報道発表資料 ホームページへ戻る 一覧に戻る 前ページ 次ページ

一次、二次医療機関のための
腸管出血性大腸菌(O157等)感染症治療の手引き
(改訂版)

平成9年8月21日

厚 生 省

腸管出血性大腸菌感染症の診断治療に関する研究班

(班長 竹田 美文 国立国際医療センター研究所長)

 0157等による腸管出血性大腸菌感染症は、いわゆる「新興感染症(Emerging I fectious Diseases)」と呼ばれる新しい疾患の1つであり、その治療方針の中には、未だ国内・国外を問わず統一的な見解が得られていない点がある。特に抗菌剤の使用とその効果については、この一年間でいくつかの調査結果や研究成果が得られたが、依然として、統一的な見解に至ったとは言い難い。
 この「手引き」は、現時点までの知見と我が国のこれまでの症例経験や研究班としての情報収集の範囲において、治療方法の現状や留意事項を参考としてまとめたものであり、統一的な見解が得られていないものについては、両論を併記する等の配慮を行っているが、診療現場においては、主治医の判断が尊重されることは言うまでもないことである。
 また、腸管出血性大腸菌感染症が伝染病予防法における指定伝染病に指定されたことに伴う医師の届出の方法や、新たな診断薬、治験薬などの情報を参考として付したので御活用されたい。
 この「手引き」が、一次、二次医療機関における腸管出血性大腸菌感染症の治療等の適切な対応の一助となることを期待するものである。
 なお、この「手引き」の作成に当たって、関係分野の学識経験者からの御助言・ 御指導を戴いたことに感謝いたします。


1 O157とはどのような菌か

 O157( 正式には Escherichia coli O157 : H7 )は、腸管出血性大腸菌(Entero-hemorrhagic E. coli ; EHEC)に属する下痢原性大腸菌である。腸管出血性大腸菌は志賀毒素産生性大腸菌(Shiga toxin producing E. coli ; STEC )とも、ベロ毒素産生性大腸菌(Verotoxin producing E. coli ; VTEC)とも呼ばれている。
 菌の種々の性状は、人の常在菌である大腸菌とほぼ同じと考えてよいが、最大の特徴はベロ毒素を産生することである。ベロ毒素は、培養細胞の一種であるベロ細胞(アフリカミドリザルの腎臓由来)に極く微量で致死的に働くことから付けられた名称である。なお、O(オー)とは大腸菌成分の「O抗原」による分類であることを示している。
 O157は熱に弱く、75℃で1分間加熱すれば死滅する。しかし、低温条件に強く、家庭の冷凍庫では生き残ると考えられる。酸性条件にも強く、pH3.5程度でも生き残る。水の中では相当長期間生存する。また、感染が成立する菌量は約100個といわれている。
 これまで我が国や米国では、ベロ毒素を産生する腸管出血性大腸菌はO157が最も多いが、O157以外にもO1、O26、O111、O128、O145等の血清型の中の一部がベロ毒素を産生することが報告されている。
 (以下、この「手引き」では、これらの腸管出血性大腸菌のことをO157と記し、またそれによる感染症をO157感染症と記す。)
 O157の感染は、飲食物を介する経口感染で、O157に汚染された飲食物を摂取するか、患者の糞便で汚染されたものを口にすることが原因である。そのため、人から人への二次感染を起こすことがあり、食中毒としての対策と感染症としての対策が必要であり、O157感染症は平成8年8月に伝染病予防法に基づく指定伝染病に指定された。これに伴い、O157感染症を診断した医師には、届出が求められることとなった。なお、患者・保菌者に対する差別や偏見が生じないよう配慮が必要である。

(参考1、参照)

2 O157感染症により、どのような症状が出現するか

 O157感染症では、全く症状がないものから軽い腹痛や下痢のみで終わるもの、さらには頻回の水様便、激しい腹痛、著しい血便とともに重篤な合併症を起こし、時には死に至るものまで様々である。
 多くの場合(感染の機会のあった者の約半数)は、おおよそ3〜5日の潜伏期をおいて頻回の水様便で発病する。さらに、激しい腹痛を伴い、まもなく著しい血便となることがあるが、これが出血性大腸炎である。発熱はあっても、多くは一過性である。
 血液の検査所見では、合併症が始まるまでは特徴的なものはなく、軽度の炎症所見が見られるのみである。出血性大腸炎の場合は、腹部超音波検査で、結腸壁の著しい肥厚が見られることが特徴的である。
 O157感染による有症者の約6〜7%では、下痢などの初発症状発現の数日から2週間以内(多くは5〜7日後)に、溶血性尿毒症症候群(Hemolytic Uremic Syndrome、以下、「HUS」と略す。)または脳症などの重症合併症が発症する。なお、激しい腹痛と血便を認めた場合は、その数日後にこれらの重症合併症を起こすことがあるので、特に注意が必要である。
 鑑別診断としては、細菌性赤痢、カンピロバクターやサルモネラなどによる胃腸炎、アレルギー性紫斑病、腸重積、虫垂炎などが重要である。早期診断に有用な検査キットが新たに承認されている。

(参考2、参照)

3 下痢症の治療はどのように行うか

 下痢症は、症状、季節、年齢などを考慮して適切に診断し、それに応じた治療を行う。
 下痢の症状があり、O157感染症と診断された時には、安静、水分の補給及び年齢・症状に応じた消化しやすい食事の摂取をすすめる。激しい腹痛や血便が認められ、経口摂取がほとんど不可能な場合は輸液を行うが、輸液の際は尿量等に注意し、腎機能障害の発見に努め、過量とならないように留意する。
 腸管運動抑制性の止痢剤は、腸管内容物の停滞時間を延長し、毒素の吸収を助長する可能性があるので使用しない。
 強い腹痛に対する痛み止めは、ペンタゾシン(ソセゴン、ペンタジンなど)の皮下注または筋注(*投与の目安:小児はペンタゾシン5-10mg/回、成人は15mg/回)を慎重に行う。スコポラミン系(臭化ブチルスコポラミン:ブスコパン、スパリコンなど)は腸管運動を抑制するため、避けたほうがよい。痛み止めの使用は、副作用に十分注意し、その使用回数は極力抑えるようにする。

4 抗菌剤治療をどのように考えるか

 O157感染症による下痢症は、細菌感染症であるので、適切な抗菌剤を使用することが基本であり、厚生科学研究事業で行われた全国調査では、抗菌剤を使用した群の中で早期投与された者ほどHUSの発症率が低かったとの結果が報告されている。
 一方、これまでにST合剤等を使用した場合にHUSが悪化したという症例や抗菌剤の使用の有無により臨床経過に有意な差異がなかったという研究結果が米国等で報告されていることから、欧米等には抗菌剤の使用に懐疑的な意見があり、世界保健機関(WHO)等においても検討課題として取り上げられている。また「抗菌剤が菌を破壊することによって菌からのベロ毒素放出が増加した」という試験管内での実験結果から、「患者への抗菌剤の使用は、腸管内で増殖した菌を破壊して症状を悪化させるのではないか」との理論的懸念も指摘されているが、臨床結果との関係は明確でない。
 したがって現時点では、抗菌剤の使用については上記の内容等を念頭に置いて、実際の臨床現場の状況を踏まえながら主治医が判断して対応すればよい。
 O157感染症と診断し、抗菌剤を使用する場合には、できるだけ速やかに以下に例示する抗菌剤の経口投与を行う。なお、ST合剤等は使用しない方がよい。

○抗菌剤の使用は経口投与を原則とする。
小児 : ホスホマイシン(FOM)*、ノルフロキサシン(NFLX)**、カナマイシン(KM)
成人 : ニューキノロン、ホスホマイシン*
 * :これまでわが国においては、ホスホマイシン(1日2〜3g、小児は40〜120mg/kg/日を3〜4回に分服)の投与が多く実施されている。
**:ノルフロキサシン50mg錠。5歳未満の幼児には錠剤が服用可能なことを確認して慎重に投与する。乳児等には投与しない。

 抗菌剤の使用期間は3〜5日間とし、漫然とした長期投与は避ける。また、薬剤感受性には注意し、耐性菌と判明した場合は直ちに中止し、必要があれば他剤に変更する。(厚生科学研究事業によると、これまでに国内で分離された菌の一部にはテトラサイクリン(TC)、アミノベンジルペニシリン(ABPC)、ストレプトマイシン(SM)、ホスホマイシン(FOM)、カナマイシン(KM)、ナリジクス酸(NA)等への耐性株の存在が報告されている。)
 抗菌剤を使用しても消化管症状が直ちには消失することはないが、通常3〜5日間程度の使用により菌は消失する。
 抗菌剤を使用してもHUS等の合併症が発症することがあり、また輸液・抗菌剤の使用後、症状が改善しても、その2〜3日後に症状が急激に悪化することがあるので、注意を怠ってはならない。
 発症の早期を過ぎている場合、または激しい血便や腹痛の激しい時期に抗菌剤を使用することが適切かについては判断の材料に乏しいが、抗菌剤を使用しないか、使用する場合には静菌性抗菌剤を使用し、合併症の発症に十分に注意することが妥当と考えられる。
 なお、抗菌剤の使用の有無にかかわらず、乳酸菌製剤などの投与については、国内外において有効であるとの報告が行われている。

5 重症合併症をどのように予測し、早期発見し、対応するか

 頻回の水様便、激しい腹痛や血便を示す典型的な出血性大腸炎の症例では、約10%にHUSや脳症などの重症合併症を発症する可能性があり、その予測・予防が重要である。

(1)危険因子

 O157感染症の中で重症合併症を起こしやすい条件(危険因子)として、(1)乳幼児と高齢者、(2)血便や腹痛の激しい症例、が挙げられているが、それ以外でも重症合併症が起こる可能性は否定できない。(稀ではあるが、出血性大腸炎の症状が強くなくても重症合併症が起こる例があり、注意が必要である。)

(2)重症合併症

ア.溶血性尿毒症症候群(HUS)
 HUSは血栓性微小血管炎(血栓性血小板減少性血管炎)による急性腎不全で、(1)破砕状赤血球を伴う貧血、(2)血小板減少、(3)腎機能障害を3徴とし、小児期ではO157感染症に引き続き発症することが多い。
 一般的にO157感染症に伴うHUSは、下痢などの初発症状発現の数日から2週間以内(多くは5〜7日後)に発症することが多く、この期間に以下の様な症状がみられたならば注意が必要である。なお、激しい腹痛と血便を認める症例の方が合併症を起こしやすいが、血便がなくても起こることがあるので、注意が必要である。
注意すべき症状・検査所見
症 状:顔色不良、乏尿、浮腫、意識障害
尿 検 査:尿蛋白、尿潜血
末梢血検査:白血球数増加、血小板数減少
血液生化学検査:LDH値上昇、血清ビリルビン値上昇、CRP値上昇
 HUSでは、これらの症状に引き続き、赤血球数減少、ヘモグロビン値低下、ヘマトクリット値低下、破砕状赤血球の出現、血清BUN値・クレアチニン値・GOT値・GPT値の上昇が見られる。


イ.脳症
 脳症はHUSと相前後して発症することが多い。その予兆は頭痛、傾眠、不穏、多弁、幻覚などで、これらが見られた場合には数時間から12時間位の間に痙攣、昏睡などの重症脳神経系合併症が起こる可能性を考え、それに備えなければならない。


(3)対応方針

 外来では血便や腹痛が激しくなければ、乏尿と浮腫に注意しながら末梢血検査、血液生化学検査、尿検査等を1〜2日に1回程度(少なくとも尿検査は毎日)行い、経過を観察する。血便や腹痛が激しいとき、あるいは上記の症状や異常検査所見が見られたときは入院しての治療が望ましい。
 入院中は上記の検査を1日1回程度実施し、できるだけ早く検査結果を確認する。HUS発症を疑わせる所見や脳症の予兆がみられたときは、HUSや脳症に対応できる設備・機能を持つ医療機関に転院させることが望ましい。
 下痢が治まった後にHUSが起きてくることがあるので、しばらくは注意を怠ってはならないが、発症後2週間以上経過して菌も陰性であれば概ねHUSや脳症の発症の心配はない。
 なお、これらの重症合併症の発症予防を目的として開発されたベロ毒素吸着剤の有効性を確認するための治験が、既に開始されている。

(参考3、参照)


6 二次感染の防止のためにどのような指導を行うか

 O157は、少量の菌数で感染が成立するので、乳幼児や高齢者が集団生活を行う場合や家族内では二次感染を防止するために注意が必要である。患者や保菌者、またはその保護者に対し、次の留意事項を守るよう注意を促すことが重要である。

(1)手洗いの励行

 人から人への感染を防ぐには手洗いが最も大切である。排便後や食事の前はもちろんのこと、特に下痢をしている乳幼児や高齢者の世話をしたときには、石けんと流水でよく手を洗う。患者等の糞便に触れた場合には直ちに流水で十分に手洗いを行い、逆性石けんまたは消毒用アルコールで消毒を行う。また、本人が用便をした後も同様に十分な手洗い、消毒を行う。

(2)消毒

ア.消毒の範囲
 原則として患者等の家のトイレと洗面所を対象とする。患者等の用便後はトイレの取っ手やドアのノブなど患者等が触れた可能性のある部分の消毒を行う。小児や高齢者の施設で患者等が発生した場合には、施設のトイレと洗面所を対象とする。

イ.消毒薬と消毒法
 逆性石けんまたは両性界面活性剤などを規定の濃度に薄めたものに布を浸して絞り、上記の場所を拭き取る。噴霧はしない。
 指定伝染病に定められたことから、伝染病予防法施行令第3条に基づく医薬品として、消毒薬はアルコール系消毒剤、界面活性剤系消毒剤、ビグアニド系消毒剤、塩素系消毒剤、フェノール系消毒剤が挙げられている。なお、フェノール系消毒剤を使用する際は、環境への影響に配慮する。

ウ.寝衣、リネン、食器
 患者等が使用した寝衣やリネンは、家庭用漂白剤に浸漬してから洗濯するよう指導する。糞便で汚染されたリネンは消毒用薬液に浸漬してから洗濯する。患者等の糞便が付着した物品等は、煮沸や薬剤で消毒を行う。食器は、洗剤と流水で洗浄する。

エ.入浴等について
 患者等はできるだけ浴槽につからず、シャワー又はかけ湯を使う。また、風呂を使用する場合には、他の人と一緒に入浴することを避けることが必要であり、特に患者等の風呂使用後に乳幼児を入浴させない。また、風呂の水は毎日換える。バスタオル等は専用として共用しない。
 患者等が家庭用のビニールプール等を使用する場合には、乳幼児と一緒の使用は避けるとともに、使用時ごとに水を交換する。

(3)食品を扱う際の注意

 患者等がいる家庭では、病気が治るまでの間、野菜を含め食品すべてに十分な加熱を行い、調理した食品を手で直接触れないように注意する。また、一般的に食品を扱う場合には、手や調理器具を流水で十分に洗う。生肉が触れたまな板、包丁、食器等は熱湯等で十分消毒し、手を洗う。75℃以上1分間の加熱により菌は死滅すると言われているため、調理にあたっては、中心部まで十分に加熱するとともに、調理した食品はすみやかに食べる。


7 無症状の保菌者にはどのように対応するか

 無症状の保菌者への対応では、二次感染防止指導とともに、保菌者に対する差別や偏見が起こらないように配慮する。二次感染防止指導は患者に準じて、手洗いの励行等「6 二次感染の防止のためにどのような指導を行うか」に記したことが原則であるが、抗菌剤の使用による除菌は年齢、職業、その他の状況を総合的に勘案して行う。
 例えば、(1)託児所、保育所、小学校あるいは老人保健福祉施設などでの集団生活により二次感染のおそれがある場合、(2)感染した場合に重症合併症の危険性が高い者(高齢者、乳幼児等)が同居している場合、(3)伝染病予防法の就業制限の対象となる職業の場合には、抗菌剤の使用を考慮する(使用方法は「4 抗菌剤治療をどのように考えるか」に準ずる。)。その際本人または保護者に十分に説明することが必要である。
 そのほか、乳酸菌製剤の使用などで経過を見ても良いが、いずれの場合も菌の陰性化の確認が必要である。

(参考4、参照)


8 菌陰性化をどのように確認するか

 患者については、HUS等の合併症が残っていても、24時間以上の間隔をおいた連続2回(抗菌剤を投与した場合は、服薬中と服薬中止後48時間以上経過した時点の連続2回)の検便によって、いずれも菌が検出されなければ、菌陰性が確認されたものとする。就業制限は、菌陰性となった時点で、当然、適応対象から除外される。
 無症状の保菌者については、直近の1回の検便で病原体が検出されなかった場合は、菌陰性化とみなしてよい。
 集団発生の場合など、慎重を期す必要がある場合には、無症状の保菌者についても患者に準じて菌陰性化の確認を行う。

 以上のO157感染症の治療等に関する内容は、現時点における考え方をまとめたものである。また、O157感染症に関する情報は、インターネットの以下のホームページでも入手可能である。

厚生省 http://www.mhw.go.jp/
国立感染症研究所 http://www.nih.go.jp/yoken/index-j.html
日本医師会 http://www.med.or.jp/


 この「手引き」に関する意見等は、厚生省保健医療局結核感染症課にお寄せいただきたい。


  【お問い合わせ】 厚生省保健医療局結核感染症課
           電 話 03−3591−3060

報道発表資料 ホームページへ戻る 一覧に戻る 前ページ 次ページ