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2017年4月12日 第1回遺伝子治療治療等臨床研究に関する指針の見直しに関する専門委員会 議事録

厚生労働省 大臣官房厚生科学課

○日時

平成29年4月12日(水) 14:00~16:00

 

○場所

厚生労働省専用第12会議室(12階)

○出席者

【委員】

位田委員、伊藤委員、今村委員、内田委員、小野寺委員
高橋委員、谷委員、中畑委員、那須委員、南委員、
松原委員、山口委員

○議題

 1.指針の見直しについて
 2.委員からのヒアリング
   ・高橋委員
   ・松原委員
 3.指針の見直しに向けての意見交換
 4.その他

○配布資料

資料1 遺伝子治療等臨床研究に関する指針の見直しに関する専門委員会 委員名簿
資料2 遺伝子治療等臨床研究に関する指針に見直しに関する専門委員会の設置について
資料3 ゲノム編集技術について
資料4 遺伝子治療等臨床研究に関する指針の概要
資料5 検討事項(案)
資料6-1 高橋委員提出資料
資料6-2 松原委員提出資料
資料7 今後の進め方について(案)
参考資料1 遺伝子治療等臨床研究に関する指針
参考資料2 「遺伝子治療等臨床研究に関する指針」について(平成27年8月12日付け厚生科学課長通知 科発0812第1号
 

○議事

 

 

○ 下川研究企画官 第1回遺伝子治療等臨床研究に関する指針の見直しに関する専門委員会を開催いたします。本日はお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。
 議事に入る前に、佐原厚生科学課長より御挨拶させていただきます。
○ 佐原課長 厚生科学課長の佐原と申します。本日はお忙しいところ会議にお集まりいただき、誠にありがとうございます。
 本日は遺伝子治療等臨床研究に関する指針の見直しを検討する目的で、厚生科学審議会再生医療等評価部会の下に設置された専門委員会の第1回会合ということで、お集まりいただきました。今回の検討会では、近年急速な技術の発展を遂げているゲノム編集技術を踏まえた指針の見直しの議論をお願いしたいと考えております。
 今回の見直しに当たっての経緯ですが、ゲノム編集技術については、平成26年のこの指針の見直しの検討の際に、その取扱いについて少し議論がされています。その際は、いわゆる第一世代ゲノム編集技術のZinc Finger Nucleaseの臨床試験が米国で始まっていたものの、まだ一般的な技術ではありませんでした。また、そのゲノム編集の手法によるものを遺伝子治療の範疇に含めるかどうかは、世界的にも決まっていませんでした。このため、ケース・バイ・ケースで判断するということで、当時は遺伝子治療の定義にゲノム編集の要素を取り入れることは見送られたという経緯があります。しかしながら、その後CRISPR/Cas9によるゲノム編集の技術が急速に進歩・普及してきたというところです。また、平成28年の10月には、中国で肺がんの治療のためにCRISPR/Cas9を利用した世界初の臨床試験が行われたということなど、臨床応用の可能性あるいは治療への期待ということも高まってきているという状況だと思います。
 ただ、その一方、ゲノムの標的部位ではない場所まで改変してしまう可能性もあるなど、安全性についての懸念もあると聞いております。ゲノム編集には従来の遺伝子治療の定義に当てはまらない、ベクター等を使用しないものも行われているとも聞いております。
 今後、日本においてもゲノム編集技術の臨床応用への取組がなされてくる可能性もあると考えております。このため、ゲノム編集の手法による治療等を遺伝子治療等の範疇に含めて指針に規定し、医療上の有用性あるいは倫理性を確保する必要があるのではないかとの問題意識から、今回このような検討会を開催させていただきました。
 どうか委員の皆様方から、様々なお立場から、闊達な御議論を頂きまして、指針においてどのように対応していったらいいのかについて、御提言を頂ければと思っております。本日から、どうぞよろしくお願いいたします。
○下川研究企画官 次に、本日御出席の本委員会の委員の方々について、御紹介いたします。お手元の資料1の委員名簿を御覧ください。
 滋賀大学学長の位田委員です。日本難病・疾病団体協議会理事会参与の伊藤委員です。公益社団法人日本医師会常任理事の今村委員です。国立医薬品食品衛生研究所遺伝子医薬部室長の内田委員です。国立研究開発法人国立成育医療研究センター研究所成育遺伝研究部長の小野寺委員です。国立大学法人筑波大学医学医療系解剖学・発生学教授の高橋委員です。東京大学医科学研究所ALA先端医療学社会連携研究部門特任教授の谷委員です。京都大学iPS細胞研究所顧問の中畑委員です。岡山大学大学院医歯薬学総合研究科泌尿器病態学教授の那須委員です。国立研究開発法人国立成育医療研究センター研究所所長の松原委員です。読売新聞東京本社取締役調査研究本部長の南委員です。日本薬科大学客員教授で金沢工業大学特任教授加齢医工学先端技術研究所所長でもおられる山口委員です。
 続いて、事務局の紹介をいたします。御挨拶を申し上げました大臣官房厚生科学課課長の佐原です。同じく大臣官房厚生科学課課長補佐の古田です。私は、同じく大臣官房厚生科学課研究企画官の下川です。
 次に、配布資料を確認いたします。議事次第、座席表のほか、資料1は委員名簿、資料2は専門委員会の設置について、資料3はゲノム編集技術について、資料4は遺伝子治療指針の概要、資料5は検討事項案、プレゼン資料として、資料6-1は高橋委員からの資料、資料6-2は松原委員からの資料、資料7は今後の進め方、参考資料1は遺伝子治療等指針、参考資料2は遺伝子治療等指針施行時の通知です。過不足がありましたら事務局までお知らせください。
 また、円滑な審議のため、報道関係者の方々におかれましては撮影はここまでとさせていただきます。
 次に、委員会の座長の指名に移ります。厚生科学審議会再生医療等評価部会部会長からの指名により、委員会の座長は山口委員にお願いすることとなっております。山口委員長より、一言御挨拶をお願いいたします。
○山口委員長 山口です。どうぞよろしくお願いいたします。先ほど課長から御説明がありましたが、平成26年の改正時点では、ゲノム編集に関して、臨床応用まではかなりの期間があるのではないかと我々は思っていたわけですが、この急速な発展に対応すべく、指針の中身、定義等を見直していかないといけないということで、本委員会が設置されたと理解しております。
 これは我が国だけではなくて、ヨーロッパ医薬品庁やFDAなどと交流を通じての情報でありますが、ヨーロッパ医薬品庁でも、ゲノム編集をどのようにガイドラインの中に取り入れるかについて検討が始まったところだと伺っております。したがって、この委員会がいつまでに結論を得るかというのは、今の時点では言えないでしょうけれども、おそらく世界同時並行で、このようなゲノム編集をどう扱うかが議論されているものだと理解しております。
 したがって、ここの中で出されてきたゲノム編集を含めた遺伝子治療をどのように取り扱っていくかということについては、今後遺伝子治療あるいは遺伝子改変された細胞を用いた再生医療等に関して、非常に重要な委員会だと認識しております。是非、皆様におかれましては活発な議論をしていただけますようお願い申し上げまして、挨拶とさせていただきます。よろしくお願いいたします。
○下川研究企画官 続いて、委員会の座長代理を決めたいと思います。座長代理については、厚生科学審議会再生医療等評価部会運営細則第4条第4項に基づき、座長から御指名いただきます。
○山口委員長 専門委員会の座長代理については、前の見直しの委員会のときにもお願いしていた谷委員にお願いいたします。よろしくお願いいたします。
○下川研究企画官 谷委員長代理に一言御挨拶をお願いいたします。
○谷委員 前回の指針の見直しのときに、先ほど佐原課長からお話があったように、ゲノム編集については案件に挙がりました。あのときに、これを入れるかどうかの議論になりましたが、もう少し時間が掛かるだろうということで、適宜見直していこうということでした。しかし、思ったよりスピードがありまして、現在、松原先生を中心に学会でもゲノム編集に関しては積極的に動いておられます。その辺も含めて、遺伝子治療学会、遺伝子細胞治療学会も含めて動かしていただいておりますので、是非活発な御議論と、より実地に即した指針改定ができればと思いますので、何卒御指導のほど、よろしくお願いいたします。
○下川研究企画官 では、以後の進行については山口委員長にお願いいたします。
○山口委員長 審議に入ります。まず、議題1の指針の見直しについて、事務局より説明をお願いいたします。
○下川研究企画官 まず、遺伝子治療等臨床研究に関する指針の見直しについて、経緯と、ゲノム編集技術の対応に当たって指針の見直しが必要と考えられる点について御説明いたします。
 資料2を御覧ください。今年の2月1日に開催された再生医療等評価部会で、本専門委員会の設置を決定した際の資料です。経緯としては、冒頭に課長から御説明したとおりですが、ゲノム編集技術がここ数年で急速に発展しており、海外では既に臨床試験も実施されているということで、日本においても今後ゲノム編集技術を用いた臨床研究が行われる可能性を踏まえ、必要な見直しの検討を行うということです。
 資料3です。これはゲノム編集技術についての説明です。後ほどヒアリングを予定している委員の先生方から詳細な御説明があると思いますので、ここでは簡単に御説明いたします。
 ゲノム編集技術はDNAを切断する酵素を用いた遺伝子改変技術で、これを利用することにより、ゲノム上の狙った場所で塩基を別の塩基に置き換えたり、新たに塩基を挿入したり削ったりすることができる技術です。
 ゲノム編集技術は表に記載されているように、主なものとして3つあります。(1)のZinc Finger Nucleaseという酵素を用いるものと、(2)のTALENという酵素を用いるものは、どちらもガイドと呼ばれる、遺伝子の改変を行いたい特定の塩基に結合する機能を持つ部位と、遺伝子を切断するハサミの機能を持つ部位からなる1つの酵素を用いるものです。一方、(3)のCRISPR/Cas9は、ガイドの機能をするガイドRNAとハサミの機能を持つ酵素の2つを用いています。(1)(2)(3)の順に技術が進んできており、この3つの技術の中では、CRISPR/Cas9を用いるものが最も新しい技術で、遺伝子の改変を行う標的部位に結合するガイドの設計が比較的容易にできて、効率よくゲノム編集ができるという点で、CRISPR/Cas9が、最も注目されているようです。
 次に、資料3の2枚目を御覧ください。ゲノム編集技術は、基本的にハサミで狙った箇所のDNAを切るだけで、あとは細胞自身の自然修復機能を利用するものです。一番左のAは、ハサミで切った後に自然修復でつなげようとする際にしばしばエラーが起きるので、それを期待して行うもので、何か塩基が欠損したり、別のものが置き換わったり、新たに塩基が挿入されるというものです。
 Bは、標的遺伝子と相同的な塩基配列に一部変異を導入したDNA断片を併せて細胞内に入れることで、DNAの自然修復の際に、それを鋳型にして修復がなされるため、修復後のDNAに変異を起こさせるというものです。
 Cは、標的遺伝子と相同的な配列に有用遺伝子を組み込んだDNA断片を併せて細胞内に入れることで、Bと同じくDNAの自然修復の際にそれを鋳型にして修復がなされるため、修復後のDNAに有用な遺伝子を導入できるというものです。
 資料4の3ページを御覧ください。現在の遺伝子治療等の定義ですが、疾病の治療や予防を目的として遺伝子を体内に投与するin vivoの遺伝子治療等と、体内から細胞を外に取り出して外で細胞に遺伝子を導入し、その細胞を体内に戻すex vivoの2つのタイプがあります。
 通常の遺伝子治療等は、体内に導入された遺伝子から目的のタンパク質が体内で生産され、病気で産生されないタンパクを補うものであったり、がんに対する免疫力を高めるタンパクを補うものであったりするわけですが、先ほど御説明したように、ゲノム編集は体内でタンパクを産生することが目的ではなく、ハサミで特定の箇所を切り、遺伝子を改変するのが目的ですので、従来の遺伝子治療とは大きく異なっております。
 定義の面からは、ウイルスベクターやプラスミドの中にハサミの役割をする遺伝子を投与すれば、ゲノム編集技術によるものも遺伝子治療と言えなくはないと思いますが、遺伝子としてではなく、タンパク質の形で投与する場合もあると聞いております。このような場合は、現在の遺伝子治療等の定義に当てはまらないのではないかと思います。
 ここで資料4を開いたままにしていただき、資料5を御覧ください。本検討委員会で御議論いただきたいと考えている点は大きく分けて2点あります。1つは、ゲノム編集技術による治療等は、遺伝子治療等として指針の範囲とすべきではないかという点です。2つ目は、指針の適用範囲とした場合に、どのような点を検討すべきかということです。具体的には2ページ以降に内容を記載しています。
 (1)は、今御説明しましたように、「遺伝子治療等」の定義や投与する「最終産物」の定義が、ゲノム編集技術による治療等の全体を包含していないのではないかという点です。(2)は、現在の研究計画書の記載事項・内容及びその添付資料は、組換え遺伝子、ウイルスベクター等を投与することを前提として決まっており、ゲノム編集技術による治療を行う場合を想定した内容とする必要はないかという点です。
 4ページの(3)は、倫理審査委員会の構成要件として現在、分子生物学、細胞生物学、遺伝学、臨床薬理学、病理学等の専門家が含まれるということになっておりますが、ゲノム編集の専門家というのは構成要件にはなっておりません。ゲノム編集の専門家は分子生物学等の専門家の一部、その中に分類されるのではないかと思うのですが、ゲノム編集を用いた臨床研究を行う場合に、そういった専門家を入れるべきかという点です。
 下の(4)を説明するに当たり、資料4の最後のページを御覧ください。現在の指針において、遺伝子治療等臨床研究を実施する場合、実施機関の長は倫理審査委員会に意見を聴いて、実施の了解を得た場合には、更にあらかじめ厚生労働大臣に意見を求めなければならないということになっております。その場合、新規性のある遺伝子治療の場合、厚生労働大臣は厚生科学審議会に諮問し答申を受けることにしております。その答申を基に、厚生労働大臣は研究機関の長に、実施可能か不適当かの意見を回答することになります。ここで資料5の4ページの(4)を御覧ください。ゲノム編集の場合に、遺伝子治療等臨床研究を新規性ありと判断して、厚生科学審議会の意見を聴く場合はどのような場合かという点です。
 次のページの(5)です。最後に、研究に係る試料及び情報等の保管期間は、最終産物については一定期間保管、被験者に最終産物を投与する前後の血清等の試料及び情報等については、10年以上の必要とされる期間は保存することとなっております。これは、被験者が将来新たに病原体に感染した場合等に、その原因が遺伝子治療等臨床研究に起因するかどうかを明らかにするためとなっておりますが、ゲノム編集の場合も10年以上の期間の保存ということでいいかという点です。事務局としては、このような点について検討を行う必要があるのではないかと考えております。
 今、検討事項案を御説明させていただいたのですが、今この検討事項案について御検討いただくというよりも、これについてはヒアリングが終わった後、また次回の検討会の際などに、具体的には御検討いただければいいかと思っております。現時点はヒアリングを行うに当たっての頭の整理ということで事前に御説明させていただきました。御説明は以上です。
○山口委員長 事務局より御説明いただきましたが、このようなことを念頭に、ヒアリングのときにも専門家の先生方のゲノム編集について、どういうところが課題とか、どういうところに問題点があるかということを念頭に置いて、ディスカッションしていただければいいかと思っています。
 ただ、今の事務局の説明に対して御質問等があればお願いしたいのですが、よろしいでしょうか。よろしければ、高橋先生と松原先生にこれから御説明いただくので、その後でも、特に事務局に質問したいことがありましたら、その場でも結構ですので、よろしくお願いいたします。事務局からの説明の内容を踏まえて、これから検討を進めていきたいと考えています。
 続いて、高橋先生、松原先生からのヒアリングに移りたいと思います。高橋先生から、主に基礎研究領域でのゲノム編集の技術の現状と今後の展望について、松原先生からは、ゲノム編集技術の臨床応用の展望についてお話を伺います。初めに、高橋先生からお願いいたします。
○高橋委員 筑波大学の高橋でございます。いろいろな先生方が基礎研究で、実験動物としてマウスを使われています。そのマウスというのは、今まではES細胞を使って遺伝子を書き換えていたのですが、ゲノム編集ができてからは非常に早い勢いで改変することができました。現在、我々のセンターではゲノム編集を使って、年間150ぐらいの遺伝子改変を行っています。非常にパワフルであるということで、私からはそのことを踏まえ、現在の現状と問題点についてお話できればと思っています。
 私は生命科学動物資源センターで、遺伝子改変マウスを供給するような仕事をしております。私の話は4つのパートからなり、全体で30分以内でお話させていただきたいと思います。先ほど下川様からお話がありましたけれども、まずはゲノム編集の概要ということで、最初のバージョンでは、ゲノム編集はそんなに早く普及しないと思われていたのに、なぜ急速に普及したかというお話をしたいと思います。その次に3つの制限酵素についてお話いたします。その後、CRISPR/Cas9というのが一番効率が良く、現在使われている方法なので、その応用使用例についてを話して、最後にゲノム編集の問題点について総括したいと思います。
まず、ゲノム編集とはということです。我々はマウスを使っているので、このスライドではマウスの40本の染色体と27億塩基対の話になっていますけれども、ヒトの場合だと30億塩基対と46本の染色体があるわけです。そのDNAを切断する機能を持ったタンパク質を「制限酵素」と言います。ゲノム編集の場合、非常に多様な配列があるわけですが、マウスの場合だと27億塩基対の中のある一定の場所だけに結合する方法が必要になります。その結合する方法というのは、タンパク質を使っている場合がこれからお話するZFNとTALENで、RNAを使っている場合がCRISPR/Cas9になるわけです。
 まず、ある一定の配列を認識させます。その後にその部位のDNAの片方の鎖だけを切断する場合と、両方の鎖を切断する場合があります。ゲノム上の任意のゲノムDNAを特異的に切断することができれば、ゲノム編集が可能になります。今まで分子細胞生物学で使っていた制限酵素というのは、非常に短い配列しか認識できなかったので、ゲノム上のいろいろな場所を切っていたのです。それが認識する配列を長くすることによって、ゲノム上のたった1か所だけ切ることができるようになり、いろいろな使い方ができるようになりました。特異性としてはマウスの場合ですと27億塩基対のゲノムDNAのうち1か所だけを生きている細胞の中で切断する機能があれば、人工制限酵素としてはその要求を満たすことになります。ですからヒトの場合に使えば遺伝子治療ができますし、マウスに使えば新たな遺伝子改変のマウスを作ることができます。
 先ほども資料にありましたが、今使われている人工制限酵素としては3つほどあります。最初に見つかったのがZinc Finger Nucleaseで、2番目がTranscription activator-like effector Nuclease (TALEN)です。3番目がClustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat (CRISPR)です。それら3つが使われています。現在、基礎研究のほうではほとんどがCRISPRになりつつあります。特に哺乳動物の場合は、CRISPRを使っていることが多いです。それぞれについて、少し具体的に御説明したいと思います。
 先ほどもお話したように、ゲノムの中の特定の塩基配列、遺伝子の並びだけを認識するような部位と、それを切断する酵素の部位が必要になります。ZFNの場合は亜鉛(Zinc)が真ん中にあって、タンパク質がループしているような構造があります。その1つの指(ループ)が3つの塩基を認識するようになります。ここに1つの指があるのですけれども、これが3つの塩基を認識します。この1つの指を作ると、例えばGGGという配列に結合します。その次の指のタンパク質の構造を少し変えてあげると、GGTという配列を認識する。それで、この2つをつなげれば6つの塩基を認識します。そうするとその特異性は4の6乗になって、その配列しか認識しなくなります。そのような形にしてゲノム上のある特定の配列だけを認識するように組み上げていきます。
 その後にFok1というDNAの片方の鎖だけを切る酵素がありますので、それをつないでおくと、この配列の隣のDNAの部分を切る形になります。Fok1はDNAの片方の鎖しか切りませんので、反対側の鎖についても同じように特定の配列を認識させて、こちらのFok1が切った所と近い所を切るような形にしてあげます。そうすると、DNAというのは2本鎖ですけれども、その両方が切れて壊れてしまいます。細胞というのは壊れたDNAをつなごうとするのですけれども、大抵の場合は切れた所にもともとの鋳型がない場合は間違いが入ってしまうのです。1個塩基が余計に削れてしまうとか、入ってしまうとか、もっと大きく削れてしまうことがあります。
 皆さんも御存じだと思うのですけれども、遺伝子暗号というのは3つの塩基が1つの意味を持って、重なりがないようにありますから、1個でもずれてしまうと意味をなさなくなってしまうのです。それで結果的には機能がなくなって、ゲノムの遺伝子のある特定の機能をなくすことができます。先ほどもお話があったように、そこに鋳型となるような別のDNAを用意しておいて、そこに有用な遺伝子や変異を入れておくと、それがはまり込むことがたまにあります。頻度としては非常に少ないのですけれども、そういう方法を使うと、例えばある変異を持っている患者の細胞を治すことができます。いずれにしてもZFNの場合はタンパク質でDNAを認識して、そこで場所を決めて、DNAを切る酵素で切っていくという形になります。
 これはTALENでも全く同じです。もともとTALENというのは、植物病の病原体であるキサントモナス属細菌にあるもので、この細菌が植物細胞に感染すると、DNAに結合するようなタンパク質を作ります。先ほどのZFNはかなり人工的なものですが、これはもともと自然界に存在しているもので、これが結合することによって、植物のDNAから遺伝子が読まれにくくなってしまう、TALEがゲノムに結合することにより、植物細胞の遺伝子発現の制御が抑えられてしまうように働きます。実は、切活性がない結合をするときにはゲノム自体を変えなくても、遺伝子発現を変えることも可能になってくるというのが後で出てきますが、その最初の形になるかと思います。
 この場合は先ほどのZFNとはちょっと違って、1つのドメインが1塩基を認識するようになります。それを1個1個積み上げてたくさん重ねていくことによって、特定のゲノムの配列を認識して、Fok1で切るという形になります。ですから、こちらもやはりタンパク質が塩基を認識し、酵素で切るという形になります。これだけでもかなり素晴らしい発見で、実際に使われていたのですけれども、この指を積み上げていくときに結構技術が要るのです。1個1個パーツを重ねて組み合わせていかなければいけないので、意外と時間が掛かったり技術が必要だったりするので、それほど早く普及しないのではないかというところも少しあったのではないかと思います。
 ところが次の世代のCRISPR/Cas9システムというのが出てきます。このCRISPRという配列があることは以前から報告されていました。現在、九州大学で教授をしている石野先生が、阪大微研にいらっしゃった1987年に見つけられたもので、実は日本で見つかったものなのです。非常に繰り返しのある配列が細菌の中にあることを見つけられました。その当時はまだ解析技術が十分ではなかったので、これが何をしているかがよく分からなかったのですが、これが実は細菌の中にある獲得性免疫の仕組みだということが、近年になって分かってきました。
 この大きな図が細菌そのものです。細菌に感染するいろいろなものがあります。例えば、我々が分子生物学で使っているプラスミドDNAやファージというのは、細菌に感染して増えるような寄生虫、細菌の寄生虫みたいなものです。ところが、これらが入ってきたときに、これらが持っている遺伝情報が読み込まれて、このスペースにはまり込みます。1回はまり込むと、それが転写されてRNAになることがあります。そうしますと、そのRNAを使って、これら感染性のものを壊すという働きがあります。
 ちょっと複雑ですけれども、実際にはファージやプラスミドDNAが感染します。そうすると、これらの配列がこのスペースの中に、direct repeatsの中に読み込まれます。ここからRNAが転写されるのですが、それが加工されて、侵入して来たファージやプラスミドDNAを認識できる相補的な配列を持っているわけです。ちょうど2本鎖DNAが相補的に認識するような形で認識するようになります。そうすると、もともとあったtrans-activating crRNAとペアを作って認識されるようになり、そこにDNAを切断する酵素のCas9が誘導されてきて、入ってきた細菌の部分を切ってしまいます。なかなか分かりにくいのですが、要は、この場合はRNAが特定の配列を認識して、そこにDNAを切るためのCas9というタンパク質を呼んでくるという形になります。
 これは実際に細菌の中で働いている仕組みなので、非常に効率がいいのです。後で実際に我々がマウスに使っている例を示しますけれども、大変効率が良くなっています。また、これらの細菌は基本的に我々の体の中にあるものなので、機能の至適温度としては37℃ぐらいで働くと言われています。先ほど植物体であったTALEなどは至適温度がちょっと低いので、哺乳類の細胞に使うには反応の速度が違ってきたりすることがあります。ですからヒトの細胞やマウスの細胞を使う場合は、CRISPRのほうが効率がいいだろうと言われているのです。そういう違いがあります。
 来週、日本国際賞の授賞式がありますけれども、これを見つけられたのが、今年度受賞されたDoudna先生とCharpentier先生です。特にCharpentier先生が基本的なメカニズムを見つけられて、Doudna先生が共同研究をされたのです。もともと認識するためには、crRNAとtracrRNAが必要だったのですけれども、これをリンカーでつないでしまって、1本のRNAでCas9タンパク質がDNAに結合できるように、もっとシンプルな方法にしてしまったのです。そうすると更に効率が良くなって、ゲノムの特定の配列をこのgRNAが認識し、そこにCas9タンパク質が来るということを実現することができました。
 後で構造をお示ししますけれども、このCas9タンパク質というのは、DNAの2重鎖の両方を最初から切る活性があります。ですから2つ合わせなくてもきちんと切ってしまうので、それだけでもかなり効率がいいだろうということになります。そうすると非常に簡単になって、gRNAの特定の配列を認識する部分を改変してあげると、ゲノムの中の特定の所を切ることができます。DNAを切断するCas9タンパク質は常に1個でいいわけです。このgRNA配列を例えばマウスのゲノムの中の紫の配列と同じような配列にしますと、このgRNAは27億塩基対のこの紫色の配列に結合します。そうするとCas9タンパク質はここに寄って行って、2本鎖DNAを切ってしまいますから、切れたDNAを治そうと思って、細胞が一生懸命頑張るという形になります。この配列を緑色の配列にしてあげると、今度は緑色の部分を切るという形になります。さらに青色にしてあげれば、青色の所を切るという形になります。
 皆さんは御存じかもしれないのですけれども、RNAを作ったりオリゴDNAを作ったりするのは、タンパク質のパーツを組み上げていくよりは非常に簡単です。我々の研究室ですと、このRNAを作るためのオリゴDNAというのを会社に頼みます。学生がWebで頼んで、次の日にそれが来て、それをベクターに組み込むともうそれでおしまいなので、3、4日で出来てしまうわけです。学生はパソコンが打てれば、それで終わってしまうわけです。ですから非常にパワフルだし、効率が良いということになります。さらにこのRNAさえ変えてしまえば、Cas9タンパク質が細胞の中にあれば、3か所同時に切ることもできるわけです。前の方法だとそれぞれ認識するものを、いちいちパーツを組み上げていかなければいけなかったのですけれども、その手間はほとんどなくなってしまいます。ですから非常に効率良く、しかも多重な改変ができるということがお分かりいただけるかと思います。
 では、実際にCRISPR/Cas9を使った応用例ということでお話したいと思います。最初に言いましたように、私は遺伝子改変マウスの作製をしているので、その例を示したいと思います。臨床応用については、後で松原先生からお話があると思います。例えば、マウスもヒトも大体2万個ぐらいの遺伝子があると言われています。その1個だけの遺伝子を欠失させたい場合に、今まではどうやっていたかと言いますと、まず万能細胞であるES細胞が必要でした。その中で、2万個ある遺伝子の1個だけに改変が入ったものを拾い集めます。その作業に大体2、3か月ぐらい掛かります。また、それをするためのベクター作りが更に3、4か月掛かるので、ES細胞を採るのに早くて半年、長いと1年、あるいは全然採れない場合もあります。
 それで、ある特定の遺伝子が壊れたES細胞を採って、それを胚盤胞の中に混ぜ込むのです。そうするとES細胞は万能細胞ですので、体のいろいろな場所に貢献したネズミ、入れたES細胞と、入れ物だった卵の細胞、由来の違う2つの細胞からできた1つの個体ができます。それがキメラマウスというものです。このキメラマウスから改変した遺伝子が生殖腺に入ると、次の世代に改変した遺伝子を伝えることができます。その場合、染色体の片方の遺伝子だけが壊れているので、ヘテロ欠損マウスということになります。そのヘテロマウス同士を掛け合わせると、初めて遺伝子の欠損したホモ欠損マウスができます。ですから、この作業をするのに一番早くても、大体1年掛かっていたのです。場合によっては2年ぐらい掛かっていたわけです。
 これがCRISPR/Cas9だと、卵に直接打つことができます。そうすると、ネズミの場合は操作した卵を移植して大体18日で生まれてきます。生まれてきてすぐに異常(表現型)が見える場合は、1か月以内で表現型が分かってしまうということになります。しかも非常に効率がいいので、最初から両方の遺伝子がないホモ欠損を作ることができます。ですから今まで1年単位で掛かっていた実験が、1か月でできてしまうのです。そういうこともあり、我々のセンターに非常にたくさんの御依頼が来ていて、今まで早くできなかったものを早く作ってほしいという形になっています。
 まとめると遺伝子ターゲティング、KOマウスと比べると、ゲノム編集というのは非常に早く簡便にできます。また、ES細胞がなくても受精卵さえ手に入れば何でもできるというか、どんな種類の動物でもできるという形になります。それが今問題になっている、ヒトに応用するという話になっているわけです。当然ヒトでも受精卵は手に入りますので、それで操作するというのも、理論的には可能になります。
 では、どれぐらいすごいのか。実際に我々が色素のないネズミを作った例をお示しします。今までの場合、ES細胞で色素を作る酵素の片方を潰してキメラマウスを作って、ヘテロマウスを作って、ホモマウスを作るという形でしたので、最短で1年掛かったのです。今はCRISPR/Cas9を、この受精卵に打ち込みます。18日たって生まれてきて、1週間たつと毛が生えてきます。そうすると1か月以内ですね。その状態のデータがこれです。これがもともとC57BL/6Jという黒毛のネズミです。その黒毛のネズミの黒い色素を作る遺伝子を壊しました。これは1匹の仮親のお母さんから生まれてきた7匹の子供です。7匹のうち、この2匹は真っ白ですよね。これは黒い色素を作る遺伝子が両方の染色体から除かれているというか、機能しなくなっているわけです。つまり、ホモ欠損が1か月以内にできてしまうということです。見てお分かりのように真っ白ですよね。ですから表現型も分かってしまいます。今まで1年掛かっていた実験が、1か月以内にできてしまうぐらい強力ということになります。
 ただ、注意していただきたいのは、全身が真っ白なものがいるのですけれども、このように斑になっているものもありますよね。この黒い所はその遺伝子がまだ生きていて、白い所は生きていない所なのです。先ほどお話があったのですけれども、これはモザイクという表現型です。要は効率はいいけれども、例えば卵に打った場合、全ての細胞で本当に遺伝子が欠損するかというのは保証がないのです。そうすると、一部ではそのまま元の遺伝子が残っている場合があるので、その辺の保証をどのようにするかというのも、1つの問題になっていきます。
 これは白毛のネズミについて、1番のネズミと2番のネズミの狙った遺伝子が、どのように欠損しているかを示しています。1番のネズミはある特定の塩基配列を置き換えるように、その場所に変異が入っている鋳型のDNAを一緒に入れているのですけれども、狙った鋳型のDNAが取り込まれて、GからTに置き換えることができています。こういう置換えをすると、ヒトの場合だと遺伝子治療が可能になるというか、変異があった所をもともとの正常に戻すことができます。そのようなこともできるのですけれども、別のほうの染色体は5塩基欠損しています。2番のほうは20塩基欠損していて、別な染色体は17塩基欠損しているのです。つまり、削れるほうはここをきちんと制御できないので、変な削れ方をする可能性があります。確かに効率は非常にいいのですけれども、まだ制御できない部分はあるということです。
 次に、もともとCas9というタンパク質は、DNAの2本鎖を切る働きをしているのですけれども、このDNAを切る活性を持ったタンパク質の部位というのが分かっています。RuvCドメインとHNHドメインというタンパク質の場所が、片側のDNA鎖と反対側のDNA鎖を切ることになっているのですが、この部位のアミノ酸に変異を入れてあげると、切らなくなってしまうということが分かっています。ですから実際に切らないようなCas9タンパク質を作ることができます。
 では、これをどのようにして使うか。既に報告が出ていますが、gRNAで特定のゲノムの所に、DNA切断活性のないCas9タンパク質を呼んできます。ただ、このDNAを切らないCas9タンパク質に、別なタンパク質を付けておきます。日本語の訳が上と下が逆になっているのですが、例えば遺伝子の発現を抑制するような働きを持っているタンパク質を付けてあげると、ある特定の場所に抑制するタンパク質が呼ばれて、その近くの遺伝子の発現を抑制することができます。逆に活性化するようなものを付けてあげると、近くの遺伝子を活性化することができます。逆に言うと、ゲノムのDNAを改変しなくても、遺伝子の使われ方を改変することができるのです。ですから、このようなdCas9に転写活性化因子や転写抑制因子を結合させることで、ゲノムDNAを変異させずに、目的の遺伝子発現を制御することも可能になります。既にそういう報告が出ています。そうすると、遺伝子治療をDNAを書き換えることで規定してしまうと、このようなDNAを書き換えない方法は、当然範囲外になります。1つの可能性としてはそういう事例があります。
 ゲノム編集の遺伝子治療の応用については、松原先生の御説明に詳しく出ていますので、こちらは割愛させていただきます。
 ゲノム編集のまとめです。人工制限酵素であるZFN、TALEN、CRISPR/Cas9を、細胞あるいは受精卵に導入することで、任意のゲノムDNAを特異的に変異させることができます。それから、人工制限酵素によって2重鎖切断されたゲノムDNAは、ただ再結合するものと、鋳型があってそれを基にして作るという修復が行われます。ただ再結合するほうは、難しい言葉で「非相同末端再結合」と言っています。その場合は先ほどお示ししたように、変な削れ方をする場合があります。それから「相同組換え修復」をすると、特定の変異を入れることはできるのですけれども、頻度がすごく低いので、臨床応用にするのがなかなか難しいということが分かっています。最後に御説明したように、切断活性がない人工制限酵素でゲノムDNAに変異を導入しなくても、遺伝子の発現を制御することができます。ですから、そういう治療の応用の可能性もあるという形になります。
 最後に問題点です。1番目ですが、確かに効率が良く、ある特定の配列を認識できますし、任意のゲノムDNA部位を特異的に変異させることはできるのです。しかし依然として似たような配列に傷を付けてしまう可能性は否定できません。それは当然のことながら、ある確率で起こりますので、絶対にそこしか付かないというものは作り得ないというか、非常に難しいわけです。そうすると、狙っていない所に変異が入る可能性があります。それを難しい言葉で「オフターゲット」と言っています。この間、FDAでCRISPR/Cas9についての日米のシンボジウムがありました。そこでもFDAでどこまでオフターゲットを調べたら臨床応用を許可するかが話題になっていたのです。そこは非常に微妙な問題というか、非常に難しい問題ですよね。リスクと患者のベネフィットということがあるかと思います。
 それから、先ほどデータをお見せしたように、全ての細胞で目的の変異が導入されないというのは、当然あり得ます。先ほどのモザイクです。ですから、そこがどこまで許容できるかというのも、治療の目的としたときに考える必要があるかと思います。
 3番目は、Cas9というタンパク質とgRNAというRNAで、ゲノムDNAを変異することができますから、先ほど事務局から御説明があったように、当然のことながらDNAを使わなくても変異できるので、今までのベクターを使う、DNAを使うという制限では、当然それは範囲外になってしまい、対応できないという形になります。
 最後に、切断活性がない人工制限酵素を使った場合は、ゲノムDNA配列に変異を入れずに遺伝子の発現を変えることができるので、DNA配列の変化の有無だけで、例えばある変異を入れるということで規定してしまうと、それでは全部を規定できない可能性が当然出てきます。ですから非常に素晴らしいツールですけれども、やはり今はまだ発展途上の技術ですし、いろいろな問題点があることが、お分かりいただけたのではないかと思います。私の発表は以上です。どうもありがとうございました。
○山口委員長 どうもありがとうございました。多分今も御質問があると思うのですが、時間の関係もありますので、先に松原先生の御講演も頂いた上で、まとめてディスカッションの時間を取りたいと思っております。よろしいでしょうか。
○松原委員 国立成育医療研究センターの松原です。まず、私のこれまでのバックグラウンドのお話をさせていただきます。現在は、国立成育医療研究センターの研究所におりますが、4年前までは東北大学におりました。そこで25年ぐらい遺伝子性の難病の研究、それから診療に従事していました。現在は、日本人類遺伝学会の理事長をさせていただいております。本日は、事務局のほうから国内での臨床応用への可能性、治療対象になる疾病、臨床応用のはらむ問題点、技術的、倫理的な点についてお話するようにということで御依頼を頂いております。ただ、最後の問題点の技術的な側面については、高橋先生が非常に分かりやすくお話をされていましたし、倫理的な側面に関しては、専門の方がこの委員会にいらっしゃいますので、むしろ私からは人類遺伝学的な立場からお話をさせていただきます。
 ゲノム編集の対象となる細胞としては、体細胞ゲノム編集、それから生殖細胞・受精胚のゲノム編集と分かれると思います。体細胞は本人の遺伝子を改変するけれども、その子孫に伝わらない。一方、生殖細胞・受精胚は子々孫々にまで遺伝子改変が継承されるということです。これは最後にお話します。人類の遺伝的多様性とか、優生学への懸念が出てくるというようなことがあります。
 結論的なスライドを最初にお話します。国内においてヒト試料を用いたゲノム編集の可能性について、これは私の考え方ですけれども、このように考えています。まず、医学研究の種別としては3つに分けられています。
1番目は、基礎的な研究です。この基礎的な研究というのは、いわゆる基礎研究ではなくて、ヒトの実際の試料、受精胚を含むものを用いるけれども、ヒトの体内へは戻さない、赤ちゃんの出生へは至らないというものです。2番目は、体細胞のゲノム編集による疾病治療。これが多くの遺伝病の患者さんで望まれているものだと思います。3番目は、生殖細胞や受精胚のゲノム編集による疾病治療ということです。
 1番目の基礎的研究は、いろいろな研究者がこれからたくさん参入してくることは間違いないと思います。2番目の体細胞のゲノム編集は、患者さんにとって待ちに待った治療法開発ということです。これも、欧米では既にどんどんやられていますけれども、日本に入ってくるだろうと思います。3番目の生殖細胞や受精胚のゲノム編集は、現在の遺伝子治療の臨床研究の指針では、これはやらないということで最初から排除されていると思うのです。そういうのは、恐らく数年たってくると、そんなことは許されない時代になってくるのだと思います。現時点での実施というのは、技術的な側面もありますし、倫理的なことも解決していないので、現時点では考えにくいけれども、あらかじめ想定しておかないと、この委員会の結論を出した頃には、もう既に外国ではやっているなどということになりかねません。私は、本委員会でもある程度話合いはしていく必要はあるだろうと思います。
 実際にこの体細胞ゲノム編集による治療対象疾患というのは、既にいろいろなものが考えられております。理論的には、遺伝子を変えることによって治せる病気は全て入ってくるわけですが、実際に海外では臨床試験が進んでおります。例えば、遺伝性疾患では血友病Bについて、海外では臨床試験が進行しています。血友病Bというのは補充療法があるので、別にこんなことをやらなくてもいいのではないかという議論もあるかもしれませんけれども、既にこれは進んでいます。それから、がんの免疫療法、これは海外で臨床試験が進行しています。それから感染症ですが、HIV感染、エイズの治療に関して、非常に良い成果が既に海外では出てきています。どれも、体細胞ゲノム編集による治療は、海外で臨床試験が進んでいます。日本に入ってくるのも時間の問題だと思います。
 最後に「遺伝子機能の増強(enhancement)」と書いてありますけれども、これもある程度考えておく必要があるかと思います。これは遺伝子ドーピングに相当するわけです。例えば、筋肉を強くするような遺伝子を導入して、筋肉を強くするというようなものです。今のところenhancementというのはやってはいけないだろうと思われているかもしれませんけれども、非常にグレーゾーンの部分があります。これは既に言われていることですけれども、筋ジストロフィーの治療の対象になるような遺伝子を入れることによって、筋肉を増強できるようなものがあります。例えば、原因不明で筋力が低下する病気の方がいて、原因がよく分からない。でも、その方に筋ジストロフィーの治療に使われるような正常な遺伝子を増強してあげることで、その患者さんの病態を改善することができるのかも分からないです。そういう人に投与するのは治療なのかenhancementなのか、という非常にグレーゾーンのものも出てくると思いますので、こういうことも議論しておく必要があるだろうと思います。
 生殖細胞あるいは受精胚のゲノム編集による治療対象となり得る疾患。これは、現在の我が国の遺伝子治療の臨床研究指針をそのまま拡大していくと、これは最初から考えないということになっています。実は、これは難病の世界では考えていかなければいけないものだと私は思います。
 まず、ターゲットとなるような次世代への遺伝性疾患伝搬の防止です。患者さんが、自分のお子さんにそういう遺伝病を伝えないためにどうするかということで、生殖細胞をいじったり、受精卵をいじったりということは理論的に考えられるわけです。
 実際にマウスではやられているわけですから、ヒトにやるのもテクニカルには全く同じですのでできないわけがないのです。現在、次世代への遺伝性疾患伝搬の防止として、現在の選択肢、実際にやられていることは着床前診断、出生前診断によって、生命の選別、これが行われています。
 例えば、着床前の受精卵、あるいはお母さんの中にいる胎児を遺伝子診断で調べて、病気を持っている受精卵、あるいは胎児を抹殺するということが、現実には医療として日本でたくさん行われています。妊婦さんの血液を採って、いろいろな病気診断、NIPTというのがやられています。これは、結果としてどういうことがやられているかというと、生命の選択が行われているわけです、非常にネガティブなセレクションが行われているわけです。そういうものを認めておきながら、ポジティブな面でのゲノム編集がどうして認められないのか、という議論は必ず出てくると思います。
 多臓器が罹患する遺伝性疾患に関しては、患者さんのあらゆる臓器に遺伝子編集を個別に行うというのはなかなか難しいです。やはり、これは受精卵の段階で1つの細胞、あるいは数細胞の時期に治すということが一番簡単な治療法になります。こういうものがターゲットになると思います。その典型的な領域としては不妊症、不育症の一部の疾患。遺伝的に異常があって赤ちゃんができない、あるいは赤ちゃんが生まれてこないということで悩んでいるカップルはたくさんいらっしゃいます。不妊症のクリニックでも、こういう患者さんがたくさんかかっていらっしゃいます。そういう方たちに恩恵をもたらすという意味での、受精卵、あるいは生殖細胞へのゲノム編集というものは当然選択として存在するわけです。
 それでは、実際にこういう遺伝性疾患というのは、今何種類ぐらい知られているのかということです。これは4月7日の最新の統計です。このOMIMという世界的に有名な、遺伝性疾患のカタログのサイトがあります。ここは日々更新されています。結論から言うと、病因遺伝子が解明された疾患は4,979種類、約5,000種類あります。これは、生まれながらにある遺伝子の一部、多くの場合1塩基ですけれども、そこに異常があるために病気を起こしているものが大体5,000種類あります。こういった疾患は、そこの塩基を正しいものに直してやれば、全部直すことができます。ですから、理論的にこれは全てゲノム編集による治療の対象となる。現実はどうかは別として、こういうものが対象となり得るということです。
 こういう遺伝性疾患に対して、現在ほとんどの疾患では対症療法しか存在しません。有効な治療法が確立された疾患は少数です。一部の先天代謝異常症では特殊な食事療法、酵素補充療法、シャペロン療法といったものが開発されてきておりますけれども、本当に数えるほどしかありません。
 それから、従来の遺伝子治療が様々な疾患で試みられておりますけれども、実際にヒトで成功した疾患は本当に数えるほどしかありません。こういうことで、遺伝性疾患の99%以上は有効な治療法が存在しないのです。そこにゲノム編集というのは光明をもたらすと言えると思います。
 先生方はよく御存じと思いますけれども、従来の遺伝子治療というのは、正常な機能を持つ遺伝子を外から補充する方法です。外来性の遺伝子挿入部位の制御は困難で、発がんを引き起こした事例という、重症複合型免疫不全のX-linkedのタイプで起こっております。発がんを引き起こした例などが発生しております。それから異常を持つ患者の遺伝子を取り除くことはできません。したがって、誤った遺伝情報の下で作られた、異常タンパクが病気の原因になっている場合、例えば優性遺伝性疾患では、こういった従来の遺伝子治療のテクニックは使えないです。しかし、ゲノム編集技術を用いた遺伝子治療というのは、患者の遺伝子変異を正常な遺伝子に改変するため、あらゆる遺伝性疾患に応用可能ということで、これは様々な遺伝難病に苦しむ患者さん、御家族にとっては夢の治療法となる可能性があります。これは間違いないと思います。
 実際に今後どういうものがゲノム編集の対象となるのだろうか。既に海外では体細胞のゲノム編集が始まっております。システックファイブロースであるとか、日本人にはほとんどないような様々な病気でいろいろやられています。それをどういう優先順位で考えていくのかということも、ある程度は想定しておく必要があると思います。5,000もの遺伝性疾患があるわけですから、ある日、突然ある大学、あるいはクリニックから、こういう患者さんが自分の所に来た。そういう方たちの体細胞ゲノム編集を研究としてまず始めたいということ。患者さんから出発した要請というものが出てくる可能性があります。まず、そういうことが考えられます。
 その一方で「疾患の重症度」、ものすごく重い疾患というものから始めるべきではないかという議論もあるかと思います。そこで問題となるのは、一体何をもって重症と判断するのかということです。現在は着床前遺伝子診断でやられておりますのは、デュシェンヌ型の筋ジストロフィーという病気があります。これは大変な難病です。患者さん、御家族は大変な思いをされている病気です。ただ、一方でデュシェンヌ型の筋ジストロフィーの患者さんは普通に生まれてきて、ある年齢までは普通に育つ。だんだん筋肉が弱って20代、30代で亡くなる方が多いのですけれども、知能は正常です。学校へ通うこともできます、お話もできます、ある年齢までは食べることもできます。その一方で、生まれたときから食べることも、飲むこともできない、自分で排泄の処理もできない、寝たきり。もちろん話をすることもできない、コミュニケーションもできない、そういう遺伝病が山のようにあります。どっちが重いのだろうかという議論があると思います。
 3番目は「代替治療の有無・比較」ということも議論されています。代わりの治療法があるのだったら、別にゲノム編集などやらなくてもいいのではないかという議論も確かにあると思います。ただ、その代替治療も患者さんのQOLを非常に損なうような治療、例えばほとんど病院に入院していなければいけないような治療であったり、治療費用の問題もあります。一部では、酵素補充療法という非常に高価な治療法が遺伝病の患者さんで実施されております。ゴーシェ病、ファブリー病というのがありますけれども、大人だと大体年間に5,000万円ぐらいの薬代がかかります。そういう患者さんが例えば20年生きたとすると10億円ぐらいかかります。補充療法をすればするほど患者さんは長生きします。そういうものがあるからいいではないかとは言っていられない面もあります。ゲノム編集で一発で治るのだったら、そっちのほうがいいかもしれない。そういう医療経済的な観点もあるかと思います。
 4番目の「疾患の頻度」です。海外ではシステックファイブロースというのは、既に臨床試験がやられておりますけれども、日本ではこういう疾患はほとんどないです。そこの観点から選んでいくということもあります。
 5番目は「技術的観点」です。技術的に容易なものから始めるという視点もあるかと思います。こういう視点から見ると、体の外に細胞を取り出して、外で操作を加えて体に戻す。血液の造血幹細胞というものをターゲットにして行うようなものから始めるということも、優先順位として考えるべきなのかもしれません。
 6番目は「ビジネスの視点」です。ゲノム編集というのは、実はビジネスの世界が入ってきています。例えば、アメリカでもサンガモ社が既にゲノム編集を使っての臨床を始めています。彼らが狙っているところがいかに儲かるかという視点です。株主をいかに満足させるか。今までのものとは違った視点から、どのようなものから始めていくかというものを考えていく必要があるだろうと思います。
 サンガモ社の遺伝子編集によるHIV感染の治療というのは、HIVウイルスの感染によってエイズが起こりますが、これまで、エイズウイルスをどうやってやっつけるか、体の中でどうやって育たないようにするかということで、いろいろな治療法が出てきています。ゲノム編集を使ったアプローチというのは、ウイルスに対しては一切タッチしません。どこを変えるかというと、患者さんのリンパ球の表面にあるCCR5というレセプターです。ここに欠損を起こします。そうすると患者さんのリンパ球は、エイズウイルスに感染することがない、感染しないのです。エイズウイルス抵抗性の体に変えてしまうのです。エイズウイルスにかかっている患者さんの造血幹細胞を採ってきて、CCR5を潰して、また戻してやるとエイズウイルスがいなくなります。これは、既にサンガモ社が臨床試験を成功しています。こういうことが実際に出てきています。
 そういうことで、ヒトゲノム編集を使って、ヒト個体をHIV感染抵抗性に変えてしまうという、ある意味感染症の新しい治療コンセプトを生み出すといったものも出てきています。
 こういうゲノム編集の臨床応用をめぐる課題はたくさんあります。先ほど高橋先生からもお話がありましたけれども、オフターゲットの問題は解決すべきものです。まだまだ狙った所だけを変えないで、変な所まで変えてしまう。ただ、これはどんどん技術革新が進んできておりますので、いずれピンポイントで変えるという技術が出てきてもおかしくない。そういう中で技術革新は日進月歩です。
 先ほどお話がありましたけれども、いろいろな指針で、例えば遺伝子を導入することで規定するとか、技術論で規定するというようなことをやっていると、来年出てきた新しい技術というのは、今までの指針をどう読んでもそこに引っ掛からないなどというのが出てくる可能性があります。ですから、もっと大きなところで、生命倫理的な側面からある程度規定をしておかないと、実地の指針だけで網をかぶせようといつまでもやっていると、パッチーなことで、後から後から追いかけるということになりかねないということがあります。
 もう1つ、ゲノム編集は痕跡が残りません。不妊症クリニックで突然記者発表があって、この赤ちゃんは中国でゲノム編集して生まれた赤ちゃんです、という発表をもしした場合に、本当にそうかどうかということを証明する手立てがないのです。「悪魔の証明」という言葉がありますけれども、それと同じなのです。「やりました」と言っても、「いや、そんなものどこに証拠があるんですか」と言われれば、証明のしようがないのです。
 それから先ほどもお話がありました、特殊な設備を必要とせず、簡単な技術で、しかも安価に「試す」ことが可能です。成育医療研究センターでも、大学の学部学生が来て実験しております。マウスを使って、遺伝子改変マウスをゲノム編集で作るということを日常茶飯事に行っています。マウスの受精卵をヒトに代えれば、そのままやれるのです。しかも聞いたところによると、ヒトの受精卵のほうが大きいのでやりやすいと皆が言っています。試すのは簡単なのです。本当にピンポイントで正しく治療ができるかというと、これはまた別問題なのですけれども、技術的には簡単に試せる。しかも、必要な試薬はネットで注文すれば、それこそ数十万円で買えます。
 これまでのいろいろな先端技術というのは、大学であるとか大きな医療センターでしか出てこなかったわけです。これは、全国津々浦々ある600の不妊クリニックのどこでもやろうと思えばやれます。患者さんから採った受精卵で、もう用済みで捨ててしまう受精卵が目の前にあります。必要な試薬はネットで注文できます。技術は、受精卵に注入する技術だけでいいのです。あとは、それを体内に戻して赤ちゃんが生まれてしまえば、これはゲノム編集のベイビーが誕生してしまいます。いつ、どこでそういう事態が起こってもおかしくない、そこまで来ているわけです。
 そういう中で、今の指針は臨床研究に関する指針です。ある不妊症クリニックで、「研究ではなく患者さんからの要望によって、医療行為でやったのです」と言われたらどのように取り扱うのか。これは、生殖補助医療の現場でそういうことが現実に起こっています。海外にそういうことを依頼して、赤ちゃんが誕生している、あるいは自分の所の中でそういう技術を使ってやっている。「これは研究ではないのだ、本当にそういうことで悩んでいる患者さんを救うためにやった医療行為である」と言うこともできるわけです。これは非難できないですよね、そうかもしれない。そういうことが、そこいら中で起こると困るわけなので、そういう所にどういう規制をかけていくかという問題もあります。
 もう1つは国境を越えた臨床応用の可能性です。例えば難病で困っている患者さんのカップルの精子、卵子を凍結したまま海外に送って、ゲノム編集して、受精卵をゲノム編集する。その卵を日本へ送ってもらって子宮に戻す、あるいはそのカップルが海外へ行って子宮に戻す。ベイビーは日本で誕生する。そういうことも考えられるわけです。そうなるとゲノム編集によって、遺伝病を未然に防いだ赤ちゃんが初めて生まれるということが、もう研究を飛び超えて、いきなり臨床で出てくる可能性もあるわけです。
 もしそのようにして生まれたベイビーがいた場合に、世代を超えた安全性の確認をどうやって行うのかという問題があります。先ほど、その試料を10年保管というように言いましたけれども、ゲノム編集を経て生まれてきた個体が、本当に50年、60年大丈夫なのか。そしてその孫が大丈夫なのかどうかということになると、やはり世代を超えて追いかけていかないと、本当に大丈夫かどうかという検定はできないのです。そういうものも目の前に迫っているのだと思います。
 残りの時間を頂いて、現時点では行われないのですけれども、もう間もなく目の前に来ている生殖細胞のゲノム編集の懸念を、人類遺伝学の視点からお話させていただきます。鎌状赤血球貧血という病気があります。これは黒人に見られる病気で常染色体劣性遺伝疾患です。これは赤血球のヘモグロビン異常症で、低酸素状態・脱水症で正常な赤血球が鎌状に変形して、多臓器に多発性の硬塞を起こしたり、赤血球破壊による貧血を起こしたりと非常に重篤な疾患です。
 この病気については、既に高校の生物の教科書に出ている例です。こういう病気が黒人に見られるわけですけれども、この鎌状赤血球貧血とマラリアの関係というのはよく知られています。この病気は大変重症な遺伝病なのですけれども、この保因者というのはマラリア感染に耐性なのです。遺伝子変異を保因していると、マラリアにかかりにくいのです。そういうことで、赤道直下の、マラリアが蔓延している地域に住んでいる方では、この病気を持っている、家系が持っているということで、実は生存には非常に有利だということがあります。病気を持っていることと引換えに、マラリア感染に耐性を持っているという、非常に微妙な遺伝子変異というものがあります。
 こういうことは、鎌状赤血球貧血だけではなくて、私たちが抱えている様々な疾病にも言えるわけです。たくさんあるのですけれども、本日は時間がないので、糖尿病と遺伝子多型の話をさせていただきます。糖尿病というのは、社会的にも問題になっている非常に大きな健康問題です。日本の医療費も非常にたくさんかかっております。この糖尿病というものは、人類の歴史と非常に関係があります。もともと人類の歴史というのは、長い間飢餓との闘いでした。食べ物がなくて飢え死にしていた。日本でも江戸時代に何とかの飢饉などというのがたくさんありましたけれども、そういうものとの闘いにずうっと人間は過ごしてきました。
 実際に人間のゲノムを見てみると、血糖値を上げるホルモンは5種類もあります。血糖値を下げるホルモンはインスリン1つしかないのです。つまりヒトの体というのは、何とかして血糖値を上げるベクトルに全部向いているわけです。血糖値を下げる安全弁は1つしかないのです。そのように「飢饉」にさらされる環境で、生存に有利な体質を作ってきたのです。
 それが現代の「飽食」の環境に置かれるとどうなるかというと、糖尿病になりやすいのです。その極端な例が、北米に住んでいるピマインディアンという種族です。この人たちは、米国の先住民族で、非常に貧しい食環境の中で、飢餓の中を耐え抜いてきた民族です。こういう人たちが、アメリカの非常にカロリーの高い食にさらされると、糖尿病、肥満が必発です。そういう意味では、米国の食環境の中で悪い遺伝子を持っている。糖尿病、肥満になりやすい遺伝子を持っている人たちなのです。しかし、そういう人たちで、いまだにメキシコの山岳地帯に住んでいて、ある意味健康的な食事を食べている、すごい運動をする人たちの間では、肥満、糖尿病はほとんど発症しないのです。
 これを考えると、もし地球的規模の食糧危機が到来すると、生存に有利な体質は一体どっちなのだろうか。例えば、糖尿病に強い体質に私たちの遺伝子をゲノム編集で変えてしまったら、将来、地球的規模の飢餓が起こったときにみんな死んでしまいます。結局、ヒトゲノムには人類の進化の歴史が刻まれて、それを私たちの浅はかな知恵で変えてしまうということは非常に危険を伴うのです。
 ある遺伝子型がその個体にとって有利か不利かは環境によって異なります。こういう遺伝的多様性の保持というのは、人類の未来にとって非常に重要です。これを安易に変えてしまっていいのかという根源的な問題があります。その時代の「医学的常識」や「専門家の見識」は正しいとは限りません。
 もう1つ私が言いたいのは、「健常人」のゲノム解析となると、必ず数十箇所以上のゲノム異常、致命的なゲノム異常が、全ての人で見付かります。この部屋にいらっしゃる皆さんも、今の次世代シーケンスでゲノム解析すると、とんでもない遺伝子変異をたくさん持っています。ただ、同じ遺伝子変異を持っている人と結婚して、子供が生まれない限り表に出てこないので知らないだけなのです。だから、原理的にはゲノム編集の対象になるのですけれども、そんなものまでどんどんいじっていっていいのかどうかという根源的な問題があります。つまり、人類の未来を変える生殖細胞のゲノム編集を安易にするのは極めて危険だということです。
 最後に私が申し上げたいのは、ある時代の医学的常識や専門家の知識は正しいとは限らないという例です。これは最後のスライドです。かつて我が国と世界を席巻した優生学というのがあります。遺伝的に劣った形質を、日本民族から排除して、優秀な大和民族を作ろうということが世界中を吹き荒れました。これは当時の新聞です。昭和8年の新聞記事と、昭和11年の新聞記事です。こちらは読売新聞で、こちらは大阪朝日新聞です。毎日新聞も同じような記事を書いています。
 「悪血の泉を断って護る民族の花園。研究3年、各国の長をとった“断種法”いよいよ議会へ」「画期的な法の産声」と書いてあります。「手術を受けた者 氏名は絶対に秘密」と。こっちは、「大和民族の悪質を断って誇りをますます高む。ナチスの向こうを張って」「来議会に“断種法”を出す」、これは断種法なのです。当時の医学界、法曹界の重鎮、政治家による「合議」で策定されて、マスコミも寄ってたかってこれを煽ったのです。
これはまだ昭和1桁ですから、別に政府が圧力をかけて、わざわざ新聞社に意図に反した記事を書かせたわけではないのです。みんなこういう方向にベクトルが向かっていたのです。日本だけではなくて、先行する米国、ナチスドイツに追い着け、追い越せということでやったのです。この結果、昭和15年に国民優生法ができました。戦後、それを引き継ぐ形で、昭和23年に優生保護法ができました。その時にハンセン病の患者さん、あるいは精神病の患者さんの断種といったものも入れられました。その法律が変わったのが平成8年です。
 2つの教訓があると思うのです。その時々でみんな正しいと思っていたことが、実は数十年たつと、あんなとんでもない時代があったのだ、ということがあることが1つです。もう1つは、一旦法律ができると、特に我が国は何十年もこれが変わらないのです。法律の下にとんでもないことが実施されることがあると思うのです。そういうことで、今回指針の見直しということになりましたけれども、こういう観点も入れて、私たちはただ、ただ指針の技術的なことだけを考えるだけではなくて、もっと大きな視点でこの指針の見直しを考えていただければと思います。以上です。御清聴ありがとうございました。
○山口委員長 松原先生、ありがとうございました。高橋先生、松原先生にゲノム編集に関する基礎的なところ、そして人類遺伝学までにわたる幅広い話を松原先生にしていただきました。かなり多くの御質問等があるとは思いますけれども、最初の辺りは、できればお二人の先生方への質問を集中的に議論させていただいて、後のほうで次回以降の議論になるところを、もし時間があればさせていただければと考えております。まず、お二人の先生方に御質問等がありましたらお願いいたします。
○今村委員 松原先生のお話は、これとは全然別の内容で、一昨日の内閣府の生命倫理調査会でお聞きしました。特にヒトの受精胚を用いたような研究、あるいは既に臨床応用もすぐにも可能かもしれないというような状況において、国としてどういった規制をしていくべきなのか。また、国としてはまだそういう準備ができていない段階で、既に関連4学会、あるいは6学会の有志と言いますか、そこに選ばれた方でその規制の在り方、倫理的な生命倫理の考え方を考えていこうというのを既に発足させているのだと。ついては自分たちとしては、要するにその委員会というものをオーソライズされたものに是非ともお願いしたいという趣旨の御意見を出されました。日本医師会としても、同じような考え方を持っております。
 生殖補助医療というのは、日本の今の状況では非常に進んだ段階に来ていて、既に30人にあるいは20人に1人ぐらいが生殖補助医療によって生まれた子供であるという状況になっている。それほどありふれた医療技術になっている。しかも受精胚というのは、その医療機関に保存されているという状況の中で、このゲノム編集技術というのが非常に急激な速さで進歩してきている。
 CRISPR/Cas9というようなものを使えば、かなり先端的な医療機関でなくても、そういったものができるのだということをお聞きすると、本当に慄然とするような状況になっているのではないか。ついては、国としてそういうふうに生命倫理を中心として、医療技術というものをどのように応用していいのか、あるいは規制していくのかということを真剣に考えなければいけないという時期に本当に来ているということです。
 私としては、本日はおっしゃらなかったけれども、そのように国がオーソライズしたような生命倫理に関する、そして医療技術に関する委員会、あるいは機関というものを早急に考えていくべきではないかと思っておりますので、その点についての議論も是非ともお願いいたします。
○山口委員長 これは松原先生への御質問と、事務局への御質問も多分あったのだろうと思います。まず松原先生のほうから、今村先生の御意見に対してコメント等がありましたらお願いいたします。
○松原委員 今村先生、コメントをありがとうございます。追加で申し上げますけれども、今は4学会、そして2つ増えて6学会が声を上げて、何とかこういうものの研究を推進するために委員会を作って、今の日本における研究についての審査の体制を作るということで手を挙げましたけれども、これは私たち学会が主導してやりたいということではないのです。どこもやってくれない、みんなお見合いをしているだけなのです。海外ではどんどん始まっているのに、日本は良心的な研究者であればあるほど、規制のない中で研究を始めると、これは非常に怖いのです。後ろから刺される可能性もあります。そういう意味で、日本に対する正しい筋道、大きな指針を作っていただきたいということで学会が手を挙げたということです。決して私たちが率先して、先頭を切って走りたいということではありませんので、その辺は御理解いただければと思います。
○今村委員 御存じの方もあるかもしれませんけれども、私ども日本医師会は、既に5年ほど前に、生殖補助医療に関わる医師について指定制度、あるいは認定制度をきちっとやっていただきたいと。その当時は、まだこのような医療技術の超速な進歩は予期していなかったのですけれども、それでもいろいろな事情で、私どもの主張がほとんど議論されないまま置いてけぼりになっているという状況もあります。
 先ほどおっしゃっておられました優生保護法、そして今は母体保護法というものになっておりますけれども、これについては指定医制度というのがあって、そして指定医のみが母体保護法に関わる人工妊娠中絶手術をできるのだというようなやり方をしております。生命の萌芽を扱う生殖補助医療についても、是非ともこういった指定医制度、あるいは認定制度、あるいは登録医制度というものを考えていただきたいと思います。
○山口委員長 ご質問の中の国の対応の部分については、正直申しましてこの委員会の範疇をかなり超えているところもあると思います。この委員会で議論していった結論として、そういうことも考えてほしいという意見は出せるような気がするのですが、直にここで議論するのは難しいかなと。私自身の解釈ではそのように思っているのですけれども、事務局としてはいかがですか。
○下川研究企画官 生殖細胞と受精卵に対するゲノム編集の臨床応用については、やるべきではないということが現時点では内閣府の生命倫理専門調査会における中間とりまとめで示されております。将来的にこういう病気の場合には、こういう条件で認めるべきだと、その生命倫理専門調査会のほうでそのような方向性が出れば、この委員会でまた議論が必要であると思うのです。現時点では、生命倫理専門調査会のほうでも、日本学術会議のほうでも、受精卵に対してはゲノム編集の臨床応用をすべきではないとなっている現時点では、まずは体細胞に対して御議論いただきたいということです。
 生殖細胞はもちろん重要なのですが、まず臨床的にやられるのは、体細胞のほうが多分近いのだろうというのもあります。この委員会では、生殖細胞に対する御意見は議論していただいて結構なのですが、体細胞のほうを中心に御議論いただければと事務局としては考えております。
○山口委員長 結論としては、今村先生の言っていることを何かの形でアウトプットできるものは出していければいいのかなと。ただ、全面的に生殖医療の議論をする場では正直言ってないのかもしれません。こちらは、例えば遺伝子試料をそういうことに提供したときのリスクとか、そういう評価はできるのだろうと思います。その制限があるのかと思っています。
○中畑委員 松原先生の話にもありましたが、体細胞と生殖細胞と2つに分けて、今後いろいろ議論が進むと思うのです。もう1つ第3のカテゴリーと言いますか、例えばiPS細胞は限りなく受精卵に近い。ただ、受精卵とは全く違うのですけれども、非常に近い細胞であり、全ての細胞に分化できるということ。実際に我々も一般的に、遺伝子異常を持った患者さんからiPS細胞を作って、そのiPS細胞のゲノム編集をして、正常に戻して、その分化がどうなるかということは、本当に日常茶飯事に行っているわけです。そういうiPS細胞から作られた細胞を、今後どうやって使っていくのかということも、恐らくこの会で議論していただくことになると思いますので、よろしくお願いいたします。
○山口委員長 位田先生どうぞ。
○位田委員 生殖細胞問題というのは、日本に生殖補助医療とか、生殖そのものに関する法律が全くないところが一番大きな問題なのです。先進国の中で、生殖補助医療に関する法律や、先ほどは認定医のお話がありましたけれども、国が1つの制度を作っていない国というのは日本だけだろうと思います。したがって長期的に、長期的にと言うとできないので、むしろ短期的にと申し上げたいのですけれども、生殖に関する基本的な法律を作っていただきたいというのが私が申し上げたい1つです。
 もう1つは、確かに体細胞と生殖細胞を分けられるのですけれども、中畑委員がおっしゃったように、iPS細胞をゲノム編集で変えて、精子、卵子を作り、それを使って受精をするというところまでは、研究としては可能になっているので、出来上がった生殖細胞、大きな病気を持っていない受精卵が出来たときに、それを誰も子宮に入れないということが本当に保証できるかというと、国内ではそれを禁止する規定も何もないわけです。
 同時に、海外に行って受精卵にゲノム編集をしてもらって、若しくは海外に行ってiPS細胞を作ってゲノム編集してもらい、それで受精卵を作って、女性が自分の子宮に入れて、妊娠した状態で戻ってきて、日本で生まれるというケースはあり得るわけです。その他いろいろなシナリオがあります。今、確かに重要なのは体細胞かもしれないけれども、これだけで本当に議論していいのかというのは、私は今の段階では非常に疑問があります。
 ただ、生殖細胞の問題まで議論し始めるときりがないので、取りあえずは体細胞でこの委員会では議論するのだろうと思います。本当に生殖細胞の問題もすぐ目の前に来ているということで、厚生労働省のほうも御理解を頂ければと思います。
○伊藤委員 日本難病・疾病団体協議会の伊藤です。高橋先生と松原先生のお話を聞いて、やはり大変な話なのだなというのを実感しました。ちょっとお伺いしたいことが1つありました。ゲノム編集というのは、私どもの考え、素人の受け止め方だと、切って、貼ってと言いますか、何か持ってきてというようなお話だったのですが、そんなふうに理解したのですが、ちょっと先生のお話をよく聞いていると、そういう所を切って、あとは自然に発生してくるというような、それを待つみたいな受け止め方でいいのかという、これはちょっと単純なことで、そういう質問です。
 あと、今後のことについては議論の進め方なのだと思いますが、患者申出医療のことがここの中で出てくるのですが、この患者申出医療と、日本の保険制度、国民皆保険制度のようなものとの絡みまでいくのですが、そういうところの議論というのはするのかしないのかという話、これは厚生労働省の側に聞かなければいけないのですが。それと今、体細胞の問題だけに限ってというお話でしたが、それに限って議論したにしても、もうとっくに海外はどんどん進んでしまうわけですから、そんな話だけでいいのかなという、これも率直な疑問です。
 それと海外の指針と日本の指針とが異なってしまった場合に、それは国際的な研究の中ではどういう位置付けになるのでしょうかというのが分からないので、お伺いしたいと思います。
○山口委員長 ありがとうございます。多分4つぐらい御質問があったかと思うのですが、どうしましょうか、高橋先生のほうと松原先生にもちょっと。
○高橋委員 最初の切って貼ってという話なのですが、もともとのゲノム編集に使っている材料というのは切るだけなのです。そのときに、入れたいものがあった場合は、その入れたいもののDNAを一緒に入れ込んであげなくてはいけなくて、そういうものがあると、たまにその切った場所に入るという形になります。細胞とか受精卵は切れたものはすぐつなぐという方法を大体しているのです。そこに取り込むというのは、実は結構頻度としては低くて、うまく入る確率は今のところはすごく少ないのです。なので、今、松原先生のほうでお話があったように、壊すほうの臨床研究というのは進んでいるのですが、もともと悪いものがあったのを入れ替えるというのはなかなかうまくいかない、それは、その辺に理由があるのです。そこはゲノム編集技術の次の開発目標になっています。私のほうからは以上です。
○山口委員長 ありがとうございます。松原先生。
○松原委員 質問を全部は覚えていないのですが、御質問された1つ、体細胞のゲノム編集だけではなくて、生殖細胞、受精胚のゲノム編集も考えておくべきではないかということに関しては、1つは技術的には受精胚でゲノム編集をやってしまったほうが簡単なのです。体細胞でやるとなると、体から取り出した細胞、ものすごい数の細胞に対してやらなければいけない大変な作業があるので、むしろ技術的に考えると、今、マウスでやられているようなことをやってしまったほうが早いということもありますので、むしろそういう方向から思わぬ進捗があるかもしれないということは、非常に危惧しています。
 あと国際的な問題ですが、これは日本で話しております例えば内閣府の生命倫理専門調査会でも、一応アメリカの話しております、例えばアメリカではNational Academy of Sciencesというのがこういうレポート、こういう中間レポートを出しているのです。基本的にはこれに沿った議論は進んでいると思いますが、現実的なところの対応のいろいろな指針とか、ガイドラインとかあるいは審査対象とか、そういったものは日本は全く未整備というような状況があります。その辺は国際的な進捗を見据えながら、日本でもきちんと整備していかないといけないなと思います。日本でははっきり言って、今は無法状態なのです。位田先生はおっしゃいましたが、何をやったっていいのです。そこは非常に恐ろしいところかなという気はいたします。
○山口委員長 ありがとうございます。アメリカのほうで生殖細胞の遺伝子改変を部分的に一応認めるような専門家の意見もあるようなのですが、その辺についてはもしご紹介いただければ。
○松原委員 このレポートを見ると10項目、非常に厳しいハードルを設けて、これとこれとこれとこれと10項目書いてあって、それが認められれば生殖細胞、受精胚に対するゲノム編集を認めてもいいのではないかと、そういうところまで踏み込んで書いてあります。ただ、現時点ではそこまで到達するのは技術的にはまだハードルが高いということですが、一応そこまで見据えたレポートが既にもう出ております。
○山口委員長 ありがとうございます。ほかにございますでしょうか。
○伊藤委員 患者申出医療のこと。
○山口委員長 それは多分、お答えがあるか分かりませんが、下川さん、患者申出医療の関連について何かコメントがございますでしょうか。
○下川研究企画官 患者申出療養とか、保険制度はこの倫理指針の話とはまたちょっと別な話なので、この委員会では倫理指針の範疇だけ御議論を頂ければと思うのですが、もし本当に臨床研究がそういうふうに進んでくれば、当然患者申出療養で希望される患者さんが出てくるのではないかというふうに思います。
○山口委員長 ありがとうございます。私のほうから高橋先生に質問させていただきたいのですが、1つは、先ほど切らないというか、発現抑制で、もしそれをウイルスベクターを入れれば、当然遺伝子治療になり得るのですが、タンパクとかメッセンジャーだけに、しかも更にガイドRNAだけを入れるとすると、今の規定だと、多分遺伝子治療にならなくしてしまうような気がします。その場合に今までの規定ですと、遺伝子治療になり得るのかどうかということ。もう1つはいわゆるsiRNAとか、合成ヌクレオチドみたいなものを入れたのと、どう区別するのか。もっと究極的に言えば、多分NF-kBみたいなヌクレオチドを入れることによって、発現抑制をした場合と、今の先生の中で、こういう点についてご存知の範囲だけで有り難いのですが、遺伝子を切らないケースは、どのように取り扱うべきなのかとか、その辺についてもし。
○高橋委員 非常に難しい御質問なのですが、体細胞などでも、一度抑制をかけて、エピゲノム的に変化させてしまうと、それが保持される場合が結構多くて、そうすると、その細胞が分裂して生きている間、子孫がある間は、治療が続くような形になりますよね。そうすると、ある人為的なものを非常に長く残すことができるのです。そうすると、それはある意味では、人工に手を加えたということになってしまうので、厳密な意味ではやはり、もともとあったものとは違うような形になってしまうと思うのです。
 ちょっと哺乳類の細胞というか、動物の細胞だと難しいのですが、例えば植物でジャガイモみたいに体細胞でどんどん子孫ができていくような場合だと、別な種を作ることができる。別な種というとちょっと語弊があるのですが、遺伝子の発現のパターンが違うようなものを作れるというのがあって、農水産物のほうではそういうことをすごく今やっているのです。そうすると、別なものですよね、それは。そうすると、それは人為的なものではないかと個人的には思うのですが。
○山口委員長 分かりました。今まではガイドラインでも遺伝子治療の指針、海外のガイドライン、多分先ほどのお話というのは、なかなかどこにちゃんと当てはまるかというところがないような気がちょっとしていたものですから。
先生にちょっとお聞きしたいのですが、もう1つは全然別な話で、今、生殖医療と遺伝子治療、あと体細胞遺伝子治療と、もう1つはiPSが出てきたのですが、もう1つ、特に小児疾患を生まれる前に治療すべきではないかという議論が昔からありまして、その1つが子宮内遺伝子治療ということで、先生も御存じのようにあると思うのです。こういうものを提供するというのは昔、FDAとヨーロッパ医薬品庁と議論したことがあるのですが、その時点では子宮内遺伝子治療というのは今の現時点での技術では認めるべきではないという結論にしたのですが、今後、ゲノム編集がそういうものにも適応していけるとなった場合、技術的な話ですが、倫理的な問題も含めて、少し先生の御意見を頂ければ有り難いなと。
○松原委員 子宮内でのゲノム編集による治療というのは、もちろんこれは技術が進んでくれば可能にはなってくると思いますが、ただ、結局子宮の中にある胎児に対してそういう治療を行うのはとても難しいことがありますので、現実問題としてはなかなか適応されないだろうというふうに思います。むしろ、それよりは受精卵の段階でいじってしまう、1つの細胞でいじればいいわけですから、非常に簡単ですし、効率もいいし、実際マウスでは例えば黒マウスが白マウスになるわけですから、それと同じ技術を応用すれば、基本的には何だってできるわけです。それこそ人の目の色だって、ブルーの瞳にやるといったらすぐに変えられるわけです。むしろそちらの受精卵というのを遺伝子改変というほうにいくのではないかと思います。
○山口委員長 ありがとうございます。位田先生どうぞ。
○位田委員 これ一応、遺伝子治療の臨床研究という指針なので、そうすると、今、CRISPR/Cas9の確率というか、目的の箇所を切り取るだけにしても、それを切れる確率というのは必ずしも100%ではないわけですよね。そうすると、その臨床研究というのは、患者さんにそのCRISPR/Cas9を使って切るだけであっても、安全性を見る臨床研究なのか、若しくはCRISPRを使って、遺伝性の疾患を治すために、有効性を見るための臨床研究なのか。その辺りはどう考えればいいのでしょうか。
○山口委員長 高橋先生か松原先生に。
○高橋委員 今、確かに非常に高い頻度で切れるようにしても、大体5割がマックスぐらいなのです。ただ、今、臨床で行われているのは例えばT細胞の件でも、CCR5の潰れたものが出てしまえば、それは耐性になりますので、2、3割あれば、それが生き残るわけです。そうすると、治療効果は出てきますので、そういう形で見られているものが多いです。なので、もともと100%を期待していない場合が、今は既にいろいろ治験が始まっているという形になります。技術的にはそういうことになると思います。
○位田委員 そうすると、先ほどおっしゃった技術が進歩しているというのは、その確率を上げるための技術の進歩ということなのでしょうか。
○高橋委員 はい、まず効率を上げるような進歩が進んでいます。切れる確率です。それから配列の認識の特異性を上げるものが進んでいます。それから先ほどちょっと難しいお話になったので御説明しなかったのですが、PAM配列という特別な配列をゲノム側に要求しているのです。それを任意に書き換えられるような研究が進んでいて、その制限が外れるような、なくてもできるような方向にいっていて、より自由度が高くて、よく切れて、認識度が高くなるような方向で進んでいます。
○山口委員長 ありがとうございます。谷先生。
○谷委員 高橋先生に今のに関連してなのですが、例えば体細胞で今の50%、それで修復効率で20%が入ってくるとして、それが一応ヘテロジーナスな細胞のポピュレーションとして例えば造血幹細胞に入った場合に、そこで患者さんが、生理学的に疾患が改善するということは一応望めることは1つは良しとする方向性で、多分入って、体細胞の遺伝子治療にゲノム編集というのは入ってくるのではないかと我々は思うのですが、臨床試験に。ただ、受精卵にちょっと話が戻って恐縮なのですが、その場合に、コレクションしたかどうかというのを卵の段階で見ていくというのは、同一のものを確率論的に見ていくことになってくるのでしょうか。
○高橋委員 それは例えば慶應の岡野先生などはマーモセットでされているのですが、結局割球を採ってきてみても、たまたまそれがうまくいっていたり、いっていなかったりする場合があるので、あくまでも確率論なのです。岡野先生の所では、実際にはCRISPR/Casではなくて、その前の段階のものを使っているのですが、非常に編集効率の良いような条件を作っておいて、それで発生した胚から一部の細胞を採ってきて、うまくいっているものだけを発生させるような形でやっているので、ある程度、出生前に胚の中の1つの細胞を採ってきて診断するような形では、ある程度診断はできる形になります。ただ、先生が言われたように確率論なので。実はアメリカアカデミーのヒトのゲノム編集のサミットのときは、やはりiPSがすごく話題に上がっていて、iPSで生殖細胞を作ることができれば、うまくいったものを事前に確認してから、作製できるのです。なので、そういう意味ではiPS経由のというのは非常にありそうな話であるという話が出ておりました。
○谷委員 ありがとうございました。
○伊藤委員 先ほど高橋先生のお話ですと、ゲノム編集を行った個体というのは別な個体になるのだというお話でしたよね。それは人格にも影響しますか、人格権というか、別な個体という。例えばよく事故のときにDNAでいろいろな鑑定をしますが、そこが変わっていたりすると、これは全然別な個体であるというような、そんなところまでいく話ではなくて、単純にどこかの一部が改変されているから別な個体だという程度のことなのでしょうか。
○高橋委員 それは非常に難しい話なのですが、例えば実験動物のマウスというのは、遺伝子配列的には全て同じ配列を持ったものが出てくるわけです。なので、DNAに規定されているものは同じなのですが、ただ、それぞれの個別のマウスを見てみると、それぞれやはりちょっとずつ個性があったりして。なので、ゲノム配列だけでは規定できないものが当然あるわけなので、同じだから同じ個性になるというのも、ちょっとなかなかそういうわけではないわけです。なので、後天的にいろいろなものが加わっていって、1つの個性ができますので、遺伝子だけで個性が規定されているわけではないです。
○山口委員長 ありがとうございます。多分なかなか難しいという話ももちろんあるかと思うのですが。今日は正直に申し上げるとブレーンストーミング的に議論を進めるつもりでしたので、時間もあと5分になってしまいましたので、どうしても最後にこれだけはちょっと今日の会議で確認しておきたいということがありましたら、両先生に質問させていただくのですが。もしよろしければ、次回以降にもお二人の先生に御発表いただいて、in vivoのゲノム編集の話とか、海外の状況等も説明していただこうと思っております。
 それ以降に、実際に今度は遺伝子治療の指針の中に、どうこのゲノム編集について規定していくのか、要するに規定の仕方も含めて。先ほどちょっとお話がありましたが、今の遺伝子治療は遺伝子を入れるという書きぶりにしてはいるのです。これは日本だけではなくて、FDAもEMAも、遺伝子を改変ではなくて、遺伝子を導入するというベクターとか、あるいは改変された細胞を体内に戻すという、そういう書きぶりにしています。ですから、幾つかの今日御説明いただいたゲノム編集については、日本だけではなくて海外の規制当局も想定していないDefinitionになってしまう場合があるということだと思いますので、次回以降、その辺についても議論を進めさせていただきたいと思っております。
 多分、最後のほうに事務局から連絡事項があるかと思うので。今日の議論の全体としては、そういうふうにまとめる形ではなく、ブレーンストーミングという形で終えたいと思っております。よろしいでしょうか。では事務局から次回以降の。
○下川研究企画官 次回以降の進め方について御説明したいと思います。資料7を御覧ください。本日は第1回目ということで基礎研究の状況と臨床への応用の状況について、委員の先生方からプレゼンを頂きました。
次回は、現在はex vivoのゲノム編集を用いた臨床研究が海外で行われているという状況ですが、将来的にはin vivoでも可能になるだろうと。そうしたときにin vivoのゲノム編集技術について研究していらっしゃる先生、委員の先生ではなくて、理研の松崎先生に参考人としてお越しいただき、in vivoによるゲノム編集技術についてお話を頂く予定としています。それから、海外のゲノム編集の規制の状況、海外ではゲノム編集と遺伝子治療はどういう関係になっているのかというような状況について、内田委員のほうからプレゼンを頂く予定としています。残りはまた議論を頂いて、第2回のときに指針の改正の方向性のところまでいけるのかどうかちょっと分からないのですが、第2回の検討状況を踏まえまして、第3回以降を考えていきたいと考えています。今後の進め方は以上です。
 本日の議事録については作成次第、先生方に御確認をお願いして、その後、公開させていただきますので、併せてよろしくお願いいたします。
 すみません、会議資料の第2回の開催日が5月12日と書いてあるのですが、これは誤りでして、5月15日の誤りです。先生方には5月15日ということで御連絡させていただいているかと思います。失礼いたしました。
○山口委員長 ありがとうございました。本日は活発な御議論をありがとうございました。それでは第1回の専門委員会は終了させていただきます。皆様どうもありがとうございました。

 

(了)

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