戻る  次ページ

1. 序論

1.1 背景

アイルランドにおける近年のBSE症例数は、依然として比較的低水準を維持しているものの増加傾向にある。そのためBSEの適切な管理や骨付き牛肉のリスク問題について、検討が求められている。

BSE感染が確認された当初、ヒトの健康を守るために導入された対策は、感染しているウシにおいて感染因子が存在する可能性がある組織をすべて除去することであった。これらの組織は特定危険部位(SRM)と呼ばれ、脳、脊柱やその他の組織がこれに該当する。1997年、英国農漁業食糧省(MAFF)が行った実験において、実験的に感染させたウシの背根神経節(DRG)から感染因子が発見された。DRGは末梢神経系の一部で脊柱の中に位置しているが、SRMには含まれていなかった。ウシが屠殺され脊髄が除去される際、DRGは通常除去されていなかったため、これが問題となった。Tボーンステーキやリブ肉など、切り取られた牛肉の一部は脊柱が付いた状態で消費者に販売されている。そのため、消費者が感染性物質に曝露される可能性が存在しているのである。

1998年、英国政府はDRGに感染因子が発見されたことを受け、骨付き牛肉の販売禁止を決定した。骨付きでの販売は、英国保健省医務局長の見直しの結果2000年に再開された。英国ではこの許可は月齢30ヵ月未満のウシにのみ適用されている。これ以上の月齢のウシは人の食用の対象とならないためである。その後欧州委員会もEU域内における骨付き牛肉の販売を禁止し、2001年4月から実施されている。

厚生児童省のCJD諮問委員会の要請を受け、アイルランド食品安全局(FSAI)はDRG特別部会を設置し、リスク評価の実施を決定した。DNVはすでに英国において農漁業食糧省の依頼で1997年に同様の評価を実施し、海綿性脳症諮問委員会が政府に対して助言するのに寄与した実績があったため、このリスク評価についても実施を要請された。

1.2 研究の目的

本研究の目的はアイルランド国民がDRGの持つBSE感染因子で汚染された可能性がある牛肉を摂取することによって生じるリスクを可能な限り数量化し、骨付き牛肉の販売禁止によるリスクの低減を査定することである。

1.3 手法

本研究の手法は1997年にMAFFの依頼で行った研究(背根神経節の持つBSE感染性由来のリスク評価, DNV 報告書 C7831, 1977年12月)をほぼ踏襲している。また新たな調査結果・データなどを盛り込み、アイルランドの実情に合わせて適用した。

DRGの感染因子によるリスクの評価には、以下のプロセスが必要である。

  1. 食用に屠殺されるウシのうち、有意水準のBSE感染性を持つ頭数を算定する。

  2. 感染しているウシのDRGの感染性レベルを評価する。

  3. 肉から骨をとり除いた場合、および骨付き肉(リブ肉やTボーンステーキなど)が摂取された場合にDRGが及ぼす影響を評価する。

これらの情報からイベントツリーを作成して屠殺されたウシのDRGから起こる事象を示し、摂取されるDRGの割合を算出する。イベントツリーモデルはエクセルのスプレッドシートの形で作成する。このような評価で使われるデータの多くには、ある程度の不確実性が存在する。データにおける不確実性の範囲については、モンテカルロ・シミュレーションのような確率的リスク評価手法を使ったモデル化が可能である。このため、各入力因子について範囲や分布を定め、モンテカルロ・シミュレーションを使って結果の取り得る範囲を予測する。エクセルのスプレッドシートにクリスタルボールと呼ばれるソフト(Crystal Ball Version 4.0―Decisioneering 社、コロラド州デンバー)を使い、このシミュレーションを実行する。

モンテカルロ・シミュレーションは非常に確立された技術であり、モデルの作成者が現実社会の問題の多くに特有の偶然変数を考慮に入れることが可能になる。同シミュレーションでは、分布が明らかにされた各入力パラメータから値を選別するため、基本的に乱数ジェネレータを使用する。このシミュレーションを反復して実施することにより、各変数が取り得るすべての値の範囲について、各シナリオにその発生確率に従い加重値を与えながら検定することが可能である。各反復作業において、各変数および計算された出力値に新しい値を選択する。この過程を何度も繰り返し、出力値の分布が形成される。


トップへ
戻る  次ページ