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食品衛生調査会食中毒部会食中毒サーベイランス分科会の検討概要

平成9年7月10日

ボツリヌス菌による食中毒及び上気道感染症様症状が初感染症である食中毒等について


食品衛生調査会食中毒部会

食中毒サーベイランス分科会

I ボツリヌス菌による食中毒について

1 はじめに

ボツリヌス菌は、神経毒素産生性の大型((0.9〜1.2)×(4〜6)μm)の芽胞形成性のグラム陽性偏性嫌気性桿菌で、自然界(特に土壌中)に広く分布し、食品中にも存在することが知られている。
本菌は菌の増殖に伴って毒力の強い神経毒を産生し、産生する毒素の種類によって、免疫学的にA,B,C,D,E,FおよびGの7型に分類される。ヒトの食中毒を起こすのはA、B、EおよびF型である。ボツリヌス毒素は易熱性であるので、80℃、30分間又は100℃、1〜2分間の加熱で完全に不活化できる。


2 ボツリヌス菌による食中毒の発生状況

我が国においては、昭和59年にA型ボツリヌス菌に汚染された辛子レンコンを原因食品として患者36人、死者数11人の大規模な発生があったが、昨年までの過去10年間の発生状況をみると、事件数14件、患者数29人、死者数0人であり、死者は昭和60年以降みられていない。(なお、本年は6月30日現在までに事件数2件、患者数4名の発生をみている。)
また、本年6月にはマレーシア産オイスターソースからA型ボツリヌス菌が検出され、気泡の発生等製造工程に起因する衛生上の問題が強く疑われたことから、同一ロット製品等の回収等が行われた事例があった。
一方、米国における患者の発生状況をみると、大規模な集団発生のあった平成6年(1994年)の50人を除き、最近では年間20人台の発生が報告されている。


3 芽胞の発芽及び菌の増殖条件

ボツリヌス毒素は、ボツリヌス菌が増殖するに伴い産生されるものであることから、菌が増殖しない条件では毒素の産生はみられない。これまでの調査研究による知見によると、芽胞の発芽及び菌の増殖に関する条件は以下の通りである。

(1)水素イオン濃度(pH)

芽胞の発芽及び菌の増殖について水素イオン濃度は大きな影響を与える。pH4.6以下では芽胞の発芽及び菌の増殖は起こらないことが知られている。

(2)水分活性(Aw)

芽胞の発芽及び菌の増殖にはある程度以上の水分が必要である。これは水分活性と呼ばれる、食品中の蛋白質や炭水化物等に結合せず、細菌が増殖に利用できる水分の量を表す指標を用いて示すことができる。
菌の増殖可能な最低の水分活性は蛋白分解性菌(A型、一部のB型及びF型)と蛋白非分解性菌(E型、一部のB型及びF型)とで異なり、蛋白分解性菌の場合0.94、蛋白非分解性菌の場合0.97程度である。また、芽胞の発芽可能な最低の水分活性は菌の増殖可能な最低の水分活性よりも低い傾向がみられる。
なお、菌の増殖に対する水分活性の影響はpHにより強く影響を受け、蛋白分解性菌と蛋白非分解性菌とで若干異なるものの、例えば、蛋白分解性菌の場合、pHが5.3であると、水分活性が0.98であっても増殖できない。

(3)酸化還元電位

ボツリヌス菌は偏性嫌気性菌であるので、酸素が極めて少ない条件下、すなわち一定以下の酸化還元電位を有する状況下のみで、芽胞の発芽及び菌の増殖がみられる。菌の増殖可能な最高の酸化還元電位は、+100〜200mV程度である。また、芽胞の発芽可能な最高の酸化還元電位は菌の増殖可能な最高の酸化還元電位に比べてやや高い傾向がみられ、+416mVで芽胞の発芽がみられるとの報告がある。

(4)温度

ボツリヌス菌の増殖最低温度、最適増殖温度は、蛋白分解性菌(A型、一部のB型及びF型)と蛋白非分解性菌(E型、一部のB型及びF型)とで異なる。蛋白分解性菌の増殖最低温度、最適増殖温度はそれぞれ10℃、37℃であるのに対して、非蛋白分解性菌の増殖最低温度、最適増殖温度はそれぞれ3.3℃、30℃である。

(5)食品添加物

ある種の食品添加物は一定の条件下においてある程度の芽胞の発芽抑制及び菌の増殖抑制効果が認められるとの報告がある。

なお、(1)〜(5)の組み合わせにより、相加・相乗的な抑制効果が認められる。


4 ボツリヌス菌(芽胞)が検出され、毒素が確認されない製品による食中毒

(1)消化管内の毒素産生性

毒素を含有しない食品によるボツリヌス食中毒は知られていない。しかし、ボツリヌス菌(芽胞)を含む蜂蜜を乳児が摂取した場合、ボツリヌス菌が腸内で発芽・増殖し、毒素を産生することにより発症する疾病(乳児ボツリヌス症)が知られている。
近年、成人においても特殊な病態にある者は乳児ボツリヌス症と同様の疾病の報告がある。

(2)乳児ボツリヌス症

ボツリヌス症の一型で、昭和51年(1976年)米国において特異な臨床例として報告された。ボツリヌス菌が腸管内で増殖する過程で産生される毒素により発症する。我が国では平成9年3月までに16例が報告されている。


5 ボツリヌス菌による環境等の汚染状況

ボツリヌス菌は芽胞の状態で土壌、河川、湖沼、海水、泥砂など自然界に広く分布している。環境から検出される毒素型は地域により特徴があり、その地域での食中毒事例の毒素型と関連が深い。米国のロッキー山脈西側ではA型菌の検出頻度が高く、ミシシッピー川以東ではB型菌の検出頻度が高い。Bottらは五大湖で魚類、水及び湖沼の泥砂についてボツリヌス菌の分布調査を行い、E型菌を高頻度に検出している。欧州の土壌からはB型菌が検出される頻度が高く、北欧及び日本の北側地域ではE型菌の検出される頻度が高い。

6 諸外国等における規制状況(略)

7 当面の対応等

(1)ボツリヌス菌(芽胞)は環境中に広く存在しており、食品中にも存在し得る菌(芽胞)である。

(2)ボツリヌス毒素が存在する食品は健康に重篤な被害を引き起こす。

(3)密封性の容器包装等に入れられた食品からボツリヌス菌が検出された場合には、原則として、健康被害を引き起こす可能性がある食品として取り扱うべきである。ただし、当該食品から毒素が検出されず、当該食品がpH4.6以下若しくは水分活性0.94以下又はこれと同等の条件下にある場合はこの限りではない。

(4)(3)のpH及び水分活性を満たす条件下にあっても、同一ロットから高率に菌(芽胞)が検出される場合や製品中に気泡が発生している場合など、製造工程における問題が強く疑われる場合には、製品中に多量の菌(芽胞)が存在している可能性が高く、これを用いた食品が保存された場合、菌が増殖し毒素を産生する可能性もあるので、当該製品はボツリヌス食中毒を引き起こすおそれがある。

(5)一方、乳児においては、蜂蜜を摂取した場合の乳児ボツリヌス症対策が講じられているところである(昭和62年10月20日保健医療局感染症対策室長、生活衛生局食品保健課長、生活衛生局乳肉衛生課長、児童家庭局母子保健課長通知、別紙9)が、これを一層徹底することが必要である。

(6)厚生省では、以上の結論を踏まえ、国民及び医療従事者等にボツリヌス菌に関する正しい知識の普及啓発を行うとともに、密封性の低酸性食品や水分活性の高い食品の衛生確保対策について今後検討する必要がある。


II 上気道感染症様(かぜ症候群様)症状が初発症状である食中毒について

1 福岡市におけるA群溶血連鎖球菌の集団発生について

(1)概要
福岡市によると、本事例の概要は以下の通りである。

(1) 発生の経緯

平成9年5月9日〜11日に福岡市で開催された会議の警備に当たった警察官2,676人中943人が11日頃から喉の痛み、発熱等の症状を訴え、うち119人が溶血連鎖球菌感染症と診断され、44名からA群溶血連鎖球菌を検出した。本件については、5月15日に福岡市に対して発生に関する情報提供があり、福岡市では情報収集を開始した。
(2) 原因究明等について
ア 共通食
 5月9日〜11日にかけて2業者が提供した弁当
イ 初発日
 5月11日
ウ 主症状
 のどの痛み、発熱
エ 県警への弁当提供数
 A業者:3,877食
 B業者:3,815食
A及びB業者は、県警以外に3日間でそれぞれ約6,000食、約17,000食を提供したが、このうち5月10日にA業者が提供した2グループ約20名がのどの痛み等を訴えていたことが判明。
オ 食品検査の結果
A業者が保存していた食品を検査したところ、だし巻き卵(5月10日製造)、だし巻き卵、サケ、牛肉の混合物(5月10日製造)からA群溶血連鎖球菌を検出した。
カ DNA解析等結果
DNA解析:患者咽頭由来株(10検体)と食品由来株(2検体)が一致した。
発赤毒素遺伝子のPCRによる検出:すべての菌株がspeBのみ存在した。
キ 以上より、福岡市では、本事例について、弁当が原因の可能性があると推定し た。

(2)主な食品に由来するA群溶血連鎖球菌による健康被害発生例

発生 発生場 患者 主な症状 原因食品
(原因施設)
昭和44年7月 埼玉県 69 発熱、頭痛、
咽頭痛
焼きそば
(学校給食)
昭和58年7月 東京都 583 咽頭痛 サンドイッチ

(3)福岡市の事例の評価
本件は、当初より、食品衛生法主管部局において食品との関連性を念頭に調査を進める必要があったと考えられる。
しかし、食品との関連を明らかにするとの観点からの原因究明については、喫食状況調査、原因と推定される業者に関する調査等必要な調査が十分に行われなかったため、これ以上の原因究明は困難であった。今後は、このような疾病もあることを念頭に当初から十分な調査を行う必要がある。

2 その他の上気道感染症様(かぜ症候群様)症状で初発した食中毒事例

本年、せき、咽頭痛、発熱等の上気道感染症様(かぜ症候群様)症状を初発症状として発生した集団食中毒事例として報告のあったものは以下の通りである。

発生 発生場 患者 主な症状 病因物質 原因食品
(原因施設)
5月7日 長崎市 8 下痢 カンピロバクター 不明
(学生寮)
5月15日 長崎市 9 下痢、発熱 カンピロバクター 不明
(学生寮)
5月22日 福岡県 385 発熱、咽頭痛
頭痛、倦怠感
下痢、腹痛
サルモネラ・エンテリティディ 豚肉マリネ、キャベツ、クラムチャウダー、新じゃが甘煮
(学校給食)
6月1日 長崎県 167 下痢、発熱 サルモネラ・エンテリティディ 氷菓
(アイスクリーム類製造)

このように、典型的な食中毒様症状(腹痛・下痢等の消化管症状、発熱等)以外の症状を初発症状とする食中毒事例が少なくないことから、上気道感染症様症状を初発症状とする事例にあっても食品との関連性も念頭において調査を行う必要がある。


III 腸管出血性大腸菌O157

1 発生状況

平成9年の腸管出血性大腸菌O157による食中毒等の発生状況は、7月9日現在、有症者累計668名、うち死者2名である。
なお、6月に岡山市内の病院、7月に千葉県の保育所において集団発生しており、現在、原因究明等が進められている。また、7月8日は、奈良県において81歳の女性がO157感染症により死亡している。

2 DNAパターン分析

前回の食中毒サーベイランス分科会(平成9年6月2日開催)以降に判明したDNAパターンの分析をみると、5月の京都市内における感染事例において同じDNAパターン(IIIe’ND III)がみられた。


IV その他

食中毒処理要領の速報の対象とされたエルシニアエンテロコリチカO8、カンピロバクタージェジュニ/コリ、サルモネラエンテリティディス、腸管出血性大腸菌(O157以外)による食中毒の4月から6月(6月30日現在)の有症者累計は、それぞれ、0名、1,009名、2,191名、92名である。


V 終わりに

今後、高温多湿の気候が続き、本格的に食中毒が多発する時期を迎えることから、改めて、集団給食施設、食品関係営業者、家庭等においては、衛生管理マニュアルの徹底等食中毒予防の徹底を図る必要がある。



【参考:用語解説】

1 芽胞とは

ボツリヌス菌などの特定の細菌は、環境が増殖に適さなくなると体内に芽胞と呼ばれる耐久性の強い特殊な細胞を作り、分裂や増殖をやめ休眠状態となる。この芽胞は、熱と乾燥に強く、100℃数時間耐えるものもある。乾燥した状態でも、数年から数十年にわたって発芽する能力を失わない。

2 グラム陽性、偏性嫌気性、桿菌とは

(1)グラム陽性及び陰性とは

オランダのグラムによって考案された細菌のもっとも一般的な染色方法。本法によって濃紫色に染色されるものをグラム陽性、赤色に染色されるものをグラム陰性といい、細菌の基本的な分類として用いられる。

(2)偏性嫌気性とは

細菌の増殖には、酸素の有無が影響を与えるが、酸素があると死滅するものを偏性嫌気性菌(ただし、芽胞は酸素があっても死滅しない。)、あってもなくても増殖できるものを通性嫌気性菌、酸素がないと増殖できないものを偏性好気性菌と呼ぶ。

(3)桿菌

細菌は形態上、球状、桿状、らせん状の3型に分類できる。ボツリヌス菌は桿状であり、桿菌と呼ばれる。

3 ボツリヌス毒素

ボツリヌス菌は、増殖時に分子量30万〜90万の蛋白質であるボツリヌス毒素を産生する。この毒素は、A型〜G型7つに分類される。
毒素は、腸管で吸収されたのち、神経細胞に作用し、アセチルコリンと呼ばれる物質の放出を抑制することにより、神経の機能を障害し、ボツリヌス中毒の様々な症状を呈する。毒素の型による症状の差はない。
毒素は易熱性で、80℃30分、または、100℃1、2分の加熱により容易に毒性を失う。

3 酸性度

芽胞の発芽、菌の増殖等について水素イオン濃度(酸性度)は大きな影響を与える。水素イオン濃度(酸性度)はpH(ぺーはー)という単位で表され、中性が7、数字が小さくなるほど産生が強くなる。pHメーター等で測定する。

4 水分活性

菌の増殖にはある程度以上の水分が必要である。これは水分活性と呼ばれる食品中の蛋白質、炭水化物等に結合せず、細菌が増殖に際して自由に利用できる水分(遊離水分、自由水)の量を示す指標(水分活性:Aw)を用いて示すことができる。水分活性は、何も含有しない水の場合1となる。食塩や、砂糖等が食品に含まれると水分活性は低下する。
測定は、水分活性が水分の蒸発量に影響することを利用して行う。

5 酸化還元電位

ボツリヌス菌は偏性嫌気性菌であるので、酸素が極めて少ない条件下でしか芽胞の発芽及び菌の増殖はみられない。酸素の含有量を示す指標が、酸化還元電位で、高い酸化還元電位では芽胞の発芽及び菌の増殖はない。酸化還元電位は、酸化還元電極を装着したpHメーターで測定する。

6 乳児ボツリヌス症

(1)概要

乳児ボツリヌス症は、1976年米国で発見されたボツリヌス菌による新しいタイプのボツリヌス症である。ボツリヌス菌芽胞を摂取し、当該芽胞が大腸内で増殖し産生された毒素により発症するものである。1986年以降、わがくにでは、生後6月以内の乳児の発症が16例把握されている。

(2)症状

頑固な便秘状態が3日以上続いた後に母乳、人工乳に関係なく吸乳力が低下し、泣き声も弱くなり、顔面無表情や筋肉(特に頸と手足)の弛緩を呈し、次第に全身の筋力低下(嚥下困難、口腔内唾液貯留、瞳孔散大、対光反射減弱、眼瞼下垂咽頭反射減弱等)が著明となる。重症例では、呼吸困難、呼吸停止が起こる。通常、嘔吐、下痢、発熱は見られない。

(3)治療

対症療法が基本。

(4)感染源

蜂蜜、土等が考えられるが、北米、南米、ヨーロッパ、オーストラリアで、報告された約650例症例の内、約1/3は蜂蜜を介していボツリヌス菌を摂取したことが判明している。米国では市販蜂蜜の10〜15%からボツリヌス菌が検出されている。我が国においても昭和61年度厚生科学研究事業の報告では、巣箱から直接採取したもの、市販品、国産品、輸入原料及び輸入製品、計512検体の内27検体(5.3%)から、ボツリヌス菌が検出されている。


 問い合わせ先 厚生省生活衛生局食品保健課
    担 当 新木(内2444)、中山(内2450)
    電 話 (代)[現在ご利用いただけません]

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