厚生労働省


資料1

平成20年6月27日

EUにおける取り組みと障害者権利条約

報告者:朝日雅也(埼玉県立大学)

はじめに

独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センターが昨年度実施した、「障害者雇用にかかる『合理的配慮』に関する研究―EU諸国及び米国の動向」において研究委員会のとりまとめをさせていただいた。今回は、その成果に基づき、主にEUにおける取り組みについて情報提供させていただく。研究会委員会においては、EUについては、引馬知子田園調布学園大学准教授がまとめ、調査研究報告書の執筆を担当した。

1.EU雇用均等一般枠組指令の概要

(1)EU雇用均等一般枠組指令
(Council Directive on establishing a general framework for equal treatment in employment and occupation (2000/78/EC))

雇用と労働における平等取扱いのための一般枠組の創設に関するEC指令(2000年11月17日)(EU雇用均等一般枠組指令)は、EC構成国における平等取扱原則の実現のために障害等を理由とする雇用・労働における差別を解消するための一般的な枠組を設定することを目的としている。

指令⇒形式及び方法は加盟国の権限のある機関に委ねられるが、達成すべき結果が命じられた加盟国は、同指令を保証するために必要な措置が求められる。

(1)すべての雇用分野の、職業訓練や職業へのアクセス、昇進、再訓練、解雇や賃金を含む雇用条件や労働条件における障害、宗教、信条、年齢、性的指向の事由による直接的及び間接的な差別を禁止。差別の概念も明らかにされた。

(2)一定の範囲内での均等原則への例外やポジティブ・アクション(積極的差別是正措置。アファーマティブ・アクションとも言う)の容認、合理的配慮規定、均等原則の権利が侵害された場合の、個人の司法的、行政的手続きの権利を認めている。

(3)障害は定義されていない。

(2)EU雇用均等一般枠組指令と「合理的配慮」

第5条 合理的配慮

「障害のある人については、平等取扱の原則の遵守を保障するため、合理的配慮が行われなければならない。このことは、使用者が、特定の状況において必要な場合には、障害のある個人が雇用にアクセスし、職務を遂行しもしくは昇進することまたは訓練を受けることを可能にするための適切な措置をとることを意味する。ただし、このような措置が使用者に不釣合いな負担を課す場合は、この限りでない。この負担は、関係加盟国の障害政策の枠内に存する措置により十分に改善される場合には、不釣合いではないものとする」

○前文17

この指令は、対象となる職もしくは直接的に関連する訓練の実施において、必須である職務を遂行する資格や能力に欠き、不適任である個人の、採用、昇進、就労の維持もしくは訓練を求めず、これは障害のある人々への合理的配慮の提供の義務を侵さない

○前文20

適切な措置、すなわち職場が障害に順応する効果的で実践的な措置が提供されるべきである。これには例えば、建物、器機・設備、労働時間の形態、業務の分配の適合や調整、もしくは訓練及び差別撤廃のための資源(integration resources)の提供がある。

○前文21

不釣り合いな負担を判断する尺度としては、必然的に生じる財政的及びその他の費用、組織もしくは事業の規模と資本、加えて、公的資金もしくはその他の支援を得る可能性を、特に考慮するべきである。

(1)EUは就労(雇用)や職業への参加を、障害のある人の機会の均等を保障するひとつの鍵として捉える

⇒欧州委員会は、働く意欲のある障害のある人々への就労保障と機会の均等を促す法施策を実施し、職務遂行の条件を整える合理的配慮に期待を寄せる。

(2)配慮によって特定の職務を遂行できる有資格者であれば、当該の障害のある人自身が合理的配慮の権利を請求し、就労、就業の継続、訓練、昇進等を可能とする効果的な配慮が、使用者によって不釣り合いな負担とならない範囲で提供されなければならない。

⇒合理的配慮は、これまで障害のある人の権利としてEU内で重要な役割を果たしてきた、割り当て雇用制度、雇用主への税控除、障害のある人への特別な訓練、交通や財政的な補償制度にはない、障害のある人々の主観的権利(subjective rights)を形成し得るのである。

⇒従来の権利を規定する社会福祉法と新たな均等立法は相反するものでなく、互いを補完し合うとの認識に到達。

(3)合理的配慮の請求者及び受け手としての、障害のある人の家族や介護・支援者への適用が

⇒当初、合理的配慮は、障害のある人に提供する義務として解釈され、障害者の家族や介護・支援者への合理的配慮とその否定による差別からの保護は想定されていなかった。

⇒しかし、障害者の家族などには差別に直面する特別なリスクがあることや、家族に障害のある人への支援が可能となるよう、これらの人々にも合理的配慮の権利を付与した例がある(フランス:障害のある労働者を援助する家族は、同伴を容易にするために、フレックスタイム制を利用することができる)

(4)合理的配慮が正当化されずに拒否される場合、障害による差別か否かについて、雇用均等一般枠組指令では明確には言及していない。

⇒EU加盟国においても多様な見解と対応が見受けられる。

⇒しかし、合理的配慮が差別であるとのEUの方向性は、国連の同条約の制定におけるEUの積極的な参与には、国連の同条約が非差別と均等を適切に保障し、雇用均等一般枠組指令をはじめとするEUの障害に関わる法施策や行動と、国際的な動向に一貫性を持たせる目的がEU側にはあったと思われる。

(5)EUにおける合理的配慮は雇用均等一般枠組指令に規定され、就労分野のみを対象とする点で、その領域の狭さが課題となっている

⇒就労の分野に限定しない合理的配慮と広範な権利保障を謳う国連の障害者権利条約とその批准による影響を見据えた、EU内のさらなる取り組みが求められている。

2.EU雇用均等一般枠組指令が障害者権利条約等に与えた影響

EU雇用均等一般枠組指令は、EU構成国における障害者差別禁止法制に多様な影響を与え、また、EUは、国連障害者権利条約における策定過程と「合理的配慮」の規定に積極的に関与した。

雇用均等一般枠組指令は、EU加盟国が同指令を遵守するために必要な国内措置を2003年12月2日までに、新規加盟予定国については2004年5月1日までに講じることを求めた。

障害と年齢については、加盟国の申し出により、措置の期限を3年延長して2006年12月2日にできるとした。これを受けデンマークが1年、フランスと英国(ジブラルタルを含む)が3年の延長を申し出た。欧州委員会は2003年12月の移行期限を受けて、2004年7月に、雇用均等一般枠組指令が求める措置を講じなかった国として5カ国(オーストリア、ドイツ、フィンランド、ギリシャ、ルクセンブルグ)をあげ、最終的に、オーストリア、ドイツ、ルクセンブルグは、欧州裁判所によって同指令の不履行の制裁金を求める判決を受けた。

加盟国が雇用均等一般枠組指令の内容をいかに国内で施行し、他の関連分野の法政策と結び付けるか等には、かなりの自由裁量が残されている。結果として、EU加盟国間における雇用均等一般枠組指令の国内法への導入(移行)については、以下に示すように多様なアプローチが見出されている

EU加盟国への雇用均等一般枠組指令の導入(移行)における多様性 *)

○指令を大方模写した差別禁止法 キプロス、ギリシャ、イタリア
○指令よりも広範な事由を含む差別禁止法 オーストリア、ベルギー、フィンランド、アイルランド、ハンガリー、オランダ、スロヴァキア
○複数の事由、及び、ひとつの事由を対象とした差別禁止法の組み合わせ
  デンマーク、オランダ、スウェーデン
○ひとつの事由の差別禁止法の複数設定英国
○特定の法及び雇用法の組み合わせスロベニア、ラトビア
○特定の法、労働法及び刑法、行政法の組み合わせ フランス、リトアニア、ポルトガル
○指令のより広範な一般的な法への移行スペイン
○現時点では雇用法のみへの移行エストニア、チェコ、マルタ、ポーランド
○移行手続き中 **)ドイツ、ルクセンブルグ

出典:The European Network of Legal Experts in the Non-discrimination Field: ‘Anti-Discrimination Law in Europe, 2006 p.13より引馬知子氏訳

*)報告書当時EU加盟国は25カ国。

**)ドイツとルクセンブルグでは、2006年8月と10月に関係1法案がそれぞれ採択されたが同報告書には未反映。

3.「福祉モデル」と「市民権モデル」の共存

枠組指令への取り組みを経て、従来、ヨーロッパ社会で形成されてきた「福祉モデル」とは違った障害者の権利を擁護する「市民権的」モデルが展開。それらが共存する方向性を展望することができる。割当雇用と労働・雇用における差別禁止、積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)と合理的配慮との関係についての検討が求められる。

⇒合理的配慮を行う義務が非差別原則の一要素として位置づけられ、EUでは合理的配慮とポジティブ・アクションは明確かつ意識的に分けて捉えるに至った。

⇒合理的配慮は、個々人の特定の状況に対応し個別に実施する手段。ポジティブ・アクションは、障害による不利益を一般化して集団的に扱い、かつ、均等な取り扱いの例外に位置づけられる。

⇒合理的配慮の提供が主として個々の使用者に直接的に課されるのに対して、ポジティブ・アクションは主として加盟国政府を通じて課される。

合理的配慮の各国内法での対応は多様である。

(1)合理的配慮を規定しなかった国がある(エストニア、イタリア、ポーランド)

(2)“差別”や“合理的配慮”等の用語の採用や使用について

(3)合理的配慮の請求者の範囲

(4)合理的配慮が“不釣り合いな負担”とならないための制限の表現は多様

(5)合理的配慮の否定と差別の関係について必ずしも明瞭ではない

(6)合理的配慮とポジティブ・アクションについての関係も多様

4.保護雇用と障害者権利条約

また、障害者雇用施策において、全体として「一般雇用への移行」の強化が求められる中、保護雇用のあり方についても、差別禁止と合理的配慮との関連の中でさらなる検討を必要とするであろう。

障害者の権利条約の検討過程でも、一般の労働市場ではないシェルタードワークショップ(sheltered workshop)など代替雇用形態の扱い、現在そうした雇用形態で働く人たちの保護、障害女性の保護といったジェンダーの問題、積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)の扱い、といったことが議論された。

一般雇用への移行を進めながら、保護雇用施策も採用するEUの取り組みは、多様性と、「福祉モデル」と「市民権モデル」が共存する現実的な対応の具現化でもあるのではないだろうか。

5.今後の展望

EUの取り組みは、今後のわが国の障害者雇用施策、特に障害者雇用促進法と雇用差別禁止の関係、各種助成措置と合理的配慮との関係等を検討していく上で多くの示唆を与えてくれる。

○迫られる「量」から「質」への転換

○「差別禁止アプローチ」と「割当雇用アプローチ」の両立



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