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在宅におけるALS以外の療養患者・障害者に対するたんの吸引の取扱いに関する取りまとめ

 はじめに

 ○  我が国では、疾病構造の変化や医療技術の進歩を背景に、医療機関内だけでなく、家庭、教育、福祉の場においても医療・看護を必要とする人々が急速に増加している。

 ○  特に、在宅で人工呼吸器を使用する者等の増加により、在宅でたんの吸引を必要とする者が増加している。

 ○  このような中で、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者のたんの吸引については、すでに一昨年6月、「看護師等によるALS患者の在宅療養支援に関する分科会」(ALS分科会)が、在宅ALS患者及びその家族の負担の軽減のため、一定の条件の下では、家族以外の者がたんの吸引をすることもやむを得ないとする報告書を取りまとめた。その後、行政においても同趣旨の通知(平成15年7月17日付け医政発第0717001号厚生労働省医政局長通知。以下「ALS通知」という。)を発出した。

 ○  今回の研究では、ALS分科会では検討の対象とならなかったALS以外の在宅の療養患者・障害者であってたんの吸引を必要とする者について、その現状を踏まえ、適切な医療・看護を保障することを前提にしつつ、どのような取扱いをすることが患者・障害者本人及び家族にとって安全で安心できる日常生活を継続することができるか等について検討した。


 これまでの経緯

(1) 現行の法規制
 ○  医師法等の医療の資格に関する法律は、免許を持たない者が医行為を行うことを禁止しており、たんの吸引は、原則として医行為であると整理されている。

 ○  医師法第17条は、「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と規定している。行政解釈は、医業とは、「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」(医行為)を、反復継続する意思をもって行うことと解釈している。

 ○  保健師助産師看護師法第31条は、「看護師でない者は、第5条に規定する業をしてはならない。」と規定している。ここでいう「第5条に規定する業」とは、「傷病者若しくはじょく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うこと」であり、看護職員が行う医行為は診療の補助行為に位置付けられるものと解釈されている。

(2) 学説・判例

 ○  医業については上記の行政の有権解釈と同様に解釈されている。また、医師法第17条の背景にある無資格者による医業を規制するとの趣旨から、危険性については、個別の個人に対する具体的危険ではなく、抽象的危険でも規制の理由とするに足りるとされている。

 ○  ただし、一定の医行為について、無資格者であっても、例えば患者本人や家族が行うことにつき、解釈上、違法性が阻却される場合のあることは判例・通説が認めるところである1。このような背景(具体的には判例において積み重ねられてきた、実質的な違法性阻却事由に該当するとの理解)の下で、後述する在宅ALS患者に対するたんの吸引や盲・聾・養護学校における教員によるたんの吸引等の取扱いも、一定の条件下で容認されてきたものと考えられる。


(3) 実務的対応

 (1)  在宅ALS患者に対するたんの吸引
 在宅で療養しているALS患者に対するたんの吸引行為については、既に述べたとおり、基本的には医師又は看護職員が行うことを原則としつつも、3年後に、見直しの要否について確認することを前提に、医師及び訪問看護職員の関与やたんの吸引を行う者に対する指導、患者の同意など一定の要件を満たしていれば、家族以外の非医療職の者が実施することもやむを得ないものとされている。

 (2)  盲・聾・養護学校における教員によるたんの吸引等の取扱い
 本研究会において、盲・聾・養護学校の教員による(1)たんの吸引、(2)経管栄養、(3)自己導尿の補助についての検討が行われた。
 医療に関する資格を有しない者による医業は法律により禁止されているが、たんの吸引、経管栄養及び導尿については、看護師との連携・協力の下に教員がこれらの一部を行うモデル事業等が、平成10年度以来文部科学省により実施されている。このモデル事業において医療安全面、教育面の成果や保護者の心理的・物理的負担の軽減が観察されたこと、必要な医行為のすべてを担当できるだけの看護師の配置を短期間に行うことには困難が予想されることから、このモデル事業の形式を盲・聾・養護学校全体に許容することは、医療安全の確保が確実になるような一定の要件の下では、やむを得ないものと整理した。
 これを受けて、厚生労働省からも同趣旨の通知(平成16年10月20日付け医政発第1020008号厚生労働省医政局長通知)が発出された。

(4) 在宅ALS患者に対するたんの吸引の取扱いを巡る状況変化とその評価

 ○  在宅ALS患者に対するたんの吸引の取扱いの前提として、在宅ALS患者の療養環境の向上に向けた施策の推進を図ることが求められている。
 厚生労働省においては、平成16年度から訪問看護推進事業の創設、1日に3回以上の訪問看護に対する診療報酬上の評価、研究事業である人工呼吸器装着患者への訪問看護の見直しを実施した。また、平成15年度厚生労働科学研究費補助金により「ALS患者にかかる在宅療養環境の整備状況に関する調査研究」(研究代表者 川村佐和子東京都立保健科学大学教授 平成16年3月)も行われた。
 日本看護協会においては、平成15年12月にALSコールセンターを日本訪問看護振興財団に委託して設置し、相談業務を行うほか、都道府県看護協会と連携し、個々のALS患者の把握とその療養環境の向上に向けた取組みを進めている。

 ○  ALS患者を対象とするアンケート調査等によれば、在宅ALS患者の間では、訪問看護の利用希望が強く、また、介護者にとっても、介護者休養のための短期入院と並んで、訪問看護サービスの増加を希望するものが多く、中でも土日祝日における訪問看護への要望が強い。訪問看護サービスの利用回数は増加してきているともいわれるが、上記の取り組みがまだ十分に浸透していないこと、実際に患者・家族の要望に即したサービスを担う訪問看護ステーションが少ないなどの課題もあり、ALS患者の団体からは、現時点においては、未だ十分とは言い難いと評価されている。

 ○  たんの自動吸引装置の開発が平成12年度日本ALS協会研究基金、平成14年度厚生労働省老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業分)の助成を受けて進められてきたが、平成15年度、16年度においても厚生労働科学研究長寿科学総合研究の一環として研究が進捗をみせ、薬事法上の許認可、機器の取扱い責任の明確化など、さらに検討を要する事項もあるが、技術的にはその実用化の可能性が出てきている。

 ○  在宅のALS患者に対する家族以外の者によるたんの吸引を医師及び訪問看護職員の関与等の条件の下で容認して1年以上が経過した。この間における家族以外の者によるたんの吸引の実施状況については必ずしも明らかではないが、徐々に増加してきていることもうかがわれる。また、これまでのところ重大な事故が発生したとの情報は届いていない。
 (参考)
  家族以外の者による吸引の実施率 32%(平成15年12月)

  ※  ALS患者にかかる在宅療養環境の整備状況に関する調査研究(研究代表者 川村佐和子東京都立保健科学大学教授 平成16年3月)
 本調査部分は、平成15年12月1日現在で、人工呼吸器を装着している全国のALS患者のうち、在宅療養および短期入院中の患者合計683人を対象に、有効回答の得られた673人を分析対象者とした結果である。

 ○  ALS通知が都道府県内の区市町村や関係機関に周知徹底されておらず、地域の関係機関の認識が不十分なため、今回の措置による吸引の実施ができない例があることが報告されている。

 ○  上述のように、家族以外の者による吸引の実施が増加していることもうかがわれるが、ホームヘルパーがたんの吸引をしない理由として、吸引の必要がないと家族が判断する例、訪問介護事業所責任者が了承しなかったり、ホームヘルパーが同意しない例が挙げられる。また、訪問介護事業所及びホームヘルパーは吸引実施に同意しているが、在宅かかりつけ医・訪問看護職員が指導を引き受けない、サービス提供者が信頼して任せることができない等の声も伝えられている。

 ○  また、平成15年12月から平成16年1月にかけて実施された調査では、違法性阻却の前提となる同意の存在を示す同意書を取り交わしていない例が多く見られるなど、家族以外の者がたんの吸引を行う際の要件が遵守されていない事例があることが明らかになっており、要件遵守の必要性に関する周知徹底が必要であると考えられる。
(参考)
 同意書なしで実施している人数の割合 49.5%
  ※  ALS患者にかかる在宅療養環境の整備状況に関する調査研究

 ○  なお、ALS通知で示された同意書の様式については、誰が誰に対してどのような立場で同意書を交わしたのかが分かりにくいとの指摘がある。

(5) これまでに提出された要望書や、ヒアリングの場での団体の意見の概要

 ○  従来から、厚生労働省に対しては、難病患者・障害者とその家族の団体から、医師及び看護職員でない、家族以外の者によるたんの吸引を、ALS以外の在宅療養患者についても認めるよう要望が寄せられていた。

 ○  当研究会としても、参考資料1のとおり、難病患者・障害者とその家族の団体の代表者や、訪問看護、在宅介護の事業の関係者から、在宅介護の現状等や、家族以外の者がたんの吸引を行うこと等について御意見を伺った。(参考資料2ヒアリングにおける各団体提出資料及び日本ALS協会からの提出資料)

 ○  難病患者・障害者とその家族の代表者の方々の意見は多岐にわたったが、訪問看護サービス等の在宅療養環境の整備の重要性や、研修の実施など安全の確保を図った上で家族以外の者によるたんの吸引を認めていくことの必要性についての意見は概ね共通している。

 ○  訪問看護・在宅介護の関係の団体からは、在宅療養環境の充実や、職種間の連携の必要性が強調された。在宅介護の関係団体からは、ALS患者に対するたんの吸引がホームヘルパー業務として位置付けられていないことにより、患者の要望に応えきれないとの現場の悩み、葛藤があり、この解決ができないか等の要望があった。


 ALS以外の在宅療養患者・障害者のたんの吸引についての検討結果

 ○  現行の行政的取扱いであるALS通知においては、たんの吸引は医行為であり、本来医師又は看護職員が行うべきであるとする考え方によっている。本研究会としては、課せられた課題について一定の結論を早急にまとめる必要があるとの認識に立ち、現行の法規制・法解釈の下での現実的な整理として、たんの吸引は「医行為」であるとの前提に立つことを出発点とした。

 ○  また、たんの吸引行為自体、侵襲性があり、実施される本人にとっても苦痛である場合がほとんどである。この点については、適切な能力を有する訪問看護職員による専門的な排たん法(体位排たん法、スクィージング、軽打法、振動法など)を計画的に行うことによって、患者のたんを効果的に吸引でき、患者の苦痛を最小限にし、吸引回数を減らすことができるという知見も明らかになってきている。したがって、本来は、このような排たん法を実施できる訪問看護を積極的に活用していくべきである。

 ○  しかしながら、たんの吸引は頻繁に行う必要があり、また、それが実施されない場合、生死に関わる問題となるが、現状では訪問看護によって全てに対応していくことは困難な現実もある。そのため、多くの在宅療養患者・障害者に対して、家族がたんの吸引を行っているのが現状であり、そのような24時間休みのない家族の負担を軽減することが緊急に求められている。また、このような現状は、在宅療養者・障害者の自立や社会参加の促進に対する制約要因となっていることも考慮する必要がある。また、ALS患者に対して認められている措置が、同様の状態にある者に合理的な根拠もなく認められないとすれば、法の下の平等に反することとなる。したがって、たんの吸引が必要な在宅のALS患者と同様の状況の者に対して、同様の考え方の整理を行い、同様の条件の下で、家族以外の者がたんの吸引を実施することは、当面のやむを得ない措置として容認されるものと考えられる(別紙参照)。

 ○  対象者の範囲については、個別の疾患名や障害名で特定することは困難であると考えられるため、一定の状態像で記述することが適当である。具体的には、病状又は障害が在宅生活が可能な程度に安定しており、医学的管理下にある者であって、嚥下機能及び呼吸機能の悪化等により自力で排痰することが困難な状態が持続し、長期間にわたってたんの吸引が必要な者とすることが適当であると考えられる。

 ○  今回の措置は、ALS患者に対する措置と同様、当面のやむを得ない措置であり、ALS患者に対する措置の見直しと同時期に見直される必要がある。

 ○  なお、ALS分科会報告書においては、一定の条件の下で、医師、看護職員以外でたんの吸引を実施できる者は、家族以外の者とされ、特に限定されてはいない。これは、ボランティア、友人、知人など広く様々な者が関与することがあり得ることを想定したもので、その意味で、もともと何らかの業務との考え方を前提としたものではないと考えられる。ただし、たんの吸引の実施者としてホームヘルパーが多く想定されるため、特に非医療職であるホームヘルパーについて、たんの吸引を行うことが予定されている職種ではなくその業務として位置付けられるものではないと記述されたものと考えられる。本報告書においても、たんの吸引はホームヘルパーの業務として位置付けられるものではなく、ALS分科会報告書を基本的に踏襲するものである。ただし、その趣旨に関し混乱があるとの指摘もあり、以下で若干の補足を行う。
 ・  たんの吸引はホームヘルパーの本来の業務とはされていないが、別紙の条件が満たされれば、これを行うことはやむを得ない。従業員であるホームヘルパーが、ホームヘルプ業務を行うため派遣され、介護行為を行っている間に、口鼻腔内吸引及び気管カニューレ内部までの気管内吸引を限度として、やむを得ずたんの吸引を実施することもあり得る。
 ・  その際、別紙の条件にも挙げられているとおり、適切なたんの吸引の実施のためには、訪問看護を行う看護職員などによる計画の下、ホームヘルパーに対する個別的な指導や適切にたんの吸引を実施できる能力の見極め及び利用者の了解の下での訪問介護計画に対する関与等が不可欠である。
 ・  さらに、たんの吸引が行われる本人とホームヘルパー個人との信頼・納得関係という個別性・特定性が求められるため、患者とホームヘルパーとの間で同意書が取り交わされることが必要であり、また、たんの吸引を行うことを事業主が強制することは不適当である。


 今後の課題

(1) 療養環境の整備

 ○  在宅難病患者・重度障害者に対しては、難病対策と障害者福祉施策の枠組みの中で、たんの吸引が必要である者に対する療養環境の整備を図るための施策の充実が図られてきてはいるが、今回の検討の過程では、難病患者及び障害者とその家族の団体から、制度の根幹から細部に至るまで様々な要望が寄せられ、未だ十分ではないとの厳しい指摘もある。このような要望を踏まえ、国民的な課題として各施策を適切に推進、充実させていくことが求められている。

 ○  入院患者が在宅療養に移行するためには、医学的な判断に加え、在宅療養の継続が可能となるような環境整備が必要である。特に、入院医療に責任を負う医療関係者にあっては、患者の退院後の療養環境の整備に向けて、家族、在宅患者のかかりつけ医、訪問看護職員、保健所の保健師、訪問介護関係者、家族以外の者、ケアマネジャー等患者の在宅療養に関わる者との連携の確保、医療機器・衛生材料等の提供等が十分になされるような調整等に責任を持って取り組むべきである。

 ○  また、療養環境の管理の充実、在宅サービスの充実、入院と在宅療養の密接な連携を進める必要がある。ALS患者の場合には、保健所等において患者の療養状態を把握していることが多く、また、40歳以上であれば介護保険制度を利用できることから、ケアマネジメントを担う専門職の活用がしやすい。しかし、他の疾患や40歳未満の障害においてはそうではない場合もあることを念頭に置いて、対応策を考える必要がある。

 ○  入院期間の短縮化を背景に、重い障害を有し医療を継続的に必要とする在宅療養患者・障害者が増加する中で、訪問看護が果たす役割は大きい。しかしながら、訪問看護ステーションが小規模で、患者の要望にきめ細かく対応することが困難な現状や難病等に対する理解をさらに深める必要があるとの指摘もある。そのため、医療ニーズの高い在宅療養者への対応が適切に行われるよう、訪問看護の多機能化の推進、訪問介護事業所の併設など訪問看護の機能の充実、様々なニーズに応えることのできる看護技術の向上に向けて、関係者も行政も一体となって努力する必要がある。特に都道府県においては、訪問看護の重要性を一層認識し、その普及・充実を図るべきである。

 ○  また、在宅療養の支援として、訪問看護のみならず、医療系の在宅サービスの充実を図る必要がある。例えば、看護職員配置を進めて、医療ニーズの高い在宅療養者へ対応できるよう、デイケア等の充実を図ることも検討していくべきである。

 ○  たんの自動吸引装置の開発におけるこれまでの研究によると、この装置の適用範囲にも一定の限界があると考えられるが、多くの在宅療養患者・障害者および家族にとっては有効な支援となる。したがって、引き続き研究開発等、実用化に向けた取り組みが進められることが期待される。

 ○  ALS以外の患者・障害者については、その状態像が多様であり、ALS患者に対して主として保健所が関わってきた状況とは異なって、様々な機関の関わりが必要となる。そのため、家族以外の者によるたんの吸引の実施状況の把握、調整等が困難であったり、相談窓口として的確に機能しないことも予想される。したがって、保健所や市町村、難病相談・支援センター、患者・障害者の団体及びその家族の会等、地域で関わる機関が連携して相談支援に当たる体制が確立される必要がある。さらに今回の措置が有効に機能するためには患者の主治医、訪問看護職員からの情報提供等医療関係者との連携協力が不可欠である。

 ○  たんの吸引に関する今回の措置は、たんの吸引を必要とする在宅療養患者・障害者及びその家族の生活の質の向上を意図したものであり、厚生労働省においては、本研究会の報告内容を踏まえた対応策を早急に周知することが望ましい。また、ALS患者以外でたんの吸引を必要とする患者・障害者の療養実態の把握に努め、その状況を継続的に点検していくことが必要である。

(2) 「医行為」概念の再整理

 ○  現行の行政的取扱いであるALS通知においては、たんの吸引は医行為であり、本来医師又は看護職員が行うべきであるとする考え方によっている。本研究会としては、課せられた課題について一定の結論を早急にまとめる必要があるとの認識に立ち、現行の法規制・法解釈の下ではたんの吸引は「医行為」であるとの前提に立って一定の取りまとめを行った。

 ○  しかし、本研究会の検討の過程においては、たんの吸引は、従来の医行為の範疇では整理しきれず、むしろ医療と生活援助の要素を併せ持つ行為として整理し、従来の医行為とは区別した上で、医師法その他の医療の資格に関する法律の規制の対象外とした新たな枠組みの中で柔軟な規制の在り方を検討するべきではないかとの見解があった。

 ○  この見解に対しては、たんの吸引行為は、実質的にも侵襲性を有し、感染予防も重要であることから、単に吸引に関する直接的な行為についての技術だけでなく人体の解剖・生理、病態生理、感染予防などについて専門的な知識が必要であり、医行為として医師又は看護職員が実施すべきではないか、在宅であっても医療機関内であっても医行為性に変わりはなく、在宅で医行為でないこととすると医療機関内で無資格者が実施できることとなり妥当ではないとする意見があった。

 ○  この問題は、単なる行為規制だけの問題ではなく、療養環境や人材育成等の問題と複雑に絡み合ったものであり、それらの一層の整備促進が図られるべきであることについては異論がないものである。いずれにせよ、この問題についてはさらに議論が深められる必要がある。

(3) 今後の在宅医療推進のための環境整備に向けた検討

 ○  ALS分科会報告書において既に指摘されていることであり、また、上記の医行為概念の整理の問題とも関連するが、今後の在宅医療に従事する者の業務や医療、介護、福祉の適切な役割分担も含めた在宅医療の在り方についての議論を行う必要がある。

 ○  上記の点に関連して、研究会としての意見として取りまとめられるには到っていないが、以下のような意見があった。

 ・  たんの吸引行為を医行為とし、一定の条件下で違法性阻却としてやむを得ないことと整理するのみでは、たんの吸引は本人と家族以外の者との個別的な関係に基づいたものにならざるを得ず、事故が起きた場合の補償や、たんの吸引を行う者に対する研修・指導をさせる責任体制に不安が残るため、在宅療養の支援として不十分である。その意味では、むしろ医行為から除外する方が改善につながると考えるが、反面、医行為から除外してしまうと、規制を行う根拠もなく、安全性の確保に不安が残る。したがって、日常的に必要となる一定の生活援助的な医行為について実施できる資格制度の創設を検討すべきではないか。
 一方、新たな資格の創設は、規制改革の観点からは慎重に検討すべきものであるとの批判もあり、創設することは不適当ではないか。

 ・  理学療法士は、現在ではたんの吸引を行うことができるとはされていない職種であるが、今回提示された条件を満たせばたんの吸引を行うことができることとなる。医療機関内ではたんの吸引を行うことができないのに、在宅ではできることとなるのは矛盾しており、次回見直しの際に整理するべきではないか。

 ・  現行法の下で個別の問題について詳細な検討を行い、一定の例外的な取扱いを導くことは、通常行われている法解釈の作業とも言いうる。しかしながら、今回焦点となった「在宅での患者・障害者に対するたんの吸引行為」に止まらず、類似の医行為について早速にも検討が求められる状況が予想され、それら一つ一つについて検討会等を設けて検討していくという方法では限界がある。そこで、いくつかの事例を基に類型化し、一定の方向性を打ち出していく解釈論を検討していくことも考えられるのではないか。さらに、それを超えて新たな立法措置を検討することもありうるのではないか。

 ・  家族以外の者が行うたんの吸引は、必ずしも制度化されたものではなく、例外的なやむを得ない措置とされていることから、行政としての関わり方が不明確である。このことによって矛盾や問題も生じており、解決策を検討する必要があるのではないか。例えば、同意書がきちんと取り交わされているかの確認など適正に実施されることについて、行政としてどのように関わるべきか、また、たんの吸引を行うホームヘルパーに対する研修の実施や、万一の事故の際の被害者保護のため事業主の損害賠償責任保険への加入も検討すべきではないか。

 ・  今回の措置では、たんの吸引をされる患者・障害者の安全を確保する責任の所在が曖昧になる懸念があり、次回の見直しの際にはこの点も含めて検討するべきではないか。


1  いわゆる実質的違法論の立場であり、違法性を実定法規に違反する形式的違法性との説明に止まらず、実質的な根拠で説明しようとする考え方。すなわち、違法性を実質的に理解し、法定の違法性阻却事由以外にも違法性を否定(処罰に値する程度の違法性ではないと)するもの。判例においては、実質的違法性阻却事由として、1目的の正当性、2手段の相当性、3法益衡量、4法益侵害の相対的軽微性、5必要性・緊急性に該当することとの条件がほぼ共通して挙げられている。ただし、違法性阻却論は、個々の事案を事後的に評価するものであって、事前の評価にまで拡大すべきではないとの指摘もある。


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