(1) | 社会保険について 「社会保障法」西村健一郎著 |
(2) | 社会保険の特徴 「社会保障法I」岩村正彦著 |
(3) | 社会保険における料率設定のあり方 ベヴァリジ報告 |
社会保険の基本的特徴として次の点をあげることができる。
第1に、強制保険であること。社会保険は、適用対象たる労働者・住民等について社会的保護を行うために、適用対象たる労働者・住民等を被保険者として強制加入させることを原則としている。危険を分散する制度としての社会保険制度において任意加入にすると、その事故発生が予め確定している者あるいはその危険の高い者、負担が少ない者だけが保険関係に入る「逆選択」が生じることになり、保険制度の危険分散機能が著しく弱められることになる。社会保険では、この逆選択の防止を目的として、一定の条件に合致する者の強制加入を原則としているのである。社会保険が強制保険であることによって、社会保険の保険関係は、所定の事由が生じることで自動的に(当事者の意思に関係なく)成立することになる。すなわち、法所定の事由が存在すれば、当事者には、保険料の納付・負担義務が生じ、その一方で保険事故の発生によって被保険者等に保険給付の請求権が発生することになる。
第2に、保険関係の成立の基礎に労働関係(使用関係)が存在するかどうかによって、被用者保険と地域保険(住民保険)の区別がある。もっとも、労働関係(使用関係)が存在しても地域保険(住民保険)の被保険者とされる例があり(健康保険・厚生年金保険が適用されない事業で使用される被用者)、これも絶対的な基準ではないが、被用者保険と地域保険とでは制度の構成、給付、保険料において顕著な差異が存在する。被用者保険においては、通常、給付は所得(報酬)に比例し、保険料も報酬に比例して算定される。所得の低い階層を対象とする場合、保険料はそれらの階層に属する者でも負担できる額でなければならず、給付については社会的危険をカバーするに足りるものでなければならない。こうした矛盾を解決するために、社会保険は、個々の被保険者の危険発生率を度外視し、所得の高い者には多くの保険料負担を課し、所得の低い者には低く拠出させる所得比例の保険料拠出を採用しているのである。また、健康保険、厚生年金、雇用保険などでは、保険料の労使折半負担が定められるとともに、事業主には、社会保険料の納入が義務付けられている。これに対して、地域保険では、応益的な要素(応益割)と応能的な要素(応能割)の双方を考慮して保険料を算定する等の工夫を行うか(国民健康保険)、単純に均一拠出(均一給付)の原則を採用するか(国民年金)、のどちらかの方法が採用されている。
また、被用者保険のように事業主の保険料負担がないため、それを補う意味で公費負担が財源の大きな割合を占めるのも地域保険の特徴である。
第3に、社会保険給付の扶養的性質を指摘することができる。健康保険等の被扶養者は自ら保険料を負担することなく医療の給付を受けることができるのであり、年金給付にあってはその実質価値を維持するために物価・賃金スライド制が採用され、また、障害厚生年金・遺族厚生年金にみられるように受給要件の緩和が行われているのは、その扶養的性質を示すものである。
被保険者は、一定の保険事故の発生と法定の受給要件の充足により保険給付請求権を取得する。その給付は、所得保障を目的とする保険にあっては従前の報酬に比例するにしろ、定額にしろ、通常、定型化された金銭給付の形をとる。それに対して、医療保険においては、医療の現物給付が原則である。
「社会保障法」(P26〜28) 西村健一郎著(有斐閣 2003年) |
(2)保険技術の修正
社会保険は、基本的には、民間保険で用いられている保険技術を援用している。ここで保険技術とは、(1)大数の法則によって予め測定された危険率を持つ保険事故に備えるために、(2)保険者が、保険契約者から保険料を集めて保険基金を形成し、(3)所定の保険事故が発生した場合に、保険基金を原資として、予め決められた保険金を、被保険者または第三受益者に支払うという仕組みである。その意味では、社会保険は民間保険と類似している。しかし、ここでも、社会保険は、民間保険と大きな違いがある。というのは、社会保険は、民間保険の保険技術をそのまま転用していないからである。それは、具体的にはつぎのような点に現れている。
第一に、給付に関し、国、都道府県、市町村が財政負担をする場合がある。たとえば基礎年金の場合は、自営業者等(第1号被保険者)の年金給付の費用の3分の1、被用者年金制度が負担・納付する基礎年金拠出金の3分の1を国庫が負担している。また、国民健康保険でも、国・都道府県が一定の財政負担をしているし、保険者たる市町村自身も一定の財政負担をしている。介護保険の場合には、全体の2分の1が公的な財政負担である。こうした国等の財政負担は、最低限の生活保障は国の責任であるということを象徴するとともに、被用者保険の事業主負担(自営業者等にはない)に相当する負担という意味や、低所得者層の保険料負担の肩代わり、(国民健康保険や介護保険の場合の)保険者間の財政不均衡の是正といった意味を持っている。
第二に、被保険者が、本来支払うべき保険料を支払っていなくても、一定の要件の下で給付が支給されることがある。保険技術を貫徹する民間保険では、保険料負担と給付の受給との間に契約上の双務関係(対価関係)があり、保険料を納付しなければ、保険契約は解除され、給付を受けることはできなくなる。しかし、社会保険では、保険料負担と給付受給との間の双務関係は貫徹されていないことがある。たとえば、国民年金では、生活保護を受けているとか、所得がないといった場合には保険料を免除してもらうことができる(国年89条・90条)。そして、保険料を払った期間と保険料を免除された期間の合計が25年以上あれば、額は減るものの、老齢基礎年金を受給することができる(国年26条・27条)。国民健康保険でも保険料の減免の制度があり(国健保77条)、その対象となった被保険者も、他の被保険者と同じ保険給付を受けることができる。
第三に、民間保険の場合には、保険事故の発生確率や保険金の多寡により、保険料(率)が変動する。たとえば、病気になったり、怪我をする確率は、扶養家族がいるか否か(子供や高齢者がいれば、病気・怪我の確率は高い)、中高年齢層であるか否かによって、異なる。厳密にリスク計算をすれば、保険料(率)は一律にはならず、被保険者ごとや、被保険者の年齢階層ごとに、個別化される。これは保険技術を用いることの当然の帰結である。しかし、社会保険では、こうした個別化した厳密なリスク計算は、労災保険を除いて、行われない。たとえば、健康保険においては、保険料の額は、被保険者の標準報酬と保険料率によって決まるが、保険料率は、被保険者の家族構成、年齢にかかわらず一律である。また、年金保険では、男女間の平均寿命の差にもかかわらず、保険料(率)は男女で同一である。つまり、社会保険の場合には、高リスク集団を低リスク集団が助けるという社会政策的見地から、保険料(率)を一律にしている。別の側面からいえば、社会保険の場合には、個々の被保険者について、負担する保険料と受給する保険給付との間の収支バランスをとることはもともと予定していない。こうした制度枠組みは、社会保険が強制保険を採用していることと表裏一体の関係にある。なぜなら、保険料(率)一律制のもとでは、任意保険のままでは、逆選択※が働くからである。
※ 逆選択
保険事故が発生する確率が低いうちは保険に加入せず、保険事故が発生する確率が高くなってから、または保険事故が発生してから、保険に加入することをいう(たとえば、癌にかかったことがわかってから、生命保険に加入する等)。逆選択が働くと、当然のことながら、保険は運営できなくなる。民間保険では、これを防ぐために、保険契約時に調査をするし、その際に契約者が重要な事実を告げない等の行為をすると契約解約事由となる(商644条・678条)。
(3)まとめ
以上のように、わが国の社会保険は、必ずしも保険技術を貫いてはいない。それは、保険技術に厳密に依拠したのでは、社会保障制度の基盤として広く国民全体をカバーするという機能を社会保険が果たせなくなるという考え方にもとづくということができよう。もちろん、このことは、わが国固有のものではなく、多かれ少なかれ欧米諸国の社会保険制度にも存する。社会保険は、一定の社会政策上の目標を達成する仕組みであり、そこで用いられる保険技術は必然的に修正を受けるのである。このように、保険技術に厳密にはこだわらないところに社会保険の妙味がある。
もっとも、保険技術の修正の一つとして、社会保険の給付費用につき、一般会計から財源を投入するとしても、それが過度にわたることには問題がないではない。たとえば、社会保険の論理では必ずしも説明できない給付は(一例として、20歳前の傷病により障害を負った者に支給される障害基礎年金がある(国年30条の4))、制度設計の体系的な一貫性を揺るがす可能性もある。
また、一般会計からの財源投入は、その規模が拡大すれば、社会保険の制度設計や運営に関する財政当局の介入を招く。これは、社会保険がもともと有していた加入者(被保険者)および(被用者保険の場合の)事業主による自治という性格を失わせることになる。
「社会保障法I」(P40〜P43) 岩村正彦著(弘文堂 2001年) |
ベヴァリジ報告「社会保険および関連サービス」 山田雄三 監訳(P16〜17) |