(1 | )現行の法制度
有害物の発散する場所における業務については、重量物取扱業務と同様、女性の妊娠又は出産に係る機能に有害であるとして、妊産婦以外の女性も含め、女性一般について一定の就業が制限されている(労働基準法第64条の3、女性労働基準規則第2条及び第3条)。この制限は、一定の化学物質を列挙し、これらが通達で示す一定の濃度以上を発散する場所での一切の就業を禁止するものである。その際、防毒マスク、防塵マスク等の保護具を用いたとしても、就業は許容されない、絶対的な就業禁止となっている。
この取扱いについても、昭和22年の労働基準法制定当時より変更がない。
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(2 | )女性一般に対して有害物の発散する場所における業務を制限するこれまでの考え方について
昭和60年の「医学的・専門的観点からみた女子の危険有害業務の就業制限に関する研究会報告書」においては、「女子労働者の就業が禁止されている業務に係る化学物質の外女子に有害であるとの報告がある物質のうち、疫学調査、動物実験等に関する諸外国の文献が入手できたもの(19物質)について、その文献の精度、信頼性等を勘案して調査検討し通常の作業環境を前提として」分類した結果、妊産婦以外の女子に関しては、ばく露と妊娠等への影響について鉛は因果関係が認められ、テトラクロルエチレンは因果関係がないとされた外は、因果関係の有無が現時点では判断できないとされ、「新規化学物質の登場等の状況の変化や医学的知見の進歩等に応じて今後随時検討が行われることが適当である」とされている。
また、平成8年の「母性保護に係る専門家会議報告書」においては、「鉛のような物質は、常時生産される精子によりも、生涯にわたり卵巣内に存在する卵子に対して影響が大きい等、妊娠・出産機能に対して有害であると考えられるので、妊産婦以外の女子に対する有害物の発散する場所における業務の就業禁止制度自体は今後とも存続させるべきである」「具体的にどの物質が、妊娠・出産機能に有害であるかどうかについては、今後とも、新たな医学的知見を踏まえ、継続的に検討していくことが必要である」とされている。
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(3 | )有害物の発散する場所における業務の現状
「労働環境調査」(平成13年)は労働者の有害業務への従事の状況を明らかにしている。同調査によれば、製造業、鉱業、道路貨物運送業及び一定のサービス業(自動車整備事業、機械・家具等修理業)に従事する女性労働者のうち、「鉛業務」、「有機溶剤業務」及び「特定化学物質を製造し又は取扱う業務」に従事するものはそれぞれ3.2%、9.6%及び0.9%となっている。なお、調査対象となっている有害業務は、労働基準法により母性保護のために禁止される有害物の発散する場所における業務とは必ずしも一致しない。
また、化学物質の数は膨大であり、科学技術の進展に伴ってさまざまな新たな化学物質がつくり出されるとともに産業界において幅広く使用されていることから、上記の3つの業務以外の業務においても、女性労働者が様々な化学物質のばく露を受けていることが予想される。
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(4 | )諸外国の危険有害業務に係る規制の状況
諸外国の母性保護に係る危険有害業務に係る規制には、次のようにいくつかのタイプがある。
(1) | 我が国と同様に女性一般について一律に就業禁止するタイプ − フランス |
(2) | 妊産婦について一律に就業禁止するタイプ − ドイツ |
(3) | 妊産婦について、事業主にリスク評価とその結果に応じた措置の実施を義務づけるタイプ − EU、イギリス |
また、ILO第183号条約(母性保護条約)においては、加盟国は、権限のある機関により母子の健康に有害であると認められた業務又は母子の健康に相当な危険があるとの評価が確立した業務を妊娠中及び哺育中の女性が行う義務を負わないことを確保するための適当な措置をとることとされている。
このうちリスク評価を行うタイプであるEUにおいては、平成4年(1992年)に「妊娠中の労働者及び出産直後又は授乳中の労働者の職域における安全衛生の改善を促進するための導入に関する指令(92/85/EEC)」が出されている。保護の仕組みとして、まず事業主は、妊産婦等にリスクがあると考えられる業務についてリスク評価を行い、リスクが明らかになった場合は、労働環境の改善、労働時間の調整、配置転換、休業等のリスク回避の措置をとることとされている。また、一定のリスクが明らかになった場合は、妊婦及び授乳中の労働者は業務に就くことを強制されないこととされている。
また、事業主が行うべきリスク評価の基準とするため、欧州委員会は「妊産婦等に有害と考えられる化学物質等の評価についてのガイドライン」を制定し、加盟国はこれを労使に広く周知することとされている。ガイドラインでは、妊産婦等に有害と考えられる化学的要因、物理的要因、生物的要因、労働環境等と対応するリスク回避のための措置を例示している。また、事業主はリスク評価に当たり、EUが示している既存のばく露限界値を考慮するとともに、妊産婦等のリスクに特別の配慮をしなければならないこととされている。
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(5 | )生殖毒性を有する化学物質の分類
有害物による妊娠や出産に係る機能への障害を防止するためには、個々の化学物質が生殖毒性を有するかどうかを特定、分類していくことが重要である。EUにおいては、「危険な物質の分類、包装、表示に関する指令(67/548/EEC)」に基づき、化学物質の生殖毒性について分類が行われ、一酸化炭素、アルキル鉛等27物質が、「生殖毒性があることが知られている物質」、「人に対して生殖毒性があるようにみなされるべき物質」又は「生殖障害作用を及ぼす可能性があるため、人に対して懸念を引き起こすが、利用可能な情報では、これについて評価が適切に行えない物質」に分類されている。
また、ACGIH (American Conference of Govermental Industrial Hygienists)の許容濃度(TLV)の勧告値の設定に当たっては、鉛、水銀等34物質について生殖毒性が考慮されている。
参考資料9からわかるように、現在我が国において規制対象となっている業務に係る化学物質と、EUで生殖毒性を有すると分類されている物質及びACGIHの勧告において生殖毒性が考慮されている物質とは、一酸化炭素等一部の物質を除き整合していない。
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(6 | )「化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS)」に関する国連勧告への対応
平成15年(2003年)に、人の健康の確保、化学品の国際取引を促進すること等を目的として、それぞれの化学物質の危険有害性ごとにその程度等を分類し、それに応じた絵表示や危険有害性等を詳細に記した文書を作成すること等を内容とする「化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS)」が国際連合から勧告として公表された。これによって、それぞれの化学物質の危険有害性についての情報が製造者等から使用者に至るまでの各段階において共有されることとなり、労働者の健康確保等に重要な役割を果たすことが期待されている。
我が国はこの勧告に示された内容を平成18年12月までに実施することとしており、これに先立ち、現在、約1500の物質について、国際的に認められている文献等から、発がん性、生殖毒性等の危険有害性の程度等を分類する作業が進められている。この分類作業は、同勧告に対応するために事業者が行う取組を支援する目的で行っているものであるが、これにより、化学物質の妊娠・出産に係る機能への有害性に関する情報が系統的に明らかにされることが期待される。
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(7 | )結論及び今後の課題
女性一般に対する有害物を発散する場所における業務の就業制限については、鉛のように現に妊娠・出産機能に対して有害であると考えられる物質が存在していることに鑑みると、ただちにその制限をなくすべきということはできない。
しかしながら、就業制限の対象となっている化学物質は、その制定当時においては、女性労働者に対して何らかの有害性が想定されていたと考えられるが、現在の知見に照らせば、妊娠又は出産に係る機能について明確に有害性を有するとは必ずしも言えない状況にある。一方、労働の場において様々な化学物質が使用され、また、科学技術の進歩に伴い、新たな化学物質が使用されていることへの対応も必要である。
以上のような事情を踏まえ、基本的には、規制対象となる化学物質の範囲については、新たな知見を踏まえて見直すことが適当である。上記(6)の化学物質の生殖毒性の程度等の分類作業は、実質的には女性の妊娠・出産に係る機能に有害である化学物質の検討と重なるものであることから、同作業の結論を踏まえ、母性保護の観点からの規制対象となる化学物質を検討することが適当である。
また、一定の水準を定めて一律に就業を禁止するという保護の手法が適切かどうかについても、労働安全衛生政策や国際的な動向等を踏まえ、今後の課題として引き続き検討することが必要である。
さらに、事業場において、妊娠出産機能の保護が適切に行われるためには、事業主、労働者、産業保健スタッフ等が、化学物質等の有害性を有する要因について十分な情報を得られるようにしていくことが重要である。 |