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わが国における少子化要因研究の要点(最近の研究事例から)

国立社会保障・人口問題研究所

 この資料は、最近の少子化要因研究のうち、実証的な研究から明らかにされているポイントを整理したものである。多くの研究では、様々な要因が複合的に分析されているものがほとんどであり、以下にまとめた項目のみ扱っているわけではない点に留意する必要がある。

分類項目

1.家族、家族観、親子関係と出生力
2.女子労働と出生力
3.出産・子育て支援体制と出生力
4.所得水準と出生力
5.子育て費用と出生力
6.住宅事情、職場環境と出生力
7.ジェンダー構造と出生力
8.教育水準と出生力
9.その他

1.家族、家族観、親子関係(出産子育ての心理的・肉体的不安を含む)と出生力

 家族観や親子観といった価値観が結婚や出産に影響していることは強く認識されているが、価値観についての解釈は大きく2つに分かれている。実際に起こっている新しい現象(例えばシングル化・脱青年期=シングル独身貴族)はまさしく価値観の変化の現れであり、こうした新しい価値観が未婚化・少子化の原因であるとする研究結果と、根強い役割分業観などの伝統的な結婚観・家族観が依然として変化していないことが原因であるとする研究結果がある。わが国における子育てに対する親(夫婦の親)の援助効果の大きいことを示唆する研究もある。
 青年期から成人期への移行過程について、家族構造や親子関係に着目した研究が近年注目される。また未婚化現象を男女パートナーシップの変容とみる見方は、結婚をより大きな視点でとらえる新たな分析枠組みを提供している。

2.女子労働と出生力

 出生力と女子就業との間に背反関係(トレード・オフ)が存在するという見解ないし実証結果を示すものが多い。ただしその背反関係の内容については、いわゆるキャリア化・高学歴化が結婚・出産を抑制しているとするもの、そうしたこと以上に年齢がより強い要因であるとするもの、夫の所得や同居の親の存在など家族の属性が大きな要因であるとするものなど、多様な研究結果がある。
 第1子出生後の就業継続に関する実証研究で次の点が明らかにされている。1)就業継続は、親の同居、官公庁勤務という職場環境、あらかじめ想定したライフコースの影響が大きい。2)均等法世代の出産後の就業継続率は、過去の世代に比べても高いとはいえない。3)就業継続した女性たちはその後も常勤で勤務する率がきわめて高い。

3.出産・子育て支援体制と出生力

育児休業制度
 育児休業制度が結婚や出産後の継続就業を促す効果をもつという仮説は実証されたものと捉えることができそうである。制度の存在そのものが、結婚や出産を促すことに結びついているかどうかについては、「結婚や出産に対する阻害要因を和らげる効果がある」とするものと、「結婚の選択に影響を与えない」とするものとがあり、必ずしも通説が確立されているとはいえない。
 なお育児資源の利用可能性が職種により異なることが明らかになった。事務職においては、公的な育児資源の利用可能性が低いことが子どもを持たない選択と結びついている可能性も示唆されている。

保育サービス
 保育・育児施設と出生率の関係については、「保育施設の有無よりも、子育てにかかる経済的負担の方が出生行動に影響している」と主張しているものもあるが、直接的な因果関係を明らかにしたものは少ない。

4. 所得水準と出生力

妻の賃金水準(出産・子育ての機会)
 所得・賃金水準と出生率の関係については、2つの論点がある。ひとつは、経済的な負担の大きさが及ぼす出生率低下への影響であり、いまひとつは、妻の賃金水準と出生率との因果関係である。前者の論点については、世帯の所得水準が変化することにより経済的な負担の重さが増し、これが出生行動に負の影響を及ぼしているという研究結果がある。後者の論点については、妻の賃金水準の上昇が出生率を低下させるとするモデルの実証結果と、本人の賃金率の上昇には時間費用仮説とは異なり、結婚・出産を遅らせる効果が見いだせないとする結果とに分かれている。

世代間の相対的経済状況
 出産時期に差しかかっている年齢層(=子世代)の人々の所得水準は、彼らの青年期の親の世代の所得水準と比べ相対的に低くなっている。その結果、子世代の最近の経済状態と彼らが望ましいと考える経済状態との間に次第に格差が広がる傾向にある。それが、結婚の延期や結婚後の出生の遅れをもたらすという指摘があるが、実証されていない。

5.子育て費用と出生力

子育て費用
 子育て費用に関する要因分析では、多くの研究で、次の関係が指摘されている。すなわち、子育てにかかる費用は、直接費用も間接費用も上昇傾向にある。特に、子どもの教育費用の増大が大きく親にとって負担になっている。子育ての機会費用も女性の高等教育への進学率の上昇とそれに伴う労働市場における賃金稼得力の増大によって、かなり高い水準になっている。これに加え、子育ての機会費用が出生行動へより直接的に影響を与える状況にある。

児童手当
 児童手当については、「出生率回復に大きな効果は期待できない」という研究結果と、「各世帯のニーズに対応した制度となれば効果は期待できる」という研究結果に分かれている。前者は、児童手当の上昇は出生確率を有意に高めることができるが、児童手当が現行水準にある限りはその効果は小さく、大きな効果を望めば莫大なコストがかかってしまうとする。一方後者は、子どもが増えることにより家計状況は大きく変動し、子育てに係る経済的負担感が重くなるため、妻の就業状況や世帯の所得水準などに応じた効果的な制度となるよう、積極的な議論が必要だとする。

6.住宅事情、職場環境(職場優先の企業風土)と出生力

住宅事情
 住宅事情とくに、規模(費用コストに影響)と位置条件(通勤時間に影響)が出生率に与える影響が大きいという分析結果がある。また出生力は住宅の広さや持ち家との正の関係、民間賃貸住宅と負の関係にあるとの分析もある。しかし実証分析が不足していることも指摘されており、まだ未解明の部分が大きいテーマであるといえそうである。

職場優先の企業風土
 妻が専業主婦という役割を遂行しながら子育てに専念する一方で、「夫の家事・育児への不参加」や「長い労働時間」によって可能となっている夫の(高い)収入への依存という、性別役割分業のシステムが成立していることを認める研究が多い。 子育てと仕事の両立のための「労働時間の短縮」が指摘されている。

7. ジェンダー構造と出生力
 固定的な性役割分業を前提とした社会システムが少子化・未婚化の重要な要因であるとする見方は近年有力である。ただし結婚・出産に関する女性のアンビバレントな意識や未婚男女の意識のギャップも指摘されている。

8.教育水準と出生力

 男女ともに高学歴であること、女性が就業し、彼女の労働時間が長いこと、核家族であること、高所得であることは、子供の数を有意に少なくする効果があることが示されている。しかし女性の高学歴化は結婚年齢を高めるが、出産の決定には結婚年齢の影響がより強いとする分析もある。

9.その他

 上記以外にも、出生力低下要因を総合的に分析した論文、社会経済的総合政策やマクロ経済と出生率との関係に着目した論文等のほか、晩産化・晩婚化、家族計画、生活満足度などと出生率との関係に着目した論文がある。とりわけ近年、若者の勤労観、就業行動の変化と未婚化・少子化の関係が注目される。


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