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あさコラム vol.59
感染症エクスプレス@厚労省 2017年6月23日

金比羅

 こんにちは、厚生労働省健康局結核感染症課長の浅沼一成です。

 森鴎外氏といえば、陸軍軍医として各地に赴き、1907 年(明治40年)から
1916年(大正5年)まで陸軍軍医総監・陸軍省医務局長として活躍されましたが、
ご存じのとおり、明治時代の大文豪でもあります。
 前回ご紹介した浄閑寺に詩碑がある作家の永井荷風氏によりますと、「明
治の精神を知るには、森鴎外を読め」とのこと。
 そんなエリートでインテリゲンチャの鴎外氏の小説は、「舞姫」「雁」
「山椒大夫」「高瀬舟」などが有名ですが、その作品のひとつに1909年(明
治42年)年発表の「金比羅」があります。

 ある冬の1月、小野博士は香川県高松市で心理学の講演後、琴平までやって
きました。
 「金毘羅さまは荒神だから無視をするとたたられる」との忠告を受けた博
士ですが、金毘羅さまに詣でることなく帰京することに。
 博士が帰宅すると、二人の姉弟の子どもが急性気道感染症の百日咳にり患。
 博士と奥さんは子どもたちの看病に尽くしましたが、生後半年の赤ん坊の
弟は尿毒症を発症して亡くなりました。
 その時、奥さんは叱られるかもと言いながら、湯(風呂)の中で姉弟が溺
れ、姉は大きいから生き戻ったが赤ん坊が駄目だったという「夢」を見たと
の話をしたところ…という物語です。

 実際、鴎外氏の長女と次男の二人の子どもが、1908年(明治41年) に百日
咳にり患し、次男は死亡、長女は危篤となりました。
 その時の鴎外氏の経験が、この「金比羅」という私小説に近いかたちで発
表され、その後は「高瀬舟」などの作品にも影響を与えています。
 それほどまで当時の百日咳は、子どもの死因としてのインパクトが非常に
大きい感染症だったのです。

 戦後、1950年(昭和25年)頃までは、百日咳の患者数は10万人ほど、死亡
率は10%、1万人以上の患者さんが百日咳で亡くなられていました。
 しかし、予防接種法が制定され、百日咳のワクチン接種が始まると着実に
患者数・死亡者数は減少し、現在、2012年(平成24年)に導入された「4種混
合ワクチン(DPT-IPV)」の定期接種を実施しているところです。

 その効果もあり、感染症発生動向調査における百日咳の発生状況は、過去
30年で約10分の1に減少しました。
 その一方で、厚労省研究班によりますと、15歳以上の百日咳の発生割合が
増加しているとの推計(60%近くが15歳以上)が報告されています。
 つまり、思春期の若者や大人の感染者の割合が増えてきている状況なの
ですが、実は、百日咳は小児科定点把握の感染症なので、成人の発生動向に
ついて、現時点では正確には把握できていません。

 大人が感染しても重症化することはまれな百日咳ですが、り患した大人か
らワクチン未接種の乳児に感染してしまったら…。
 その対策を進めるためにも、子どもに限らず、大人も含めた百日咳の発生
動向について、より正確かつ詳細に把握をすることが必要な時期になってき
ました。

 そこで、先日(2017年[平成29年]6月19日)の第21回厚生科学審議会感染
症部会において、感染症法に基づく5類感染症である百日咳を、小児科定点把
握から全科からの全数把握の疾患として位置づけたい旨を、届出基準案や届
出票も含めてご審議をしていただきました。
 「どの国も百日咳対策に苦しんでいる中、わが国が率先して全数把握をす
ることは大賛成」、「類似症状のマイコプラズマ肺炎との鑑別等ができる様
な届出とすべき」などのご意見を賜りつつ、この方針につきまして、感染症
部会からご了解を得ることができました。
 今後はパブリックコメントの実施、感染症法施行規則等の改正などを進め
ていきたいと思っています。

 より正確かつ詳細な百日咳の発生動向が把握できれば、そのデータに基づ
き、次なる効果的な対策を打つことができます。
 届出をお願いする医療現場や関係行政機関の皆様のご負担は増えるかもし
れませんが、こうした百日咳の状況についてご理解を頂き、ご支援を頂けれ
ば幸いです。

 明治時代の鴎外氏の次男に起きた悲劇を、現代で繰り返す訳にはいきませ
ん。
 一人でも多くの生命を守りたいと思っております。
 皆様、どうぞよろしくお願いいたします。


森鴎外氏(国立国会図書館・近代日本人の肖像より)

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