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2011年10月24日 第3回医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会

医政局総務課医療安全推進室

○日時

平成23年10月24日(月)


○場所

省議室


○出席者

会議メンバー(五十音順)

有賀徹 (昭和大学病院病院長)
飯田修平 (練馬総合病院病院長)
岩井宜子 (専修大学法科大学院教授)
印南一路 (慶應義塾大学総合政策学部教授)
貝谷伸 (全国健康保険協会理事)
加藤良夫 (栄法律事務所弁護士)
里見進 (東北大学病院病院長)
椎名正樹 (健康保険組合連合会参与)
高杉敬久 (日本医師会常任理事)
豊田郁子 (新葛飾病院セーフティーマネージャー)
松月みどり (日本看護協会常任理事)
宮澤潤 (宮澤潤法律事務所弁護士)
山本和彦 (一橋大学大学院法学研究科教授)
吉川和夫 (東京都副知事)

参考人

勝村久司

オブザーバー

警察庁
法務省
文部科学省
公益財団法人日本医療機能評価機構
一般社団法人日本医療安全調査機構

厚生労働省

唐澤剛 (大臣官房審議官(医療保険・医政担当))
池永敏康 (医政局総務課長)
木村博承 (大臣官房総務課参事官(医療安全担当))
宮本哲也 (医政局総務課医療安全推進室長)
田原克志 (医政局医事課長)
鈴木建一 (保険局総務課医療費適正化対策推進室長)

○議題

(1)関係者からのヒアリング
(2)その他

○配布資料

資料1第2回医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会議事録
資料2医療事故情報収集等事業における医療事故報告について
資料3諸外国の無過失補償制度の背景・目的及び制度開始による影響
資料4患者会のこれまでの活動について(豊田構成員提出資料)
資料5無過失補償制度で医療裁判はなくなるのか〜被害者・原告の思いを知ってほしい〜(勝村参考人提出資料)
資料6異状死について−日本学術会議の見解と提言−平成17年6月23日日本学術会議第2部・第7部(岩井構成員提出資料)
資料7日本救急医学会の医療事故調査に関する見解(有賀構成員提出資料)
資料8医療裁判外紛争処理(ADR)について(山本副座長提出資料)
資料9死因究明制度に関するワーキングチームの検討状況について

○議事

○医療安全推進室長 定刻になりましたので、ただいまから第3回「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」を開催します。
 本日はご多用の中、当検討会にご出席いただき大変ありがとうございます。
 本日は、岡崎構成員より欠席とのご連絡をいただいています。また、藤田大臣政務官ですが、公務都合で欠席させていただきます。また、本日、豊田構成員よりご推薦いただきました、患者・ご遺族の立場から活動されている勝村参考人にお越しいただいています。後ほどご意見を伺う予定にしています。
 以降の進行については里見座長にお願いします。よろしくお願いします。

○里見座長 おはようございます。第3回「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」を開催します。お忙しい中、しかもタイトなスケジュールで3回まできましたが、お集まりいただきありがとうございました。4回目以降は、もう少しゆったり進めたほうがいいのではないかというご意見もありましたので、調整させていただきます。
 これまで2回、いろいろお聞きして、共通認識を深めてまいりましたが、今日も、これまでいろいろな活動をされた方々がおられますので、活動報告等をいただき、ここに集まっている皆さんの共通の認識をまず深める作業から進めていきたいと思います。次回以降、新たに論点を整理してということになるかもしれませんが、今日の議論の進み具合によっては、もう少しヒアリングが必要という結果になるかもしれません。その辺を是非お含みおきいただきたいと思います。
 最初に、資料について事務局から確認をお願いします。

○医療安全推進室長 配付資料について確認させていただきます。お手元には、議事次第と座席表。そのほかに資料として、資料1が第2回検討会の議事録、資料2「医療事故情報収集等事業における医療事故報告について」、資料3「諸外国の無過失補償制度の背景・目的及び制度開始による影響」、資料4は豊田構成員より提出いただいた資料、資料5は勝村参考人より提出いただいた資料、資料6は岩井構成員より提出いただいた資料、資料7は有賀構成員より提出いただいた資料、資料8は山本副座長より提出いただいた資料、資料9「死因究明制度に関するワーキングチームの検討状況について」です。以上です。不都合がありましたらお知らせください。また、資料1の議事録は、既に構成員の皆様には内容をご確認いただいておりまして、厚生労働省のホームページに掲載しているものです。何か不具合等がありましたらお知らせください。以上です。

○里見座長 ありがとうございました。資料については皆さん、おそろいですか。何かありましたらお申し出ください。
 これから議事に入りますが、特にカメラ撮りはしていませんからここで注意しても意味はなさそうですが、カメラを撮るのはやめてください。
 議事に入ります。前回までにいろいろ構成員の方々から質問等があり、それに答えをいただきたいと思います。答えられるものがありましたら、事務局から回答をお願いします。

○大臣官房参事官 第2回の検討会において、検討会の資料4「諸外国における無過失補償制度等について」のご説明を申し上げた際に、幾人かの構成員の方々からご質問をいただきました。その内容について、事務局でその後、調べさせていただきましたが、特に諸外国の状況についてはなかなかわからない部分もありますので、本日は、現時点である程度わかったものについて報告させていただきます。
 資料2「医療事故情報収集等事業における医療事故報告について」です。宮澤構成員から医療事故の件数についてのご質問がありましたが、これについてのご回答のための資料です。医療事故情報収集等事業においては、現在、医療法で医療事故の報告義務が課せられています特定機能病院、大学病院、国立高度医療専門センターなどの報告義務対象医療機関272機関と、それ以外の任意参加で参加している参加登録申請医療機関578機関、合わせて850機関が公益財団法人日本医療機能評価機構に医療事故報告をしている状況です。
 この医療事故報告によると、平成22年の報告件数においては、報告義務対象医療機関が2,182件、参加登録申請医療機関が521件で、合計2,703件でした。
 内訳は、報告義務対象医療機関の報告件数2,182件のうち182件が、また、医療事故情報収集等事業に参加しているすべての医療機関の報告件数2,703件のうち227件が死亡事故件数であるという状況です。全体を把握している数字がありませんので、このような数字から、我が国全体についての死亡事故等について類推するということになろうかと思います。
 また、補償に関して、現在、我が国では保険会社に医療事故として届けられて支払われている総額はどの程度なのかというご質問がありました。自賠責の総額ですが、個々の保険会社において、原則公開されていないこともあり、よくわからない状況ですが、およそ毎年300億円程度ではないかと言われているところです。
 次に椎名構成員からのご質問で、諸外国における無過失補償制度の構築の背景や目的、また、制度開始によるその後の変化・効果についてどうであるかというご質問がありました。これについては、資料3「諸外国の無過失補償制度の背景・目的及び制度開始による影響」の資料をご覧いただきたいと思います。ご説明する前に、出典のいちばん下のところが「第3回」となっていますが、「第2回」の間違いですので修正をお願い申し上げます。
 制度構築の背景についてですが、フランスについては、従来より、公立病院と私立病院間の損害賠償訴訟の取扱いについての差異があり、統一的な対応が求められていた背景があります。即ち、公立病院における医療紛争においては、行政裁判所が管轄していて、事実上、医療機関側に証明責任を持たせて、患者の補償を認めてきたのに対し、私立病院における医療紛争においては、裁判所が過失責任の原則を維持して、患者側に証明責任を課してきたという状況がありました。また、賠償責任の時効消滅についても、公立病院は4年であるのに対し、私立病院は30年と異なっていた状況でもありました。このような中で、1996年に医事紛争の解決を目的として、医療機関内に調停委員会が設けられることになりましたが、公平性・透明性に問題があるとの指摘もされていました。
 また、1980年になり、血液製剤や輸血汚染などによる被害が社会的にも大きな関心を呼ぶようになり、医療事故の被害者救済制度構築に向けた議論が本格的に展開される中で、2002年に過失責任原則を前提としつつ、過失が認められない医療事故にあっては、国民連帯による補償を行う制度として構築されたと、こういう流れになっています。
 制度後の影響ですが、量的にはよくわからないわけですが、定性的には、公立病院を提訴する行政訴訟の件数は低下していると、そういう記述がありました。
 スウェーデンについては、従来より、損害賠償訴訟を除き、医療事故による障害に対する補償が得られにくい状況にあったという状況です。また、1975年に医療従事者側に批判的な報道が増加したこともあり、医療紛争を防止し、簡単な手続きで補償が受けられるように、県が任意の制度として無過失補償制度を創設したと、こういう流れになっています。1997年には、それまでは一部の医療機関が未加入だったということでしたので、補償が受けられないケースも増加してきたことを踏まえ、法律に基づく強制加入になっています。
 これらの一連の流れにより、訴訟の件数が減少してきたと、こういうことになっています。
 デンマークについても、1980年代には多くの医療訴訟が起こされていたわけですが、患者が医師の過失や過誤を証明しなければならず、治療上の医療過誤を証明することが困難な場合が多かったということで、現行制度を導入したという流れになっています。
 その結果、患者保証協会の設立なども踏まえ、訴訟が減少したということです。
 最後に、ニュージーランドについては、1972年に事故補償法が成立し、自動車事故を含む就業者のあらゆる事故に対する、人身障害に対する補償制度が1974年から開始されたところです。国民の医療事故への関心の高まりなども踏まえ、1992年から、事故のリハビリテーション及び補償保険法により、それまで人身障害の1つとされていた医療事故による人身障害を、事故の類型として新たに独立させ、さらに2005年には「医療過誤」と「医療被害」という区分を「治療障害」という一本化した形で現在に至っている状況です。
 なお、訴訟件数の変化については不明ですが、懲罰的損害賠償を除き、医療事故に対する民事訴訟の提訴は禁じられております。
 資料3についての説明は以上ですが、次に、飯田構成員からのご質問である医療機関や個人に対するデータを強制下に出すのか、あるいは警察に出すのかどうかについての情報については、現在調べているところですので、またの機会に、わかりました範囲でご報告させていただきます。事務局からの説明は以上です。

○里見座長 我が国における医療事故の届出の件数、諸外国において無過失補償制度が実施されているときのその後の影響といいますか、社会に与えた影響を報告していただきました。若干、前回の質問事項にすべて答えているわけではないのですが、引き続き調査をしていただいて、次回以降にご報告をお願いします。またあとで、討論に入りたいと思いますので、最初に、今日予定しています関係者の皆さん方からのヒアリングに入ります。どうぞよろしくお願いします。
 最初に豊田構成員から説明をお願いします。

○豊田構成員 私からパワーポイントのスライドに沿ってお話をさせていただきます。
 私は、2003年に医療事故で息子を亡くしています。2003年3月、私の息子は当時5歳だったのですが、突然、明け方に強い腹痛を訴え、地域の小児救急外来を受診しました。お腹のレントゲンやCT、浣腸を受け、採血と点滴を施行され、採血の結果を2時間待ったあと、そのときの小児科の医師はあまり危機感を感じていなかったようですが、家族は命にかかわることなのではないかと感じ、入院を希望して、そのまま入院となりました。
 入院から2時間半後、病室に医師が一度も来ないまま、息子は大量に吐血し、そのまま心肺が停止しました。夕方の4時過ぎに死亡確認となりましたが、そのとき、病院の判断で警察に届出が行われました。警察は、事件性はないと判断し、東京都には、監察医務院制度があるということで、翌日行政解剖を受けました。その結果、当初、軽い腸閉塞だと思われていましたが、実際の死因は重症の「絞扼性イレウス」だったことがわかりました。
 私たち遺族が、事故が起きた病院に対して不信感を持ったり、疑問を持ったのは、息子が亡くなった際だけではありませんでした。
 その後、突然新聞社に内部告発があったことがわかりました。私たち遺族は、新聞の取材を受けることよりも、カルテ開示でしっかり説明を受けて病院と話し合いをしたいと考え、カルテ開示の申し出をしました。ところが、実際にカルテ開示を受けたときに感じたことは、とても不誠実だったということです。説明されていることが私たちにはまったく理解することができませんでした。
 後に当該病院から事故の調査報告書を受け取るのですが、その報告書の最初のところに、この事故に関して全部で10回審議が行われていたという日程が書かれていました。それを見て大変驚いたのは、最初の4回目までの日程です。私たちがカルテ開示を受けたのは4月14日でした。その前に、実は4回、この病院では審議をしていたわけですが、そのことはカルテ開示の際に一切説明されず、言われたことは「最善を尽くした」ということだけでした。そこが、まず私たち遺族が、病院は隠そうとしているのではないか、ごまかそうとしているのではないかと思うようになった最初です。
 もう一つ問題点があったのですが、それは、当事者やその日にいたスタッフの人が誰もカルテ開示のところに同席していなかったために、まったく事実がわかりませんでした。確かに、責任者の病院長と小児科部長がきちんと出てきてくれましたが、その人たちは、しっかりとした事実確認を行っていなかったために、私たちに起きた事実を説明することができず、何が起きたのか、この日はとうとうわかりませんでした。
 4か月後ぐらいに調査報告書を受け取ったのですが、そこで納得できなかったことは、事実関係が違っていたことです。2003年当時は、多くの病院でそうだったのかもしれませんが、事故が起きた病院のスタッフに聴き取りを行っているだけで、家族に聴き取りを行っていないことが大きな原因だったと思います。この報告書は、「絞扼性イレウス」という難しい病名に対して、「診療経験の少ない医師にその判断は難しい」ということで終わらせられているようにしか読めず、根本原因を究明してもらえたとはとても思えませんでした。
 病院とはその後どうなったのかといいますと、2003年3月に事故が起きて、それから1年近くの間、病院との溝は埋まりませんでした。私はあまりにも傷つききって、警察に被害届を出すことにしました。
 その後、私は、さまざまな医療安全と医療事故の改善活動を願って取り組んでこられてきた遺族の皆さんと出会い、遺族を支えようとする心ある医療従事者の皆さんとの出会いもあって、そこで出会った新葛飾病院の病院長に声をかけていただき、新葛飾病院の医療安全担当者として働くようになりました。
 その活動をしている中で、病院から突然和解の申入れがあり、2005年9月に病院と和解することになりました。翌年、2006年10月に当該医師の不起訴が確定しました。その後、その病院は、息子の命日の前後1週間を医療安全推進週間として、毎年、医療安全研修会を実施してくれています。
 和解をしたときは、実際のところ、まったく理解も納得もしていなかったのですが、裁判で、本当にわかりあえるのだろうかという疑念が拭え切れなかったことから、裁判をせずに和解に至ったわけなのですが、その間も、この病院はどういうことを考えてくれているのだろうか、本当に再発防止に取り組んでくれているのだろうかということで、ずっと心を痛めていました。ですが、事故から3年後に、当事者の1人の看護師と出会うことができ、その方から、心からの謝罪を受けられたことにより、私の心は少しずつ回復していくことができました。そのことがきっかけで、その1年後、平成19年に、事故のあった病院の研修会で私は講演をすることになりました。そこで初めて、当該病院の職員の皆さんと話をすることができ、良い関係になることができました。
 息子の事故を通して、あのときのことを振り返ってみると、あのとき内部告発があり、事故当初は息子が亡くなることになった詳細が知りたい、ただただ私はその一心だけでした。病院が対応を拒否したために、弁護士に助けを求めるしかなかった。そういう考えだけでした。経済的補償は特段望んでいませんでした。何より、辛い思い出しかない病院に講演に行ったのは、同じ事故を繰り返してほしくなかったからです。
 平成19年に、診療行為に関連した「死因究明等のあり方に関する検討会」が厚生労働省で開催されたことをきっかけに、私たち患者、市民団体、それぞれ活動してきた団体が1つにまとまって、医療事故調査機関早期設立を願った活動を始めたいと考え、「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」を2008年10月に発足しました。略称で「患医連」と言っています。加盟団体は、ここに載っているとおりです。患医連では、「医療事故調査機関早期設立」のテーマでご発言いただける各政党の国会議員の皆さんに集まっていただき、シンポジウムを開催したり、参議院議員会館で院内集会を行ったりしています。いま現在も、早期設立を願って署名活動を続けています。
 皆様のお手元にあります患医連の中に所属している医療事故市民オンブズマン・メディオの報告書17頁の補償の部分に関してですが、「法的行動をとった理由」ということでアンケートをとっています。そこを見ると、「納得のできる説明がほしかったから」という90.3%の回答があります。このような回答からも、私たちは「説明のない補償」を望んでいないということが言えると思います。
 私は息子を亡くしていますが、大黒柱を失ったようなケースでは、遺族の方はどう考えているのかということですが、私は、患者会の中で相談を長年受けています。その中の1人の方のケースをご紹介したいと思います。夫を医療事故で失って裁判になったケースです。
 50代の男性が胸の痛みを訴えて病院を受診しました。医師から、胃が悪いのが原因ではないかと言われて、胃カメラの検査を勧められました。数日後、男性は胃カメラの検査を受けましたが、検査中に突然急死しました。この男性の妻は、医療ミスではないかと疑問を持ち、病院に対して説明を求めましたが、「心筋梗塞でした。ですから、胃カメラの検査は死因とまったく関係がありません」と説明され、病院はそれ以上の話合いや対応を拒否してきました。妻は納得がいかず、そのあと訴訟に踏み切りました。
 この方は、訴訟を起こした理由を、病院に対応を拒否され、何が起きたのか分からなくなったからとおっしゃっていました。事実を知るために、負けることを覚悟で裁判に踏み切ったともおっしゃっていました。経済的補償より、何よりも真実が知りたかった。これは原因究明をしてほしいという願いの部分だと思います。同じような事故が繰り返されたくなかった、だから声を上げたかったと言って、再発防止の願いも話されていました。
 医療事故に遭遇した患者・家族・遺族の願いについてですが、医療事故が発生した際、患者・家族はいきなり訴訟を起こそうとは思いません。患者・家族・遺族の一番の願いは、何が起きたのかを知りたい、情報開示がなされた上での正直な話合いを求めています。正直な話合いをするために、事故が起きた当該医療機関が事実の究明に向き合うことを、患者・家族・遺族は何より望んでいます。
 産科医療補償制度のことですが、私はこの制度の原因分析委員会の委員として参加しています。その中で、産科医療補償制度は、児・家族から意見及び質問を受け付けていますが、原因究明を必要とせず、補償のみを望む人はいないことが、この制度に参加しているとよくわかります。私は、医療事故を経験した遺族として、また、患者会の相談を受けている立場からとして、そして、この制度に参加している立場から、それを踏まえた上で言えることですが、医療事故に遭遇した患者・家族・遺族がいちばんに望むのは原因究明と再発防止であり、経済的補償のみでは救済されないということを感じています。以上です。

○里見座長 ありがとうございました。続きまして、豊田構成員より推薦いただきました勝村参考人のほうに説明をお願いしたいと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。

○勝村参考人 貴重な時間をいただき、お話をさせていただく機会をいただきましてありがとうございます。
 早速ですが、お手元のスライドの資料に基づいてお話をさせていただきたいと思います。
 私は90年の12月に妻と子どもが陣痛促進剤の被害を受けまして、その後、医療裁判をしています。その事故の概要は、「子宮口をやわらかくする薬」という説明だけで、子宮収縮剤が知らない間に投与されていました。感受性の個人差が200倍以上ある薬ですから、妻には非常に強い陣痛がきてしまって、その苦しみを訴えると、「しゃべることができるからまだ陣痛が弱い」ということで、筋肉注射で陣痛促進剤を追加投与されました。その後、過強陣痛に襲われ続ける中、苦しみを訴えてもベッドサイドの医師や助産師らは叱るばかりで何もしてもらえない状況の中で、最後の方で陣痛室に入ってきた若い看護師が、「お腹、こんなに張りっぱなしだったの」と、子宮破裂直前の真空パック状態になっているお腹を見て大きな声で叫んでくれたことで、緊急帝王切開になったけれども、長女は死亡し、妻も危篤になったという事故です。
 それで医療裁判になりまして、99年3月に大阪高裁で私たちは勝訴確定しました。実際に提訴したのは事故から1年以上経った後ぐらいでしたので、事故から判決まで9年間あまりという裁判でした。
 判決の頃、「アメリカの医療の光と影」などの著書がある医師が、私たちの事故の裁判が、当時、非常に報道されていましたので、裁判についてコメントされて、「これはアメリカで言うところの医療事故や医療裁判ではない、アメリカでは犯罪だろう、事故後改ざんが明らかになったり本当のことを言っていない、そもそも知らない間に薬を使うということ自体もありえない」というようなものでした。これを聞いて、アメリカでやられている医療裁判と日本の医療裁判というのは少し違うのかなということを感じました。なぜなら、私たちの裁判は当時多かった陣痛促進剤被害による裁判の中の典型的なものだという形で、いろいろなメディアに報道されていましたから、それがアメリカでは一般的な医療事故や医療裁判ではないということはどういう意味なのか。つまり、アメリカではカルテ開示、レセプト開示、インフォームド・コンセント、オネスト・トーキングという、まず正直に事実経過をきちんと伝えるということがされた上での裁判であるけれども、日本では当時それがなされていない。日本では、事実経過そのものをはっきりしてほしいということを訴えるのが裁判でした。
 私たちは勝訴をしましたが、勝訴をしてはじめて、事故だった、という事実が確定したことになるわけです。それで終わるわけにいかないわけで、やはりそのような陣痛促進剤の使い方をそこの病院ではしないようにしてほしいという要望書を、勝訴をしてはじめて持っていくことができるので持っていきました。ところが、裁判が終わったのにしつこいと言われて受け取ってくれないということがありました。そのころ非常に私たちの気持ちは苦しかったのですが、そこの病院の院長が製薬企業との癒着等で逮捕されるという不祥事がありまして、それを機に、私たちの要望書を受け取ってもらうことが、粘り強い交渉の中で実現しました。
 そのときに病院側は、「この事故を教訓に事故防止に努めていきたい」と言ってくれました。そのとき妻が「ということは、皆さんは、私たちの事故がどんな事故だったのかを知ってくれてはるんですね」と尋ねたときに、誰も答えられなかった。事故の当事者ではないわけですから当たり前ですけれども、事故を知らなかった。そういうこともあって、医療界に事故を教訓にして同じ事故を繰り返さないという取組みをしてもらうことは、非常に難しいことだと実感しました。裁判をしても、勝つべき裁判がなかなか勝てないという状況を見てきた中で、たまたま勝てた私たちの場合でもそういう状況であったということがあったからです。
 それを機に、10年目の命日の日に、当時としては画期的だったということで、テレビで全国で報道されたりもしましたが、今から10年前の12月ですけれども、被告の公立病院の職員研修で妻が、どのような事実があったかということを30分ほど淡々と話をしました。そのことで、聞きに来られた看護師さんなど300人以上の方が涙を流して、この状況を教訓にしてきちんとやりたいと言っていただきました。前の院長の逮捕などの報道で、そこの公立病院の患者数が減っていたのですが、私が遺族として病院の医療事故防止の委員会の委員に入るという報道があって、病院からすると、それが逆に信頼を招いて、患者数が増えていきました。私も事故を受けて、その病院がなくなってほしいとは決して思ったことはなくて、より良い病院になってほしいと思っていましたから、委員になったときには、その病院がより良い病院になれるように微力ながらやれることを精一杯やったという経緯が私たちの医療裁判でした。
 私たちの事故があった今からちょうど20年ほど前というのは、いろいろな医療被害者の団体ができていた頃で、富士見産婦人科病院事件とか、「ライ症候群親の会」とか、「救急医療を考える会」とか、薬害スモンの人たちなど、いろいろな医療被害の人たちが自分たちの裁判を終えたあとに、さらに同じ被害を繰り返さないようにという思いで作られた団体が当時あって、そういう所と一緒に、厚生省との交渉などもさせていただきました。もちろん、陣痛促進剤の被害を考える会にも所属し、それ以降、そこに書いてあるような団体とも一緒に交流をして、いろいろな原告や被害者と出会ってきました。そこにおいては、いろいろな原告や被害者と、長く深く交流をし、そういう人たちの気持を真に理解しているという意味では、いろいろな情報を自分は持っていると思います。そういう原告や被害者の思いを今日は伝えることができる場だという理解で、来させていただいています。
 私が見聞きしてきたいろいろな裁判の範囲内では、なぜ裁判をせざるをいえないところに追い込まれるか、自分の例もそうですが、やはり事実経過についていきなり記憶と違う説明がされたりするということ。妻の記憶・私の記憶と違う事実経過が当初から説明されていた。それは明らかに、私たちにとっては強い不信感を抱かせるとわかっていても、そういうことをしてくるわけです。テーブルにはつかないで、私たちの記憶している事実を、事実とはもはや認めないという形で対応してくる。そうすると、やれることというのは2つしかなくて、非常に涙を流しながら眠ってしまうという泣き寝入りしかできないのか、または、裁判はしたこともありませんし、裁判とはどういうところかわかりませんけれども、裁判をすれば、テーブルについてもらえるということになるのではないか、本当はこうだったのだということをきちんと伝える必要があるのではないか。それがなしでは何も始まらないのではないか。そういう葛藤が、実際に提訴するまでの心の葛藤の本質でした。もし正直にカルテも見せられて、すべて本当のことが伝えられて、事実経過において齟齬がなければ、その内容が例えどれほど標準医療から逸脱したひどい医療行為だったとしても、弁護士さんがもし間に挟まれることがあるとしても、それは病院の応接室でやれる話であって、裁判所にまで行く必要はないわけです。
 では、裁判をするときにどんな思いで提訴しているのかということですが、裁判をするということは、私はいろいろな人を見てきましたが、これ以上のボランティアはないと思っています。自分の生活や自分の人生を捨ててでも、社会に貢献したいという思いに至った人が裁判をしているということを、私は本当に実感してきました。私も、そういう人たちがたくさんおられるのだから、自分も少しでも役に立てればという思いがありました。
 それは、私の子どもは死んでしまってもうどうしようもないわけですが、1つだけ親として帰ってこない子の命に意味を持たせることができる。どういうことかというと、この子は死んでしまったけれども、そのことによって、それ以降の子どもが同じ被害で死んでしまうということがないようになったよとこの子に報告できれば、この子の命に意味が持てる。そのような思いがすべての親が持つ心の整理だと感じています。
 過去、いろいろな医療被害者運動を頑張ってきた人たちの多くは、子どもが被害に遭った親などの遺族です。その人たちの思いというのは、表現こそ違え、私は全部同じ思いで運動されていると思っています。自分もそういう思いに至りました。自分の子どもの命に意味を持たせたい。それが自分の思いのスタートです。医療関係ではない仕事をしているただの一人の人間がそういうことができるのかという不安もありますが、生きていれば、この子の育児にかける時間があったはずだから、その時間で医療裁判や市民運動を、子どもを育てるようにやっていくんだと。そうすればやれるかもしれないという思いも私は持ちましたし、そういう思いもいろいろな被害者遺族とその後お会いして、共通点だなと感じています。
 それでも、裁判をするというのは非常に最後まで判断を迷いました。子どもを失い、妻も肝炎になったり大量出血をして、ただでさえ大変な状況なのに、医療を相手に裁判をしてなかなか勝てるというふうには社会の一般常識ではなっていないわけです。誰もが当時は心配して、医療界は閉鎖性があり、かばい合いがあり、なかなか本当のことが通らなくて勝てないんだよ、もっと惨めになるよと私たちに行ってくれました。そんな中でも、それでもこのままではいられない、このままで置いておくわけにはいかないという思いに立った人たちが、裁判をしているのだと思っています。これが日本の私が知るすべての裁判の共通点です。
 被害者にとって裁判とは何か。提訴をすると覚悟を決めるときはどういう思いなのかというと、本当のことを明らかにしたいという決断です。やはり泣き寝入りはしないということは、病院側が言っている私たちの記憶とは違う事実経過との闘いだと。しかし、これは極めて難しいことです。つまり、私の裁判の場合は、妻は筋肉注射で陣痛促進剤を追加投与されたのですが、病院側は点滴でゆっくりと注射をしたという。妻はものすごい陣痛で苦しんでいたのですが、病院側は、妻は陣痛が弱くてニヤニヤ笑っていたというようなことをずっと主張するわけです。つまり、全く違う事実経過を主張をするわけです。これを裁判にしたところで、水掛け論となって裁判官はどちらが正しいかわからない。そうすると、立証責任が課せられている提訴をした側が証明しきれなかったということで、裁判は勝てない。そういう裁判は残念ながらできないのだというのが、日本中の弁護士たちの共通認識です。原告としては事実を明らかにしたいのだけれども、事実を明らかにするのは所詮水掛け論になってしまってできない。たまたま私の場合は、いろいろ嘘が病院側に多すぎたのか、裁判の中でカルテの改竄が明らかになって、病院側が認めざるを得ないという場面がいくつもあって、事実が認められたということです。
 つまり、私たちが主張するのは事故に至る事実経過であり、病院側は事故をなかったことにするための事実経過を主張している。そういう事実経過を争っているだけで、因果関係を争っているような裁判ではないということです。ただ弁護士が書いている訴状などを見るだけでは、そういう実態がわかりにくいかもしれません。そういう事実経過の争いだけの裁判にしてしまうと、裁判官は判断するのは無理だと言ってしまうからです。ですが、すべての裁判の原告本人の陳述書や原告本人の証人尋問の記録などを読んでいただいたら、このような趣旨の思いが書かれていないものはないと思います。
 そして、被害者は最終的に何を求めているかということなのですが、私の場合でも同じ被害を繰り返したくない。そのことが子どもの命に意味を持たせることができるということなので、被害を生かしてほしい。それと、病院がより良い病院になってほしいということです。医療や医師は患者にとって必要なものですから、それを信頼したいという思いがあります。信頼とは何か、ということですが、子どもを育てるときでもそうですが、全く間違いを犯さない人に育てるかのように間違いを叱るのではなく、何か間違いをしてもお父さんは怒らないよ、ただ、嘘をついたときだけは怒こるからねと言っておくということが一般的な教育です。本当のことを言ってくれると、そこから反省をして、より成長していける。そういうことの繰り返しというのが、お互い社会の中でも必要です。
 医療界も当然例外ではなく、誰もがそういう形で、どのような社会でも人間でもそうして育っていく。つまり、二度と同じ被害を起こさないような努力をしていくようになってほしい。ところが、事実が事実ではなかったということになれば、努力する必要がなくなってしまうわけですから、そこをきちんとやってほしい。それだけが裁判で原告が求めていることなのです。以前は、裁判をしなければ原因分析や再発防止というのは決して行われることがありませんでした。そして、先ほどお話しましたように、裁判で原告が勝訴した場合でも、それが原因分析や再発防止に生かされるということは、極めて稀であったわけです。しかし、被害者たちはそれだけを求めてきたわけです。
 ところが、これは実名を挙げてもいいくらいなのですが、最近、一部の医師が、被害者への偏見をインターネットや雑誌のようなところで流布しています。この誤った偏見を一時期、大手のメディアまでも報道してしまったために、国会議員までそういうものを信用するようになってしまいました。過去の薬害事件を見ても、マスメディアが被害者への偏見を流してしまったという大きな過ちがあったと思いますが、同じようなことが繰り返されているように思います。
 今は少し収まってきていると思いますが、流されたのはこのような偏見です。医療裁判はクレーマーがしている、医療は精一杯行っても結果が悪くなることがあるのに、それを理解できない患者が裁判をしている、などです。医療裁判が医療を萎縮させ、医療を崩壊させた、というようなことをウィキペディアに書き込んだ医師もいます。
 このようなことに関しては、私が言うまでもなく、2010年の2月1日に、高久先生が座長の日本医師会の「第11次生命倫理懇談会」の報告書で、医師によるインターネット等への言論について、「医師が加害者になる事例があり、医療事故の被害者や医療機関内部の不正の告発者、医療政策にかかわる公務員個人などを対象とした不注意な言論が、医師という専門職に対する信頼を損ねる結果につながっていると懸念をしている」と注意喚起をしているところですが、医療裁判というものがこういう歪んだ形で曲解されていくのであるならば、被害者たちの思いというのはますます実現していかないということになります。「カルテ開示をすると訴訟社会になるからやめるべきだ」とか、「原因分析や再発防止は裁判に利用されるから、やめるべき」というのは、このような間違った偏見に基づく主張であって、医療裁判をしてきた者を多く知る私からすると、カルテ開示こそが裁判を減らし、原因分析や再発防止こそが裁判をなくしていくのです。それは、私が最も自信を持って言えることなのです。
 そういう偏見の背景には、対立の軸の間違いがあると思っています。すべての「病院・医師」と「被害者・患者」が対峙するような、そんな論争をしていても全く無意味です。「事故の再発防止を願う患者と、患者のためにより良い医療を提供したいと願う多くの医療関係者」は、思いが一致しています。私は20年前から、多くの医療関係者の知人がいるわけですが、皆、同じ思いです。
 そのような同じ思いの人たちに対して、事故をごまかしたり、漫然といままで標準治療とは呼べない医療を繰り返しても許されたい、反省など一切したくないと思っているほんの一部の医師たちとが、本来対峙すべきなのですが、こういう人たちが流す偏見によって、議論の対立軸が誤った方向にずれてしまっているということを危惧しているわけです。
 続いて、無過失補償制度で裁判はなくなるのかということですが、これまで被害者が裁判でしか求めることができなかったものが、この制度によって実現するのであれば裁判がなくなるのは当たり前のことです。つまり、事実がきちんと保全されるということ。そして、「原因分析」と「再発防止」に取り組んでもらえる。つまり、被害に遭った子どもの命に意味を持たせてもらうことができれば裁判はなくなります。
 産科医療補償制度という制度が始まって、私は裁判がなくなると思っています。もしそれでも、産科医療補償制度の対象になった事例が裁判になるということが起こったときには、私はこう考えています。「事実保全」や「原因分析」などに何らかの不健全性があったのではないか。つまり、事実がきちんと保全されていない。患者側の記憶と医療側の記憶が違ったままなのに、例えば、医療側の記憶だけに基づいて原因分析をしているとか、または原因分析をする際に、ある種、非常に科学的ではない不健全な原因分析をしてしまった、そういうことがもし今後起こってしまうならば、制度への信頼はなくなり、裁判がまた起こってしまう可能性がある。事実保全や原因分析が健全にされている限り、裁判は起こり得ないと私は考えています。
 その産科医療補償制度からわかったことですが、再発防止委員会の委員として議論に関わって、医会や学会が標準医療と定めているガイドラインが非常にしっかりとしたものなのだなと改めて感じました。なぜなら、重度の脳性麻痺になっている事例というのは、ガイドラインを守っている事例ではほとんどなかったからです。一方で、ガイドラインを著しく逸脱しているケースで事故が起こっている。因果関係は不明ということですが、ガイドラインを守っていくということ、そのための再発防止策を徹底していくということを繰り返していくこと、それが事故防止のために非常に大事だということがわかりました。
 3つ目がいちばんお話したいことですが、医療界に対して、決して私は盲目的に不信感を持っているのではありません。今回の産科医療補償制度を見ても、自らのプロフェッショナルオートノミーと学問的な良心に則り、原因分析や再発防止を専門家の皆さんは科学的に健全に行うことができています。いまは、きちんとやってもらえているというふうに考えています。私は被害者の立場から産科医療の専門家の皆さんの原因分析と再発防止の取り組みに関して見ているわけですが、今の形が続いていくならば、非常に良いものになっていくというように私は期待をもって見ているところです。ただ、やはりいま始まったばかりで、私たちがいちばん気になっている事実経過、つまり、私たちの裁判のケースでもいちばんの原因となってしまっていた事実の保全が不十分なケースというのが、まだ見受けられています。それでは再発防止に向けたスタートが切りにくいので、原因分析がしにくくなるわけですから。そこをどうするかということは、この制度の喫緊の課題だと思っています。
 次に、どうすれば医療裁判がなくなるのかということですが、偏見に基づいて「患者を変えさせるのだ、患者を黙らせるようにするのだ」と、そういうような発想ばかり議論しているような言論が、一部の医師だと思いますが見受けられます。そういうことをしていては裁判はなくならない。被害が続くようなそういう状況に社会が陥ったときに、社会を健全にするために司法というものがあるのだと思います。つまり、そういう強圧的なやり方で裁判をなくそうということはあり得ない。一方で、医療の質を高める努力をしてくれれば、被害者たちは、重度脳性麻痺の子どもを引き受けて育てていくことができるわけです。「この子の被害を生かしてくれた。私もこの子を育てていく。」となります。ところが、それをしない。ましてセカンドレイプのような被害者への偏見を振りまいているというようなことであれば、裁判をしないで、どうやって自分たちの良心を保つことができるだろうかということです。なので、医療裁判をなくすということは、いま産科医療補償制度が健全にやろうとしている事実保全、再発防止を続けていただくことだと思っています。
 健全な無過失補償制度にするためには、真実の担保が必要だということです。そこからの原因分析、再発防止を繰り返していくと、裁判が減る、信頼を得られるだけではなくて、事故そのものが減る。それが再発防止の意味です。事故そのものを減らす努力、そういうシステムが日本の医療界にはなかったと思っていますので、それがきちんとされるような改革が必要です。患者を黙らせるのではなくて、事故そのものを減らしていく努力を続けるということが、制度の本当の意味であって、それが医療が本当に患者の信頼を得るということです。そして裁判がなくなる。今までのように、原因分析も再発防止もしないで医賠責保険で補償を支払い続けていたり、もし、原因分析も再発防止もしないような無過失補償制度を作ったりすると、いずれ保険者の財政は破綻してしまいます、原因分析も再発防止もしないのですから。それでは、結局一部のリピーターのような事故を繰り返す医師のために、心ある良心的な医師とか患者たちの負担が、ますますせまられていくというようなことになっていきます。保険制度としても健全ではないわけです。
 そのために、事故から学ぶ健全な医療の実現をしてほしい。例えば、車の運転免許を取るときでも、どういう所でどんな事故が多いか。夕方にこういう現象が起こって、光が見にくくなって事故が起こる。左に曲がるときに自転車を巻き込みやすい。こういう、どんな事故が起こっているかということを原因分析した結果を運転手に伝えていくということは、非常にいいわけです。いまの医療者、若い医学部の学生や看護学部の学生とお話させてもらうことがありますが、どんな事故や被害が起こっているかという情報があまり伝えられていない。そのことは医療者にとっても非常に不幸なことです。子どもたちを将来、医療事故や薬害の被害者にも加害者にもしたくない、そんな思いで活動しています。それは、ごく普通の健全な原因分析や再発防止の仕組みを広げていくべきで実現できることだと思っています。
 私からのお願いは、この検討会では、立場の違いを超えて、みんなにとって何が大切なのかということを見据えて議論していただきたいということです。
 どうも貴重な時間をいただいてありがとうございました。

○里見座長 ありがとうございました。続きまして、岩井構成員にお願いいたします。

○岩井構成員 私は専門は刑事法ですが、女性の研究者だということもあったのかと思うのですが、学術会議の18期・19期の会員をしておりまして、そのときに、少し古くなりましたが、平成17年日本学術会議が「異状死について」という提言を出しております。それも、この前の会議で医師法21条の異状死届出義務について、かなり疑問が出されましたので、医師法21条の機能をかなりそこで解説しておりますので、資料として出させていただきました。
 その前に、今日も最後に、「死因究明制度に関するワーキングチームの検討状況について」という資料も出ておりますので、それに関連したお話しもしておきます。
 昨年、警察庁のほうで「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方について」という研究会が行われたのですが、そこで日本の死体解剖率が少ないというところから、もう少し死因究明制度を抜本的に検討するべきであるという提言をしておりまして、私はそこの委員の一員でもあったものですから、諸外国の死因究明制度について、視察にもまいりました。私はイギリスに行ったのです。この会議では死因究明制度も問題になっているのではないかなとは思うのですが、先ほどから、被害に遭われた方々は、まさにどういう経過で死んだのかという、その説明がほしいのだとおっしゃっておられましたので、やはり死因究明制度のどういうところに問題があるのかということも、皆さんにご理解いただかなければいけないのではないかなと思いまして、この資料を出したわけです。
 警察の提言書の中にも出ておりますが、日本は異状死については警察に届けるという仕組みになっているわけです。これはドイツや北欧などでも警察に届けるという仕組みになっています。英米の系統のほうはコロナー制度やメディカルイグザミナーの制度がありまして、もっと中立的なところで死因を究明するという制度があるわけです。この前は犯罪死の見逃しの防止ということで、警察庁で企画した研究会ですから、異状死について届出があったものについて、もう少しきちんと解剖を行って死因を究明することが話合われました。先ほどの豊田さんの事件のケースなどは、23区内だったから監察医務院制度があって、行政解剖が行われたわけですが、ほかの地域では監察医務院制度というのはありません。ですから、ほとんど遺族の希望によって、解剖がなされるといいますか、そういうものでないと行政解剖は行われないという状況です。日本では解剖率が非常に少ないわけです。
 ですから、最後にご説明があるかと思いますが、もう少し死因究明制度をきちんと行うということで、法医学研究所を作ろうなどという提言をこの前の研究会では行いました。そのときにもやはり、異状死の届出・異状死の概念そのものについては全然触れなかったわけです。
学術会議がここに提出しましたこの提言を行いましたのは、ちょうどそのときに法医学会が「異状死ガイドライン」というのを出しまして、そのときに「診療行為に関連した予期しない死亡およびその疑いがあるもの」、自分が診ていた病気でない病院で死亡したものについては届出するべきであるという、異状死の概念を非常に広げたガイドラインを出したわけで、それに対して、かなりほかの医学会から反対が多かったものですから、医学と法学の会員が集まりまして、より納得しうる異状死の概念を見出そうとしてその提言書をまとめたわけです。
 医療関連死との階層的基準としまして、22頁ですが、「医行為あるいはその直後の死亡にあっては、まず明確な過誤・過失があった場合あるいはその疑いがあったときは、純然たる病死とはいえず、届出義務が課せられるべきである。これにより、医療者側に不利益を負う可能性があったとしても、医療の独占性と公益性、さらに国民が望む医療の透明性などを勘案すれば届出義務は解除されるべきものではない。広く人の病死を考慮した場合、高齢者や慢性疾患を負う、いわゆる医学的弱者が増加しつつある今日、疾患構造の複雑化などから必ずしも生前に診断を受けている病気・病態が死因になるとは限らず、それに続発する疾患や潜在する病態の顕性化などにより診断に到る間もなく急激に死に到ることなども少なくない。さらに危険性のある外科的処置等によってのみ救命できることもしばしばみられているが、人命救助を目的としたこれら措置によってもその危険性ゆえに死の転機をとる例もないことではない。このような場合その死が担当医師にとって医学的に十分な合理性をもって経過の上で病死と説明できたとしても、自己の医療行為に関わるこの合理性の判断を当該医師自身に委ねることは適切でない。ここにおいて第三者医師の見解を求め、第三者医師、また遺族を含め関係者がその死因の説明の合理性に疑義を示す場合には、異状死・異状死体とすることが妥当である」。
 第三者医師の見解を求めて、やはりきちんと究明ができない場合には、異状死としての届出をするべきであるという見解を、合理的なものとして示しています。警察に届け出るということで、非常にお医者様の側には反発があるかと思うのですけれども、それは死体検案が犯罪死によるものか、それともそれ以外のものかという検案の義務が、結局、司法警察と行政警察のうち行政警察の分野に日本の場合は委ねられているわけです。検案・検視担当の警察官と検案医がその判別を行うというシステムになっています。そこのところの検案医の水準が整っていないということが問題だということが言われております。
 それと、イギリスではコロナー法の改正を行っているのですが、その発端となったのは、医師が200何人の患者を殺害したというケースが明らかになりまして、それは、その医師が担当していた患者ですから、その医師が死亡診断書を出して、届出が受理されればそのままになってしまうという、そういう事態だったわけです。ですからコロナーにも全然いかないで、処理されてしまっていました。ただ、イギリスでは火葬の場合には、当該医師よりも別の医師の診断が要求されます。ですから、それについては他の医師、知り合いの医師に頼むとか、そのような形で行っていたようなのですが、そのケースは、シップマンケースと言いますが、麻薬を大量に用いて安楽死させるというような形で殺害が行われていたわけです。ですから、合法的な麻薬の管理がなされていたら防げたのではないかという反省もなされています。
 英連邦の制度でコロナーのシステムが取られている所では、コロナーは第三者的に死因を調べるわけで、そこで、地域でこういう同じような大量の死亡が起こっているというようなことになりますと、そこの原因を究明して、いろいろな勧告を出すことができるという、そのような制度があるわけです。ですから、日本の場合は亡くなりますとすぐ火葬されるということで、ほとんどあとで死因を究明することが難しいという状況にありますので、もう少し死亡届というようなところで、きちんとした死因究明がなされるシステムが考えられる必要があるのではないかと私は考えております。以上です。

○里見座長 続いて、有賀構成員からお願いいたします。

○有賀構成員 私は第2回を欠席してしまったのですが、実はこういうことだという話で、29頁より後ろは全部、第1回に話したことに関連して付けた資料です。話すとすれば、第2回に話したのかもしれません。事務局から、適宜資料をという話がありました。この会が無過失補償又は高杉先生たちが言っておられる救済制度のお話と、本当に車の両輪かどうかはわかりません。たぶんそうなのかもしれませんが、事故調査というか、原因究明という話がありますので、1頁から17頁までは日本救急医学会のホームページにすでに掲載されて久しい本件、つまり、医療事故の調査などに関する日本救急医学会の提案(案)です。それに関連してWHOのガイドラインを翻訳する機会がありましたので、その中からの抜粋などを含めたものが、18〜26頁までです。そういう意味では、これら3つから成り立っています。
 最初の救急医学会の提案は、もちろんホームページに出ています。最初の頁の「拝啓」から始まって、最後の「敬具」に至る、「以上の通りです。会員各位におかれましては、この『提案(案)』をぜひともお読み頂き、現場における試行、活用など御勘案ください」となり、意見などをお寄せくださいとなります。これは基本的に日本救急医学会の会員が、自分たちの病院でいろいろと考えていく中で利用してくださいという話です。そうはいっても多くの方が読んで、いろいろな意見をくださっています。
 私たち日本救急医学会の基本的な考え方は、2頁の上の所にあります。「そのような状況において、我々の日常における行動理念ないし行動規範とは、医学的、倫理的に正しいことを自律的に行うことであり、それが教育ないし診療の実践を貫く基本的な考え方となっている」。平たい日本語で言うと、「広く“ひとを思いやる心”と言うこともできる」ということになります。「医療事故に対しても、そのような理念・規範をもって、一貫性のある真摯な態度、行動を取るべきことは当然である。従って、そのような我々の現場は事実の隠蔽や歪曲といった事象とは全く無縁のはずである。敢えて説明する必要もなかろうが、隠蔽や歪曲を否定することは勿論のこと、至誠を貫くことそのものが、医学、医療を教育し、実践する上でその根本をなす」、だから当たり前だということです。
 「本学会は医療事故の調査などにおいて、まずは院内での調査を先行させることを提案する。これは、言わば院内調査先行主義の方法論である。万が一にも事実隠蔽や歪曲といった疑念を差し挟む考えがあるようなら、それは、医学的、倫理的に正しいことを自律的に行おうという理念・規範について、及びそれらを基に展開する救急医学、救急医療に関する教育・救急診療の実際について、著しく理解が不足しているものと言わざるを得ない。このことは末尾に」ということで、しばし読んでいただければいいのですが、時間も限られていますので、基本骨格だけお話申し上げます。
 いま言った院内事故調査委員会をやろうというのは、こういう流れでやっていますということが6頁にあります。これは患者さんが亡くなろうと亡くなるまいと、患者さんが何か言ってくるという問題ではなくて、私たち医療者が「やっぱりおかしいよね」ということがあれば、こういうことをするということです。
 亡くなった場合については、7頁を見ていただきたいと思います。6頁の一環ではあるのですが、亡くなった後に診断があります。その後の流れがあって、院内事故調査委員会がきます。ただ、そこで警察への届出があって、本件については別途、15頁に書いてあります。15頁に「診療行為関連死以外の異状死」とか、「診療行為関連死については」云々というのがあります。これは私たちの提案ではありますけれども、医師法第21条における届出を要する“異状死”について、第21条を改正しというか、解釈を改正するのかもしれません。たぶん高杉先生の第2回のご発言にありましたように、これは結局、まともにやってお縄頂戴という話にはならないだろうという話です。
 診療行為関連死以外の異状死については、もともと基本的な考え方があったので届け出ます。診療行為関連死(それが疑われる場合)について、死因がわからず、死亡診断書も書けない場合に関しては、やはり警察に届け出るが、そうでない場合は自分たちできちんとして報告書を作って、ご家族にお渡しすると。ご家族がその後、地元の警察に泣き込むか、又は弁護士さんたちと相談されて民事をするかは、ご家族の自由であるというか、それは基本的に日本国の権利に基づいてそうしていただきます。
 私たちのホームページの提案の内容は、基本的には病院の中のことを一生懸命書いておりますが、その後に社会の仕組みとして、死因究明についての提案をせざるを得ませんでした。当時、大綱案が出たり、いろいろしていましたので。地域事故調査センターで、医療専門家によって揉もうというのが8頁にあります。それでも遺族や医療者に「そんなことは違うんとちゃうか」という話があれば、その下の中央センターで外部委員、例えば裁判官の経験のある弁護士さんなどを入れてやる。本当のファーストステージは、患者さんと主治医たちのチームとしての取組みですが、院内での委員会を第1段とすると、第3段まで組まれています。引用するものがWHOのそれです。当時は日本語の訳がなかったので、そのまま入れております。
 プロフェッショナル・オートノミーに関しては、16・17頁に世界医師会のソウル宣言をそのまま引用しております。なぜこれなのかということですが、直近で手に入ったということだけで、プロフェッショナル・オートノミーとクリニカル・インディペンデンスというか、臨床現場である私たちが外部から、政府などからも独立してきちんとできるように、これを引用した次第です。
 WHOのガイドラインを訳したものが、18頁以降にあります。先ほど英語をそのまま引用してしまった所については、22〜25頁までにあります。26頁にWHOドラフトガイドラインのへるす出版からの奥付がありますので、これを参考にすれば必ず手に入ると思います。実は本訳してここで付け加えたいことというか、結構革新的なことが縷々あります。19頁の「事故の報告を介して改善策が周知されれば」というパラグラフに、「一見ヒューマンエラーのようで、実はシステムエラーであるという側面への視座も多くの医療関係者には培われているかと思われます。最終的によりよい仕組みへ」とあります。私はいま、昭和大学病院の病院長をやっています。病院の組織を挙げた取組みというものが、患者さんの信頼などを構築する上で非常に大事であるという話になると思います。これは「翻訳にあたって」ということです。
 次に、21頁にありますように、監訳を監督いただいたのが、阪大の中島和江先生です。中島和江先生も全部通読して意見をくださいました。「監訳にあたって」のパラグラフの3つ目辺りが、かなり肝要です。「医療安全のため事例収集・分析・対応を行う現行の制度は『学習を目的とした報告制度』と『説明責任を目的とした報告制度』に大別されています」と。前者は昭和大学などでやっているような、病院の中でのクオリティーコントロールというか、質の向上についての議論です。後者は、主として医療に関する監督官庁などにより実施されております。ここで言えば、厚生労働省などになるのでしょう。「国民に対して説明責任を果たすことが目的で、当事者が懲罰や処分の対象となる場合もあります。これらの制度は目的が異なることから、1つの制度に2つの機能をもたせることは難しい」と書いてあります。つまり「医療の質の向上に資する」という形容詞は付いていますが、もし無過失補償制度のあり方を考えるのであれば、やはりこの2つのうちの後者ということになるでしょう。それと前者をごちゃごちゃにした議論というのは、たぶん座長もそうでしょうけれども、私たちも、全体を整理することが必要だと思います。
 21頁の中島先生の5行目を読みます。「医療という産業が、安全という観点からはハイリスクである」と。したがって、下のほうにありますように、「医療は複雑系で密に連結したシステムである」と。ですから、そういう観点で懲罰制をもって、特に刑事という「誰々ちゃんが悪い」と言って牢屋に入れるという仕組みそのものには馴染まないのだろうと、素人的には考える次第です。
 また最初のテーマに戻ります。私たちが1段目、2段目、3段目ということについては、27頁に直近の『日本病院会ニュース』にあります。診療行為に係わる死因究明制度については、1.「医療事故死の原因を医学的に究明し、結果を教訓に医療事故防止を追求することは医療者の社会的責務である」と。これは先ほど言った2つのうちの前者のほうです。昭和大学で一生懸命やっているものです。2.「司法の判断、賠償問題の判断は別組織に委ねることを基本理念に」ということで、日本病院会においても、もし無過失補償の問題があれば、それは別の所で頑張らなければいけないのではないかということになっています。
 続いて真ん中のパラグラフです。先ほど言った院内事故調査委員会が1つ目、外部(地方)事故調査委員会が2つ目、中央事故調査委員会が3つ目というように、三層構造を想定しています。それから下の段の「医師法21条が定める」云々というのも、やはり診療関連死には適用しないといったことがありますので、日本病院会としては、本件もかなり重要なことだという認識に立って議論していると思います。
 最初に申しました3つ目、第1回に私が発言したことに関連して、29頁に「昭和大学病院を受診される患者の皆様へ」というのがあります。私はこれを読み上げたと思いますが、読み上げただけでは不十分だと思ったので、電子媒体で事務局にお渡しして、それをこのような形で紙にしていただきました。真ん中の3つ目のパラグラフの「生命の仕組みを解明する努力」云々の下のほうに、「つまり、このように医療は必ずしも確実ではないということです。医療の進歩により確実に説明できる範囲が増えていることは確かですが、全てにわたって説明できるということはこれからも不可能と思わねばなりません」と。要は、もしセカンドオピニオンを聞きたければどうぞ言ってくださいとか、いろいろなことが書いてあります。やはり「説明できない部分」というのは残っています。その部分に関連して、説明できて亡くなることはもちろん大事ですが、説明できなくても亡くなることがあるということになると、やはり補償制度というのは重要なテーマだと思います。
 30頁です。そのときに私が発言していたと思いますが、特定機能病院としては、何かがあれば医療安全管理室から厚生労働省の管轄する日本医療機能評価機構に、それをどんどん報告して、そこで集積してもらって、集積した結果をまた私たちの日常診療に活かしているということです。
 31頁は、私たちの病院で重大事象があったら、臨時の医療安全管理対策委員会を行っているという話です。したがって、警察への届出というのは今のところ、ルールとしてはないわけではないということです。モデル事業への参加についても、今までどおりやっていただくということです。
 32頁はもういいと思いますが、これも『日本病院会ニュース』です。先ほど来の文脈でいきますと、茨城県医師会が、病院の中で医療安全に関する委員会で揉んでご家族にご報告申し上げたとしても、「やはりそれでは」ということがあったときのセカンドステージとして、医師会が医事紛争の処理に関していろいろやってくださっているという記事です。これもいずれ議論になったときには、参考になるものだと思って付けておきました。資料の説明は以上で終わります。

○里見座長 続いて副座長の山本先生、お願いいたします。

○山本副座長 私からは「医療ADRについて」ということで、資料8のレジュメに基づいてお話します。ADRというのは、最近、新聞等でも報道される機会が増えてきているところですけれども、どのようなものか。Alternative Dispute Resolutionという英語の頭文字を取ったもので、直訳すれば「代替的な紛争解決」ということになります。「代替的」というのは、何に代替するかというと、訴訟、裁判所による紛争解決に代替する解決方法ということを意味します。
 このADRについて定めた、いわゆるADR法という法律が作られております。そこでのADRの定義というのは、そこに掲げたようなものです。最も肝になるのが、「公正な第三者が関与して紛争の解決を図る」という公正、中立性、第三者性というものです。紛争解決というのは、特に「B to C」と言って、消費者対事業者の紛争解決においては、一時的には事業者内部の苦情処理機関において紛争が解決されることが一般的です。例えば、家電製品に事故があった場合には、その家電製品を製造販売した事業者の苦情処理部門に対して苦情処理が行われ、そこで相対での話合いが行われるということが一般的だろうと思います。これを病院の事故について言えば、院内での紛争解決の仕組みということになろうかと思います。
 ただ、そこでうまく解決が図れなかった場合に、従来は直ちに訴訟、裁判所による解決ということになっていたわけですけれども、もう少し第三者を介して話合いの仲介を行って、紛争の解決を図ることがあってもよいのではないかと言われるようになっております。これがADRです。つまり、外部の第三者による紛争解決です。しかし、それは裁判ではないということです。
 国家政策としてもADRを充実・活性化させていこうということが、21世紀に入って行われるようになっております。司法制度改革の中でADRを充実・活性化すべきであるということが提言され、2004年にADR法が制定されました。このADR法の中ではADR機関が法務省によって認証を受けて、認証ADR機関として活動することが可能とされております。法律が施行されてから現在まで、約4年半ぐらい経っておりますけれども、この制度の下で法務省の認証を受けたADR機関は、現在104機関があります。多様なADRが創設されているということで、スポーツ紛争からブランド品の売買紛争に至るまで、従来、裁判所で解決されていたものについてADRが設けられています。大きな紛争の分野としては、金融関係のADRについては、金融庁が昨年から、金融ADRという制度を発足させております。消費者紛争に関するADRについては、国民生活センターでADR制度というものが運用されております。
 その中で、医療にかかわるADRについてです。まず、医療訴訟、裁判での紛争解決が現在どういう状況か、簡単に統計を掲げました。裁判になる件数というのは、現在、年間700〜800件ぐらいです。この10年間でいちばん多く増えたときは、1,000件を超えた時期があったと思いますけれども、ほぼ横這状態で、ずっと同じぐらいの件数があるということです。裁判にかかる時間ですが、第1審、つまり訴えを提起してから最初の判決あるいは和解がなされるまでの審理期間は、現在、約2年です。10年前は約3年かかっておりましたから、かなり早くはなっているということです。これはあくまでも第1審の期間ですので、第1審の判決に対して控訴あるいは上告がなされると、さらに時間がかかる。先ほど勝村参考人から具体的な事例のお話がありましたけれども、5年、6年かかるということは決して稀ではないわけです。また、医療事故の中でも非常に難しい鑑定が行われるような事件においては、平均しても4年ぐらいかかっているというのが現状です。
 こういう裁判の状況が、果たして医療事故の患者側、医療側の双方当事者のニーズに合致した手続きになっているかというと、かなり疑問があると言えようかと思います。医療事故にかかる紛争解決に対する患者側のニーズについては、先ほど来、豊田構成員や勝村参考人から詳細に述べられたところですが、原因究明、再発防止を中心としていると言われます。しかし裁判というのは基本的に損害賠償を目的とした制度で、その損害賠償に必要な事実が究明され、必要な法律判断しかしないというのが本来の裁判の姿です。そうであるとすれば、真相の究明、再発防止というものが、もちろん損害賠償の副産物として実現される場合はあるわけですけれども、それを中心とした制度ではない。そういう意味では、やはりニーズとのズレがあるように思われます。
 また、医療側のニーズとしては、紛争解決をできるだけ迅速に図る、あるいは、より専門的な紛争解決を図るということがあるのだろうと思われます。しかし、訴訟においては相当の時間がかかることは必然的ですし、専門性という観点から見ても、判断をする裁判官は医療についての素人ですので、その専門性には限界があるということです。
 このような紛争解決に対するニーズと訴訟裁判のズレを埋めるものとして、ADRというものが現在注目されていると思います。ADRのメリットとして、裁判に比べればより柔軟な解決、当事者間の対立を宥和する解決、そして迅速・専門的な解決等々が図られる可能性があると思います。
 それではレジュメの2頁、医療ADRの現状はどのようになっているかということです。現在、いくつかのADRの仕組みがあります。1つは、弁護士会を中心としたADRで、現在、全国9カ所に設けられております。これは弁護士会が中心となって行っているADRですので、基本的には弁護士中心の制度です。ただ、医療従事者等が全く関与していないわけではありません。具体的な事件の調停委員として医師等が関与したり、専門委員という形で調停委員に助言する立場で医師が関与することもあるとされております。
 それ以外の仕組みで興味深いものとしては、千葉では医療紛争相談センターというものが設けられています。これは弁護士、医師、大学教授、その他の有識者がほぼ対等の立場で運営されているADR機関です。茨城県には医療問題中立処理委員会というものがあります。有賀構成員の資料の最後の32頁でご紹介があるのがこれです。これは医師会が中心となって、医師会がお金を出して運営しているものですが、弁護士や市民代表、あるいは学識経験者等の有識者も交えて調停、話合いが行われるという手続きです。
 これらの手続きは、それぞれ一定の成果を挙げていると思われるわけです。従来はバラバラに活動していたのですが、第1回の厚生労働省からのご説明でもありましたように、昨年から医療裁判外紛争解決機関連絡調整会議というのが、厚生労働省を事務局として設けられております。ここで、これらのADR機関の間で情報の共有、あるいは問題点についての議論等が行われて、今後、医療ADRをどういうように進めていけばよいのか、できるだけコンセンサスを図っていこうということで作業を行っております。
 その中でも、いろいろな医療ADRの課題というものが浮かび上がってきているところです。例えば応諾率の改善です。これらは患者さん側から申し立てられるのがほとんどで、医療側がなかなかADRを受けないということがあります。裁判というのは、訴えられたら強制的に応じざるを得ません。ADRというのは、当事者の合意・話合いに基づく手続きですので、それに応じてくれないと手続き自体が始まらないわけですが、これが応諾される率が低いわけです。これにはいろいろな問題があることが指摘されているところです。これを改善して、少しでも応諾率を高めていくことが問題になります。
 また、事案解明についても、現在のADRはかなり限界を持っております。裁判のような強制的な権限を持っておりませんので、患者さん側が最も求める原因究明という点において、大きな限界があることは間違いありません。保険制度との関係もあります。ここで話合いが着いた場合に、それが保険の対象となるかどうかについて、必ずしも保証がないというのが、和解を困難にする1つの大きな原因となっているということです。
 このように、さまざまな課題があるところですけれども、ADRによる紛争解決というのは、医療分野においては非常に大きな意味があるというのは、大体コンセンサスのあるところだと思います。今回、無過失補償制度等を検討する中で、医療に関するADRというものがうまく位置づけられて、医療についての紛争解決が理想に近づいていくことができればと、私自身は思っております。私からは以上です。

○里見座長 それでは最後に、医政局医事課からお願いします。

○医政局医事課(飯田) 先ほど岩井先生からご紹介いただきましたけれども、今年4月に、「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方について」ということで、警察庁から報告が出ました。私からは、その報告を受けて、政府全体でこの取組みを進めていこうということで設置された「死因究明制度に関するワーキングチーム」の検討状況についてご紹介します。
 添付した資料は、この8月に仙谷前副長官を議長に関係省庁の局長が集まり、ワーキングチームが行われた際の資料です。
 2頁が設置の趣旨と経緯です。ここで言う死因究明制度は、警察に届けられた死体の死因究明ということで議論されております。近年、犯罪死の見逃し事案が問題となり、警察庁を中心に対応策の検討が進められてきましたけれども、在るべき死因究明制度を検討・構築するために政府全体で取り組むこと、とされました。3頁になりますが、このワーキングチームのほかに、関係省庁の課長級の会議も設置されております。厚生労働省も、検案医の関係や、公衆衛生目的の会合を行う監察医制度を持っている関係で、メンバーとなっております。
 4頁が、警察を中心に行われてきた検討の状況です。警察における死体取扱総数が、近年増加しております。また、平成10年以降、43件の犯罪死の見逃し事案が発覚しました。平成19年には、いわゆる時津風部屋事件という相撲部屋の事件が発生して、死因究明に対する社会的関心が高まりました。このような状況を受けて、警察庁において「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方に関する研究会」が設置され、今年4月に報告が取りまとめられました。
 報告の内容が、4頁の下の部分にあります。報告書では死体の取扱いについて、検視、検案、解剖、それぞれの段階での問題点が指摘されました。それに対して報告書の提言では、新たに、犯罪性が不明な場合についても解剖を行う法医解剖制度の創設、それを行うための研究所の設置のほか、薬毒物検査を行うなど、犯罪死の見逃しを防止する仕組みが提言されております。
 警察庁における報告の取りまとめを受けて、ワーキングチームでは具体的に提言された内容の検討を進めており、5頁がその検討事項です。現在はいちばん上の?法医解剖制度の創設と法医学研究所の設置について、集中して議論をしております。
 6頁が検討のスケジュールです。局長級のワーキングチームは年に2回ペースで開催して、法改正を含む制度改正が必要となる事項については、次回の11月を目処に検討し、来年度はそのほかの事項を検討することになっております。
 以上、警察に届けられた死体についての死因究明制度をめぐる検討状況をご説明しました。最後に付けているのが警察庁の報告書の骨子ですので、ご参考にしていただければと思います。

○里見座長 非常にたくさんの方々にいろいろなお話をいただき、時間的にもタイトになっておりますけれども、いろいろ発表されたことについて質問があると思います。どうぞ挙手をしてください。

○加藤構成員 今日は事務局から事故報告について、資料2で出されております。この資料などを参考にして、医療事故の全体像を推計するというお話があったかと思います。しかし、こういうものだけでは事故全体はとても把握できないと思います。無過失補償制度などを制度設計していく上において、事実の把握、特に医療事故がどういうように起きているのかということについては、相当きちんと把握していくことが大前提になるだろうと思うのです。事務局としては今後、どういう方針を考えておられるのかということを、1つお聞きします。
 それに関連して、有賀構成員から資料7に基づいて、日本救急医学会の見解が出ています。学会として、救急の場における医療事故の実態把握をされているかどうか、あるいは、それぞれの専門の学会が実際に事故調査をしなければいけないだろうと私は思っているのですが、そういうことについての今後の努力の見通しなどを是非お聞きしたいのです。と申しますのは、原因究明や再発防止という話になっていますけれども、事故がどういうように起きているのかという事実の把握がきちんと抽出できるか、という問題が大前提になると考えるからです。たくさん質問したいことはあるのですけれども、とりあえずその2点をお願いしたいと思います。

○大臣官房参事官 まず1点目の件についてです。私どもの医療事故情報収集等の事業において、情報収集の方法とその状況を資料2でご説明申し上げました。今後、この制度をどのようにしていくかということについては、当検討会において原因究明及び再発防止という観点からの議論と深くかかわってくるかと思います。それらの検討状況も踏まえて、今後とも我々としては多角的に検討していきたいと思っております。

○有賀構成員 いわゆる医療事故はヒヤリハットも入れれば、おそらく100床当たり、月々40〜50件ぐらいあるだろうと言われております。日本救急医学会の該当の委員会では会員に向けて、皆さんの病院において皆さんはこのような形で、そういうものに対して対応しようということでの基本的な骨格を示したところです。学会が集めるべきかどうかということについては、私はよくわかりません。むしろ、日本医療機能評価機構に事故などをどんどん集積していくほうが、実は私たちの病院から見ても役に立っております。
 資料2に数が並んでおりますけれども、こういう紙ではなくて、昭和大学での事例の報告でいきますと、極めて具体的に全体の景色がわかるような報告をしております。場合によっては医療機能評価機構から、「もうちょっと教えてほしい」と言って、私たちの所に来たものは今1件、検案になっているものがありますので、そのうち来ると思います。私自身も医療機能評価機構の委員の1人として、もうちょっと詳しく見てきてほしいということで現場に行ったことがありますので、こういう単純な数のデータではなくて、一例一例の詳しい状況が入っております。それらは少し時間がかかるとは思いますけれども、どういう場面で起こったのかということまで含めて、分析などをすることができると私は思います。
 最初の質問ですが、日本救急医学会の会員が受け持っているのは、専ら救急部門です。救急部門でのそれは、集めて集められないことはないだろうと思いますけれども、そんなことより、やはり病院全体の組織としての対応がありますので、今は、病院そのものが医療機能評価機構と連携を取りながら、問題を挙げていくのがいいのではないかと思っております。

○宮澤構成員 やはり資料2に関してです。この資料というのは、もともと私の質問にお答えいただいたものだと思うのです。まず、保険会社の支出は不明であるということについてです。これは問合せをしたのかどうかという事実的な問題が第1点です。そして、年間300億円と推定されているということですけれども、年間300億円と言いますと、産科補償制度の掛金が年間300億円程度です。もちろん、その全額が補償金になるわけではありませんから、一概に比べられませんけれども、産科部門だけでその程度の金額が行っていることと推定された300億円という数字に、少し乖離があるのではないかという気がいたします。その推定の根拠というものをお示しいただきたいのです。
 もう1点は医療のADRに関してです。ADRは東京の弁護士会でもやっております。東京の弁護士会が医療ADRを立ち上げるときに、ちょうど東京の三弁護士会の医療関係事件検討協議会の委員長を担当していたのが私です。東京の三弁護士会に関しては、実際に医師の関与は全くありません。それが特徴的なところなのかもしれません。ほかの弁護士会すべてがどうというわけではありませんが、特徴的なのは千葉県での弁護士会が関与してやっているものが医療機関の関与があるものだと思います。これは補足の説明ということでさせていただきました。

○大臣官房参事官 自賠責保険については、私どもも一部の個別の会社に当たっているところですけれども、全体としては原則非公表と言いましょうか、公表していない形になっております。業界全体として、およそ300億円程度ではないかというお話を伺っているということで、そのように申し上げさせていただきました。ただ、詳しい積算根拠までは把握しておりません。

○加藤構成員 関連してのことです。「医療事故情報収集等事業における医療事故報告」ということで、資料2に数字が出ていましたけれども、どのぐらいの病床数であれば、どのぐらいの事故が起きているはずだ、死亡事故はそのぐらい起きているだろうという研究等は、いろいろな研究者から出ております。そういう点からすると、かなり病床数の大きな医療機関でありながら、ほとんど事故報告がなされていない医療機関もあったように思っております。そういう意味では、特に報告義務が課されていても、各医療機関ごとにきちんと把握できているのだろうか。また、任意となるとより一層、その報告が出にくくなっているという構造があるだろうと思います。今後の課題ということで、この検討会でも考えてほしいという事務局のお話ですが、併せて過去の推計の基にし得るような研究データ等、事務局から出していただくことをお願いしておきたいと思います。

○大臣官房参事官 医療事故情報収集等の事業においては、医療法に基づいて報告義務対象医療機関が定まっておりますので、その情報がいちばん正確であるということで、私どもも今回、それについての資料を提出させていただいたところです。一方で、平成15〜17年度にかけて、私ども厚生労働省科学研究費の中で、この方面についての調査研究がされているものであります。次回以降、資料等を提出して、またご説明させていただきたいと思います。

○宮澤構成員 新たな制度をつくっていこうというときには、やはりその現実がどうなっているのかということを把握するのが大前提だと思います。その意味で現実がどうなのかというのは、保険会社は民間保険会社ですから、数字を出すことがなかなか難しいということであれば、例えば医師会や病院団体で、どのぐらいの事故があって保険の和解などがどうなっているのかという別の観点からも、情報収集できる可能性があるのではないかと思っています。その方向からも努力していただきたいと思います。

○飯田構成員 いまの発言について、前回もお話しましたが、いま厚生科研費でその調査をしております。どの程度集まるかはわかりませんが、出たところで報告したいと思います。あとは院内事故調査委員会の立上げとか、いろいろなことをやっております。

○大臣官房参事官 自賠責の件については、引き続き事務局から、いろいろな面で情報を収集してみたいと思います。

○有賀構成員 いま、医療機能評価機構の事故の集積のデータを集めることに関して、どうも温度差がありそうだというお話がありました。感覚的にも全くそのとおりだと思いますので、少し発言させてください。
 いまは病院長なのでなかなかできないのですけれども、医療機能評価機構のいわゆるサーベイヤーとして現地に行きますと、事故なり、アクシデントなり、インシデントを積極的に集めて分析している施設と、比較的ぬるいと思う施設があります。ぬるい所は、医療機能評価機構のサーベイを受けるレベルまでは、病院の文化が立ち至っているので、そこでぬるさについての議論をすると、では、こうしましょう、ああしましょうという話になるのです。ですからぬるいとは言いながらも、一定の水準でより良くなろうというベクトルが働いていますので、気付いてもらえれば先へ進みそうだという意味では、今は非常に一生懸命やっている所と実態としての差があったとしても、埋まるだろうということで安心するのです。ところが受けていない所、これでいきますと報告義務対象医療機関というのがあります。義務の対象の医療機関そのものが、医療機能評価機構の評価を受けるかどうかは知りませんが、いまの話でいけば、受けていない所は危ない所かもしれません。そういう意味では参加登録の任意のほうは、かなり一定の水準で意識が高まっているだろうと。
 何が言いたいのかというと、医療機能評価機構のクオリティーコントロールに対して、病院が組織を挙げてやっていることについて、厚生労働省から見ても「是非受けたまえ」という意見を言うなり、受けた所は、ある一定の水準まで行こうとしていることが間違いない所は行けると私は漠然と思いますので、そういう意味での質に差があるということであれば医療費で少し。飯田先生に叱られてしまうかもしれませんが、質が良ければ多少いいインカムがあってもいいだろうし、質の悪い所は減ってもいいだろうという話です。
 情報を集めたり分析したり、みんなが受けられるような仕組みをつくっていくことが、次のステップに行くために大事ではないかと思います。やはり参加の部分だけがピカピカ光るとか、何かがピカピカ光るというような話ではなくて、全体がジワジワ、ジワジワと良くなっていくことのほうが、私は大事だと思います。そういう意味では、今回のテーマにちょっぴり掠るかもしれないということで、意見を言わせていただきました。

○松月構成員 私は、医療事故が世に出ることになったきっかけのときから、いろいろな活動をしております。先ほど有賀先生がおっしゃったようなことが進んでいると思います。この報告制度が進んできた歴史的な背景には、現場にいる看護師が、圧倒的にいろいろなものが見えるということがあると思います。医療現場では、様々な場面で、これはおかしいのではないかと良心的に疑問を持つことができる看護師が増えているのです。
リスクマネージャーの養成研修というのを10年以上続けておりますが現在では、医療安全文化や報告制度、分析制度も整っているような地方の基幹病院が、地域のまだまだそこまで行っていない病院の人たちと研修会や事例の検討会をするというところまで広がっています。
 私は、日本の医療者の持っている良心というのは、ものすごく素晴らしいものがあるなと思っています。一部には、まだまだそこまで達していない施設もあるかもしれませんが、この10年を振り返ると、全体としては非常に進んだと思います。この中で、施設の医療レベルに応じて差別化を行うことは必要です。標準の医療レベルに達していないのであればペナルティを科すことも必要なのかと思います。ただ、多くの病院が良い方向に進むための制度になっていただきたいと心から思っております。

○高杉構成員 今日は厳しいお話を聞きました。医療安全に関しては、報告制度ばかり注目されておりますけれども、医師会は、安全に一生懸命取り組んでいるんだ、診療所レベルまでやっているんだという文化を広げたいと思っています。いま、医療安全全国共同行動などという動きもあります。そこにはナースも行かなければ、院長が行っただけでは駄目なのです。あるいは受付も行かなければいけない。要するに、クリニック全体がやらなければ駄目だということです。大きな病院はやられていますけれども、小さな診療所、中小病院もやりましょうという動きをしています。
 いろいろ悔しい思いをされた患者さんの話ばかり聞くと、「いやあ、たまたまそういう事例があるんですけど、医療は頑張っているんですよ」というのも声にしたいし、そういう取組みもやっているということをご理解いただきたい。まだまどろっこしいかもしれませんが、それを確実に続けていかなければいけない。最初に印南先生から、「医療界はたるんでいる」とか、「ちょっと甘いのではないか」という厳しいご発言を受けたのですが、「それは違う」と声を大にして言いたいし、努力を続けなければいけない。
 この前、他の業界の取組みについて飯田先生がおっしゃいました。航空業界のある人を推薦されたと思うのですが、あの話はどうなったのでしょうか。医療界は非常にリスクが多くて、それがすぐそばにあっても気が付かない場合が多いですね。どのように管理しても不可避なリスク、不可避な事件は起きてくる。それをできるだけカバーしていきたいけれども、どうやっても防げないものをリスク報告で取り上げて、全体で共有して工夫する、あるいは、医療機能評価機構の報告を持ってきて研修するということもやっています。やっていてもやはり起こるので、どのようにやっていいか、他の業界の人の話は是非お聞きしたいと思います。
 もう1つは、今日も出たと思うのですけれども、事故を究明して再発防止につなげることと補償制度というのは、違う視点で話をしたほうがいいのではないかということを少しずつ感じました。患者さんたちの団体は、いや、それはやはり両輪で進めるべきだということもあるのですけれども、ちょっと視点が違うのではないかという思いが少ししています。

○医療安全推進室長 ヒアリングですが、前回、飯田構成員より日本航空機操縦士協会の池内宏様のご説明ということで、ご要望をいただいております。本日は調整に至らなかったということで、次回以降に向け、また調整を進めてまいりたいと思います。

○飯田構成員 学術会議の報告書の大半は納得というか、わかるのですけれども、前にもお話したことですが、22頁の下の「医療の独占性と公益性、透明性を勘案すれば届出義務は解除されるべきものではない」ということですが、私はちょっと考え方が違うのです。独占性というのは、医療が危険だから、専門性が高いから業務独占にしているわけで、危険行為だからです。「独占しているから、これは違っている」と言われると困るのです。また、公益性はありますが、場合によっては「医療をやっているだけで公益ではない」と言われたり、「公益だ」と言われたり、戸惑っております。
 それから「届出義務は解除されるべきものではない」ということは、賛成の方もいるとは思うのです。私は反対ですが、賛成するにしても、それは医師法第21条における警察への届出ではない、第三者機関への届出であるということです。要するに目的は何か。警察というのは刑事訴追、あるいは刑事的に問題があるかないかを検討すべき所であって、そこへ出すということは刑事を考えているわけです。民事をしてはいけないということではないのですが、義務にするのであれば、これはおかしいのではないか。原因究明、再発防止と言いながら、結局責任追及になっていることが問題なので、こういう文言が出てくると、やはり違和感を感じます。
 特に、我々には応召義務があるわけです。そして、医療はリスクが非常に高い場合がある。ほかにもどなたか、この報告書にもあったかもしれませんが、ほとんど瀕死の状態で来ても診るわけですから、それで何かあったら「警察に持っていけ」と言われると、だんだん、だんだん萎縮医療になっていくのです。現に、数年前はもっとひどかったのです。最近は少し良くなってきましたけれども、まだまだそういう傾向がありますので、是非これはきちんとしていただきたいと思います。医師法第21条に関しては、引用文献もありましたが、全日本病院協会、四病協としては、立法の趣旨に基づいてやってほしいということです。

○里見座長 議論はなかなか尽きない気がいたしますが、最後にどうぞ。

○椎名構成員 今日は豊田委員の提出資料を拝見して、最後の9頁の「患者・家族・遺族の願い」として、原因究明と再発防止ということが実感としてよくわかりました。そこで1つだけお尋ねしたいことは、この資料の6頁にある、患者の視点の連絡協議会が活動している中で、いちばん下に「当面、医療版事故調の早期設立を求めて活動していきます」という記載があります。原因究明の場としてこの「医療版事故調」をお考えになっているのか、その場合に、ここで言う「医療版事故調」の概略はどういう形のものか、その辺を教えていただければと思います。

○豊田構成員 私たちは、平成19年に厚労省で開催された検討会をきっかけに、医療版事故調の設立を願って、さらに声を上げていく活動を進めています。しかし、その後に政権交代などもあって、ADRのほうにもう少し力を入れていくべきではないかとか、院内の事故調査がいいのではないかとか、いろいろなお話が出てきています。私たちもそういう話を聞いて勉強しながらでないと、患者側の声がすべて今後の改善に向かうことになるのかなど、それらすべてがわかっているとは必ずしも限りませんので、皆さんのお話を聞いて、学んでやっていかなくてはならないと感じつつ、この活動を行っています。
 そこに新たに今回、無過失補償制度の話がきていて、正直言って私たち患医連も戸惑っているところがあります。先ほど高杉委員から、原因究明の部分や再発防止の部分と補償の部分を一緒に制度として組み込んでいいのだろうか、ということを考えなければいけないというお話がありました。そういうことに関して、私たちもどういった方向性がいいのか、今考えているところがありますので、それについては私も今日皆さんのお話をお聞きしたので、もう少し考えをまとめてから、またこの場で発言したいと思います。ですから、今日は宿題にさせていただきたいと思います。

○里見座長 多くの方に発表していただきましたので、討議する時間が少し短くなりましたが、今日の話を聞いておりますと、医療事故を収集して何年も経っていますので、かなりの症例が集積されていると思います。この調査は施設がわかるような公表の仕方はしないことを前提に集めていますけれども、集まったものを、有効に活かすような手段がそろそろ必要かと思います。また報告の件数を増やす何らかの仕組みも採られたほうがいいのではないかという指摘がなされたと思います。
 それと、損保等が一体どれだけの補償をやってくれるかということは、なかなか明らかにされていません。ほとんどの医師は個人で損保会社の保険に入っていますし、医療機関もほとんど何らかの保険に入っています。したがって医療保険の総額はかなりの額になるはずですが誰も把握していません。また、その保険で補償されている金額が年間いかほどになっているかもよくわかりません。大変難しいとは思いますが、このようなことを医師会などで明らかにすると保険制度の仕組みや、医療界が医療補償にどの程度努力してきたかが明らかになると思います。

○高杉構成員 自賠責で扱っている件数・額はわかると思いますが、個人情報の面があるので、細かいことは。総額と件数ぐらいはわかると思います。それから、その下裁きとして、各県医師会でやっている事例が結構あるのです。これは不満を解決する場合もあるでしょうし、いわゆる賠償というか、少額で済んでいる場合もあるでしょう。これらは各県が持っている情報ですが、これを集める努力をしてみたいと思います。

○里見座長 学会単位とか、いろいろな所で入っていますから、かなりの額になるのではないかと思います。

○椎名構成員 例えば、保険業界を所管する金融庁を通じて、そういったデータを取得できないものでしょうか。

○里見座長 どうでしょうか。

○大臣官房参事官 医師会からもそのようなご発言がありましたので、いろいろな方法を通じて、出せる範囲の資料を、できるだけ当検討会に情報提供させていただきたいと思います。

○里見座長 患者さんの立場からは、原因究明を是非やってほしいということで、その仕組みをどうつくるかということを、これから議論していかなければならないと思います。有賀構成員からは、院内事故調査委員会を活用する方法等があるのではないかと、椎名構成員からは、現在のものに対して新たにどういうもの付け加えたらよいかというご質問もあったので、次回以降、検討したいと思います。
 それから、これは主として医療側の意見ですが、施設によって、まだ随分差があるとは思いますけれども、10年、20年ぐらい前の医療界と比較して、医療安全に取り組んでいる施設も、かなり増えつつあるのではないかとのことです。私自身も大学の病院長をしていて感じることですが、現在は隠蔽するなどということはほとんど不可能です。そんなことをやること自体、また考えること自体、ほとんど意味がないと思います。きちんと話をして、謝るべきところは謝まる文化が育っていると思います。
 ただそういう施設は実はまだ多くないのではないかという指摘があることに関しては、調査をして、そうであれば医療界として改善しなければなりません。現在、医師会は一生懸命頑張って、小規模の施設にもこのような文化を何とか広めたいという取組みをしています。しかし、それが患者さんから見ると、まだまだ歩みが遅すぎるのではないかとの指摘かもしれません。たぶんその辺の食違いが、今日明らかになったのではないかと私自身は考えております。次回以降、どういう日程になるかはわかりませんけれども、何を焦点にして、何をここで話し合って、何が解決できるかということを、厚労省とも少し相談しながら、決めていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 
○医療安全推進室長 次回の第4回検討会ですけれども、間隔については相談していきたいと思いますので、後日連絡させていただきます。内容についても、座長と相談して進めていきます。これまで検討してご発言いただいた内容を一旦まとめて、そういったものを踏まえて今後の進め方をご相談したいと思います。

○里見座長 次回以降に関しては日程調整も含めて、またご連絡差し上げますので、どうぞよろしくお願いいたします。それでは、本日の会議を終わります。ご苦労様でした。


(了)
<照会先>

医政局総務課医療安全推進室

室  長 宮本哲也: 内線2570
室長補佐 今川正三: 内線4105

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