母性保護専門家会合報告書(原案)



 はじめに

 昭和60年の男女雇用機会均等法の成立から20年が経過し、働く女性を取り巻く状況は大きく変わった。しかしながら、男女が共にその持てる力を十分に発揮できるような社会を構築するためには、なお、課題が残されていることから、平成16年9月より、男女雇用機会均等の更なる推進について、労働政策審議会雇用均等分科会において幅広い検討が開始されている。
 女性が十分に能力を発揮し、働くためには、適切な母性保護を行うことが不可欠である。このため、これまでも男女雇用機会均等法制の見直しに際しては、母性保護のあり方についてもあわせて見直しが行われてきた。
 現在、労働基準法では、妊産婦等への危険有害業務への就業制限、産前産後休業、妊婦が請求した場合の軽易業務への転換、妊産婦が請求した場合の時間外労働、休日労働及び深夜業の制限等の母性保護措置が規定されている。また、男女雇用機会均等法において、母性健康管理の措置として、妊産婦が保健指導や健康診査を受ける時間の確保及び健康診査等における医師の指導事項遵守のための事業主の措置義務が定められているところである。
 このうち、労働基準法における危険有害業務の就業制限の規定においては、重量物取扱業務及び有害物の発散する場所における業務について、女性の妊娠又は出産に係る機能に有害である業務として、妊産婦以外の女性に対しても就業が禁止されている。このような妊産婦以外の女性を含めた就業禁止措置については、平成8年の「母性保護に関する専門家会議」において、重量物取扱業務については、その規定の必要性について「今後の課題として引き続き検討することが必要」とされ、有害物の発散する場所における業務については具体的な物質の有害性について「今後とも新たな医学的知見を踏まえ、継続的に検討していくことが必要」とされているところである。
 このため、本専門家会合は、今回の男女雇用機会均等にかかる検討にあわせ、母性保護に関してもこのように課題とされた事項があること等を踏まえ、
 (1) 産前産後休業
 (2) 重量物取扱業務
 (3) 有害物の発散する場所における業務
について、専門的見地から検討を行い、以下のとおり結論をとりまとめた。


 産前産後休業について

(1)産前休業のあり方
 現行の産前休業は、単胎妊娠の場合産前6週の期間、多胎妊娠の場合産前14週の期間、本人の請求に基づく休業となっている(労働基準法第65条第1項)。
 産前休業の対象となっている妊娠末期は、胎児・胎盤の発育及びそれに伴う子宮容積の増大等により、母体の負担が増加し、妊娠高血圧症候群や早産等の異常発生の危険性が高まる時期である。このため、妊娠高血圧症候群の発症時期や早産等の発生時期に関する知見を踏まえる必要があり、こういった知見を踏まえてその2週間前から十分な休養をとることができるように休業期間を設定するとの考え方については変更する必要はないものと考えられる。妊娠高血圧症候群(重度なものを除く)の発症時期及び早産の発生時期についての最近のデータをみると、このような危険性が高まるのは妊娠36週であり、その2週間前である妊娠34週に相当する産前6週前から休業できる現行制度の基準は適切であり、変更する必要性はないものと考えられる。
 国際的な動向をみても、平成12年(2000年)に採択されたILO第183号条約(母性保護条約)においては、休業期間は産後6週の強制休業期間を含む14週とされており、これと比べ遜色のない水準にあるものと考えられる。
 なお、重度の妊娠高血圧症候群や早産のおそれ等のために、産前休業の期間前に休業等の措置が必要な労働者については、個々の労働者の状況に応じて、男女雇用機会均等法第23条の母性健康管理の措置の適切な実施により対応することが適当であり、同制度のより一層の普及、定着を進めることが重要である。

(2)産後休業のあり方
 現行の産後休業は、単胎妊娠であると多胎妊娠であるとを問わず、原則8週間であるが、このうち産後6週間は、本人の意思や健康状態にかかわりなく就業することができない強制休業期間、その後の2週間は本人の請求と医師が支障がないと認めることを条件に就業できる期間となっている(労働基準法第65条第2項)。
 これは、産褥期間(妊娠及び分娩によって生じた子宮等の変化がほぼ妊娠前の状態に回復するまでの期間)が産後6週から8週であることを考慮して定められているものであり、これを否定する知見はなく、また、国際的な水準をみても、特に問題はないものと考えられる。
 なお、最近の知見によると、重度の妊娠高血圧症候群の場合にあっては、産後12週まで回復に時間を要する場合があるとされているが、重度の妊娠高血圧症候群は全体からみれば例外的な病的な状態であることから、医師の指導により個別の事情に応じて母性健康管理の措置を講じていくことが適切であり、通常の産褥期間を念頭においた現行の産後休業の期間を変更する必要はないと考えられる。


 重量物取扱業務について

(1)現行の法制度
 重量物取扱業務については、女性の妊娠又は出産に係る機能に有害であるとして、妊産婦以外の女性も含め、女性一般について一定の就業が制限されている(労働基準法第64条の3、女性労働基準規則第2条及び第3条)。その制限は、断続作業の場合30キロ以上、継続作業の場合20キロ以上の重量物を取り扱う業務への就業を禁止する(満18歳以上の場合)もので、「取り扱う」とは、直接に重量物を担う場合をいい、押す場合は含まれないとされている。
 この取扱いについては、昭和22年の労働基準法制定当時より変更がないものである。

(2)女性一般に対して重量物取扱業務を制限するこれまでの考え方について
 昭和60年の「医学的・専門的観点からみた女子の危険有害業務の就業制限に関する研究会報告書」においては、女子労働者の場合、「日常作業で一定限度以上の重量物運搬が反復継続されると子宮脱垂を起こす可能性があるとの報告がある。子宮脱垂は多産による子宮支持組織の緩みの影響が大きいが、多産による影響を考慮してもなお重量物の影響がみられるともいわれており」「子宮脱垂により、受胎能力又は将来の妊娠・分娩に影響があるとも考えられ、重量物運搬に係る保護が不要であると現段階でいうことはできない」とされている。
 また、平成8年の「母性保護に係る専門家会議報告書」においては、昭和60年の「医学的・専門的観点からみた女子の危険有害業務の就業制限に関する研究会報告書」の内容について、「現時点においても、このことを否定する充分な知見は見当たらない」とされている。

(3)重量物取扱業務の現状
 重量物の取扱いについては、業種、業態によりさまざまな形態が考えられるが、重量物取扱業務が多いと考えられる業界にヒアリングを行った結果によると、「重量物をかついで運搬する」といった業務については、機械化が進んだ結果、ほとんど行われなくなっており、また、機械化されていない業務についても、取扱う重量は30キロ未満となっており、その作業は積み込み、積みおろしが主体となっている。すなわち、労働基準法制定時に重量物取扱業務として想定していた何十キロにもなる物を人力でかついで運搬するような業務は、すでに過去のものとなりつつある。
 一方で、新たなサービスの展開と女性の職域拡大に伴って、宅配便業界では女性の宅配ドライバーが登場しているほか、一人暮らしをする女性の増加をはじめとする消費者ニーズの多様化を背景に、運送業界では女性のみによる引っ越しサービスといった新たな業務が出現している。

(4)諸外国の重量物取扱業務に係る規制の現状及び我が国の労働安全衛生上の対策
 国際的な動向をみると、母性保護の観点からの重量物の取り扱いの規制は、以下のようないくつかの類型に分けられる。
 (1) 我が国と同様に女性一般について一律に就業禁止するタイプ−フランス
(2) 妊産婦について一律に就業禁止するタイプ−ドイツ
(3) 妊産婦について、事業主にリスク評価とその結果に応じた措置の実施を義務づけるタイプ−イギリス、EU
 また、ILO第183号条約(母性保護条約)においては、加盟国は、権限のある機関により母子の健康に有害であると認められた業務又は母子の健康に相当な危険があるとの評価が確立した業務を妊娠中及び哺育中の女性が行う義務を負わないことを確保するための適当な措置をとることとされており、また、同第191号勧告(母性保護勧告)においては、上記条約の規定に対応する状況において、特に、重量物を手で持ち上げること、運搬すること、押すこと又は引くことを伴う重労働については、危険性の除去、労働条件の調整、配置転換又は休業により、当該業務を代替する措置がとられるべきとされている。
 また、我が国の母性保護以外の労働安全衛生上の対策をみると、重量物の取扱いについては、腰痛の原因になることから、これを防止するための指針が定められており、同指針においては、満18歳以上の男性労働者が常時、人力のみにより取り扱う場合の重量は、当該労働者の体重の概ね40%以下になるように努めること、一般に女性の持ち上げ能力は男性の60%程度であることが示されている。

(5)結論及び今後の課題
 (2)の報告書でも指摘されているが、重量物の運搬は、出産、加齢等の他の要因とともに子宮脱垂を起こす要因の一つとされており、現段階においても重量物取扱業務の将来の妊娠・分娩への影響を否定する充分な知見は見当たらず、保護が不要であり、ただちに現行の制限をなくすべきとまで言うことはできない。今後も医学的な知見を踏まえ、引き続き検討していくことが必要である。
 また、女性一般に対して一律に就業制限を設けることについては慎重であるべきであり、今後、重量物取扱業務に関する規制のあり方について検討するに際しては、作業の実態、事業場における労働安全衛生対策の状況や国際的な動向も踏まえ、一律に一定の重量の水準を定め、就業を制限するという方法が適切かどうかについて、検討されるべきである。


 有害物の発散する場所における業務について

(1)現行の法制度
 有害物の発散する場所における業務については、重量物取扱業務と同様、女性の妊娠又は出産に係る機能に有害であるとして、妊産婦以外の女性も含め、女性一般について一定の就業が制限されている(労働基準法第64条の3、女性労働基準規則第2条及び第3条)。この制限は、一定の化学物質を列挙し、これらが通達で示す一定の濃度以上を発散する場所での一切の就業を禁止するものである。その際、防毒マスク、防塵マスク等の保護具を用いたとしても、就業は許容されない、絶対的な就業禁止となっている。
 この取扱いについても、昭和22年の労働基準法制定当時より変更がない。

(2)女性一般に対して有害物の発散する場所における業務を制限するこれまでの考え方について
 昭和60年の「医学的・専門的観点からみた女子の危険有害業務の就業制限に関する研究会報告書」においては、「女子労働者の就業が禁止されている業務に係る化学物質の外女子に有害であるとの報告がある物質のうち、疫学調査、動物実験等に関する諸外国の文献が入手できたもの(19物質)について、その文献の精度、信頼性等を勘案して調査検討し通常の作業環境を前提として」分類した結果、妊産婦以外の女子に関しては、ばく露と妊娠等への影響について鉛は因果関係が認められ、テトラクロルエチレンは因果関係がないとされた外は、因果関係の有無が現時点では判断できないとされ、「新規化学物質の登場等の状況の変化や医学的知見の進歩等に応じて今後随時検討が行われることが適当である」とされている。
 また、平成8年の「母性保護に係る専門家会議報告書」においては、「鉛のような物質は、常時生産される精子によりも、生涯にわたり卵巣内に存在する卵子に対して影響が大きい等、妊娠・出産機能に対して有害であると考えられるので、妊産婦以外の女子に対する有害物の発散する場所における業務の就業禁止制度自体は今後とも存続させるべきである」「具体的にどの物質が、妊娠・出産機能に有害であるかどうかについては、今後とも、新たな医学的知見を踏まえ、継続的に検討していくことが必要である」とされている。

(3)有害物の発散する場所における業務の現状
 「労働環境調査」(平成13年)は労働者の有害業務への従事の状況を明らかにしている。同調査によれば、製造業、鉱業、道路貨物運送業及び一定のサービス業(自動車整備事業、機械・家具等修理業)に従事する女性労働者のうち、「鉛業務」、「有機溶剤業務」及び「特定化学物質を製造し又は取扱う業務」に従事するものはそれぞれ3.2%、9.6%及び0.9%となっている。なお、調査対象となっている有害業務は、労働基準法により母性保護のために禁止される有害物の発散する場所における業務とは必ずしも一致しない。
 また、化学物質の数は膨大であり、科学技術の進展に伴ってさまざまな新たな化学物質がつくり出されるとともに産業界において幅広く使用されていることから、上記の3つの業務以外の業務においても、女性労働者が様々な化学物質のばく露を受けていることが予想される。

(4)諸外国の危険有害業務に係る規制の状況
 諸外国の母性保護に係る危険有害業務に係る規制には、次のようにいくつかのタイプがある。
 (1) 我が国と同様に女性一般について一律に就業禁止するタイプ − フランス
 (2) 妊産婦について一律に就業禁止するタイプ − ドイツ
 (3) 妊産婦について、事業主にリスク評価とその結果に応じた措置の実施を義務づけるタイプ − EU、イギリス
 また、ILO第183号条約(母性保護条約)においては、加盟国は、権限のある機関により母子の健康に有害であると認められた業務又は母子の健康に相当な危険があるとの評価が確立した業務を妊娠中及び哺育中の女性が行う義務を負わないことを確保するための適当な措置をとることとされている。
 このうちリスク評価を行うタイプであるEUにおいては、平成4年(1992年)に「妊娠中の労働者及び出産直後又は授乳中の労働者の職域における安全衛生の改善を促進するための導入に関する指令(92/85/EEC)」が出されている。保護の仕組みとして、まず事業主は、妊産婦等にリスクがあると考えられる業務についてリスク評価を行い、リスクが明らかになった場合は、労働環境の改善、労働時間の調整、配置転換、休業等のリスク回避の措置をとることとされている。また、一定のリスクが明らかになった場合は、妊婦及び授乳中の労働者は業務に就くことを強制されないこととされている。
 また、事業主が行うべきリスク評価の基準とするため、欧州委員会は「妊産婦等に有害と考えられる化学物質等の評価についてのガイドライン」を制定し、加盟国はこれを労使に広く周知することとされている。ガイドラインでは、妊産婦等に有害と考えられる化学的要因、物理的要因、生物的要因、労働環境等と対応するリスク回避のための措置を例示している。また、事業主はリスク評価に当たり、EUが示している既存のばく露限界値を考慮するとともに、妊産婦等のリスクに特別の配慮をしなければならないこととされている。

(5)生殖毒性を有する化学物質の分類
 有害物による妊娠や出産に係る機能への障害を防止するためには、個々の化学物質が生殖毒性を有するかどうかを特定、分類していくことが重要である。EUにおいては、「危険な物質の分類、包装、表示に関する指令(67/548/EEC)」に基づき、化学物質の生殖毒性について分類が行われ、一酸化炭素、アルキル鉛等27物質が、「生殖毒性があることが知られている物質」、「人に対して生殖毒性があるようにみなされるべき物質」又は「生殖障害作用を及ぼす可能性があるため、人に対して懸念を引き起こすが、利用可能な情報では、これについて評価が適切に行えない物質」に分類されている。
 また、ACGIH (American Conference of Govermental Industrial Hygienists)の許容濃度(TLV)の勧告値の設定に当たっては、鉛、水銀等34物質について生殖毒性が考慮されている。
 参考資料9からわかるように、現在我が国において規制対象となっている業務に係る化学物質と、EUで生殖毒性を有すると分類されている物質及びACGIHの勧告において生殖毒性が考慮されている物質とは、一酸化炭素等一部の物質を除き整合していない。

(6)「化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS)」に関する国連勧告への対応
 平成15年(2003年)に、人の健康の確保、化学品の国際取引を促進すること等を目的として、それぞれの化学物質の危険有害性ごとにその程度等を分類し、それに応じた絵表示や危険有害性等を詳細に記した文書を作成すること等を内容とする「化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS)」が国際連合から勧告として公表された。これによって、それぞれの化学物質の危険有害性についての情報が製造者等から使用者に至るまでの各段階において共有されることとなり、労働者の健康確保等に重要な役割を果たすことが期待されている。
 我が国はこの勧告に示された内容を平成18年12月までに実施することとしており、これに先立ち、現在、約1500の物質について、国際的に認められている文献等から、発がん性、生殖毒性等の危険有害性の程度等を分類する作業が進められている。この分類作業は、同勧告に対応するために事業者が行う取組を支援する目的で行っているものであるが、これにより、化学物質の妊娠・出産に係る機能への有害性に関する情報が系統的に明らかにされることが期待される。

(7)結論及び今後の課題
 女性一般に対する有害物を発散する場所における業務の就業制限については、鉛のように現に妊娠・出産機能に対して有害であると考えられる物質が存在していることに鑑みると、ただちにその制限をなくすべきということはできない。
 しかしながら、就業制限の対象となっている化学物質は、その制定当時においては、女性労働者に対して何らかの有害性が想定されていたと考えられるが、現在の知見に照らせば、妊娠又は出産に係る機能について明確に有害性を有するとは必ずしも言えない状況にある。一方、労働の場において様々な化学物質が使用され、また、科学技術の進歩に伴い、新たな化学物質が使用されていることへの対応も必要である。
 以上のような事情を踏まえ、基本的には、規制対象となる化学物質の範囲については、新たな知見を踏まえて見直すことが適当である。上記(6)の化学物質の生殖毒性の程度等の分類作業は、実質的には女性の妊娠・出産に係る機能に有害である化学物質の検討と重なるものであることから、同作業の結論を踏まえ、母性保護の観点からの規制対象となる化学物質を検討することが適当である。
 また、一定の水準を定めて一律に就業を禁止するという保護の手法が適切かどうかについても、労働安全衛生政策や国際的な動向等を踏まえ、今後の課題として引き続き検討することが必要である。
 さらに、事業場において、妊娠出産機能の保護が適切に行われるためには、事業主、労働者、産業保健スタッフ等が、化学物質等の有害性を有する要因について十分な情報を得られるようにしていくことが重要である。


(参考資料)
  専門家会合参集者リスト
  妊娠週数別分娩状況
  各国及び日本の産前産後休業の制度の状況 (PDF:25KB)
  妊産婦等に係る就業制限業務の範囲 (PDF:55KB)
  各国及び日本の危険有害業務に係る規制の状況
  危険有害業務への就労実態について
  危険有害業務に係る業界ヒアリング
  EUにおける母性保護(危険有害業務)について
  有害物質の女性労働基準規則における規制と各種勧告値等との比較
10  国連勧告に基づく化学物質の危険有害性の程度等の分類について

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