがわかるわけですから、それは個々の症例でだんだん対応してくる病院が増えてくるのではないでしょうか。
私は、裁判を避けるためにはこれしかないと思っていますので、これは患者さんにとっても、病院にとっても、メリットがある方向で動くのなら動けると思います。

○山本座長
 ありがとうございます。
どうぞ。

○橋場構成員
 同感です。日本各地の医師会の医事紛争処理委員会の規則がどのようなものなのか。そのようなレベルで、具体的な情報をオープンにしていただくことは可能でしょうか。

○高杉構成員
 それは隠すようなことではないですから、どうぞお聞きください。

○橋場構成員
 よろしいのですか。

○高杉構成員
 はい。

○橋場構成員
 ありがとうございます。標準的な規則をまず見せていただければ理解を深めるきっかけにできます。


○山本座長
 今のようなことも含めて、次回以降、どういう形で会合を進めていくかということは更に検討させていただきたいと思います。
本日のところは、私の不手際で既に時間を超過しておりますが、何かほかに御意見等がこの機会にございますればいただきたいのですけれども、よろしいでしょうか。
それでは、本日の会議はこれで終わりたいと思いますが、最後に事務局の方からお願いいたします。

○医療安全推進室長
 日程の方はまた調整させていただきますので、よろしくお願いいたします。
また、先ほど少し申し上げましたけれども、これまでお話しいただきましたことを踏まえて少し整理したいと思いますので、そういったことをそれぞれのADRの機関の皆様にはお尋ねするような手はずをとりたいと思いますので、御協力をよろしくお願いいたします。

○山本座長
 御協力のほどをよろしくお願いいたします。
それでは、本日はこれで閉会いたしたいと思います。
どうも、長時間にわたってありがとうございました。


(了)
<照会先>

医政局総務課医療安全推進室

室  長 宮本: 内線2570
室長補佐 川嵜: 内線4105

ホーム> 政策について> 審議会・研究会等> 医政局が実施する検討会等> 医療裁判外紛争解決(ADR)機関連絡調整会議> 第6回医療裁判外紛争解決(ADR)機関連絡調整会議議事録

ページの先頭へ戻る