戻る

部会報告書


品種 てんさい(商品名:「ラウンドアップ・レディー・テンサイ77系統」)
性質 除草剤(グリホサート)耐性
申請者 日本モンサント株式会社
開発者 Monsanto Company(米国), Novartis Seed Ltd.(スイス)


 日本モンサント株式会社から申請されたてんさい(商品名:「ラウンドアップ・レディー・テンサイ77系統」(以下「77系統」という。)について、「組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査基準」(以下「審査基準」という。)に適合した安全性評価がなされているか否かについて検討し、以下のような結果を得た。


I 申請された食品の概要
 77系統は、除草剤「グリホサート(商品名:ラウンドアップ、一般名:N-ホスホノメチルグリシン、農林水産省:農薬登録番号14360号、米国Chemical Abstract Service(CAS) 登録番号:1071-83-6、38641-94-0)の影響を受けずに生育できる性質が付与されている。
 グリホサートは、植物や微生物に特有の芳香族アミノ酸合成経路(シキミ酸経路)中の酵素の一つである5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸合成酵素(以下「EPSPS 蛋白質」という。)と特異的に結合し、EPSPS蛋白質の活性を阻害する。その結果、ほとんどの植物は生育に必要なアミノ酸を合成できずに枯死する。しかし、77系統は、グリホサート存在下でも機能するCP4 EPSPS蛋白質を発現する遺伝子(以下「CP4 EPSPS遺伝子」という。)を導入したので、グリホサートが散布されても枯死せずに生育することができる。

II 審査結果
1 生産物の既存のものとの同等性に関する事項
 7審査基準の第2章第1の各項に規定される資料(1.遺伝的素材に関する資料 2.広範囲な人の安全な食経験に関する資料 3.食品の構成成分等に関する資料及び4.既存種と新品種との使用方法の相違に関する資料)から判断した結果、当該食品と既存のものが全体として食品としての同等性を失っていないと客観的に判断し、当該77系統の食品としての安全性を評価するために、既存の食品を比較対象として用いる方法が適用できると判断した。そこで、既存の食品との比較において、審査基準の第2章第2以下の各事項に掲げられた審査基準に沿って審査を行った。

1) 遺伝的素材に関する事項
 77系統の宿主は、てんさいBeta vulgaris L.の栽培品種A1012系統である。77系統にはCP4 EPSPS遺伝子、組み換え体を選抜する際にマーカーとして用いたuidA遺伝子、グリホサートを代謝する能力を付与するグリホサート酸化還元酵素gox遺伝子の断片、並びに各遺伝子の発現に必要な遺伝子群が導入された。CP4 EPSPS遺伝子は土壌微生物のAgrobacterium sp.CP4株、uidA遺伝子はE.coli、gox遺伝子はOchrobactrum anthropiにそれぞれ由来する。

2) 広範囲なヒトの安全な食経験に関する事項
 てんさいは、工芸作物としてその根部が砂糖やテンサイ糖蜜に加工され、食品として利用されている。CP4 EPSPS遺伝子の供与体であるAgrobacterium sp.CP4株はヒトの直接の食物源ではないが、これまでにもヒトはCP4 EPSPS遺伝子がコードするCP4 EPSPS蛋白質と同様の機能を持つEPSPS蛋白質類を摂取してきている。

3) 食品の構成成分等に関する資料
 77系統は、主要構成成分(粗灰分、粗繊維、粗蛋白、可溶性炭水化物、並びに粗脂肪)や栄養素、有害生理活性物質(サポニン)に関し、既存のてんさいと同じ程度であった。

4) 既存種と新品種の使用方法の相違に関する資料
 77系統の食品としての使用方法は既存のてんさいと同等である。なお、既存のてんさいとの栽培上の相違は、グリホサートの影響を受けずに生育することから、栽培期間中にグリホサートが使用できる点のみである。

2 組換え体の利用目的及び利用方法に関する事項
 77系統には、グリホサート存在下でも機能するCP4 EPSPS蛋白質を発現する遺伝子が導入されているので、栽培期間中にグリホサートが使用できる。この点以外、その栽培方法、利用目的、利用方法は従来のてんさいと変わらない。

3 宿主に関する事項
 てんさい(Beta vulgaris L.)は、その根部が砂糖の原料として幅広く利用されており、ヒトにおいて広範囲に安全な食経験がある。一般的に、てんさい及びその加工品(砂糖、糖蜜、繊維)のアレルギーはないとされる。てんさいは有害生理活性物質(サポニン)を生産することが知られているが、有害生理活性物質(サポニン)は多くの作物(マメ、ジャガイモ、アスパラガス、ブラックベリーなど)にも含まれ、またてんさいの加工品である砂糖には含まれないので、ヒトの健康に影響を及ぼすことはない。

4 ベクターに関する事項
 77系統の作出には、Agrobacterium tumefaciens両境界型植物形質転換ベクターであるPV-BVGT03が用いられた。発現ベクターPV-BVGT03は、その左境界配列と右境界配列との間にCP4 EPSPS遺伝子発現カセット(P-FMV/CTP2-CP4 EPSPS/E93')、uidA遺伝子発現カセット(P-35S/uidA/E93')及びgox遺伝子発現カセット(P-FMV/CTP1-gox/NOS3')、nptII遺伝子カセット(P-35S/nptII/NOS3')を含む。他にori-V, ori-322, aad及びnptII遺伝子を含むが、77系統には導入されていない。発現ベクターPV-BVGT03のサイズは15,757bpである。
PV-BVGT03の構成遺伝子は、その特性が明らかとなっており、既知の有害塩基配列を含まない。また、伝達を可能とする配列を含まないので、伝達性はない。

5 挿入遺伝子及びその遺伝子産物に関する事項
1) 供与体に関する事項
(1) CP4 EPSPS遺伝子について
 77系統に導入されたCP4 EPSPS遺伝子は、土壌中に存在する微生物の一つであるAgrobacterium sp.CP4株から単離した遺伝子配列に、植物中での発現を高めるための改変を加えたものである。
(2) uidA遺伝子について
 uidA遺伝子はE. coli由来であり、GUS蛋白質をコードしている。
(3) gox遺伝子について
 gox遺伝子はOchrobactrum anthropiに由来する。
(4) CTP1、CTP2(葉緑体輸送ペプチド配列のN末端領域)について
 CTP1及びCTP2は、共にArabidopsis thalianaに由来する。

2) 遺伝子の挿入方法に関する事項
 発現ベクターPV-BVGT03のT-DNA領域のテンサイ細胞への導入には、アグロバクテリウム法が用いられている。

3) 構造に関する事項
 77系統には、CP4 EPSPS遺伝子発現カセット(P-FMV/CTP2-CP4 EPSPS/E9 3')、uidA遺伝子発現カセット(P-35S/uidA/E9 3')及びgox遺伝子発現カセット(P-FMV/CTP1-gox/NOS3')が導入されている。既知の有害塩基配列は含まれていない。

4) 性質に関する事項
(1) CP4 EPSPS遺伝子について
 CP4 EPSPS遺伝子は、グリホサート存在下でも阻害を受けずに機能するCP4 EPSPS蛋白質を発現することにより、導入された植物はグリホサートの影響を受けずに生育することができる。
(2) uidA遺伝子について
 uidA遺伝子がコードするβ-グルクロニダーゼ(β-glucuronidase,GUS)は、グルクロン酸と種々のアグリコンとの縮合体であるβ-グルクロニドを加水分解する酵素である。組織化学的検定には、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−グルクロニドを基質として用い、この基質がGUSにより加水分解され青色を呈することから、uidA遺伝子は、植物形質転換の過程で可視定量マーカーとして使用される。
(3) 切断型gox遺伝子について
 gox遺伝子がコードするGOX蛋白質は、グリホサートを分解する。しかし、77系統に導入されているgox遺伝子は完全長ではなく、切断型gox遺伝子配列となっている。
(4) CTP1、CTP2について
 CP4 EPSPS遺伝子及びgox遺伝子の5'末端に結合したCTPは、翻訳された蛋白質が芳香族アミノ酸生合成の場である葉緑体へ輸送されるのに必要なアミノ酸配列である。

5) 純度に関する事項
 遺伝子導入に用いた発現ベクターPV-BVGT03の各構成要素は、塩基配列が全て決定されており、その特性も明らかになっている。
 また、宿主に導入された遺伝子は、それらの特性が明らかとなった遺伝子のみである。

6) 安定性に関する事項
 本組換え体の後代(3世代)についてCP4 EPSPS遺伝子領域をプローブとして、サザンブロット分析を行い、R0世代での結果と比較したところ、挿入遺伝子が育種の過程で安定して遺伝していることが確認された。

7) コピー数に関する事項
 77系統のゲノムには、発現ベクターPV-BVGT03に由来する1コピーのT-DNA領域(CP4 EPSPS遺伝子カセット、uidA遺伝子カセット、切断型gox遺伝子カセットをそれぞれ1コピーずつ含む)が、1カ所に挿入されている。
 また、挿入遺伝子の近傍の塩基配列も全て明らかとなっている。

8) 発現部位、発現時期、発現量に関する事項
 1996年にヨーロッパの圃場から採取した77系統の組織について、ELISA法を用いて分析を行った結果、CP4 EPSPS蛋白質の平均発現量は、生組織重量1g あたり根部で63μg 、地上部(葉)では190μg であり、GUS蛋白質の発現量は、生組織重量1g あたり根部で0.5μg 、地上部(葉)では3.4μg であった。ちなみに、精製砂糖中の検出可能な蛋白質は多くても1ppmであると報告されている。

9) 抗生物質耐性マーカー遺伝子の安全性に関する事項
 77系統には、抗生物質耐性マーカー遺伝子は挿入されていない。

10) オープンリーディングフレームの有無とその転写及び発現の可能性に関する事項
 外来のオープンリーディングフレームは、CP4 EPSPS蛋白質及びGUS蛋白質の発現に係るもののみである。なお、切断型gox遺伝子とテンサイゲノムDNAが融合し、これによりmRNAが転写されていることがノーザンブロット分析により確認されているが、77系統の組織中からは切断型gox遺伝子−テンサイゲノム融合遺伝子から生じる蛋白質(「34550蛋白質」という)はウエスタンブロットで検出限界(0.05ng/g生組織重量)以下であった。

6 組換え体に関する事項
1) 組換えDNA 操作により新たに獲得された性質に関する事項
 77系統に新たに導入された性質は、CP4 EPSPS蛋白質の発現により、グリホサートの影響を受けずに生育できる点のみである。

2) 遺伝子産物のアレルギー誘発性に関する事項
 a 供与体の生物の食経験に関する事項
  (1) CP4 EPSPS遺伝子の供与体であるAgrobacterium sp.CP4株はヒトの直接の食物源ではないが、これまでにもヒトはCP4 EPSPS遺伝子がコードするCP4 EPSPS蛋白質と同様の機能を持つEPSPS蛋白質類を摂取してきている。
  (2) uidA遺伝子の供与体であるE.coliは、ヒトの腸管内に存在する常在性細菌である。

 b 遺伝子産物がアレルゲンとして知られているか否かに関する事項
 EPSPS蛋白質及びGUS蛋白質が、アレルギー誘発性を有するということは報告されていない。

 c 遺伝子産物の物理化学的処理に対する感受性に関する事項
 ア 人工胃液・人工腸液に対する感受性
  (1) 多くの既知アレルゲンは、ペプシン及びトリプシン消化に対して安定であることをふまえ、CP4 EPSPS蛋白質を人工胃液及び人工腸液に反応させ、ウェスタンブロット分析した結果、人工胃液中でCP4 EPSPS蛋白質の免疫反応性は、15秒後に完全に消失する。また、人工腸液中でCP4EPSPS蛋白質の免疫反応性は、10分後に大半が消失し、100分後に完全に消失することが確認された。
  (2) GUS蛋白質を人工胃液及び人工腸液に反応させ、ウェスタンブロット分析した結果、人工胃液中でGUS蛋白質の免疫反応性は、15秒後に完全に消失する。また、人工腸液中でGUS蛋白質の免疫反応性は、2時間後に約90%が消失することが確認された。
  (3) 念のため切断型gox遺伝子−テンサイゲノム融合遺伝子から発現する可能性のある34550蛋白質(E.coliで産生させたもの)を人工胃液及び人工腸液に反応させ、ウェスタンブロット分析した結果、人工胃液中で34550蛋白質の免疫反応性は、15秒後に完全に消失し、人工腸液中では60秒後に完全に消失することが確認された。

 イ  加熱処理に対する感受性
 てんさい根から砂糖を精製する過程で通常用いられる処理条件(約200℃、25分間加熱)で、CP4 EPSPS蛋白質、GUS蛋白質、34550蛋白質の免疫反応性は、大幅に減少することが示されている。また、CP4 EPSPS蛋白質を産生するラウンドアップ・レディー・大豆を用いた加熱試験では、一般的な加熱条件によりCP4 EPSPS蛋白質の免疫反応性及び酵素活性が99%以上失われることがELISA分析により確認されている。

 d 遺伝子産物の摂取量を有意に変えるか否かに関する事項
 てんさいの根部におけるCP4 EPSPS蛋白質の発現量は生組織重量1g あたり63μg、GUS蛋白質の発現量は生組織重量1g あたり0.5μg、34550蛋白質の発現量は検出限界値(0.05μg/g生組織重量)以下である。てんさいから粗製糖を精製する過程で高温及び高pHを伴うため蛋白質は極端に減少し、精製糖中の検出可能な蛋白質は多くても1ppm以下であると報告されていることから、日本人の一日一人あたりの砂糖類の摂取量が9.7g(国民栄養の現状、2000)であることを踏まえると、砂糖中の蛋白質を全てCP4 EPSPS蛋白質又はGUS蛋白質に置き換えて計算すると、一日一人当たりのCP4 EPSPS蛋白質又はGUS蛋白質の予想摂取量はいずれも9.7μgとなる。

 e 遺伝子産物と既知の食物アレルゲンとの構造相同性に関する事項
 CP4 EPSPS蛋白質、GUS蛋白質、34550蛋白質について、既知のアレルゲンとの構造相同性を検索するため、アレルゲン及びグリアジンをキーワードとして抽出した蛋白質との配列の比較をデータベースを用いて解析した結果、これらの蛋白質と8個以上隣接したアミノ酸配列が一致するような配列はなく、既知アレルゲンとの間に相同性は認められなかった。

 f 遺伝子産物が一日蛋白摂取量の有意な量を占めるか否かに関する事項
 日本人の一日一人あたりの蛋白質の平均摂取量79.2g(国民栄養の現状、2000)に基づいて計算すると、CP4 EPSPS蛋白質及びGUS蛋白質の一日平均予想摂取量の一日蛋白摂取量に対する割合は、いずれも0.000012%と極めて少ない。

3) 遺伝子産物の毒性に関する事項
 毒素配列データベースを用いて検索を行った結果、CP4 EPSPS蛋白質、GUS蛋白質、34550蛋白質と既知の毒性蛋白質との間に相同性はそれぞれ認められなかった。
 また、マウスを用いたCP4 EPSPS蛋白質、GUS蛋白質、34550蛋白質の急性強制経口投与試験を行った結果、最大投与量はそれぞれ572mg/kg、69mg/kg、25mg/kgまで投与しても有害な影響は認められなかった。この投与量は、日本人(体重50kg)が砂糖類から摂取する当該蛋白質の一日最大予想摂取量9.7μgの約295万倍、約36万倍、約13万倍に相当する。

4) 遺伝子産物の代謝経路への影響に関する事項
(1) EPSPS蛋白質はホスホエノールピルビン酸(PEP)及びシキミ酸-3-リン酸(S3P)と特異的に反応する。PEPとS3P以外にEPSPS蛋白質と反応することが知られているのはS3P類似体であるシキミ酸のみである。EPSPS蛋白質とシキミ酸の反応性は、EPSPS蛋白質とS3Pの反応性のおよそ200万分の1にすぎない。したがって、シキミ酸が植物体内で EPSPS蛋白質と反応することはない。
(2) GUS蛋白質については、植物中におけるグルクロニド合成経路は主要な代謝経路ではないこと等から、GUS蛋白質の発現が植物の代謝経路に及ぼさないといわれている。

5) 宿主との差異に関する事項
 77系統の根部及び地上部を用いて、主要構成成分(粗蛋白、粗繊維、粗灰分、粗脂肪及び可溶性炭水化物)や栄養成分(糖度、カリウム、ナトリウム及びアミノ窒素)、有害生理活性物質(サポニン)に関し、既存のてんさいとの間で比較したところ、意味のある差異はなかった。

6) 外界における生存及び増殖能力に関する事項
 1995年以来、77系統の圃場試験はヨーロッパ及び米国で延べ60カ所以上で行われているが、生存・増殖能力に関し非組換え品種と同等であった。

7) 組換え体の生存・増殖能力の制限に関する事項
 77系統の生存・増殖能力は既存のてんさいと同等であることから、制限要因についても同等であると考えられた。

8) 組換え体の不活化法に関する事項
 77系統は、物理的防除(耕耘)や化学的防除(感受性を示す除草剤の散布)など、てんさいを枯死させる従来の方法によって不活化される。

9) 諸外国における認可、食用等に関する事項
 77系統は、1998年に米国食品医薬品局(FDA)及び環境保護庁(EPA)により、食用及び飼料としての安全性評価が終了し、販売認可が得られている。また、栽培については、米国農務省(USDA)において1999年に認可されている。

10) 作出、育種及び栽培方法に関する事項
 77系統と既存のてんさいとの栽培方法の相違は、生育期の雑草防除にグリホサートが使用できるか否かの点のみであり、他の点では同等である。

11) 種子の製法及び管理方法に関する事項
 77系統の種子の製法及び管理方法については、既存のてんさいと同様であり、各種分析に用いた世代の種子は、16〜22℃、相対湿度50%以下、暗所条件下で保存されている。

III 基準適合性に関する結論
 以上のことから、日本モンサント株式会社から申請されたラウンドアップ・レディー・テンサイ77系統については、申請に際して提出された資料を審査基準に基づき審査した結果、人の健康を損なうおそれがあると認められないと判断される。


トップへ
戻る