まとめ


 景気には少し明るさが見えはじめているが、雇用・失業情勢は依然として厳しく、2000年2月、3月の完全失業率は4.9%と既往最高となった。ただ、そのうち雇用需要不足による失業は約4分の1で、それ以外の4分の3は需給のミスマッチなどによる構造的・摩擦的失業である。そこには若年者の意識の変化や若年者に偏りがちな企業の雇用需要構造などが影響している。今後高齢化の進展で、若年者の急減と高年齢者の急増という供給構造の大きな変化が確実に起きることを考えると、ミスマッチが一層拡大し、構造的・摩擦的失業がさらに増加するおそれもある。それを防ぐためには、企業において「より少ない若年とより多い中高年」による仕事の進め方が確立される必要があり、それは同時に企業自身が活力を維持していく上でも重要である。また、若年者の就業意識の変化にどう対応し、どう働きかけていくのかも重要な課題である。若年者、中高年齢者各々がその能力を十分に発揮できるための課題は以下のとおりである。

(若年者雇用の今後の課題)
 今後、若年人口は急減するため、年齢別需要構造が中高年齢者の方にある程度シフトしたとしても、若年雇用の需給は基本的にひっ迫の方向に向かう。ただ、若年者の意識変化の問題、産業構造の変化に伴う需要と供給のミスマッチの問題、近年厳しい状況にある高卒者に関わる需給がどうなるのかなど考慮すべき構造的問題も存在しており、こうした問題への対応が今後重要となる。
 この問題への対応を考える視点は、学校から職業への円滑な移行、再チャレンジ可能な柔軟な仕組みの二つに整理される。

(学校から職業への円滑な移行)
 若年者の雇用安定、効果的な人材育成を図っていくためには、まず学校から職業への円滑な移行が図られる必要がある。それを可能とする条件として、企業の考え方、若年者の意識、両者のマッチングの3つが考えられる。
 第1の企業の考え方については、中途採用を広げるとしても学卒採用を基本とする企業の姿勢は変わっていない。日本経営者団体連盟の調査でも「新卒一括採用重視」と「新卒一括、中途採用の折衷」で9割弱が新卒一括採用を考えている。労働集約的な分野の海外移転が進み、国内の仕事内容にますます高度化が要請される中で、新卒者を企業内で長期にわたって育てるシステムは依然として重要であり、行政としてもこうした企業の取組を積極的に支援していく必要がある。
 第2の若年者の意識についてはどうであろうか。フリーターで学卒後正社員とならなかった者の4割は「正社員としての仕事に就く気が無かった」と答えているが、フリーターの3分の2はいずれは定職に就きたいと思い、特に正社員化への希望については、女性の20歳未満では7割弱が希望しており、また、男性では年を経るごとに強まる。しかし、定職に就く上で今のアルバイト経験が役立つと思う者は3割に満たず、実際、移行が円滑にいかない者もみられる。初職選択に真剣に立ち向かえる環境作りとともに、若年者自身も初職選択時に自らのキャリア形成を長期的視野で考え、それに基づいて行動することが重要である。
 初職選択に際しての目的意識の希薄化が指摘されているが、これには身近な人の働く姿が見えなくなる中で、仕事に対する具体的イメージを持ちにくくなっていることも影響していると思われる。地元企業との接触やインターンシップなどの取組を通じて、在学中に仕事に接する機会を多く持ち、働くことの実像、意味をとらえることが、単に「サラリーマンになる」ではなく、具体的に「○○をする人になる」というイメージにつながる。仕事に対する目的意識も豊かになり、主体的な適職選択能力も育成されていくと考えられる。
 また、フリーターの多くが家族からは「本人任せ」にされていると答えているなど、若年者の職業意識形成における家庭の課題も多い。
 第3のマッチングについては学校や公共職業安定機関の役割が大きい。人材育成等適切な雇用管理を行っているような企業でも、規模が小さかったり、知名度がないためにマッチングに至らないケースも多い。そうした企業の具体的な情報を把握し、提供できれば企業と若年者双方にとってプラスになる。地域の企業の実情に詳しい企業経験者等によるアドバイザーを活用し、具体的な情報提供、相談を行う方法も考えられる。こうした取組における公共職業安定所、学生職業センターなどの行政機関の果たす役割も大きい。1999年に開設された「学生職業総合支援センター」では、大卒未就職者に対して、各種情報の提供、専門的な職業相談、就職面接会の常設的開催などの総合的就職支援を展開している。
 ものづくりの現場では若年技能者の確保に苦慮している。これにはものづくり体験の乏しさによる若年者の現場労働への先入観も働いているとみられ、ものづくりの魅力を認識できるような体験・学習機会の設定がマッチングや産業の技術・技能基盤の確保の上でも必要である。また、今後高齢社会を支える社会福祉分野等の人材育成は喫緊の課題であり、これに対する学校等養成機関の計画的整備、カリキュラムの見直しが必要である。
 全体として、若年者の需給はひっ迫の方向へ向かうと考えられるが、特に現在、厳しい状況にある高卒者に対する雇用需要の行方について懸念する見方もある。1990年代に入って高卒採用を中止した企業の多くが経営環境の悪化や雇用調整などをその理由に挙げていることからすると、景気の回復に伴って高卒に対する労働力需要もある程度回復すると考えられる。ただ、高学歴者への代替、応募者の質の低下を挙げる企業もあり、高校において、質の向上への取組とともに、新たな産業分野や人材需要の動向も見極めながら、より広い範囲の企業へのアプローチを公共職業安定所等とも連携して進めていく必要がある。また、生徒の意識を高卒雇用需要の向かっている方向に適合させるべく、在学中の早い段階から、地域の産業動向、求人や具体的人材ニーズの実態について理解を深めるとともに、ニーズに応じた能力開発の実施などの取組を進めていく必要がある。こうした取組については、行政(職業安定機関、職業訓練機関など)、企業(地域の事業主団体など)、学校が一体となって進めていくことが重要である。
 以上のような課題を踏まえると、現在取り組んでいる「教育改革」においては「学校から職業への移行の円滑化」に向け、「主体的に進路を選択する能力の育成」や「社会や企業から評価される能力の育成」等の視点が不可欠である。

(再チャレンジ可能な柔軟なシステム)
 しかし、豊かな時代になって、今の企業に留まるか転職するか、選択できる状況になったことや、新規学卒が減少していく中で、産業構造変化への対応としても、転職による産業間労働力調整の必要性が高まることを踏まえると、学校から職業への円滑な移行の枠に納まらないケースは今後も増加していくと考えられる。その場合でも、若年者力が十分に社会の中で発揮されるためには、再チャレンジが可能となる柔軟な仕組みが必要である。具体的には、求人情報、職業能力評価制度、転職に不利とならない退職金制度の整備、さらには、企業外の職業能力開発機能の充実などが必要である。
 しかし、あまりにも頻繁な離転職、安易なフリーター化は本人の職業生涯のみならず、技能・技術の形成の観点からも損失が大きい。このような観点から企業においても、若年者の意識の変化を十分踏まえた定着対策が行われることが重要である。後述するように職位でなく仕事内容自体を重視したモチベーション管理によって若年者の働きがいを増していくことも有効な方策である。

(高年齢者活用のための条件)
 進展する高齢化に、企業は賃金、処遇、働き方の面でどのように対応をしてきているのだろうか。これまでみてきたことを整理すると、(1)年齢による制約の少ない賃金・処遇制度へ、(2)中高年になっても第一線でそれまでの経験を活かした業務を遂行、(3)できるだけ責任を与える(権限委譲)、が挙げられる。(1)は高齢化の下での企業の組織効率との調和を考えるとき、避けて通れない道であるが、問題はその際、働く側に対して、賃金、職位に代わるどのようなモチベーションを用意できるかである。これに対して企業は、(2)や(3)のような形で仕事そのものをやりがいのあるものにすることで各人のインセンティブを引き出す仕組みを形成しつつある。働く側もこうした動きを受け入れ、適応している。こうした中で職位によることなく組織の中で存在価値を認められる確固たる能力を身につけているかどうかがその働きがいに直結することになる。今後の若年者の急減と高年齢者の増加という年齢構造の変化の下で、こうした仕組みが社会全体に広がっていくことが高齢社会を活力あるものにしていくのに重要な条件である。

(65歳までの雇用機会確保のための方向性)
 第1に、あくまでも労使の自主的な取組を促進することにより、今後10年かけて65歳定年制の定着を目指した取組を図る必要がある。
 65歳までの本格的就業機会の確保を考えるならば、65歳までを一つの雇用管理の単位としてとらえ、途中引退の選択肢は残しつつ、賃金、処遇、働き方をトータルに設計することが働く側のキャリア形成や能力の有効活用からみても望ましい。ただ、このような65歳までのトータルな仕組みを作るためには、まず賃金、処遇、働き方を若い頃からを含め、年齢による制約の少ないものに大きく変えていく必要がある。そのためには企業や働く側の意識の中にある年齢へのこだわりを払拭する必要があり、制度改革をテコとしつつ、意識の転換を図っていく必要がある。なお、定年制撤廃の議論については、アメリカとは異なり、我が国では定年まではよほどのことがない限り解雇されないという判例が確立されており、その意味で定年制は我が国の企業にとって、定員管理のための重要な制度となっていることにも留意しつつ、今後、十分な議論を行う必要がある。
 第2に、65歳までの本格的就業機会確保に向けた段階的な取組を進めることである。65歳までのトータルな仕組みが整うまでには時間がかかる。まずは定年の段階的引上げや再雇用制度の整備、短時間雇用の活用等を含めた幅広い選択肢により、何らかの形での65歳までの雇用継続の仕組みを整備し、それを足がかりに本格的就業機会の確保を目指すことが現実的である。なお65歳まで同じ企業に働き続ける仕組みは日本的雇用慣行が変化する時代にあって逆行との議論もあるが、高齢期に入ってからの再就職機会は現時点では非常に制約されている。重要なことは各々の企業での「より少ない若年とより多い中高年」で仕事を進める仕組みの構築であり、まず、これまで経験を培ってきた企業の中で60歳を超えてもその経験を活かせる環境を作り、高年齢者活用のベースを作ることが重要と考えられる。
 第3に、企業の年齢に対する固定観念の払拭を進めていくことである。求職者が能力開発などにいかに努力しても、求人に年齢制限があれば再就職は容易でない。企業にとっても、優秀な人材獲得の機会を失う可能性もあり、行政として、求人者に対し、年齢要件の緩和を積極的に働きかけていくことが重要である。ただ、年齢による制約の少ない賃金・処遇制度の広がりが未だ十分でない中で、一律に年齢制限を禁止することについては、企業の求人意欲そのものを削いでしまうおそれもある。まず、門戸を広げることについての企業のコンセンサスを形成していくことが重要である。
 第4に、働く側が職位によることなく組織の中で存在価値を認められる確固たる能力を確立するための自己啓発を積極的に支援することである。年齢による制約の少ない賃金・処遇制度を進める中で、働く側も職位によることなく組織の中で存在価値を認められる確固たる能力を身につけることが求められることになる。そのためには不断の自己啓発が必要であり、高年齢者の雇用を促進する観点からもこうした取組に対する行政による積極的な支援も重要である。

(若年者雇用と高年齢者雇用はトレードオフか)
 以上、若年者と中高年齢者それぞれが社会の中で活躍できる条件を探ってきたが、それぞれの課題間のトレードオフ、すなわち今後、高年齢者の就業機会の確保と若年者の正規就業の促進という二つの課題を同時達成することが可能なのか、という議論も予想される。この問題を考えるにあたっても、現在の失業の4分の3は一方に未充足求人がありながら、結合がうまくいかないために起きている構造的・摩擦的失業であることを想起する必要がある。若年者の職種や企業規模によるミスマッチへの働きかけを一方で行いつつ、他方で「より少ない若年とより多い中高年」による仕事の進め方により、年齢間のミスマッチを軽減していけば、構造的失業問題はかなりの程度、改善されるものと考えられる。さらに、今後、若年労働力人口が急速に減少していくことを考えあわせると、65歳までの雇用継続などの高年齢者への対応が必ずしも若年者に悪影響を及ぼすということにはならないと考えられる。

(若年と中高年のベストミックスによる雇用創出)
 中高年熟練技能者は若手に熟練技能を、若手は中高年齢者に数値制御の機器操作をそれぞれ伝授しあい、地域ぐるみで新しいもの作りに挑戦している取組のように、若年者、中高年齢者とが仕事の上でお互いを補完し合う関係が形成された時、新しい価値が生み出される可能性もある。ゼロサムを前提にしてトレードオフを悲観するのでなく、「より少ない若年とより多い中高年」による、より効果的な仕事の進め方(=若年者と中高年齢者のベストミックスの仕組み)によって、新たな価値を生み出せる状況を作り出し、雇用創出につなげ、各々が社会の中でその能力を十分に発揮できる状況を目指すべきである。




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