政策レポート(硫黄島からの遺骨帰還について)
1 遺骨帰還とは
海外などからの戦没者の遺骨の御帰還は、昭和27年度から南方地域において始まりました。これまでに約33万柱の遺骨が御帰還し、陸海軍部隊や一般邦人の引揚者が持ち帰ったものを含めると、海外戦没者約240万人のうちの約半数(約127万柱)が御帰還しています。
海外戦没者遺骨の御帰還状況(平成23年3月31日現在) | ||
海外戦没者概数 約240万人 |
遺骨帰還概数 | 約127万柱 |
未送還遺骨概数 | 約113万柱 | |
うち 海没遺骨 | 約 30万柱 | |
相手国の事情により御帰還が困難遺骨 | 約 23万柱 | |
御帰還が可能な遺骨(推計) | 約 61万柱 |
2 硫黄島からの遺骨帰還の取組
硫黄島からの遺骨帰還については、遺族や関係者の協力を得て昭和27年度から始まりました。
(1)「硫黄島からの遺骨帰還のための特命チーム」の設置について
戦没者の遺骨帰還は、「国の責務」であり、悲惨な歴史を二度と繰り返さないためにも、すべての戦域において行わなければなりません。硫黄島における戦没者は約21,900人に及びましたが、遺骨帰還は戦後65年が経過した今日でも約4割であり、約1万3千柱が未帰還であり、これは国内では最多数です。そのため、硫黄島の遺骨帰還等について、政府一体となって取り組むため、菅内閣総理大臣の指示により、平成22年8月10日付けで特命チームが設置されました。 まずは、硫黄島からの遺骨帰還をしっかり進め、さらに他の地域からの遺骨帰還につなげます。 | ![]() 特命チーム会合で挨拶をする菅総理 |
(2)米国資料調査による集団埋葬地の発見
特命チームは、硫黄島に関する米国部隊の行動記録等、約40万ページ分の情報が保存されている米国国立公文書館において、米国国防総省の協力を得て資料調査を実施しました。その結果、集団埋葬地の有力な情報が発見されました。その情報によると、硫黄島飛行場の滑走路の西側のものと摺鉢山山麓のものの2カ所であり、そこに埋葬されていると思われる遺骨の柱数は、米国資料によるとそれぞれ約2千柱と約2百柱でした。
(3)米国資料調査に基づく遺骨帰還の実施
米国資料調査により得られた集団埋葬地情報に基づき遺骨帰還を実施したところ、資料に示された地点から多数の御遺骨が発見されました。その結果、平成22年度は822柱と近年例のない多くの御遺骨の収容を達成しました。 これまでの遺骨帰還で9,329柱が硫黄島から帰還されています。
平成18年度 | 平成19年度 | 平成20年度 | 平成21年度 | 平成22年度 | |
遺骨収容数 | 84柱 | 43柱 | 26柱 | 51柱 | 822柱 |
![]() 遺骨収容を行う菅総理 |
![]() 遺骨収容の様子 |
![]() 遺骨収容の様子 |
![]() 「硫黄島戦没者の碑」前で追悼の辞を述べる菅総理 |
(4)硫黄島からの遺骨帰還の今後の進め方
(1) 遺骨帰還の強化
自衛隊の協力や若者を含めたボランティア等のより多くの参加を得て、政府一体となって集中的に遺骨帰還事業を実施することとしています。
(2) 徹底した米国資料の分析等
米国国立公文書館等が保有する硫黄島に関する部隊行動記録等を集中的に収集・分析し、戦没者の埋葬地点の情報を収集し、取組の効果を高めます。
(3) 後世代への平和へのメッセージの伝承
御遺族等による慰霊等のための渡航機会の拡充を進めます。また御遺族等の証言等を記録し後世代に伝承します。