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公衆衛生問題としてのハンセン病制圧の最終推進戦略 −質問と答 第二版−(世界保健機関2003年)

(2004.2.2現在)


公衆衛生問題としてのハンセン病制圧の最終推進戦略
The Final Push Strategy to Eliminate Leprosy as a Public Health Problem

質問と答
Questions and Answers

第二版
Second Edition

世界保健機関 (WHO) 2003年


この冊子で採用した称号は、諸国家、領地、都市やその権限のおよぶ範囲、領域の法的な状況や、国境や境界線の決定に関する、世界保健機関の見解を表現したものではない。地図の点線は、いまだ多くの同意を得られていない可能性がある境界線を、おおよそで表している。

特定の企業や製造物についての記述は、それらが、同じような性質のものに比べて優れていると、世界保健機関によって保証あるいは推薦されているということを意味するものではない。誤記や不作為は除き、特許物の名前は、頭を大文字で表記した。

世界保健機関は、この冊子に含まれている情報が完全で、正確であると保証していない。よってそれらを使用した結果生じる、どのような損害にも責任を負うものではない。


日本語訳について

この日本語訳は、以下の翻訳であり、原著の著作権はWHOにある。(This is a Japanese translation of the publication stated below, and the copyright belongs to World Health Organization.)

The Final Push Strategy to Eliminate Leprosy as a Public Health Problem. Questions and Answers. Second Edition, World Health Organization 2003 (WHO/CDS/CPE/CEE/2003.37)
By Leprosy Elimination Group, World Health Organization, CH-1211 Geneva 27, Switzerland

ジュネーブWHOのハンセン病制圧プログラムより、日本語翻訳の許可を得た。(Japanese translation was permitted by Leprosy Elimination Programme, WHO/Geneva)

翻訳は後藤正道が責任者となり、東 大樹、久保信英、石井千代の協力を得て行った。(This translation was performed by Masamichi Goto, Hiroki Higashi, Nobuhide Kubo and Chiyo Ishii.)

この翻訳にあたっては、平成15年度厚生労働科学研究・特別研究事業「ハンセン病患者及び元患者に対する一般医療機関での医療提供体制に関する研究」の補助金を受けた。

(訳注:Eliminationの日本語訳として、WHO事務局の湯浅洋氏にならい、「制圧」を使用した。)


目次

序文

戦略的な問題 - 公衆衛生問題としてのハンセン病の制圧
STRATEGIC ISSUES - THE ELIMINATION OF LEPROSY AS A PUBLIC HEALTH PROBLEM

1.なぜ公衆衛生問題としてのハンセン病の制圧(elimination)が実行可能か?
2.公衆衛生問題としてのハンセン病の制圧とはどういう意味か?
3.制圧戦略の効果はどのようなものであったか?
4.制圧への努力が直面する主な問題点は何か?
5.新患発見数が高いことは、制圧戦略が失敗したことを意味するのか?
6.なぜ有病率が制圧の尺度として選ばれたのか?
7.どうしてハンセン病の撲滅(eradication)ではなく制圧(elimination)を目指すのか?
8.ハンセン病コントロールとハンセン病制圧の違いは何か?

ハンセン病の制圧のための世界的な同盟と「最終推進」戦略
GLOBAL ALLIANCE FOR ELIMINATION OF LEPROSY AND THE FINAL PUSH STRATEGY

9.なぜ世界的な同盟が創られ、ハンセン症制圧のための「最終推進」が始められたのか?
10.「最終推進」戦略の鍵となる要素は何か?
11.世界的な同盟の創設の後に、国のレベルで成し遂げられたのは何か?
12.制圧のゴールが達成されつつあるハンセン病の多い国々で、将来どのよな問題が起こりうるか?
13.制圧への努力が成功したことによって、ハンセン病へのサポートは減少しつつあるのか?
14.2005年以降も、ハンセン病の新患は発生し続けるのか? もしそうであれば、それはどのように説明できるか?

一般保健サービスへの統合
INTEGRATION WITHIN THE GENERAL HEALTH SERVICES
(訳注:ここでの「一般保健サービス」General health serviceとは、Primary Health Care Systemを前提としている。その実施の中心となるのは交番程度の規模のミニ保健所で、原則として保健師・助産師が常駐している。)

15.一般保健サービスにハンセン病を統合することはなぜ重要か?
16.現場(field)において統合を行なうには何が基本的に必要か?
17.MDTサービスの利用が簡単というのはどういう意味か、またそれはどうして重要なのか?
18.一般保健サービス従事者には、どのようなタイプの訓練がなされるべきか?
19.どうしたら、患者さんに親切でわかりやすい方法でMDTが提供できるのか?
20.Accompanied MDT (A-MDT)とは何か、どうしてそれが導入されたのか?

知識を伝えるための戦略 COMMUNICATIONS STRATEGY

21.なぜ、我々はハンセン病のイメージを変える必要があるか?
22.地域社会(community)にとって、ハンセン病についての最も重要なメッセージは何か?
23.地域社会への効果的なキャンペーンのための核となる手段(channel)は何か?
24.地域社会キャンペーンはいつ開始すべきか?
25.なぜ地域社会はハンセン病制圧活動に積極的に関与しなければならないのか?

ハンセン病を制圧するための特別キャンペーン
SPECIAL CAMPAIGNS TO ELIMINATE LEPROSY

26.特別キャンペーンとは何か?
27.実際のキャンペーンの期間中に、どんな活動が行われるのか?
28.特別キャンペーンはどこで必要か?
29.どうして全ての症例を発見するための戸別の調査を行わないのか? ハンセン病の可能性のある徴候を持つ人々が自分で報告するのを待つのはなぜか?
30.特別キャンペーンを実施する場合に遭遇する主な困難はなにか?
31.特別キャンペーンはどのように評価される予定か?

技術的問題点 TECHNICAL ISSUES

多剤併用療法 Multidrug therapy (MDT)

32.MDTの開発において根拠となった原理はなにか?
33.ハンセン病に推薦される標準治療方法は何か?
34.MDTがMBとPBハンセン病で効果的であるという証拠は何か?
35.MDTに含まれる薬が、互いの抗菌活性を阻害する可能性があるか?
36.MDTはハンセン病の「反応」やその重症度をを減少させる効果があるのか?
37.リファンピシンはなぜ毎月1回だけ投与されるのか?
38.クロファジミンを毎日投与に加えて毎月一回投与するのはなぜか?
39.MDTは抗ハンセン病薬に対する薬剤耐性の出現を防ぐことができるのか?
40.MDTは残存している菌(persisting M.leprae)を除去することができるか?
41.MDTは結核を罹患している患者には禁忌か?
42.MDTはHIVを罹患している患者には禁忌か?
43.妊娠と乳汁分泌の期間は、MDT服用は安全か?
44.クロファジミンによる皮膚の色調変化(discoloration)は、どれくらいの期間でなくなるのか?
45.MDTが公衆衛生に最も効果的で経済的な介入の一つと思われるのはなぜか?

他の抗ハンセン病薬 Alternative antileprosy drugs

46.MDTで使用される以外にも抗ハンセン病薬はあるのか?
47.副作用または禁忌のためにMDTを使用できない患者には、どのような治療ができるか?

診断のためのスメアを続けないこと
Discontinuation of skin smears for diagnosis

48.どうして皮膚スメア検査を止めたのか?

多菌型(MB)患者に対するMDT治療期間の短縮
Shorter duration of MDT treatment for MB patients

49.なぜ、MB患者のMDTの治療期間は12ヵ月と短くなったか?
50.高い菌指数を示すMB患者に12ヵ月のMDT治療を行う場合、予想される問題点があるか?
51.MB患者へのMDT治療期間を短縮することは、リファンピシン耐性菌出現の危険をふやすか?

ワクチンと予防的化学療法 Vaccines/Chemoprophylaxis

52.ハンセン病に対して、効果的なワクチンがあるか?
53.ハンセン病に対して発症予防効果のある薬剤があるか?

実施上の問題点 OPERATIONAL ISSUES

治療の受け入れと脱落者 Compliance/Defaulters

54.PB-MDTの6回分が9ヵ月以内に服用完了され、MB-MDTの12回分が18ヵ月以内に服用完了されることは重要か?
(訳注:1回分とは、1ヶ月分のカレンダーパックを指す。)
55.患者が規則正しく治療しない場合には、何をしなければならないか?
56.脱落者(defaulter)とは何か? 脱落者が治療を再開するためには何がなされるべきか?

再発か反応か Relapse vs reactions

57.患者が治療を止めたあと、再発はどうやって確認できるのか? 再発を種々の型の反応と区別するためにはどうすれば良いか?
58.以前にダプソン単独治療で治癒状態になった人は、MDTで再治療すべきか?

反応の管理 Management of reactions

59.らい反応はどのように治療すべきか?
60.重症のENL反応はどのように治療すべきか?
61.らい反応を起こした患者の治療のためにサリドマイドを入手する計画を、WHOは援助できるか?
62.現場でのらい反応の管理のためのPrednipacsTMの使用に対して、WHOはどのような立場を取っているか?

患者登録 Registers

63.治療登録を最新のものにしておくことは、なぜ重要か?
64.患者をいつ治癒とみなして治療登録から削除すべきか?
65.治療終了後の患者の積極的なサーベイランスは不可欠か?

良い実践 Good practice

66.ハンセン病管理という面からの良い実践とは何か?

WHOの役割 ROLE OF WHO

67.制圧へ向けて確実に前進するために、WHOの役割は何か?
68.どの国も、WHOを通じて無償のMDTの供給を要請できるか?
69.ハンセン病に関連した障害を予防しケアするための、WHOの役割は何か?

ハンセン病プログラムで良く使われる用語


序文

何世紀もの間、ハンセン病患者の福祉と広い地域の福祉のためという考えのもとで、ハンセン病患者は故郷から追い出され、「ハンセン病療養所」に隔離された。子供たちは、しばしば長期にわたり両親から引き離された。今日、世界中どこでもハンセン病と診断されたすべての人々は完全に通常の生活を送りながら治療を受け、治癒することができる。今や課題は、薬剤などの供給システム(logistics)の確保であり、インフラ整備であり、決断と献身であり、この病気によってこれ以上人生が踏みにじられないと保証するという目的が達成されるまで協力を続けることである。

我々の活動の主な目的は、ハンセン病を一般保健サービスに統合することに重点を置かなければならない。あらゆるレベルにある保健ワーカーは、ハンセン病を診断するために必要とされる簡単な方法を教えられなければならない。そして、ハンセン病患者が可能な限り家庭から近い場所で治療を受けられるようにするため、多剤併用療法(MDT)は、あらゆる主要な保健センターで利用できるようにされなければならない。我々は、治療を利用し易いものにするように努めているが、同時に重要なことはハンセン病があらゆる他の治療可能な病気と同じ見方で見られるような肯定的な環境をつくることにであろう。我々の役割は、政策決定者、保健事業従事者や地域社会が、彼らの家庭や学校、村からハンセン病を制圧する努力は、成し遂げられるものだと理解するように支援することである。我々は、「ハンセン病を恐れる必要はない」、「ハンセン病は治癒できる病気である」、そして「治療は無料で受けることができる」という分かり易いメッセージを彼らに明確に伝えなければならない。ハンセン病のない社会を創るために、我々の使えるすべての手段を使うべきである。

しかしながら、ハンセン病制圧に向けた、この「最終推進」(final push)における重大なファクターは、人的要素である。我々が必要としているのは、率先して新たな発想を持って前進することを恐れない人々、つまりこの世界的な取り組みの中で活動的なパートナーとなることを望む人や、自分たち自身や自分たちの家族のためにより安全で幸せな生活を要求する人である。私は、この冊子が陰ながら、「最終推進戦略」や多剤併用療法への、よりよい理解に向けた手助けになることを、そしてハンセン病制圧での「最終推進」に貢献することを心から望みたい。我々は、読者からの、プログラムの改善のためのコメントや助言を期待している。

Dr. David Heymann
感染症部門総責任者
WHO, ジュネーブ, 2003


戦略的な問題−公衆衛生問題としてのハンセン病の制圧
STRATEGIC ISSUES - THE ELIMINATION OF LEPROSY AS A PUBLIC HEALTH PROBLEM

1. なぜ、公衆衛生問題としてのハンセン病の制圧が実行可能か?

ハンセン病は制圧のための厳しい基準に合った、数少ない感染病のひとつである。

たった1つの感染源しかない:それは未治療のヒト感染者である。
実用的で簡単な診断手段が利用可能である。:ハンセン病は、臨床的症状のみで診断ができる。
感染を阻止するための効果的な処置の有効性:多剤併用療法(MDT)。
通常の場合、病気が最近発症したという新患incident casesは、罹患者数に対してごくわずかな割合に過ぎない。ある一定レベル以下の罹患率では、病気の復活はありえない。
結核と違って、ハンセン病の状況は、HIV感染によって悪い影響を受けているとは思われない。

2. 公衆衛生問題としてのハンセン病の制圧とは、どういう意味か?

1991年に、世界保健会議は2000年までに公衆衛生問題としてハンセン病を制圧するための決議文を採択した。「制圧」を1万人に1人以下の有病率にすることと定義した。2000年の終わりには、世界的なレベルではこれは達成されたが、幾つかの国では各国レベルでの目標を達成するために、いまだ更なる努力が必要とされている。

制圧戦略は、患者調査を行い、すべての患者にMDTで対処することで、病気による負担を非常に低いレベルにまで引き下げることを基本としている。この負荷の低いレベルならば、らい菌の感染は、かなりの割合で減少するので、地域における新患の発生も徐々に減少してくるだろう。戦略の鍵は、すべての新患がMDTサービスを確実に継続して受けられるようにすることであろう。

3. 制圧戦略の効果はどのようなものであったか?

ハンセン病制圧戦略は、重要な物資や政治的な約束を動員することを可能にした。その結果、大規模にMDTが実施された。MDTの大規模な実施により、多くのハンセン病の未治療者や新患が治療の場にあらわれた。こうして、地域にいる感染者数は減少している。1,200万人以上の患者が発見されて、MDTによって治癒した。それに加え、およそ400万人が、後遺症による変形をまぬがれた。この甚大な影響だけでも、制圧プログラムは十分に正当化される。

過去18年にわたって、世界的な有病率は、全体として90%減少した。2000年の終わりには、ハンセン病は、世界レベルでは、公衆保健問題としては制圧された。いまや2003年上旬には、110ヶ国が、各国レベルで制圧目標を達成した。そしてハンセン病が公衆衛生問題として残されたのは、12ヶ国だけになった。

ハンセン病問題は、いまでは、最も患者数の多い(endemic)5ヶ国に集中している。(ブラジル、インド、マダガスカル、モザンビーク、ネパール)。この5カ国は、罹患者(有病率)の83%、そして世界中で発見された患者の88%を占めている。これらの5ヶ国の合計の有病率は、およそ1万人に4人となっている。

ハンセン病に対するサービスの実施範囲が拡大され、住民も、治癒のことや治療が地域の保健施設において無料で受けられることを一層よく知ることができるようになったので、毎年、約60万人の新患が発見されている。

4.制圧への努力が直面する主な問題点は何か?

制圧戦略を実施する際の主な問題点は、技術的なことよりも、むしろ現場における取り組みである。

制圧戦略の核心的要素は、ハンセン病患者全員が、MDTの薬剤を無料で入手可能になることである。しかしながら戦略の実施は、現場で、特にかつて実施対象とされていなかった地域において受け入れられることが必要である。これらの地域は、概して保健管理の基盤が弱く、地理的、社会的、経済的、文化的なあらゆる見地からみて、制圧の働きかけが困難である。

ハンセン病の診断と治療が、まだ中央集権的な活動で、しばしば特定の専門家によってだけ指導され続けているという事実は、取り組み上の大きな問題の一つである。その上、幾つかの国に取り入れたガイドラインは、融通が利かず、複雑なもので、その結果として、これらの国々の患者はMDTを十分に受けられない状況が生じている。
こうした状況は、まだ相当数の隠れた患者が感染の温床として残っており、地域社会に病気を拡散させている一因となっている。患者がMDTを十分に受けられない状況を生じさせる他の理由は、MDTサービスの対象地域が充分にカバーされていないこと、無料で効果的な治療を受けられることを認識している地域が少ないことや、偏見である。これらすべてのことは、時として診断の遅滞、高い障害発生率、低い治癒率という悲劇的な結果を生み出す。ハンセン病への強い恐怖は、感染した患者個人やその家族への社会的偏見を伴いながら、まだ持続しているのである。

村レベルで、一般保健従事者を活用し、患者に親しみやすく、複雑でないサービスにするといった、単純化された診断や治療へ容易なアプローチが求められている。そうすれば、患者は、彼らの日常生活への障害を最低限にして、治療を行うことができるからである。

5.新患発見数が高いことは、制圧戦略が失敗したことを意味するのか?

制圧戦略の必須要素は、‘ハンセン病制圧運動’を行うことと同様に、この戦略を一般保健サービスに統合することによって、ハンセン病サービスの対象地域を地理的に拡大することである。今までの多くの未発見者が、診断と治療を求めて集まってくるので、短期的な新患の増加は、避けられないことであると同時に、望ましいことでもある。経験的に、新たに発見された患者のほとんどが、実際には長年にわたりハンセン病を患ってきていたということがわかっている。過去数年以内に発病したというような、本当に新規に発生した患者は稀である。

地域社会における、ハンセン病の感染を制圧する取り組みの影響を追跡する最良の指標となるような適切な手段が欠如することは、ハンセン病の発生率を評価することを不可能にする。 2番目に良いとされている指標−新患発見率−は、直接的な制圧活動に左右されるので、感染の信頼できる指標とはならず、大きな限界がある。

疫学的な見地からすると、新患の発見数の増加は、制圧に向けた前進と両立しうる。 多くの国で、数年間にわたってMDT治療を実施した後に、年間新患発見率の大きな低下を達成できることが示されている。いくつかのハンセン病が多い国々で報告された、比較的安定した新患発見率という逆説的な傾向は(著しかったのは、世界での年間患者発見率の78%を占めているインドである)、疫学的な要素というよりはむしろ、いくつかの取り組み上の、また行政上の問題点の結果であろう。

6.なぜ有病率が制圧の尺度として選ばれたのか?

一年間で何人が新患として発見されて、何人が治癒したかを計算することで、病気の荷重のバランスを示すので、年末における有病率は、単純で簡単な理解しやすい指標である。

公衆衛生問題としてハンセン病を制圧するための戦略の主な目標は、非常に低いレベルにまで病気の荷重(burden)を引き下げることである。今日、以前は対象となっていなかった地域や、サービスの乏しかった地域に至るまでMDTサービスが拡大してきているので、毎年発見される新患のほとんどは、数年前に病気に罹患したが、種々な理由で発見されずにいた人となっている。本当の「新しい」新規の患者、彼らは、ほんのここ数年で病気がおこってきた人たちであるが、こうした人たちの数は、総発見者数のごくわずかな割合を占めるに過ぎないのである。ハンセン病には長い潜伏期間があることと、地域での感染レベルを調査する手段が欠如していることによって、標準的な方法で発生率を調査することや、発生率を判断基準として利用することは不可能となっている。

WHOは、制圧に向けた進歩の指標として登録された罹患率を使用することの限界を、十分に認識している。しかし、現実的な代替手段がない状況では、おそらく罹患率は、指標として利用しうる最善のものである。さらに、WHOは、指標としての罹患率の精密さと妥当性を改良することを特別に推奨してきている。たとえば、WHOは、ハンセン病登録者の定期的な更新を推奨している。なぜならば、回復者を登録したままにすると、その地域でのハンセン病の荷重を過大評価することになるからである。一方、ハンセン病サービスが地域的に利用不可能で、それゆえ住民が治療を求めることが困難な地域では、病気の荷重は、過小評価されることになっている。

7.どうしてハンセン病の撲滅ではなくて、制圧を目指すのか?

撲滅(eradication)は、世界中でその原因となる病気や有機物が完全になくなることを意味する。現在、私たちは、人々をハンセン病の発症から守る手段と、不顕性の患者の診断と治療を行う手段の両方を欠いている。これらに対して必要な手段を考案し展開させていくには、多大な資源・財源が必要となるだろう。そして、死亡率の高いマラリアや結核のようなほかの病気への必要性と比べたとき、正当な理由を見つけることは不可能である。

8.ハンセン病コントロールとハンセン病制圧の違いは何か?

ハンセン病コントロールは、制圧に比べて、より限定されて概念であり、MDTを全地域で完全に達成することは必ずしも必要ではなく、ハンセン病患者を発見して治療することを基本としている。ハンセン病コントロールサービスは、一般保健従事者によってというよりはむしろ、通常専門スタッフによって行われている。それに比べ、ハンセン病制圧は、以下の点で優れている。

地方の保健診療所(local health clinics)において無料でMDTを利用出来る。
特定の時間的枠組みの中で一定の目的に向けて活動するための、一般保健サービスの自発的な意向で行える。
強力なキャンペーンを通じて地域社会の積極的な参加が可能であること、である。


ハンセン病の制圧のための世界的な同盟と「最終推進」戦略
GLOBAL ALLIANCE FOR ELIMINATION OF LEPROSY AND THE FINAL PUSH STRATEGY

9.なぜ世界的な同盟が創られ、ハンセン病制圧のための「最終推進」が始められたのか?

ハンセン病制圧戦略は今日までにかなり業績をあげているにもかかわらず、多くのやるべきことが残っている。ハンセン病患者がまだ多数いる国々においてMDT治療を採用し実施するには時間がかかり、幾つかの国においてはMDT治療を全土に普及できていない。ハンセン病が風土病として最も多く存在する上位5つの国をあわせた病気の有病率は未だに制圧目標のほぼ4倍である。

この挑戦の成功の鍵はMDT治療を早急に普及させることや、その地域の保健機関や自治体にハンセン病制圧に対しての責任をもたせることにある。WHOは協調と協力によって目標は達成されうると信じている。

WHOの主導において、ハンセン病制圧のための世界的同盟(GAEL/ GLOBAL ALLIANCE FOR ELIMINATION OF LEPROSY)が1999年11月に設立され、過去のハンセン病制圧の経験に基づいた共通戦略を採用して強力に実施し、効果的な監視を行うことが目的とされた。GAELは世界保健総会(World Health Assembly)の委任をうけて行動目標を定めた。すなわち世界的レベルでのハンセン病制圧の後の次の挑戦は、2005年までにそれぞれの国レベルで制圧がなされることである。2000年から2005年の間に250万から280万の人々が発見されて治療されることが期待されている。

GAELは鍵となる組織を統合する役割を担う。その組織とは?ハンセン病が風土病として存在する国々の政府、WHO、日本財団/笹川記念保健協力財団、ノバルティス/環境維持開発のためのノバルティス基金?である。また、GAELは患者や地域社会、デンマーク政府国際開発機関DANIDA(Danish International Development Assistance)、ブラジルのMORHAN (Movimento de Reintegracao de Pessoas Atingidas pela Hanseniase)とPastoral da Crianca、国際障害者機関、世界銀行などのハンセン病に興味を示すすべての機関と緊密に連携を保っていく。こうすることでフィールドレベルでのより効果的で整理されたパートナー間協力体制へとなってきている。

10.「最終推進」戦略の鍵となる要素は何か?

「最終推進」戦略の鍵となる要素は以下の点である。

治療へのアクセスを改善するために、一般保健サービスへハンセン病関連サービスを統合すること。
一般保健ケアスタッフがハンセン病を診断し治療することが可能な能力を身につけること。
保健センターに十分なMDTを用意できるような供給体制を作ること。
ハンセン病に対する社会の認識を変え、早期に治療を受けるよう患者を励ますこと。
適応性が高く患者に受け入れやすい薬剤供給システムで、高い治癒率を確保すること。
制圧への前進を見守るためのモニター活動を簡素化すること。

11.世界的な同盟の創設の後に、国のレベルで成し遂げられたのは何か?

GAELの最初の3年間の活動の焦点は、最もハンセン病が風土病として存在する国々の状況を評価すること、現地の実状をよく理解すること、対象地域の状況に適した戦略を採用することに置かれていた。しかし保健に関するインフラ整備の不足や政治的緊迫、武力衝突、目的地にたどり着けないということなどから幾つかの地域でのハンセン病に関する情報は不足し事業の遂行が困難である。

優先順位の高い国々において起こっている鍵となる組織変化は以下のようなものである。

強い垂直プログラムvertical programmes[訳注:専門家によるハンセン病医療システム]は非常に低いMDT普及率となっているので、MDT普及率を改善するために、それらを一般保健サービスに統合しつつある(多くの国では一般保健ケア施設の10%未満しかMDTサービスを供給していない)。
高度に中央管理化されたハンセン病制圧活動が、非中央化の道を示しつつある。それによってハンセン病制圧の責任所在が地方やその場所の保健組織に移りつつある。
一般保健ケアワーカーは、ハンセン病の制圧に責任を持てるように、方向づけされ再訓練されている。
垂直プログラムで働いていたスタッフは一般保健ワーカーをサポートするという新しい役割を与えられている。あるいは他の疾患コントロールプログラムのための任務や訓練を受けている。
ハンセン病制圧活動に対する地域の認識や参加度は改善されてきている。
治癒率は、簡素化された治療ガイドラインやMDT薬剤の供給システムの改善によって、特にMDTサービスのアクセス困難な地域で改善されつつある。

12.制圧のゴールが達成されつつあるハンセン病の多い国々で、将来どのような問題が起こりうるか?

私達はすべて以下のような問題に対して警戒しておく必要がある。

MDTサービスへのアクセスを改善しMDTを地理的にもれなく普及させるためには一般保健サービスへのMDTサービスを統合させる必要があるが、それに参加できないこと。
統合の後に、垂直プログラムの役割を再定義し、そこで働いていたスタッフに新しい役割を与えるのに失敗すること。
初期に自己満足してしまうほど成功してしまうこと。そうなると保健サービスは高いMDT普及率を維持できなくなってしまう。
保健に関するインフラが存在しないかあっても弱いためアクセスの困難な地域や人々へのMDTサービスの普及が広がらないこと。
例外的状況が起こること。暴動や自然災害などの要因で既にMDTが普及している地域で保健サービスが完全に崩壊してしまうことなど。

13.制圧への努力が成功したことによって、ハンセン病へのサポートは減少しつつあるのか?

時間とともに政治家やプログラム管理者、経済的支援者の参加が減少していくというリスクは常にある。特に制圧プログラムの結果でハンセン病患者の数が急激に減少した場合はそうである。さらに、他の保健的優先事項であるHIV/AIDS、マラリア、結核などの影に簡単にハンセン病が隠れてしまう可能性がある。しかしながら現在までのところ政策決定者のモチベーションが衰退したという徴候はない。むしろ反対に、現実に制圧事業が達成され自信をつけたことを反映して国ごとのプログラムが進行して来ているようである。

14.2005年以降も、ハンセン病の新患は発生し続けるのか?もしそうであれば、それはどのように説明できるか?

2005年以降も少数であるが新患が発生し続ける。なぜならこの病気は数年前に感染した患者が長い潜伏期間を経て発症するからである。

しかしながら、統合されたサービスやMDT治療の未普及地域への普及、地域社会の認識改善によって新患の数は漸次減少すると予測されている。


一般保健サービスへの統合
INTEGRATION WITHIN THE GENERAL HEALTH SERVICES
[訳注:ここでの「一般保健サービス」General health serviceとは、Primary Health Care Systemを前提としている。その実施の中心となるのは交番程度の規模のミニ保健所で、原則として保健師・助産師が常駐している。]

16.一般保健サービスにハンセン病を統合することはなぜ重要か?

統合化はハンセン病サービスの普及を高め、地域社会に供給される基本保健サービスの不可欠な要素となる。統合化によって以下のことがなされる。

ハンセン病サービスへの患者のアクセスを改善し、それによって早期治療を確実にする。
治療困難で恐ろしい病気であるというハンセン病に対する特別な認識を拭い去り、ハンセン病は治療可能な他の普通の病気と同様に治療されうるという認識を確実にする。
MDTサービスは最も近い保健センターで毎日供給されることを確実にする。
ハンセン病に関する基本的情報を供給するだけでなく、診断し治療できる人々のネットワークを広げる。
ハンセン病サービスをあらゆる集団(女性、あらゆる種族、田舎、その他めぐまれない人々や少数グループなど)に分け隔てなく公平にアクセスできるようにする。
地域社会のハンセン病に関する負担を減らすことに大いに貢献する。

16.現場(field)において統合を行うには何が基本的に必要か?

WHOはすべての国において制圧というゴールに到達し維持するために「最終推進」戦略において統合化を進めてきている。WHOによって指示されている基本的な5つの原則は簡単である。

ハンセン病が風土病として存在する国におけるあらゆる保健施設は平日すべてにおいてMDTサービスを供給するべきである。
訓練を受けたスタッフが少なくとも一人はそれぞれの保健施設にいるべきである。
十分な量のMDT薬剤が無料で患者に提供されなければならない。
情報(Information)、教育(Education)、コミュニケーション(Communication)(IEC)が患者やその家族、そして地域社会の教育やカウンセリングのために提供されなければならない。
簡素な治療の登録がなされなければならない。

これらの概念はよく理解され、ハンセン病が存在するほとんどの国においてその国の状況分析や活動計画に基づいて実行されているところである。

 MDTサービスとは、診断、MDT治療、患者と家族に対するカウンセリング、地域社会に対する教育、合併症に対する専門医への照会を含む。

17.MDTサービスの利用が簡単というのはどういう意味か?またそれはどうして重要なのか?

ハンセン病関連サービスへのアクセスが容易であるということはそのサービスが以下の状況であることを意味する。

ハンセン病サービスは患者の家から非常に遠いところにあるわけではないこと。
バス賃、移動時間、賃金の減少、相談のための費用、社会的費用などすべての費用を考えると非常に高いわけではないこと。
平日は毎日開いていること。
恐れや偏見なしに歓迎され、入っていけること。
診断、治療、アドバイスがすべていつでも準備されていること。

容易なアクセスは特にハンセン病において重要である。それはハンセン病が以下のような性質をもっているからである。

治療を探し求めて移動する金銭的余裕のない貧しい人が病気になること。
生産年齢(すなわち、もし治療開始が遅れた場合、障害を残すリスクを負う主に若い世代の成人)に相当する人々を冒すこと。
恐れや恥ずかしさから、病気を隠し、知らないふりをする傾向にあること。

保健施設が近いほど、アドバイスや治療を受けやすいのである。

18.一般保健サービス従事者には、どのようなタイプの訓練がなされるべきか?

一般保健ワーカーに対する訓練は以下のことができるようになることが目標である。

臨床の現場でハンセン病患者を診断し病型分類すること。
適切なMDT標準治療でハンセン病患者を治療すること。
合併症に対処し専門医へ照会すること。
簡単な患者カードと治療登録を管理して、定期的に報告書を提出すること。
MDT治療のための薬剤を必要量保管すること。
病気に対する適切な情報を患者、地域社会の人々、政策決定者に提供すること。

一般保健サービスへのハンセン病診断・治療の統合を容易にするために、一般保健スタッフ向けの分かりやすい簡単なガイドが作られた。そのガイドの中で書かれている症状は典型的なハンセン病の約70〜80%をカバーしている。もし、一般保健ワーカーが日常的に皮膚病変の感覚低下を調べていれば、増加するハンセン病患者を早期に発見することができるだろう。これによって、治療開始までに何年も費やしてしまうという現在の状況を大きく改善することができるだろう。これまで保健サービスはハンセン病を認知する立場になかったし、そうしようともしなかったのである。さらに複雑な合併症を併発した症例を扱うために専門医への照会システムが必要になるだろう。

19.どうしたら、患者さんに親切でわかりやすい方法でMDTが提供できるのか?

MDT治療は以下の理由で患者さんに親切でわかりやすい方法で提供できる。

月ごとのブリスターパックで提供される。
非常に効果的である(ほとんど再発がない。)
安全である(ほとんど副作用がない。)
すべての患者に対して一定規格で、めったに変更や修正が必要でないこと。
たとえ服用間隔が不規則でも薬の効果があるということ。
薬剤耐性が起きないこと。
いつ、どの薬を飲めば良いか患者が理解しやすいこと。
家での保管や持ち出しが容易であること。

20.Accompanied MDT(A-MDT)[訳注:初診時に必要な薬剤を全て受け取る方法]とは何か、どうしてそれが導入されたのか?

Accompanied MDTによって患者が治療の全薬剤を受け取ることが確実になった。それは現場においてよく見られる問題に焦点をあてて設定されている。患者は、保健センターの薬不足や保健サービスへのアクセスの悪さにもかかわらず治療に来たのに、単に保健センターに誰もいないという理由でしばしば自分の治療を中断させられてしまうのである。

Accompanied MDTによって患者は以下を享受することができる。

診断がついた時点でのMDT全薬剤の入手が可能
病気自体やその治療、いつ、どこでフォローしてもらえばいいか、合併症が起きたときに関する情報(アドバイスや情報印刷物

患者さんに近い人や重要なキーパソンが治療の全コースを完了させて彼らを助ける責任を持つという考え方からAccompanied MDTという言葉が採用された。

Accompanied MDTは患者が保健スタッフと頻繁にコンタクトをとることを妨げるものではない。なぜなら、日常の薬の配分や配達に使うエネルギーや資材が少なくて済むので、そのぶん患者のカウンセリングや障害発生の防止に時間を割くことができるからである。患者はもはや毎月定期的に長い距離を移動しなくて済むので(移動時間に費やす時間はしばしば給料が支払われない)、薬の飲み忘れが減り患者の薬のコンプライアンスは改善しそうである。

 WHOは患者のためのリーフレットを英語、フランス語、ヒンズー語、ポルトガル語で書いた。


知識を伝えるための戦略 COMMUNICATIONS STRATEGY

21.なぜ、我々はハンセン病のイメージを変える必要があるか?

地域社会の中には未だに相当数のハンセン病患者が発見されることなく埋もれている。患者達は様々な理由のために受診しようとはしない。その理由には無料で効果的な治療が受けられることを知らない、ハンセン病に対するおそれがある、根深い社会的偏見などが含まれる。それらの患者を発見するために活発な調査を行うことはコスト的にも時間的にも大きな出費が必要であるし、何よりも誤診によって「新たな」患者を多数生み出してしまうおそれがある。

ハンセン病に対する負の認識を改め、患者たちがハンセン病が疑われる皮膚病変に気づいたら治療を受けるためにすぐに名乗り出られるような環境作りをすることが重要である。更には、ハンセン病治療が次第に既存の保健医療施設に統合されるにつれ、これらの治療を地方レベルでも効果的に供給することを推進する上で、認識の変化は非常に重要となるだろう。

強力で魅力的なキャンペーンの為には以下を目指すべきである。

皮膚病変のある人− なるべく早期の診断、治療を求める。
健康ワーカー− 皮膚に異常のある患者を診たら「ハンセン病」の可能性を考慮する。
地域社会の長− 患者差別の排除に努める。
地域の人々− ハンセン病が単純な治癒可能な病気であることを認識し、患者が名乗り出て素直に治療を受ける手助けをする。
診断者− ハンセン病制圧に向けての援助を惜しまず、ハンセン病治療をより受けやすいものにする。

22.地域社会にとって、ハンセン病についての最も重要なメッセージは何か?

地域社会の取り組みは前向きでかつ治癒へ向けての希望あるものでなければならない。また治療が無料であることも強調されなければならない。人々の恐怖をあおるような手法はまったく無効である。ハンセン病への恐れを払拭するためには言葉は単純明快で前向きでなければならない。以下に望ましいと思われる言葉を挙げる。

ハンセン病は細菌感染が原因です。遺伝病でもたたりでもありません。
ハンセン病は臨床症状から容易に診断できます。知覚の低下を伴う淡色、あるいは赤色の発疹があればこの病気の可能性があります。
MDTは最初の投与で細菌を殺し、その感染力を奪います。治療中の患者が他の人に病気をうつすことはありません。
MDTはすべての保健施設で無料で受けられます。
ハンセン病は完全に治癒します。
早期に定期的な治療を行えば身体の変形は防げます。
治療コースを終えた患者は皮膚症状や障害が残っていても完全に治癒しています。
患者は治療中でも、また治療が終了してからも完全に普通の生活が送れます。

23.効果的な地域社会キャンペーンのための核となる手段(channel)は何か?

首尾一貫した地域社会キャンペーンは、その対象とする人々に内容が十分に届くように開発されるべきである。テレビやラジオは視覚や聴覚に訴え、人々を制圧プログラムに熱心に参加する気持ちにさせるためにとても重要な手段である。マスメディアの情報が十分に行き渡らない田舎ではポスター、展示、歌などの他に人々の交流や地域のイベントなどでの様々な交流手段が重要な役割を担うだろう。人々への啓発のために公共の場所に設置されたポスター、ステッカー、看板などは人々の足を保健センターへ向け、またそうでなくても人々の日常会話の中にハンセン病の話題がのぼるようにするだろう。人と人とのコミュニケーション、特に既存の組織や階層構造を利用すれば、情報に信頼性を与え、より詳細な内容を提供することを可能にする。またそれらはハンセン病に対する社会の受容、患者支援活動へ向けての動機付けとなる。

「広告」としての役割に加え、前向きなメッセージは容易にエンターテイメントへと取り込まれうる。それらはたとえば、メロドラマやラジオドラマ、ストリートパフォーマンスといったようなものである。スポーツや文化、宗教など各分野における著名人の協力を引き出せればそれはどんなキャンペーンでも強力な後押しとなるだろう。実際にブラジルやインド、ミャンマーなどではそれらの協力がよい成果をもたらしている。

露出、報道、コスト、達成の効率的なバランスを保つことは、やりがいのある非常に重要な作業である。メッセージを短期間で大々的に流し、その後もしばらくは続けるべきである。

可能であればキャンペーンの中身を地域社会の中の適切な対象集団を用いて、メッセージは明快か?伝えたいことが確実に伝わっているか?わかり易いか?あるいは魅力的な手法で掲示されているか?などについて事前にテストしてみることも価値のあることである。

24.地域社会キャンペーンはいつ開始すべきか?

キャンペーンは、地域の健康サービスが新しい患者の受け入れ態勢を整える前に立ち上げてはならない。はっきりとした見通しを立てておくことは重要である。さもないと計画は永久にその信頼性を失ってしまう。

ハンセン病に対して人々に「良い」印象を持ってもらうには私たちが医療サービスを社会でうまく機能させることが必要不可欠である。その為には人々は容易に診断、治療が受けられねばならないし、医療スタッフもハンセン病を正確に理解するように訓練されていなければならない。また充分な量のMDT薬剤のストックも必要であるし、治療を求める為に個人が支払うコスト(賃金の損失や旅費など)も保障する必要があるだろう。
一度社会がハンセン病治療の劇的な効果を目の当たりにすると、その時こそ人々のハンセン病に対する姿勢が本当に変わっていくのである。

25.なぜ地域社会はハンセン病制圧活動に積極的に関与しなければならないのか?

地域社会がハンセン病制圧プログラムを自分自身の為のものとして受け入れ、積極的にそれを支援していくことは重要である。地域社会の人々をプログラムに巻き込み、その参加を推し進めることでハンセン病に対する認識は深まりそれは病気に対する人々の偏見をも減らすことになる。地域出身の、充分に教育され自発的精神にあふれる保健ワーカーは他の地域に正確な情報を伝え、助言を与えるうえで鍵となる働きをするだろう。また患者に対しても規則的正しい治療の重要さを理解させ、治療を成功へと導く助けとなることだろう。


ハンセン病を制圧するための特別キャンペーン
SPECIAL CAMPAIGNS TO ELIMINATE LEPROSY

26.特別キャンペーンとは何か?

特別キャンペーンは大抵において患者の発見(及び診断・治療)が充分に行われていない地域(あるいはある程度の人口集団)に対して行われる。そういう地域においてはMDTの実施率が未だに低い水準に留まっており、ハンセン病に対する理解も乏しく昔ながらのネガティブなイメージが払拭されていない場合がほとんどである。そのような状況が患者の早期診断・治療を遅らせ、患者の身体障害の悪化や他の人へハンセン病の感染を広げてしまうことにつながったのである。特別キャンペーンは世間の注目を集め、なるべく早期に状況を変える為に必要なのである。

特別キャンペーンは以下の3つよりなる。

地域社会へのMDTの施行に関わる一般保健ワーカーの能力を高める。
患者が自主的に受診することを促進し、またハンセン病への古くからの偏見を払拭する為に社会の認知を高め、人々の計画への参加を促す。
すべてのハンセン病患者が診断を受け、治療の全コースを受けることを保障する。

27.実際のキャンペーンの期間中に、どんな活動が行われるのか?

特別キャンペーンそれ自体は短期間で終了するが、その成否は大部分において如何に準備活動が周到に行われたかによって決まる。

キャンペーンは以下に重点を置く:

社会の認知を高め(患者が自分から受診することを促す)、診断を受ける場所を充分に知らせることを通しての症例の発見。
MDTを開始することと、治療の継続についての明快な指導。
充分な治療を施すこと。もしくは治療継続の為に行くべき施設の紹介をすること。
特にその地域に適した様々なコミュニケーション手段を用いたIEC(Information, Education, Communication:情報、教育、コミュニケーション)活動を通してハンセン病に対する人々の否定的な見通しを払拭すること。

28.特別キャンペーンはどこで必要か?

特別キャンペーンは以下に挙げる地域で必要であり、また以下の集団を対象とする。

田舎の地域−MDT治療が効果的に施行されておらず、報告されていない患者(移民労働者など)が多数存在すると見られる地域。
近付き難い地域・国境地域など−ある程度の人口があり、様々な困難な条件(少数民族、遊牧民、難民、亡命者など)の為にMDTが充分に提供されていない地域。
都会におけるスラム地域−昔からの偏見が根強く、病気に対する認識が相対的に低い地域で、一般保健システムもNGO(private sector)も不十分なためにMDTが充分に施行されていない。

また、多くの計画において、女性がMDTを施行される場合に多大な「性差別」が存在することは明らかである。すべての計画においてはこれらの女性に対する性差別を減らすように努力が払われるべきである。

29.どうして全ての症例を発見するための戸別の調査を行わないのか? ハンセン病の可能性のある徴候を持つ人々が自分で報告するのを待つのはなぜか?

理想的な社会状況では、人々がハンセン病に対して充分な情報を与えられているのでハンセン病が疑われる皮膚病変の現れた人はただちに診断と治療を求めて受診するだろう。それには2つの効果的な要素をあわせ持つコミュニケーション手法を必要とする。その要素とは地域文化・風習に沿っている手法であるということと、すぐに利用でき、かつ利用しやすい医療サービスであるということである。

対照的に戸別調査は多大な時間と費用を要し、また多くの人手も必要とする。またそのような調査は新しい患者とその家族を不必要にストレスのかかる状況に追い込み、しばしは患者の診断拒否や治療プログラムからの脱落といった結果に陥るだろう。また、積極的な患者掘り起こしキャンペーンは紛らわしい皮膚病変のハンセン病への高率な誤診をもたらしている。

30.特別キャンペーンを実施する場合に遭遇する主な困難はなにか?

特別キャンペーンを実施する場合に遭遇する主な困難は以下のようなものである。

貧弱な対象地域−活動が目的地域のごく少数しか対象とし得ない場合。
不十分な社会の認識−人々に与えられる情報が適切でなく、またその伝達手段が魅力的でも効果的でもない場合。
一般保健サービスの限定的な関与−一般保健サービスがキャンペーン中およびその後にわたって充分に関与せずMDTサービスの継続において新たな障害を生み出してしまう場合。
発見に重点を置くこと−保健ワーカーやボランティアが過度にハンセン病患者の発見に力を入れてしまうとそれは誤診症例をいたずらに増加させてしまうのみならず、既に治療(治癒)された症例を再度新患として登録してしまうことになるだろう(これをrecyclingとよぶ)。
不十分な準備−貧弱な計画では既存の保健インフラが増大するMDTサービスへの需要に対応できず、薬剤の不足ひいては患者が継続して治療を受けられない事態を招く。

31.特別キャンペーンはどのように評価される予定か?

国家の行うプログラムは必ず評価されなければならない。過去のキャンペーンを評価し、そこから学んだことは新しいキャンペーンをより進化したものにするであろう。 評価には以下の指標が使えるであろう。

キャンペーン後にMDTサービスを日常的に提供できる保健施設の数が増えること
キャンペーン中に行われた診断、分類、新患の登録(少菌型か多菌型か、女性か子供か、2級の障害[訳注:目に見える身体の変化]の有無)の正確性。
社会のキャンペーンに対する参加や反応の度合い。
MDT施行において有能でまた日常MDTを施行している一般保健ワーカーの数とその範疇
啓発活動の範囲とその与える影響、とりわけ自発的に最寄の保健センターを受診する新患の数。


TECHNICAL ISSUES 技術的問題

多剤併用療法 Multidrug therapy(MDT)

32. MDTの開発において根拠となった原理はなにか?

MDTはダプソンに対して一次、二次と耐性が獲得されていったことを背景に開発された。それは耐性を生まないように2剤か3剤(リファンピシン、クロファジミン、ダプソン)の併用を基本としている。抗生物質(リファンピシン600mg)の月一回投与がMDTの基本的治療となる。ハンセン病に対しては、決して単一の抗ハンセン病薬で治療しない。[訳注:日本ではクロファジミンはランプレン、ダプソン(DDS)はレクチゾール]

33.ハンセン病のために推薦される標準的治療方法は何か?

MDT治療においてはブリスターパックと呼ばれる薬剤パックで薬が供給される。(4週間分の日付が記載された薬剤パックでどの日にどの薬剤を飲めばいいか分かりやすくなっている)。また、PB(少菌性)であるかMB(多菌性)であるか、大人であるか子供であるか、自分にあったブリスターパックが手に入るようになっている。

大人のMB患者に対する標準治療

  リファンピシン: 600mgを月1回
  クロファジミン: 300mgを月1回、かつ50mgを毎日
  ダプソン: 100mgを毎日
  治療期間: 12ヶ月

大人のPB患者に対する標準治療

  リファンピシン: 600mgを月1回
  ダプソン: 100mgを毎日
  治療期間: 6ヶ月

子供のMB患者に対する標準的治療

  リファンピシン: 450mgを月1回
  クロファジミン: 150mgを月1回、かつ50mgを1日おき
  ダプソン: 50mgを毎日
  治療期間: 12ヶ月

子供のPB患者に対する標準的治療

  リファンピシン: 450mgを月1回
  ダプソン: 50mgを毎日
  治療期間: 6ヶ月
以上の薬剤は10歳未満の子供については適宜減量して与える。

34.MDTがMBとPBハンセン病で効果的であるという証拠は何か?
[訳注:ハンセン病を多菌型(MB)と少菌型(PB)に分類してMDTを行う。]
ハンセン病治療薬MDTに使われているそれぞれの薬剤の効果に関して臨床試験が行われた。MDTの効果は首尾よく治療が完了し非常に再発率が低かったことで明確に証明された。(年間の再発率がPBにおいて平均0.1%、MBにおいて平均0.06%)。これらの数字は多くの国の報告やWHOにおいて入手可能な情報に基づいている。さらに、MDTは副作用についても頻度が低いので患者に受け入れやすい。

35.MDTに含まれる薬が、互いの抗菌活性を阻害する可能性があるか?

MDTに含まれる薬剤間での拮抗作用は実験的にも臨床的にもないことが示されている。

36.MDTはハンセン病の「反応」やその重症度を減少させる効果があるのか?

現在得られる証拠によると、MDTは境界反応(Type1)やらい性結節性紅斑(Type2)の重症度を有意に減少させた。クロファジミンが早期にハンセン病の進行を食い止め、また抗炎症作用も持っていることによるといえる。特にMB患者においてそうである。

37.リファンピシンはなぜ毎月1回だけ投与されるのか?

リファンピシンはらい菌に対して特効する殺菌物質である。600mgという一回用量で生菌の99.9%を殺すことができる。殺菌の割合は薬剤を追加しても比例して大きくはならない。また、リファンピシンは数日間、抗菌作用を持続させることができるので、その間らい菌は繁殖することができない。リファンピシンは高い殺菌活性を持っているので、ハンセン病のコントロールにおいて月1回だけの投与が可能で、しかも経済的である。

38.クロファジミンを毎日投与に加えて毎月1回投与するのはなぜか?

クロファジミンは体内に貯留しやすい薬剤である。つまり、投与後、体内に蓄積されゆっくり排泄されるのである。300mgという少し多目の用量を月一回投与することで、たとえ患者が毎日飲むべき薬をたまたま飲み忘れても、体内の組織において至適濃度を確実に維持することができるのである。

39.MDTは抗ハンセン病薬に対する薬剤耐性の出現を防ぐことができるのか?

防ぐことができる。MDTはダプソンに対する耐性が広く出現してきたので開発された。また、標準治療はダプソンに対する感受性に関係なく、らい菌のすべての菌株に対して効果的であるよう作られた。進行した未治療のらい腫型のハンセン病の患者は1011個(11 log)の菌体を保持していると見積もられている。これらのうち、107分の1がリファンピシンに、106分の1がダプソンに、106分の1がクロファジミンに自然耐性(natural resistance)を持っていると見積もられている。薬剤の作用機序がそれぞれ違うので、一つの薬剤に耐性のある菌でもMDTにおける他の薬剤に感受性があると考えられる。

現在、非常に少数であるがMDT治療後に再発する患者がいる。しかし、同じMDTの標準治療を再び行うことですべての再発ケースにおいて効果があった。

40.MDTは残存している菌(persisting M.leprae)を除去することができるか?

残存している菌を定義すると、充分に抗ハンセン病薬に感受性があるが、それらの薬剤で充分に治療されてもなお生き残った生菌のことである。この現象はおそらく、菌の代謝状態が低いかあるいは休止状態にあることによって起こる。現在までに、リファンピシンは同じミコバクテリウム属の病気である結核においては残存菌を殺すことができると知られているが、ハンセン病においては残存する菌を殺す薬剤がないのである。しかし現在のところ、MDT治療を受けているハンセン病患者において、残存菌は再発に重要な役割を果たしていないことが示されている。

41.MDTは結核を罹患している患者には禁忌か?

MDTは結核を罹患している患者に禁忌ではない。ハンセン病にも結核にも罹患している患者にはMDTに加えて適切な抗結核標準治療が行われるべきである。リファンピシンはハンセン病治療にも結核治療にも共通した治療薬だが結核に対しては結核治療として必要充分な用量を与えられなければならないのである。

42.MDTはHIVを罹患している患者には禁忌か?

MDTはHIVを罹患している患者に禁忌ではない。HIVに感染している患者においても、ハンセン病や反応の管理は、他のどんな病気をもっている場合と何ら変わらない。HIVに感染している患者であってもMDTに対する反応は、他のハンセン病患者と同様である。

43.妊娠と乳汁分泌の期間は、MDT服用は安全か?

妊娠期間中にハンセン病は悪化するので、その間もMDT治療を続けることが重要である。現在のところは、妊娠期間中もMDT治療は安全であると示されている。少量の抗ハンセン病薬が母乳を通して排出されるが例外を除いて有害な反応は報告されていない。例外とは、クロファジミンによって乳児の皮膚に軽い色調変化が起きることである。

44.クロファジミンによる皮膚の色調変化(discoloration)は、どれくらいの期間でなくなるのか?

クロファジミンによる色調変化はMBのMDT治療において3ヶ月目に出現しはじめ、すべてのコース(12ブリスターパック)の終わりに最も度合いが増す。MDTの終了後、色調変化は目にみえる変化をとげて6ヶ月で消えていく。全く可逆的な反応で、一年以内に普通の皮膚の色に戻る。

45.MDTが公衆衛生に最も効果的で経済的な介入の一つと思われるのはなぜか?

1981年の導入以来、MDTは広くさまざまな実地現場の状況においてハンセン病の治療に高い効果を保っている。それは以下の理由による。

ハンセン病を治療し、感染を阻止すること。
再発率が低いこと(1%未満)。
多剤耐性は報告されていないこと。
副作用が無視できる程度であること。
身体障害を早期治療で予防できること。
担当のヘルスワーカーを薬剤の管理ができるように簡単に教育することができること。
飲めばよい薬なので、管理しやすいこと。
4週間分の治療に相当するブリスターパックが便利よく手に入ること。
薬が普通の条件で保管できること。

他の抗ハンセン病薬 Alternative antileprosy drugs

46.MDTで使用される以外にも抗ハンセン病薬はあるのか?

ミノサイクリン(テトラサイクリン系)、オフロキサシン/モキシフロキサシン(キノロン系)、クラリスロマイシン(マクロライド系)、そしてリファンピシンの新しい派生薬剤がハンセン病の治療薬として使える可能性がある。しかしながら、どれも普通のMDTに使われる薬剤の組み合わせに勝るものではない。これらの薬剤は様々な理由(例えば、MDT薬剤における副作用、禁忌、耐性)で標準的MDTを受けられない少数の患者にとって重要である。

47.副作用または禁忌のためにMDTを使用できない患者には、どのような治療ができるか?

そのようなケースはとても珍しい。しかしながら、もし有害な反応が起きた時には、それから抗ハンセン病薬によるものかどうかを確かめることが重要である。そのあとで、他の抗ハンセン病薬を試してみるべきである。

リファンピシンの代わりとして、最初の6ヶ月間はオフロキサシン400mgを毎日、ミノサイクリン100mgを毎日、それに50mg用量のクロファジミンを毎日併用させることが可能である。残りの18ヶ月はクロファジミン50mgと、オフロキサシン400mgまたはミノサイクリン100mgを毎日投与すべきである。ただし、この治療はハンセン病専門施設において、直接管理で投与されるべきである。

クロファジミンを投与できない患者には24ヶ月間、リファンピシン600mgとオフロキサシン400mgとミノサイクリン100mgの組み合わせの月1回投与で治療することができる。

もし、PB患者においてダプソンの毒性が重い場合は、MB患者に使うのと同じ用量のクロファジミンによって代用し、6ヶ月間のみ投与することができる。MB患者においては、ダプソンは中止し、治療は通常用量のリファンピシンとクロファジミンを12ヶ月間続ける。

診断のためのスメアを続けないこと
Discontinuation of skin smears for diagnosis

48.どうして皮膚スメア検査を止めたのか?

MDTの導入以来多くの治療手順が簡略化され、現場におけるハンセン病患者の管理は一般保健ワーカーによって効率的になされるようになってきた。それは依然としてハンセン病患者がいる多くの国での実践をみると充分に納得できる。すなわち末端の保健ワーカーでも適切な訓練によりハンセン病の診断および治療を行うことができるのである。

現場では、ハンセン病の診断は臨床徴候と症状に基づいて行われている。MDT導入以前にはハンセン病のPB、MBへの分類のために皮膚スメアが日常的に行われてきた。しかしながら、皮膚スメアおよび検鏡の精度の低さがほとんどのハンセン病制圧プログラムにおいて最大の弱点となったのである。この検査では新しくハンセン病と診断された患者の15%以下しか陽性とならず、実際に診断の根拠とされるのはまれである。さらに、ハンセン病がまだ制圧に至っていないような国の多くでは、皮膚に切開侵襲を加えるすべての方法でHIVや肝炎などの感染を拡大させてしまう潜在的危険性が存在するのである。

WHOは皮膚スメアがハンセン病制圧プログラムの運営において必須の手段ではないこと、またハンセン病だけのための皮膚スメア検査の継続や新たな実施は不要であることを明らかにしている。臨床における治療のためのMB、PBへの分類にはその根拠として皮膚病変の個数が用いられる。もし診断に迷う場合はMB治療に準じた治療方法が選択されるべきである。

要約:

皮膚スメアは診断、分類、治療の評価のいずれにおいても必要性がない
ハンセン病は臨床所見により容易に診断・病型分類され得る。
MDTによる治療法は標準化されており、通常は皮膚スメアの結果によって治療途中でその内容が変更される必要はない。
標準的MDT治療法の完了をもってハンセン病は治癒したものとする。
ほとんどのハンセン病患者は皮膚スメアでは陰性と判定されてしまう。
不必要な皮膚への切開侵襲は倫理的でない。すなわち苦痛を伴う上に深刻な感染の危険性もある(特にHIV感染,肝炎)。
皮膚スメアの実施は専門施設(referral center)での、特別な調査(耐性菌の疑いのある症例、複合的な再発のある症例)や研究目的に限られるべきである。

多菌型(MB)患者に対するMDT治療期間の短縮
Shorter duration of MDT treatment for MB patients

49.なぜ、MB患者のMDTの期間は12ヵ月と短くなったか?

MDT療法においてもっても重要な薬剤はリファンピシンである。ほとんどのリファンピシン感受性のあるM.lepraeは2,3ヶ月のリファンピシン容量で死滅する。また、毎日のダプソンとクロファジミンの併用投与も高い殺菌性があることが証明されており、これにより未治療MB患者のいかなるリファンピシン耐性の変異株も3〜6ヶ月で排除されうる。これまでのいくつかの研究によってわずか2,3ヶ月間のMDTの継続投与を受けたMB患者が24ヶ月以上の投与を受けた患者とほぼ同等の治療効果があったことが証明されている。WHOのハンセン病専門部会は7回目の会合(1998年)においてMBハンセン病の治療におけるMDT療法の有効性は投与期間を12ヶ月に減じてもなんら問題ないとの結論に達した

50.高い菌指数を示すMB患者に12ヵ月のMDT治療を行う場合、予想される問題点があるか?

診断時点で高い菌指数(BI)を示すMB患者は菌指数の低い患者に比べて高い反応や神経障害のリスクが高い。また高BI患者では皮膚病変の減退がより緩やかに進行し、低BI患者に比べて12ヶ月の投与終了時に著名な高BIを示す傾向がある。ほとんどの高BI患者は12ヶ月のMDT終了後にも症状が改善し続ける。ごくまれに患者が治療によって悪化の徴候を示すことがあるが、その時は患者は更に12ヶ月のMDTで治療することができる。

51.MB患者へのMDT治療期間を短縮することは、リファンピシン耐性菌の出現の危険をふやすか?

増大させない。MDTの薬剤を患者が服用する場合、リスクはない。少ない用量のリファンピシンであっても感受性細菌を殺すことができると幾つかの研究で示されている。自然に発生したリファンピシン耐性の突然変異体はクロファジミンとダプソンの組み合わせえを2-3ヶ月投与することで殺すことができる。ゆえに、12ヶ月のMDT後に生き残る細菌はほとんどゼロである。

ワクチンと予防的化学療法  Vaccines/Chemoprophylaxis

52.ハンセン病に対して効果的なワクチンがあるか?

ハンセン病に特異的で効果的なワクチンはない。幾つかワクチンになりそうなもの(BCG, M.leprae, M.w, ICRC bacillus, M.habana, M.vaccae など)が試されてきた。しかしながら、どの候補もどんな組み合わせであっても公衆衛生プログラムとして経済的に成り立つ水準には達しなかった。現在までに、ある母集団においては、結核と同様にハンセン病に対してもワクチンが限定された予防効果を示すとしている研究がある。

53.ハンセン病に対して発症予防効果のある薬剤があるか?

ない。一つかそれ以上の抗ハンセン病薬(主に、ダプソンや持続性ダプソンであるアセダプソン、リファンピシン)をハンセン病予防薬として使った幾つかの研究では有意な予防効果は示せなかった。よって、今のところ効果がある予防方法といえば、早く患者を見つけMDTで治療することしかない。

 1998年 世界保健機関(ジュネーブ).WHOハンセン病専門委員会.第7回報告.
 (WHO Technical Report Series, No.874).


実施上の問題点 OPERATIONAL ISSUES
治療の受け入れと脱落者 Compliance/Defaulters

54.PB-MDTの6回分が9ヵ月以内に服用完了され、MB-MDTの12回分が18ヵ月以内に服用完了されることは重要か?[訳注:1回分とは、1ヶ月分のカレンダーパックを指す。]

患者がすべてのMDT用量を出来るだけ規則正しく服用することは不可欠とまでは言わないが望ましいことである。初期の投与で大部分の菌が死滅し、患者から他の人への感染が起きなくなる。不規則な投与が時折あってもMDTの効果を損なうことはない。A-MDT(Accompanied MDT)の広範な使用は、患者およびその家族へ適切に情報を与えることをしっかり行えば、治療における患者のコンプライアンス(投薬を受け入れること)を高め、より早い治癒をもたらす上で重要な働きを担うようになるだろう。

55.患者が規則正しく服用しない場合には、何をしなければならないか?

規則正しくない服用は、制圧プログラムの中ではごく例外的な場合に限定されるべきである。制圧プログラムでは患者の服用における不便さを最小にして、また規則正しい服用の重要さが患者に充分に説明されるべきある。PB患者は6ヶ月の容量のPB-MDTを、MB患者は12ヶ月の容量のMB-MDTを服用することが重要である。しかしながら、服用が時折不規則になるようなことがあってもMDT療法の効果は損なわれない。多くの場合には診断時にそのことを正しくアドヴァイスすることによって、全期間分の投与量を一度に処方し規則正しい服用を患者の自己責任に委ねても問題は起きないのである。

56.脱落者(defaulter)とは何か? 脱落者が治療を再開するためには何がなされるべきか?

脱落者とは再三の規則的服用の勧めや施設で治療の評価をしながら治療に専念することへの勧めにもかかわらず、12ヶ月間連続して治療を受けない患者のことである。脱落者と分類された患者はすべて登録簿(register)から外されるべきである。

脱落者が健康センター(health centre)に再度の治療に戻ってきた時、以下に挙げる徴候が一つでも見られた場合には新しいMDT治療のコースが処方されるべきである。

発赤や膨隆した皮膚病変
前回の検査以降に新たに出現した皮膚病変
前回の検査以降の新たな神経障害(例、皮膚感覚の変化)
らい結節
リバーサル反応の徴候やENL
登録上の目的のためには、戻ってきた脱落者は新規の患者とみなすべきではない。

再発か反応か Relapse vs reactions

57.患者が治療を止めたあと、再発はどうやって確認できるのか? 再発を種々の型の反応と区別するためにはどうすれば良いか?

MB患者の再発はM.lepraeの増加と定義され、どの部位であってもBIの著明な(前回比+2以上)増加があれば、そのことが推定される。また大抵の再発した患者では症状悪化の徴候(新たな皮疹や結節もしくは神経症状の出現など)を伴う。そしてこれは大抵の症例において臨床所見やマウスへのらい菌摂取試験(mouse footpad system )におけるらい菌の増殖によって確認できる。

PB患者における再発の確認(それはらい反応との区別が難しいのだが)は少々やっかいである。理論上はステロイドを用いた診断的治療(therapeutic test)によって両者を区別できるはずである。つまりステロイド療法により4週にわたって明らかな回復を見せる場合はらい反応であり、治療に無反応な場合は再発であるということである。PB患者においては明らかな症状の悪化(新たな発疹または新たな神経障害)が見られれば再発と決定するのに充分である。

58.以前にダプソン単独治療で治癒状態になった人は、MDTで再治療すべきか? 

WHOは再発の明らかな証拠がみられない限りハンセン病が治癒した患者に再治療を施すことを推奨していない。先に挙げたような症状を呈している場合に対してのみ適切にMDTが施されるべきであるとしている。

反応の管理 Management of reactions

59.らい反応はどのように治療すべきか?

回復不能な身体の変形をもたらすらい反応にはできるだけ迅速な治療が求められる。早期診断の上すぐさま抗炎症療法へと移ることが重要なのである。MDTは用量を減ずることなく並行して継続されるべきである。痛みや熱に対してはアスピリンやパラセタモール(アセトアミノフェン)を処方する。また休養も重要である。

特定の症状に対してはステロイド剤(プレドニゾロンなど)を以下の用量で処方する。
   最初の2週間は1日40mg
   3〜4週目は1日30mg
   5〜6週目は1日20mg
   7〜8週目は1日15mg
   9〜10週目は1日10mg
   11〜12週目は1日5mg
重要なのは患者の症状を毎週確認し、2週間ごとにステロイド剤の容量を減ずることである。
ステロイド剤の処方は体重1kgあたりの最大容量が1mgまでとする。

60.重症のENL反応はどのように治療すべきか?

ENL(erythema nodosum leprosum、らい性結節性紅斑)反応の管理に対するWHOガイドライン
一般原則:

重症のENL反応はしばし再発を繰り返し、慢性化する。また現れる症状は変化することもある。
重症のENL反応の管理は専門施設の医師によってなされるのが最も望ましい。抗炎症薬の処方用量、継続期間は個々の患者の必要に応じて医師による調節が望ましい。

定義.重症ENL反応には以下が含まれる:

発熱を伴うきわめて多数のENL結節
ENL結節と神経炎
潰瘍と膿疱を伴うENL
繰り返すENLのエピソード
他臓器への影響(目、精巣、リンパ節、関節など)

ステロイド剤による管理

患者がまだ抗菌治療の段階なら通常のMDT療法を継続する。
発熱や痛みに対しては適切な量の鎮痛剤を使用する。
総計12週の標準的なステロイド治療コースを用いる。ただし体重1kgあたりのステロイド処方量が1mgを超えないようにする。

クロファジミンとステロイド剤による管理はステロイド剤による治療が奏効しない重症なENL患者や、ステロイド剤による中毒の危険性が高い時に適応となる。

もし患者がまだ抗菌療法中なら、標準コースのMDTを継続する。
発熱や痛みに対しては適切な量の鎮痛剤を使用する。
標準的なステロイド治療コースを用いる。体重1kgあたり1mgを越えないようにする。
クロファジミンは100mgを日に3回投与することから始める。これは最大12週間の投与とする。
プレドニゾロンは標準コースで終了し、その後はクロファジミンを以下の要領で継続する。
12週かけてクロファジミン投与量を100mgの一日2回投与へと、さらにその後12〜24週かけて100mgの一日一回投与へと漸減させてゆく。

クロファジミンのみによる管理は重症ENL患者でステロイド剤の使用が禁忌の患者に指示される。

もし患者がまだ抗菌療法中なら、標準コースのMDTを継続する。
発熱や痛みに対しては充分な量の鎮痛剤を使用する。
クロファジミンは100mgを日に3回投与することから始める。これは最大12週間の投与とする。
12週かけてクロファジミン投与量を100mgの一日2回投与へと、さらにその後12〜24週かけて100mgの一日一回投与へと漸減させてゆく

注意事項

1.MDTが既に終了しているのであればENLの管理はガイドラインに沿って行われるべきである。またMDTを新たに開始する必要はない。
2.標準的ステロイド(プレドニゾロン)療法のコースは全部で12週間である。
3.高容量クロファジミン療法の期間は12週間を超えてはならない。ENLのコントロールにおいてクロファジミンが充分な効果を発揮するまでには4〜6週間必要である。
4.ENLにおいてはペントキシフィリン(pentoxifylline)も有用である。単剤もしくはクロファジミンやプレドニゾロンとの併用で投与する。
5.よく知られている催奇形性の副作用がある為、WHOはハンセン病患者のENL症例に対してサリドマイドを使用することを支持していない。

61.らい反応を起こした患者の治療のためにサリドマイドを入手する計画を、WHOは援助できるか?

できない。よく知られている催奇形性の問題の為、WHOはサリドマイドの使用を援助も支持もしていない。それに加えてサリドマイドはハンセン病がまだ残っている多くの国で輸入が禁じられている。ごく例外的な例では専門の施設で患者の為にサリドマイドが輸入されることがあるが、それらは慎重に国内外の倫理的、法的、そして科学的正当性に照らし合わせた上で、製造元へ直接手配されねばならない。
最も重要なことは、サリドマイドを必要とする複雑なENL反応を呈する患者はきわめてまれであるということである。実際にはらい反応を呈する患者のほとんどが入手可能な反応抑制剤の正しい使用によって管理が満足になされているのである。

62.現場でのらい反応の管理のためのPrednipacsTMの使用に対して、WHOはどのような立場を取っているか?

以下の理由から、WHOは臨床でのらい反応に対しての無定見なPrednipacs(プレドニゾロン)の使用を支持していない。

ほとんどのMDTで治療中の患者(90%以上)ではらい反応が生じない。
ほとんどのらい反応は非ステロイド薬で制御可能である。
MDTを開始した患者のうちステロイドによる治療が必要となるようならい反応が生じるのは2%以下である。また薬の適正な分配を保障する為、必要な患者へ迅速に接触する方法を確保する為には新たな輸送上の困難が生じるであろう。
プレドニゾロンの使用においては多くの禁忌があり、また特に長期使用において深刻な副作用が生じる。
指示されたプレドニゾロン内服方法の厳格な実行(投薬への受け入れ)と定期的な患者の状態のモニタリングはこの治療法の成功にとって重要である。
プレドニゾロンは多くの深刻で生命が危機にさらされている場合に重要な薬剤であり、それ故にハンセン病以外の患者への使用にあたり、制限を加えたり使用を差し控えたりすることは非倫理的であるだろう。
多くの健康センター(health centre)では彼らが入手する最重要薬品の中にMDTも確保できるが、プレドニゾロンは充分量が供給されているとはいえない。
WHOは臨床におけるらい反応や神経炎症状に対してプレドニゾロンをその予防目的で使用することを支持していない。
最後に、ハンセン病の早期診断とMDTによる治療開始こそがハンセン病に関連して起こる様々な障害を最も安価に防ぐ手段となることを強調しておきたい。


患者登録 Registers

63.治療登録を最新のものにしておくことは、なぜ重要か?

治療登録は有病率を計算し残された病気の荷重を見積もると共に、今後必要なMDT量決定に必要な基本的な情報を与える。治癒した患者や不明な患者を記録から除外するのはプログラムを運営する上で基本的な作業であるが、多くの場合それを怠っている。治癒した患者をリストに入れたままにしておくのは非道徳的であるばかりでなく社会の偏見を助長し、プログラムに対して不必要な負担を与えてしまうことになる。更には水増しされた症例数はすべての状況分析を混乱させ、必要なMDT薬剤量の見積もりや適正で経済的な薬剤配布システムの構築を不可能にしてしまう。

64.患者をいつ治癒とみなして治療登録から削除すべきか?

12ヶ月のMB-MDTを終えたすべてのMB患者および6ヶ月のPB-MDTを終えたすべてのPB患者は治癒しており、したがって治療登録から削除すべきである。

65.治療終了後の患者の積極的なサーベイランスは不可欠か?

その必要はない。なぜならWHO推奨のMDTを処方された患者における再発の危険性はほとんどなく、治療終了後の患者を積極的に調査し続ける必要はない。その代わりに、治療を終えた患者には、以後生じ得る再発やらい反応の初期兆候についての情報を与え、それらが出現した場合にはすぐに近くの保健センターに届け出ることが重要であることを知らせるべきである。


良い実践 Good practice

66.ハンセン病管理という面からの良い実践とは何か?

よい実践とは

友好的であり、自信を取り戻させるもの、勇気づけられるものである。
情報に富むものであり、病気に対する正しい知識を与えてくれるものである。
疑問に答えるものであり、疑いを払拭するものである。
プライバシーを尊重するものである。
最新の記録をつけることである。
再検査受診の日時、場所を患者に選択させる。
ふさわしい場合にはA-MDTを使用する。
ハンセン病治療が無料で提供される。
不必要な検査をしない。


WHOの役割 ROLE OF WHO

67.制圧へ向けて確実に前進するために、WHOの役割は何か?

WHOはハンセン病制圧へ向け全力をあげて取り組む。WHOの果すべき役割には以下のような要素が含まれる。

技術的役割―現在の治療技術の更なる簡便化、標準化を目指し、国レベルでの技術的サポートを提供する。
供給路の確保―年間に必要なMDT療法(薬剤、人的要素)を予測し、必要とされているすべての地域に無償で配布する。それがどんなに届けるのが困難な地域でも。
運用面での役割―焦点となっている制圧戦略について、計画、援助、評価を行う。
社会的文化的役割―ハンセン病に対する人々の否定的なイメージを払拭する。
政治的役割―様々なレベルにおける必要な政治的約束を動員し、また必要な政治的資源を活用する。
パートナーシップ―目的を同じとするパートナーとの、地球レベル、国レベルでの協調関係を促進する。

68.どの国も、WHOを通じて無償のMDTの供給を要請できるか?

できる。WHOはすべての国に対して、その国の保健省もしくは保健当局から権限を与えられたNGOを通じてNovartis社製のMDT薬剤の調達、無償提供を手配する。しかしながら、いくつかの国際NGOはMDT薬剤を別のメーカーから購入し続けているが、それは資源の無駄遣いである。

紛争地域や国のプログラムが充分にはまたは全く機能していないような特殊な場合では、WHOは直接NGOに対してMDT薬剤を提供している。NGOは必要なら近隣諸国の機構の協力を得ながら薬剤を患者に配布している。

69.ハンセン病に関連した障害を予防しケアするための、WHOの役割は何か?

WHOは患者の早期発見・治療によって患者の身体的障害の発生を予防することに活動の重点を置いている。また地域社会レベルにおいては、障害を持つ人々が直面する困難はその原因にかかわらず、地域社会全体の問題として考えられるべきであると考える。それ故に、現在行われている障害者の社会的経済的支援を目指す地域社会単位の社会復帰を含めたすべてのプログラムは、ハンセン病によって障害を負った人々にもその対象を拡げるべきである。


ハンセン病プログラムで良く使われる用語

ハンセン病患者
 ひとつ以上の完全に無痛性の皮膚発疹を持ち、MDTコースを完了していない人。一旦ハンセン病が治癒して後遺症が残っている人は患者とみなさない。

新規診断症例
 ハンセン病と診断された人で過去にMDTを施行されたことのない人。

誤診症例
 ハンセン病に罹患していると誤った診断を繰り返された人。(その他にもoverdiagnosed やwrongly diagnosedなどと表現される。

リサイクル症例
 MDTを全コース、あるいは途中まで終えているが、新たに診断された症例として再登録され、MDTを再スタートした患者。多くはハンセン病特有の症状が残っている。

脱落症例
 ハンセン病と診断され、MDTを開始したが全コースを完了しておらず、中断してから12ヵ月の間にMDTを再開していない患者

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