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抗がん剤報告書: ドキソルビシン(乳癌AC療法)


1.報告書の対象となる療法等について

療法名 乳癌の術前、術後化学療法におけるドキソルビシン/シクロフォスファミド併用療法(AC療法)
未承認効能・
効果を含む医薬品名
手術可能乳癌における術前、あるいは術後化学療法
未承認用法・
用量を含む医薬品名
ドキソルビシン1回60mg/m2、3週間隔投与
予定効能・効果 乳癌(手術可能例における術前、あるいは術後化学療法)
予定用法・用量
ドキソルビシン 60 mg/m2
シクロフォスファミド 600 mg/m2
3週間隔、4コース投与

2.公知の取扱いについて

(1)  無作為化比較試験等の公表論文
1) Fisher, B, Brown, AM, Dimitrov, NV, et al. Two months of doxorubicin-cyclophosphamide with and without interval reinduction therapy compared with 6 months of cyclophosphamide, methotrexate, and fluorouracil in positive-node breast cancer patients with tamoxifen-nonresponsive tumors: results from the National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project B-15. J Clin Oncol 1990; 8:1483
2) Fisher, B, Anderson, S, Tan-Chiu, E, et al. Tamoxifen and chemotherapy for axillary node-negative, estrogen receptor-negative breast cancer: findings from National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project B-23. J Clin Oncol 2001; 19:931
(2)  教科書
1) Harris JR, Lippman ME, Morrow M, et al. Diseases of the breast, 2nd ed, Lippincott Williams & Wilkins, p599, 2000
2) De Vita VT, Hellman S, and Rosenberg SA. Cancer Principles & practice of oncology, 6th ed, Lippincott Williams & Wilkins, p1692, 2001
(3)  peer-review journalに掲載された総説、メタ・アナリシス
1) Early Breast Cancer Trialists' Collaborative Group. Polychemotherapy for early breast cancer: an overview of the randomised trials. Lancet 1998; 352:930
2) Hortobagyi GN. Drug Therapy: Treatment of Breast Cancer. N Engl J Med 1998; 339:974
3) Shapiro CL, Recht A. Drug Therapy: Side Effects of Adjuvant Treatment of Breast Cancer. N Engl J Med 2001; 344:1997
(4)  学会又は組織・機構の診療ガイドライン
1) 平成14年度厚生労働化学研究費補助金 医療技術評価総合研究事業研究報告書 科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン作成に関する研究 主任研究者 高嶋 成光(乳癌学会乳癌診療ガイドライン原案)p142
2) Goldhirsh A, Wood WC, Gelber RD, et al. Meeting highlights: updated international consensus panel on the treatment of primary breast cancer. J Clin Oncol 2003 ;21:3357
3) National Cancer Institute. Breast Cancer: Treatment (PDQ) ; last updated 01/20/2004. http://www.nci.nih.gov/cancerinfo/pdq/treatment/breast/healthprofessional/#Section_123
4) National Comprehensive Cancer Network Clinical Practice Guidelines in Oncology. Breast Cancer. v.3.2003. http://www.nccn.org/physician_gls/f_guidelines.html
(5)  総評
 乳癌の術前あるいは術後化学療法におけるAC療法について、今までに報告された試験結果を考察し、以下の理由より、用法・用量がDOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2(1日目投与)、3週間隔投与のAC療法の有用性は認められると考えられる。また、米国の国立がん研究所(NCI)により作成された乳癌に関する診療ガイドライン、さらにその他の国際的に信頼できる学術雑誌に掲載された総説の記載内容等からみて、乳癌の術前あるいは術後化学療法におけるAC療法の有効性並びに安全性は医学・薬学上公知であると考えられる。
1) 癌の術後化学療法において、従来のCMF療法とAC療法(DOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2、3週間隔投与)の第III相比較試験では、AC療法の無増悪生存期間、および生存期間はCMF療法と比較して有意な差は認められなかった((J Clin Oncol 8:1483, 1990、J Clin Oncol 19:931, 2001)。また、乳癌に対するAC療法(DOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2、3週間隔投与)における術前と術後化学療法の比較試験では、術前療法の無増悪生存期間、および生存期間は術後療法と比較して有意な差は認められなかった(J Clin Oncol 16:2672,1998)。さらに、乳癌術後のAC療法におけるDOX、およびCPAの用法・用量を検討した比較試験では、1回投与量をDOX 60 mg/m2、およびCPA 600 mg/m2よりも高用量投与しても治療成績の改善は認められなかった(J Clin Oncol 21:976 ,2003、J Clin Oncol 15:1858, 1997、J Clin Oncol 17:3374,1999)。以上の結果より、乳癌術前、あるいは術後化学療法において、用法・用量がDOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2(1日目投与)、3週間隔投与のAC療法の有効性は認められると考えられる。
2) 用法・用量がDOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2(1日目投与)、3週間隔投与のAC療法の主な有害事象は、悪心・嘔吐、脱毛および白血球減少である。さらに、乳癌術後に対する化学療法の多施設共同試験であるNSAS B02の進捗状況より、用法・用量がDOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2(1日目投与)、3週間隔投与のAC療法は既に国内において使用経験があると考えられる。このため、化学療法に熟知した医師が骨髄抑制、および悪心・嘔吐に十分な注意を払い、AC療法を行うのであれば、安全性は担保できると考えられる。

3.裏付けとなるデータについて

臨床試験の試験成績に関する資料
(a)腋窩リンパ節転移陽性、タモキシフェンに感受性のない乳癌の術後化学療法におけるドキソルビシン/シクロフォスファミド療法とシクロフォスファミド/メソトレキセート/5-フルオロウラシル療法の第III相比較試験(NSABP B-15:J Clin Oncol 8:1483, 1990)
 米国の臨床試験グループであるNational Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project (NSABP)により、59歳以下のstage II、タモキシフェン感受性なし、腋窩リンパ節転移陽性乳癌の術後にドキソルビシン(DOX)/シクロフォスファミド(CPA)併用(AC療法) x 4コース(AC群)、CPA/メソトレキセート(MTX)/5-フルオロウラシル(5-FU)併用(CMF療法) x 6コース(CMF群)、およびAC療法 x 4コース終了6ヶ月後に静脈投与CMF療法 x 3コース(AC→CMF群)の第III相無作為化比較試験が行われた。本試験の主要評価項目は無増悪生存期間であった。
 本試験における無増悪生存期間は、局所、遠隔、乳房温存術例の同側乳房内再発、2次がん、あるいは死亡のいづれかを最初に認めるまでの期間と定義されていた。また、タモキシフェン(TAM)感受性なしの定義は、(1)49歳以下、(2)50から59歳で、エストロゲン受容体状況にかかわらず、プロゲステロン受容体の発現が10 fmol/mg未満(腫瘍組織のcytosolをenzyme immunoassayにより測定)のいずれかを満たす症例であった。
 それぞれの治療群の用法・用量は、AC療法:1回投与量はDOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2、3週間隔投与)、CMF療法:CPA 1日投与量 100 mg/m2、経口、1から14日目まで投与、MTX 1回投与量 40 mg/m2、1および8日目投与、5-FU 1回投与量 600 mg/m2、1および8日目投与、これらの薬剤を28日間隔で投与した。また、AC→静脈投与CMF群におけるCMF療法の用法・用量はCPA 1回投与量750 mg/m2、1日目投与、MTX 1回投与量 40 mg/m2、1および8日目投与、5-FU 1回投与量 600 mg/m2、1および8日目投与、これらの薬剤を28日間隔で投与した。
 AC療法における次コース投与開始について、顆粒球数1,000/mm3以上、血小板 100,000/mm3以上を満たす、あるいは消化器毒性が治療開始に対して耐えられる程度まで回復した場合とし、これらの規準を満たさない場合には、投与開始を延期した。また、前コースにおいて、38.5℃を越える発熱や顆粒球減少に伴う全身性感染症を認めた際には次コースのDOXおよびCPAの投与量を75%に減量した。CMF療法における次コースの投与開始、および投与量について、1日目に白血球数2,500/mm3未満、あるいは血小板 75,000/mm3未満の場合、白血球数2,500/mm3以上、および血小板 75,000/mm3以上に回復するまで投与を延期し、75%に減量して投与を開始し、さらに1日目に減量して投与開始後8日目の血球数3,500/mm3以上、および血小板 100,000/mm3以上であれば、100%の投与量にて治療を行う設定であった。また、8日目の白血球数2,500/mm3未満、あるいは血小板 75,000/mm3未満の場合は、8日目の投与を中止していた。さらに、消化器毒性を認めた場合、適宜投与量の減量を行った。乳房部分切除を受けた症例は術後に温存乳房に対する放射線照射を受けた(AC群では4コース終了後、CMF群では、1コース終了後より開始)。
 1984年10月から1988年10月までに2,338例が試験に登録され、20例が不適格で、2,318例のうち124例は追跡期間が短いために解析対象より除外された。患者背景について、AC群(734例)、CMF群(732例)、およびAC→静脈投与CMF群(728例)でそれぞれ、年齢は、49歳以下79%、81%、および77%、50〜59歳21%、19%、および23%、腋窩リンパ節転移個数は、1〜3個56%、56%、および56%、4〜9個30%、30、および30%、10個以上14%、14%、および15%、術式は、乳房部分切除27%、27%、および28%、乳房切除73%、73%、および72%、エストロゲン受容体(fmol)は、10未満46%、49%、および44%、10以上54%、51%、および56%、プロゲステロン受容体(fmol)は、10未満53%、55%、および53%、10以上47%、45%、および47%、腫瘍径は、2.0cm以下28%、29%、および28%、2.1〜5.0cm48%、44%、および46%、5.1cm以上8%、8%、および7%、不明16%、19%、および19%であった。
 観察期間が3年の時点で、3年無増悪生存率は、AC群62%、およびCMF群63%で両群に有意な差は認められなかった(p=0.5)。また、3年生存率は、AC群83%、およびCMF群82%で両群に有意な差は認められなかった(p=0.8)。なお、AC→CMF群の無増悪生存期間および生存期間は他の治療群と比較して有意には優れておらず、AC療法施行6ヶ月後に静脈投与でCMF療法を追加することの意義は認められなかった。
 すべての治療コースにおいて認められた有害事象の頻度について、AC群(1,492例、総コース数5,676、1例あたり平均3.8コース)、およびCMF群(739例、総コース数4,068、1例あたり平均5.5コース)でそれぞれ、白血球減少は、1,000〜1,999 /mm3 3.4%、および9.4%、1,000/mm3未満0.3%、および0.3%、血小板減少は、25,000〜49,999 /mm3 0%、および0.3%、25,000 /mm3未満0.1%、および0%、悪心・嘔吐は、悪心のみ、15.5%、および42.8%、持続時間が12時間以内の嘔吐34.4%、および25.2%、持続時間が12時間を超える嘔吐36.8%、および12.0%、耐えられない嘔吐4.7%、および1.6%、下痢は、1日4回を超えるもの2.6%、および4.5%、脱水を伴う下血0.3%、および0.3%、完全な脱毛は、69.5%、および15.1%、心血管系は、無症状0.2%、および0.1%、一過性0.1%、および0%、症候性0.1%、および0%、静脈炎は、表在性0.5%、および1.1%、深在性0.1%、および0.3%、血栓症0.1、および0.3%、感染症は、全身性は、全身性0.9%、および0.3%、敗血症1.5%、および0.9%、出血性膀胱炎は、軽度0.3%、および1.6%、重篤0%、および0.1%、体重増加は、5〜10% 10.6%、および27.9%、10〜20% 2.1%、および12.0%、20%を超える 1.7%、および2.3%、体重減少は、5〜10% 6.2%、および5.7%、10〜20% 1.4%、および2.3%、20%を超える 1.0%、および0.5%、発熱は、38〜40℃ 5.1%、および3.2%、40℃を超える0.4%、および0.3%であった。
 AC x 4コース、およびCMF x 6コースを受けた際に認められる主な有害事象が認められるコース数は、100例あたり、それぞれ、悪心84、および211、嘔吐206、および83、下痢39、および65、粘膜炎54、および51、神経毒性4、および8、皮膚反応10、および11、発熱10、および7、感染16、および16であった。
 血液毒性、または消化器毒性による投与の延期について、AC群(1,492例、総コース5,676)、およびCMF群(739例、総コース4,068)において、それぞれ、投与延期を行ったコース数342(6.0%)、および408コース(10%)、投与延期を行った症例数233(15.6%)、および234(31.7%)であった。計画された薬剤の総投与量を受けた症例の割合、および月あたりのdose intensityは、それぞれ、AC群(558例)で、DOX 99.8%、および98.9%、CPA 99.7%、および98.9%、CMF群(術後に放射線照射を受けない乳房切除413例)は、CPA 87.6%、および87.0%、MTX 91.7%、および90.5%、5-FU 90.9%、および88.5%であった。

(b)腋窩リンパ節転移陰性、エストロゲン受容体陰性の乳癌の術後化学療法におけるドキソルビシン/シクロフォスファミド療法±タモキシフェンとシクロフォスファミド/メソトレキセート/5-フルオロウラシル療法±タモキシフェンの第III相比較試験 (NASBP B-23: J Clin Oncol 19:931, 2001)
 米国の臨床試験グループであるNSABPにより、腋窩転移陰性、エスロトゲン受容体陰性の乳癌術後にDOX/CPA併用(AC療法)x 4コース (AC群)、AC療法x 4コース+TAM x 5年内服(AC/TAM群)、CPA/メソトレキセート(MTX)/5-フルオロウラシル(5-FU)併用(CMF療法) x 6コース(CMF群)、CMF療法x 6コース+TAM x 5年内服(CMF/TAM群)の第III相無作為化比較試験が行われた。本試験の主要評価項目は生存期間であった。本試験における無再発生存期間は、局所、遠隔、乳房温存術例の同側乳房内再発のいづれかを最初に認めるまでの期間と定義されていた。AC療法、およびCMF療法の用法・用量、投与の延期、投与量の減量規準はNSABP B-15と同一であった。TAMの非投与群は、プラセボの投与を受けた。また、乳房部分切除を受けた症例は術後に温存乳房に対する放射線照射を受けた(AC群では4コース終了後、CMF群では、1コース終了後より開始)。
 1991年5月から1998年12月までに2,008例が試験に登録され、34例が不適格で、26例が追跡不能例であった。患者背景について、AC群(501例)、AC/TAM群(502例)、CMF群(503例)、およびCMF/TAM群(502例)でそれぞれ、年齢は、49歳以下55%、55%、55%、および54%、50〜59歳28%、27%、30%、および30%、術式は、乳房部分切除 55%、55%、56%、および55%、乳房切除44%、45%、45%、および45%、エストロゲン受容体(fmol)は、10未満97%、98%、97%、および98%、10以上 3%、2%、3%、および2%、プロゲステロン受容体(fmol)は、10未満 86%、88%、87%、および88%、10以上14%、12%、13%、および12%、腫瘍径は、2.0cm以下54%、53%、55%、および58%、2.1〜4.0cm 35%、34%、36%、および33%、4.1cm以上4%、5%、5%、および6%、不明 5%、4%、6%、および7%であった。
 追跡期間の平均が65ヶ月の時点で、5年の無再発生存率は、AC群、AC/TAM群、CMF群、およびCMF/TAM群でそれぞれ、87%、87%、88%、および87%で有意な差は認められなかった(p=0.96)。さらに、AC±TAM群、およびCMF±TAM群では、87%、および87%で有意な差は認められなかった(p=0.6)。5年の生存率は、AC群、AC/TAM群、CMF群、およびCMF/TAM群でそれぞれ、90%、90%、89%、および89%で有意な差は認められなかった(p=0.8)。さらに、AC±TAM群、およびCMF±TAM群では、90%、および90%で有意な差は認められなかった(p=0.8)。
 有害事象の程度について、grade 0/1/2/3/4/死亡例の頻度(%)はそれぞれ、AC群(495例):5/18/50/18/8/0、AC/TAM群(491例):3/18/52/16/11/1%未満、CMF群(499例):2/10/50/26/11/1、およびCMF/TAM群(498例):2/10/51/24/12/1%未満であった。重篤な有害事象の頻度(%)について、AC群、AC/TAM群、CMF群、およびCMF/TAM群でそれぞれ、顆粒球減少は、grade3(500-999 /mm):6/6/13/10、grade4(500/mm3未満):1/1/4/2、感染症は、grade3(重篤なもの):3/4/3/3、grade4(生命を脅かす):1/1/0/1、敗血症:5/7/5/6、悪心grade3(経口摂取不能):7/7/3/5、嘔吐は、grade3(24時間以内に6-10回):6/5/1/2、grade4(補液を必要とする):2/2/1/2、下痢は、grade3(24時間以内に7-9回):1/2/2/3、grade4(24時間以内に10回以上、あるいは補液を必要とする):0/1/1/1%未満、粘膜炎grade4:0/1%未満/1%未満/1%未満、脱毛は、82/81/43/40、心血管系(不整脈、心不全、虚血性疾患)は、grade3:7例/3例/1例/3例、grade4:1例/1例/3例/4例、死亡は、0例/1例/2例/1例であった。
 薬剤投与に関する記録を回収可能であった1,983例のうち、AC±TAM群(986例)は、合計3,864コースの治療を受け(1例あたり平均3.9コース)、CMF±TAM群(997例)は、合計5,606コースの治療を受けた(1例あたり平均5.7コース)。化学療法を開始しなかった症例、および中止した症例は、それぞれ、AC±TAM群983例中10例および13例、CMF±TAM群990例中9例および24例であった。

4.本療法の位置づけについて

 
 手術可能な乳癌は局所性疾患と全身性疾患に分類され、局所性疾患は局所療法のみで治癒し、全身性疾患は微小転移を伴う。微小転移巣は、術後数ヶ月〜数年の間に明らかな病巣を形成し再発と診断される。手術時、既に微小転移のある可能性、すなわち再発リスクを予測する因子として、腋窩リンパ節の転移状況、年齢、腫瘍の浸潤径、組織型異型度(あるいは核異型度)、ホルモン受容体状況(エストロゲン/プロゲステロン受容体:ER/PgR)、HER2蛋白発現状況が挙げられている(Disease of the Breast, 2nd ed, Lippincott Williams & Wilkins, p489, 1999)。乳癌の術後に再発抑制を目的として行われる術後薬物療法は、個々の症例の予後・予測因子を考慮した上で、化学療法と内分泌療法を適切に組み合わせ施行されている。
 腋窩リンパ節の転移状況は最も重要な予後因子である。乳癌の術後薬物療法を検討する際には、まず腋窩リンパ節転移陰性と陽性の2つの群に分ける。腋窩リンパ節陰性例においては、予後因子によって再発のリスクの高い群が存在し、ホルモン受容体状況、腫瘍の浸潤径、組織学的異型度および年齢により、Minimal riskとAverage riskの2群に分類されている(J Clin Oncol 21:3357,2003)。現時点では、腋窩リンパ節転移陽性、および腋窩リンパ節転移陰性Average riskに対して術後薬物療法として原発巣のホルモン受容体状況に応じて化学療法と内分泌療法を組合わせた治療が行われている。また、最近では、手術可能乳癌の術前に化学療法を行い腫瘍の縮小をはかり、乳房温存術の向上を目指した術前化学療法も一般臨床として行われている(J Clin Oncol 21:2600,2003)。
 1970年代より腋窩リンパ節転移陽性乳癌に対する無治療とCMF療法の第III相比較試験にてCMF療法による再発抑制効果が示されたことにより(N Engl J Med 332:901,1995)、CMF療法は乳癌の術後化学療法における標準的治療レジメンと位置づけられてきた。さらに1980年代には、anthracycline系抗がん剤が術後化学療法に導入された。
 AC療法とCMF療法の比較に関して、59歳以下のstage II、TAM感受性なし、腋窩リンパ節転移陽性乳癌に対しするAC x 4コース群(734例)、CMF x 6コース群(732例)、およびAC x 4コース→静脈投与CMF x 3コース群(728例)の第III相比較試験が行われた(NSABP B-15:J Clin Oncol 8:1483, 1990)。この試験結果によれば、AC群とCMF群の再発率、および生存期間に有意な差は認められなかった(3年無増悪生存率:AC群62%、CMF群63%、p=0.5、および、3年生存率:AC群83%、CMF群82%、p=0.8)。
 さらに、手術可能、エストロゲン受容体(-)、腋窩リンパ節転移陰性乳癌に対して、AC x4コース±TAM群(1,003例)とCMF x 6コース±TAM群(1,005例)の第III相試験が行われた(NASBP B-23: J Clin Oncol 19:931,2001)。両群で無増悪生存期間、および生存期間に有意な差は認められず、またTAMの追加効果も認められなかった(5年無再発生存率:AC群、AC/TAM群、CMF群、およびCMF/TAM群でそれぞれ、87%、87%、88%、および87%、p=0.96、および 5年生存率:AC群、AC/TAM群、CMF群、およびCMF/TAM群でそれぞれ、90%、90%、89%、および89%、p=0.8)。なお、ここで示したAC、およびCMF療法の用法・用量は、AC療法:1回投与量はDOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2、3週間隔投与)、CMF療法:CPA 1日投与量 100 mg/m2、経口、1から14日目まで投与、MTX 1回投与量 40 mg/m2、1および8日目投与、5-FU 1回投与量 600 mg/m2、1および8日目投与、これらの薬剤を28日間隔である。
 1976年から89年に公表されたanthcycline系抗がん剤を含むレジメン(DOXやEpirubicin(EPI))とCMF療法の第III相試験(11試験、7,250例)のメタナリシスでは、anthracycline系抗がん剤を含むレジメンにより、5年無再発および生存率は、54.1%から57.3%および68.8%から71.5%へ改善されたことが示されている(Lancet 352:930, 1998)。
 現在、乳癌の術後化学療法において、最も広く用いられているanthracycline系抗がん剤を含むレジメンは、AC療法、CAF療法(CPA/DOX/5-FU)、およびCEF療法(CPA/EPI/5-FU)であるが(J Clin Oncol 21:3357,2003)、これらのレジメンをそれぞれ、直接比較検討した臨床試験は存在せず、どのレジメンが最も優れているのか不明である。
 また、T1-3、およびN0-1の乳癌に対して、4コースのAC療法(DOX 60 mg/m2、CPA 600 mg/m2、3週間隔投)を術前と術後に行う治療(1,523例)を比較した第III相試験では、術前化学療法は術後と比較して、無増悪生存期間(5年無増悪生存率:67%、および67%、p=0.9)および生存期間(5年生存率:80%、および80%、p=0.8)に有意な差は認められなかった(J Clin Oncol 16:2672,1998)。この試験結果より、現時点では、術前化学療法においてもAC療法は主要なレジメンの一つであると見なされている(J Clin Oncol 21:2600,2003)。
 以上、述べたように、乳癌の術前、および術後化学療法において、現時点ではAC療法は標準的治療レジメンの一つであり、また、術後化学療法におけるCMF療法との比較試験であるNSABP B-15とB-23の試験結果より、AC療法の標準的な用法・用量は、DOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2、3週間隔投与であると考えられている。

5.国内における本剤の使用状況について

公表論文等
 国内において、多施設共同の臨床試験である乳癌の術後化学療法における第III相試験が2001年10月より開始され、現在登録中である(財団法人パブリックヘルスリサーチセンター乳がん臨床研究支援事業 乳がん補助療法研究グループによるNSAS B02試験:http://www.csp.or.jp/)。この試験は、70歳以下の腋窩リンパ節転移陽性乳癌の術後化学療法において、AC療法(DOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2、3週間隔投与)x 4コース→Paclitaxel(PTX) x 4コース、AC療法 x 4コース→Docetaxel (DTX) x 4コース、PTX x 8コース、DTX x 8コースの無作為化比較試験であり、主要評価項目は無病生存期間、予定症例数は各群300例、合計1,200例、登録期間は3年を予定している。全国の医療機関101施設が参加しており、現在登録中である。国内で、AC療法を用いた大規模な多施設共同試験が進行中であることより、乳癌の術後に対する用法・用量がDOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2、3週間隔投与であるAC療法は既に国内において使用経験があると考えられる。

6.本剤の安全性に関する評価

 
乳癌の術前、あるいは術後化学療法におけるAC療法(DOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2、3週間隔投与x 4コース)の主な有害事象は、悪心・嘔吐、脱毛および白血球減少である。その他、発熱性好中球減少、感染、口内炎、下痢、出血性膀胱炎、肝機能異常、皮膚の色素沈着および爪の変色などである(J Clin Oncol 8:1483, 1990、J Clin Oncol 19:931, 2001、J Clin Oncol 16:2672,1998)。さらに、晩期に認められる有害事象は、心不全、無月経および治療関連白血病などである(N Engl J Med 344:1997,2001)。腋窩リンパ節転移陽性の乳癌術後を対象としたNSABP B-15試験では、4コースのAC療法を受けた1,492例のうち、血液あるいは消化器毒性のため、投与間隔を延長したのは、233例(15.6%)、治療の総5,676サイクル中322サイクル(6.0%)であった(J Clin Oncol 8:1483, 1990)。さらに、99%以上の症例で、DOXおよびCPAについて予定された量の薬剤を投与されていた。この試験結果より、DOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2、3週間隔投与x 4コースのAC療法の治療の認容性が不良であるとは判断できない。化学療法に熟知した医師が、主な有害事象である骨髄抑制、および悪心・嘔吐に十分に注意して治療を行えば、AC療法の安全性は担保できると考えられる。

7.本剤の投与量の妥当性について

 
 乳癌の術後化学療法におけるDOXの用法・用量について、現在までにいくつかの検討が行われてきた。Stage II、腋窩リンパ節転移陽性乳癌術後に、4週間隔投与のCAF(CPA/DOX/5-FU)療法を、low dose (L)群 (CPA 300 mg/m2(1日目)/DOX 30 mg/m2(1日目)/5-FU 300 mg/m2(1、8日目)、28日間隔) x 6コース、moderate dose(M)群(CPA 400 mg/m2(1日目)/DOX 40 mg/m2(1日目)/5-FU 400 mg/m2(1、8日目)、28日間隔) x 6コース、high dose(H)群 (CPA 600 mg/m2(1日目)/DOX 60 mg/m2(1日目)/5-FU 600 mg/m2(1、8日目)、28日間隔) x 4コース、3群(1,572例)の第III相試験では、無増悪生存期間(5年無増悪生存率(L 56%、M 61%、H 66%、L vs H:p=0.0002、H vs M:p=0.11)、および生存期間(5年生存率(L 72%、M 77%、H 78%、L vs H:p=0.0034、H vs M:p=0.85)ともにlow doseと比較して、moderateおよびhigh doseが有意に優れており、またmoderate とhigh doseでは有意な差は認められなかった(N Engl J Med 330: 1253,1994、J Natl Cancer Inst 90:1205,1998)。この試験結果より、乳癌の術後化学療法の有効性に関して、DOXの総投与量に閾値が存在することが示された。
 AC療法におけるDOXの投与量について、stage II、腋窩リンパ節転移陽性乳癌術後に、AC療法x 4コース(3週間隔投与)を、CPAの1回投与量は600mg/m2とし、DOXの1投与量を60、75、および90 mg/m2の3群(3,121例)の第III相試験では、DOXの1回投与量を60 mg/m2以上増量しても、無増悪生存期間(5年無増悪生存率は、それぞれ、69%、66%、および67%、p=0.6)および生存期間(5年生存率は、それぞれ、79%、79%、77%、p=0.31)の延長は認められなかった(J Clin Oncol 21:976 ,2003)。
 AC療法におけるCPAの投与量について、stage II、腋窩リンパ節転移陽性乳癌の術後に、DOX 60 mg/m2、3週間隔x 4コースに加え、CPA 600 mg/m2、3週間隔 x 4コース(CPA600群)、CPA 1,200 mg/m2、3週間隔 x 2コース(CPA1,200群)、CPA 1,200 mg/m2、3週間隔 x 4コース(CPA2,400群)を併用する3群(2,305例)の第III相試験では、CPAの1回投与量を600 mg/m2以上増量しても、無増悪生存期間(5年無増悪生存率は、それぞれ、62%、60%、および64%、CPA 600 vs 1,200:p=0.48、CPA 600 vs 2,400:p=0.48)、および生存期間(5年生存率は、それぞれ、78%、77%、および77%、CPA 600 vs 1,200:p=0.98、CPA 600 vs 2,400:p=0.86)の延長は認められなかった(J Clin Oncol 15:1858, 1997)。さらに、DOX 60 mg/m2、3週間隔x 4コースに加えて、CPA 1,200 mg/m2 x 4コース、CPA 2,400 mg/m2 x 2コース、CPA 2,400 mg/m2 x 4コースを併用する3群(2,548例)の第III相試験が行われたが、CPA増量による治療効果の向上は認められなかった(J Clin Oncol 17:3374,1999)。なお、乳癌の術前、あるいは術後におけるAC療法について、4コースを越える治療コース数に関する比較試験は行われていない。
 以上の検討より、現時点では、乳癌の術後化学療法におけるAC療法の標準的な用法・用量は、DOX 60 mg/m2およびCPA 600 mg/m2 、3週間隔を4コースと判断される。


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