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平成15年3月13日


厚生労働大臣
坂口 力 殿

社会保障審議会年金資金運用分科会
分科会長 若杉 敬明



株式を含む分散投資の是非に関する意見

 本分科会は、株式を含む分散投資という考え方の是非に関して審議を重ね、今般、別添のとおり意見をとりまとめたので、これを報告する。



株式を含む分散投資の是非に関する意見

平成15年3月13日
社会保障審議会 年金資金運用分科会

1.  はじめに

 年金積立金の運用については、厚生労働大臣の定める「運用の基本方針」において示されたポートフォリオに基づき、国内債券を中心としつつ、国内外の株式を一定程度組み入れた分散投資が行われている。
 昨今、株式市場の低迷もあって、市場運用の結果は、12、13年度は2年連続のマイナスとなり、14年度についても厳しい状況が続いている。これを反映して、株式投資のあり方を見直すべきではないかという声も上がっている。
 当分科会においては、こうした事態を重く受け止め、株式を含む分散投資という考え方の妥当性を中心に積立金の運用のあり方について、基本に立ち返った検討を行い、有識者からのヒアリング等も踏まえ、下記のような結論を得たものである。


2.年金積立金の運用のあり方と株式投資・債券投資

 (積立金の性格)
 我が国の公的年金は、現役世代が高齢者世代を支えるという世代間扶養の考え方で運営されており、給付に必要な資金を予め全て積み立てる積立方式ではなく、現役世代の保険料を給付に充てる賦課方式を基本としている。
 しかし、我が国においては、少子高齢化が急速に進行しており、現役世代の将来の保険料負担が増大することが予想されるが、これが過大な負担とならないよう、一定の積立金を保有し、その運用収益を活用することにより、将来の保険料負担を軽減し、世代間の負担の均衡を図るという方式をとっている。

 (積立金の運用と予定利回り)
 積立金の運用に当たっては、予定利回りを定めて、計画された規模の積立金を保有しながら、その運用収益により将来の保険料負担の軽減を図っており、予定利回りを高く設定するほど将来の保険料負担を低く抑えることができる。しかし、運用にはリスクが伴い、一般に高い予定利回りを目指すほど毎年の運用収益の変動が大きくなる。したがって、積立金の運用に当たっては、適度な予定利回りを設定するとともに、リスク管理を徹底することが不可欠である。

 (運用の目標)
 公的年金の給付総額は、名目賃金上昇率に連動して増減することから、積立金の運用は、長期的に見て、名目賃金の上昇を上回る実質的な運用収益を財政計画どおりに確保することを目標とすべきである。
 なお、名目予定利回りの絶対水準の実現は、必ずしも必要ではなく、実質運用利回りが計画通り確保されていれば、年金財政の安定は確保されることとなる。

 厚生年金保険法等により、年金積立金の運用に当たっては、「被保険者の利益のために、長期的な観点から、安全かつ効率的に行う」ことが求められている。年金積立金の運用は、上記の運用目標に沿うよう、できる限り低いリスクで必要な収益を得るという、安全性と効率性の両面に配慮したものでなければならない。

 (分散投資)
 資金運用においては、収益率が確定しないというリスクを避けることはできないが、これに対応する基本的な手段が分散投資である。つまり、リスク・リターン特性が異なる複数の資産に分散して投資することにより、ある資産の収益が低くても他の資産の収益によりカバーするという関係が成立し、資産全体のリスクを低減させることができる。一般に投資対象資産が多様であるほど分散効果が大きいとされていることから、安全性と効率性の両面に配慮して、一定の収益率水準を確保しつつ、リスクの低減を図るためには、多様な資産に分散投資することが望ましい。

 主たる投資対象資産としては債券と株式とが挙げられるが、
 ・ 債券は相対的にローリスク・ローリターンという特性を持っており、株式は相対的にハイリスク・ハイリターンという特性を持っていること
 ・ 債券と株式とはそれぞれ異なるリスク・リターン特性を持っており、両者を組み合わせることにより、リスク分散効果が期待できること
 ・ 両者ともに流動性の高い市場があること
などを考慮すれば、株式と債券とを組み合わせた分散投資を行うことが望ましい。


3.昨今の経済状況の下での株式投資・債券投資

 当分科会では、デフレ(一般物価水準の下落をいう。)の継続、経済成長の鈍化、株価下落など、昨今の我が国の厳しい経済状況の下で、株式投資や債券投資についてどう考えるべきかを検討した。

 (長期資金としての運用のあり方)
 年金積立金の運用は、数十年に渡る長期の運用であり、その間様々な経済変動が予想されるが、そうした中で長期的に見て最も安定した収益を上げることを目指すべきである。株式、債券いずれについても、リスクは避けられないものである以上、短期的な市況予測に基づき、株式、債券などの資産構成割合を頻繁に変更するよりも、基本となる比率を定め、これを一定期間維持する方が、上記の目的の達成には効果的である。

 株式市場では、将来の株価を確実に予測することはできないので、株式投資を中断したり、再開したりしようとすれば、結局は短期的な市況予測に基づく運用とならざるを得ない。こうした運用は、巨額の資金を有し、かつ長期的に安全かつ効率的な運用を行わなければならない年金積立金の運用としては、適当でない。

 (現在の状況における株式投資)
 デフレが続く厳しい経済環境の下では、企業業績は概ね低迷し、株価の上昇も期待できないのではないかという考え方がある。現在、企業が厳しい経営環境にあることは事実である。しかし、物価の動きと株価の動きとは、必ずしも連動するものではなく、デフレ期であるから直ちに株式投資を中断すべきであると断定することはできない。したがって、結局は長期的視点に立った投資を行うことが適当と考えられる。
 なお、株式市場においては、リスクに見合ったリターンが期待できるはずであり、我が国の株式市場においてもこうした原理が成立すると考えるべきとの指摘があった。

 (現在の状況における債券投資)
 株式投資を全て中止し、年金積立金の全額を国債で運用する方針に切り替えることの是非について検討した。名目賃金上昇率がマイナスで推移している間は、債券投資のみでも実質運用利回りが確保できる可能性もあるが、現在、歴史的な低金利の状態にある中で、近い将来、賃金や物価の上昇が起こった場合には、運用利回りが年金給付の増大に追いつけず、運用目的である実質的収益の確保が困難になると考えられる。
 さらに、市場での債券運用についても、今後の金利の動向によって損失が生じる可能性があるので、債券の保有割合を高めることが必ずしも安全性を高めることにはならないと考えられる。

 (移行ポートフォリオによる調整)
 また、デフレ下では、移行ポートフォリオを調整して、平成20年度に予定される基本ポートフォリオの達成を遅らせることにより、当面、株式の購入量を減少させるべきとの意見があった。これについては、基本ポートフォリオは、予定利回りを達成する上で最も相応しい資産構成割合を定めたものであるから、できるだけ速やかに達成すべきものであり、達成時期を先送りする理由が見出せないことから、適当でないと考えられる。
 したがって、移行ポートフォリオは、「運用の基本方針」どおり、基本ポートフォリオの達成に向けてなだらかに移行するように定めることが適当と考えられる。


4.年金積立金の運用と国民経済との関係

 (市場への資金配分)
 年金積立金が我が国の株式市場に投入されることは、公的に集められた資金が市場を通じて民間の企業活動に還流し、経済全体におけるリスク資産への配分という観点から見て、適切な資金配分がなされ、我が国の経済活動に寄与するという意義が認められる。

 仮に、全額国債運用を行う場合には、国によりその資金配分が決定されることとなり、年金積立金の全額が資金運用部に義務預託される制度からの抜本的な転換を図った財政投融資制度改革の趣旨に反するのではないかと考えられる。

 (市場へのインパクト)
 巨額な年金積立金が株式投資を行うことにより、市場の価格形成を歪めないか、という点についても検討した。これについては、市場への資金投入及び回収を特定の時期に集中させないこと、同一企業発行銘柄への投資割合を制限することなど、市場の価格形成や民間の投資行動を歪めることがないよう配慮されている。今後とも、市場に影響を与えないよう、十分に配慮すべきである。

 (民間企業支配のおそれ)
 年金積立金による株式保有は、議決権行使を通じて国による民間企業支配につながらないか、という点についても検討した。これについて、「運用の基本方針」においては、民間企業支配の懸念を生じないよう、年金資金運用基金が議決権行使を直接行うのではなく、民間の運用受託機関の判断に委ね、その上で運用受託機関の対応方針や行使状況について報告を求めるという方式をとるよう定められている。また、年金資金運用基金は、個別銘柄の選択は行わないこととされている。今後とも、民間企業支配の懸念を生じないよう、十分に配慮すべきである。


5.今後の課題等

 以上の検討から、市場動向に配慮しながら、国内債券を中心としつつ、国内外の株式を一定程度組み入れるという考え方は、今後とも維持することが適当と考えられる。なお、安全性を最優先させる立場から市場リスクの高い株式投資は行うべきではないとの意見があった。

 一方、基本ポートフォリオの内容については、株式の構成割合のあり方を含め、今後とも検討する必要がある。これについては、平成16年には、財政再計算に基づき年金制度の改革が予定されており、その際には、予定利回り等についても、前述したような厳しい経済状況を踏まえ、見直しを行うこととなると考えられる。基本ポートフォリオの内容についても、こうした作業と歩調を合わせて、国民の理解が得られるよう、安全性にも十分配慮した見直しを行うことが必要である。

 その際には、債券投資をより適切なものにする観点から、国債満期保有運用のあり方についても、検討すべきである。

 上記の外、さらに検討すべき事項として、以下の点を指摘したい。

 まず、コーポレート・ガバナンス(企業統治)については、投資対象となる企業が、健全なガバナンスを確立し、効率的な経営により企業収益力を向上させるならば、公的年金にとっても運用成果の向上につながる。国が民間企業の経営に影響を与えないよう留意しつつ、コーポレート・ガバナンスへの関与のあり方について検討すべきである。

 次に、株式のパッシブ運用におけるベンチマークの問題である。年金積立金の運用は、「運用の基本方針」において、パッシブ運用を基本とすると定められており、年金資金運用基金においては、東証株価指数(TOPIX)をベンチマークとしてパッシブ運用を行っている。パッシブ運用においては、ベンチマークの選択が重要であるが、年金積立金のベンチマークのあり方について十分検討するとともに、その際、その他の市場の発展も考慮に入れ、投資対象の拡大についても幅広く検討すべきである。

 さらに、財投債引受のあり方や、運用受託機関の選定、委託手数料のあり方についても検討することが望まれる。


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