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厚生労働省の科学技術政策について



平成14年8月


厚生科学審議会科学技術部会
科学技術政策にかかる専門委員会


厚生労働省の科学技術政策について
目次

1 はじめに

2 基本的な考え方
(1)科学技術政策の推進における視点
(2)厚生労働省の所管分野を巡る新たな状況

3 研究開発における課題について
(1)先端科学技術の開発と応用
(2)少子高齢化に対応した生活習慣病をはじめとする疾患の予防、治療等に関する研究
(3)感染症及び免疫系疾患に関する研究
(4)こころの健康と精神疾患、神経・筋疾患等に関する研究
(5)食品、医薬品、医療・福祉機器及び化学物質に係る安全の確保
(6)医療安全対策と健康危機管理の推進
(7)臨床研究の活性化と研究成果の活用
(8)労働安全衛生の向上
(9)社会保障政策に関する研究
(10)生命倫理への配慮とパブリック・アクセプタンスの確保
(11)国際貢献の推進

4 推進方策について
(1)研究体制
(2)研究機関の効果的・効率的運営
(3)人材育成
(4)産学官連携と技術移転の体制整備


1 はじめに

 ○ 旧厚生省及び旧労働省の科学技術研究を中心とする科学技術政策については、平成11年5月に、当時の厚生科学審議会から「21世紀に向けた今後の厚生科学研究の在り方について(答申)」が出されるとともに、平成12年12月に、旧労働省産業医学総合研究所に事務局が置かれた協議会において「21世紀の労働衛生研究戦略」が取りまとめられ、これらを踏まえて推進されてきた。

 ○ その後、平成13年1月には、中央省庁再編が行われ、国民生活の保障・向上や経済発展に寄与するため、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上・増進や労働者の働く環境の整備等を図ることを目的とする厚生労働省が発足した。
 また、同時に内閣府に総合科学技術会議が設置され、科学技術における基本的な政策や資源配分の方針などの重要事項について調査・検討が行われている。そして、平成13年3月には、平成17年度までの5カ年間を計画期間とする科学技術基本計画が閣議決定され、厚生労働省と関わりの深いライフサイエンスをはじめとする4分野について、優先的に研究開発資源を配分すること等が定められた。

 ○ 本専門委員会では、国民の健康・福祉の増進や安全の確保を第一に、経済活性化の側面にも留意しつつ、厚生労働省の科学技術政策における課題について、5年程度を目途に取りまとめることとし、研究課題を中心に取りまとめを行った。

 ○ なお、厚生労働省の科学技術政策においては、新たな知見を得ることに止まらず、科学技術や研究の成果を国民に還元するため、国民の需要を踏まえた応用を進めることが特に重要であることから、今後、政府全体で科学技術システム改革が進められる中で、厚生労働省における研究やその成果の応用の推進方策について、必要に応じ検討を継続することが必要である。

2 基本的な考え方

(1)科学技術政策の推進における視点

 ○ 厚生労働省の所管する科学技術の分野は、ライフサイエンス分野を中心に、環境要因の人体への影響の総合評価などの環境分野、労働安全の観点からの製造技術分野、さらには社会保障制度の在り方のような社会科学の分野など、多岐にわたっており、幅広い関連諸科学の手法を用いて推進されなければならない。

 ○ 特に、ライフサイエンス分野においては、ゲノム・たんぱく質科学関連技術やナノテクノロジー等の発達により、
 先端科学を活用して、ゲノム創薬、再生医療関連技術、人工臓器を含む新たな医療・福祉機器等の開発や、臨床研究の推進によるテーラーメイド医療のノウハウの確立等を通じ、先端医療を実用化し、普及すること。
 予防科学を活用して、遺伝子診断や、生体異常の指標(バイオマーカー)、高度画像解析機器等を利用した早期診断を行うとともに、適切な時期に予防策を講じるという新公衆衛生戦略の推進、生活習慣病の予防知識の普及等により疾病予防を進め、健康寿命の延伸を図ること。
 安全を支える規制等の基盤となる科学(レギュラトリーサイエンス)を活用して、微量検出技術の開発、リスク分析の考え方に基づく安全対策等を通じて、安全な食品、医薬品、水道等の提供を行い、生活上の高度な安全・安心を確保すること。
が可能となりつつある。こうした状況を踏まえ、治験推進体制の整備、臨床研究の推進による各種の治療法の効果等に関する知見の集積、安全情報の収集体制の整備等の関係施策と合わせて研究開発を推進することにより、これらの実現を目指すことが求められる。

 ○ 厚生労働省の所管する科学技術の分野は、保健医療科学や労働安全衛生など、実用化して国民に還元されることを前提とした応用科学が中心である。したがって、
 急速な発展により、保健医療福祉や労働安全衛生に多大な恩恵をもたらすことが期待されている生命科学等の科学技術の成果を、速やかに実用化し利用を進めるとともに、科学技術の成果を活用する立場から、応用を図るために必要な基礎的な研究や、その成果を活用するための橋渡しとなる研究に取り組み、あるいはなされるべき基礎的な研究における課題を提示すること。
 制度の立案や運営への反映、経済活性化も視野に入れた産業育成、さらには情報提供などを通じ国民の受容を図ること。
などが重要である。

 ○ 高度な科学技術に支えられ複雑化した現代社会では、科学技術の不適切な利用や管理により、人間の生命・身体の安全を脅かすなどの科学技術の負の側面が現れる状況が増している。こうした中で国民の健康・福祉の増進や安全の確保という厚生労働省の任務を果たすため、科学技術の両面性を踏まえ、科学技術の現状や今後の発展の方向を見極め、安全性、有効性や品質を科学的に評価し、安全を支える規制等の基盤となる科学の研究を進め、必要な措置を合理的に講じるなど、食品、医薬品、医療・福祉機器及び化学物質の安全確保や、労働災害等の産業災害の予防などの問題にも、積極的に取り組む必要がある。
 また、科学技術の成果を国民が円滑に活用するためにも、研究開発や実用化の円滑化を図るためにも、負の側面を含めた科学技術の発展に関する国民の理解の形成に取り組むことが、ますます重要となっている。

 ○ 少子高齢化が進む中で、疾病構造の変化に対応して疾病の予防・診断・治療や地域ケアを含む保健医療福祉システムを構築するとともに、信頼できる効率的な社会保障制度を構築するなど、年齢構成の変化に対応していくことが求められている。

 ○ バイオ科学が急速な発達を遂げ、生命倫理の問題が国際的にも課題となる中で、個人情報保護への配慮を含め倫理問題等に配慮した研究や実用化の在り方の検討を進めるとともに、その結果の普及を図る必要がある。

 ○ 新興・再興感染症対策、食品、医薬品等の安全確保などの保健医療科学の分野や、労働安全衛生の分野では、人や物の国境を越えた移動がより早く、より大量に行われる状況に応じた安全確保等の対策を講じることが求められており、また、国際的に連携し協調して取り組む必要のある課題も多く、我が国からの国際的な貢献が求められている。

 ○ 厚生労働省の科学技術分野は、いずれも、国民の健康で自立と尊厳を持った生き方を支援する上で必要なものであり、研究成果の国民への還元に配慮するとともに、行政施策との整合性を保ちつつ推進する必要がある。中でも、健康安全の確保と生命倫理等の問題への配慮に十分留意して進めなければならない。

(2)厚生労働省の所管分野を巡る新たな状況

 ア 社会状況の変化

 ○ 平成14年1月に国立社会保障・人口問題研究所より公表された「日本の将来推計人口」によると、2050年における合計特殊出生率(中位推計)が1.39(平成9年の中位推計では1.61)となり、同年における65歳以上人口の割合が35.7%(平成9年の中位推計では32.3%)となる等、今後、少子高齢化が一層進展する見通しとなっている。

 ○ 情報化社会において、誰もが、国境を越えて、科学技術の成果等に関わる最新の情報に接することができる状況が生まれている。こうした中で、患者が自らの判断により適切な医療を選択するために必要な情報が、幅広く患者・国民に対し提供されることや、医療技術、安全性の確保、倫理問題への対応などについて、最新の成果を国内においても反映し、享受できるようにすることが望まれている。

 イ 生命科学の進展

 ○ 平成12年6月に、国際ヒトゲノム解析チームとセレラ社が、ヒトゲノム配列の概要解読を宣言し、本格的なポストゲノム時代を迎えている。特に、創薬につながるたんぱく質構造・機能解析は、疾患関連たんぱく質等が脚光を浴び、経済活性化の見地から国際的にも競争が激しい。

 ○ 自己増殖できるだけでなく、特定の機能を有する細胞に分化することができるヒト幹細胞について、医療への応用が期待されている。既に、生体から得られる体性幹細胞については、臨床研究が行われ、胚から得られる胚性幹細胞(ES細胞)についても、国内で樹立計画が実施される段階となっており、研究が適正かつ円滑に進められるよう環境整備がますます重要となっている。

 ウ 安全確保等の要請の高まり

 ○ 再生医療をはじめとする先端医療技術の臨床応用が進み、あるいは遺伝子組換え食品の流通が国際的にも広がる中で、食品、医薬品及び医療・福祉機器の安全確保、感染症対策、化学物質中毒対策をはじめとする健康面での安全確保の推進が改めて求められている。

 ○ 平成10年には自殺者が3万人を超え、あるいは児童虐待が深刻化する中でのこころの健康に関する対策の推進や、労働災害により年間55万人が被災するとともに、1,800人にのぼる者が死亡する等の状況の中での労働安全衛生の推進も、重要な課題となっている。

 エ 行政の取組みの進展

 ○ 平成12年度から、ゲノムに係る研究開発を国家のイニシアティブの下に研究者を結集して進め、主要な疾患の遺伝子の解明に基づくテーラーメイド医療、画期的新薬、再生医療の実現等を目指すミレニアム・ゲノム・プロジェクトが実施されている。
 さらに、厚生労働省では、平成13年度から、同プロジェクトの推進をはじめ、働き盛りの国民の2大疾患(がん、心筋梗塞)及び要介護状態の大きな原因である3疾患(脳卒中、痴呆、骨折)の予防と治療成績の向上を図る総合的な戦略であるメディカル・フロンティア戦略を実施している。

 ○ また、がん対策については、平成6年度から実施している第2次の対がん戦略である「がん克服新10か年戦略」に基づき、がんの本態解明からがん克服に関する研究が推進されているが、平成15年度の戦略終了を控え、がんの征圧に向けて残された課題も多いことから、厚生労働省と文部科学省とが共同で「今後のがん研究の在り方に関する有識者会議」を開催し、我が国のがん研究の現状や、今後のがん研究の在り方について議論しているところである。
 さらに、障害者施策についても、平成14年度で終期を迎える「障害者対策に関する新長期計画」に引き続き、障害者の社会参加や生活の質の向上等に向けた取り組みを一層進める必要がある。

 ○ 平成12年度より、厚生労働省において、生活習慣病の対策に重点を置いた「21世紀における健康づくり運動(健康日本21)」を展開してきた。これを受け、地方公共団体、保険者、事業者などの各主体や国民各層において自主的かつ積極的な生活習慣病の予防に向けた健康づくり運動が浸透しており、こうした取組みをさらに推進するため、健康増進法が制定されたところである。

3 研究開発における課題について

(1)先端科学技術の開発と応用

  ア ゲノム・たんぱく質科学関連技術
 ヒト遺伝子に存在するSNPsを約20万個特定するとともに、平成13年度末までにヒト完全長cDNAを約3万個取得するなど、世界をリードしており、この優位性を、遺伝子機能解析及びたんぱく質構造機能解析の推進と特許取得を通じて活かしていくことが重要である。また、微生物等を用いたバイオプロセスによるたんぱく質等の生産技術についても、世界的に競争力をもっている。

(1)SNPs解析研究及び疾患・薬剤反応関連遺伝子解析研究と医療への応用の推進
 平成12年度から開始されたミレニアムプロジェクトや平成13年度から推進しているメディカル・フロンティア戦略に基づき、糖尿病、高血圧、がん等社会的影響の大きい疾患に関わるヒトゲノムの多型解析や、疾患・薬剤反応関連遺伝子の解析を進め、個々の患者の遺伝子的特性を踏まえたテーラーメイド医療の実現に取り組むとともに、国際的競争が激化している疾患関連遺伝子の解明、遺伝子の発現形態であるたんぱく質の機能解明に基づいた医薬品開発(ゲノム創薬)や医薬品候補物質のスクリーニング手法(トキシコゲノミクス)の確立に取り組む必要がある。

(2)たんぱく質及びペプチドの機能及び構造の解析による疾病の予防・治療戦略
 生体内の多くのペプチドやたんぱく質の機能解明、あるいはそれらの機能を修飾する糖鎖の役割については、ポスト・ゲノム研究として国際的に激しい競争が行われているが、生体における機能解明のためには、超微量生体内ペプチドやたんぱく質の同定や糖鎖の微細構造解析研究が不可欠となっている。
 たんぱく質やペプチドの修飾や微細構造の変化による機能変化、量的変動と疾患の関連が明らかになれば、疾病の原因解明や新たな予防・治療法の開発が可能となる。  特に、疾患にり患している患者と健常人との間にあるたんぱく質の種類や量の違いを同定するための研究に早急に取り組む必要がある。

(3)遺伝子治療、細胞治療や再生医療、移植医療における安全確保とその推進
 遺伝子治療については、我が国でも、平成6年に臨床研究の指針が制定されて以来、約20件が実施されてきた。今後も新たな技術の開発が見込まれる分野であり、薬事法の改正による医師主導の治験の導入を契機に、一層の推進が期待される。
 自己修復能力を利用し、骨、血管、感覚器、神経等の再生に取り組む再生医療の分野については、ヒト幹細胞の活用を中心に、その臨床応用を目指した研究が進められている。既に一般医療として定着しているさい帯血や骨髄など造血幹細胞移植医療や、培養皮膚など臨床応用が成功し治験申請を始めているものから、神経分野をはじめ、まだ基礎研究段階ではあるが世界をリードしているものまでさまざまである。また、一部は細胞治療という形で臨床応用が図られようとしている。臨床応用を目指した場合に問題となる安全対策等について、制度的にも指針の策定に取り組みながら、ウイルス等の感染症の回避等、安全確保に取り組んでおり、一層の推進が期待される。
 臓器移植についても、ウイルス等の感染症の回避等の安全確保や、生着率の一層の向上はもちろん、レシピエントのQOLの向上のため、免疫制御等の研究を推進する必要がある。

  イ ナノテクノロジーや情報通信技術等の先進技術を活用した融合領域
 ナノ生物学や超微細加工技術、あるいは画像診断技術などでは、世界的にも高い水準にあると言われ、今後、我が国が世界をリードできるか否かを決する重要な分野である。しかし、融合的研究への取組みは十分ではなく、従来の学問領域や研究組織を超えて、異分野の研究者が共同して研究に取り組む必要がある。

(1)高度画像解析機器、人工臓器及び人体機能の代替に係る研究の推進
 ゲノム科学、生物工学やバイオインフォマティクスの進展に伴い、生体の機能を総合的に解析し、理解しようとする試みが始まっており、遺伝子、たんぱく質に関するデータベースの整備や生体システムのコンピューターモデルによる定量化が有機的に統合することにより、人間の複雑な身体機能に関する理解が深まりつつある。今後、高度画像解析機器等の身体機能等を解析する分野や、手術ロボット等の身体機能を補助する分野、人工臓器(人工心臓、人工内耳、人工血管、人工血液など)、人工組織、インプラント機器等の身体機能を代替する研究分野での新たな進展が期待されている。

(2)補助機器、在宅用人工呼吸器及びロボティックスの研究
 近年の著しい科学技術の進展とこれまでの科学研究の蓄積を活用することによって、身体の運動機能や感覚器機能を補助・代替し、医療や福祉の分野で患者に対する医療や障害者の生活支援のために活用できる画期的な機器開発の実現性が高まっている。患者や障害者の具体的なニーズを基にして様々な技術を組み合わせ、これらの機器開発とその実用化に関する研究開発を推進する必要がある。

(3)高齢者の障害・二次障害の予防・軽減及び障害者等の雇用促進に資する支援技術の研究開発
 高齢者・障害者の安全な生活や、自立・社会参加の促進を進めるためには、社会的、環境的な側面の整備によって、障害者等がもつ障害を補完するとともに、障害の重症化や二次障害の発生を予防し、また、雇用をはじめとする社会参加を支援するための高齢者・障害者の需要に基づいた研究開発を進める必要がある。

(4)ナノメディシン(ナノテクノロジーの医療分野への応用)の研究推進
 ナノテクノロジ−の進展に伴い、超微細技術の医療分野への応用が期待されており、米国でもNIHを始めとして、ナノテクノロジーの医療分野への応用研究の積極的な推進が行われている。具体的には、細胞・組織における分子機能や構造を解析するナノ解析技術の革新により、循環器疾患等の病態の解明や、細胞レセプターの機能解明等による薬物伝送システムの研究開発が期待されるととも に、ナノデバイスの医療機器分野への応用により、ペースメーカー等の治療機器の小型精密化が進むことが期待されている。こうした萌芽的な医療技術の研究開発の推進は国際競争力強化の観点からも重要であり、今後積極的にナノメディスンの研究開発を推進していく必要がある。

(2)少子高齢化に対応した生活習慣病をはじめとする疾患の予防、治療等に関する研究
 我が国のがん研究は、分野を越えて学際的に推進されてきた長い歴史を有し、その成果は、国際的に高い評価を受けるとともに、生命科学を中心とする他の研究分野に波及効果をもたらし、幅広く貢献してきた。
  ア 最先端科学を活用したがん、循環器疾患、糖尿病等の生活習慣病に係る本態解明及び予防・治療等に関する研究
 急速に進展しているゲノム科学の知見を活用して、疾患の発症機構の解明や生体異常の指標(バイオマーカー)等の開発と活用を通じたがん、循環器病、糖尿病等の生活習慣病の一次予防、早期診断、早期治療、標的治療の実現などに取り組むことが必要である。
 特に、健康増進法を踏まえ、生活習慣病のリスク因子を低減させるため、適切な時期に予防策を行うリスクリダクション、ごく早期に生活習慣病のバイオマーカーなどの徴候を発見することにより可能となる予防的治療を地域保健の場で実現しようとする、いわゆる新公衆衛生戦略を推進する必要がある。
 高齢者の健康の維持に資する生理学的老化の研究や、骨粗鬆症や関節の変形をはじめとする老年病や痴呆の原因解明、予防・治療法の開発を目指した老年医学の研究を、要介護状態となることを防止し、健康寿命を延伸する観点からも進める必要がある。

  イ 根拠に基づく医療(EBM)等の推進
 根拠に基づく医療の考え方に基づき、最先端の技術のみでなく、既存の技術についても科学的な評価、いわゆるシステマティック・レビューを加え、そのデータベース化を図ることなどを通じて医療の現場に普及させることが重要である。また、このような実証的な考え方を保健分野等においても活用していく必要がある。
 さらに、患者が自らの判断で適切な医療機関を選択するために必要な情報が幅広く提供されることが望ましく、医療の選択に資する情報の提供の在り方として、客観的に比較可能な情報を整備するための用語の標準化やデータベース化を進めること等が課題である。

  ウ 生活習慣病の予防
 生活習慣病の発症予防、進展の防止、さらには、生活習慣の積極的な改善による治療効果については、既に多くの研究によって明らかにされている。しかしながら、これらの生活習慣の改善やそれを長期的に維持していくことは、実際、極めて困難があり、我が国の社会・文化的背景や日本人の生物学的・心理学的特性を勘案した、新たな科学的根拠に基づく効果的な生活習慣病の改善プログラムの開発が急務である。

  エ 妊娠障害の機序解明及び治療法の研究
 少子化が進む中で、子どもを生みたいと考える親を支援することも重要な課題である。妊孕障害の機序解明と治療法の研究開発を進めるため、生殖細胞の分化・成熟機序、着床メカニズムの解明、不育症の原因と治療に関する基礎的及び臨床的研究の振興を図る必要がある。また、児童の心身について長期にフォローアップし、必要なケアを行うシステムの確立が望まれ、基礎・臨床医学はもとより、人文・社会科学等を視野に入れた学際的な取り組みがもとめられる。

(3)感染症及び免疫系疾患に関する研究
 感染症対策については、感染症の制圧やワクチンの開発等で、国際的にも貢献が可能であり、期待されている分野である。
  ア 新興感染症等の病原体の解明、ワクチン・抗生物質開発、検査・サーベイランス・流行予測等の感染症対策
 近時、新興感染症や院内感染症、あるいは人畜共通感染症が特に問題となっている。また、ウイルス性肝炎対策、CJD、生物テロ対策などの社会的問題への対処も大きな課題である。こうした感染症の問題については、病原体の侵入過程から、宿主応答、感染防御のメカニズムなどの基礎的な研究とともに、病原体の解明やワクチン・抗生物質開発に取り組むことが求められる。また、迅速診断法の開発や、検査・サーベイランス・流行予測の技術開発と普及、発生動向を分析して施策を講じるための研究を進めることが求められる。
 院内感染の問題について、発生の低減及び発生時の拡大防止を図るため、院内感染サーベイランスの実施など日常的な院内感染対策をはじめ、患者に対する適切な情報提供など、対策の検討を進める必要がある。

  イ アレルギーなど免疫系疾患、特に難治性の自己免疫疾患の予防・診断・治療法の開発
 症状が長期にわたり持続し健康を脅かすアレルギー疾患や免疫疾患について、免疫システムの成立・維持・賦活化・破綻のメカニズムや、かかりやすい体質と生活環境等の関係を明らかにし、免疫応答が関与する疾患の発症機構の解明による免疫治療の実現、疾病の予防、診断、治療法に関する新たな技術を開発するとともに、既存の治療方法を整理・評価することが必要である。
 また、小児難病を克服して社会活動へ参画する者が次第に増える中で、心身のケアや長期のフォローアップを行える基盤整備が求められる。

(4)こころの健康と精神疾患、神経・筋疾患等に関する研究
 脳科学研究は、現代の自然科学において最も未開拓、未知の部分の多い研究領域である。また、こころの健康問題については、近年、様々な社会問題が生じる中で、深刻な問題として認識されるようになった。

  ア 分子的・遺伝的研究、脳画像のモニタリングなどによる発症機構の解明及び診断・予防・治療法の開発
 遺伝子やたんぱく質などを基盤とする分子的・遺伝的研究や、非侵襲的イメージング法など脳画像のモニタリング技術の活用等を通じて、脳疾患の発症機構の解明や、診断・治療・予防法の開発を推進する。

  イ こころの健康問題の研究及びこころの健康管理・精神的ケアの展開
 自殺、発達障害、摂食障害、睡眠障害、児童虐待、老化による問題等多岐にわたるこころの健康問題について、疫学、分子生物学、画像診断、生理学的手法等を活用し、その発生要因や病態等を解明するとともに、これらの問題に適切に対処する地域資源ネットワークや介入のあり方等についても検討を進める必要がある

  ウ 精神疾患、難治性の神経・筋疾患の病因解明と予防・診断・治療法の開発
 精神疾患や、原因が不明で治療法が未確立であり、しかも進行性あるいは後遺症を残す難治性の神経・筋疾患については、病態の進行や不可逆的な変性を食い止め、その機能を回復させることにより、患者のQOLを向上できるよう研究を推進する必要がある。特に、現在社会的問題となっているアルツハイマー病等の痴呆疾患やうつ病について、さらなる研究が必要である。

  エ 精神作用物質依存及び司法精神医学
 薬物及びアルコール依存の予防、治療方法、社会内でのリハビリテーション手法について研究を進める必要がある。
 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行う者については、適切な医療を確保することによって、病状の改善と同様の行為の再発防止を図り、社会復帰を促進することが重要であり、このため「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」が国会審議中である。日本においては、司法精神医学の研究・実践が著しく遅れているところから、暴力リスク評価・治療方法・社会復帰支援手法等の開発、疫学的評価手法の確立等を早急に図る必要がある。

(5)食品、医薬品、医療・福祉機器及び化学物質に係る安全の確保

  ア 基本的考え方
 食品をはじめ、医薬品、医療・福祉機器、化学物質等に対する不安感を軽減するため、リスク分析(リスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーション)の考え方に基づき、適切に規制等の対策を講じるため、有害物質の検査法や評価法の開発、規格基準の策定に必要な判断基準に関する調査研究を進めるとともに、安全性等に関する国内外の情報を広く収集し、その迅速かつ的確な評価と対策を行うなど、新たな組織体制と制度のもとで、食品、医薬品等の安全の確保を進める必要がある。

  イ 食品安全の確保
(1)食品に関する安全情報の収集・評価・提供や迅速な対応を講じるための試験分析方法の開発
 食中毒情報をはじめ、食品に関する安全情報の収集・評価・提供と収集技術や、ポストマーケティング・モニタリングに必要な検査方法など、食品衛生のための試験分析方法を開発し、適切な監視を実施する必要がある。

(2)牛海綿状脳症発生のメカニズム及びリスクの解明、検査技術の向上等に関する研究
 食品に対する不安のきっかけとなった牛海綿状脳症の問題を克服するため、実験動物や感染牛等を用いた感染メカニズムの検討、異常プリオンの高感度・迅速検出法、食肉への汚染評価方法の開発、不活化の検証法の開発、めん羊等へのサーベイランスに関する研究などを進める。

(3)遺伝子組換え食品等の安全性の確認
 遺伝子組換え食品については、食品衛生法に基づき安全性が確認されたものを除き、輸入及び流通が禁止されている。また、消費者への正しい情報提供のために、遺伝子組換え農産物を原材料とした場合等は、その表示が義務づけられている。このため、迅速、簡便かつ確実に組換えの有無を検知し、混入率も測定できる方法を開発するとともに、遺伝子組換え食品のより一層の安全を確保するため、後代交配種などの安全性の確認やその評価の方法を開発する。
 また、特定保健用食品素材については、その安全性及び有用性に関する研究をさらに進める。

(4)添加物、残留農薬、残留動物用医薬品等各種化学物質の安全性評価
 添加物、残留農薬、残留動物用医薬品等各種化学物質について、最新の科学的知見を踏まえた安全性の評価手法を開発するとともに、迅速・効果的な分析法を開発する。


  ウ 医薬品及び医療・福祉機器の有効性・安全性及び適正使用に関する研究
 生物由来製品のウイルス等のリスクと有効性、新型ワクチンの安全性等のリスクの評価手法、あるいはより高度な試験法による医薬品及び医療機器の安全性評価などに取り組むとともに、適正な規格基準の作成、適正使用の推進のための情報提供の在り方等について研究を進め、科学的に規制及び監視を実施する。
 また、福祉機器についても、使用する障害者や高齢者にとっての利便性のみならず、これらの者が使用する際の安全性の確保には、より一層の配慮を行う必要があるので、その基準や安全性の確認に関する研究を進める必要がある。

  エ 化学物質に係る安全確保
 化学物質の毒性スクリーニング法や検出法については、従来、動物実験やヒト疫学調査が行われた来たところであるが、これらに加え、細胞・タンパク・遺伝子の変化を指標とした解析や解析業務の自動化の推進など、迅速・効率的な方法を検討し、極めて多種に及ぶ化学物質の安全性を効率的かつ効果的に点検して、適切な基準の作成と情報発信や対応を行うことが必要である。

  オ 水道水の安全確保
 阪神淡路大震災において、水道を含むライフラインが被害を受けた教訓を踏まえ、水道施設の耐震化を進めるとともに、新興感染症や生物テロ、あるいは化学物質による汚染から防護するため、高度分析機器やPCR法等最新の手法を用いた検出技術や、水源汚染の監視、情報伝達等の技術の向上を進める必要がある。

  カ 生活環境の安全確保
 室内空気汚染問題(いわゆるシックハウス症候群)に関する病態解明、建築物や浴場におけるレジオネラ属菌等の微生物汚染防止のための調査研究、その他の生活環境における環境衛生上の課題について取り組む。
 電磁界の健康影響への可能性については、各国で数十年にわたり調査研究が進められているが、現在も依然として明かでない点が多い。我が国でも、世界保健機関(WHO)の国際電磁界プロジェクトに対応するために、省庁横断的な電磁界研究者ネットワークが設けられており、今後とも、居住環境中の商用周波電磁界、携帯電話等で使用される高周波電磁界、作業環境としての超低周波電磁界について安全評価の研究を実施する必要がある。

(6)医療安全対策と健康危機管理の推進

  ア 医療安全対策
 医療安全対策に当たっては、誤りが発生しやすい箇所やその原因を分析し、医療機関における安全対策、医薬品・医療用具等にかかわる安全性の向上、教育研修など、各般にわたる対策を実施し、さらにその対策の評価を行うという一連の過程を合理的に行うことが重要である。
 このため、国は、医療安全に関する知見を収集・整理し、その成果を広く提供しなければならない。そのためには、医療事故の実態の的確な把握方法、また、具体的な事故防止対策やその評価方法など、医療安全に必要な研究を総合的かつ計画的に行わなければならない。なお、医療安全に関する情報の交換など、諸外国との協力も必要に応じて行うべきである。

  イ 健康危機管理の推進
 国民の生命や健康の安全が脅かされる事態に対して、健康被害の発生予防、拡大防止、治療等の対策を講じる健康危機管理においては、情報の広汎な収集を行い、これを科学的・客観的に分析・評価して、原因究明や具体的対策を講じるとともに、国民に対し適切な情報提供が行われなければならない。このため、健康安全に関わる科学的知見や仕組みを迅速に活用できるよう、必要な知見の集積を進めるとともに、調査・情報収集・分析を行う体制の強化を進める必要がある。

(7)臨床研究の活性化と研究成果の活用

  ア 基礎研究の成果を臨床につなぐ橋渡しの研究(トランスレーショナル・リサーチ)の推進
 ゲノム科学をはじめ基礎研究については、世界的レベルにあるものも多いが、国民に実際に役に立つ応用開発研究や臨床研究については十分なものとはいえない。国民にいち早く最新の科学技術を応用した医療を提供するため、被験者の人権保護に十分留意しつつ、基礎研究の成果を臨床の場につなぐトランスレーショナル・リサーチの推進が必要である。

  イ 画期的医薬品等の実用化のための治験や根拠に基づく医療の推進のための臨床研究の推進
 画期的な医薬品・医療機器等のライフサイエンスの成果を実用化するためには、治験を行い、ヒトに有効であるか、安全であるかを最終的に確認することが必須である。しかし、治験の空洞化と指摘されるように、我が国の治験は停滞している現状にある。また、欧米では標準的な医薬品であっても、不採算等の理由により国内では治験が行われず、結果として国民が利用できない医薬品等も多い。このため、企業が主導して実施する治験と医師(研究者)が主導して行う治験の双方を、疾患群ごとに数十の医療機関からなる大規模治験ネットワークを構築する等の方策を通じて早急に活性化し、より良い医薬品等をより早く国民に提供できる仕組みづくりが必要である。
 また、根拠に基づく医療を推進するためには、市販されている医薬品の組合わせ、薬物療法、外科療法、放射線療法等の比較、予防や治療の延命に対する効果等について長期にわたる大規模な臨床研究を実施する必要がある。
 このような研究を拡充するため、研究者や研究協力者だけでなく、科学的な研究計画(プロトコール)を策定できる知識と経験を有する者、データ管理を行う者等の人材育成やその配置、臨床研究を適正に推進するためのルールづくり等基盤整備を急ぐ必要がある。

  ウ ゲノム疫学研究やコホート研究などの大規模疫学研究の推進
 生活習慣病の克服のためには、多数の研究対象者の生活習慣に関する情報を集め、長期にわたって疾病の発症に関する追跡を行う疫学研究を実施し、どの様な生活習慣が疾病の発症に関連しているのかを明らかにする必要がある。また、生活習慣は国によって異なることから、日本人についての研究が実施される必要があるが、研究の蓄積は必ずしも充分とは言えない現状にある。
 こうしたいわゆる大規模コホート研究については、我が国ではいくつかの研究者のチームにより取り組まれているところであるが、その重要性を踏まえ、生活習慣病の各分野などでさらに着実に推進するとともに、必要に応じ研究が充実されるよう支援する必要がある。
 さらに、ゲノム科学を医療に応用し予防を進める上で、環境要因と遺伝的要因を 併行して調査解析するゲノム疫学の手法を取り入れることも重要である。

  エ 高齢者、障害者等のQOLの向上に関する研究の推進
 介護保険制度、老人保健制度等の高齢者に対する施策の推進、障害者に対するサービスへの支援費制度の導入や新たな障害者基本計画の検討を踏まえつつ、リハビリテーションの効果的な利用方法や福祉用具の活用、普及等、高齢者、障害者等のQOLの向上に関する研究に取り組む必要がある。

  オ 組織・細胞・遺伝子バンク等研究資源の確保
 研究資源の確保について、我が国は国外に大きく依存しているが、近年、各国が自国の資源の保護への関心を高める傾向が強まっており、研究資源の確保への取組みを強化する必要がある。
 ヒト組織・細胞・遺伝子については、厚生労働省の試験研究機関等においても、生命倫理問題に留意しつつバンク事業が実施されているが、今後、医薬基盤技術研究施設(仮称)の整備を契機に、関係機関からの要請に応えられるよう、事業を拡充する必要がある。さらに、現行の臨床向け諸バンクに保存されている細胞等の研究利用の在り方や、研究資源バンクとさい帯血バンクなど臨床向けバンクとの役割分担や連携の在り方についても検討する必要がある。
 また、良質な資源の確保が困難となりつつある薬用植物や、感染症、老年病、精神・神経疾患等の研究で欠かせない研究用霊長類の確保についても、かねてより取り組んでおり、今後は優先的な課題を明らかにしつつ、取組みを進める必要がある。

 そして、ヒトへの臨床応用を前提とする医療用動物については、高度の安全性を確保する必要があり、関係指針を踏まえつつ、研究開発に取り組む必要がある。

(8)労働安全衛生の向上
 科学技術や産業技術の現状と発展の方向を踏まえ、我が国が得意とする安全技術の向上に努める等、産業安全、労働衛生に関する研究を推進し、労働災害等の産業災害の防止を図る必要がある。

  ア ロボット・自動化技術等の労働災害防止対策への活用
 日本が優位とされるロボット・自動化技術についての活用を図る等、産業安全技 術のさらなる向上に努める必要がある。

  イ 労働安全衛生分野における機械、工法、材料等のリスク評価に関する研究
 技術の発展に伴う新たな産業災害の出現や産業災害の巨大化等の問題に対応する ため、機械、工法、材料等のリスク評価を行い、安全制御技術の開発及び管理技術 の高度化等の研究開発等を活用することにより、リスクを的確にコントロールして いくことが必要である。

  ウ 人間工学の応用と労働環境の改善
 情報通信技術の社会への導入は、一方で、労働者のストレスを増加させる要因と もなることから、これらを解決するための労働環境改善を目的とした情報通信技術 に係る人間工学的研究を進めることが必要である。

  エ 産業社会の変化による労働者の生活と健康上の課題に関する研究
 産業構造が変化するとともに、裁量労働制度などの労働時間制度や交代制勤務の多様化、派遣労働など就業・雇用形態の変化、OA化など多岐にわたる変化が生じており、これに伴う健康上の問題の調査・把握、生体負担の少ない交代制の設計、健康及び生活の質の保護・向上等が課題となっており、社会科学等との学際的研究を行いつつ、労働衛生上の問題を実践的に解決する研究を推進する必要がある。

  オ 作業有害因子の生体影響及び労働者の健康に関わる予防対策の推進
 産業現場で取り扱われる化学物質は、質・量ともに多いが、生体影響が明らかな物質は少なく、有害性評価が重要な課題である。また、有機溶剤や鉛等の神経毒性物質が多く存在し、取扱い労働者数も多いことから、化学物質の神経系への影響は重要な課題である。神経毒性による一時的注意力の低下が重大な二次災害につながることもある。また、長期ばく露による影響も問題となる。
 このため、健康障害の疫学調査等による把握や、化学物質の有害性試験法、健康障害の診断法、化学物質による職業性疾病の発現機構の解明、長期ばく露による有害性と健康影響、さらに化学物質の生体影響情報の効率的集積と利用等について研究を進める必要がある。

(9)社会保障政策に関する研究
 少子高齢化、経済成長の鈍化、家族形態の変化等の社会構造の変化の中で、持続可能な年金・医療・介護、子育て支援等の社会保障制度の構築に関する研究を推進する必要がある。
 この場合、社会保障研究と人口問題研究の連携確保・総合的実施を推進することも重要である。

  ア 社会保障政策に関する研究及び政策推進のための内外における情報、データの収集・分析等
 社会保障制度の再構築に関して、社会科学及び統計学の手法も活用することにより、社会構造に係る分析や予測、社会保障政策の理念、効果、機能、国民生活への影響等に関する研究を推進することが必要である。
 また、諸外国における社会保障政策の動向とその効果など社会保障に関する内外の情報収集、分析を推進するとともに、社会保障改革分析モデルの開発、施策と社会的・経済的効果の評価を推進することが必要である。

  イ 研究成果の大学等への提供を通じた社会保障研究及び人口問題研究の振興、国民への普及による理解の形成並びに国民合意形成の推進
 社会保障政策や人口問題はさまざまな分野の研究者により取り組まれていることから、研究成果の大学等への提供により、研究者間の連携、協力、情報交換を促進し、社会保障研究及び人口問題研究の振興を図るとともに、研究成果の普及を通じて、社会保障政策に対する国民の理解と合意の形成を図ることが必要である。

(10)生命倫理への配慮とパブリック・アクセプタンスの確保
 ゲノム医療・再生医療や生殖補助医療など先端医療の分野では、生命倫理の問題に配慮しながら取り組む必要がある。このため、倫理問題に配慮したガイドラインの策定や、生殖補助医療に係る法整備に取り組むとともに、検討の過程及び成果について、専門家及び国民の双方に対する効果的な情報提供に取り組み、患者が安心して協力できる仕組みづくりが必要である。
 また、治験などの臨床研究をはじめとする研究の実施状況については、研究の透明性を確保して安心して協力できる仕組みとする観点からも、また、国民に対し、被験者として先進医療を受ける機会を明らかにする意味からも、情報提供に努める必要がある。

(11)国際貢献の推進

  ア 途上国の社会保障制度の構築や人口政策への協力
 我が国における社会保障研究や人口問題研究の蓄積を活用して、途上国に対して、各国の実情の相違を考慮しつつ研究協力等を行うことにより、途上国における社会保障制度の構築や人口政策に貢献することが重要である。

  イ 世界的な感染症対策を推進するための政策及び研究での協力
 WHOの国際保健規則に基づく感染症の世界的な蔓延の防止対策への協力や、東アジア地域における感染症予防対策に貢献するとともに、感染症予防に係る政策や研究における二国間の国際協力を感染症研究所及び結核研究所を中心に推進する。

  ウ 世界的な生活習慣病等の疾患対策を推進するための研究及び教育での協力
 世界的に見て、欧米など先進国のみならず途上国においても、がん、循環器病、 糖尿病など生活習慣病や精神神経疾患が大きな問題となっている。WHOや各国の 研究所や医療機関との協力の下、生活習慣病や精神神経疾患の克服に向けた研究を 推進する。

  エ 産業安全・労働衛生に関する国際的な研究協力の実施
 労働安全衛生分野での国際的な研究協力を実施することにより、我が国の国際貢 献を推進する必要がある。

  オ 食品、医薬品、医療・福祉機器の基準の国際調和の推進への積極的貢献及び水道水質の国際ガイドライン策定への貢献
 食品や医薬品・医療機器の基準については、既に国際化が進んでいるほか、福祉機器等についても、ISOにおいて国際規格が検討され、標準化が進められているところである。これらの分野において、国内基準の国際的調和を確保するとともに、国際基準の確立・改訂にも貢献していくことが求められる。

4 推進方策について

(1)研究体制

  ○ 厚生労働省の科学技術の分野においては、特に重要な疾病分野ごとに国立高度専 門医療センターが整備されるなど、国立試験研究機関等で基盤を担う体制となっている。
 しかし、分野が極めて広汎にわたるとともに、科学技術の発達に伴い課題が拡大していることから、研究課題の公募を原則とし、研究評価の具体的基準及び評価体制を整備して適切な研究評価を実施するなど、公正で開かれた研究体制を確保しながら、大学を含め幅広い研究機関が競い合って取り組むことが必要である。

  ○ また、トランスレーショナル・リサーチや治験を含む臨床研究の重要性に鑑み、国立試験研究機関等だけでなく、国立高度専門医療センター及び国立病院・療養所より構成される政策医療ネットワークをはじめ、公私の医療機関や医師などとの連携や、さらには必要に応じて地方衛生研究所との連携を図ることが必要である。

  ○ さらに、安全を支える規制等の基盤となる科学の分野においても、中心的な担い手となる研究機関について基盤的な資金を確保するとともに、研究者の独創的な発想による研究成果を期待できる競争的資金も活用し、幅広い研究者によって研究が担われ、多様な科学技術の成果を取り入れて必要な措置が講じられるよう配慮することが求められる。

(2)研究機関の効果的・効率的運営

  ○ 国立試験研究機関について、平成7年の再編計画に基づき順次再編を進めてきたところであり、今後は、医薬基盤技術研究施設(仮称)及び国立長寿医療センターの整備を着実に進める必要がある。

  ○ 先端的科学技術の応用に当たっては、同一の先端技術を応用する場合であっても、疾患によって具体的な技術が大きく異なることから、各機関において、国民への情報提供にも配慮しながら、研究に取り組む必要がある。

  ○ 他方、ライフサイエンス分野において分子レベルの研究活動が進展するなど研究の質的変化により、大型の実験施設によってはじめて研究が可能となる領域が生じるとともに、研究機関同士が連携し支援し合って研究を進める必要性が増大している。
 このため、次の分野について、それぞれ中核となる拠点を整備するとともに、厚生労働省の国立試験研究機関全体の調整、情報発信などの連携を図る体制を構築する。
(1)ゲノムの大規模解析:国立がんセンター
(2)たんぱく質の大規模解析:医薬基盤技術研究施設(仮称)
(3)遺伝子治療に用いるベクターの安全性確保
:国立医薬品食品衛生研究所、国立感染症研究所
(4)ES細胞の樹立:国立成育医療センター
(5)研究用資源の確保
霊長類:国立感染症研究所(カニクイザル)、国立精神・神経センター(マーモセット)
細胞、遺伝子等:医薬基盤技術研究施設(仮称)((財)ヒューマンサイエンス振興財団と連携)
薬用植物:国立医薬品食品衛生研究所
(6)先進医工学・ナノメディスン
:国立循環器病センター
 なお、国立循環器病センターは基盤的な取組みの拠点として活動し、他の研究 機関でも、所管分野での研究を進める。
(7)臨床研究データマネジメント
:国立国際医療センター、国立がんセンター((財)日本公定書協会と連携)

  ○ また、食品や医薬品、医療機器の安全確保を図るため、これらの安全に関わる情報を幅広く収集、分析し、必要に応じて措置を講じることが必要であり、本省や試験研究機関を通じて、情報の収集、分析体制を強化することが必要である。

(3)人材育成

  ○ 医学と工学との融合的研究分野、臨床研究におけるデータマネジメントに欠くことのできない生物統計学分野や臨床研究のコーディネーター、生命倫理分野等の専門家の確保や育成を進めるとともに、国立試験研究機関等においては、必要に応じ、異なる分野の研究者が共同して研究に取り組むため環境を整える必要がある。

  ○ 適正な評価者の選任や、厳正な評価の実施、結果の開示や配分への活用を通じて、公正で透明性の高い研究評価を実施し、医学・医療への応用や、産業や行政への応用で実用性の高い研究を推進する。また、研究評価のあり方の検討や、評価担当者の資質向上に取り組むことも重要である。
 我が国の研究開発の長期的な発展を視野に入れ、若手研究者の活動機会の拡大や、高度の専門性と幅広い知識を備えた、研究企画能力のある研究指導者を養成する必要がある。

(4)産学官連携と技術移転の体制整備

  ア 技術移転機関(TLO)の設置及び産学官連携体制の整備
 ライフサイエンス分野における研究開発に対し、社会的・経済的期待が高まっており、知的財産を国際的に有効活用するためにも、所管の国立試験研究機関について、研究成果を的確に把握するのみならず、実用化の立場から評価することができるコーディネーターを有する技術移転機関(TLO)の設置や、知的成果物の機関帰属への転換と発明者への報奨金規定の整備等を進める必要がある。
 国立試験研究機関においても、産学官連携のための窓口を設けるとともに、企業との共同研究や企業の資金による研究における基準の作成など、実用化という側面に留意した企業との連携にも取り組む必要がある。

  イ 長期的視点に立った戦略に基づく産業支援
 医薬品や医療・福祉機器については、研究・開発の段階から、臨床試験を経て実用化され、医療・福祉に貢献するまでには、長い期間と多大な費用を必要とし、国際的な競争もますます激化している。
 こうした中で、我が国の医薬品産業や医療・福祉機器産業が、国内はもとより世界の患者等に、新たな技術を応用した質の高い製品を引き続き供給していくために、長期的視野に立ち、技術革新の推進や開発環境の整備など所要の施策を体系的に講じていく必要がある。そこで、医薬品産業や医療機器産業について、長期的視点に立った戦略を策定する必要がある。
 また、我が国において医薬品等の迅速な実用化を進める際に、最大の課題となっている治験の推進を図るため、文部科学省とともに推進計画を定め、中長期的な視点から関係施策を講じ、推進を図る必要がある。

  ウ 研究成果データベースの構築
 研究成果については、その活用を進め社会に還元するためにも、また、研究に関する国民の理解の増進を図るためにも、積極的な情報提供が求められる。現在、厚生労働科学研究費補助金による研究成果については、国立保健医療科学院においてデータベースを設けホームページを通じて情報提供を行っているほか、各試験研究機関等においても、それぞれ研究誌やホームページにより情報提供を行っており、今後とも、その拡充が求められる。


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