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2011年1月20日 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(第3R)「保護者制度・入院制度の検討」に係る第2回作業チーム議事録

社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課

○日時

平成23年1月20日(木) 18:00〜20:00


○場所

厚生労働省 専用第22会議室(18階)


○出席者

磯部構成員、岩上構成員、上原構成員、河崎構成員、久保野構成員、鴻巣構成員、
白石構成員、千葉構成員、野村構成員、広田構成員、堀江構成員、町野構成員、
良田構成員、六本木構成員

○議題

(1) 保護者制度について
(2) その他

○議事

○福田精神・障害保健課長 それでは、定刻となりましたので、ただいまより、第2回保護者制度・入院制度に関する作業チームを開催いたします。構成員の皆様方におかれましては、御多忙中のところ、御参集いただき、誠にありがとうございます。
 本作業チームは公開のため、作業チームでの審議内容・議論内容は、厚生労働省のホームページにて議事録として掲載される予定ですので、あらかじめ御了解いただきますようお願いを申し上げます。
 また、本日は、磯部構成員から30分ほど遅れるとの御連絡をいただいております。
 それでは、ここからは座長の町野先生に進行をお願いいたしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

○町野座長 本日からは、保護者制度の見直しとして、前回、事務局より提出のありました資料4に基づきまして、保護者の規定一つひとつについて具体的に議論をしていくことになっております。「義務規定」これは何とかしなければならないというものですが、それは一番最初に「治療を受けさせる義務」は22条の1項の前段にあります。2番目に「財産上の利益を保護する義務」は22条1項の後段にあります。3番目に「医師の診断に協力する義務」は22条の2項にあります。4番目に「医師の指示に従うこと」は22条3項にあります。5番目に「退院者等を引き取ること」が41条にあります。他方では、「権利規定」とされる、つまり、できるものとされているものとしては、「必要な援助を求めること」は22条の2、それから、「退院請求をすること」38条の4があります。なお、「保護者」という言葉は、医療監察法及び障害者自立支援法等にも登場しております。これからの議論は、精神保健福祉法の議論だけにとどまらないことをある程度意識しておかなければならないだろうと思います。
 今後の議論を進めるに当たりまして、僣越ながら、私から進行について提案させていただきます。
 日本の精神医療が地域精神医療へ移行する中で、アウトリーチを検討したこのチームの第1ラウンド、それから、認知症患者の医療の在り方を検討した第2ラウンドについて、入院医療と地域精神医療におけるキーパーソンとされている保護者の問題を検討するのがこの第3ラウンドになるということでございます。
 前回に議論がありましたように、この作業チームは何らかの結論を出すものではなく、検討会に議論の前提を提供するものです。しかし、そのためには、ここでは掘り下げた議論をしていただかなければならず、議論のしっ放しというわけにはいかないだろうと思います。
 これからは保護者制度の各論に入るわけですが、構成員の皆様方におかれましては、現行法に規定されている保護者の義務・権利の内容はどのようなものか、その規定の持つ実際上の効果には何があるのか、それにはどのような問題があるのか、その規定を廃止するとどのような問題が生じ、それに対応するためにはどのような措置が必要かといった具体的な提案を念頭に置きながら、今後の議論を進めていただきたいと思います。
 構成員の皆様方には、いろいろな立場から御参画いただいております。特に問題なのは、現場にいない、今日はもう一人、これから磯部先生が来られますが、我々法律研究者3人が非常に問題でございまして、実態を十分に理解してない点が多々あるだろうと思います。また、法律家の言うことはわかりづらいというのが一般的な見解でございます。お互い不明な点などありましたら、遠慮なく質問、確認していただければと思います。また、限られた時間でできるだけたくさんの方に発言していただきたいために、発言は簡潔にまとめていただきますようにお願いいたします。前回、御家族、当事者の構成員から、保護者制度の問題点について御指摘をいただきましたが、時間が限られておりましたため、御発言いただけない構成員の方もいらっしゃいました。したがいまして、これから個別の規定について検討を行う際には、充実した議論を円滑に進めるために、僣越ではございますが、まず私から構成員の方を指名させていただき、御発言いただいた後、当該規定についてのフリートーキングを行う形で進めさせていただければと思います。
 それでは、資料をご覧ください。本日は、医療に関係の深い義務として、1番目の第22条に規定のある「治療を受けさせる義務」、3番目の「医師に協力する義務」、4番目の「医師の指示に従う義務」について、それぞれ30分程度まず議論をしていただきたいと思います。
 まずは、「治療を受けさせる義務」について、事務局から改めて資料の説明をお願いいたします。どうぞよろしくお願いします。

○本後課長補佐 事務局でございます。
 お手元の資料の4ページをお開きください。「治療を受けさせること」(22条第1項)でございます。「保護者は精神障害者に治療を受けさせなければならない」という規定でございます。前回と繰り返しになりますが、簡単に御説明をさせていただきます。
 この規定は、平成11年に、この中に「精神障害者が自身を傷つけ、または、他人に害を及ぼさないように監督する」という、いわゆる自傷他害防止監督義務がございました。これは平成11年の改正の中で削除をされています。
 それから、5〜6ページの「本規定の解釈」でございます。6ページに、本規定で対象としている精神障害者は、任意入院の患者、または、入院しないで行われる医療を継続して受けている方、例えば通院あるいは訪問診療を受けている患者さんを除いた精神障害者。逆に言いますと、対象になるのは、措置入院の患者さん、医療保護入院の患者さん、継続して治療を受けていない方が対象となります。措置入院の方、医療保護入院の方は、既にもう医療を受けておりますので、主に対象になるのは、未治療の方、治療中断の方であると考えられます。
 以降、(3)の「論点」でございます。
 以下のような具体的ケースにおいて、本義務の適用についてどう考えるべきか。精神障害者全般が対象になる書き方になっておりますが、神経症等で治療を中断している方など、必ずしも保護者が治療を受けさせる必要のないような方、類型が存在するのではないか。あるいは、保護者たる例えば母親が、医療を受けさせる必要がないと判断して通院させなかったり、薬の量を減らしてしまった。そういうときに本規定に基づく保護者の義務違反を問われるのかどうか。あるいは、御本人に治療を受ける意思がないときに、大声を出すとか、大抵の方が迷惑を感じるような症状の患者さんであれば、例えば通報などで医療機関につながることはあるのではないか。逆に、そういう状態でない場合には、本人にとって医療が必要でも、医療機関につながりづらくなる可能性が出てくるのではないかということです。
 それから、7ページに行きまして。風邪をひいた場合などでは、強制的に病院に行かせる、かからせることはできないけれども、精神障害の方本人は医療機関に行きたがらなくても、医療的な観点から考えると医療にかかった方がよいと考える場合も考えられるのではないか。この規定がなくなった場合に、医療を受けたくないという御本人の意思を尊重して、保護者から何らの働きかけもしないことになっていいのか。それは医療にかかった方がよい場合も考えられるのではないかと同じ流れでございます。
 あるいは、保健所のお立場からそういう声がいろいろあるということですけれども、保健所がこの規定をもとに本人・御家族に対し受診を勧める場合が考えられるのではないか。受診拒否をしている本人を御家族が説得するためのよりどころをどこに求めるかということも論点になろうかと思います。これは、前回、六本木構成員からの御発言をいただいているところでございます。
 あとは、民法の監督義務(714条)の中で、責任無能力者に監督する法定の義務を負う者は、損害賠償の責任を負うという規定がございます。この規定との関係で、保護者のこの規定を削除した場合には、影響が生じるのかどうかというところも論点になろうかと思います。
 こういった論点を資料の中で挙げさせていただきました。説明については、以上でございます。

○町野座長 ありがとうございました。
 前回、事務局から7ページ下の2つ目の○にありますように、受診拒否をする本人に対して、保護者が法律のこの規定があるから自分は病院に連れて行かなくてはならないのだとして、22条1項前段を用いることができるのではないかという趣旨のことを書かせていただきましたが、六本木構成員から、保健所が家族に治療を受けさせるよう伝えてもうまくいかないことの指摘をいただきました。行政の立場からは、本規定について何か御意見がありますでしょうか。再び六本木構成員と鴻巣構成員に御発言をいただきたいと思います。六本木構成員の方から、よろしくお願いします。

○六本木構成員 岩手県県央保健所の六本木です。
 この治療を受けさせる義務については、基本的には、治療を拒否する、受診したがらない患者さんのときに明確に出てくる部分だと考えているのですけれども、保健所の方には、実は患者の御家族から、保健所の方で患者を病院まで運んでくれないかといったような要望がよくあるわけです。ところが、移送できる場合は自傷他害のある場合に限られますので、そうでない場合には、それは保健所ではできませんので、ここの部分を、22条の部分を一つのよりどころとして、家族に受診させるように勧めるのが普通のやり方になっています。
 そのような形で保健所で説得することもありますし、家族に説得してもらうこともあるわけですが、実際にはそれによって受診にはなかなか結びつかないケースもあります。その結果どのようになっていくかということですが、1つとしては、家族が病院と連絡をとって、病院の搬送をお願いするというのが1つの方法だと思います。もう一つは、家族・親族が集まって、家族の責任だからということで半強制的に連れて行く。もう一つは、インターネット上にたくさん出ておりますが、患者の移送を行う事業者、警備会社等がなっているのが多いようですが、そういうところに依頼をして、強制的に病院に連れて行く。こういったようなことが考えられると思っています。
 保健所あるいは家族の説得によって十分連れて行ける場合には、何も問題がないのですが、強制的に連れて行った場合の問題は非常に多いと考えています。具体的に申しますと、その中には、精神障害のための治療が必要なケースだけではなく、家族との折り合いの悪いケース等も含まれる可能性を除外できないのではないかということが1つ。
 それから、強制的に連れて行くことについての人権上の問題がないかというような問題。
 それから、家族はもう既に患者を入院させることを前提に依頼していますので、入院が長引く可能性は非常に高いと思いますし、また、家族とその入院になった方との関係は、そこの時点で損なわれる可能性が非常に高くて、そのための長期入院もありますし、帰ってきてからの自宅での療養生活は、家族間でぎくしゃくしたものになってうまくいかないことは当然考えられます。そういったようないろいろな問題を保護者に治療を受けさせることという規定によって生じさせているのではないかなと考えております。
 今回の資料にはありませんが、平成12年の改正のときに、「治療を受けさせることを担保するため」という理由になっているかと思いますが、医療保護入院のための移送制度が制度化されておりますが、実際にはここの移送制度はほとんど運用件数が少なくて、治療を受けさせることを担保する役割は果たせていないと思います。その理由はいろいろあるわけですが、いずれ、そういったような形で、今でも家族、保護者にとっては非常に負担が大きい内容になっておりますし、その後の入院後の経過にも様々な影響を与えていると考えております。
 前回もお話ししましたが、我が国の非同意による入院患者については、諸外国に比べて1けた多い。そのほとんどは医療保護入院なわけですが、この医療保護入院と保護者制度は密接に関連しておりますので、その辺りの問題は改めて議論をする必要があると考えております。
 以上です。

○町野座長 ありがとうございました。
 続きまして、鴻巣構成員からよろしくお願いします。

○鴻巣構成員 今、六本木構成員と話が随分かち合ってしまうかもしれませんが、私は病院のケースワーカーをして、その後、埼玉県に入りまして、保健所等に勤務してきました。
 今、六本木構成員から話がありましたように、保健所にはいろいろな相談が持ち込まれます。病気かどうかから、あるいは、本当に今緊急・救急に受診させなければいけないというようなものまで幅広く持ち込まれます。そういう役割としては業務も規定されているわけですが、以前からずっと継続して相談をしている方も、御家族または本人の方もいらっしゃいますと、そういう方については非常に状況がわかっていたり、コミュニケーションがとれていたり、支援は楽といいますか、見通しが立ちやすいのですが、中には、あちこち、例えば警察とか消防とか市役所に相談をした結果、やっと相談窓口である保健所にたどり着く方も大勢いらっしゃいます。
 そういうときに、非常に過剰な期待といいますか、例えば先ほどありましたように「連れて行ってください」というようなことでのお願いも随分あります。ただし、今お話しなさったように、保健所がその本人に「では、行きましょうか」と言って、腕を取って病院に行けるかというと、そういう立場でもない。できますのは、今の情報を集めて、今どんな状況になっているのか、病気であるのかないのか、はたまた、自傷他害行為の予見がされるのかどうかというようなことも含めて判断をして、どうしていくかというプランを立てるわけですが、緊急・救急という場合には非常に困難をきわめるという状況があります。情報がないのですね。
 保健所サイドで一番大事なことは、今何が起きているのか。精神科の症状は、例えばレントゲンの検査みたいにCTを撮ったりとかして画像でポンとわかるというようなことではありません。そうしますと、この方は今までどんな生活をしてきたのかとか、どんな仕事をされているのか、どんなことを、例えば予見されること、今まで少しずつ何か起きてきたというような御家族が違和感を感じていたりとかということがあるのかどうかも含めて情報として集めませんと、医師が的確になかなか判断ができない。
 保健所サイドは、所長さんがお医者さんではありますが、主に動くのは、精神保健福祉士だったり保健師さん、場合によっては事務担当者が動くこともそこに含まれていますが、ある意味では医者ではないので、そこで診断するわけではないのですが、その状況、どんなことが起きているのか、具体的に我々は聞くようにしております。例えばよくあるのは、おかしなことを話していると言っても、では、どんなことを話しているのですか、どんな行動をしているのですかというようなことを逐一詳しく情報を集めるわけですね。非常に緊急・救急の場合は、特にそういった情報は大事になってくるということでございます。
 また、今、「本人を連れて行ってください」みたいな話のときに限界のある話がありましたが、我々も直面するのは非常に暴力的な行為が顕著であるなどという場合に、御家族の方はよく驚かれるのですが、「警察の方に連絡してください」と言わざるを得ない。これは懲罰的なことではなくて、本人、それから、周りの安全を守るという、安全を確保するという役割が警察にはあります。そこの部分をちゃんと伝えているのですけれども、「いや、うちの子はそんな罪を犯したわけではない」ということで、非常に抵抗が当然あります。ですが、御本人様が病気のために自分で自分を傷つけてしまったり、あるいは、御家族の方、周りの方に危害を加えてしまうことを防止するために、我々はそういったお願いをしています。
 ただ、はざまに落ちてしまうのが、そこまでは至っていない、だけれども、かなりの迷惑な行為をされている。ですから、警察の方が臨場されても、説得をして、何とかしてくださいねと家族に警察の方が言って帰ってしまったりとか、そうすると、御家族としては、せっかく非常に御努力をして決断をされて、保健所等に連絡をされていても、宙に浮いてしまうことも中には起こっている状況がございます。ただ、警察官が臨場した場合には、自傷他害という現認行為があれば、保護という形で一旦警察署に保護を継続したり、あるいは、保健所に通報したりと。24時間通報制度がありますので、そこに至る場合もあるわけです。
 今、私がお話ししたのは、規定としてはございますけれども、身近な本人の状況を把握されていること。生活歴と生育歴等を含めて、これまでの本人の生活の部分を情報提供していただける方々、今後、その後、保健所は治療に結びつけるだけではありませんので、その後、地域で生活していくためにその方がどんなプランニングをしていけばいいのか一緒に考えていただける。先ほど、キーパーソンと言われましたが、そういった役割を十分担っていただけると思っていますし、行政、保健所等と協力しながら、どんな生活を、生き方をしてもらうのかというようなことを一緒に考えていただいたり、協力してもらうという役割を担っています。
 非自発的入院について、御家族が動揺されるというようなことが今でも実際に起きています。中には、私がよく現場で話しているのは、具合がよくなったときに感謝される場合も中にはありますと。実際上「あのとき、お父さんは心配してくれたんだね」ということで感謝をする場合も当然あります。ただ、反面、そうならない方もいらっしゃいまして。そこの部分での御家族の負担は一番大きいのではないか。あのときに保健所とかに連絡をして無理やり入院させたではないかというようなことの思いとして、傷として残る場合もございます。我々は現場で対応していると、諸刃の剣でございまして、御家族に過剰な負担を強いられているという部分と、ただ、御家族がいなければ、行政としてそういう受診についての援助なりをすることもなかなか難しいということと両方備えているという状況でございます。ですから、実際、現場で苦慮をしながら悩みながら相談・援助をしているという状況を理解していただけたらと思います。

○町野座長 ありがとうございました。
 福祉関係者の方の御意見を伺いたいと思います。この規定が活用される場面は、そちらではどのようにあると考えられているのでしょうかということです。精神保健福祉士の方は、相談・支援等で御本人や保護者とかかわることが非常に多いと思いますが、御自身も精神保健福祉士であります岩上構成員と上原構成員にそれぞれお話を伺いたいと思います。御発言をいただきたいと思います。岩上構成員からお願いします。

○岩上構成員 私は、社会的入院の方の退院支援をここ7、8年やっておりまして、五十数人の方の退院支援をしてきたのですが、まず基本的考え方として、そういう人権侵害に置かれるような状況は、精神保健福祉法第1条の「医療と保護」という規定がかなり影響しているのではないかと思っています。この「保護」という考え方によって、保護してあげなければいけない人たちだということで、いろいろなことが精神障害者だけ特別に置かれている、そういう現状を何とか変えなければいけないと考えています。
 その中で、私たち福祉事業者もいろいろな相談を受けていて、精神障害者の治療についての御相談を受けることがたくさんあるわけです。従来この法律でいうところの「保護」の考え方は、情報が届かない、あるいは、自分から病院に行けない人に対して、情報を提供して、医療に連れて行く手助けをするというある意味権利を保障してあげなければいけない人という考えでこれはできたのではないかなと思うのですが、今日、この考えは、自由の剥奪に当たる可能性があるのではないかと思っているのです。御家族が御本人に治療を受けさせたいという御相談を受けるとき、「義務規定があるから治療させたい」などと思っている御家族は誰もいないのです。御家族はやはり御本人の回復を望んで医療につなげてあげたいということで御相談に来るのであって、義務規定に縛られて「私は治療させなければいけないんです」と言う人の相談を私は受けたことがありません。それよりも、御本人の回復を望んでということでの御相談です。これ以上御家族に義務としての規定を求めるのはいかがなものかと思っています。
 もう一つは、治療を受けさせるという義務を御家族や保護者にとっていただかなくても、あらゆる機関が相談機関として存在しているわけで、そこで相談しながら必要な場合は医療に結びつけるということができると思っています。精神障害者に対してだけ保護者が治療を受けさせなければならないという規定は、変える時期が来ていて、変えることに対して問題はないと私は思っています。

○町野座長 ありがとうございました。
 では、続きまして、上原構成員よろしくお願いします。

○上原構成員 地域活動支援センターの立場からですが、未治療者もしくは中断者の場合は、私どもの場合には、御家族が一緒に同居されているとか、近くにいらっしゃるという方たちは比較的少ないのですね。御本人が単身生活をされていたり、あるいは、御家族が遠方にいる、あるいは、御両親共亡くなられているという方たちが結構多くございます。そういう方たちが未治療とか治療中断ではないのですが、病状が再現してきたときにどのようなお手伝いをするかということになるのですが、基本的に、御本人さんが医療の必要性を感じないままそこにいるという場合もございますし、あるいは、何らかの援助は必要だけれども、病院は嫌だと言っている場合もございます。前者の場合は、行政等と相談をしながら措置入院という形に行くのだと思うのですが、問題なのは後者の場合です。何らかの救いを求めているけれども、病院だけは勘弁してくれという場合が結構多い。
 この人たちに対して我々はどうするかというと、先ほど来お話が出ているように、保健所とか病院の先生方等と連絡をとりながら経過を見ていくわけですが、我々の立場からすると、御本人さんの意思が、病院受診もしくは受療に向かうようにできるだけ時間をかけようということを念頭に置いております。ただ、我々が、精神保健福祉士が一人でそういう仕事をやれと言われても、それはできないわけで、行政なり医療機関なりの力を借りないと難しい。そこにとても時間を要してしまうし、その間、御本人さんも大変でしょうし、我々もドキドキ、ハラハラしながら仕事をしているというのが本当のところでございます。その間、もし何かあったらどうするんだという議論も当然あるわけですが、今のところ、大きな問題に至っていることはなく、何とか時間をかけつつも医療につながっているという状況にあります。
 ただ、ここであまり無理強いをしますと、先ほど来の議論に出ておりますが、退院時にとても問題が多くなることもありますが、その議論はまた後でということになりますので、とりあえず以上にさせていただきたいと思います。

○町野座長 ありがとうございました。
 続きまして、家族の立場からこの規定は具体的にどのようにとらえられているかということにつきまして、良田構成員御発言はありますでしょうか。お願いします。

○良田構成員 良田でございます。
 私は、岩上さんとちょっと似たところがあるのですが、まず、この保護者制度は、規定そのものが、精神障害者と言われる人たちは治療を受けるとか、財産を守るとかといったような、そういう判断はできない人なんだというふうなことを総体として規定している。ちょっと過激な言い方をしますと、差別的な法律だと思うのですね。ですから、他の障害者にもないこの法律をこのままにしておくのは、私は絶対あり得ないな、これは変えるべきではないかなと思っております。それをまず前提にしてお話しさせていただきたいと思うのです。
 それはそれとして、まず治療を受けさせる義務ということですが、家族は、保護者だから何かしなければいけないとか、保護者だから家族が治療を受けさせなければいけないなどと思っているわけではなくて、誰でも家族は、自分のうちの家族の誰かが病気になったときに、どんな病気であっても、早く治してあげたい、治療を受けさせてあげたいと思うのは当たり前の気持ちだと思います。この当たり前の気持ちに対して、精神病の場合も同じですが、当たり前の気持ちを義務とする必要があるのかということです。まず私はないのではないかなと思うのです。病気の家族に治療を受けさせたい、これは誰でもすることだと思います。
 もし、これを義務だとするには、その根本に、さっき安全上のとおっしゃいましたが、他人に迷惑をかけるからだと考えるとしますと、これはかなり方向性を間違っているのではないかなと思うのですね。例えば患者さんの中で、他人に迷惑をかけるような妄想を持ってしまっていたり、あるいは、家で暴れたりする状態の人がいないとは言えません。でも、そういうときも家族は必死に人に迷惑をかけないように、本人がそういう警察に連れて行かれたりしないように、本当に必死で止めて頑張ろうとしているわけなんですね。ですから、家族とか当事者は、その時点ですごく追い詰められているわけです。追い詰められて、本当につらい立場になっている。保健所とかに相談に行ったときは、完全に追い詰められた状態で行っているわけですね。
 そのときに必要なものは、義務ではなくて、私は助けだと思うのです。でも、助けを全然得られていない。保健所に行っても助けてもらえないわけですね。過剰な期待とおっしゃいましたが、もうそこまで追い詰められた人は「何とかしてくれ」という気持ちになるのは当然だと私は思うのです。そのときに、一体誰が手助けするのか。そのことをもっと真剣に考えていただきたいなと私は思います。
 家族は民法の714条などというのは全然知りませんが、それから、本人を入院もさせたくないですよね。決して無理やりなどということは考えられないのですね。無理に連れて行ってくださいと、私たちも家族会で相談を受けたときなんか、言うときがありますが、それは本当に心痛むことで、家族が本人を無理に入院させるときは本当に修羅場ですよね。本当に悲しいものです。そういう経験をできるだけしたくないと思っているのですけれども、そこまで誰も支援をしてくれませんし、助けてくれませんから、そういう事態まで陥ってしまう。そういう事態に陥らないためのいろいろな方策が必要なのではないかと思います。そのときに、誰かが助けてくれたり、本人を説得してくれたり、あるいは、いろいろな関係づけをしてくれたら、御本人の気持ちも変わっていくかもしれないですし、事態はいい方向に転換するかもしれない。でも、そういうものは何もない状況で追い詰められた人たちのことをあんまり冷静に考えたくないなというような気持ちがします。
 精神障害者とともに暮らす家族は、支援をされる立場の人間だと思いますし、その支援をされるべき立場の人に重い負担をかけ続けてきた。そのために家族は疲れて、家庭は崩壊状態のような形になって、当事者との対立も生まれますし、最終的には、もうこんな思いはしたくないとか、今度は絶対入院しなくても済むように、絶対きちんと治してくれというように退院を拒むといったような事態まで引き起こしているのですね。前回出たことを話しますと、こういう状態が起きて、本当に追い詰められた家族、当事者がそういう状況になってきて、社会的入院という問題の一つの原因になったかと思います。
 私はこの条項を根本的に考え直す必要がある。根っこからもうなくていいのだと思うのです。家族は本当に本人を愛情を持って治療をしようと、よくなってほしいと考えているわけですから、無理やり義務としてやることは、害があって一利がありませんと思っております。
 以上です。

○町野座長 ありがとうございました。
 いろいろ御議論があるのですが、要するに、家族とか保護者、そういう人たちの存在は医療にとって必要であることはどなたも御存知であると。しかし、問題は、入院を中心とする医療へのアクセスが家族に頼りきって、あるいは家族を一時的なものとしてすることが妥当なのか、もっとやるべきことがあるのではないかというところにかなり議論があるように思われます。
 それでは続きまして、治療を受けさせる義務のもう一つの効果と考えられているので、保護者の損害賠償義務についての問題です。これについて御議論いただきたいと思います。精神障害者の他害行為については、保護者が本人に治療を受けさせなかったからこのような結果が生じたのだとして、保護者に損害賠償義務を認めるというのが裁判所の態度だと思います。これがもう一つの保護者にとっては非常に過酷と考えられる義務でございます。
 民法が御専門の久保野構成員にお伺いしたいのですが、このような損害賠償義務は直接には民法に基づいているのですが、これは精神保健福祉法の保護者の治療を受けさせる義務が規定されていることとどのような関係があるのか。民法に監督義務者の損害賠償の規定が、これは民法714条がありますが、本規定と保護者の義務規定との関係についてちょっとお教えいただきたいと思います。私の理解、前回の事務局の説明のいずれについてもいろいろな御意見があると思いますので、それを補っていただければと思います。また、本規定を削除したところ、関係者の負担は実際に軽減されることになるのかということについてもあわせてお教えいただきたいと思います。よろしくお願いします。

○久保野構成員 久保野でございます。民法を専攻している関係で、この条文について今の時点で問題となり得ると考えられる点を少しお話しさせていただきます。ただ、今、御指示いただいたような形での問いに対応して必ずしも構成してきてないところもありますので、また、そもそも論といたしまして、この条文がどのように働いていて、見直しも含めて考えたときに、何をどう考えていったらいいのかということ自体の問題、あとは冒頭にもありましたように、法律専門家としての私自身の現状認識の限界もありますので、いずれにしても、必要に応じて後の議論で補充等をさせていただければと思います。すみません。前置きが長くなりました。
 民法の714条がどういう規定かというのは、事務局で8ページに挙げていただいておりまし。ここに責任無能力で、他人に損害を与えたときに、加害者が自ら責任を負わないという事態が生じたときに、その者を監督する法定の義務を負っている者が代わって責任を負うという規定がある。これが今問題になっている条文でございます。
 この条文がなぜこのような責任を定めているかということ自体は、実はそれほど明らかではないと言われているところであります。ただ、むしろ、この条文に関して議論が多いのは、未成年者で責任能力のない者が加害行為をしたときのその親権者の責任であります。そちらは、これもあいまいなところがありますが、あえて申し上げてしまえば、同居によって共同生活をしている親権者が包括的に子の身上監護の義務を負っているので課せられる責任とまとめることができるのではないかと思います。
 そのような親権者と未成年者との関係を一方に念頭に置いて考えましたときに、先ほど、良田構成員から、精神障害を負っていることは保護されるべき、そして、自分では判断できないというようなものととらえてしまっていいのかという重大な問題提起があったように思いましたけれども、精神障害を負って、成年に至っている方を考えたときに、成年の責任無能力者に対して、未成年者に対する親権者に当たるような立場、あるいは、先ほど申し上げた共同生活によって包括的な身上監護を行うというような者が誰と考えられるのかといったことがここで問題になるのだろうと思います。
 この条文自体、実は後見人に選任されている者は法定の監督義務者に当たると通常説明されますが、後見人でさえ実は今言ったような実質的な意味の者に当たるかということに疑問の余地もあろうかと思います。さらに、保護者制度ですが、後で言いますように、保護者がそれに当たるかということ自体、やはり疑問の余地はなくはないと思われます。さらに、ここで考えていかなくてはならないのは、保護者制度がないとして、その方の親であるとか、親族であるとか、扶養義務者であるといったことが、仮に同居していることを考えたとしても、包括的な身上監護を担うような関係にあるとまで言えるのか、あるいは、そのようなことが問われているというのが一方であろうかと思います。
 ちょっと話の方向を変えまして、ここで事務局が、7ページに(参考)という裁判例を挙げています。この裁判例は、下から2行目に、他害行為を行うことを一般的に防止することを求めるという解釈を示して判決をしていまして、事案もあわせて見ますと、かなり厳格な重い責任を家族に課している裁判例であります。これが代表的な傾向かということは、考えてみなくてはならないとは思いますが、ただ、裁判例が、同居の家族にこの条文を使って重い責任を課す傾向がなくはないことは確かです。
 それはなぜかといいますと、他方で被害者の保護が考えられているわけで、加害者が責任を負わないとされるときに、では、どうやって被害者を救済するのかというときに、簡単に言ってしまえば、そのような近親の者の誰かに救済の手がかりを得たいということがございます。それ自体は必ずしも完全に否定されるべき問題意識ではないと思いますので、仮にこの責任の問題を、今、「家族」と仮に言ってしまいますが、家族の責任を減じる方向で考えるのであれば、では、その被害救済の問題をどうするのかということは課題になってくるのだと思います。
 ただ、被害救済の方法は、詳細は省きますが、外国などを見ていきますと、いろいろな方向があって、家族に担わせるのが唯一の解決策ではありません。
 以上が、大体総論的なところになりまして、あとは細かいところは2点だけ簡単に申し上げます。論点という意味では、平成11年の改正前に保護者が法定の監督義務者に当たるとされてきましたけれども、それが当然かということがありますが、さらに、平成11年改正の後には、保護者がそもそも法定の監督義務者に当たると言えるかどうかということ自体が、714条を扱う概説書等でも記述が分かれておりまして、それ自体が論点になろうかと思います。
 それとの関係で、自傷他害防止義務が医療を受けさせる義務にいわば吸収されたような形になっているということで、ここにこの論点は載っておりますが、先ほどの観点から言いますと、保護者の引取義務との関係でもこの責任の問題は考えてみる余地があろうかと思います。
 もう一点、法的な議論で言いますと、先ほど申しましたとおり、裁判例の傾向が先の(参考)のような重い裁判例だけではなく、もっと家族の責任を限定的に考える傾向もあるというのを包括的に見ていく必要があります。
 さらに、多少技術的な話になりますが、この裁判例は、保護者に選任されていない家族について責任を認めたものでありますので、裁判例が責任を認めるときに、実は保護者であることは直接には効いていないというところも一つポイントとしてあろうかと思います。幾つかの裁判例を見ましても、実は、保護者である、だから監督義務を負っていて、したがって責任があるというケースは意外なほどに少ないのでありまして、むしろ、生活上の面倒を見ていて、事実上監督者であったとか、監督義務者に準じる者であったというような形で認めているものが主流です。そうしますと、保護者制度と714条に基づく賠償責任との関係という問いに対しての形式的な答えとしては、保護者制度があるから責任を負うのだというまでの関係はないことになりますが、他方で、冒頭で申したとおり、714条の存在から直ちには、本当は家族は出てこないと思われるところを、裁判例が比較的重い責任を課していることの根本的な考え方として支えとなっているものとしては、恐らく保護者制度、あるいは、その中で規定されているような義務があるというのが、差し当たりの状態の整理、あるいは論点ではないかと思います。

○町野座長 ありがとうございました。
 法律的にはかなり難しい議論で、ここでも嫌だと思う人がかなりいるだろうと思いますが、ポイントとしては、今御紹介がありましたとおり、裁判例で家族の損害賠償義務を認めたものの中で、保護者であるからというものは実はかなり多くはないということなんですね。勿論、根拠条文はほとんど714条によるものがそうですが、保護者であるから監督義務者に当たるというような場合はあまりなくてというのが1つだと思います。
 もう一つは、714条があるから、当然のことながらということで、家族に責任を負わせるかのような考え方が民法の方でもかなり見直されつつあるということだろうと思います。そのような理解でよろしゅうございましょうか。

○久保野構成員 はい。見直されつつある、あるいは、もともとそうではないと言えるかもしれませんけれども。家族だからということだけからは本当は全く出てこない話だということでございます。

○町野座長 我々は、大審院の精神病者監護法のときの判例が後までずっと来ているという理解なんですけど。つまり、大審院のころには、精神病者監護法があって、そのときに監護義務者について714条を適用した判例があるわけですね。それがポコッとあって、その後、全然ほとんど判例は見なかったところで、戦後になって、今度は、保護者でなくても監督義務者になるのだよという判例があらわれて、それでずっと来ているということだろうと思いますが、今の理解でよろしいでしょうか。すみません、私は民法の専門じゃないので、間違えているといけませんので。

○久保野構成員 まさに民法の方で、その辺りの精神障害をめぐる監護義務者の法制やその背後にある理念の変化等を民法解釈者あるいは裁判所があまり参照することなく、大審院判例から保護者へとつながってきた、意識的というよりは、あまり見直されずにつながってきたということだと思います。
 ただ、それと、家族が保護者でなくても事実上の監督者として責任を負うというのは必ずしも直結しないので、もう少し検討が必要な部分かと思います。

○町野座長 ありがとうございました。
 それでは、今の御議論につきまして、ここから先はフリートーキングということでお願いしたいと思います。非常に恐縮ではございますが、発言は簡潔に3分以内ということでお願いしたいと思います。では、どうぞよろしくお願いいたします。

○河崎構成員 河崎です。
 今の問題の治療を受けさせることというところの観点で先ほどからいろいろな御意見がございましたが、六本木構成員の御説明の中に、この移送制度の問題に少し触れられたかなと思うのですね。移送制度が現状うまくいっていない。それにはいろいろな理由があるのだろうというお話でしたが、我々医療の現場の者も、移送制度は実は平成12年のときだったのでしょうか、こういう治療をきっちりと受けていただこうというようなことがあってスタートをしたと思っています。勿論、そのときには、いわゆる業者が患者さんを医療機関へ不法的と言えるのでしょうか、よくわかりませんが、そういう形で受診に結びつけるという問題点も出てきていたわけですけれども。これがどうしてうまく、この移送制度が運用されていないのかというところは掘り下げておかないと、こういう治療の中断をされた方や、あるいは未治療の人を医療にアクセスをうまく結びつけていくというときに、現状のこの法体系の中である移送制度がどうしてうまくいかないのかというところは整理をしておく必要があるのかなと思いました。
 今回、今日の資料の中にも参考資料でありますが、「精神障害者アウトリーチ推進事業」が、今回新しく23年度に始まるようですが、これはまさしく医療中断者や未治療者の方を医療に結びつける、あるいはそのアクセスをスムーズに行うための事業なんですね。これも、こういうようなシェーマの上では非常にうまくなっていますが、果たして、やってみたけれども、移送制度と一緒でほとんど運用されないというようなことだってあり得ると思うのですね。そういう意味で、先ほどの移送制度のことは、事務局でもよろしいですし、次回あるいは今日でも御説明願えるのであれば、どうしてうまくいかないのかというところを少し論議をした方がいいのかなと思いました。
 以上です。

○町野座長 ありがとうございました。
 では、今もしここの場でおっしゃられることがあれば、事務局の方からいただいて、いずれ、これは重要な問題だと思いますので、きちんと議論をしなければいけないと思います。これにずっと時間をとるわけにはいきませんが、今御返事できることはございますか。

○本後課長補佐 これは、ちょっと制度自体もありますので、次回、また、資料を用意して御説明したいと思います。

○町野座長 では、そういうことで次回の宿題にさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
 他にございますか。

○堀江構成員 鴻巣さんに伺いたいのです。
 地域で直接にその方のところに助けてくれという話があって出かけるときに、情報がないとおっしゃっていましたね。結局、河崎さんがおっしゃっているように、これから先はできるだけ地域の中でいろいろな情報をつかみながら対応をしていかなければいけないと思うのですけれども、情報が全くない、その方の生活歴も全然ない、わからない、そこでおやりになっているわけですか。その辺、もうちょっと詳しく教えてください。

○鴻巣構成員 今の堀江構成員のお話は、私の説明がちょっと不足していましたが、緊急・救急の場合、精神科救急情報センターが随分動いておりますので、そういったところに夜間とか休日とか緊急・救急で舞い込んでくることがいっぱいあります。これは消防とか警察もありますが、御家族だったり、近隣だったりということで、必要があれば、そこに対応しなければいけないというところですが、その際に、例えば消防の方などが駆けつけただけでも、これは精神障害のおそれがあって、疑いがあるんだけれどもというところで警察に連絡があったりとかして。ただ、どこの誰かもわからないというところから始まることが多々ありまして。そういう緊急・救急の場合の先ほどの話です。
 それから、先ほどアウトリーチの話がありましたが、関係性ができていて、訪問活動ができたりとかしている場合と二極化しているといいますか、時間をかけて相談をしながら、地域生活を支援するという場合と、急に緊急・救急に病気が突然発生したりして浮上してくる事例という部分と二通りあるというところです。保健所さんでは、そういったものの両方を、本当に病気かどうかわからない相談から地域で生活をサポートする、それから、緊急・救急にサポートするというような部分に幅広くかかわっているものですから、そういう部分があるというところでございます。すみません。説明が不足していました。

○町野座長 どうもありがとうございました。
 それでは、白石構成員お願いします。

○白石構成員 今、医療を受けさせる義務ということで議論しているところだと思いますので、それについて一つの見方ということで提供させていただきたいと思います。
 まず、この義務が誰のための義務なのかという辺りのところを確認をしておく必要があると思います。恐らくはパレンスパトリエというか本人のための義務となるのではないかと思うのですけれども、本人が嫌がっている、拒否をしている、そういうときにこれが本人の利益だと言って強制的に何かをするためには、本人の利益にかなうというような何らかの担保が必要になるだろうと思うのですね。そういうふうに考えると、家族は義務だからやっているわけではないということで、病気を治すために、本人のためにやっているんだ。それが本人のためであることがあるのであれば、そういう形の入院は認められていくのではないかと思います。ただ、本人は嫌がっている状況では、いろいろな弊害も起こるのだという御説明はそのとおりだと思います。
 もう一つ、今までの御議論の中になかったのは、これは監護義務者の当時から、一人だけそういう人を定めることの意味合いですね。つまり、家族なら誰でもというわけではなかった。今は、家族は、自分が義務として入院させるわけではないと言っているのですけれども、逆に、一人そういう人がいることによって、第三者から過剰に入院させることを防いでいるというか、守っているというような、そういう意味合いもあると思うのですね。これは現実に意識されることはあまりありませんし、そういうようなことが実際どのぐらい意味があるかはわからないのですが、保護者が1人いるということで医療にアクセスするというところにかかわると同時に、その人が「うん」と言わなければ、その保護者が付いている患者さんが入院をしないで済んでいる。例えば近所からいろいろ言われても、保護者が動かないということで、入院をしないでいるという意味合いでは、本人を守っているとも言えるわけです。そういうような立場の人がいるのかいないのか。そういう判断をすることによって入院したりしなかったりするような立場の人が必要なのか必要でないのかということが一つの議論になるところではでないかと思います。
 以上です。

○町野座長 ありがとうございました。
 広田構成員。

○広田構成員 本人不在の発言が続いていると率直に感じます。
 私は昨日体調が悪くて寝ていたんですね。そうしましたら、「認知症のおばが騒いで大変だからここ何日間も寝れてないので泊めてください」ということで、駆け込み寺をやっていますが、「男性は泊めたくないのよ」という話をして、警察に来てもらい、私がでかけていって、話を聞いて、精神科のソフト救急にはなじまないけど、ここで一晩泊めなければすごく悪化すると判断して、泊めようとして、住所・氏名・生年月日を書いてもらい、警察官に渡すと、「大丈夫ですか」と言うから、「私の相談者ですからオーケーです」ということで、泊めたんですね。火事とかあった時のために、翌日お礼の電話がかかってきましたが。
 申し上げたいのは、全国的にPSWも保健所もだらしなさ過ぎる。保健所がさっき「救急隊とか警察にみんなが行く」と、それは当てにならないから行きますよ。それから、私はこの年末年始20日間ぐらいですが、触法精神障害者、アスペルガーの人、知的障害者の娘さんとうつ病のお母さん、乖離性障害、乖離性人格障害、境界性人格障害、統合失調症の純粋な人、躁うつ病、いろいろな人と忘年会と新年会をやりました。その他の人もやっていますが、職員が付き添って来たときほど本人が何もできないのです。本人たちだけが来たときには、本当にいろいろできるのです。可能性を奪っているのが職員であり家族なんですね。今回の人はいませんでしたが、家族が一緒に来たときも、こうやって袖引きますもの。
 私、今日あえてこれを着て来たんです。一見パジャマ風の服ですが。私の母は保護者でしたが、もし母が生きてきたら言いますよ。「あんた幾つになったの? このまだ寒い日にそんな色を着て行って」と、そこからこごとが始まるわけです。私はけんかはしませんけど。そういうふうな現状ですよ。それが、何が親が治療を受けさせるんだということと。
 あと、こういうことがありました。横浜弁護士会で2002年に私は人権賞を受賞しているのですね。横浜弁護士会の弁護士で親しい人が多いです。神奈川県警で講演して、県警の月刊誌に載っていますから、警察官も親しいです。こういう活動をしていますので救急救命士もとても親しいです。そうしますと、いろいろな話が舞い込んできて、精神障害者を親が殺したことがあったんです。その裁判を傍聴に行ったら、弁護士が私に「証人に出てください」と。「殺された側の人権で出てください」と言われたんです。「だって、あなたは殺した側の弁護士でしょう。おかしいんじゃないの」と言ったんですけど、リベラルな方で。結果として出ましたが、そのときにお兄さんが証人で私の前に出たんです。裁判で見事にお兄さんとお父さんが対峙しているのです。私は「・・・どこかに相談に行ってくれていたら、この方と同じような家族に出会えたかもしれない。職員はだらしないけれど。家族同士わかり合えたかもしれない」と言ったときに、検察官が、やぶきさんです。ものすごい勢いで聞いたんです。「広田証人、もし保健所に行っていたら、この殺人は回避できたんですか」30分の証人喚問です。お水飲みませんでしたけど。そのとき私はこう言いました。「私と同じ精神障害者本人は、お父さんから抱きしめられたかったのであって、首を締められたかったのではない」やぶき検察官「質問ここで終わります」これが実態ですよ。いろいろなものがはらんでいる、その後。もっとドラマチックなこともしましたが、今日は短くします。他にたくさん話さなければいけないから。
 私は、堀江さんと野村さんの前回の話は、やっと国及び地方自治体の委員会に出ていて、本当に家族の本音が出た。すごい本音ですよ。しょっちゅうどっちが本人か、どっちが家族かということを感じている中で、私はこの条文は、本人としても危機介入の相談員としても、日本の精神医療の被害者としても、削除すべきだと思っています。
 以上です。

○町野座長 ありがとうございました。

○野村構成員 難しい問題ですけれども、治療を受けさせることは家族だけでは到底できないことであると私は思います。もともと無理な義務であります。これは公的機関も家族と一緒になって判断をして医療につなげることを一緒にやる義務があると私は思います。特に急性症状が出て暴れている人を受診させるという辺りの問題では、とても家族だけではできない。医療機関か救急隊員が真っ先にかかわってその義務を果たすべきであると私は思います。ただ、それが本人の立場に立ってどうなのかということは、常にどこかで誰かがチェックしなければいけない難しい問題はあると思います。
 警察とか家族は、その本人中心に治療を受けさせることを、横から協力するぐらいの義務はありますが、家族が先頭に立って治療を受けさせる。それも、たった一人家族だけで。それは私はおかしいのであって、地域の公的機関がその問題には責任を持ってかかわるべきであると思います。
 以上です。

○町野座長 ありがとうございました。
 それでは、議論がまだまだ続くと思いますが、次に、ここら辺で「医師に協力する義務」という項に移りたいと思います。続きまして、事務局から説明をお願いいたします。

○本後課長補佐 それでは、資料の12ページをお開きください。
 「医師に協力すること」(22条第2項)でございます。「保護者は、精神障害者の診断が正しく行われるよう医師に協力しなければならない。」
 これは、先ほどの治療を受けさせる義務と違いまして、任意入院患者、通院患者等を含みまして、全ての精神障害のある方が対象になる規定でございます。
 論点として、この規定は、治療ではなく、診断が正しく行われるというふうにする規定であるため、未治療の方、治療中断の方が受診する際、医師が病名を診断するに当たって、御本人の性格や日常生活の様子など、医師に対して必要な情報提供を行うことを規定したものととらえてよいか。
 それから、保護者は、医師が正しく診断できるように、精神障害者の診断に同行したり、手紙を書いたりといった協力することを求められるのか。
 あるいは、さらに、そういったことにとどまらず、患者が医師の診察を受けたがらないときに、きちんと受けられるようにする。例えば診察室から逃げようとする患者さんを押さえて診療を受けさせるようにする。そういったことまで含まれるのか。
 13ページですが、後見人である場合など、保護者は必ずしも精神障害者の日常生活を把握している方ばかりではない場合もあります。医師も、保護者に限らず、家族等関係者幅広く意見を聴くべきと判断する場合があるのではないか。
 診断は、本人と医師との関係で行われることが基本でありますが、精神障害者の場合には、適切を診断を行うために、本人だけではなく、家族などの関係者から意見を聴く必要がある場合も考えられるところ、医師が家族から話を聴く、あるいは、家族が本人について医師へ話をする、そういったことのためのよりどころが必要ではないか。
 逆に、本人と保護者の関係は様々であり、保護者を診断に参加させることが不適切な場合もあるのではないか。
 論点として、こういった点を挙げさせていただいております。以上でございます。

○町野座長 ありがとうございました。
 御家族の方にとりましては、この規定はどのような意味があるかというようなことがいろいろありますが、医療機関としては、ここで挙げられているような家族の協力が本当に必要なのだろうか。もしそうだとすると、どのような形で必要となってくるのかということにつきまして、本作業チームに医療関係者からお二人が構成員として参加されておられます。河崎構成員と千葉構成員ですが、ここら辺りについて、順次、河崎構成員からお話を伺えないでしょうか。よろしくお願いします。

○河崎構成員 この第22条2項の「医師に協力すること」「保護者は、精神障害者の診断が正しく行われるよう医師に協力しなければならない。」この条項をどういうふうに読むのか、改めて先ほどからこの論点を見ていまして、いろいろなことが考えられるのだろうとは思いましたが、ここは極めてシンプルにこの条項は考えればいいのかなと思っています。
 つまり、我々医療関係者としますと、精神障害者の方を診断させてもらうときに、いろいろな情報が必要になってきます。それは患者さん本人からの情報は勿論のことですが、家族の方たち、あるいは周囲の方たちから情報が得られれば得られるほど診断についてその客観性は高まっていくのだろうとは思います。そういうふうな形での内容であれば、これは法律的な義務規定として果たして沿うようなことなのかどうか。あるいは、これは精神科領域だけの話ではなくて、一般の医療という大きな枠の中でもこの辺りのことは当然のこととして、モラルとして存在していくような内容ではないのかなというふうな気がしております。
 ただ、この論点の一番最後のところでしょうか、「本人と保護者の関係は様々であり、保護者を診断に参加させることが不適切な場合もあるのではないか」というこの論点ですが、これはすごく悩ましいものだなと思っています。私たちは、少なくとも患者さん本人からの訴え、患者さん本人のお話しする内容、それをできるだけ周囲の状況等から客観的なものとして把握することに医療者として努力すべきだとは思っておりますけれども、この辺りが、こういうものまでが論点として出てくるのは、本人及び家族の方たちも含めて、きっちりとした医療を提供するという御本人及び家族の方たちも含めたよい治療関係をつくり上げていくことが極めて重要ではないかなというような気がしております。
 これに関しては、私の感想としては、今のようなところでございます。

○町野座長 ありがとうございました。
 では、続きまして、千葉構成員お願いします。

○千葉構成員 千葉でございます。30年ほど精神科の病院の院長をさせていただきながら診療をずっと続けてまいった関係で、今回この場に医療として来ています。
 その間に、様々な御家族等と、あるいは御本人様とお話をしながら、また、ちょうど精神医療の改革期のこの四半世紀の中におりましたので、私自身も二代目ですから、病院そのものはこの間50年を迎えたところですので、古い時代の様々なものと、それから、そこから変化をし、また、いろいろな精神医療の変革期、まだまだこれから大切なんだろうと思いますが、一通りの変革をしてくる流れの中におりました。そんなような中で、今の問題等も含めて、この作業チームの中でいろいろとお話をしていきたいと思っています。
 現在、私に課せられたのは、22条2項の精神障害の診断が正しく行われるようにということで、保護者が協力をしなければならないとされていることについてです。大略、私の先にお話をしていただきました河崎構成員のお話にほぼ重複にならざるを得ないと思いますが、医療は情報科学が基本となっています。それは一般医療も精神医療も変わらないところでございまして、様々のデータの中から、いかにして的確に現在の不良部分といいますか、不調部分といいますか、そこの部分を明確にして、その治療計画を組み立てていくかということになります。情報が最初から十分に入らなければ、収集することができなければ、当然その後の判断につきましても、的確なものになっていかないことはもう自明の理だと思います。
 ただ、一般科における診療と精神科における情報科学の集め方の収集方法がかなり違っていることは言えるかと思います。一般科の場合には、勿論様々の検査方法がありまして、大体は身体的な検査を進めることになるわけですから、「CTスキャンだ」、「MRIだ」、「血液を採って検査だ」云々と。ただ、精神科の情報の収集の仕方は、主に本人からの発言といいますか、勿論、本人の状態、そのときそのときにおける本人を観察して、お話を聞いたり、状況を判断したりということが主になりますが、これを支えるものは、例えばその本人が今のお話をしているこの状態の本人は、「いつもの本人なのかどうか」ということを比較する対象はどこから得るかということが一番大きな要素になります。よって、「日ごろの本人の状況はどういうものなのか」。あるいは、「病前の状況はどういうものなのか」といったようなことから始まって、できる限り本人の情報を収集してから、我々は診断を的確にしていくという作業に入ります。
 また、「ここのところの状態がどうおかしいのか」。「それは今までとどこが違うのか」ということも身近に見ておられる方の観察といいますか、そういうような情報をいただくことになります。勿論、心理検査等の様々の検査等もあるわけですが、主に病状が非常に悪いときにそれらの検査が妥当に行われるわけではございません。そういったようなことから、周辺の方々から得られる情報、あるいは、その方が本来持っているものとの差分といったようなところが大切になってくるわけです。この場合、保護者がイコール家族ということなのかという点があります。その辺のところは我々としては保護者から情報を得ることは、この保護者は善意の協力者と考えねばならないと思っておるところで、しかも、身近にいて、本人をよく知っている方という意味として、その代表格として家族と。ですから、イコールではないのだろうとは思いますけれども、そういうふうに考えているところです。そういったような診断の現場でそういうふうに行われていて、そういう方々が、勿論近所の方も含めて、多くの方々からの情報が必要で、特に善意の、身近な生活を共にされている、あるいは、身近によく知っている協力者の方からの情報が診断を正しく行うためには必要だということをまず申し上げます。
 ただ、これが果たして法律として条文化し、義務規定としてそういうふうに残るのが適切なのかどうかということについては、個人としては非常に疑問を感じているところです。この次の条文のところで、もう一つ、指示に従うことの話もまたあるとは思いますが、医師・患者の治療関係は、従来は契約関係、準契約といいますか、そういう関係として「委任契約」という形で行われてきていると、見られてきていたところだと思いますが、このごろは、そうではなくて、「信託あるいは信認」というような関係ですね。信じて認めるというような関係で、お互いが自分たちの信頼関係を基盤として関係をつくっていくことが大切なのだというか、それが基本なんだということが言われております。
 これらのことを考えますと、どうも、そういう法律等の「ハード・ロー」といいますか、固いものできちんとつくることではなくて、そういった意味では少し倫理規定であるとか、あるいは、そういう行動規範とかモラルとかといったようなものを決める「ソフト・ロー」として、お互いがお互いで守るべき目標といいますか、ガイドラインとかというようなものとして考えるべきものではないのかなと思います。
 次のところでもし発言の機会があれば、ちょっとその辺りのところを、患者の責務という資料を今日ちょっと出させていただきましたので、刺激的な「責務」などという文言になっていますけれども、中身は大した話ではなく、こういったようなものがあるということで御紹介をしながら話をさせていただきたいと思います。
 以上です。

○町野座長 ありがとうございました。
 次は、御家族の立場から、野村構成員、御意見をいただけますでしょうか。

○野村構成員 診断が行われるときに医師に協力する義務ということでは、まず、これは多分医療中断者だと思うのですね。精神保健福祉法の定義から言って、精神障害者の定義を見ますと、「その他の精神疾患を有する者」と書かれておりまして、「有する疑いのある者」とは書かれていないから、ここでの診断は、一度受診をした経験のある方であると思うのです。そうすると、その方がずっと治療を中断しておって、それで、今度また新たに診断を受けることになると、これは私から見ると、医療機関はその間何をしていたんだということになりまして、家族がずっとその方の面倒を見てはいたけれども、医療中断したままの状態でずっと放置されていることが、これは家族とか本人だけの責任ではなくて、私は医療機関の責任もあると思うのです。どうして医療中断をしているのか、それをきちんと把握して、その方に連絡をとるとか、訪問するとかして、今、どういう症状になっているのか。そして、生活の状態はどのような状態になっているのかを、一度受診したその医療機関が責任を持って追跡して、その方の健康状態をいつも心にかけて診療を続けていくという義務が私は医療機関にはあるのではないかと思うのです。
 ですから、それを「医師に協力する義務」というこの言い方は、非常に家族が地域で医療中断者をずっと見ておって、それが新たに診断が必要になったときに、さあ、家族にいろいろなことを聞きましょうということになるのですけれども、それは私は少しおかしいのではないかと思います。医療機関が常に医療中断が起きないように、また、起きてしまった場合には、それをずっと医療をまたつなげるように努力をし続けて、状況を把握し続けるのが医療機関の責任ではないかと私は思いますので、この条項は非常におかしい条項であると思います。
 以上です。

○町野座長 ありがとうございました。
 それでは、当事者御本人ということで、先ほどから、当事者不在の議論だと言われましたけれども、是非お願いいたします。

○広田構成員 それは、みなさん自分が本人になる予定がないと思っているから。そういう何か情報を知りたいときはやたら言うんですけど。私は危機介入の相談で、警察官からもいっぱい相談を受けますし、いろいろなところ、昨日のような飛び込みもいっぱいありますが、情報は他者から一切聴かない。つまり、相手から、こういう人を紹介しますは一切いらない。「広田さんのところに行ってください」でオーケーです。そして私が自分で判断します。日本人はその判断能力が欠けていると思います。PSWも圧倒的に多いです。やたら人のことを知りたがる。そういうふうにレベルがとても低いです。
 私はこの年末年始そういうふうなことで過ごしながら、家にはお花もいっぱい咲いています。今、この瞬間に我が家には秋の花サルビアも咲いています。そして、20代のころを思い出しました。精神科に行く前の自分を。そうしたら、私、営業事務をやって、船荷証券の英文をチェックして、大手の会社から零細企業まで届けていました。私はキャリアのOLだった。すれ違った女学生から「かっこいい!」と言われたような人だった。200〜300人規模のサークルの副会長をやっていて、明るいから太陽と呼ばれていた。お母さんと呼ばれていた。そして、30代では、米軍基地へ遊びに行って、最終電車に乗り遅れると、どぶ板通りのスクリュードライバーというディスコで寝ていると、米軍兵が「ホテルへ行こう」と言って、だんだん値段が上がってきます。そういうふうな体験の中でも、私は遊びに来たんだからと行かない。そして、ぶらさがり族と呼ばれている女性の相談も受けていた。つまり、遊びも一流だった。そういうふうな自分を振り返ったときに、いかにこの業界が一流じゃなくて五流か。いかに民間企業で通用しないか。22歳で卒業して、二十何歳になって一人で営業でコツコツやっている人がうちにも訪ねてきます。そういう人の判断力とPSWのどこが違うか。この業界の人はやたら情報を当てにするんです。先生方も同じかもしれない。
 自分の目で自分の耳で知ればいいんです。患者が話もできない、字も書けない、耳も聞こえない人じゃなければ、ヘレン・ケラーじゃないんだから、通訳は要らないんですよ。信頼ですよ。その人の持っている本来のよさと可能性を信じて向き合えばいいと私は思って危機介入しています。
 私はなぜ被害を受けたか。医者の側の事情です。だから、95年に「NHKスペシャルに出て」と言われたときにも断っています。まして、精神医療がこんなにふたが開いてないから断っています。だけど、これから寒中見舞いを何百枚か書きますけれど、共同通信の記者の前で、「不適切な医療だった」と責任者が発言し、「御迷惑をおかけしました」と言った。不適切な私の保護者でした。私の生き残っている弟が「史上最悪の母親だ」。そして、「その最大の被害者だ」と。つまり、最悪の医療で、最悪の医者の対応で、そして、最悪の保護者だったんですよ。三点拍子そろったのです。そして、その人間が民間企業で働いたときには、一流の人になれたんですよ。精神医療サバイバーになっても。ところが、この業界では、いつまでも「妄想だ」、「そう状態だ」と言い続けて、神奈川県の精神保健福祉センターですが。国の委員を担った時、NHKの首都圏ニュースで私を取り上げた記者に、「広田さんがもし法務省と厚労省の合同検討会の、参考人で出ていたら、流れは変わっていたかもしれない。マスコミ受けするキャラクターで、話も国民に一番わかりやすい当事者だから。だけど、広田さんはそこできっと有名になって、池田小学校の広田和子になったと思うから、広田和子にとっては出なくてよかった」と言われた。
 この業界はたとえ見立て違いでもドクターのラベリングをずっと引きずっているのですよ。何が情報なんですか。何で自分の目で耳で相手を信じないのですか。相手と結婚するときに、いちいち興信所を使うんですかと私は伺いたい。
 私は、この条文は消すべきだと思う。失礼な話ですよ。前にも言ったかもしれませんが、胃潰瘍を患った。非常にわかりやすいインフォームドコンセントですよ。徹底したリスクの説明ですよ。そして、徹底した副作用の説明ですよ。余計な事を言わないスタッフ、そして、客筋のよさですよ。精神科と全然違うんですよ。全てが違っていた。病気になってよかったとこんなに思ったことがないですよ。だから、人の情報を当てにするな。人の情報を当てにせず、自分の生活観とか、自分の専門性を前面に出す。私だったら、精神医療の被害者という当事者性ですよ。だから、私は、この条文をカットしていただきたい。
 そして、医者に本当のことをなぜ患者が話さないか。薬を増やされるからですよ。そういうことです。それから、私はいっぱい仲間から相談を受け、家族から相談を受け、人権擁護人として付き添って医療機関へ行っていますから、そういう形で。でも、そういう人権擁護人でも、前回も申し上げた神奈川県立芹香病院は、病棟の中に入れませんから。保護者規定がひとり歩きしているんです。私は反対です。削除していただきたい。
 以上です。

○町野座長 ありがとうございました。
 では、これからフリートーキングに入りたいと思います。御意見のある方は挙手をお願いします。また、簡潔によろしくお願いいたします。どうぞ。

○白石構成員 この規定とその次の指示に従うという規定が、衛生法のときから、要するに、監護義務者の規定から保護者の規定に変わったときに出てきていると思うのですが、この法律、法文を盛り込むに当たって国会でどういう議論がされたのかということが今ではちょっとわからないのですね。ただ、精神病者監護法から衛生法になるときに、自宅看置の禁止というような歴史的な状況があり、そのときに家族の役割が、家に閉じ込めておくということではなく、病院に行って治療を受けさせるという、そういうところになったことに伴うその当時には意味があった規定ではないかと私は思いますので、今、殊さらこの文言を残しておく必要はないと思います。
 むしろ、家族が、保護者であれ、他の立場であれ、家族という立場であれ、もし特段の地位が認められるのであれば、協力をするのではなく、医師から説明を受けることができるという、そういう言葉が置き換わるのであれば、それは意味があるのではないかと、そういうふうに思います。ただ、それは保護者の規定全体の中でのお話なので、もし保護者というものが残るのであれば、むしろ、そういうふうに逆にするという意味でなら意味があるかというふうには思います。
 以上です。

○町野座長 今、立法のときが出ましたが、これは3項まで議論してからという具合にもちょっと思っておりましたけれども、今、白石構成員の御指摘のとおりでございまして、国会でどういう議論がされたかということは全然知ることはできない。ただ、この法律ができた直後の非常に古いコンメンタール、これは図書館の奥底から探してきましたけれども、その考え方によると、精神病者監護法の段階では、これはとにかく身体の拘束のことに非常に重点が置かれていたものであった。ところが、精神衛生法はそれを緩める方向で来た。そのためにこの条文がつくられたのだという説明でございます。
 だから、今のようなことであるとするならば、その後に、法の改正の中で、何か自己決定権を重視するから何かを外すという22条1項の括弧の中のあの書き方は、極めて意味の通らない実は改正だったわけですね。思想性が徐々にわからなくなってきた段階で、今のような混乱が実はあるのではないかという具合に思います。ここらはまださらに議論をすべきことだろうと思いますけれども、では、以上までのところにつきまして、診療に協力する義務に関して、他に何かございますか。
 それでしたら、先に行かせていただきまして、次に「医師の指示に従う義務」でございます。これについて、まず、事務局から御説明をお願いしたいと思います。

○本後課長補佐 それでは、「医師の指示に従うこと」ということで、資料14ページをご覧ください。22条3項でございます。
 「保護者は、精神障害者に医療を受けさせるに当たっては、医師の指示に従わなければならない。」という規定でございます。この規定は、22条1項「治療を受けさせる義務」と同じように、任意入院者、または、入院しないで行われる医療を継続して受けている方を除いた精神障害者が対象になるということになります。
 論点ですが、これに関しましては、医師が薬を増やす、作業療法をしてくれない、電気けいれん療法を実施する等、保護者の希望と異なる医療を提供する場合についても、医師が治療上必要と判断する場合、保護者は応じる義務があるのか。保護者は、いかなる場面においても医師の指示に従わなければならないのか。ただ、現実問題としては、保護者の意向を無視した医療を行うことは難しいのではないかという、医療、その中身に関する論点が1つ。
 この義務は、「医師の指示に従わなければならない」ということであって、「診療に同意すること」ではないと考えてよいか。そうだと考えれば、保護者に対する医師の「指示」として、この規定で考えているのはどのようなものなのか。例えば以下のようなものとして、診療の方針には従ってください。診療の中身自体ではなくて、方針に従ってくださいという言い方。
 あるいは、「寂しがっているので会いに来てください」それから、「差し入れをしないでください」そういった医療そのものだけではなくて、その周辺のことに対する指示も考えられるのかどうかということでございます。
 論点としては、以上でございます。

○町野座長 ありがとうございました。
 これもなかなかちょっとわかりづらい規定でございますけれども、医療関係者にとって、保護者が医師の指示に従うという規定をこのように置いておくことは、何か意味を持ってくるのでしょうかということについて、ちょっと御説明をいただきたいと思います。この点につきましては、医療関係の方で、河崎構成員と千葉構成員にお願いいたします。

○河崎構成員 この22条3項も、先ほどの22条2項と同じような感じがありまして。ただ、ここに出ていますこの論点の内容などを見てみますと、あまりにこういうことが果たして問題になるのかという感じを受けました。といいますのは、これは保護者の方とか、あるいは家族の方に、我々は本人に対して治療をする場合には、勿論、今はインフォームドコンセントであるとか、あるいは、治療計画とか、そういうことをきちんと、きっちりと説明をして、その上で行っていくのが主流になってきているというのか、それが守られていかなければいけない時代に今はなっているわけですね。
 そういう中で、ここでも、そういう観点に立ってこの条文を見てみると、「精神障害者に医療を受けさせるに当たっては、医師の指示に従わなければならない」となってはいますけれども、その保護者の方から見た場合に、この医者からは医療を受けたくはないというようなことは幾らでもあり得るわけです。もし、この医者に医療を受けるのであれば、それに対して、医者の方も、「こういうように家族の方に協力をしてください」とか、あるいは「こういう治療を行うので、それに対してはしっかりと協力しながらやっていきましょう」というようなアプローチに対しては、勿論従っていっていただきたいと思うのは、医療者として当然のことだろうと思うのですね。
 ですから、この辺りの部分は、本当に治療関係がスムーズに行っていけるということが大原則ですから、そういうような見方からしていきますと、ここに書かれているこの条文そのものが、本当に今の精神科医療の中で、この条文があることによって治療がうまくいっているのかとか、あるいは、この条文がなければ、本来の治療に何か差しさわりが出てくるのかというようなことが、日常の診療の場では、あまり実感として感ずることは少ないというようなところが印象でございます。

○町野座長 ありがとうございました。
 では、続きまして、千葉構成員お願いします。

○千葉構成員 私も同感なところがたくさんございます。これこそ、本当に法律で規定するべき問題なのかというようなことですね。本来、先ほど申しましたように、もう信託、信頼関係の委託の関係の中で、今「私の病気を診てください」「私はこういう診方をしていきます。どうでしょう」ということの中で「じゃ、お願いをいたします」という中で、今の治療は進めていくのが王道でございます。
 ですから、治療の計画等についても、また、本人も、それから、できれば御家族も、それについての説明と、それから、それに協力をしていただくという形の中で進めていきたい。疑問があれば、セカンドオピニオン、あるいは、その先生ではなく他の先生をというような、いわば交代というような、医師の方が退場というようなことはあって当然だろうと思うところであって、そういうのはあります。
 ただ、いささか残念だというか、御本人様が、それは認知症ということだけではなくて、認知機能に多少問題があったり、ある意味混迷の状態にあったりして、御本人様が健常な判断等が幾らかぼやけている時期があります。勿論、だからといって、全部を否定するということでは全くありません。ただ、勿論、説明もして、何もしてですが、どうも、脳の機能の障害なわけですので、そこの部分のところで、ある意味サポートをしていただく方について、いろいろと医者の方としてはお願いをしなければならないことがあります。例えばうつ病で、自殺企図の高い方といいますか、どうしてもそこのところに気持ちが行かれてしまっていて、なかなかそこから離れられない方は非常に危険度が高いわけでございまして、勿論、我々としては、御家族あるいはイコール保護者であれば、その方に「目を話さないでください。危険がありますから、是非、よく見ててください」とお願いします。何とかできるだけの危険、勿論、それが守れなかったというか、その間をすり抜けられることは多々あるわけですが、そういったようなところで助力をお願いするといったようなことが当たるのではないかなと思うのですけれども、だからといって、ここに法文化する必要はないのではないかと思います。
 これにちょうどカウンターサイドといいますか、反対側の法文が実は医師法の中にあります。これは医師の義務の方であるのですね。それは医師法の23条に「医師は診療をしたときには、本人またはその保護者・・・」ここでも「保護者」という言葉が出てまいります。これは先ほど全然触れられなかったようですが、ここにも「保護者」という言い方が出ています。それは何を指すのか、私もちょっとわかりませんし、どこにも書いていません。解説があるのだったら、後ほど教えていただきたいと思いますが、そういう「・・・本人またはその保護者に対し、療養の方法、その他、保健の向上に必要な事項の指導をしなければならない」という、医師の方には「しなければならない」という規定があるのですね。これも、我々から考えると、果たしてハード・ローとして、こういったような法律の中に文言として書くべきような問題なのか、「医者はこのようにするのが当たり前ではないのか」というようなことがあります。ただ、どうやら、ここのところの法律の形は、そういったように、そういう理念とか、モラルとか、行動規定といったような、本来、ソフト・ローで解決をしなければならないものがハード・ローの中にどんどんと組み込まれていく、これは第5次の医療医師法改定のときに入ったようですが、そういうようなことがあるということが、現在の流れと言えば流れだと思います。それでいいとは私は決して思いません。
 ちょっと私の方で提供資料として・・・、2005年にアメリカ医師会のこれは倫理規定の中で出されたものです。訳は、日本医師会で訳した訳でございますが、そのまま堅く訳してございまして、ある意味そのまま条文どおり訳したことになろうかと思います。
 中身は、「医療に対して、患者さんの方でも頑張っていろいろ協力をしてください」という内容のことが書かれているわけで。このように、本来であれば、そういう倫理の規程といったような形とか、モラルとかというものの中で解決するものではないのだろうか。全日本病院協会等でも、あるいは、支え合い医療人権センター、そういったようなところでも、「医者にかかる10カ条」とか、「賢い患者のための10カ条」とか、そういったようなこういうふうなことでという、「一緒に治療を進めていく中で、協力をし合うものとして、患者さんの方にお願いをすること」というのがあります。本来は、こういったようなものの中で、ソフト・ローで解決するものではないかなと思います。
 以上です。

○町野座長 ありがとうございました。
 それでは、御家族の方からということで、良田構成員お願いできないでしょうか。続きまして、堀江構成員もお願いいたします。よろしくお願いいたします。

○良田構成員 皆さんおっしゃったことと本当に私も意見同じですけれども、法律に書くような内容のものではないと思います。ガイドラインとか、倫理規程の問題ではないかなと思います。
 ただ、医師の方にとっては当たり前のことだと今おっしゃっておられましたが、最近、私の所属する団体でしました調査の結果では、薬の効果については50%、副作用については40%の人しか説明を受けていないというような回答がまとめられているのですね。案外と毎日飲むお薬について説明がされてないんだなと思いましたので、医師の説明の必要性はどこかに何かに必要なのではないか。ただ、家族のその指示に従うことは、これは当たり前のことでして。家族が本人をよくしようと思えば、頑張って一生懸命お医者さんに一体何をしてほしいのか、むしろ、いろいろ根掘り葉掘り聞きたいぐらいな状況だと思いますので、それは条文にすることはないかなと思います。全く皆さんの意見と同じように、義務とすることはないと思います。
 以上です。

○町野座長 堀江構成員、お願いいたします。

○堀江構成員 治療で回復している幸運な事例はこの保護者制度の対象になりません。私のように幸運でない例の体験者側から見ますと、「医師が提供する精神医療の水準が最適である」という大前提が崩れているように思います。私たちの周辺で、これまでは統合失調症として治療されてきた患者さんが、発達障害や神経症、DVによる心的外傷によるうつ症状であったのに、誤った診断による治療で薬剤性の障害を引き起こしていることがわかってきています。
 私たちは、今月発売の精神医学の専門誌に掲載した論文の中で、4つの事例を報告していますので、座長のお許しがあれば、次回に、皆さんに机上配付したいと思います。事例紹介はA41枚ですので、よろしくお取り計らいをお願いいたします。(臨床精神医学2011・1号P17、P18)
 ここで、概略を述べますが、まず4事例とも、主治医の診断と治療にもかかわらず、一向症状の改善が見られず、さらに悪くなっています。本人の治療拒否などもあり、家族が遠方のセカンドオピニオンに診断をしてもらいますが、その結果を主治医は認めず、家族の自己責任で、変薬・減薬をして、回復に向かっています。
多くの家族は、医師の指示を守ってよくなってほしいと願っていますが、現実の精神医療水準は、投薬する薬剤がかえって混乱を引き起こしたり、適切な心理社会的療法が行われていません。患者が最適な医療を受けるのは権利であり、社会の責任です。家族の90%が精神疾患についての知識がない中で、家族に患者の身体拘束の責任を負わせるのはあまりにもひどいと思います。家族が成人の家族に何かを強制する法律は、この法律以外にあるのでしょうか。
 最後に一言、何だ!家族というのは家族の保護をする気持ちがないのかと思われるとしゃくですから、家族に負わされてきた烙印について述べます。いまだに家族に精神疾患発症の原因があるかのような社会的烙印を押す人がいますが、半世紀前に、家族原因説を発表した有名な医師が、正常な家族の方がもっとひどかったことがわかって、家族原因説は根拠がなかったことを17年後に認めています。日本では、患者の前で、親に土下座して謝らせる家族療法を行った医師が、後年「私のやったことは罪、万死に値する」と、家族の前で謝っています。家族原因説は根拠がないのです。今40歳代のピアカウンセリングの方たちが、うつ、依存症、アスペルガー、DV、統合失調症など、縦の症状の垣根を越えて、医療水準の向上を求めて交流を始めるようになりました。私は、こうした動きの中から新しい希望を持っています。
 以上です。

○町野座長 ありがとうございました。
 それでは、ここから再びフリーディスカッションということで、皆様方、御発言をお願いいたします。挙手をして、簡潔によろしくお願いいたします。

○岩上構成員 岩上です。
 私たちは、御家族の相談を受けていて、時に他の医療機関にかわられた方がいいんじゃないかなという方はたくさんいらっしゃるのです。しかし、なかなか御家族、御本人共、一度その病院にかかるとかわらない。ドクターショッピングみたいになるのは問題だとは思うのですけれども、他の病気であれば、かなり重症であるとなったときには、特によりよい医療機関にかかって、よりよい治療を受けたいと思うと思います。しかし、私ももう何百人以上と御家族の御相談を受けていて思うのですが、御家族はすごく主治医を信頼して、その指示に従っていることが非常に多いと思います。この規定に縛られてといるということではないのですが、もう少し、よりよい医療を求めて、うまく治療をしていただくところを探していただいてもいいのかなと私は思うのですね。そうすれば、いい病院だけ残るというか増えると思いますので。
 ですから、そういう意味では医師の指示に従わなければならないという規程についてですが、この法律に縛られているわけではないのだけれども、家族はそういう状況、つまり、御本人が大変な状況に置かれると、家族もパワーレスになってしまって、家族自身も動けなくなってしまう。そういう意味でもこのような内容は規定することではなくて、先ほど来出ているような協力するというかモラルというか、関係性というか、そういう中でやっていくべきではないかなと思います。

○町野座長 ありがとうございました。
 他にございますでしょうか。
 では、白石構成員どうぞ。

○白石構成員 先ほど、この規定が古い規定だということを申し上げたのですが、インフォームドコンセントであるとか、医療の中身、ましてセカンドオピニオンであるとか、そういうことを意識してつくられたものでは全くないだろうと思います。昭和30年代に保護者の義務を果たしていないということで裁判になったものがあるのですが、そこで言われていたのは何かというと、病院の方から、お米を持って来てほしいのに持って来ないとか、それから、寝具が必要なのに寝具を持って来ないとか、そういうようなことで保護者の義務を果たしていないというような、そんなレベルのお話でした。
 ですから、現代の意味合いを議論する余地は勿論ありますけれども、これがつくられた当初の意味もはるか昔の状況と今とでは非常に変わっていることは申し上げておきたいと思います。

○磯部構成員 医師、患者関係におけるコミュニケーションがどうあるべきなのかということから、今の条文とその前の条文はどちらも整理ができるような気がしていて、既に論点としては出尽くしているような気がするのですけれども、河崎先生がおっしゃったように、よい治療環境をつくるということの中で、それは保護者は本来身近にあって、患者さんに適切な医療をいかに提供できるかの判断ができる人が保護者であるとするならば、必要な情報を提供するのは論理必然なはずなわけで、何もこのような条文は必要ないではないかというような気はしておりますし、また、療養指導義務の話も出てまいりましたが、医師の診断治療、判断が患者にとって最適なものであるという医師の自己研鑽を前提として、それに基づいた療養指導であれば、当然それにも応じるということが、保護者である以上、論理必然なんだろうと思って、そういう一番うまくいっている幸せな話であれば、この2つの条文はなくてもいいものなのかなというような気がするのですけれども、今、岩上先生がおっしゃったように、指示に従わなければならないという規定があることによって、保護者が患者の最善の利益はこう思うけれども、しかし、指示には従わなければならないということで、一方我慢してしまうというような、もし消極的弊害があるようであれば、それはあってもなくてもいい規定ではなくて、やはりない方がいい規定だということになるのかなという気がいたしました。
 あとは、ハードローかソフトローかという千葉先生の御指摘も非常に興味深くて、確かに法律の中には罰則のない、それを道義的訓示規定と言う先生もいらっしゃいますが、そういうのが幾つもあるのは確かで、法律がある方がおかしいという評価もできるのかもしれませんが、しかし、とりわけ大事だから法律に書いたのだと。応召義務などもそうなんだという説明の仕方もあるわけで、どっちでもいいのかなというような気もちょっとしておりました。すみません、以上、コメントです。

○町野座長 ありがとうございました。
 それでは、広田構成員どうぞ。

○広田構成員 結論は外していただきたいという思いです。
 本当に先生方も本音でおっしゃったし、いい会だと思います。こんな会は多分初めてです。
 堀江さんが家族が原因じゃないとおっしゃったけど、全てが家族が原因ではないけど、この家庭でなかったら違った人生があったかなというのが私です。そういう人はたくさんいます。今、この社会で失われているのは、内閣府でも、「愛、愛、愛」と言ったら、愛の伝道師と言われたんですけど、ヒューマンもラブもない社会ですよ。それはこの業界もそうです。医者もヒューマンがない。勿論、PSWもない。公務員も。余裕がないのかもしれません。
 皆さんが私のスケジュールを知って「え、そんなにやっているの」と言うぐらい私やっていますが。それは何かと言ったら、生活保護制度で税金をいただき、そして、精神医療サバイバーという被害者であるから、被害者を少なくしたい。岩上先生のおっしゃるような、よくない医療機関は淘汰されるべきかもしれない。それよりこの国のどこへ行っても普遍的に津々浦々、対馬から北海道の礼文島まで精神科医療に安心してかかれることが大事だと思います。
 それから、私、よく多くの患者さんに相談を受けたときに、私が神奈川県立芹香病院をこれだけ批判しながら動かないのは、やっぱり自分のカルテが必要なんですよ。医師から診た自分の人生ですから。だから、私は20年間開示しましたけど。前回も言ったかもしれないけれど、民間病院の院長から、医者ごとスカウトされます。主治医がいいと言うと、医者ごと来てくれと。
 家族の中で、こういう人もいます。12歳の少年が強迫神経症だということで、お母さんが教師ですが相談を受けて、彼は東海大学宇宙航空学科大学院を24歳で卒業しましたが、中国に日本中の学生の中から選抜されて胡錦濤に会った100人のひとりです。3年前に私は「お母さん、本当に強迫神経症だったのですか」と言ったら「いえ、実は精神分裂病だと言われた」と。「神奈川県のこども医療センターから縄をくくっても連れていらっしゃい」と。さっきの強制移送ですよ。いわゆる民間の救急とか出ていましたけど、それを使っても「何でもいいから連れて来い。隔離室へ入れます」。それからが愛ですよ。うちの大事な息子をそんなところへ入れたくない。講演で聴いた広田和子のところへ連れて来た。我が家に泊まったら、強迫神経症は一晩で治った。信頼関係で。それから、アメリカから帰国した、ハーバード大出の人がやっていたフリースクールに通い、出て、彼は大学院まで卒業したんです。お母さんは不安になって何度も聞きましたよ。「うちの息子は統合失調症になりませんか」そうですよね、そう診断されていたから。そういう実態がある。
 それから、15日に来た18歳の少女は、13歳でうつになって、それで、親が「うちの娘がこんな薬漬けはだめだ」ということで、フィットネスクラブに連れて来て、2年間通った結果、その子が編み出した健康法でうつを治し、18歳になりましたが、この間来て「広田さんきれいになりましたね」と言って、非常に大人の会話をし、「薬漬けはだめですね」と。そういう子もいますよ。それも家族の愛ですよ。
 もっと大変な相談をこの間受けました。いわゆるクリニックに行ったら、何か心身症とか、自律神経失調症と言われたと。ところが、大変な状態になって民間の精神病院に入院した。精神病院はさっきの救急搬送ですよ。民間の救急車で連れて来てくれと言ったと。連れて行ったそうですよ。手にあまったんですよ。そうしましたら、看護者の責任者が「こういう人は公立がいい」と言ったそうです。そこで、相談に見えたんですよ。それで、私いろいろなお話を伺って「その息子さんは誰を信頼していますか」と。息子さんが来られました。100%、今まで出会った何万人の仲間の中で、これだけ妄想に支配されて生きている人を初めて見たんです。言ったんです。「誰を信頼していますか」「最初のクリニックの女医さん」だそうです。私親しいんです。「先生のところへ連れて行って今の状態を診断してもらってください。」そうすれば、「民間病院の主治医が診察した統合失調症を信じない」と言うわけですから、「言ってもらえれば信じられるんじゃないですか」親が電話をした。医者は全く出ない。本人が電話しても出ない。それで、私はあるイベントに出かけて行って「先生、言ってあげていただけないのですか」と言ったら、その女医さんが一言ですよ。「私は言ったわよ。あれだけの重症は精神科病院に入院してなければだめよ」それを受けて、私は親にそんなことは言えないから。「どうなりましたか」と言うから、「先生はお話しされたそうですよ」と言ったら「言っていません。息子は両親の愛で治します」これが困っている家族の実態なんですよ。私は「それしかないですね。そういう御両親を応援しますよ」せつない話じゃないですか、21世紀の精神科医療のこれも現実ですよ。そういうことです。
 私は、外していただきたい。

○町野座長 事務局の方、若干の延長は可能でしょうか。

○本後課長補佐 はい。

○磯部構成員 先ほど、急に話し始めてしまったものですから、前提で。患者さんに一番適切な医療を受けさせるために身近で判断できる人は、そうである以上、当然に医師に必要な情報も提供すれば、協力的に応じるだろうというようなことを申し上げましたが、そのような人が当然に保護者という制度で、保護者でなければならないとは思わないのです。それは通常の医療においてもそうなわけで、一般家族でそういう人がやっていればやっているはずなんですね。ですので、ハードでもソフト何とかでもなく、およそそういうものではないかなと思うので、私は別に保護者制度は、この場合必ず必要だと思っているわけではないということをちょっと申し上げたかったことと。
 あと、もう一つ、これはいつか情報提供をいただきたいのですが、つまり、患者さんにとって必要な、かつてのその人はどうであったかとか、病歴であるとか、生活歴等について必要な情報を提供できる身近な人がいない場合に、勿論、それは診断等は難しくなろうとは思うのですけれども、果たして、この精神医療の領域で、そういうその人の病歴とか生活歴などについて然るべき人たちが情報を共有してフォローをするというような、そういう自治体の営みがあるように思います。というのは、それは野村さんがおっしゃった病院だけでなく、治療中断者についてどうやってフォローをしていくのかということにもつながるかと思うのですけれども、自立支援であったり、高齢者虐待防止の観点であったり、地域でそういう人たちが生きていくに当たって、ケースワーカーであるとか、病院であるとか、行政であるとか、そういった人が情報を共有する。そのために、個人情報保護条例のもとで何とか協議会みたいなものをつくって、平時から情報共有をしているのだという営みがあると思うのですけれども、そういうものがあれば、それなりに。要は、保護者はいなくてもいいのかと、代替できるのかどうなのかといったことをちょっと思いついたものですから、地域において、専ら情報面でそういうのをフォローするというような営みがあるならどんな例があるかといったことをいつか教えていただきたいと思います。

○野村構成員 まず私は、治療を受けさせる義務は社会全体の義務であって、その地域の公的機関が責任を持たなければいけないと思っております。医師の指示に従う義務ということになりますと、これから先は、入院医療から地域医療が中心になってきて、多職種の訪問チームが出かけて行って、チームとして医療を与えることになってくると、医者だけではなくて、精神保健福祉士だの看護師だのいろいろな方が含まれてくるわけで、そうすると、医師の指示ということだけではこれから先仕事ができないわけでありまして、みんなの意見を寄せ集めて、本人にとって最適の医療を提供していかなければいけない。
 その場合には、本人の意思を最大限尊重した上での医療でなければいかんということが上がってきて、この医師の指示がまるで金科玉条のように、全く間違いがないものでもあるかのように上意下達というか、一方的な指示に何か取れるようなこの条文はおかしいと思います。チームとして、その中に家族もパートナーとして入って、本人の意思といいますか考えを一番大切にしながら、医療を組み上げていって、そして、本人にみんながかかわっていく。そうすると、医師の指示に従う義務は非常におかしいことになって、みんなの意見を寄せ集めて、本人の意思を一番大事にしながら決定をして、治療を行っていくことが、私はこの法律を変える場合の方向性ではないかと思います。

○町野座長 ありがとうございます。
 議論もいろいろ尽きないと思いますが、時間がついに超過いたしましたので、本日の議論はここで一応まとめさせていただきます。
 本日は、多くの御意見は、この条文をそのものとして存置する必要はないのではないかというところにほぼまとまりつつあるようでございます。先ほどからの議論の中で、この法律22条の関係は非常にわかりづらいものでございますけれども、つくられたときの状況は、精神病者監護法のような強制的な措置にかえて、いわゆるソフトな措置として、当時は保護義務者だったわけですが、保護義務者の義務を規定するという格好が22条であったと。しかし、そのときは精神病者監護法の思想を引きずっておりまして、その解説によると、「このような義務は社会に対する義務でも、本人に対する義務でもなく、国に対する義務である」ということで最初はつくられたわけですね。この限りでは、かなりアウト・オブ・デートのものになっていた。
 ところが、それがその後、さらに生き延びておりまして、その過程で、これは患者の自己決定能力を有しない精神障害者に対しては誰かが配慮しなければいけないという具合な誤解に基づいた、そのような解釈に基づいてつくられたものだというようなことになりまして、そのために、今日の参考資料の中で、5ページの一番下の○にありますように、強制入院患者については、自己決定能力がないから、配慮の義務が妥当するけれども、任意入院患者あるいは通院者についてはこの義務がないという非常に奇妙な格好になってきたということなんですね。このように思想的にかなりガタガタになっておりますし、意味がほとんどないようなものであることは皆さん認識されたのは当然のことだろうと思います。
 しかし、将来、これを取ったときに、いろいろな疑問が生ずるわけで。そのうちの1つは、家族は一体、家族的ネットワーク、医療についての情報の提供だとか、それはどうなってしまうのだろうかというようなことが1つあります。それから、もう一つは、先ほどから出ておりますとおり、治療へのアクセス、強制入院を中心とした、あるいは強制入院じゃないアウトリーチとかそういう方向によるそれが、これはどのような方向でこれから担保されていくのだろうか。現在でもうまくいってないというところで、これを取ってしまって一体どうなるのか。ただ、要するに条文だけの操作にとどまってしまってはいけないということだろうと思います。
 このようなことで議論はまだ続きますけれども、最後に、次回の作業チームについて、事務局からお願いいたしたいと思います。

○本後課長補佐 次回の作業チームは、2月9日(木)18時から、場所は共用第7会議室(5階)を予定しております。本日に引き続きまして、義務の規定の一つひとつについて検討をしていただきたいと考えております。

○町野座長 どうもありがとうございました。
 それでは、長時間非常に収斂して、しかも、活発な御議論をいただきまして、どうもありがとうございます。
 これをもちまして、第2回の作業チームを閉会いたします。どうもありがとうございました。


(了)
<照会先>

社会・援護局障害保健福祉部
精神・障害保健課企画法令係

電話: 03-5253-1111(3055)

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