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7.都道府県・市町村におけるうつ対策推進の実際
(1)地域の実態把握・地域診断
 1 )既存の資料の活用
 地域の実態把握・地域診断は、関係者との共通認識を図り、協働して対策を推進するためには不可欠なことである。しかし、うつ病の受療状況に特化した全国統計は存在しないし、一方、うつ病の半数以上が医療機関を受診していないと言われ、うつ病の正確な把握は難しいのが現状である。しかし、うつ病に関する地域の課題を明らかにするためにも、個人のプライバシーの保護に十分に留意しつつ、うつ病に関連する統計資料を活用し、地域の実態について整理・分析し、さらに必要な情報を明らかにすることは重要である。また、相談機関や医療機関等の関係機関が日頃の活動で把握している事例等も重要な情報の一つである。以下に活用可能な主な統計資料をまとめた。

表1 地域診断に用いる既存資料等
地域診断に必要な主な項目 統計資料
人口動態:人口割合、世帯構造
主要死因別死亡数:性別・年齢階層別の推移
自殺死亡者数、自殺の粗死亡率・年齢調整死亡率
厚生労働省人口動態統計
都道府県衛生統計
死亡小票、保健所事業報告
自殺の原因・動機、職業別自殺死亡者数 警察庁による自殺統計
疾病大分類別受療率
国民健康保険受療状況(精神疾患)
厚生労働省患者調査
市町村、都道府県国保連合会の事業報告
相談状況(保健福祉部門、市民よろず相談、地域産業保健センター等) 保健所事業報告
市町村事業報告
医療機関・救急救命センターでの自殺未遂者等への治療状況(救急患者状況) 救急隊返報
都道府県・市町村の独自調査
心の健康づくり関連事業の実施状況 厚生労働省地域保健事業報告
保健所事業報告
市町村事業報告
心の健康作りに関するボランティア、NPOの活動状況 保健所事業報告
市町村事業報告

 2 )意識調査
 住民を対象としたうつ病、抑うつ状態に関する意識調査を行うことも重要である。住民のうつ病に関する意識やうつ対策への要望等を総体的に捉えることができ、住民のうつ病に対する気づきの機会にもなる。
 また、うつ病、抑うつ状態は、主観的な健康観や食欲、食生活、睡眠、休養等の日常生活の過ごし方とも関連することから、生活実態調査を併せて行うことも効果的である。
 調査の方法としては、既存の健康診査の問診に加えたり、健康教育の機会を活用し調査することもできる。調査項目の設定や調査方法の検討、また調査実施においては、学識経験者等の協力を得ながら、保健所、精神保健福祉センター等と共同して行うことが望まれる。詳しくは活動事例で紹介する。

(2)対策推進のための組織・体制
 1 )庁内の組織づくり
 うつ対策を推進するには、まず、都道府県・市町村の保健部門が中心となり、庁内にうつ対策に取り組む組織が作られることが必要となる。庁内でも、「専門家がいないため、うつ対策の方法が解らない」とか、「うつ病の問題は自殺との関連が深いため、地域のイメージが悪くなるから取り上げて欲しくない」などの消極的な声にぶつかることがある。このような場合こそ、地域の実態を示し、うつ対策の必要性を示すことが重要となる。うつ病の専門家を囲んでの勉強会を企画したり、うつ対策を進めている他の都道府県や市町村の職員から体験談を聞いたり、その地域を視察することも効果的である。

 2 )対策検討(協議)会の設置
 都道府県・市町村としてうつ対策をすすめる合意を得られたならば、次に地域の関係者も含む検討(協議)会を設置することが地域ぐるみのうつ対策を推進する上で、重要である。このような検討(協議)会を新たに設置する場合もあるが、健康づくり推進協議会、地域保健医療協議会等の組織を活用し体制を整えることも方法の1つである。
 検討(協議)会では、地域の実態を把握し、課題を明らかにし、都道府県・市町村としての取り組みの方向性を定め、新たに取り組む事項、これまでの心の健康づくり対策や生きがい対策の既存の対策や事業を活用する方法、地域の関係機関が取り組むこと等を総合的に検討する。また、健康日本21の地方計画の「こころの健康・休養」との整合性を図り進めることが望ましい。
 検討(協議)会のメンバーは、うつ対策を実施する主体(都道府県、市町村、保健所、精神保健福祉センター等)や、対策の中心となる対象者(児童、思春期、中高年期、高齢者、女性等)等により異なるが、保健・福祉部門、保健所、精神保健福祉センター、市町村、住民(当事者、ボランティア等)、関係機関(学術団体、職能団体、医療機関、職域関係、学校関係、警察、NPOなど)、研究・専門機関等で構成される。
 また、継続的に対策が推進されるように、検討(協議)会では、対策の進捗状況の把握、総合的評価を行うことも重要である。検討(協議)会の設置をきっかけに実務者レベルのネットワークが作られ、相互に支援し合いエンパワーメントされていくことは、地域での取り組みの醍醐味と言えよう。

3)市町村、保健所、精神保健福祉センター、本庁のうつ対策における役割
 市町村、保健所及び精神保健福祉センターにおける精神保健福祉業務については、これまで厚生省大臣官房障害保健福祉部長通知「保健所及び市町村における精神保健福祉業務について(平成12年3月31日 障第251号)」及び厚生省保健医療局長通知「精神保健福祉センター運営要領について」(平成8年1月19日健医発第57号)に基づき行われているところであるが、うつ対策についても精神保健福祉業務の一環として取り組まれるものである。特に、保健所のあり方については、地域保健対策の推進に関する基本的な指針(平成6年12月厚生省告示第374号)において、保健所は精神保健について専門的かつ技術的業務の推進を行うこと、市町村の求めに応じて専門的な立場から技術的助言等の援助に努めることが定められている。このように進められる精神保健福祉活動の中で、うつ対策に関する特徴的な活動を具体的にあげることができる。

 市町村は、直接住民に接し、さまざまな保健福祉事業を行っているため、地域特性を踏まえたうつ対策を行うことができる。また、基本健康診査や乳幼児健康診査、各種の教室事業、健康相談、訪問指導などの日々の活動を通した対策を実施しやすく、さまざまな福祉事業や公民館等の社会教育活動、教育委員会とも連携しやすい。

 保健所は、地域精神保健福祉業務の中心的な行政機関として、うつ対策をすすめる上で重要な役割を果たすことが期待されている。地域の実態把握、地域診断を行い、それに基づき地域の実情に応じた、普及啓発活動、相談事業、訪問指導等を行うことができる。また、市町村への専門的な立場から技術的助言等の援助も重要な役割の一つである。また、保健所の働きかけで所管の市町村同士が連絡会議を持つなどして情報交換を行うことは、うつ対策を評価し、推進する上で有用である。

 精神保健福祉センターは、都道府県を単位とした実態把握や啓発活動を行うことができる。また、専門的立場から保健所や市町村等に対し、技術指導、技術援助を行うことが期待される。さらに、保健医療従事者等に対し、うつ病に関する理解を深め、対応技術を向上させることを目的とした研修を実施することも重要な役割である。

 本庁は、全県規模の対策検討(協議)会を設置し、健康日本21の地方計画と整合性を保ちつつ、都道府県としての方向性について検討する。特に、都道府県内のマスメディア等と連携し、うつの実態やうつ病についての正しい知識や対処方法等について広域的に情報発信したり、予防キャンペーンを行うことなどが期待される。うつ病に関心を持つNPOや民間団体等への協力要請の働きかけも期待される。また、診断、治療等の医療の受け皿づくりの充実のため、地域の医師会等の医療関係機関や都道府県内外の大学等との連携など、広域的に対応できる。うつ対策の概要を表2に示す。

表2 うつ対策の概要

うつ対策の概要の図



(4 )関係部局・機関等との連携方策
 これまで述べてきたように、うつ対策を推進するにあたっては、関係部局との連携のもと既存事業を活用し、関係機関とのネットワークを構築することが重要である。特に、市町村、保健所間連携は地域精神保健推進の観点から積極的に進めていきたい。
 地域におけるうつ対策の関係部局・機関が、継続的に情報を共有し、共通の目標に向けてそれぞれの役割を果たすためには、「うつ対策検討(協議)会(仮称)」を定期的に開催することが有効である。地域におけるうつ対策ネットワークについて表3に示す。


表3 地域におけるうつ対策ネットワーク
中心となる組織 既存事業の中でのうつ対策 方策の検討する組織、働きかけの主体となる組織、協働する組織 など 協力を依頼する組織

都道府県
保健所
市町村
保健所
医師会



「うつ対策検討(協議)会」(仮称)の設立
<総合相談窓口>
相談、うつ病の早期発見、パンフレット配布

<母子保健>
母親学級、新生児訪問、乳児健診など(産後うつ病に関する情報提供、母親のメンタルヘルスの評価など)
周産期医療機関との連携(産後の入院中における医療機関によるメンタルヘルスの評価と自治体との連携など)

<老人保健>
基本健康診査(うつスクリーニングなど)
健康相談・健康教育(うつ病の啓発)
機能訓練(うつスクリーニングなど)

<老人福祉>
生きがい対策(うつの予防など)
閉じこもり予防対策(うつの予防、早期発見など)
老人クラブ、老人大学(うつの予防、啓発など)

<精神保健福祉>
保健所による精神保健福祉相談、訪問指導(うつ病の早期発見と対応など)
精神保健福祉センターによる電話相談、精神保健及び精神障害者の福祉に関する相談及び指導、心の健康づくり推進事業あるいは思春期精神保健に関する相談指導事業(うつ病に対する啓発、早期発見、対処)
心の健康づくり講演会
<方策の検討>
医師会・医療機関
市町村の健康推進のためのボランティア組織(愛育委員や健康推進員)
メンタルヘルスボランティア
教育委員会
「いのちの電話」
大学

<ハイリスクグループへのアプローチ>
児童虐待相談
男女共同参画事業
家庭内暴力(DV)被害者支援活動
子を失った親の会
親を失った子の会

<うつ病経験者の参加>
うつ病のセルフヘルプ・グループ

<事業場へのアプローチ>
労働局・労働基準監督署
産業保健推進センター、地域産業保健センター
事業場(特に中小規模事業場)
マスメディア(TV,新聞)

「うつ病アカデミー」、「うつ・不安啓発委員会」、「うつ病の予防・治療委員会」などうつ病に関する全国的なNPO


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