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がん
我が国のがん対策の歴史を振り返ると、昭和40年頃までは、がんの集団検診の普及を中心に予防対策が進められてきた。近年、胃がん及び子宮がんの死亡率の低下と相前後して、肺がん、乳がん、大腸がん等のがんが増加してきたため、これらのがん検診も広く行われつつある。
一方、がんの疫学的研究及び実験的研究により、ヒトのがんの原因、危険因子もかなり解明され、生活習慣とがんの関係が明らかにされてきたほか、環境中の変異物質、発がん物質、促進物質及びこれらに対する抑制物質の検索も行われ、一部のがんについては一次予防も可能となりつつある。
この提案は、我が国の21世紀初頭における一次予防、二次予防のあり方についてまとめたものである。
2.基本方針
(1)がん死亡・罹患者数の減少
我が国のがんによる死亡者数は平成9年の「厚生省人口動態統計」によれば、27万5千人、総死亡の約3割を占めている。また、厚生省がん研究助成金「地域がん登録」研究の報告によると平成6年の推計がん罹患数は約44万人であり、がんの年齢調整罹患率の推移をみると、胃がん、子宮がんは減少傾向を示しているものの、肺がん、結腸がん、乳がん等が上昇傾向を示している。
また、今後のがん罹患将来推計では、男性では、肺がんが2015年には胃がんを追い抜き、がん罹患の1位を示すことが予想され、女性では2005年までに大腸がんが胃がんを追い抜き、がん罹患の第1位になると予想される(1999「がん統計白書」)。
このような状況に対応するため、生活習慣改善によるがん予防のための取り組みが重要である。
地域がん登録による罹患率と患者生存率の計測は、がん対策の評価の指標として重要であるが、精度の高いデータを計測している登録室は少ない。そのため、今後とも、地域がん登録の充実をはかっていく必要がある。
なお、現在地域がん登録のない府県では、年齢調整死亡率を計測して、その推移や他の府県との比較などからがん対策を評価することになる。この場合、瀬上が開発したSALT1)も有用な指標である。
(2)早期診断・治療の進歩によるがん患者の生存率の向上2)
医学の進歩に伴い、がんの診断・治療技術も年々進歩してきた。大阪府の地域がん登録では、1975年以降の診断患者(大阪市を除く大阪府在住者)について、予後調査をおこない5年相対生存率を計測してきた。最新の資料により、がん患者の生存率の推移をみると、全部位では1975〜77年(1976年)の30.4%から、1990年の41.0%に向上している(表1)。すなわち、14年間に10.6%の向上で、年平均約0.75%の割合で向上している。
この生存率の向上には、治療の進歩(同じ進行度の中で生存率が向上する)と、早期診断の進歩によるもの(進行度がより早期になる)の双方が寄与している。表から、1975―77年の進行度別生存率を固定して1990年の進行度分布にあてはめると、生存率は34〜35%となる。すなわち、生存率向上の約半数は治療の進歩、残りの半数は早期診断技術の向上によるものとみることができる。
3.現状と目標
(1)がん死亡・罹患者数の減少のためのアプローチ
これまでに行われた多くの疫学的研究によると、がんの危険因子のうち特に重要なものは、1)喫煙、2)食物等である。Wynderらの米国における発がん因子の寄与度の推計によると、環境性発がん因子が男女とも約80%を占めており、これらの環境性因子のうち食物の占める割合が最も大きく、男性40%以上、女性60%以上に達するとしている3)。食物についで寄与度が大きい因子として喫煙があげられている。Dollらの推計でも、発がん因子のうち食物の寄与度が最も大きく35%、たばこが30%を占めると報告している4)。
これまでの疫学的・実験的研究から発がん危険因子の寄与度の推計が行われている。アメリカのNCIでは食生活の改善により、約8%のがんが予防でき、喫煙対策の推進で約8%のがんが予防可能であると推計している5)。
ア 喫煙の影響
平山による、日本人を対象としたコホート研究によると、喫煙量と肺がんリスクとの間に明瞭な量反応関係があることを示している6)。
また、山口らの推計によると、2010年に男女の喫煙率が半減した場合、74歳までの肺がんによる累積死亡確率は、男性では2010年には依然増加傾向を示すが、2020年の段階では若干の減少が実現できることが明らかとなった。ただし、この場合でも、女性については2020年までに累積死亡確率の増加を抑えることはできない。つまり、2010年までに喫煙率を半減できた場合でも、肺がん死亡率を大きな減少に導くことは困難であり、その効果が現れるまでには数十年を要すると考えられた7)。
○喫煙対策の充実 ・喫煙が及ぼす健康影響についての知識の普及 基準値:喫煙で以下の疾患にかかりやすくなると思う人の割合 肺がん 84.5%、 ぜんそく 59.9%、 気管支炎 65.5%、 心臓病 40.5%、 脳卒中 35.1%、 胃潰瘍 34.1%、 妊娠への影響 79.6%、 歯周病 27.3%
(平成10年度喫煙と健康問題に関する実態調査)
・未成年の喫煙をなくす。基準値:中学1年男子7.5%、女子3.8% 高校3年男子36.9%、女子15.6%(平成8年度未成年者の喫煙行動に関する全国調査) ・公共の場や職場での分煙の徹底、及び、効果の高い分煙についての知識の普及(平成12年度に設定) ・禁煙、節煙を希望する者に対する禁煙支援プログラムを全ての市町村で受けられるようにする。 |
イ 食生活の影響8)9)
食生活における、発がんのリスクを下げる要因として、平山は緑黄色野菜毎日摂取の影響に注目している。つまり緑黄色野菜の摂取頻度が高いほど、胃がん、腸がん、肺がん、子宮頸がん等、多くの部位のがんのリスクを低下させることを明らかにしている。1日喫煙本数別緑黄色野菜摂取頻度別に全部位のがんのリスクをみると、緑黄色野菜の摂取頻度が高くなるほど、リスクが低下する傾向が認められている(図1a、b)。
塩分については、塩分のとり過ぎは、高血圧、脳卒中等の危険因子となり、塩辛い食品のとり過ぎは、胃がんの危険因子となる。平成9年国民栄養調査によると、我が国の食塩摂取量は、13gを越えていることから、1日10g未満を目標に塩分摂取を減らすよう務めることが大切である。また、胃がんの予防のためには食塩の総摂取量よりも塩辛い食品の摂取を避けることが重要である。
脂肪の摂取については、動物性脂肪、特に獣肉、乳製品などの多量摂取と結腸がん、乳がん等の関係が報告されている。しかし、中には米国で行われた大規模なコホート研究のように両者の関係を認めていない報告もあるが、総合的に判断すると、動物性脂肪の多量摂取は結腸がん、乳がん等の危険因子である可能性が高い。我が国では近年、脂肪エネルギー比率が増加し、約27%となっている。年齢層によっては、30%を越えているので、全年齢を通じて25%以下に下げることが望ましい。
EPA:エイコサペンタエン酸、DHA:ドコサヘキサエン酸等のn-3脂肪酸に富む魚油はがん予防に有効であり、リノール酸(n-6)の過剰摂取は発がんを増強するとの実験結果もあるので、動物性脂肪の内訳としてはn-6脂肪酸に富む脂肪を抑制して、n-3脂肪酸に富む魚油の摂取を多くすることが望ましい。
以上のがんの危険因子を考慮すると国民全体を対象とした健康の増進、これに伴う生活習慣病の予防対策としては「喫煙の回避」、「塩辛い食品の過剰摂取の回避」、「新鮮野菜、緑黄色野菜の多量摂取等の食生活の改善」が合理的である。これらの対策は「高血圧」、「動脈硬化」の改善効果も認められていることからがんのみならず、他の生活習慣病への介入手段としても有効である。また、これらの予防はさらに重篤な脳卒中・冠動脈疾患などの心血管疾患の予防対策ともなりうる。
多くの疫学的研究から、多量の飲酒も口腔がん、咽頭がん、食道がん、肝臓がん、乳がんなどの危険因子となっていることが明らかにされている。そのため、多量飲酒を避け、飲酒する場合は日本酒換算で1日1合程度までとすることが望ましい。
富永の推計によると、食生活の改善では、食塩摂取量の減少及び脂肪過剰摂取の回避、生野菜や線維の多い食品の頻回摂取により、約12%のがんの予防が可能であると推計している。
○食生活の改善 ・成人の1日あたりの平均食塩摂取量の減少 目標値:10g未満 基準値:13.5g(平成9年国民栄養調査) 注)塩辛い食品の多量摂取が胃がんの危険因子になっているので、できるだけ塩辛い食品の摂取を避けることが望ましい。 ・成人の1日あたりの野菜の平均摂取量の増加 目標値:350g以上 基準値:292g(平成9年国民栄養調査) ・1日の食事において、果物類を摂取している者の増加 目標値:60%以上 基準値:1日の食事において、果物類を摂取している者(成人)の割合29.3%(平成9年国民栄養調査) 注)新鮮な野菜、緑黄色野菜を毎日摂取し、果物類を毎日摂取することが望ましい。 ・20〜40歳代の1日あたりの脂肪エネルギー比率の減少 目標値:25%以下 基準値:27.1%(平成9年国民栄養調査) 注)脂肪のうち、特に獣肉、乳製品の過剰摂取を避け、n-3脂肪酸に富む魚類を摂取することが望ましい。
○飲酒対策の充実 |
なお、この「節度ある適度な飲酒」としては、次のことに留意する必要がある。
1) 女性は男性よりも少ない量が適当である
2) 少量の飲酒で顔面紅潮を来す等アルコール代謝能力の低い者では通常の代謝能を有する人よりも少ない量が適当である
3) 65歳以上の高齢者においては、より少量の飲酒が適当である
4) アルコール依存症者においては適切な支援のもとに完全断酒が必要である
5) 飲酒習慣のない人に対してこの量の飲酒を推奨するものではない
(2)早期診断のためのアプローチ
がんの二次予防は、老人保健事業によるがん検診、職域でのがん検診、人間ドック等により行われている。受診者数や受診結果が全国規模で集計されているのは、老人保健事業報告と一部の学会による全国集計だけであり、それ以外の国民全体におけるがん検診の受診率やその結果に関する正確なデータはない。そのため、臓器別および検診の種類(職域・人間ドック等)別にがん検診の実態を把握することは重要な課題である。
平成9年度老人保健事業報告によると、胃、子宮、乳房、肺、大腸の5つのがん検診で年間約2,300万人(延べ)が受診し、2万人余のがん患者が発見されている。老人保健事業第3次計画では、平成12年度における各がん検診の受診率の目標を30%としていた。しかし、平成9年度の受診率は、胃がん検診13.8%、子宮がん検診で15.2%、乳がん検診で12.7%、肺がん検診で22.4%、大腸がん検診で14.6%にとどまっている。
ア がん検診の有効性10)11)
我が国のがん検診の有効性(死亡率減少効果)は、おもに症例対照研究により評価されている。その結果、胃がん検診で40―60%、子宮頸がん検診で80%程度、大腸がん検診で60%程度の死亡率減少効果が証明されている。
従来、肺がん検診の効果は、あっても小さいとされてきた。しかし、最近の報告では死亡率減少効果が40―60%に及ぶ地域もあり、十分な精度管理のもとで適切に行われた場合には効果が期待できることが示されている。
従来の視触診法のみによる乳がん検診では、有意な死亡率減少効果が示されなかった。ただし、無症状で検診を受けた場合は、死亡リスク減少効果が期待できることが示唆されている。マンモグラフィー検査は、50歳以上に対する有意な死亡率減少効果が欧米で証明され、がん発見率・早期がん割合の点で視触診法より優れていることが我が国でも示されている。厚生省研究班の報告では、50歳以上の女性は視触診法とマンモグラフィーの併用検診を2年に1度受けること、30―49歳の女性は視触診を毎年受けることとしている。
子宮体がん検診に関しては、外来発見群に比べて検診発見群で早期がんの割合が多く、生存率が高いことが明らかになっているが、今後ともさらなる有効性評価を行うとともに検診対象者の選択基準の標準化が求められる。
検診受診率の高い自治体と低い自治体との間で、がん死亡率の推移を比較した研究によると、胃がん・子宮がんの死亡率の減少程度は、高受診率の自治体ではさらに顕著であった。乳がん・肺がん・大腸がん死亡率は、低受診率の自治体では増え続けている一方、高受診率の自治体では横這いまたは減少している。
がん検診の質を確保する上で、精度の評価・管理は不可欠である。老人保健事業によるがん検診については、各都道府県に設置されている成人病検診管理指導協議会がこれを行っている。それ以外のがん検診(職域・ドック等)において、精度評価のための外部機関が設けられている例は少ない。老人保健事業報告によると、要精検率・がん発見率・陽性反応適中度には都道府県間の格差が大きく、より一層の精度の評価と改善に向けた取り組みが求められている。
各がん検診の精度管理の強化のためには、各都道府県の成人病検診管理指導協議会の機能強化や「がん検診の精度評価に関する手引き」(厚生省成人病検診管理指導協議会の在り方に関する調査研究班)等を積極的に活用していくべきである。
○次に示す各がん検診*の受診者の増加 目標値:5割以上の増加 参考値:胃がん検診=1,401万人、子宮がん検診=1,241万人、 乳がん検診=1,064万人、肺がん検診=1,023万人、 大腸がん検診=1,231万人 (平成9年度健康・福祉関係サービス需要実態調査) 注)各がん検診の受診者数は「平成9年度健康・福祉関係サービス需要実態調査」の各がん検診の受診者数と人間ドック受診者の合計である。 |
4.その他
(1)肝がんの予防について
我が国で発生する原発性肝がんについては、その約80%がHCVによるものであると考えられており、HCV感染が肝がんの大きな原因の一つである。
現在までに報告されているC型慢性肝炎患者へのインターフェロン治療の長期追跡研究では、肝がんに対する一定の予防効果が明らかになってきている。また一方で、インターフェロンの治療における副作用も報告されている。
現在、一部の自治体や職域において、HCV抗体のスクリーニング検査による肝がん予防対策が実施されており、今後、これらの結果等を踏まえて、HCV抗体のスクリーニング検査等による肝がん予防対策を検討する必要があるという意見が出された。
◎目標値のまとめ
1.たばこ対策の充実 ・喫煙が及ぼす健康影響についての知識の普及 基準値:喫煙で以下の疾患にかかりやすくなると思う人の割合 肺がん 84.5%、 ぜんそく 59.9%、 気管支炎 65.5%、 心臓病 40.5%、 脳卒中 35.1%、 胃潰瘍 34.1%、 妊娠への影響 79.6%、 歯周病 27.3% (平成10年度喫煙と健康問題に関する実態調査) ・未成年の喫煙をなくす。 基準値:中学1年男子7.5%、女子3.8% 高校3年男子36.9%、女子15.6%(平成8年度未成年者の喫煙行動に関する全国調査) ・公共の場や職場での分煙の徹底、及び、効果の高い分煙についての知識の普及(平成12年度に設定) ・禁煙、節煙を希望する者に対する禁煙支援プログラムを全ての市町村で受けられるようにする。
2.食生活の改善
3.飲酒対策の充実
4.次に示す各がん検診の受診者の増加 |
表1
全部位のがん患者の5年生存率と進行度別分布の推移
1975-77年(17,927例) 1990年(12,098例)
分布 生存率 分布 生存率
% % % %
限局 21.0 31.1 63.0 34.6 42.3 74.1
領域 30.6 45.4 24.1 27.5 33.6 34.0
遠隔 15.9 23.5 4.9 19.6 24.0 7.0
不明 32.5 - 28.4 18.4 - 24.5
総計 100.0 100.0 30.4 100.0 100.0 41.0
参考文献
1) 瀬上清貴:21世紀に向けての健康指標集
2) 大阪府におけるがん患者の生存率1975年―89年
3) Wynder EL,Gori GB :Contribution of the environment to cancer incidence-an epidemiologic excercise -. J Natl Cancer Inst 58:825-832,1977.
4) Doll R, Peto R: The cause of cancer. J Natl Cancer Inst 66: 1192-1308,1981
5) Greenwald P, Sondik E. J.eds.: Cancer control objectives for the nation ;1985-2000, NCI Monographs, Chap.1, U.S. DHHS, Bethesda, p.3-11, 1986
6) 平山 雄:がん予防 今後の課題(2)―ライフスタイル改善によるがん予防―、癌の臨床、第39巻・第4号、1993
7) 山口直人他:CANSAVEによる肺がんの将来予測、CRC、vol.1 No.2 1992 Summer.
8) 富永祐民:がん予防 今後の課題(1)―新しいがん戦略の構築―、癌の臨床、第39巻・第4号、1993
9) 日本がん疫学研究会がん予防指針検討委員会:生活習慣と主要部位のがん、1998.
10) 厚生省がん検診の有効性評価に関する研究班:がん検診の有効性等に関する情報提供のための手引
11) 平成10年度厚生省老人保健事業推進費等補助金「がんの原因となる微生物等を発見する検診の有効性に関する研究についての文献学的調査」
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