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アスベスト問題に関する厚生労働省の過去の対応の検証(追加)

別添−(1)

アスベスト問題に関する厚生労働省の過去の対応の検証(追加)

平成17年9月29日
厚生労働省

はじめに
   平成17年8月26日に開催された第2回アスベスト問題に関する関係閣僚による会合において、「アスベスト問題に関する政府の過去の対応の検証について」がとりまとめられ、報告されたところである。
 本報告書は、上記報告書中厚生労働省における検証結果である「アスベスト問題に関する厚生労働省の過去の対応の検証」73ページにおいて、昭和61年(1986年)にクロシドライトの使用禁止規定を含むILO石綿条約が採択されてから、我が国において、クロシドライトが使用されていないことの確認及びアモサイトの代替化の促進状況を踏まえて平成7年に両物質の使用等禁止に至った一連の取組に関し、「諸外国の動向と比較して、なお精査する必要がある」としていたことを受け、海外調査及びさらなる文献調査等を実施して取りまとめたものである。



クロシドライト及びアモサイトの使用等禁止施策に関する諸外国の取組との比較に
ついて

 1 国際機関の動き
(1)国際労働機関(ILO)
 石綿のがん原性に関するILOの最初の見解は、昭和47年(1972年)に職業がんについての専門家会議において、石綿を職業がんの危険性が認められる物質の一つとしたところから始まる。
 その後、昭和58年(1983年)の石綿の安全使用に関する専門家会議における「石綿を安全に使用するための実施要項」のとりまとめを経て、昭和61年(1986年)には「石綿の使用における安全に関する条約(第162号)」(以下「ILO石綿条約」という。)を採択し、クロシドライトやその含有製品(以下「クロシドライト等」という。)の原則使用禁止、石綿の吹付け作業の原則禁止その他の石綿の使用における安全等に関し必要な措置を規定した。
 この条約においては、一部の種類の石綿について初めて使用の禁止という手法が国際規範として採用された。このクロシドライト等の原則使用禁止規定は原案にはなかったものであり、総会における討議の中でEC等から提案された。

(2)世界保健機構(WHO)
 WHOの付属機関である国際がん研究機関(IARC)は、昭和47年(1972年)に石綿ばく露と肺がんや中皮腫発生との関連性等を指摘し、その後昭和52年(1977年)及び昭和62年(1987年)の2度にわたり実施した再評価でも、ヒトに対して発がん性ありという評価が行われた。
 また、平成元年(1989年)には、ILO石綿条約採択を受けて、石綿に係る職業ばく露限度の国際基準を設定することを目的として、WHOは「石綿の職業ばく露限界」という報告書を取りまとめ、同報告書の中で、有害性が著しく高くばく露限界の提案ができないクロシドライト及びアモサイトの使用禁止を勧告している。
 この報告書には、石綿の危険性及び使用禁止等について以下の記述がある。

 (1) クリソタイルへのばく露による中皮腫の発症率は、クロシドライト及びアモサイトを含む角閃石系石綿へのばく露によるものより低い。
 (2) 石綿ばく露について、これ以下ならがんが発症しないという閾値の確たる証拠はない。
 (3) クリソタイルに関しては、石綿関連疾患の過剰発生がないことが証明された閾値があるという意見が多数を占め、クリソタイルのばく露限界について、当面2本/cm3、将来は1本/cm3とすることを勧告。
 (4) クロシドライト及びアモサイトについて使用禁止を勧告。
 (5) クロシドライト及びアモサイト以外の角閃石系石綿へのばく露の厳しい制限を勧告。

 2 諸外国の動き
(1)EU
 禁止政策を採用するに至った背景
 ILO及びWHOが昭和47年(1972年)に石綿にがん原性があるとの評価を実施してから5年後の昭和52年(1977年)に、EC(現EU)委員会の依頼により、石綿へのばく露による健康リスクに関する評価について専門家グループによる報告書が作成された。
 この報告書においては、以下の記述がある。
(1) 中皮腫の発症率は石綿の種類に関係すること。
(2) 中皮腫のリスクの大きさは、定量的比較はできないが、クロシドライト、アモサイト、クリソタイル、アンソフィライトの順であること。
(3) これ以下ではがんが発症しないというばく露限界値に関する理論的証拠は存在しないこと。
(4) しかし、リスクが無視できるほど小さくなるばく露レベルはありうること。
 したがって、ECもこの当時はゼロリスクレベルはないにしろ、発がんリスクが無視できるばく露限界的なレベルがあるという認識に立っていたと考えられるが、一方で、ここで示された石綿の種別ごとの中皮腫のリスクの違いに関する認識がクロシドライト及びアモサイトの段階的な使用等禁止につながっていったものと考えられる。
 禁止政策の実施
 クロシドライトについては、昭和58年(1983年)のEC指令(83/478/EEC)により、販売、使用が原則禁止(昭和61年(1986年)3月までに実施。石綿セメント管等は適用除外)となり、さらに、平成3年(1991年)のEC指令(91/659/EEC)によりクロシドライト、アモサイトを含む5種類の角閃石系石綿の販売、使用が全面禁止となった(平成5年(1993年)7月までに実施)。

(2)イギリス
 禁止政策を採用するに至った背景
 イギリスでは、中皮腫による死亡が昭和43年(1968年)に153人、1970年代に年間200人を超えるなど、石綿による健康障害が多発した。石綿による健康障害防止対策の充実を図るため、昭和51年(1976年)に労働安全衛生庁の上部機関である安全衛生コミッションに特別の委員会(シンプソン委員会)を設け、同委員会は、昭和54年(1979年)に以下の勧告を出した。
(1) クロシドライトの使用禁止(勧告時点で既に産業界で使用中止)
(2) 吹き付け断熱材の使用禁止(勧告時点で既に広く廃止)
(3) 石綿除去業者に対する認可制度の適用
(4) ばく露限界値として、クリソタイルは昭和55年(1980年)までに1本/cm3、アモサイトは目標値0.5本/cm3
 この勧告では、(1)〜(3)のように後にILO石綿条約に盛り込まれることとなる項目がみられ、また石綿の種別ごとの有害性に応じて、クロシドライトは使用等禁止、アモサイトはクリソタイルより厳しい管理を行うこととしている。
 イギリスにおける石綿による健康障害は、中皮腫による死亡だけをみても平成14年(2002年)には年間1,862人になっており、中皮腫による労災認定者数でみると、勧告の翌年の昭和55年(1980年)に73人、クロシドライトを禁止した昭和61年(1986年)に305人、平成9年(1997年)には553人に達している。
 禁止政策の実施
 昭和60年(1985年)の「石綿(禁止)規則」により、昭和61年(1986年)1月から、クロシドライト及びアモサイト並びにこれらの含有製品の供給及び使用と、クロシドライト及びアモサイトの輸入が全面的に禁止された。
 一方、業界においては、全面禁止以前の昭和47年(1972年)にクロシドライトの輸入を中止し、昭和50年代後半(1980年代前半)にアモサイトの輸入を中止した。

(3)ドイツ(西ドイツ)
 禁止政策を採用するに至った背景
 ドイツは、昭和55年(1980年)に36人だった中皮腫による労災認定者数が昭和59年(1984年)に100人を超えるに至った状況の下で、EC指令に沿って、国内では産業界とソーシャルパートナー(経営者及び労働者の代表)からのヒアリングを実施しながら禁止政策を段階的に進めてきた。昭和61年(1986年)のクロシドライトの原則禁止の際には、当時のこの物質の使用量が石綿使用量全体の約5%であることを確認の上、石綿セメント管等の適用除外も設けた。
 石綿含有製品のうち使用等の禁止対象品と使用等の禁止猶予品の範囲指定に当たっては、省令に基づき設置された、政、労、使及び学識者により構成される危険物質委員会において、技術的に対応できる代替品の有無と代替可能時期を考慮して行われている。
 石綿の代替措置の促進に関しては、1980年代初めから国が推奨代替品カタログ(全10巻)を作成して周知を図っている。
 ドイツの中皮腫による労災認定者数は、1980年代末には年間200人を超え、1990年代にさらに増加して、最近は年間約800人に達している。
 禁止政策の実施
 昭和61年(1986年)に「危険物質からの保護に関する省令」が制定され、10月1日に施行された。その中で石綿について、以下のような規定が設けられた。
(1) 石綿を含有する物質、調合物、製品の製造及び使用又は流通について、規制の対象となる製品等を列挙しつつ禁止。
(2) このうち、クロシドライトやクロシドライトを含有する調合物及び製品については、石綿セメント管、耐酸・耐熱パッキン等及びトルクコンバーターの3品目及びその製造に要する石綿繊維や半製品を除き原則禁止。
 ただし、施行日前に製造されていたものについては一定期間の流通を認め、施行日までに製造、流通又は使用されていたものについては、引き続き使用を認める規定が設けられた。
 平成5年(1993年)にこの省令が改正され、同年11月よりクロシドライト及びアモサイトを含む5種類の角閃石系石綿については全面禁止された。

(4)フランス
 禁止政策を採用するに至った背景
 昭和58年(1983年)のEC指令では、昭和61年(1986年)3月までにクロシドライトの原則禁止を実施することとされていたが、フランスは、昭和63年(1988年)にクロシドライトの使用等を原則禁止した。この禁止措置は、当時の国内の石綿の使用量が最も多かった石綿セメントにクロシドライトが使われていないことから、禁止しても問題ないと判断されて実施されたものである。
 また、アモサイトの使用等の禁止措置については、平成3年(1991年)のEC指令では平成5年(1993年)7月までに実施することとされていたが、フランスは平成6年(1994年)に実施した。
 フランスの中皮腫による労災認定者数は昭和63年(1988年)で年間39人だったが、平成15年(2003年)には年間310人に達している。
 禁止政策の実施
 昭和63年(1988年)に政令No.88−466により、石綿セメント管、耐酸・耐熱パッキン等及びトルクコンバーターを除きクロシドライトの使用等を原則禁止した。併せて、他の種類の石綿を含有する製品の使用等についても、規制の対象となる製品を列挙して禁止した。
 平成6年(1994年)の政令No.94−645により、クロシドライト及びアモサイトを含む5種類の角閃石系石綿の輸入、販売、使用等を全面禁止した。

(5)米国
 禁止政策を採用するに至った背景
 1980年代半ばに建築物に使われている石綿によって引き起こされた社会的パニックをきっかけにして、米国環境保護庁(以下「EPA」という。)は、平成元年(1989年)7月、「米国において平成9年(1997年)までに段階的に、ほとんどの石綿含有製品の製造、輸入、加工及び商業的流通を禁止していく」という内容の規制を行った。
 禁止政策の変更とその後の状況
 平成3年(1991年)10月18日、連邦高等裁判所は、EPAの規制に対し、以下の理由等により無効であるとの判決を下した。
(1) 管理状況下で、製品が製造・使用されれば、石綿繊維による人体ばく露は生じないこと、
(2) 石綿含有製品の代替品には、石綿よりも大きい健康上の危険性を人間に与える可能性があること
 この判決には、「EPA規制が公布された平成元年(1989年)7月時点で米国内で製造、輸入、販売等が行われていない石綿含有製品と新しい石綿及び石綿含有製品の使用については禁止することができる。」という項目が含まれていたため、EPAは既存品18品目(石綿スレートなど)の使用を正式に認めた。また、新しい石綿含有製品を製造するときにはEPAの承認が必要となり、平成11年(1999年)時点で使用が認められる製品は新旧合わせて28品目となっている。
 なお、現在に至るまで、アメリカではクロシドライト及びアモサイトの使用等は全面的には禁止されていない。

(6)カナダ
 主要な石綿(クリソタイル)生産・輸出国であるカナダでは、クリソタイルについては昭和58年(1983年)に連邦政府が「カナダにおける石綿の規制に対する最新のアプローチ」として管理使用のアプローチを承認する等、一貫して、管理して使用すれば安全であるという立場をとっている。
 ILO石綿条約は、クロシドライトについては使用等を禁止する一方でアモサイト及びクリソタイルについては規定上禁止していないため、カナダは同条約を昭和63年(1988年)に批准した。これに伴い、有害製品取締法に基づく規則を平成元年(1989年)に制定して、クロシドライトを含む製品の広告、販売、輸入については原則禁止しているが、石綿セメント管等の特定の製品については例外を認めている。
 なお、アモサイトを含む製品の広告、販売、輸入については、一般消費用品等特定の製品について禁止している。

 3 我が国の動き
(1)我が国の石綿に係る代替化促進施策の概観
 我が国では、昭和49年(1974年)にILO総会で採択された「がん原性物質及びがん原性因子による職業性障害の防止及び管理に関する条約(第139号)」(ILO職業がん条約)の代替化努力規定を踏まえ、昭和50年(1975年)に特定化学物質等障害予防規則(以下「特化則」という。)第1条を改正して有害物全般について代替化への努力義務を事業者に課した。
 石綿に関しては、昭和47年(1972年)のILO、WHOの専門家会合等におけるがん原性の指摘を踏まえ、昭和50年(1975年)に特化則を改正し、がん原性物質としての石綿へのばく露防止対策を盛り込むなど順次対策の強化を図る一方で、翌昭和51年(1976年)に石綿の代替化促進を盛り込んだ行政指導通達を発出し、クロシドライトを重点に他の物質への代替化指導を進めた。

(2)クロシドライトの禁止措置に至る経過
 代替化促進指導
 クロシドライトについては、他の石綿に比べて有害性が著しく高いため優先的に代替措置をとるよう指導することが昭和51年(1976年)5月22日付け基発第408号通達(以下「51年通達」という。)に盛り込まれており、これ以降、石綿粉じんの飛散防止等のばく露防止対策を中心とした厳格な管理に関する指導と併せて、代替化に向けた行政指導が石綿製品製造事業場への監督指導等により行われた。
 これらの措置によりクロシドライトの使用量は減少していき、昭和58年(1983年),59年(1984年)に実施した「石綿取扱事業場等実態調査報告書」では、全国427の石綿取扱事業場中クロシドライトの使用があるものは11まで減少した。
 ILO石綿条約の採択と業界での使用中止
 昭和61年(1986年)にクロシドライト等の禁止をうたったILO石綿条約が採択されたが、それまでの行政指導等もあり、翌62年(1987年)以降は、関係企業において使用が中止された。
 調査的監督による現況確認
 平成元年(1989年)には、大気汚染防止法改正による石綿の環境規制を契機に、全国359の石綿取扱事業場を対象とした調査的監督を実施してその結果を平成2年(1990年)2月に取りまとめ、クロシドライトを使用する事業場はないことを確認した。
 法的禁止措置の実施
 上記のような経過の中で、平成元年(1989年)には、WHOからクロシドライトに加えてアモサイトの使用について禁止勧告が出されたことを受け、クロシドライトの使用禁止措置についてはアモサイトの使用禁止措置と一括処理することとし、関係業界に対するアモサイトの代替化促進指導等を経て平成7年(1995年)に労働安全衛生法施行令の改正により法的禁止措置をとった。

(3)アモサイトの禁止措置に至る経過
 WHO勧告と勧告当時の状況
 平成元年(1989年)、WHOによるクロシドライト及びアモサイトの使用禁止に関する勧告が出された。
 アモサイトについては、他の石綿と同様に51年通達に基づき、石綿粉じんの飛散防止等のばく露防止対策を中心とした厳格な管理に関する指導と併せて代替化指導が進められてきたが、平成2年(1990年)2月取りまとめの上記(2)のウの調査的監督結果において、その使用事業場が19あり、使用量は合計約1万3千トンであることが確認された。
 代替化促進指導
 アモサイトについては上記のような使用実態がなおあることから、まず実際の使用をなくすことにより関係労働者の将来の健康障害リスクの低減を図ることとし、関係業界からのヒアリング、資料収集等により改めて最新の使用実態を把握するとともに、WHOの勧告やこれに対応した諸外国の動きも踏まえつつ、使用中止を視野においた代替化の促進、使用量の削減について指導した。
 その後、アモサイトについてもこのような行政指導や国際的動向に対応して、平成5年(1993年)に関係業界において使用が中止された。
 法的禁止措置の実施
 使用実態がなくなり円滑に法的禁止措置を実施できる環境が整ったことを踏まえ、上記のクロシドライトとともに平成7年(1995年)に労働安全衛生法施行令の改正により法的に製造等の禁止措置をとった。

 4 諸外国と我が国との禁止措置に至る過程の比較
 これまでに述べた我が国と諸外国(主として欧州)の禁止措置に至るまでの取組を整理すると、以下のとおりである。
(1)法的禁止措置の円滑実施のための措置についての考え方
 基本的考え方
 欧州諸国の取組を概観してみると、クロシドライトの禁止は、イギリスでは行政指導により業界の取組を促し、ほとんど使用実態がなくなった後に使用等を禁止した。また、フランスでは、最も多く使用されていた石綿製品である石綿セメントにクロシドライトが使われていないことを確認の上原則禁止し、ドイツでは禁止当時のクロシドライトの使用量が石綿使用量全体の約5%あったが、石綿セメント管等の適用除外を設けた上で禁止し、7年後に全面禁止した。
 一方、我が国においては、クロシドライト及びアモサイトのいずれについても、行政指導により業界の取組を促した結果、ほとんど使用実態がなくなった後に使用等を禁止した。
 このように、法的禁止措置の実施に関しては各国の置かれた状況に応じて若干の相違が認められるものの、石綿製品が産業現場や国民生活の安全確保目的で多く使用されていることにかんがみ、石綿については各国の安全衛生基準に従って取り扱うよう指導しながら、代替化の状況等を踏まえ、これらに支障を来さないよう段階的に進めていく姿勢は、我が国の取組に当たっての基本姿勢と共通するものである。
 法的全面禁止措置に向けた具体的手法
 法的全面禁止措置を円滑に実施するための措置として我が国及び欧州諸国においてとられた手法は、次の3種類に整理される。
(1) 事前の行政指導により段階的に全面禁止相当の状態へ誘導した後に法的全面禁止措置をとる。(日本、イギリス)
(2) 代替化の進んだ製品から段階的に部分禁止措置をとりながら法的全面禁止措置につなげる。(ドイツ(アモサイト)、フランス(アモサイト))
(3) 代替化困難な製品を除いて原則禁止措置をとり、特例措置を段階的に縮小して法的全面禁止措置につなげる。(ドイツ(クロシドライト)、フランス(クロシドライト))

(2)各国の国内事情と科学的知見や国際情勢の変化への対応
 各国の国内事情
 これまでにみたように、欧州諸国はWHOやILOの情報だけでなく、EC委員会の報告(昭和52年(1977年))、イギリスのシンプソン委員会の勧告(昭和54年(1979年))などにみられるように、独自に行った科学的検討の結果を踏まえて石綿に係る禁止政策を進めてきた。
 このような独自の検討体制を構築するに至った当時の状況をみると、EC委員会の報告、イギリスのシンプソン委員会の勧告、そして実際の行政措置であるクロシドライトの禁止に関するEC指令(昭和58年(1983年))が出された1970〜1980年代、欧州諸国においては、既に石綿による健康障害が数多く発生していた。イギリスは、シンプソン委員会勧告当時の1970年代、中皮腫による死亡者が年間200人を超え、中皮腫による労災認定者数でみても、昭和55年(1980年)に73人、クロシドライトを禁止した昭和61年(1986年)に305人に達していた。ドイツでも、中皮腫による労災認定者数はクロシドライトの原則禁止措置(昭和61年(1986年))の2年前の昭和59年(1984年)には100人を超え、当該措置の2年後の昭和63年(1988年)には年間221人に達していた。フランスは、クロシドライトを原則禁止した昭和63年(1988年)の中皮腫による労災認定者数は39人であった。
 これに対して、ILO石綿条約採択の昭和61年(1986年)の我が国の中皮腫による労災認定者数は9人、クロシドライト及びアモサイトの禁止措置を講じた平成7年(1995年)では13人であった。
 このように、欧州諸国において石綿による健康障害が早くから数多く発生した背景としては、我が国と比較して早くから石綿を使用していたこともあげられ、例えばイギリスでは1950年代から1970年代にかけて輸入量がピークを迎えていたのに対し、我が国は1970年代から1980年代にかけて輸入量が最大となっており、両者でおよそ20年の開きがある。
 科学的知見による検討体制
 石綿のがん原性に関する科学的知見の変化を概観すると、昭和47年(1972年)にIARCやILOによって石綿の発がん性が認められてから平成元年(1989年)のWHOのクロシドライト及びアモサイトの使用禁止勧告に至るまで、石綿の種別ごとの有害性の相違とばく露限界値の有無を巡って学説も変化していった。
 欧州諸国では、上記のように石綿による健康障害の発生が顕在化していたこともあって、ECに専門組織が置かれ、例えば昭和52年(1977年)のEC委員会の報告において、既にその発がん性の強さがクロシドライト、アモサイト、クリソタイルの順であることが専門家の間で確認されていた。
 また、EC加盟の主要国においては、イギリスのシンプソン委員会のように、必要に応じて専門家による独自の検討を実施している。
 一方、我が国においては、石綿に係る健康障害事例も少ない中で、主にWHOやILOから得た情報に基づき、国内施策の検討を行っていた。
 禁止措置検討の着手時期
 我が国は、ILO石綿条約の採択(昭和61年(1986年))やWHOの勧告(平成元年(1989年))を受けて国内法令での対応の検討に着手し、平成7年(1995年)に禁止したところであるが、欧州諸国は昭和58年(1983年)のEC指令(83/478/EEC)に基づき、禁止措置の検討を早期に開始している。
 クロシドライトについては、ILO石綿条約が採択された昭和61年(1986年)にはイギリスは既にクロシドライトを全面禁止しており、同年ドイツも原則禁止(全面禁止は平成5年(1993年))し、WHO勧告の前年の昭和63年(1988年)にはフランスも原則禁止(全面禁止は平成6年(1994年))していた。
 一方、アモサイトについては、我が国が平成7年(1995年)に禁止措置を講じたのに対し、平成3年(1991年)のEC指令を受けて実施したドイツ(平成5年(1993年))及びフランス(平成6年(1994年))はほとんど差はないが、イギリスはWHO勧告以前の昭和61年(1986年)に既に全面禁止していた。

 5 まとめ
 クロシドライト及びアモサイトの禁止措置に関する我が国と欧州諸国との取組について比較検討した結果、禁止措置の実施時期は欧州諸国の方が我が国より早いが、このことの要因の一つとして、EC委員会、あるいはイギリスのシンプソン委員会にみられるように独自の科学的知見を踏まえ、早期に検討に着手したことがあげられる。欧州諸国がこのような体制を構築してまで早期に取組を開始した背景には、我が国よりも早くから石綿を大量に使用し、1970年〜1980年代には、既に多くの健康被害が発生していたという事情があるものと考えられ、このため、石綿について禁止も視野においた厳しい規制に係る早期検討に着手したものと考えられる。
 一方、我が国においては、昭和47年(1972年)のILO及びIARCによる石綿のがん原性の指摘を受けた昭和50年(1975年)の特化則の改正以降、がん原性物質としてばく露防止対策を中心として厳しい規制を行ってきたが、石綿に係る健康障害事例などの独自の科学的知見も少なく、また、平成7年(1995年)以前は人口動態統計調査において中皮腫が独立した分類項目となっていなかったため我が国における中皮腫の発生状況を的確に把握できない状況の中で、主たる情報源はIARCからのものであった。このため、ILO石綿条約の採択(昭和61年(1986年))やWHO勧告(平成元年(1989年))を契機としてクロシドライト及びアモサイトの禁止措置について検討を開始したが、上記のように施策の検討に至る背景事情の相違が法的禁止措置を講じた時期の差として現れたものと考えられる。
 また、クロシドライト及びアモサイトの禁止措置を実施するに当たっての基本的考え方については、我が国がまずその使用実態をなくすことを優先し、行政指導により業界の取組を促し、ほとんど使用実態がなくなったことを確認した後に全面禁止措置に移行する手法を採用したのに対し、欧州諸国では、イギリスでは我が国と同様の手法を採用したが、ドイツ及びフランスのクロシドライトの禁止措置では、原則禁止した上で代替化が困難なものについて特例を設け、代替化の状況を踏まえて全面禁止する手法を採用した。
 これらの取組については、行政指導を先行させてその効果をみて全面禁止措置に移行するか、可能な範囲の禁止措置を先行させて困難なものについては代替化を進めて全面禁止措置につなげるかという違いがあるが、石綿製品が産業現場や国民生活の安全確保目的で多く使用されていることにかんがみ、代替化の状況等を踏まえ、これらに支障を来さないよう段階的に進めていくという考え方は共通している。
 一方、禁止措置の実施時期については、クロシドライトの禁止措置において、欧州諸国が我が国より早く、ILO石綿条約採択の年(昭和61年(1986年))に、イギリスが全面禁止措置を、ドイツが原則禁止措置(全面禁止は平成5年(1993年))をそれぞれ実施し、フランスがWHO勧告(平成元年(1989年))の前年(昭和63年(1988年))に原則禁止措置(全面禁止措置は平成6年(1994年))を実施したが、我が国ではクロシドライトの全面禁止措置は平成7年(1995年)であった。
 このように、我が国ではクロシドライトの全面禁止措置は平成7年(1995年)に実施したが、昭和51年(1976年)以降の行政指導等もあり、既に昭和62年(1987年)には国内での使用実態はなくなり、平成元年(1989年)にはこのことを調査的監督により確認した。一方、ドイツが原則禁止措置を行った昭和61年(1986年)には適用除外品があったほか石綿使用量全体の約5%のクロシドライトの使用実態があったこと及びフランスが原則禁止措置を行った昭和63年(1988年)には石綿セメント以外でクロシドライトの使用実態があったことから、我が国は、実態面でみるとこれらの国に遅れをとってはいないものの、現時点で考えると、平成4年のリオ宣言以降の予防的アプローチの考え方(完全な科学的確実性がなくても深刻な被害をもたらすおそれがある場合には対策を遅らせてはならないという考え方)もあり、生命・身体に係る法令上の禁止措置については、欧州諸国を含め世界的な動向をみつつ実施するという考慮が十分なされたとは言えないものと考える。
 なお、アモサイトに関しては、我が国では平成7年(1995年)に全面禁止したが、その時期は、イギリスの昭和61年(1986年)より遅いが、ドイツの平成5年(1993年)、フランスの平成6年(1994年)と比べて大差はない。

    (注)
1: 平成17年8月26日とりまとめの「アスベスト問題に関する厚生労働省の過去の対応の検証」中40ページの第5の2の(1)イギリスに、(注)として、クロシドライト及びアモサイトの禁止時期に関して、「本文は省内に保管している情報に従って記述したが、昭和61年(1986年)に使用禁止を行ったという情報もあり、今後精査する。」と記載していたが、精査の結果、本報告書に記載のとおり、昭和61年(1986年)であった。
2: 平成17年8月26日とりまとめの「アスベスト問題に関する厚生労働省の過去の対応の検証」において、フランスのクロシドライト及びアモサイトの全面禁止時期に関して、72ページに平成9年(1997年)と記載し、また42ページにもこれを示唆する記述があるが、追加調査の結果、すべての石綿の全面禁止は同年になされたが、クロシドライト及びアモサイトは平成6年(1994年)に全面禁止されていたことが判明した。

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