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IV 社会保障制度としての年金制度に係る基本的論点

社会保障制度としての年金制度という面から、大きな価値判断を伴う基本的な論点

 我々は、第III章で述べた基本的な認識の下で、今後の年金制度を考える上での一般的なライフコースの姿として、就労という形でともに社会に参画し、所得を得るとともに、家族的責任をともに負った共働き夫婦を想定した。一方で、夫婦がどのようなかたちで社会に参画し所得を得、また家族的責任を果たすかということには、それぞれの夫婦の価値観や夫婦の置かれる状況によって様々な選択があり得て、必ずしも一様ではない。片働き世帯や単身世帯も含めて選択に幅のある中で、社会保障制度としての年金制度は、それぞれの生活実態に応じて生活の安定を図るという目的を有している。
 前述した、目指すべき方向と3つの基本的な視点に基づいて女性をめぐる年金のあり方について論じていく際には、社会保障制度としての年金制度という面から大きな価値判断を伴う基本的な論点が存在している。したがって、まず、これらの点について整理を行いたい。


1 個人単位と世帯単位

(1) 現行制度の考え方

 我が国の社会保障制度においては、

(1) 被用者については、賃金を得ている以上、通常は保険料負担能力があるものとして個人を単位として適用している一方、

(2) 被用者が保険料負担を行うことにより、その被用者の配偶者等に保障が及ぶ仕組みとなっていること(年金制度における第3号被保険者制度、遺族年金、健康保険制度の家族療養費等)、自営業者等については保険料負担能力の判定に当たって当該個人の保険料負担能力のみならず世帯を単位として保険料負担能力が捉えられていること(国民年金の保険料免除基準、国民健康保険の保険料算定等)など、世帯を単位に捉える考え方も組み込まれて制度が設計されている。(資料IV−1:各制度における保険料(税)賦課の考え方について

(2) これまでの変遷

 年金制度において、世帯を単位と捉える考え方を組み込む度合いについては、我が国社会の変化とともに変遷がみられる。

(1) 昭和60年改正前の厚生年金制度

 被用者に対する厚生年金による給付で夫婦二人の老後生活をカバーするという、世帯を単位とする考え方が色濃く現れていた。

(2) 昭和60年改正(基礎年金制度の導入)

 基礎年金制度の導入によって、生活の基礎的な部分に対応する年金給付については個人を単位に整理されたと言えるが、保険料負担の面では、被用者が保険料を納付したことが被扶養配偶者に対する基礎年金給付の保障に及ぶという点で、引き続いて世帯を単位とする考え方が組み込まれている。

(3) 昭和60年改正(遺族年金の拡充)

 昭和60年改正では、従来、厚生年金において老齢年金の1/2とされていた遺族年金の給付水準について、死亡した配偶者の保険料納付が残された配偶者の保障に及ぶ形で、すなわち世帯を単位とする考え方の中で、年金保障の充実を図った。
 なお、平成6年改正では、遺族厚生年金について、自らの老齢厚生年金の1/2と遺族厚生年金の2/3(=死亡した配偶者の老齢厚生年金の1/2)を併給するという選択肢が新たに創設されたが、これは、自ら働いて保険料を納付したことが給付額に反映される方向で制度の改善を図ったものである。

(3) 個人でみる見方と世帯でみる見方

 現行制度では、給付と負担の関係について、片働きか共働きかに関わらず、夫婦世帯で標準報酬の合計が同じであれば、保険料負担は同額で、老齢年金給付も同額となるようになっている。
 このような現行制度について、個人に着目して見ると、片働き世帯、共働き世帯及び単身世帯を比較した場合に、給付と負担の関係が公平となっていないとの意見がある。

個人に着目して見た場合の共働き世帯と片働き世帯

 共働き世帯から見た場合、

○ 個人を単位として給付と負担の関係を見ると、共働き世帯が夫と妻それぞれの保険料負担に対応して「夫と妻それぞれの基礎年金+夫と妻それぞれの報酬比例年金」を受給するのに対し、片働き世帯は、一人分の保険料負担に対応して「夫と妻それぞれの基礎年金+報酬比例年金」を受給することになり、片働き世帯は、共働き世帯の夫婦一人一人と比べると、相対的に少ない負担で大きい給付を受けていると指摘されている。

○ 遺族年金について、保険料を納めていない片働き世帯の妻の方が、共働き世帯の妻よりも、高い遺族厚生年金を受給する場合があり得ると指摘されている。

個人に着目して見た場合の単身世帯と片働き世帯

 単身世帯から見た場合、

○ 一人分の保険料負担に対応して、単身世帯が「基礎年金一人分+報酬比例年金」を受給するのに対し、片働き世帯は「基礎年金二人分+報酬比例年金」を受給することになり、不公平であると指摘されている。

○ 遺族年金について、単身世帯では子が成長した後は遺族年金の対象となる者はいなくなるのに、保険料を納めていない片働き世帯の妻には遺族年金が支給されることは不公平であると指摘されている。

(4) 個人単位か世帯単位かという観点からの考え方の整理

男女共同参画社会の下でも、男女がともに責任を分かち合いながら社会に参画するかたちは多様

 「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、社会的、経済的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき」男女共同参画社会(男女共同参画社会基本法第2条)においては、社会の多くの構成員が自ら保険料を納付し、給付を得る存在となることが想定される。
 一方で、多くの場合、世帯を単位として生計が営まれているのが実情であり、男女共同参画社会の下でも、様々な個性と能力を有する男女がともに責任を分かち合いながら社会に参画するかたちには多様なものがあると考えられる。
 このような様々な生活実態に応じて国民生活の安定を図るという役割を担っている年金制度について、個人単位と世帯単位という点から給付と負担に関するいくつかの考え方が整理できる。

社会に参画するかたちの多様性に対応した、夫婦の一方が被用者として保険料を納付したことがその配偶者の保障に及ぶ仕組み

 現行の年金制度においては、夫婦の一方が被用者として保険料を納付したことがその配偶者の保障に及ぶという点で、世帯を単位とする考え方が組み込まれている。この仕組みは、男女がともに責任を分かち合いながら社会に参画するかたちが多様である中で、様々な生活実態に応じて必要な保障を行う機能を果たしている。

様々な生活実態に応じて必要な保障を行う機能を維持した上で、個人の単位で給付と負担を完結させる方法(賃金を二分割する考え方)

 一方、このような機能を維持しながら個人を単位とする考え方を基本におく方法として、片働き世帯を含めて賃金を二分割して夫婦それぞれの賃金として年金の保険料負担を求め、それを給付に反映させる方法が考えられる。この方法では、様々な生活実態に応じて必要な保障を行う機能を維持した上で、個人の単位で給付と負担を完結することができる。

個人を単位とする考え方を徹底すれば、基礎年金給付という受益に着目した何らかの保険料負担を求めていく考え方に

 このような方法ではなく、個人を単位とする考え方を徹底した上で、基礎年金給付を保障していこうとすれば、通常は所得のない者に対しても、基礎年金給付という受益に着目した何らかの保険料負担を求めていくこととなる。また、併せて遺族配偶者に対する遺族年金を廃止するという方向をとることとなる。

どの程度個人を単位とする考え方を貫くかということは、年金制度体系の基本の選択に関わる問題

 社会保障制度としての年金制度において、どの程度個人を単位とする考え方を貫くかということは、男女が社会に参画するかたちには多様なものがあり、様々な働き方や所得水準がある中で、(1)自身のみの所得水準に応じた年金保障を是とする考え方と、(2)夫婦の一方が被用者として保険料を納付したことがその配偶者の保障に及ぶ仕組みによって個人の所得水準の違いをカバーした年金保障を是とする考え方を、それぞれどの程度貫くかという制度体系の基本の選択に関わる問題である。
 また、このことと共に、応能負担の考え方を基本に保険料負担がなされている中で、基礎年金に関して応益負担の考え方を導入するかという基本的な問題でもある(この点については次項で論じる。)。


2 応能負担と応益負担

(1) 応能負担の考え方

応能負担:保険料を所得に比例して負担する考え方

 我が国の年金制度は、全国民を対象として強制適用を行う国民皆年金制度の下、能力、即ち所得に応じて、保険料を負担するという応能負担の考え方を基本として運営されている。保険料を所得に比例して負担する構造は、諸外国の年金制度においてほぼ共通のものとなっており、応能負担の考え方は諸外国の年金制度において広く採用されている考え方である。

所得保障の必要度に対応した給付体系と所得再分配機能

 その一方で、我が国においては、いわゆる二階部分に相当する被用者年金の給付については報酬比例構造をとりつつ、いわゆる一階部分に相当する生活の基礎的な部分に対応した給付については基礎年金として所得の多寡を問わず共通に給付するという、所得保障の必要度に対応した二階建ての年金体系を採用している。これによって、定額給付である基礎年金制度を通じて、低所得者層に対する所得移転が行われ、被用者グループにおいては所得再分配機能が働く仕組みとなっている。

自営業者等についても本来的には応能負担が望ましい

 このような基本的な考え方の下で、被用者については、賃金に応じて定率保険料が課されている。これに対して自営業者等については、就業の形態が多様であって所得の把握が困難であることから被用者と同じような応能負担の考え方を適用することはできず、やむを得ず、実際の所得の帰属や多寡を問わず、個々の被保険者を保険料負担能力を有する者とみなして、定額保険料が課されているものである。今後、税制の見直し等により自営業者等の所得把握の改善が進めば、所得に応じた保険料負担という本来の応能負担がなされることが望ましいと考えられる。

(2) 基礎年金の費用負担の仕組み

現行の基礎年金の費用負担の仕組み:保険料負担のない第3号被保険者及び賃金が低く保険料負担の低い第2号被保険者の基礎年金負担を、高賃金の第2号被保険者が支える

 また、基礎年金の給付に要する費用負担の仕組みは、被用者年金各制度及び従来の自営業者等を対象とする国民年金制度が、年度ごとの給付費の総額を、それぞれの制度の被保険者数(被用者年金制度については第2号被保険者及び第3号被保険者。国民年金については保険料納付者である第1号被保険者。)で按分して負担(いわゆる頭割り)している。したがって、第1号被保険者の保険料で第3号被保険者を支えることにはなっていない。
 厚生年金はこのように頭割りで割り振られた額を、被保険者の標準報酬に応じて定率で賦課される保険料の中から負担している。すなわち、厚生年金制度においては、第2号被保険者が、第3号被保険者分も含め、賃金に比例する形で基礎年金費用を負担していることとなる。
 したがって、現行の仕組みの下で、実態として、保険料負担のない第3号被保険者及び賃金が低く保険料負担の低い第2号被保険者の基礎年金負担を、高賃金の第2号被保険者が支えることとなる。(資料IV−2:基礎年金の費用負担の仕組みについて

(3) 応益負担の考え方と基礎年金制度

応益負担:受益に着目して給付に必要な費用を負担する考え方

 応益負担とは、受益に着目して給付に必要な費用を負担するという考え方である。年金制度においては、所得保障制度である性格上、医療保険や介護保険のような保険給付を受ける際の一部負担は存在しないので、この考え方は、保険料負担に関して年金給付に着目した負担を求めることとなる。
 賃金に比例した年金給付の構造を持つ被用者年金制度において応能負担を基本的な考え方とする保険料負担は、結果的に、受益である年金給付額に対応した応益負担ともなっているが、全国民共通の定額給付である基礎年金制度に着目して応益負担を考えると、基礎年金という一人一人の受益に着目した何らかの保険料負担を求めるという考え方となる。

基礎年金に応益負担の考え方を導入することは、我が国年金制度や社会保障制度全体のあり方、機能をどう考えるかという制度体系の基本の選択に関わる問題

 我が国の年金制度において、前述のように、本人自身が保険料を納付することなく年金(基礎年金)の給付を受けている第3号被保険者に関しては、個人に着目して片働き世帯、共働き世帯及び単身世帯を比較した場合や、第1号被保険者と比較した場合に、給付と負担の関係が公平となっていないとの批判がある。そして、これらの批判は、基礎年金について、第3号被保険者に対する基礎年金給付という受益に着目した保険料負担を求めるべきという考え方につながる。
 応能負担の考え方を基本として組み立てられている現行の年金制度に、このような基礎年金という受益に着目した保険料負担を求める考え方を導入すれば、基礎年金制度を通じた所得再分配機能が弱まることとなる。また、応能負担の考え方は、健康保険等の他の被用者保険にも共通した基本的な考え方であり、これらへの影響も併せて考える必要がある。
 基礎年金に応益負担の考え方を導入するかどうかという論点は、このような我が国年金制度や社会保障制度全体のあり方、機能をどう考えるかという制度体系の基本の選択に関わる問題である。


3 「公平性」の確保

(1) 現行の制度における「公平性」の考え方

 前述のように、現行制度では、応能負担を基本的な考え方とし、老後の所得保障の必要度に対応した給付体系をとった結果、給付と負担の関係について、片働きか共働きかに関わらず、夫婦世帯で標準報酬の合計が同じであれば、保険料負担は同額で、老齢年金給付も同額となるようになっている。
 また、基礎年金制度を通じた所得再分配機能により、世帯間で見ても、個人間で見ても、高所得者層と比べて低所得者層(個人に着目してみた場合は、被用者の被扶養配偶者も同様。)が保険料負担に対してより手厚い年金給付を受けるように制度設計されている。

(2) 「公平性」を考える場合どの均衡を重視するか

現行制度は、夫婦世帯単位で比べた場合の片働き世帯と共働き世帯との給付と負担の関係の均衡を重視

 前述のように、現行制度は、第3号被保険者制度を通じて、夫(妻)の保険料納付が妻(夫)の基礎年金保障にも及ぶ仕組みとなっているため、夫婦世帯を単位として整理すれば、片働き世帯と共働き世帯との間で原則として給付と負担の関係が等しいものとなっている。他方で、個人に着目して見た場合には、片働き世帯、共働き世帯及び単身世帯との間で給付と負担の関係が等しいものとはなっていない。
 したがって、現行の制度は、同じ賃金を有する片働き世帯の夫(妻)、共働き世帯の夫又は妻、及び単身者との間での給付と負担の関係の均衡よりも、夫婦世帯単位で比べた場合の片働き世帯と共働き世帯との給付と負担の関係の均衡を重視したものとなっていると言える。

社会保障制度としての年金制度における公平性の問題は、公平の概念をどこに置き、またどの関係の均衡を重視するかという基本の選択に関わる問題

 応能負担を基本的な考え方とし、老後の所得保障の必要度に対応した基礎年金と報酬比例年金の二階建ての給付体系をとりつつ、片働き世帯、共働き世帯及び単身世帯について、夫婦世帯単位、個人単位のいずれで比較した場合でも、すべての給付と負担の関係を均衡させることはできない。
 このような中で、年金制度における公平性の問題は、単に一つの関係が均衡していないことをもって判断すべきものではなく、社会保障制度としての年金制度において、それぞれの生活実態に応じて生活の安定を図るという目的や社会実態に照らし、公平の概念をどこに置き、またどの関係の均衡を重視するかという基本の選択に関わる問題である。



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