旅館業の施設における特定感染症のまん延の防止に必要な対策
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1 旅館業の施設における感染防止対策への協力の考え方
 感染症は①病原体(感染源)②感染経路③宿主の3つの要因が揃うことで感染します。
 感染対策においては、これらの要因のうちひとつでも取り除くことが重要です。
 特に、不特定多数の者が宿泊する旅館業の施設においては、他の不特定多数の者が利用する施設と同様に、感染症の拡大防止の観点から、換気の徹底等、必要な対策を講じることが望ましいです。
 ただ、旅館業独特の事情として、宿泊拒否制限があり、実効的な協力の求めができないとの声がありました。
 今回の改正により、法律上の根拠をもって協力の求めを行うことをできるようにするとともに、宿泊しようとする者は、営業者から感染防止対策への協力の求めがあったときは、正当な理由がない限り、その求めに応じなければならないこととなりました。
 これは、営業者は、宿泊拒否制限がかかっている中であっても、旅館業の施設について宿泊者の衛生に必要な措置を講じなければならない義務を課されており(旅館業法第4条第1項)、その義務を果たすためには相応の法令上の根拠を持って宿泊客に対して感染防止対策への協力の求めをできるようにする必要があるためです。
 なお、旅館業法第5条のその他の宿泊拒否事由に該当する場合を除き、旅館業法第4条の2第1項の協力の求めに正当な理由なく応じないことのみをもって、営業者が宿泊を拒むことは認められないほか、宿泊しようとする者に罰則が科されるものでもありません。
旅館業の施設における特定感染症のまん延の防止に必要な対策画像
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2 特定感染症について
 旅館業の営業者が感染防止対策への協力の求めや宿泊を拒むことができる事由の対象となる感染症は、次の感染症をいいます。(旅館業法第2条第6項)
特定感染症
ー類感染症 工ボラ出血熱、クリミア• コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱
ニ類感染症 急性灰白髄炎(ポリオ)、結核、ジフテリア、SARS、MERS等
新型インフルエンザ等感染症 新型インフルエンザ等
新感染症 現時点では、該当なし
指定感染症(※) 現時点では、該当なし

※ 指定感染症は、感染症法の入院、宿泊療養又は自宅療養に係る規定が準用されるものに限ります。

※ 新型コロナウイルス感染症は、令和5年5月8日をもって五類感染症に移行しているため、旅館業法における特定感染症には該当しません。

特定感染症の感染防止への協力の求め
 旅館業の施設において適時に有効な感染防止対策を講じられるよう、営業者は、宿泊者に対し、旅館業の施設における特定感染症のまん延防止に必要な限度において、特定感染症が国内で発生している期間に限り、その症状の有無等に応じて、法令等で定められた協力を求めることができることとなります。(旅館業法第4条の2第1項)
 ただし、令和5年11月15日時点で、特定感染症国内発生期間が到来している特定感染症はないため、本規定を根拠に協力を求めることはできません。

(特定感染症の感染防止への協力に係る留意点)
 協力の求めを行うに当たっては、以下の点に留意することが必要です。

・特定感染症国内発生期間中であっても、旅館業の営業者は、旅館業法第4条の2の規定に基づいて協力の求めを行うことも行わないこともできること

・旅館業の営業者は、旅館業法第4条の2の規定に基づく協力の求めについては、宿泊しようとする者の置かれている状況等を十分に踏まえた上で、協力の必要性や内容を判断する必要があること

・旅館業の営業者は、医師の診断の結果の報告や客室等待機をはじめ、協力の求めについて、事実上の強制にわたるような求めや威圧的な求めをすべきではないこと

・協力の求めの趣旨等について理解を得られるように丁寧に説明をした上で、協力の求めに応じることについて同意を得ることが考えられること


※ 個人情報保護法との関係についてはこちらを参照ください。

特定感染症の感染防止への協力の求め画像
協力の求めができる期間(特定感染症国内発生期間)
 営業者が旅館業法に基づいて感染防止対策への協力の求めができる期間は、次表のとおりです(旅館業法第4条の2第2項)。これらの期間について、特定感染症が国内で発生した際に、厚生労働省から旅館業の営業者や国民に対し、ホームページや通知等によって速やかに周知を行います。
始期 終期
一類感染症・
二類感染症(※)
感染症法により、厚生労働大臣・都道府県知事が国内で発生した旨を公表したとき。 感染症法により、厚生労働大臣・都道府県知事が国内での発生がなくなった旨を公表したとき。
新型インフルエンザ等感染症 感染症法により、厚生労働大臣が国内で発生した旨を公表したとき。 感染症法により、厚生労働大臣が、その感染症が国民の大部分の免疫獲得等により新型インフルエンザ等感染症と認められなくなった旨を公表したとき。
指定感染症(感染症法の入院、宿泊療養又は自宅療養に係る規定が準用されるものに限る) 感染症法により、

① 厚生労働大臣が病状の程度が重篤であり、かつ、全国的かつ急速なまん延のおそれがあるものと認めて、国内で発生した旨を公表し、

かつ、

② 政令によって、その感染症について感染症法の入院、宿泊療養又は自宅療養に係る規定が準用されたとき。

感染症法により、

① 厚生労働大臣が、その感染症について国民の大部分の免疫獲得等により全国的かつ急速なまん延のおそれがなくなった旨を公表したとき。

又は、

② 政令によって、その感染症について感染症法の入院、宿泊療養及び自宅療養に係る規定がいずれも準用されなくなったとき。

新感染症 感染症法により、厚生労働大臣が国内で発生した旨を公表したとき。 感染症法により、その感染症について感染症法の一類感染症に係る規定を適用する政令が廃止されたとき。

※ 結核は国内に常在すると認められる感染症であり、その特定感染症国内発生期間は、別途、厚生労働大臣の告示に基づいて定められます。

特定感染症の感染防止にかかる協力の求めの対象者とその内容
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1 協力の求めの対象者
 特定感染症国内発生期間においては、旅館業の営業者は、必要な限度において、全ての宿泊しようとする者に、以下(A)〜(D)の区分に応じて、感染防止対策への協力の求めを行うことができます。(旅館業法第4条の2第1項)。

(A)特定感染症の症状を呈している者(以下「(A)有症状者」という。)

(B)特定感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者(以下「(B)特定接触者」という。)

(C)特定感染症の患者等(以下「(C)患者等」という。)

(D)その他の者

 
 (B)特定接触者については、都道府県等(主に保健所が想定されます。)が「特定感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者」と判断した者であり、(C)患者等の同行者又は同室者であること等をもって営業者が判断できるものではありません。

※ 新型コロナウイルス感染症の流行期において「濃厚接触者」と称していたものは、(B)特定接触者に当たります。

 
 (C)患者等は、次のいずれかに該当する者をいい、医師が他人にその感染症を感染させるおそれがほとんどないと診断した者(退院基準を満たした結核患者等)を除きます。

・ 特定感染症(新感染症を除く。)の患者

・ 感染症法の規定により一類感染症、二類感染症、新型インフルエンザ等感染症又は指定感染症(入院の規定を準用するものに限る。)の患者とみなされる者

・ 新感染症の所見がある者

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2 協力の求めの内容
 協力の求めの内容は、次のとおりです。
協力の求めの内容 協力の求めの対象者
(A)有症状者、
(B)特定接触者
(C)患者等 (D)他の宿泊者
ⅰ 医師の診断の結果や症状の原因が特定感染症以外によることの報告
ⅱ 客室等での待機
ⅲ 健康状態等の確認(体温等)
ⅳ 発生した特定感染症に応じて感染防止対策として求められた措置に即するものとして指針で定めるもの
(1) 報告
 宿泊しようとする者が(C)患者等であるかどうかが明らかでない場合において、その者が患者等であるかどうかを確認するため、次のいずれかを、原則として書面(※1)又は電子情報処理組織を使用する方法によって報告することを求めることができます。その際、様式サンプルのような様式を用いて、報告させることが考えられます。

一)医師の診断の結果(※2)

二)(A)有症状者にあっては、当該症状が特定感染症以外によるものであることの根拠となる事項(※3)

※1 診断書の提出までは求められません。

※2 報告を求める者に対し、適切な医療機関を知らせる等の支援を行うことが望ましいです。

また、営業者は、宿泊しようとする者に対し医師の診断の結果の報告を求める場合に備えて都道府県等、医療機関その他の関係者との連携を確保することが望ましいです。

※3 営業者は、特定感染症以外の要因について報告を求めることができますが、要因として報告を求めることができる範囲は、「特定感染症以外の疾病」や「予防接種の副反応」等の大まかな区分に限られます。宿泊しようとする者が、症状は特定感染症以外によるがプライバシーの観点から上述のような区分のいずれに当てはまるかも伝えたくない旨報告することもあり得ます。この場合の取扱いは、フローのイメージの※4のとおりです。


(2) 客室等での待機
 当該旅館業の施設においてみだりに客室その他の当該営業者の指定する場所から出ないことを求めることができます。

※ 旅館業の営業者は、客室等での待機を求めた宿泊者に必要が生じた場合(例えば、トイレが客室内になく、トイレを使用する場合等)には、客室等から出ることを認める必要があります。

※ 客室等での待機を求めた宿泊者が障害者である場合は、障害者差別解消法の規定も踏まえ、その障害の特性に応じた配慮を行うことが求められます。


(3) 健康状態等の確認
 以下の事項の求めに応じるよう求めることができます。
対象者 確認できる事項
(A)有症状者 
(B)特定接触者
(C)患者等  
・体温その他の健康状態
・直近で滞在した国・地域(外国に限る)
・特定感染症の患者や媒介動物との接触歴
・(A)にあっては(B)に当たるかどうか
(D)他の宿泊者 ・体温その他の健康状態
・(B)に当たるかどうか

(4) その他の感染防止対策
 場面に応じた咳エチケット、手指消毒・手洗い、食事・入浴の場面で大声を控えること等を求めることが考えられますが、具体的には発生した特定感染症に応じて指針で定められることとなります。
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3 協力の求めに応じない正当な理由
 協力の求めに応じない「正当な理由」の内容については、特定感染症が、感染症ごとに症状や症例定義、対策等が異なるため、特定感染症の国内発生時(又はその可能性が相当程度高まった時点)に、発生した特定感染症やフェーズに応じて、速やかに指針の改定等により示されますが、基本的には、「正当な理由」の内容としては、個人により左右できない理由により感染対策への協力が困難である場合が想定されます。
特定感染症の感染防止に必要な協力の求めを行う場合のフローイメージ画像
特定感染症国内発生期間における健康状態等の確認・報告の様式サンプル
特定感染症国内発生期間における健康状態等の確認・報告の様式サンプル画像

特定感染症国内発生期間における健康状態等の確認・報告の様式サンプル画像

特定感染症国内発生期間における健康状態等の確認・報告の様式サンプル画像
特定感染症の患者等の宿泊拒否について
特定感染症の患者等の宿泊拒否について画像
 改正法による改正前の旅館業法第5条第1号の「伝染性の疾病にかかつていると明らかに認められるとき」は、確定診断等により明らかに伝染性の疾病であると認めるときを指すものとして運用されてきましたが、伝染性の疾病の具体的な範囲が明確ではありませんでした。

(参考)旅館業法第5条をめぐっては、これまでも以下の事案がありました。

・ ハンセン病療養所の入所者が、ハンセン病元患者であることを理由にホテルの宿泊を拒否された事案

・ エイズ患者が、エイズ患者であることを理由にホテルの宿泊を拒否された事案

特定感染症の患者等の宿泊拒否について画像
 そのため、宿泊拒否事由の一つである「伝染性の疾病にかかつていると明らかに認められるとき」が「特定感染症の患者等」(※)に改正されました。今後も、外見を元に特定感染症の患者等ではないかと疑って宿泊を拒否するようなことはあってはなりません。
(※)人に感染させるおそれがほとんどないと医師が診断した者(退院基準を満たした結核患者等)は対象外です。

(宿泊拒否をする場合の留意事項)
 営業者は、宿泊しようとする者が特定感染症の患者等である場合であっても、「みだりに宿泊を拒むことがないようにする」と規定した旅館業法第5条第2項の規定(次頁参照)を踏まえる必要があります。
 つまり、特定感染症の患者等は、原則、都道府県等の確保する医療機関や宿泊療養施設等において必要な治療を受け、又は療養するべきですが、他方、医療機関等が逼迫しており、都道府県等の関係者が尽力してもなお入院調整等に時間を要し、その旅館業の施設の周辺で入院や宿泊療養、自宅療養ができない例外的な状況が生じ得ます。
 こうした状況下では、無思慮に宿泊を拒めば、「みだりに宿泊を拒む」に該当し得ることに留意し、都道府県等からの要請等を踏まえつつ、宿泊を拒むことによって特定感染症の患者等である宿泊しようとする者の行き場がなくなることがないよう、営業者は、宿泊拒否ではなく、感染防止対策への協力の求めを行い、客室等で待機させる必要性が大きく、また、客室等で待機させることが望ましいです。
宿泊者名簿
宿泊者名簿画像
 改正法により宿泊者名簿の記載事項として「連絡先」が追加され、「職業」が削除されました(旅館業法第6条関係)。
 これにより感染防止対策の観点から、宿泊者が特定感染症の患者等やその関係者等であった場合に必要に応じて連絡がとれるようになりました。
 なお、宿泊者は営業者から請求があったときは宿泊者名簿の記載事項を告げなければなりません。