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(別添1)

トルエン、キシレン及びパラジクロロベンゼンの室内濃度に関する指針値

1 トルエン

 ごく最近までのトルエンに関する毒性研究報告について調査したところ、以下のような結論を得た。

(1) 遺伝子傷害性については、in vitroでの細菌、酵母及びほ乳類の細胞を用いた変異原性試験が行われているが、いずれについても陰性の結果が得られている1)
 昆虫、ラット及びマウスを用いたin vivo試験では一定した結果が得られていない。例えば、ラットでは骨髄細胞に染色体異常が認められているが、不純物として混入していたベンゼンの影響が疑われており、マウスでは赤血球の小核の増加が見られているが、確かなものではないと評価されている1)
 職業的なトルエン暴露群を対象に行われた細胞生物学的研究では、染色体異常、小核及びDNA鎖切断の増加が報告され、同様の変化はラット及びマウス、並びにほ乳類培養細胞でも認められているが、いずれにおいてもDNA付加物は検出されていない2)
 印刷工などトルエンの暴露を受けた作業者に染色体異常が高頻度で誘発されるなどの知見はあるものの3), 4)、評価の対象となる人数が少ないことと、トルエン以外に染色体異常を誘発させる化学物質の情報が不十分であることから、トルエンの遺伝子傷害性については明確に評価できないとしている5)
 遺伝子傷害性に関し、他に注目すべき知見を示唆する最近の研究報告は、特に見いだされていない。

(2) 発がん性については、ヒトでの疫学的研究がいくつか行われているが、そのほとんどにおいて多数の化学物質に暴露されており、また、認められた所見についても一貫性に乏しいことから、トルエン暴露がヒトに対する発がん性を有すると結論づけるには十分な根拠とは言えない2)
 マウス、ラットを用いて行われたいくつかの発がん性試験では、いずれの結果も腫瘍発生頻度の有意な増加を示していない1), 2) 。また、マウスの皮膚に繰り返し塗布した場合でも、皮膚がんの発生頻度が増加したとの結果は示されていない2)
 以上により、実験動物においてはトルエンの発がん性がないことを示唆する知見があるものの、ヒトにおけるトルエンの発がん性については十分な知見がないことから、国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer:IARC)では、ヒトに対してトルエンが発がん性であるとは分類できない(グループ3)と評価されている2)
 発がん性に関し、他に注目すべき知見を示唆する最近の研究報告は、特に見いだされていない。

(3) これらのことから、世界保健機関(World Health Organization:WHO)では、ヒトに対してトルエンが発がん性であるとは分類できず、遺伝子傷害性も示さないとみなされることから、トルエンの室内濃度に関する指針値については非発がん性影響を指標とし、耐容一日摂取量(Tolerable Daily Intake:TDI)を求める方法で算出するのが適当と判断されている1)

(4) 一般毒性については中枢神経系への影響が挙げられる2) 。トルエンの暴露によって小脳及びプルキンエ細胞が障害を受け、平衡感覚が失調することに伴い、目眩や起立時の転倒などが引き起こされる。また、動物実験でも、100又は500ppmのトルエンに生後28日間暴露されたラット仔動物において、海馬に病理組織学的変化が認められている6)

(5) ヒト及び動物において、視聴覚に代表される感覚器官への異常を引き起こすことが認められている7, 8)。また、動物実験では肝臓及び腎臓への軽微な影響も報告されている1)

(6) ボランティアによる実験的研究から、キシレンとの混合吸入によって、外部刺激に対する反応時間の遅延などが引き起こされるとの報告がある9)

(7) ある電子機器組立工場において、トルエンを含有する接着剤を使用して作業に従事している30人の女性労働者を対象に、8種類の神経行動学的検査が行われている。8時間の作業中に時間荷重平均(Time Weighted Average:TWA)で332mg/m3(88ppm)のトルエンに暴露されていた女性労働者(平均作業従事年数は5.7年)は、対照群として設定された、同一工場でトルエン含有接着剤を使用せずに作業に従事していた30人の女性労働者(8時間TWAで49mg/m3(13ppm)に暴露。平均作業従事年数は2.5年)に比べて、6種類の検査結果が統計学的に有意に劣っていたことが見いだされている。なお、暴露群には臨床症状は何も認められなかった。神経行動機能に影響するトルエンの作業環境暴露の最低濃度は332mg/m3(88ppm)である10), 11)

(8) 一般毒性に関し、他に注目すべき知見を示唆する最近の研究報告は、特に見いだされていない。

(9) 生殖発生毒性については、2000ppmのトルエンに暴露されたラット母動物及び仔動物で体重増加抑制、摂餌量減少、胎児死亡率の上昇、胎児の発育遅滞などが認められているが、600ppm暴露群では認められていない12)

(10) ヒトにおいては、妊婦がトルエンを乱用した事例で、新生児の発育異常とトルエン暴露との関係が指摘されている13)。また、上記(7)と同一工場の女性労働者について調査したところ、8時間の作業中にTWAで332mg/m3(88ppm)のトルエン暴露を受けていた女性労働者(平均作業従事年数は10.0年)の自然流産率(12.4%)は、対照とされた暴露群(8時間TWAで49mg/m3(13ppm)に暴露。
 平均作業従事年数は9.7年)における自然流産率(2.9%)及び当該工場の外部対照として設定された女性群における自然流産率(4.5%)に比べて、統計学的に有意に高かったことが見いだされている14)

(11) 生殖発生毒性に関し、他に注目すべき知見を示唆する最近の研究報告は、特に見いだされていない。

(12) 以上の知見から、ヒトに対するトルエンの毒性影響を考慮するに当たっては、ヒトの暴露に関する研究報告がより重要なものと考えられることから、上記(7)及び(10)における神経行動機能への影響及び自然流産率の上昇が認められた332mg/m3(88ppm)が、ヒトでの最小毒性量(Lowest Observed Adverse Effect Level:LOAEL)となる。なお、無毒性量(No Observed Adverse Effect Level:NOAEL)は特定されていない。

(13) 上記(7)及び(10)における暴露条件は、8hr/day、5days/weekであるので、これが1日24時間、1週7日間に平均化して暴露されたと考えると、1週間平均のLOAELは、
 332(mg/m3)×40/7(hr/day)/24(hr/day)=332/4.2mg/m3 となる。

(14) 不確実係数(Uncertainty Factor:UF)については、個体差として10、NOAELの代わりにLOAELを用いたことから10、また、ヒトの中枢神経系及び生殖発生に与え得る影響として3を考慮し、これらを乗じると300になる。

(15) LOAELをUFで除すことによって、
 332/4.2(mg/m3)/300=332(mg/m3)/1260=0.26mg/m3=260μg/m3 となる。
 よって、ヒトにおける神経行動機能及び生殖発生への影響に基づき、トルエンの室内濃度に関する指針値は260μg/m3(0.070ppm)と設定することが適当とされた。


2 キシレン

 ごく最近までのキシレンに関する毒性研究報告について調査したところ、以下のような結論を得た。

(1) キシレンには、o-キシレン、m-キシレン及びp-キシレンの3種の構造異性体が存在し、多くの場合、これらは混合物として市販されている1)

(2) 遺伝子傷害性については、細菌及びほ乳類の細胞(in vivo及びin vitro試験)を用いた変異原性試験が行われているが、いずれの結果も陰性であった1)
 In vivo試験においては、ショウジョウバエに対する劣性形質致死試験で疑陽性の結果が見られたのみであった1)
 遺伝子傷害性に関し、他に注目すべき知見を示唆する最近の研究報告は、特に見いだされていない。

(3) 発がん性に関しては、ヒトでの疫学的研究において、キシレン暴露による発がん性を明確に裏付ける知見は認められていない15)
 また、マウス及びラットを用いた強制経口投与による発がん性試験では、いずれの結果も、動物への発がん性ありと結論づけるに足るデータを示していない15), 16)
 なお、個々の異性体に着目したデータはない15)
 以上により、ヒト及び実験動物におけるキシレンの発がん性については十分な知見がないことから、IARCでは、ヒトに対してキシレンが発がん性であるとは分類できない(グループ3)と評価されている15)
 発がん性に関し、他に注目すべき知見を示唆する最近の研究報告は、特に見いだされていない。

(4) これらのことから、WHOでは、ヒトに対してキシレンが発がん性であるとは分類できないものの、遺伝子傷害性を示さないとみなされることから、キシレンの室内濃度に関する指針値については非発がん性影響を指標とし、TDIを求める方法で算出するのが適当と判断されている1)

(5) 一般毒性については、ヒトがキシレンに暴露された場合、眼や咽喉への刺激、呼吸抑制、肝臓及び腎臓の変化、脳への影響などが引き起こされる17)。眼や咽喉への刺激性については、2000又は3000 mg/m3(460又は690 ppm)のキシレンに15分間暴露された6人のボランティアのうち4人と、1000 mg/m3(230 ppm)に暴露された1人が眼刺激性を訴えたことが報告されている一方、423, 852又は1705 mg/m3(98, 196又は392ppm)のキシレン混合物に30分間暴露されても、眼、鼻又は咽喉への刺激性は認められなかったとの報告もなされている16)

(6) 動物実験データとしては、Mongolian gerbils(ラットの一種)を用いて3ヶ月間の吸入暴露を実施したところ、その後4ヶ月目の時点で、被験動物の脳領域の大部分にastroglial proteinの濃度上昇が認められ、gliaの増殖が示唆された。gliaの増殖は種々の神経障害の発現に特徴的である可能性があり、トリクロロエチレン、エタノール、テトラクロロエチレンなど他の溶剤に暴露された動物にも同様の所見が認められていることから、キシレンの潜在的な神経毒性を示すことが示唆される16)

(7) キシレン暴露によって、中枢神経系における感覚系、運動系及び情報処理機能が影響を受ける可能性のあることが、ボランティアによる実験的研究の結果として報告されている16)。4時間以上にわたって435〜870mg/m3(100〜200ppm)のキシレン暴露を受けると、外部刺激に対する反応にわずかな異常が生ずるとしている研究もある16)が、p-キシレン300mg/m3(69ppm)を4時間暴露させても何ら異常は認められなかったとする報告もある18)
 以上により、4時間暴露のNOAELは300mg/m3(69ppm)とされている16)

(8) 上記(7)における暴露条件は、4hr/dayであるので、これが1日24時間に平均化して暴露されたと考えると、1日平均のNOAELは、
 300(mg/m3)×4(hr/day)/24(hr/day)=300/6mg/m3 となる。

(9) UFについては、個体差として10を採る16)

(10) NOAELをUFで除すことによって、
  300/6(mg/m3)/10=300(mg/m3)/60=5.0mg/m3 となる16)
 これが、一般毒性の観点からの、ヒトにおける1日平均の耐容気中濃度となる。

(11) 一般毒性に関し、他に注目すべき知見を示唆する最近の研究報告は、特に見いだされていない。

(12) 生殖発生毒性については、キシレンが胎盤経由で母動物から胎児へ移行することがヒト及び実験動物によって示されている16)
 催奇形性試験の結果、キシレンは、母動物への毒性を引き起こさない濃度か、わずかに引き起こす濃度でも、胎児の体重減少と骨形成の遅延を引き起こし得る。齧歯類各種におけるLOAELは、一日当たりの暴露時間の長さ(6〜24時間/日)によって500〜2175mg/m3(115〜500ppm)が報告されているが16)、胎児の体重減少に関するLOAELは、マウスでの500mg/m3(115ppm)が最小値である19)。なお、骨形成の遅延については、骨形成に関する評価基準が明確化されていないことから、この変化を適切に評価することは不可能であった16)
  一方、870mg/m3(200ppm)のキシレンにラット母動物を暴露させ(1日6時間、妊娠4日目から20日目まで)た後に生まれた仔ラットの出生後発育に関する研究報告では、特に雌の仔ラットで、中枢神経系発達への影響を示唆する行動異常(Rotarod performanceの低値)が認められた20)

(13) 生殖発生毒性に関しては、ヒトでの研究報告を含め、他に注目すべき知見を示唆する最近の研究報告は、特に見いだされていない。

(14) 以上の知見から、ヒトに対するキシレンの毒性影響を考慮するに当たっては、ヒトの暴露に関する研究報告がより重要なものと一般的には考えられ、上記(7)における暴露濃度300mg/m3(69ppm)がNOAELとされるところである。
 しかし、この数値は4時間暴露という短時間の暴露に基づくものであり、長期間暴露される状況に外挿するには適切とは考え難い。
 よって、他にヒトでの研究報告が見いだせないことを踏まえ、上記(12)におけるラットでの中枢神経系発達への影響が示唆された870mg/m3(200ppm)が、ラットでのLOAELと考えられる16)。なお、NOAELは特定されていない。

(15) UFについては、種差として10、個体差として10、及びNOAELの代わりにLOAELを用いたことから10となり、これらを乗じると1000になる16)

(16) LOAELをUFで除すことによって、
 870(mg/m3)/1000=0.87mg/m3=870μg/m3となる16)
 よって、妊娠時に吸入暴露されたラット母動物から生まれた雌の仔動物の中枢神経系発達への影響に基づき、キシレンの室内濃度に関する指針値は870μg/m3(0.20ppm)と設定することが適当とされた。


3 パラジクロロベンゼン

(1) パラジクロロベンゼンについては、平成9年8月に家庭用品専門家会議(毒性部門)においてリスク評価が行われ、耐容平均気中濃度を590μg/m3(0.10ppm)と設定している。この時の評価の骨子については以下のとおりである21)

(1) 得られているデータによれば、パラジクロロベンゼンの発がん性はマウスの種特異的な高感受性の結果によるものであり、ヒトへのリスク評価に反映させることは困難である。パラジクロロベンゼンは齧歯類での非遺伝子傷害性発がん物質であり、その発がん性には閾値があると考えられる。
(2) ラット及びマウスを用いた吸入によるがん原性試験が実施されたところ、それぞれの試験におけるNOAELは以下のとおりである。
・ マウスにおいて肝臓腫瘍及び非腫瘍性の肝細胞肥大が300ppm群のみに認められた。したがって、これらの肝臓障害に関するNOAELは75ppmである。
・ マウス雄の300ppm群で、近位尿細管上皮の空胞発生頻度が増加した。また、ラット雄の300ppm群で腎乳頭部集合管への鉱質沈着、腎盂の尿路上皮の過形成の増加がみられた。したがって、これら腎臓障害に関するNOAELは75ppmである。
 特に雌ラットにおいて、300ppm群では鼻腺の呼吸上皮化生が認められ、鼻腔上皮のエオジン好性変化が75ppm群まで認められた。この変化は、雌では用量に依存して、その変化の程度も強くなっているが、雄ではこの傾向は低かった。これらから、慢性鼻腔粘膜組織変化のNOAELは20ppmである。
(3) ラットを用いた経口による二世代繁殖試験の報告によれば(N. Bornatowiez, et al., Wien. Klin. Wochenschr., 106, 345-353(1994))、両世代の生殖器系に変化はみられなかったが、親動物の雄の270mg/kg群で腎毒性と肝・腎重量の増加、仔動物(F1)では肝臓重量の増加が90mg/kg群で観察された。また、90及び270mg/kg群で出産時の生存仔数の減少、授乳期間における死亡仔数の増加、生存仔の体重減少、仔の発育観察項目での変化、両世代における腎変化が観察された。以上の結果から、生殖試験でのNOAELは270mg/kg/day、F0、F1の親動物のNOAELは30mg/kg/day、発育に関するNOAELは30mg/kg/dayと結論された。なお、著者らは、経口での30mg/kg/dayは気中暴露ではおよそ450mg/m3 (75ppm)に該当するとしている。
(4) これらの値から耐容平均気中濃度を求めるにあたって、以下のUFを採用した。
 UF=100:種差(10)×個体差(10)
(5) 以上のNOAEL、UFと実験条件を考慮して、耐容平均気中濃度を以下のように算出した。
・ 肝臓・腎臓障害及び二世代影響を基礎とした場合:
 NOAEL=75ppm(450mg/m3
 動物実験条件は、6hr/day、5days/weekであるので、これが1日24時間、1週7日間に平均化して暴露されたと考えると、平均化した暴露濃度は、
 450(mg/m3)×30/7(hr/day)/24(hr/day)=80.4mg/m3 となる。
 ラットの呼吸量は0.29m3/dayなので、ラットの一日あたりの摂取量は、
 80.4(mg/m3)×0.29(m3/day)=23.3mg/day である。
 雌ラットの体重は0.35kgであるので、体重1kgあたりでは、
 23.3(mg/day)/0.35(kg)=67.0mg/kg/day となる。
 これをUF=100で除し、TDIを求めると、
 TDI=67.0/100=0.67mg/kg/day となる。
 日本人の平均体重を50kg、一日あたりの呼吸量を15m3とすると、耐容平均気中濃度は、
 0.67(mg/kg/day)×50(kg)/15(m3/day)=2.23mg/m3 となる。
 ppm換算では、0.37ppmということになる。
・ 鼻腔粘膜組織変化を基礎とした場合:
 NOAEL=20ppm(120mg/m3)とUF=100を基に、同様に計算した耐容平均気中濃度は、0.10ppm(0.59mg/m3)である。
(6) これらのうち小さい数値を選び、耐容平均気中濃度を0.10ppm(0.59mg/m3)とした。

(2) 今般、パラジクロロベンゼンの室内濃度指針値を設定するにあたり、ごく最近までのパラジクロロベンゼンに関する毒性研究報告について調査したところ、前回のリスク評価の際には入手できなかった文献データ22)を新たに入手した。当該文献データの毒性評価の概要は、以下のとおりである。
 ビーグル犬を用いた強制経口投与による反復投与毒性試験が実施された。対照群及び3投与群(10, 50及び 75mg/kg/day群)を設け、各群雌雄5匹に対し、週5日、1年間の投与を行ったところ、75mg/kg/day投与群(投与開始時点では150mg/kg/dayであったが死亡例が認められたことから、3週間目に100mg/kg/dayに、6週間目に75mg/kg/dayに投与量を変更している)では雌雄に貧血、脾臓の髄外造血、胆管増生、腎尿細管上皮空胞化(10mg/kg/day投与群でも1例)が、雌に血小板数の増加、ALT及びGGTの上昇、副腎相対重量の増加、赤血球過形成が、雄に肝門脈性炎症が認められた。また、50mg/kg/day以上の投与群では、雌雄に肝重量の増加、ALPの上昇、肝細胞肥大(一部の動物で肝細胞色素沈着を伴う)が、雌に腎重量の増加が認められ、50mg/kg/day投与群では雌に甲状腺重量の増加が認められた。
 以上により、NOAELは10mg/kg/dayとされた。

(3) 毒性に関しては、ヒトでの研究報告を含め、他に注目すべき知見を示唆する最近の研究報告は、特に見いだされていない。

(4) 以上の知見から、ヒトに対するパラジクロロベンゼンの毒性影響を考慮するに当たっては、本来であれば望まれるヒトの暴露に関する研究報告が見いだせないことにかんがみ、上記(2)におけるビーグル犬の肝臓や腎臓などへの投与影響が示唆された10mg/kg/dayが、ビーグル犬でのNOAELと考えられる。

(5) 上記(2)における暴露条件は、5days/weekであるので、これが1週7日間に平均化して暴露されたと考えると、1週間平均のNOAELは、
 10(mg/kg/day)×5(days/week)/7(days/week)=7.14mg/kg/day となる。

(6) UFについては、種差として10、個体差として10となり、これらを乗じると100になる23)

(7) NOAELをUFで除すことによって、
 7.14(mg/kg/day)/100=0.0714mg/kg/day となる。

(8) 日本人の平均体重を50kg、一日当たりの呼吸量を15m3とすると21)
 0.0714(mg/kg/day)×50(kg)/15(m3/day)=0.24mg/m3=240μg/m3
となる。
 これをppmに換算すると、0.040ppmとなる。

(9) 以上の結果を考慮すると、ビーグル犬における強制経口投与で認められた肝臓や腎臓などへ影響を与える用量を吸入暴露に換算した値が最も低いことから、パラジクロロベンゼンの室内濃度に関する指針値は240μg/m3(0.040ppm)と設定することが適当とされた。


参照文献

1) WHO飲料水水質ガイドライン(第2版) 第2巻 健康クライテリアと関連情報(日本語版)1999年5月18日(原題:Guidelines for drinking-water quality, 2nd edition, Volume 2, Health criteria and other supporting information. 1996)

2) IARC (International Agency for Research on Cancer). Toluene (in Re-evaluation of Some Organic Chemicals, Hydrazine and Hydrogen Peroxide). IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. 1999; 71: 829-864

3) Pelclova, D., Rossner, P. and Pickova, J. Chromosome aberrations in rotogravure printing plant workers. Mutation Research 1990; 245: 299-303

4) Bauchinger, M. et al. Chromosome changes in lymphocytes after occupational exposure to toluene. Mutation Research 1982; 102: 439-445

5) IPCS (International Programme on Chemical Safety). Toluene. Environmental health criteria 1985; 52

6) Slomianka, L. et al. The effect of low-level toluene exposure on the developing hippocampal region of the rat: histological evidence and volumetric findings.
Toxicology 1990; 62: 189-202

7) 石川 哲 他. シンナーの視覚毒性−その臨床と実験−. 日本医事新報1985; 3208: 26-32

8) Johnson, A. et al. Effect of interaction between noise and toluene on auditory function in the rat. Acta oto-laryngologica 1988; 105: 56-63

9) Dudek, B. et al. Neurobehavioural effects of experimental exposure to toluene, xylene and their mixture. Polish journal of occupational medicine 1990; 3: 109-116

10) Foo, S. C., Jeyaratnam, J. and Koh, D. Chronic neurobehavioural effect of toluene.
British journal of industrial medicine 1990; 47: 480-484

11) Foo, S. C. et al. Neurobehavioural effects in occupational chemical exposure.
Environmental research 1993; 60: 267-273

12) Ono A., Sekita K., Ohno K., Hirose A., Ogawa Y., Saito M. et al. Reproductive and developmental toxicity studies of toluene I. Teratogenicity study of inhalation exposure in pregnant rats. Journal of toxicological science 1995; 20: 109-134

13) Donald, J. M., Hooper, K. and Hopenhayn-Rich, C. Reproductive and developmental toxicity of toluene: A Review. Environmental health perspectives 1991; 94: 237-244

14) Ng, T. P., Foo, S. W. and Yoong,T. Risk of spontaneous abortion in workers exposed to toluene. British journal of industrial medicine 1992; 49: 804-808

15) IARC. Xylenes (in Re-evaluation of Some Organic Chemicals, Hydrazine and Hydrogen Peroxide). IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. 1999; 71: 1189-1208

16) IPCS. Xylenes. Environmental health criteria 1997; 190

17) ATSDR(Agency for Toxic Substances and Disease Registry). Xylene. Tox FAQs 1996; Internet address: http://www.atsdr.cdc.gov

18) Anshelm Olson B., Gamberale F. and Iregren A. Coexposure to toluene and p-xylene in man. British journal of industrial medicine 1985; 42: 117-122

19) Ungvary G. and Tatrai E. On the embryotoxic effects of benzene and its alkyl derivatives in mice, rats and rabbits. Archives of Toxicology 1985; 8(Supplement): 425-430

20) Hass U. and Jakobsen B. M. Prenatal toxicity of xylene inhalation in the rat: A teratogenicity and postnatal study. Pharmacology and Toxicology. 1993; 73: 20-23

21) 厚生省生活衛生局企画課生活化学安全対策室.「パラジクロロベンゼンに関する家庭用品専門家会議(毒性部門)報告書」.平成9年8月28日

22) OECD SIDS (Screening Information Data Set) Initial Assessment Report (draft).
Organisation for Economic Co-operation and Development, Paris

23) IPCS. Assessing Human Health Risks of Chemicals: Derivation of Guidance Values for Health-based Exposure Limits. Environmental health criteria 1994; 170


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