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血液製剤のウイルス安全性確保を目的とした核酸増幅法(NAT)のバリデーションに関するガイドライン
「血液製剤の安全性確保のためのNATに関するガイドライン」

2001年10月10日


始めに
 本ガイドラインは、血液製剤のウイルス安全性確保を目的としてウイルス遺伝子の検出のために核酸増幅法(NAT)を適用する際の分析法バリデーション及び試験法設定のための基本事項について示すものであり、厚生省通知「血漿分画製剤のウイルスに対する安全性確保に関するガイドライン」を補完するものでもある。ウイルス検出法としてのNATは、基本的には陽性と陰性を判定する定性的手法である。特に、NAT検査では数コピーから数十コピーのウイルスゲノム検出が可能とされ、このような微量のウイルス検出においては定量的取り扱いがきわめて困難である。ウイルススクリーニングにおいては、どの程度の確実性でウイルスゲノムが検出できるのかが最も重要なファクターといえる。一方、血漿分画製剤の製造工程におけるウイルスクリアランスの評価やウイルス検出試験に用いる試料の抽出、精製、保存等の効率を評価する場合にNATを適用する際にはウイルスを定量的に検出する必要がある。また、国際あるいは国内ウイルス標準品からの自社標準品の作製などの定量試験として用いる場合もある。本ガイドラインでは、ウイルス検出法としてNATは基本的に定性的なものとして考察しているが、定量的に用いる際に考慮すべき必要事項についても言及する。
 一方、本ガイドラインは血液製剤を対象としてNATを適用する場合の基本事項について記載しているが、他のヒトあるいは動物から抽出した生物薬品についても必要に応じて参照されたい。

1.適応の範囲
 本ガイドラインで扱うウイルスNAT検査としては、ドナースクリーニング試験、原料血漿の製造工程への受け入れ時の試験、さらには必要に応じて行われる血漿分画製剤や血液製剤の製造過程における工程内管理試験や最終製品試験を対象としている。また現時点では、本ガイドラインで対象とするウイルスは、HCV、HBV、HIVを想定しているがその他のウイルスについても準用可能な点については参照されたい。また、スクリーニング試験としての適用が困難な場合には、本ガイドラインの趣旨が生かされるような適用が推奨される。

 血漿プールのウイルススクリーニング試験としてのNAT検査は、定性試験として行うべきである。従って、スクリーニング試験としてウイルスゲノム検出を目的としてNATを採用する場合に、その分析法バリデーションの重要な項目は特異性と検出限界の2点である。分析法バリデーションを行う場合には、分析法の頑健性についても評価することが必要である。

−NAT検査における特異性とは、試料中に共存すると考えられる物質の存在下で、目的とする核酸を確実に検出する能力のこと。
−検出限界とは、試料中に含まれる目的ウイルス遺伝子の検出可能な最低の量で、定量できるとは限らない量のこと。
−分析法の頑健性とは、分析条件を小さい範囲で故意に変化させるときに、測定値が影響されにくい能力のこと。通常の試験における信頼性の指標になる。

2.特異性
 NAT検査の特異性は、プライマーの選択、プローブの選択(最終産物の検出に関する)、試験条件の厳密さ(増幅及び検出工程の両方)に依存している。プライマーとプローブをデザインした際には、用いるプライマーとプローブが目的ウイルスゲノムのみを検出できるとする根拠を示す必要がある。類似ウイルスへの交差反応性の可能性についても特に注意すること。この場合、公開されているデータバンクにより、選んだ全ての配列をデータ検索する方法が有効である。さらに、解析に用いたソフト、解析条件についても説明すること。多くの場合、通常プライマー(およびプローブ)を設計する際には、遺伝的に非常によく保存されているウイルスゲノムの領域が用いられる。増幅した産物は、Nested Primerによる増幅、制限酵素による解析、シークエンスあるいは特異的なプローブによるハイブリダイゼーション等のいずれかの方法によって確実に同定できることを示すこと。
 検出しようとする配列がどの程度保存されているものであるか、GC含量の程度、さらには配列の長さなどについて科学的合理性について説明すること。一種類以上のサブタイプあるいは複数種のウイルスを検出しようとする場合にはその妥当性も含めて説明をすること。プライマーやプローブの選択の合理性についても説明するべきである。定量的なアッセイを行う場合には、そのデザインと定量のための標準品の性質について説明すること。
 分析法の特異性をバリデートするために少なくとも100個の目的ウイルス陰性血漿あるいは陰性血漿ミニプールを試験し、陰性であることを示すこと。
 NAT検査により目的とするウイルスの種々の遺伝子型を検出できる能力はプライマー、プローブ、反応条件に依存する。これは適当なreference panelを使用することによって証明すること。

3.試験の最適化
 ウイルスの検出にNATを確立していく場合には、ウイルスゲノムの抽出、目的配列の増幅、検出、定量、及びこれらを行うための機器の設定と試験に関する最適化した規格を定めておく必要がある。NAT検査に用いる以下の情報について明らかにしておくこと。

3−1.目的とするウイルスゲノムの増幅しようとする領域、長さ、特異性、

3−2.プライマーとプローブに関して
 プライマーとプローブは核酸検出系の中心的役割を果たしており、その品質がNATの重要な要素となっている。プライマーやプローブについて次のような情報を明らかにしておくこと。
 (1)  選択したプライマーとプローブの科学的合理性を説明すること。
 (2)  検出しようとするウイルスゲノムの最も共通する配列の選択等、どのように複数のサブストレインを検出できるようにしているのかを説明すること。
 (3)  プライマーの大きさ、GC含量、Tm値、想定されるヘアピン構造や2次構造についての情報を明らかにしておくこと。
 さらに、採用しようとしているNATができる限り多くの目的ウイルスのサブタイプ、バリアントを検出できるようにデザインされている必要がある。
 用いる合成プライマーやプローブの品質に関して以下のような情報を明らかにしておくこと。
 (4)  複数のロットの合成プライマーやプローブの特性解析結果やイールド等についての詳細なデータを示すこと。
 (5)  プライマーやプローブの化学修飾を行う場合には、その詳細についてデータを含めて説明すること。
 (6)  プライマーやプローブの純度について最新の測定法を用いて解析し、解析結果を示すとともに、必要に応じてその規格値を定めておくこと。
 (7)  プライマーやプローブの力価について、段階的希釈法での検出能を指標とするなどして解析するとともにロット間の一定性についてのデータを示すこと。

3−3.反応に用いる緩衝液について
 NATの増幅反応、ハイブリダイゼーション、検出に用いる反応液の試薬の品質や純度について確認しておくこと。また、その試薬や反応液の安定性等について評価しておくとともに有効期限を定めておくこと。これらの試薬や反応液の受け入れ規格を適正な評価に基づいて作成しておくこと。

3−4.酵素
 NATに用いるすべての酵素は由来と機能を明らかにしておくこと。酵素の純度、力価,比活性について受入れ規格を定めておくこと。
 調製した酵素について、エクソヌクレアーゼ活性、DNA及びRNA依存性のポリメラーゼ活性等を明らかにしておくこと。

 市販の試薬を用いる場合には、試薬メーカーによる解析結果を添付し、その成績で代替することができる。

4.標準検体(標準品、参照品、ランコントロール)
 NATにおいては、各試験の精度や感度のコントロールには標準品あるいは参照品が必須である。通常NAT試験法の開発過程における、ウイルス濃縮、ゲノムの抽出、増幅、ハイブリダイゼーション、定量、汚染をモニターするために標準品、参照品、ランコントロールを用いた解析を行う必要がある。
 検出限界の設定やランコントロールにおいては、95%の確率で検出される検出限界の3倍量のウイルスを含む標準検体(あるいは定量性のある下限量の標準検体)を用いることが推奨される。試験では、この3倍量の標準検体をスパイクした標準検体は必ず陽性にならなければならない。このような2種類の標準検体を用いることにより、各試験の成立をモニターすることが可能となる。
 また、複数のサブタイプのウイルスパネルに対して上記のような2種類の標準検体を作製して試験を行い、各サブタイプに対してどれほどの検出能があるか評価しておくべきである。ウイルスパネルの選択にあたってはウイルス流行についての地理的な疫学データ等を参考すること。

5.検出限界
 NATによる血漿あるいは血漿ミニプールのウイルス否定試験は通常定性試験である。結果は陰性か陽性のいずれかである。NAT検査では95%の確率で検出される検体一定量あたりの標的分子の最低量である陽性カットオフ値を検出限界値として設定する。陽性カットオフ値は、検体中のウイルスゲノムの分布や酵素の効率のような因子により影響され、個々のウイルスNAT検査でそれぞれの95%カットオフ値が存在する。
 陽性検出限界を測定する際は、国際標準品あるいは国内標準品を用いるか、国際標準品あるいは国内標準品に対して較正された参照品や自社標準品の希釈系列を用い、別々の日に試験を実施すること。少なくとも3つの独立した希釈系列を用い、充分な回数試験を繰り返し、各希釈段階での総試験回数が24になるように試験を実施する。例えば、3つの希釈系列を別々の日に8回行う、4つの希釈系列を別々の日に6回行う、6つの希釈系列を別々の日に4回行うなどである。希釈液の数を処理しやすい数にするために、予備試験(例えば指数段階的に希釈を作製するなど)を行い予備的な陽性検出限界値(すなわち陽性シグナルが得られる高い希釈倍率)を決定する。希釈範囲は、予備的な陽性検出限界値付近を選択する(希釈液として陰性血漿を用い、希釈率として0.5logまたはそれ以下を使用する)。あるいはバリデートされた定量的NATを用いることも可能である。95%の確率で検出されるウイルスゲノム量は適切な統計学的な手法によって算出すること。また、これらの結果は試験法の日内変動と日差変動を示す役目も果たしている。

6.分析法の性能確認
 もし二人以上の者が試験を実施する場合、試験者ごとに少なくとも8本の、95%の確率で検出される標準ウイルス検体量の3倍量をスパイクした目的ウイルス陰性血漿プールあるいは試験を行うのと同様の組成の陰性試料について試験を実施すること。この試験(8本の試験検体)を別々の日に3回繰り返すこと(すなわちのべ3日の試験により計24試験が実施されることになる)。その結果が全て陽性になること。また同様に、重要な装置(例えば自動抽出機やサーマルサイクラーなど)を何台か使用する場合も、95%の確率で検出される標準ウイルス検体量の3倍量をスパイクした目的ウイルス陰性血漿プールあるいは試験を行うのと同様の組成の陰性試料8本を試験し、結果が全て陽性になることを確認する。

7.頑健性
 NAT試験法を確立する過程で頑健性を評価すること。分析条件を小さい範囲で変化させても測定値が影響されないという信頼性を示すこと。NATの場合、分析条件の小さな変動が重要になる。しかしNATの頑健性は、塩化マグネシウム、プライマー、dNTPのような試薬の濃度を小さい範囲で変動させて試験することにより、方法を確立していく過程で示すことができる。市販キットを用いる場合には、これらのデータについて試薬製造メーカーのデータを添付することによって替えることができる。頑健性を示すためには、少なくとも20個の目的ウイルス陰性血漿プールあるいは試験を行うのと同様の組成の陰性試料(ランダムに選択する)と95%の確率で検出される標準ウイルス検体量の3倍量をスパイクした目的ウイルス陰性血漿プールあるいは試験を行うのと同様の組成の陰性試料を用いて試験を実施し、すべての陰性血漿プールが陰性を示し、全ての陽性試料が陽性を認めることによって示すことができる。ウイルスゲノムの抽出前に超遠心を使用する方法などでは頑健性に関して特に注意を払う必要がある。この場合、可能であれば目的ウイルスに対する特異的抗体を持たないが目的ウイルスゲノム陽性である複数の血漿を使用して試験することにより示すことができる。クロスコンタミネーションが防止できていることを示すために、陰性血漿プールと高い濃度の目的ウイルスをスパイクした陰性血漿プール(濃度としては95%の確率で検出されるウイルス量の100倍量以上)の少なくとも20検体をランダムに配置し、試験すること。

8.判定
 陽性及び陰性の判定基準を明確にし、文書化しておくこと。再試験を行うときの基準、再試験での判定基準についても文書化しておくこと。さらに、判定基準の設定根拠についての科学的合理性を説明すること。

9.施設・設備
 ウイルスNAT試験は、数コピーから数十コピーのウイルスゲノムを検出できるため、増幅産物による汚染等に細心の注意を払う必要がある。このため、NAT検査に用いる施設について、増幅前の試料を取り扱う部屋と増幅産物を取り扱う部屋とを区別することが望まれる。また、可能な限り試験検体のミニプール化等の前処理、核酸抽出、試薬調製を独立した施設ないしは設備を用いて行うことが望ましいNAT検査では、感染性の標準品や陽性試料を取り扱うことから、試験・検査は、製造施設とは隔離した場所で行うこと。

10.品質管理
 NAT検査においては、数コピーから数十コピーのウイルスゲノム検出が可能とされ高感度であるために操作中の汚染やピペット操作や試験チューブの開閉等を含め従事者の技能がその試験の成否を大きく左右する。NAT検査の恒常性を担保するには検査従事者の教育と技能向上が非常に重要である。NAT検査従事者に対して教育・訓練をおこなうとともに必要に応じて定期的にその技能検査を行うことが推奨される。
 ピペット、サーマルサイクラーの校正等、機器操作による変動に関しても評価すること。この評価に加え、分析法全体の有効性と信頼性を評価すること(システム適合性試験)。市販のキットを試験法の一部または全てに使用する場合で、キットの製造元で実施されたバリデーション資料がある場合はユーザーによるバリデーションデータに加えることができる。しかし、その目的に応じたキットの性能を示す必要がある。NATのような生物学的試験は、分析法のバリデーションや試験結果そのものが種々の要因の影響をうけ易いので、試験操作法は標準操作手順書などに正確に記述すること。標準操作手順書には以下の項目を入れること。
 サンプリングの方法(容器の種類等)
 ミニプールの調製(適当な段階*)
 試験までの保存条件
 クロスコンタミネーションやウイルスゲノム・試薬・標準検体の分解を防止するための試験条件の正確な記述
 使用する装置の正確な記述
 統計解析を含む結果の詳細な計算式


APPENDIX
 スクリーニング試験
 受入れ試験
 工程管理試験
 最終製品試験


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