厚生労働省

  • 文字サイズの変更
  • 小
  • 中
  • 大

受動喫煙防止対策のあり方に関する検討会  報告書

I  はじめに

我が国の受動喫煙防止対策は、平成12年に策定された「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」において「たばこ」に関する目標の一つとして「公共の場及び職場における分煙の徹底及び効果の高い分煙に関する知識の普及」を掲げ取り組んでいるほか、平成15年から施行されている健康増進法第25条に基づき、取組を推進してきたところである。

平成17年2月には、「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(以下「条約」という。)が発効し、平成19年6月から7月にかけて開催された第2回締約国会議において、「たばこの煙にさらされることからの保護に関するガイドライン」がコンセンサスをもって採択された。我が国も条約の締約国として、たばこ対策の一層の推進が求められている。

また、これらを受けて、公共の場や職場においても禁煙区域を設ける動きがみられてきた。

こうした背景のもと、我が国の受動喫煙防止対策について、改めて現状を把握し、基本的考え方を整理するとともに、今後の対策の方向性を示すため、受動喫煙防止対策のあり方に関する検討会を開催し、平成20年3月26日より6回にわたり議論し、意見聴取を踏まえた検討を経て、報告書をまとめるに至った。

II  現況認識と基本的考え方

1.現況認識

(1)  受動喫煙が死亡、疾病及び障害を引き起こすことは科学的に明らかであり、国際機関や米英をはじめとする諸外国における公的な総括報告において、以下が報告されている。

[1]  受動喫煙は、ヒトに対して発がん性がある化学物質や有害大気汚染物質への曝露である。1)

[2]  受動喫煙の煙中には、ニコチンや一酸化炭素など様々な有害化学物質が含まれており、特にヒトへの発がん性がある化学物質であるベンゾピレン、ニトロソアミン等も含まれている。1)

[3]  受動喫煙は、乳幼児突然死症候群、子どもの呼吸器感染症や喘息発作の誘発など呼吸器疾患の原因となる。特に親の喫煙によって、子どもの咳・たんなどの呼吸器症状や呼吸機能の発達に悪影響が及ぶ。1)

[4]  受動喫煙によって、血管内皮細胞の障害や血栓形成促進の作用が認められ、冠状動脈疾患の原因となる。1)

[5]  受動喫煙によって、急性の循環器への悪影響がある。1)

また、受動喫煙を防止するため公共的な空間での喫煙を規制した国や地域から、規制後、急性心筋梗塞等の重篤な心疾患の発生が減少したとの報告が相次いでなされている。2)3)

(2)  我が国の現在の成人喫煙率は男女合わせて24.1%4)であり、非喫煙者は未成年者を含む全人口の4分の3を超えているが、受動喫煙の被害は喫煙者が少なくなれば軽減されるというものではない。たとえ喫煙者が一人であっても、その一人のたばこの煙に多くの非喫煙者が曝露されることがある。

また、家庭に子どもや妊産婦のいる割合が高い20代・30代の喫煙率は、その他の年代と比べて高く、20代では男性47.5%、女性16.7%、30代では男性55.6%、女性17.2%となっている4)。少量のたばこの煙への曝露であっても影響が大きい子どもや妊婦などが、たばこの煙に曝露されることを防止することが重要で喫緊の課題となっている。

(3)  こうした中、我が国では、日本学術会議からの脱たばこ社会の実現に向けた提言5)、神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例の制定に向けた取組、成人識別機能付自動販売機の導入(平成20年7月より全国稼働)、JRやタクシーなど公共交通機関における受動喫煙防止対策の取組の前進など、たばこをめぐる環境が変化しつつあり、たばこ対策について国民の関心も高まってきている。

(4)  国際的には、平成17年2月に、たばこの消費及び受動喫煙が健康、社会、環境及び経済に及ぼす破壊的な影響から現在及び将来の世代を保護することを目的として、条約が発効され、第8条において、「たばこの煙にさらされることからの保護」として、受動喫煙防止に関する下記条項が明記されている。

・ 1 締約国は、たばこの煙にさらされることが死亡、疾病及び障害を引き起こすことが科学的証拠により明白に証明されていることを認識する。

・ 2 締約国は、屋内の職場、公共の輸送機関、屋内の公共の場所及び適当な場合には他の公共の場所におけるたばこの煙にさらされることからの保護を定める効果的な立法上、執行上、行政上又は他の措置を国内法によって決定された既存の国の権限の範囲内で採択し及び実施し、並びに権限のある他の当局による当該措置の採択及び実施を積極的に促進する。

また、平成19年6月から7月にかけて開催された第2回締約国会議において「たばこの煙にさらされることからの保護に関するガイドライン」が策定されたことや各国の状況等の国際的な潮流も踏まえ、条約締約国である我が国においても受動喫煙防止対策を一層推進し、実効性の向上を図る必要がある。

2.基本的考え方

(1)  受動喫煙防止対策の推進に当たって、受動喫煙を含むたばこの健康への悪影響についてエビデンスに基づく正しい情報を発信し、一人ひとりがたばこの健康への悪影響について理解を深めるとともに、ニーズに合わせた効果的な普及啓発を一層推進することにより、受動喫煙防止対策があまねく国民から求められる気運を高めていくことが重要である。

また、喫煙者の喫煙の自由や権利が主張されることがあるが、喫煙者は自分の呼出煙、副流煙が周囲の者を曝露していることを認識する必要があるとともに、喫煙者の周囲の者が意図せずしてたばこの煙に曝露されることから保護されるべきであること、受動喫煙というたばこの害やリスク(他者危害)から守られるべきであることを認識する必要がある。

(2)  今後の受動喫煙防止対策は、基本的な方向性として、多数の者が利用する公共的な空間については、原則として全面禁煙であるべきである。特に、子どもが利用する学校や医療機関などの施設をはじめ、屋外であっても、公園、遊園地や通学路などの空間においては、子どもたちへの受動喫煙の被害を防止する措置を講ずることが求められる。そのためには、国や地方公共団体はもちろんのこと、様々な分野の者や団体が取組に参画し、努力する必要がある。

(3)  一方で、我が国の飲食店や旅館等は、中小規模の事業所が多数を占めている中で、昨今の世界的な社会経済状態の影響等も相まって、飲食店経営者や事業者等にとって、自発的な受動喫煙防止措置と営業とを両立させることが困難な場合があるとの意見がある。このような意見も考慮した上で、受動喫煙防止対策の基本的な方向性を踏まえつつ、対策を推進するためには、社会情勢の変化に応じて暫定的に喫煙可能区域を確保することもとり得る方策の一つである。

III  今後推進すべき受動喫煙防止対策について

(施設・区域において推進すべき受動喫煙防止対策)

(1)  国及び地方公共団体は、多数の者が利用する施設・区域のうち、全面禁煙とするべき施設・区域を示すことが必要である。例えば、その施設を利用することが不可避である、医療機関、保健センター等の住民の健康維持・増進を目的に利用される施設、官公庁、公共交通機関等が考えられる。

(2)  国は、多数の者が利用する施設における受動喫煙防止対策の取組について、進捗状況や実態を把握する必要がある。

(3)  施設管理者及び事業者は、多数の者が利用する施設の規模・構造、利用状況等により、全面禁煙が困難である場合においても、「分煙効果判定基準策定検討会報告書」6)等を参考に、適切な受動喫煙防止措置を講ずるよう努める必要がある。また、将来的には全面禁煙を目指すよう努める必要がある。

(4)  中小規模の事業所が多数を占める飲食店や旅館等では、自発的な受動喫煙防止措置と営業を両立させることが困難な場合があることに加え、利用者に公共的な空間という意識が薄いため、受動喫煙防止対策の実効性が確保し難い状況にある。しかしながら、このような状況にあっても、受動喫煙をできる限り避けたいという利用者が増えてきていることを十分考慮し、喫煙席と禁煙席の割合の表示や、喫煙場所をわかりやすく表示する等の適切な受動喫煙防止措置を講ずることにより、意図せずしてたばこの煙に曝露されることから人々を保護する必要がある。

また、国民は、受動喫煙の健康への悪影響等について十分理解し、施設内での受動喫煙防止対策や表示等を十分意識する必要がある。国及び地方公共団体等は、わかりやすい情報提供がなされるよう環境整備に努める必要がある。

(5)  喫煙可能区域を確保した場合においては、喫煙可能区域に未成年者や妊婦が立ち入ることがないようにする措置を講ずる必要がある。例えば、その場が喫煙可能区域であり、たばこの煙への曝露があり得ることを注意喚起するポスター等を掲示する等の措置が考えられる。

また、このような場合においては、従業員についてみれば、長時間かつ長期間にわたりたばこの煙に曝露されることもあるため、従業員を健康被害から守るための対応について検討を深める必要がある。

(エビデンスに基づく正しい情報の発信)

(6)  国内での受動喫煙防止対策に有用な、下記のような調査・研究を進める必要がある。

[1]  我が国の特殊性を考慮しながら、室内空間の変化に対応した受動喫煙による曝露状況の調査やバイオマーカー(注1)を用いた受動喫煙によるたばこの煙への曝露を評価・把握するための研究

[2]  受動喫煙曝露による生体への影響の詳細について諸外国との比較研究調査や規制によるサービス産業への経済影響に関する調査研究、これまでの研究結果を利用したメタアナリシス(注2)等

[3]  調査・研究によって得られたエビデンスや結果を有効に発信するための仕組みに関する研究

(注1)バイオマーカー:血液や尿に含まれる生体由来の物質で、体内の生物学的変化をとらえるための指標となるもの

(注2)メタアナリシス:過去に行われた複数の研究成果を集積・統合し解析する研究手法。これにより、研究成果の信頼性の向上を図ることができる

(7)  国・地方公共団体は、これらの研究成果を活用し、受動喫煙の実態や健康への悪影響、諸外国の取組状況等について情報提供を進めることが必要である。

(8)  このほか、受動喫煙防止対策の推進に当たり、ニコチン代替製剤や内服薬等の禁煙補助薬等、禁煙希望者が安くかつ楽に禁煙する方法等の禁煙を促す情報等についても発信する必要がある。特に薬局にて禁煙補助薬が入手可能になったことを広く周知する必要がある。また、「残留たばこ成分」等の新しい概念や煙の出ないいわゆる「無煙たばこ」等の新しいたばこ関連製品に関する健康影響についての情報提供も重要である。

(普及啓発の促進)

(9)  たばこの健康への悪影響について普及啓発し、禁煙を促す方法等について、健康教育の一環として、地域、職域、学校、家庭等において、関係者の対話と連携のもとで一層推進する必要がある。特に健康被害を受けやすい乳幼児の家庭内受動喫煙防止のために、妊婦健診や両親教室など様々な機会を捉えて、禁煙とその継続を図るよう啓発することが重要である。

(10) また、保健医療従事者は、専門領域や本人の喫煙状況等にかかわらず、たばこの健康への悪影響について正確な知識を得て、健康教育、特に禁煙教育や喫煙防止教育にこれまで以上に積極的に携わっていく責務があることを自覚する必要がある。

IV  今後の課題

今後検討を行っていく必要のある課題として、以下の事項が考えられる。

(1)  受動喫煙については、子どもや妊産婦など特に保護されるべき立場の者への悪影響が問題となっている。屋外であっても、子どもや多数の者の利用が想定される公共的な空間(例えば、公園、通学路等)での受動喫煙防止対策は重要である。しかしながら、路上喫煙禁止等の措置によって喫煙者が公園において喫煙するという状況がみられる。受動喫煙防止対策の基本的な方向性を踏まえつつ、対策を推進するために、暫定的に喫煙可能区域を確保する場合には、子どもに被害が及ばないところとする等の措置も検討する必要がある。

(2)  職場によっては従業員本人の自由意思が表明しにくい可能性もあることも踏まえ、職場において可能な受動喫煙防止対策について検討していく必要がある。

(3)  たばこ価格・たばこ税の引上げによって喫煙率の低下を図ることは重要であり、その実現に向けて引き続き努力する必要がある。

(4)  国、地方公共団体等の行政機関の協働・連携を図るなど、受動喫煙防止対策を実効性を持って持続的に推進するための努力を更に継続していく必要がある。

また、諸外国におけるクイットライン(電話による禁煙相談)のように手軽に活用できる禁煙支援のための方策・連携体制の構築等について検討する必要がある。

(5)  受動喫煙の健康への悪影響について、国民や関係者が十分理解し、自ら問題意識をもって、共同体の一員として問題解決に臨む必要がある。受動喫煙防止対策を実効性をもって持続的に推進するためには、社会全体として受動喫煙防止対策に取り組むという気運を従来にも増して醸成することが重要であり、そのための効果的な方策を探るとともに速やかに行動に移す必要がある。

V  おわりに

健康日本21や健康増進法、条約に基づき、今後とも受動喫煙防止対策を含めたたばこ対策を推進し、国民の健康増進を図る必要がある。受動喫煙防止対策は、その進捗状況及び実態を踏まえるとともに、諸外国の状況や経験を参考にしながら、更なる対策の進展に向け、関係者の参画のもとで系統的な取組を行い、評価する必要がある。

1)The Health Consequences of Involuntary Exposure to Tobacco Smoke “A Report of Surgeon General 2006

2)Glantz SA. Meta-analysis of the effects of smokefree laws on acute myocardial infarction: An update. Preventive Medicine. 2008;47;452-53

3)Pell JP et al. Smoke-free legislation and hospitalizations for acute coronary syndrome. N Engl J Med 2008;359:482-91

4)平成20年12月25日「平成19年国民健康・栄養調査概要」:厚生労働省

5)平成20年3月4日「脱タバコ社会の実現に向けて」:日本学術会議

6)平成14年6月分煙効果判定基準策定検討会報告書:厚生労働省


トップへ