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公衛審第8号
平成9年6月26日

中央薬事審議会
 会 長  南 原 利 夫 殿

公衆衛生審議会    
会 長  高 久 史 麿

低用量経口避妊薬の承認及び再審査期間の
指定の審議に際して当審議会に意見を求め
られた件について(回答)


 当審議会に対して、貴会から「低用量経口避妊薬の承認及び再審査期間の指定の審議に際し公衆衛生審議会の意見を求める件について(平成9年3月10日、中薬審第22号)」として、低用量経口避妊薬の使用がHIV感染症等の性感染症の拡大に与える影響について公衆衛生上の観点からの意見を求められた件について、別紙の通り回答する。


(別紙)

1.はじめに

 当審議会においては、中央薬事審議会から平成9年3月10日に「低用量経口避妊薬の使用がHIV感染症等の性感染症の拡大に与える影響についての公衆衛生的な観点からの意見」を求められて以降、当審議会伝染病予防部会を中心として、国内及び国外の様々な資料の収集・分析を行うとともに、3回の審議会を開催し、検討を続けてきたところである。
 低用量経口避妊薬の承認等に当たっては、中央薬事審議会において有用性、安全性等についての慎重な審議を重ねてこられたところであり、当審議会の果たすべき役割は、(1)低用量経口避妊薬の使用が性感染症の拡大に与える影響及び(2)影響が考えられる場合の対応策について、公衆衛生的見地から検討することである。
このため、当審議会では、これらの諸点につき検討を重ねた結果、性感染症予防の重要性についての国民の理解が深まることを目的に含め、以下の意見を述べることが適当であるとの結論を得たものである。

2.性感染症の動向

(1)我が国における性感染症の動向

 厚生省エイズ・サーベイランス委員会の発表によると、性的接触を感染原因とするHIV感染者の報告は依然として増加が続いており、特に国内で感染する日本人男性の増加が顕著である。患者・感染者の年齢構成では、これまでに報告された中では20歳代と30歳代が52%(1996年12月現在)を占めており、若い世代での感染が多いことが特徴である (図1)。
 また、その他の性感染症については、厚生省結核・感染症サーベイランス事業の結果によると、淋病様疾患は男女とも1992年から減少したが1995年より再び増加傾向が見られ、特に都市部において増加の兆候が指摘されている。陰部クラミジア症は男性で1992年に軽度減少したが、それ以降は横ばいからやや増加傾向にあり、女性は1992年に増加が止まり1993年以降は横ばいとなっている。陰部ヘルペスは男性は横ばいであるが女性では増加傾向にある。トリコモナス症、尖圭コンジロームは男女とも減少傾向が続いている。梅毒については厚生省感染症サーベイランス事業の対象疾患とされていないが、大阪府が行なっている性感染症動態調査によると1995年は前年に比して早期顕性梅毒の増加が報告されている。なお、日本性感染症学会における報告の中には、陰部クラミジア症をはじめとして性感染症の増加傾向を示す調査結果とともに、子宮頸管部からのクラミジア検出率が既婚妊婦で約5%、未婚妊婦で約13%という調査結果が示されており、我が国の性感染症の動向は決して予断を許さない状況と考えられる(図2)。

(2)諸外国における性感染症の動向

 諸外国のHIV感染症の動向は、いくつかの国や地域で新規患者数が減少するなどの明るい材料が見られている一方で、アジア地域でのさらなる感染の拡大が憂慮されている。世界保健機関によると全世界の累積患者数は840万人、生存する患者・感染者数は2260万人(1996年12月現在)と推定されている(図3)。
 また、その他の性感染症に関しては、淋病はイギリス、オランダ、デンマーク、アメリカ合衆国などの各国で1980年代以降の減少傾向が報告されている。梅毒は欧州諸国では1985年以降若干の増減は見られるものの全体としては減少傾向にあり、アメリカ合衆国では1990年を頂点とした増加とその後の減少が報告されている(図4、5、6)。またクラミジア感染症についてはアメリカ合衆国で1984年以降急激に増加しており、特に女性における増加が著しい(図7)。

3.性感染症予防の基本的な考え方

 まず最初に、性感染症予防は、性関係にある者のいずれかが一方的に担わなければならない課題ではなく、両者が自らの意志によって協力して実践していくことが不可欠であるということを理解しなければならない。具体的には、自らが性感染症に感染している可能性を自覚するとともに、相手が性感染症に感染している可能性に対して相手の立場や人格を尊重しつつ配慮するといったことが重要である。
 諸外国における知見から明らかなようにHIV感染症等の性感染症予防にはコンドームの正しい使用が有効である。したがって、各人の自覚と配慮に基づいた性感染症予防に向けての自立的な行動を促すため、学校、職場、地域社会等のあらゆる場所と機会を活用して、コンドームの正しい使用等の性感染症予防に関する知識を普及していくことが必要である。また、コンドームの使用等の感染予防行動の実践を進めていくために、コンドームの入手を容易にすることや、コンドームの入手・使用に対する偏見の解消に向けた社会的理解の普及が重要である。
 なお、性感染症は、HIV感染症やクラミジア感染症等に見られるように、感染しても無症候である場合が多い。したがって、本人が症候を自覚しないままに病気が進行したり、性関係にある相手への二次感染を起こすことがあり得ることについても、啓発を図らなければならない。

4.経口避妊薬の使用と性感染症の感染の関連性

 諸外国における経口避妊薬の使用状況と性感染症の動向及び両者の関係を分析した疫学調査結果についての検討を行った結果、これまでの研究・報告では経口避妊薬の使用と性感染症の動向との関連を明確に結論づけることは困難であるとの判断に至った。ただし、HIV感染症との関連においては、欧米各国では我が国と異なり、HIV感染症の流行が始まった時には既に経口避妊薬が普及していたといった状況の違いも踏まえておかなければならない。
 我が国においては、性感染症予防にも有効であるコンドームが従来から避妊のために主に用いられてきており、性感染症予防への認識が低い現状にもかかわらず、結果として性感染症、特にHIV感染症の拡大が抑制されてきた可能性がある。したがって、性感染症予防への認識が低いままに経口避妊薬を使用することは、HIV感染症を含む性感染症の予防が不十分になる可能性が高い。
 以上のことから、我が国において、性感染症予防への認識が低い状況が今後も続くままに低用量経口避妊薬が使用されることになると、今後のHIV感染症等の性感染症の増加の要因になることは十分に考えられ、当審議会として懸念を抱かざるを得ない。
 したがって、低用量経口避妊薬が承認される場合にあっては、その前提として国民の性感染症予防についての認識を高め、感染の拡大を予防するための対策を強化することが不可欠であり、その方策について以下に具体的に提言する。

5.低用量経口避妊薬の承認等に際して性感染症予防の観点から講ぜられるべき対策

(1)国民向けの予防対策の充実・強化

国民向けの予防対策については、コンドームの使用が性感染症予防に有効であることから、これまでにもコンドームの正しい使用をはじめとして性感染症予防の正しい知識についての啓発普及に努力されてきたところである。
 しかし、当審議会や性感染症の専門家が有する性感染症予防の重要性や今後の動向への危惧について、一般国民に十分に理解されていないことも考えられる。したがって、低用量経口避妊薬が承認される場合にあっては、専門家の意見を踏まえつつ、厚生省、文部省その他の関係省庁が協力し、低用量経口避妊薬の使用・普及が開始される前後の期間及びその後も定期的・継続的な広報媒体等による大規模な啓発普及活動の実施や学校、職場、家庭、地域社会、保健所、医療機関等での取り組みを通じて、HIV感染症等の性感染症拡大の懸念と予防対策の必要性の周知を図る必要がある。
 特に、コンドームの使用に関しては従来から日本では主に避妊を目的として使われてきたところであるが、経口避妊薬を用いる場合であっても、性感染症予防の観点から同時にコンドームを併用することの重要性について周知を図らなければならない。
 また、コンドームの誤った使用によりコンドームが脱落・破損することによって性感染症予防の効果が低下することから、コンドームの品質を劣化させない保管方法や脱落しにくい装着方法等の正しい使用とともに、性感染症予防に向けた積極的な使用についても広く情報提供・普及していくことが重要である。
 さらに、コンドームを入手しやすい社会環境の整備とともに、女性が自らを性感染症から防御できるよう、コンドームを携帯することや性関係にある相手に対してコンドームを使用するように意志表示できることについて社会的理解の浸透を図ることが重要である。

(2)低用量経口避妊薬の処方に関わる対応

 医師が低用量経口避妊薬を処方する場面は、薬を服用する者に対して性感染症とその予防方法の正しい知識を提供し、予防を実践する動機づけの最高の機会であると考えられる。したがって、処方を行う医師をはじめとして保健婦・助産婦等の医療従事者によるカウンセリング(相談・助言)の重要性は非常に高く、カウンセリングを行う専門家の育成・生涯教育と適切な実施を徹底していくことが望まれる。また、低用量経口避妊薬の使用に際して性感染症の予防が不十分にならないように、HIV感染症等の性感染症予防とコンドームの継続使用の重要性を訴える内容を添付文書等で周知することが必要である。
 さらに、低用量経口避妊薬を医師が処方するに当たって、処方を受ける女性や性関係にある相手が検査を希望する場合や、医師が性感染症検査が必要であると判断した場合に備えて、十分な説明と同意に基づいた性感染症検査が受けられる環境(医療機関相互の連携を含む)を整えていくことが、性感染症予防に効果的である。なお今後、性感染症検査の普及にあたっては、簡便かつ心理的抵抗感の少ない検査方法の開発が求められる。

(3)今後の動向の把握

 HIV感染症等の性感染症の動向については、これまでも厚生省エイズ・サーベイランス、同結核・感染症サーベイランスを通じて動向調査の結果の分析を行ってきたところであるが、低用量経口避妊薬が承認される場合には、性感染症の動向の把握はさらに重要な意義を有するものとなる。具体的な方策としては、前述の動向調査の結果の迅速かつ詳細な分析はもちろんのこと、低用量経口避妊薬の市販後に継続的な調査を実施すること、専門的な見地からの研究を充実・強化すること等が必要と考えられるが、これらの結果等について当審議会等が定期的に報告を受け公衆衛生的な見地から必要な検討を行うことを通じて、懸念される事態が発生する可能性が高くなるといった動向について観察し、当審議会として対策の進捗状況を考慮しつつ所要の対策を緊急に提言していくことが考えられる。

(4)関係団体等への働きかけ

 上述の性感染症予防の基本的な考え方に基づいて、国民向けの予防対策、低用量経口避妊薬の処方に関わる対応及び今後の動向の把握を効果的かつ効率的に推進していくためには、HIV感染症等の性感染症に関係する学会・団体・専門職種等に対して理解と協力を得られるよう働きかけるとともに、密接な連携を図っていくことが必要である。

6.おわりに

 以上、従来我が国において避妊を目的としたコンドームの使用が広く普及していることがHIV感染の拡大防止に大きな役割を果たしてきたと考えられること、従って、国民の性感染症予防への認識が低い現在の状況が続くならば、低用量経口避妊薬の使用・普及が性感染症の今後の増加、とりわけHIV感染症の拡大に影響を及ぼす懸念があること等を述べた。また今後、低用量経口避妊薬が承認される場合には、HIV感染症を含めた性感染症予防の重要性についての国民の認識を高めるための積極的な啓発活動に取り組み、感染の拡大を予防する対策をより強化することの必要性を指摘し、具体的な対策を提言した。貴会においては、当審議会の意見を踏まえて、総合的な観点から審議されることを希望する。


(関連情報) 低用量経口避妊薬(ピル)の承認を「可」とする中央薬事審議会答申について


厚生省保健医療局結核感染症課
 電話:(代)[現在ご利用いただけません]
 担当:稲垣(内線2379)
    野村(内線2373)


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