これまでの生活習慣病対策の現状と課題

(これまでの生活習慣病対策の展開)
 昭和53年からの第一次国民健康づくり対策では、市町村保健センター等の整備や保健師、管理栄養士等のマンパワーの確保等の生活習慣病対策に係る基盤が整えられたほか、老人保健事業の創設等により40歳以上のすべての国民に対する健診等の機会の確保などが図られた。
 また、昭和63年からの第二次国民健康づくり対策では、運動所要量・運動指針の策定、マンパワーの確保、健康増進施設の認定など、それまで対策の遅れていた運動習慣の普及に重点を置いた事業の推進が図られた。

 平成12年からの「健康日本21」においては、健康づくり施策の世界的潮流も踏まえ、健康寿命の延伸等を実現するため、健康づくりに向けた国民運動について以下の基本的な方向を提示するとともに、がん、心臓病、脳卒中、糖尿病等の生活習慣病やその発症・進行に関与している生活習慣の改善等に関する課題を選定し、栄養・食生活、身体活動・運動、休養・こころの健康づくり、たばこ、アルコール、歯の健康、糖尿病、循環器病、がんの9分野において計70項目にわたる具体的な目標を提示している。

(1) 一次予防の重視
 疾病の早期発見・治療にとどまることなく、生活習慣を改善して健康を増進し、生活習慣病等の発症を予防する「一次予防」に重点を置いた対策を推進。
(2) 健康づくり支援のための環境整備
 健康の実現は、個人が主体的に取り組むべき課題であるが、家庭、地域、職場等を含めた社会全体としても、個人の取組を支援していくことが不可欠。
(3) 目標の設定と評価
 多くの関係者が共通の認識を持った上で、課題を選択し、科学的根拠に基づく具体的目標を設定するとともに、諸活動の成果を適切に評価し、取組に反映させることが必要。
(4) 多様な関係者による連携のとれた効果的な運動の推進
 多様な経路による情報提供の推進やライフステージ等に応じた取組の推進のため、国、都道府県、市町村、健康増進事業実施者、医療機関その他の関係者が連携・協力した取組の推進が必要。

 その後、「健康日本21」を中心とする健康づくり施策を推進する法的基盤として、健康増進法が制定され、上記の「健康日本21」の基本方針等は、法律に基づく「国民の健康の増進のための総合的な推進を図るための基本的な方針」として位置付けられた。また、都道府県や市町村で策定されていた「健康日本21」地方計画が法律に基づく地方健康増進計画として位置付けられ、都道府県には策定義務、市町村には努力義務が明記されたほか、生涯にわたる国民の自主的な努力を促進するため、健康増進事業実施者による健診の実施等に関する事項について、厚生労働大臣が「健康増進事業実施者に対する健康診査の実施等に関する指針」(以下「健診指針」という。)を定めることとされた。さらに、従来の国民栄養調査の内容に生活習慣の状況に関する調査を加え、国民健康・栄養調査として内容の拡充が図られたほか、多数の者が利用する施設の管理者に対し受動喫煙の防止措置を採る努力義務が明記された。

 平成16年5月の「健康フロンティア戦略」では、生活習慣病対策について、(1)がん対策で5年生存率を20%改善、(2)心疾患対策で死亡率を25%改善、(3)脳卒中対策で死亡率を25%改善、(4)糖尿病対策で発生率を20%改善という具体的な数値目標が掲げられ、平成17年度から10年間、重点的に政策を展開することとされている。

(「健康日本21」中間評価における暫定データから見た現状)
 「健康日本21」中間評価における暫定データからは、例えば、肥満者の割合や野菜摂取量、日常生活における歩数のように、「健康日本21」の策定時のベースライン値より改善していない項目や悪化している項目が見られるなど、これまでの進捗状況は必ずしも十分ではない点が見られる。
(1) 栄養・食生活
中高年の男性の肥満者の割合が増加傾向にあり、30歳代から60歳代の男性の約3割が肥満者となっている。
食塩摂取量や脂肪エネルギー比率は若干低下傾向を示しているが、野菜摂取量は1日350グラムという目標に向けた増加傾向は見られていない。
(2) 身体活動・運動
日常生活における歩数は2010年までに、男性9,200歩、女性8,300歩といった目標があるが、策定時に比べむしろ減少している。
運動習慣者の割合は、男女とも20歳代から50歳代では必ずしも増加していない。
(3) たばこ
成人の喫煙率のうち、男性の喫煙率は減少傾向にあるが、女性の喫煙率の減少傾向は認められていない。女性では20歳代の喫煙率が最も高く、約2割となっている。
(4) 糖尿病
糖尿病の可能性を否定できない人の割合は男女とも増加傾向にあり、糖尿病と強く疑われる人と糖尿病の可能性を否定できない人を合わせると1,620万人に上っている。
糖尿病有病者の治療継続率は増加していない。
(5) 循環器病
循環器病による死亡率に影響を与える高血圧、糖尿病といった危険因子は特に中高年男性で改善していない。また、高脂血症は、男女とも改善していない。
(6) がん
がん検診については、受診率に都道府県間で大きな格差があり、がんの部位による差はあるものの、総じて受診率は低い状況にある。

(生活習慣病対策を推進していく上での課題)
 こうした現状を踏まえると、今後、生活習慣病対策を推進していく上で、以下のような課題があり、こうした課題を克服するため、生活習慣病対策の見直し・充実強化を図っていくことが求められている。

(1)  一次予防施策の課題
(健康に関する情報の氾濫)
健康に関する国民の関心の高まりもあり、健康に関する情報がマスコミやインターネット等を通じ幅広く提供されているが、情報が溢れている感があり、かえって正しい情報を見分けることが困難な状況となっている。健康に関心のない者も含め、生活習慣病の特性や生活習慣改善のための具体的な対応方法等についての正しい情報がわかりやすく提供される環境整備が必要である。
正しい知識の普及の観点からは、その基礎となる科学的知見について、例えば、運動所要量は平成元年に策定されて以来、見直しが行われていないなど、国としても科学的知見の整理・提供が必ずしも十分でない面があった。

(日常生活で意識されるには目標項目を絞り込むことが必要)
「健康日本21」の9分野70項目の目標は、各分野の健康づくり施策の指標等としてはいずれも重要であるが、個人の具体的な行動変容を促す国民運動の目標としてはいささか総花的な観があり、国民が日々の生活で意識するには多過ぎることから、例えば、野菜の摂取量や日常の歩数といった国民が日常生活で絶えず意識して行動すべき目標についても必ずしも十分には浸透していない一因となっている。

(ターゲットが必ずしも明確ではなく、具体的な施策プログラムも不十分)
「健康日本21」の目標の多くは性別や年齢等を絞ったターゲットとすべき対象が示されていないほか、各分野の目標達成に向けた具体的な施策プログラムも十分には提示されていないことから、これまでの健康づくり施策は一般的な普及啓発活動が中心となっており、個人の具体的な行動変容、健康な生活習慣の獲得に必ずしも結びついていない。
このため、栄養施策、身体活動・運動施策、たばこ対策などの各分野について、ターゲットを明確にした上で、効果的なプログラムの提示が必要である。また、個人に着目すれば栄養や運動などに関するサービスが一体的に提供されることが望ましいものの、こうした総合的な対応が不十分である。

(個人の取組を支援する社会全体としての環境整備が不十分)
生活習慣病に係る情報の普及啓発については、多様な経路による情報提供が重要であり、マスコミを通じた広報や民間事業者との連携の重要性はこれまでも指摘されてきているが、これまでの普及啓発は行政や外郭団体の取組が中心であり、産業界を含めた社会全体としての活動に至っていなかった。
例えば、スーパーマーケット、コンビニエンスストアやレストラン等の食品関連産業やフィットネス業界、健康関連機器業界などの産業界においても、健康づくりの観点からの情報提供が広がりつつあり、健康に関心のない者も含めた幅広い層を対象としたポピュレーションアプローチの一層の推進のためには、信頼性の乏しい情報が氾濫しないよう環境整備を図りつつ、こうした産業界の取組との一層の連携が不可欠である。

(2)  二次予防施策の課題
(生活習慣病予備群の確実な抽出と保健指導の徹底が不十分)
生活習慣病予防では、普段からの健康管理とともに、健診により生活習慣病の予備群を確実に抽出し、早期に発見することが重要であるが、健診・保健指導については、老人保健法、労働安全衛生法、医療保険各法などそれぞれの法律に基づき、市町村、事業者、医療保険者等がそれぞれ実施していることから、各実施主体の責任や役割分担が不明確であるとともに、各実施主体間の連携も不十分であり、対象者・未受診者の把握や受診勧奨等が徹底されていない。とりわけ被扶養者や自営業者の受診率は低い現状にある。
また、健診は受けるだけでなく、特に予備群については、健診の結果に応じた適切な保健指導等により生活習慣を改善していくことが重要であるが、現状は必ずしも健診受診後の保健指導が十分には行われていない。

(若年期から生涯を通じた健康管理が不十分)
現行の老人保健事業では40歳以上の者が対象となっているが、生活習慣病予防の観点からは、より若年期からの対応について検討が必要である。
転職、退職等に伴い、健診の実施主体が異なった場合、健診結果等のデータが継続されないことも、生涯を通じた健康管理、保健指導の継続性といった観点から問題を残している。

(科学的根拠に基づく健診・保健指導の徹底が必要)
疾病の早期発見といった観点から、従来からの健診項目の有効性についても、改めて検証が必要である。
健診の検査項目等が制度間、実施主体間で異なっているほか、ライフステージや個人の健康課題に対応した健診項目となっていない。
行動変容につながる動機付け支援も含めた保健指導プログラムの標準化が十分にはなされていない。

(健診・保健指導の質の更なる向上が必要)
健診の精度管理については、健診指針において内部精度管理及び外部精度管理の適切な実施に関する一般的な記述はあるが、健診の精度管理がすべての事業者で適切に行われる仕組みは整備されていない。
健康度の改善等の観点からの健診・保健指導の事業実施の評価が十分に行われていない。

(3)  推進体制の課題
(国としての具体的な戦略やプログラムの提示が不十分)
「健康日本21」において全国的な目標値は提示しているものの、その達成に向けた具体的なプログラム、関係者間の具体的な役割分担や連携の在り方といった点について、国による提示が不十分であり、地方公共団体、医療保険者、民間団体等がそれぞれの目標、プログラム等をもってそれぞれバラバラに事業を展開している実情にある。

(医療保険者、市町村等の責任・役割分担が不明確)
現在、健診、保健指導等については、医療保険各法に基づき医療保険者、老人保健法等に基づき市町村、労働安全衛生法に基づき事業者等がそれぞれ実施している。健康増進法の制定の際、各健康増進事業実施者(医療保険者、市町村、事業者等)に共通する指針として、健診指針を策定し、この健診指針と調和をとった各実施主体の指針等も策定されているが、対象者が重なる中で、健診・保健指導の実施に係る医療保険者と市町村等の責任・役割分担が不明確となっており、特に被扶養者、自営業者を中心に未受診者の把握や受診勧奨、保健指導が徹底されない一因になっている。

(関係者を総合調整する都道府県の役割が不十分)
医療保険者、市町村、民間事業者等の関係者間の役割分担と連携強化のためには、都道府県の総合調整機能が十分に発揮される必要があるが、現状では必ずしも十分に発揮されているとは言い難い。
こうしたことは、都道府県健康増進計画の内容に典型的に表れており、例えば健診受診率の目標は市町村が老人保健事業で実施する健診のみを目標とし、職域での健診は目標に含めていない場合があるほか、目標達成に向けた各主体が取り組むべき具体的な施策が盛り込まれていないなど、具体的な事業計画となっていない。

(現状把握、施策評価のためのデータ整備が不十分)
地域レベルでの健康関連データの把握が必ずしも十分ではないため、データに基づく目標の設定や、事業実施の効果の定量的評価が十分ではない。
また、医療保険者、市町村等の各健康増進事業実施者においても、健診・保健指導の実施等による事業の効果について、十分なデータの蓄積や分析評価がなされていない。

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