巻貝:唾液腺毒
1 | 有毒種 | エゾバイ科エゾボラ属(Nepunea)の多くの種類(ムカシエゾボラN. antiqua [1-3]、ヒメエゾボラ N. arthritica [2-8](図1)、 アツエゾボラN. bulbacea [7]、チヂミエゾボラN. constricta [6]、チョウセンボラNeptunea cumingii [9]、クリイロエゾボラN. eulimatalamellosa [7]、 コエゾボラモドキN. intersculpta f. frater pilsbry [7]、マルエゾボラモドキN. intersculpta f. pribiloffensis [7]、 ヒメエゾボラモドキ N. kuroshio [10]、ウネエゾボラN. lyrata [11, 12]、エゾボラN. polycostata [6, 8, 11]およびフジイロエゾボラN. vinosa [7])が 有毒であることが証明されている(エゾボラ属の巻貝はすべて有毒と思われる)。その他、エゾバイ科エゾバイ属のスルガバイ[4]、 フジツガイ科のアヤボラ[5]およびテングニシ科のテングニシ[7]も有毒である。これら巻貝はツブとかツブ貝として市販されている (エゾバイ属の無毒種もツブやツブ貝として流通しているので紛らわしい)。地域によってはエゾボラモドキやチヂミエゾボラは赤バイとも呼ばれている (こういう地域では、エゾバイ属のエッチュウバイを白バイと呼んでいる)。有毒部位は唾液腺(図1)に限られている。 図1 ヒメエゾボラの写真. 左:貝殻と蓋、右:むき身(矢印は唾液腺) |
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2 | 中毒発生状況 | 2003-2023年の中毒発生状況を表1に示す。 表1 巻貝唾液腺毒による中毒発生状況(推定を含む。)
毎年数件程度の中毒が発生している(2008年は12件と非常に多かった)。死亡者はいない。 エゾボラ属巻貝は、チョウセンボラのように対馬暖流海域に生息している種類もいるがほとんどは寒海性であるので、テトラミン中毒も従来は 北海道や東北地方で圧倒的に多かった。しかし近年、流通の広域化のためか中毒も広域化の傾向がみられる。例えば2002〜2008年に発生した テトラミン中毒30件のうち、北海道では3件、東北地方では6件で、残り21件はその他の全国各地で発生している。なお、中毒原因になる巻貝は 酒のつまみにすることが多く、中毒症状(酩酊感)との関連で実際には中毒にかかったとしても酒に酔っ払ったとして見過ごされているケースも かなりあると思われる。 |
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3 | 中毒症状 | 食後30分から1時間で発症し、激しい頭痛、めまい、船酔い感、酩酊感、足のふらつき、眼底の痛み、眼のちらつき、嘔吐感などがみられる。 通常数時間で回復し、死亡することはない。酒に酔ったような症状があることから、原因巻貝は地方によっては酔い貝として知られている。 また、眠気を催すことからヒメエゾボラはネムリツブとも呼ばれている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4 | 毒成分 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(1)名称および化学構造 | テトラミン (CH3)4N+ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(2)化学的性状 | 水溶性。加熱に対して安定で、通常の調理では毒性は失われない。 また、加熱調理により、唾液腺中のテトラミンの一部は筋肉や内臓、煮汁に移行する[6, 13]。 緩慢解凍によってもテトラミンの一部は筋肉や内臓に移行する[13]。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(3)毒性 | マウスに対するLD50(塩化物):24 mg/kg(経口投与)、16 mg/kg(腹腔内投与)[14] メダカに対する最小致死濃度(塩化物):0.1 mg/ml [15] |
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(4)中毒量 | テトラミンのヒトでの中毒量は橋本[16]によれば350〜450 mgとされている。 ヒメエゾボラの場合、1個体の唾液腺重量は1-2gでテトラミン含量は数mg-10 mg/gであるので、中毒量は貝20-30個に相当する。 しかしながら実際にはもっと少数の貝を食べても中毒は発生しているようで、約10 mgという少量でも発症することを示唆する報告もある[6]。 テトラミンの中毒量は50 mg以上(ヒメエゾボラ数個以上)[10]というのが妥当だと思われる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(5)作用機構 | クラーレ様作用(神経筋遮断作用)および副交感神経系の刺激作用を示す。中毒症状はこれらの作用で説明できる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(6)分析方法 |
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5 | 中毒対策 | 唾液腺を除去すれば中毒は防止できる。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
6 | 参考事項 | フジツガイ科のカコボラの唾液腺にはタンパク毒(echotoxin)が高濃度に含まれている[19]。 Echotoxinは25 kDaの単純タンパク質で一次構造も明らかにされているが[20]、60℃、10 minの加熱で完全に毒性を失うので、加熱調理さえすれば 唾液腺を除去しなくても食品衛生上の問題はないと思われる。カコボラの他、フジツガイ科のボウシュウボラやエゾバイ科のエゾバイも唾液腺は 有毒であることが報告されているが[11]、毒成分についてはよくわかっていない。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
7 | 文献 |
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