まとめ


(1997年の労働経済の特徴)
 1997年(平成9年)の我が国経済は、1〜3月期には消費税率引上げ前の駆け込み需要もあって高い成長を記録した。4〜6月期はその駆け込み需要の反動減から大幅な減速となった後、続く7〜9月期には反動減から立ち直りつつあり、緩やかながらも回復傾向にあったものが、秋以降我が国の金融機関の破綻やアジアの通貨・金融不安のもとで景況感が厳しさを増し、景気は足踏み状態となった。さらに、1998年初には停滞し、一層厳しさを増した。雇用・失業情勢は、年前半は、失業率が高水準にあるなど厳しい状況であったものの雇用者の大幅な増加などの改善の動きがみられたが、年後半は、景気の足踏みを反映して雇用者の伸びが鈍化し有効求人倍率が低下する中で、失業率は依然として高水準を続けるなど、厳しい状況が続き、1998年1〜3月期には景気が一層厳しさを増す中で、更に厳しさを増し、3月には完全失業率が3.9%と既往最高となった。
 年後半以降の雇用需要の減退は、バブル崩壊後の雇用調整がようやく終了したところで景気が足踏みとなり、企業の業況が悪化して雇用過剰感が高まったことによる面が強い。
 バブル崩壊後の雇用調整について、製造業では1992年から1993年頃にかけて労働生産性がトレンドを大幅に下回り、労働密度の低下は過去と比べても大きかったため、今景気回復過程の初期はすぐに雇用の増加には結びつかない状況であった。その後、リストラの進展等から1996年後半に労働生産性の水準がトレンド上に回帰し、この時点でバブル崩壊後の雇用面での調整はほぼ終了した。しかし、1997年後半になると生産の伸びが大きく鈍化すると同時に雇用者数が減少したが、これは、長期にわたった雇用面の調整が一段落して企業が先行きに自信を持ち雇用の本格的拡大に入る前に在庫調整が始まったことが影響していると考えられる。第3次産業では、1997年後半の生産活動が停滞した時期に雇用は増加あるいは維持されたが、同時に労働時間短縮の進展により生産性の低下は起こらなかった。
 景気が足踏みから一層厳しさを増したことにより、建設業、卸売・小売業,飲食店、製造業等の各産業で業況が悪化し、雇用需要が減退したが、業況の低下が比較的緩やかであったサービス業では雇用者数は大幅な増加を続け、雇用全体の下支えとなった。1997年後半以降の雇用者の増加幅の縮小は男性で大きく、1998年1〜3月期には前年同期比減少となった。女性も週35時間以上の雇用者は同様の動きとなった。一方、女性短時間労働者に対する需要は相変わらず強かった。産業別にみると、男性は建設業や卸売業における雇用需要の減退の影響が大きいのに対し、女性短時間労働者はサービス業、飲食料品小売業、飲食店での増加が大きく、両者間の代替がおきているというより産業間の業況や雇用需要の差が両者の動きの差をもたらしていると考えられる。なお、女性の週35時間以上の雇用者は製造業の減少が目立っていたが、1998年1〜3月期には男女とも製造業の減少が著しい。
 雇用需要の減退の影響で、失業者が就業しにくくなりその分失業率の上昇につながり、繰越求職が増えた結果有効求人倍率の低下につながったほか、特に1998年1〜3月期に倒産や解雇による非自発的離職失業者が増加し、非自発的離職失業の多い男性高年齢層及び世帯主の失業が大幅に増加した。これらに加え、若年層の自発的離職失業が増加を続けたため、年後半以降有効求人倍率の低下、失業率(特に男性)の上昇が起こった。一方、厳しい雇用情勢の中で、職探しをあきらめた者も多く、男性高年齢層の労働力率は年後半以降低下した。
 賃金は、所定外給与の伸びは前年より縮小したが、賞与支給時期のずれもあって特別給与の伸びが大きく拡大したため、現金給与総額の伸びは前年より高まった。しかし、消費者物価の上昇幅が拡大したため、4〜6月期以降実質賃金は前年を下回った。
労働時間は、週40時間制の全面適用を背景に所定内労働時間が減少し、また、所定外労働時間の伸びが鈍化したこともあって、総実労働時間は減少に転じた。この結果、年間総実労働時間は5人以上規模で1,891時間と初めて1,900時間を下回った。
 物価をみると、消費者物価は4〜6月期に消費税率の引き上げに伴い2.0%上昇し、9月に医療保険制度の改正等によりやや上昇したものの、総じて安定して推移した。こうした中で勤労者家計においては、消費税率引上げ前後で駆け込み需要とその反動減がみられたが、年全体としては、特別減税の終了等に伴う非消費支出の増加及び消費税率の引上げ等による消費者物価の上昇幅の拡大がマイナスに働き、実質消費支出の伸びは前年を下回った。また、年末には相次ぐ金融機関の破綻等により消費者マインドが悪化し、消費性向が急激に低下したため実質消費支出が大幅に減少した。
 以上のように、1997年の我が国の労働経済は、特に年後半以降厳しい状況にある。こうした中で、我が国は21世紀に向けて構造改革の時期を迎え、労働者の雇用・生活環境も大きく変化しつつある。第U部では、構造改革を経た21世紀の雇用・生活環境の変化を労働者の視点から見通すとともに今後の課題を探るため、中長期的な観点から1975年から現在までの安定成長期の労働者の働き方と生活の変化の方向・内容とその背景・要因について検討した。

(安定成長期の構造変化)
 我が国経済は、第1次石油危機を契機に1970年代後半に高度成長期から安定成長期に入った。その後、第2次石油危機、円高不況等を乗り越え、国際競争力を強めてきたが、1980年代末からのバブルの発生とその崩壊を経験し、以降も回復のテンポは緩やかとなっている。
 この間、経済構造は、国際化、サービス化、技術進歩、情報化の進展等大きく変化し、供給構造も大きく変化している。第1は高齢化の進展であり、第2に女性の職場進出であり、女性の就業意欲の高まりやサービス化、パート需要の高まり等を背景に女性雇用者が増加を続け、また労働力のM字型カーブの底が25〜29歳層から30〜34歳層に移動しかつ浅くなっている。また、高度成長期の進学率の上昇により、高学歴化が進んでいる。
 労働に関する制度も、積極的雇用対策への転換や高齢化、女性の職場進出への対応が進んでいることに加え、労働条件面でも、法定労働時間の短縮等が進んでいる。
 産業・職業構造の変化をみると、サービス産業の生産性の伸びが相対的に低かったことと最終需要、中間需要の両方でサービス化が進んだことから、サービス化が進展し、職業構造も専門的・技術的職業従事者を中心にホワイトカラーが増加している。雇用創出の実態をみると、従業者の増加への寄与が一貫して大きい新設事業所の開業率がこのところ低下しており、ベンチャー企業等の新規開業にとって好ましい経済環境の整備が重要となっている。

(労働移動の増加と失業率の上昇)
 労働移動は高度成長期から安定成長期に移行した際に低下した後、若年層、女性を中心に長期的に増加している。これは就業形態が多様化し、転職率の高いパートタイム労働者がそれらの層で大きく増加したためであり、また若年層では転職希望の顕在化も影響している。
 しかし、常用労働者の労働移動は活発化していない。特に従来の基幹的労働者層である男性中高年齢者に転職率の高まりはみられない。また、女性常用労働者はパートタイム労働者を含めて、最近むしろ転職率が低下傾向にある。
 失業率は、景気循環に伴う変動を繰り返しつつ、中長期的には上昇傾向にあるが、非自発的離職失業率は上昇傾向はなく、自発的離職失業率の上昇が全体の失業率を押し上げている。
 失業率の上昇傾向の背景を探ると、女性が景気後退期にも非労働力化しなくなったため男性の失業率をおおむね上回るようになっている。また、男女の若年層と男性高年齢層で失業率が著しく上昇しているが、男性の中堅層は比較的落ち着いた動きである。世帯主との続き柄別には、若年の多いその他の家族や単身世帯の上昇が大きく、世帯主は60〜64歳層以外は上昇傾向にない。
 若年層の失業率の上昇は自発的離職失業の増加によるところが大きい。その背景は、労働移動が激しく失業率の高いパートタイムやアルバイト労働者等の割合が上昇したことと転職に対する意識の変化であり、主として失業の頻度が上昇している。他方、男性高年齢層の失業率の上昇は高齢化が進む中で雇用需要の増加が供給の増加に追いつかないことによる需給不均衡が原因であり、非自発的離職失業が増加している。
 産業別にみるとサービス業の雇用失業率は必ずしも高くなく、サービス業のウェイトの高まりが直ちに失業率の上昇につながるわけではないが、産業間や職業間の移動は同一産業・職業内の移動より困難を伴うので、今後の急激な産業・職業構造の変化は失業を長期化させるおそれがある。なお、企業は景気循環過程での雇用行動の基本的なスタンス(雇用維持重視)を変えてはいないが、生産等の変動により敏感になっており、また、景気後退が長引いたり中期的な期待成長率が低下した時には企業の人件費負担感が急速に高まるおそれがあることに留意する必要がある。
 以上のような要因による均衡失業率の上昇に加え、最近は需要不足失業率が高水準にあるため、失業率は高水準となっている。したがって、失業率を低下させていくためには、構造対策と同時に、適度な経済成長により需要不足を解消することが重要である。

(高齢化から少子・高齢化へ)
 今後は、構造変化がこれまで以上に急激に進むと考えられ、需要面では、国際化、サービス化、情報化が一層進むとともに、規制緩和も大きな影響を及ぼすであろう。
 供給面で最も大きい変化は高齢化から少子・高齢化への変化である。過去10年間は団塊二世層の労働市場への流入が続いていたため、高年齢層の増加と若年層の増加が同程度であり、企業は必要なら若年層を増やせばよく、高年齢層を活用する必要はなかったが、今後は、若年層が減少し、高年齢層だけが一段と増加していくので、高年齢層の本格的な活用が、我が国経済・企業にとって必要である。高齢化は、団塊の世代が60歳に達する今から10年後に急速に進展する。さらに女性の職場進出や高学歴化も進展すると考えられる。
 雇用の安定を図るためには、需給両面の構造変化への対応が重要であるが、高齢化と産業構造の変化の関係をみると、建設業、製造業で高年齢者比率が著しく高まっているため、全体では低下している第2次産業就業者割合が高年齢者に限っては上昇しており、産業構造の変化と高齢化が方向を異にしている。一方、女性の職場進出は第3次産業の寄与が圧倒的に大きく、また、大卒者の増加は専門的・技術的職業従事者等のホワイトカラーで著しく、産業や職業構造の変化と同じ方向を向いている。
 したがって、高齢化が最も大きな問題である。今後は建設業、製造業の雇用増が期待できず、第3次産業での新たな高年齢者向け職場の開拓や高年齢者の現在の産業、職業からの転換が重要である。高齢化が急激に進むまでの、残された10年間の対応が大きな鍵である。

(依然として重要な企業の雇用維持努力)
 今後新規学卒者が減る中で、配置転換、昇進等を通じて企業の中で労働力を再配分する内部労働市場と転職等を通じた外部労働市場が重要になる。
 従来、我が国では、長期雇用慣行の下、柔軟な配置転換による内部労働市場が大きな役割を果たしてきた。今後も企業や労働者は長期雇用慣行を維持しようとする考えが強い。また、現在のような厳しい雇用状況の下で、企業が雇用維持努力を放棄すると、雇用不安が更に強まり消費の一層の減退を招いて我が国の経済は縮小均衡におちいりかねない。
 したがって、内部労働市場が構造変化に対応した調整機能を発揮することが重要であり、そのため企業の雇用維持努力を前提に構造変化に対応した事業の転換や柔軟な組織、仕事の見直しを常に行っていくことが重要なほか、労働者は変化に対応しうるよう働き方を柔軟かつ自律的なものとすると同時に自らの職業能力の向上に努める必要がある。こうした企業や労働者の努力に対する行政の支援が重要なほか、出向等の準内部労働市場の活用等により、労働者ができる限り失業を経ずに労働移動が円滑に行われるような環境整備が重要である。

(雇用面のセイフティネットの充実と労働力需給調整機能の強化)
 一方、外部労働市場の役割は、横断的な労働市場を持つ産業・職業の拡大、急激な構造変化による倒産やリストラの増加、子育て後の労働者や高年齢者など長期雇用慣行になじまない者の活用などから今後一層増大すると考えられる。
 外部労働市場が十分に機能を発揮するためには、失業者の生活の安定を守り、次の就職を容易にするセイフティネットが重要なほか、内部労働市場と違って雇用保障によりチャレンジを支える仕組みが内在されていないので、失敗しても再チャレンジが可能となるようなセイフティネットの仕組みの確立が、労働者の積極的なチャレンジの姿勢を引き出し、経済を活性化させるために不可欠である。このため、雇用保険制度を基本としつつ、公共の無料職業紹介機能や新しい仕事に就くための職業能力の再開発機能の充実が重要である。
 外部労働市場の機能の充実には、セイフティネットに加え、労働力需給調整機能の強化が重要であり、公共部門と併せて民間の職業紹介機能の充実が求められている。また、求職者のキャリアや能力の評価の仕組みの確立が重要となるほか、長期雇用慣行の下にある者も含め、予期せぬ(あるいは自ら望んだ)労働移動に備え、外部労働市場で通用し企業に雇用されることを可能にする職業能力(エンプロイアビリティ)を磨くことが必要となってくる。

(就業形態の多様化)
 安定成長期に入って、就業形態が多様化し、常雇比率の低下、パートタイム労働者の増加がみられる。就業形態の多様化は、若年層、女性中年層、男性高年齢層でみられ、産業別には、製造業と第3次産業で進展している。
 パートタイム労働者増加の背景は、企業はコスト面や人材確保が主な理由であり、労働者は時間選好が強い。製造業では1980年代後半以降、円高によるリストラ圧力の中、割安な労働力としてパートタイム労働者を恒常的に使う動きが出てきており、常用パートタイム労働者が増加し、勤続年数も大幅に長期化している。自営業主・家族従業者比率は低下しているが、専門サービス業や専門的・技術的職業に従事する自営業主は増加傾向にあり、独立開業という形の就業形態の拡大が期待される。また派遣労働など新しい就業形態が増加している。

(職業生涯の多様化、個別化)
 雇用者全体の7割以上を占める常用の通常勤務労働者の働き方の変化をみると、就職については、企業の新規学卒者、若年の採用重視の傾向は変わっていないが、パート等の活用や中途採用を積極的に行いたいとする企業が増加し、新規学卒者も職種別採用、通年採用など多様化が進んでいる。若年者の意識も「就社」から「就職」の方向へ動いている。
 昇進、配置転換については、管理職比率は全体としては上がっているが、学歴別・年齢別にみると低下しており、特に団塊の世代以降に昇進の遅れがみられる。また、同期昇進管理をなくしたり、専門職を設定の趣旨に見合ったものに見直すなどの動きや複線型人事管理、社内人材公募等の制度など人事管理制度の多様化、個別化の動きがみられる。
 職業能力開発については、企業、労働者とも自己啓発を重視している。また、退職については60歳定年制が一般的になり、継続雇用も65歳以上が緩やかに増加している一方、早期退職優遇制度等も増加している。

(根強い長期雇用慣行への支持)
 平均勤続年数は、男女とも長期化し、高年齢層ほどその程度が大きいが、これは高度成長期以降労働移動が安定していたことと定年延長が要因である。また、我が国の勤続年数は欧州大陸諸国と同様に長い方に位置するが、我が国だけ特別に長いというわけではない。
 長期雇用慣行についての企業の考え方は、現状では8割、今後はやや低下するが6割の企業で労働者を定年まで雇用するとしている。労働者も長期雇用に対する期待度は高い。実際の職業生涯の見通しは、最近の雇用不安や高齢化の影響もあり、現在の会社に定年まで勤めることができると思う者の割合は以前より減少しているが、関連会社への移動や会社のあっせんによる再就職などを入れると広い意味での長期の雇用保障を期待している者が多い。

(労働条件の向上)
 賃金はこの20年間で着実に増加して欧米諸国の水準を上回ったが、購買力平価でみるとなお低い。賃金の年齢プロファイルを高学歴化や勤続の長期化の影響を除いてみると、年齢間格差が縮小しており、その程度はホワイトカラーで大きい。
 賃金制度は能力や業績をより重視する動きがみられ、年俸制も大企業を中心に導入が進んでいる。業績重視の制度の導入に当たっては評価制度が最も重要でかつ難しい課題である。労働者にとっては、自ら目標を立て、結果を評価することが重要で、自律性が求められる。なお、賃金の規模間格差は年齢・勤続・学歴構成の変化の影響を除くと縮小傾向にある。
 労働時間は、労働基準法の改正を契機に1988年以降大幅に短縮し、アメリカやイギリスとほぼ同水準となっているが、これは、労働時間対策の実施や労働者の意識の変化などを背景とした労使の取り組み、生産性の成果をより労働時間に配分することで実現した。また、労働時間短縮は生産性の向上、消費の拡大という経済効果があった。今後、フレックスタイム制や裁量労働制など労働者の自律性を高める制度の導入が進むと考えられる。
 また、福利厚生も、多様化する従業員のニーズへの対応とコスト削減の観点から変化している。労働災害については、死傷者数全体では減少しているが、死亡者数は近年横ばい傾向にある。また、職場のストレスが増えている。

(働き方の個別化、自律性重視の流れ)
 人材ニーズの多様化、高年齢者や女性のライフサイクルや意識、希望に応じた多様な就業機会の提供、組織の協調性より個人の自律性を重視する仕事の進め方の変化などを背景に働き方が変化してきている。
 従来のいわゆる日本型雇用慣行は、どちらかというと製造業の現業部門のような技能の積み重ねと集団の協調を働き方の基本とするところに適しており、この点は今後も大きく変わることはないと考えられる。今後は、研究部門や管理部門を中心にこの仕組みは次第に変化していくこととなろうが、この仕組みに内在されている長期雇用に裏打ちされた労働者のモラールの高さ、長期的な視点に立った能力開発、柔軟な配置転換などは、優れた仕組みである。また、将来不安が大きくなっている現在、生活の基盤である雇用の安定の確保や生涯設計の立てやすさといった点でもこの仕組みは重要である。
 したがって、従来の仕組みをすべて見直すのではなく、雇用維持の仕組み(長期雇用慣行)はできるだけ維持しつつ、というよりもそれを維持するためにも、集団的な人事管理、年功的賃金、協調的な仕事の進め方などの働き方自体については、労働者の個別性、自律性を重視し、多様な選択肢のある仕組みに変えていくことが重要であり、企業だけではなく労働者もこれまでと違う自覚と努力が要求されることになろう。

(自律的な働き方のための環境整備)
 労働者が自律的に働いていくためには、職業生涯の節目節目において自らのキャリアと能力を見直し、その上で自分で働き方を選択・設計し責任を持つことができることが基本である。そのため、企業の人事管理制度を労働者のニーズに柔軟に応じられるように多様化、個別化し、節目節目で労働者が自ら選択できる制度とすることが重要なほか、自らの職業キャリアや職業能力について客観的に把握できる仕組みの構築と自己啓発の促進が求められる。また、様々な職業や専門性についての見通しの情報の提供が重要である。
 また、新しい働き方に適合したルールの整備が重要である。第1に、勤続などの従来型の物差しに替わる評価制度の確立が重要である。評価制度は、短期と長期、個人と組織、スタッフ部門の評価など難しい問題を抱えているが、人事管理の個別化を支え、労働者の自律性を促す基礎となるものであり、客観性、公平性、透明性があり、労働者の納得が得られるものとして構築していくことが重要である。第2に、異なるタイプの労働者間の労働条件や昇進等の人事管理のバランスをとり、それぞれのタイプの特性に応じたキャリア設計や能力開発を進めていくことが重要である。第3に、労働条件その他についての労使間の争いも個別化してくることが予想されるので、これに対応する仕組みをつくっていく必要があるほか、職場のルールが真に自律性を認め支援する制度になっていることも重要である。年俸制、裁量労働制や早期退職優遇制度がこのような目的に沿って適切に運用されることが重要であり、自律性を支援する制度が十分に機能することにより、従来の働き方の問題点としてしばしば指摘されたつきあい残業や周囲に気兼ねした年休の未取得が解消されることになる。
 従来型の雇用制度の下で働いてきた中高年世代は、自律性を要求される働き方に習熟しておらず、そのための能力を育成してきていない。また、自らの職業生涯の選択と設計をこれまで許されてこなかった。こうした中高年に対して自律と自己責任を求めるのには十分な配慮が必要である。賃金面についていえば、自律性を要求される働き方に習熟していない労働者の場合、若年の頃は年功的な賃金体系の下で会社に対する貢献が賃金を上回り、貢献を上回る賃金を期待できる年齢になったときに、能力・実績主義的な賃金制度が導入され、貢献に応じた賃金しか得られないということになると、賃金と貢献の長期的バランスが崩れ、それにより不公平感が生じ、モラールダウンにつながることも考えられること、また、中高年齢層の生活面に悪影響を与えることなどに十分留意する必要がある。
 以上については、基本的には当事者である労使の役割が重要であり、働き方のルールの設定と適切な運用、不満・問題点の吸い上げや個別の紛争の解決等について、労使協議を積極的に進めるとともに、労働組合が就業形態の多様化等による組織率の低下のなかで、新しい働き方に柔軟に対応しつつ多様化する労働者のニーズを的確に汲み上げること、企業が人事労務管理等を柔軟に対応させつつ雇用維持の努力を行うことが期待される。
 行政としても、多様な働き方に応じた最低労働条件等社会全体に共通なルールの整備と監視、職業キャリアや職業能力の客観的評価・把握のための物差しの提供や公共的な個別紛争処理制度の構築などを進めていく必要がある。さらに、新しい働き方の仕組みの現状や展望についての情報を企業や労働者に提供していくことも重要である。

(消費や生活面の充実)
 生活の面では、安定成長期に消費は収入の増加に伴って増加を続けたが、平均消費性向は1980年代初め以降低下傾向にあり、この要因の一つには40〜49歳層を中心に住宅ローン、保険等の契約性の黒字の増大に伴い家計の自由度が小さくなったことがあげられ、バブル崩壊後は、これに加え今後の生活や雇用に関する不透明感が影響していると考えられる。
 消費支出の構成変化をみると、生活のための基礎的性格が強い食料、被服及び履物や物価上昇率の低い家具・家事用品の比率が下がり、生活の豊かさを支える教養娯楽、交通・通信や物価上昇の著しい教育などの比率が上昇している。また、消費のサービス化が進んでいる。
 貯蓄は年間収入の1.6倍に増え、生命保険などの増加が著しく、高年齢層ほど増え方が大きい。負債は住宅・土地のための負債を中心に30〜49歳層で最も増加している。
 生活時間については、週休2日制の普及を背景に週末の仕事時間が減少し、自由時間が増加しているが、週末もおおむね在宅型活動の増加であり、積極的活動は増えていない。国際比較をすると我が国は勤務関連時間が長く自由時間が短く、生活時間の満足度が低い。
 我が国は諸外国と比べて男女間の生活時間の違いが大きい。特に、女性は未婚から結婚、出産とライフサイクルが進むにつれ、家事時間の増大等により、拘束時間が大幅に増加し自由時間が減少する。このことが、経済的理由と並んで女性の晩婚化の理由と考えられる。
 この20年間で住宅の居住面積は拡大し、一定面積の住宅の価格に対する黒字倍率は低下したが、国際的にはまだ狭く高めである。また、通勤時間にはあまり変化はみられない。

(労働者の意識変化と生活充実の課題)
 労働者の生活水準は大幅に向上しているが、名目消費支出の国際比較と購買力平価で換算したものとでは差があり、その背景には内外価格差という問題がある。また、住宅価格もまだ高く、内外価格差の是正・縮小等により消費者物価や住宅等の価格を低廉なものとすることが重要である。
 バブル崩壊後、今後の生活についての不透明感が強まっている兆しがみられるが、この背後には、我が国経済や雇用に対する不透明感の高まりや高齢化への不安感の強まりがある。したがって、構造改革等による我が国経済と雇用に対する将来の不透明感の払拭と高齢社会における具体的な生活のビジョンの明示が重要である。
 労働時間短縮が進んでいるが自由時間をもっと欲しいとする労働者がまだ多い。今後労働者が自律的な働き方を求められていく中で、メリハリのある働き方により家庭生活、社会活動の充実を図っていくことが必要であり、一層の労働時間短縮等により自由時間の充実を図ることが重要である。
 我が国では欧米諸国と比較して家庭生活のパターンが男女で異なっている度合いが大きいが、こうした役割分担意識も次第に変化しており、男性も家庭生活を重視するようになってきている。家庭生活や地域生活への参加を進めていく観点からも企業中心のライフスタイルを変えていくことが求められており、社会や企業の仕組みの変革と併せて労働者自らの発想の転換が必要不可欠である。


 我が国が安定成長期に入ってから四半世紀が経過している。この間、労働条件や生活水準が着実に向上するとともに、経済社会の構造変化の影響を受けて、雇用面や働き方、生活の面で様々な変化が生じている。今後、21世紀に向けて我が国は新たな構造改革期を迎えており、経済社会の構造変化は一層急激になるであろう。これに伴って、労働者にも大きな変化がもたらされることが予想され、それだけ将来の生活や雇用に対する不安感が強まっている。したがって、一方でこの不安感を払拭しつつ、変化に柔軟に対応して我が国経済の活力を維持していかなくてはならない。そのためには、基本的には長期雇用慣行を維持しつつ外部労働市場の機能も強化することにより雇用の安定を図るとともに、労働者の働き方を、従来の画一的・集団的なものから、個人個人の置かれた状況、意識、将来設計、能力などに応じて自ら選択し、かつ自律的に働くものへと変えていく必要がある。これには、企業はもとより労働者の努力の積み重ねが重要であり、行政の支援も必要不可欠である。




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