今後の労働時間制度に関する研究会報告書


I 現状認識と今後の展望
 1 ホワイトカラー労働者の増加と働き方の多様化
 近年の技術革新やサービス産業の成長(*1)等による産業構造の変化により、ホワイトカラー労働者の比率が高まる(*2)とともに、企業をとりまく経営環境の変化(*3)、勤労者意識の変化等(*4)を背景として、労働者の働き方も多様化してきている(*5)
 こうした中、労働者の心身の健康を確保しつつ、家族と過ごす時間や地域活動、生涯学習などに充てる時間を確保し、労働者の仕事と生活の調和を実現することがより一層重要となっている。
 しかし、他方では、最近、所定外労働を中心とした労働時間の増加が見られ(*6)、特に30歳代の男性を中心として、週60時間以上働く雇用者の割合が増加している(*7)。また、年次有給休暇の取得状況を見ると、取得率の低下及び取得日数の減少が続いている(*8)
 このような状況に対処するため、適切かつ厳正な労働時間管理を徹底させ、長時間にわたる恒常的な所定外労働の削減や、賃金不払残業の解消へ向けた取組を引き続き進めるとともに、本来当然取得されるべき年次有給休暇の取得促進を図ることに併せ、個々の労働者がそれぞれの事情に即した働き方の選択ができるようにするという観点から、労働時間の制度及び運用の見直しを行う必要があると考えられる。

 2 自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなくその成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者の増加
 また、経済のグローバル化の進展(*9)に伴う企業間競争の激化(*10)等により、従来にも増して技術革新のスピードが加速し(*11)、製品開発のスピード・質が求められるようになっており、多様化する消費者ニーズへの対応の必要性(*12)ともあいまって、企業における高付加価値かつ創造的な仕事の比重が高まってきている(*13)
 このような変化に対応するため、企業においては、組織の階層のフラット化、プロジェクト方式やチーム制の導入等といった機動的な組織編成を進める動きが見られ(*14)、その中で、スタッフ職などの中間層の労働者により大きな権限と広い裁量を与える例が多く見られる(*15)
 また、人事評価の客観化を図るという観点から、あらかじめ個々の労働者の目標を設定し、その目標の達成度を評価に反映させることを目的とした目標管理制度を導入する企業が増えており、それに合わせて賃金制度についても、制度設計の見直しなど運用面の試行錯誤を重ねているものの、年俸制や成果主義賃金を導入する動きが着実に広がっている(*16)
 このような状況の中で、高付加価値かつ創造的な業務に従事する労働者を中心に、自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく、成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者も増えており、これらの労働者についてはそのような評価がなされることにより、労働意欲が向上し、その更なる能力発揮が期待できるとともに、労働者自身にとっても、より自律的で満足度の高い働き方が可能になると考えられる(*17)
 これまでにも、労働時間制度については、労働者の勤務態様の多様化や就労意識の変化に対応するため、フレックスタイム制や企画業務型裁量労働制の創設等の制度改正を重ねてきたところであるが(*18)、現行の制度では、このようなグループの労働者の働き方に必ずしも対応できていないと考えられる。
 このため、これらの労働者がより一層能力発揮でき、自律的で満足度の高い働き方が可能となるようにするという観点から、従来の実労働時間の把握を基本とした労働時間管理とは異なる新たな労働時間管理の在り方について検討を加え、それに対応した労働時間制度の見直しを行うことが必要と考えられる。
 なお、見直しを行うに当たっては、成果や能力などによる評価は労働意欲を向上させるという効果がある一方で、労働者のストレスを増加させ(*19)、その能力発揮のための前提である心身の健康に影響を及ぼす可能性があることにも留意し、それを未然に防ぐための措置についても検討を加える必要がある。

 以上を踏まえ、すべての労働者が心身の健康を確保しつつ、自らが希望する働き方を実現することにより、その能力をより一層発揮しながら仕事と生活の両面において充実した生涯を送ることができるよう、労働時間制度全体について検討を加え、必要な見直しをすることが必要である。


(*1)サービス産業の成長について、資料P1、2を参照。
(*2)職業別雇用者構成の割合の推移について、資料P3を参照。
(*3)経済のグローバル化の進展とそれに伴う経営環境の変化について、資料P4〜7を参照。
(*4)勤労者意識の変化について、資料12を参照。
(*5)フレックスタイム制・変形労働時間制の適用労働者の増加について、P32を参照。
(*6)年間総実労働時間の推移について、資料P25を参照。
(*7)労働時間分布の長短二極化について、資料P26を参照。
(*8)年次有給休暇の取得率の低下及び取得日数の減少について、資料P27を参照。
(*9)経済のグローバル化の進展について、資料P4を参照。
(*10)企業間競争の激化について、資料P5、6を参照。
(*11)技術革新のスピードについて、資料P7を参照。
(*12)顧客ニーズへの対応の強化について、資料P10を参照。
(*13)高付加価値かつ創造的な仕事の比重の高まりについて、資料8、9を参照。
(*14)事業・組織の再編について、資料P11を参照。
(*15)労働者の裁量にゆだねることがふさわしい業務について、資料P20を参照。
(*16)企業における人事労務管理の在り方の変化、目標管理制度の導入、人事考課の制度・運営上の問題等について、資料P13〜17を参照。
(*17)労働時間管理を受けない働き方への希望及び労働時間の長短ではなく成果による評価への希望について、資料P18、19、21を参照。
(*18)労働時間制度の変遷について、資料P58を参照。
(*19)仕事とストレスの関係について、資料P23、24を参照。



II 現行諸制度の現状と見直しの方向性
 1 現行の労働時間に関する諸制度の現状と課題
(1) 年次有給休暇
 年次有給休暇は、その取得率が低い状態が続いており、直近の調査結果においてもさらに低下している。また、計画的付与制度の導入状況を見ると、制度創設以来低い水準が続いている(*1)
 年次有給休暇については、約7割の労働者がその取得にためらいを感じているが、その具体的理由として、「周りに迷惑がかかる」、「職場の雰囲気が取得しづらい」が挙がっている(*2)。このように、年次有給休暇の取得について事業場における労使当事者の意識が前向きなものとなっていないことや、年次有給休暇取得のイニシアティブを労働者の時季指定にゆだねているという現行制度の枠組みそのものが低い取得率の要因の一つとなっているとも考えられる(*3)

(2) 時間外・休日労働
 時間外・休日労働については、本来臨時的なものとして必要最小限にとどめられるべきものである旨を周知徹底し、その抑制を図るため、時間外労働の限度時間を超えて労働時間の延長をすることができる「特別の事情」は臨時的なものに限ることを明確にするための告示等の改正が行われ、平成16年4月から適用されているところであるが、なお一層の抑制が求められている。

(3) フレックスタイム制
 フレックスタイム制については、中小企業をはじめとして導入が進んでおらず(*4)、同制度を導入しない理由として、「得意先・顧客に迷惑がかかる」、「労務管理が煩雑になる」、「社内コミュニケーションに支障が出る」、「時間がルーズになる」を挙げる事業場が多いものの(*5)、いったん導入されると労働者は積極的に利用している(*6)

(4) 事業場外みなし
 事業場外みなし制の運用については、事業場の中で業務に従事している場合には実労働時間の把握が必要とされているが、これが煩雑であるという意見がある。

(5) 専門業務型裁量労働制
 昭和63年の制度創設以来、専門業務型裁量労働制の適用労働者数は着実に増えてきており(*7)、当研究会において実施した「裁量労働制の施行状況等に関する調査」(以下「アンケート」という。)によれば、その効果が「期待通り」とする者が多く、制度の趣旨が一定程度実現されていると考えられる(*8)
 他方で、業務遂行に当たっての裁量性が確保されていないケースや、追加の業務指示等により業務量が過大になっているケースが見られ(*9)、また、健康・福祉確保措置や苦情処理措置が適切に実施されていないなどの実態も見られる(*10)
 現行制度に対する要望としては、労使ともに、対象業務及び法的効果ともに現行でよいとする者が多いものの、対象業務が狭すぎるとの意見や法的効果として労働時間規制の適用除外を求める意見も一定数存在する(*11)

(6) 企画業務型裁量労働制
 企画業務型裁量労働制を導入している事業場や適用労働者は少ないものの、アンケートによればその効果が「期待通り」とする者が多く、制度の趣旨が一定程度実現されていると考えられる(*8)
 他方で、業務遂行に当たっての裁量性が確保されていないケースや追加の業務指示等により業務量が過大になっているケース(*9)、適切な対象労働者の選定がなされていないケースなどが見られ、また、健康・福祉確保措置や苦情処理措置が適切に実施されていないなどの実態も見られる(*10)
 現行制度に対する要望としては、対象業務について、使用者側では狭すぎるとの意見が多く、労働者側でも一定数存在する。また、法的効果についても、使用者側では変更すべきとするものが多く、労働者側でも一定数存在する(*11)

(7) 管理監督者
 管理監督者の範囲について、従来のいわゆるライン管理職の他に、法制定時にはあまり見られなかったスタッフ職が多く見られるようになっており、スタッフ職についても処遇の程度によっては一定の範囲で管理監督者として取り扱われるようになってきている。
 また、管理監督者として取り扱う労働者の範囲も企業ごとに差が生じており(*12)、中には管理監督者として取り扱われることがふさわしくない者が対象とされている例も見受けられる。


(*1)計画的付与制度の活用状況について、資料P28を参照。
(*2)年次有給休暇の取得へのためらいについて、資料P29を参照。
(*3)年休取得促進の取組状況と年休取得についての労働者意識について、資料P30を参照。
(*4)フレックスタイム制の導入状況について、資料P32を参照。
(*5)フレックスタイム制を導入していない理由について、資料P33を参照。
(*6)フレックスタイム制の活用状況について、資料P34を参照。
(*7)専門業務型裁量労働等の導入状況について、資料P35、36を参照。
(*8)専門業務型裁量労働制等を導入したきっかけ、同制度に対する評価等について、資料P37〜39を参照。
(*9)専門業務型裁量労働制等に対する不満、裁量性が確保されていない実態等について、資料P40〜43を参照。
(*10)専門業務型裁量労働制等の適用労働者に対する健康・福祉確保措置の実施状況等について、資料P44〜48を参照。
(*11)専門業務型裁量労働制等の対象業務の範囲及び法的効果についての要望について、資料P49〜56を参照。
(*12)管理監督者として取り扱われている者の職位について、資料P57を参照。


 2 見直しの方向性
 Iの現状認識と今後の展望及びIIの1の現行諸制度の現状と課題を踏まえると、すべての労働者が、個人の選択によって、生活時間を確保しつつ、仕事と生活を調和させて働くことを実現するという観点からの検討を行うとともに、その中でも「自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく、成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者」について現行の労働時間制度では対応できていない部分を検証した上で、労働時間に関する諸制度について、運用や、制度そのものの見直しを行う必要がある。
 なお、見直しに当たっては、当面対応すべき課題と中長期的観点に立って対応すべき課題に区別するなどとした上で、制度の活用状況等も含めた実態について考慮の上、検討を進めることが適当である。

 また、心身が健康であることはすべての労働者にとってその能力発揮の前提であることから、労働基準法(以下「法」という。)の原則である週40時間労働の例外である時間外労働の削減を図る必要があるとともに、心身の疲労回復のために、本来当然取得されるべき年次有給休暇の取得促進を図ることが求められる。特に、労働時間の長短ではなく、成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者のための新たな労働時間の枠組みを設計するに当たっては、当該枠組みの対象労働者の心身の健康確保を図るために必要な措置について検討を行う必要がある。なお、賃金不払残業については、引き続き、その解消へ向けた取組を推進することが当然求められるものである。

 さらに、企業の実態に応じて制度を設計する必要がある場合には、企業における労使自治により制度の設計が可能となるようにすべきである。その前提として、各事業場において、労使対等の立場で議論できるようになっていることが必要であり、各企業、特に当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(以下「過半数労働組合」という。)がない事業場において、労働者の交渉力を補完し、労使が対等な立場で労働条件を決定できるようにする仕組み(労使の協議に係る場の整備)についても、関係審議会における労働契約法制の検討の過程において、労働時間制度の在り方の検討と時期を同じくして検討が進められるべきである。その際、現行の企画業務型裁量労働制における労使委員会との関係を整理することも必要である。



III 新たな労働時間制度の在り方
 1 生活時間を確保しつつ仕事と生活を調和させて働くことを実現するための見直し
 すべての労働者にとって、家族と過ごす時間や、地域活動や生涯学習に充てる時間などの生活のための時間と、仕事のための時間とを調和させて働くことを選択できるようにすることは、重要な課題である。この課題に対処するため、現行の労働時間制度について、労働者の仕事と生活の双方が充実したものとなるよう、また、個々の労働者の事情に応じた選択が可能となるよう、制度や運用の見直しを検討する必要がある。
 なお、労働者の健康確保の観点からも、いかにして実際に休める時間を確保できるかは、ますます重要になってきている。もちろん、これは単に労働から離れるためのものではなく、仕事面でより能力を発揮し、仕事面での充実感を得るという観点からも休息の確保は重要なことであり、仕事偏重でもなく生活偏重でもなく、まさに仕事と生活の調和が必要ということである。

年次有給休暇)
 労働者の健康確保を図る観点から、連続した日数で、確実にまとまった日数の休暇を取得させることがすべての労働者にとってますます重要となっている。
 他方で、我が国では、労働者が行使する時季指定権により年次有給休暇が取得できるという判例法理の下、年次有給休暇取得のイニシアティブを労働者の自由な時季指定にゆだねてきたが、実際の年休取得率をみると、50%以下の水準で推移しており、こうした労働者の時季指定だけに任せるシステムが、限界に来ているとも考えられる。
 このような観点から、考え方としての時季指定権は尊重しつつ、実際の年休取得率を向上させるため、時季指定を補充する仕組みを考えていく必要がある。例えば、諸外国の例を参考に、年次有給休暇のうち一定日数につき、使用者が労働者の希望も踏まえてあらかじめ具体的な取得日を決定することにより、確実に取得させることを義務付けるという手法について検討を進める必要がある。
 また、現行の計画的付与制度については、あらかじめ付与日を決定しなければならないため、使用者にとって、業務上の突発的な状況変化に対応しづらいという面があることからその活用が進んでいないと考えられる。このため、現行制度においても、年末年始やゴールデンウィーク、夏休みといった比較的長期の休暇を取得する慣習がある時期を基本として、1年をいくつかの時期に分割した上で、当該時期ごとにその都度付与日を設定するといった柔軟な設定方法が可能である旨を周知するなど同制度の活用促進を図る必要がある。
 さらに、1週間程度以上の連続休暇を計画的に取得させることや、年休取得率の低い者に計画的に取得させるための方策(例えば、未消化年休の取得計画を作成させること等)を検討する必要がある。
 さらに、それぞれの職場において、月ごとに労働者の年休取得予定日を調整し、周知するなどにより労使当事者の意識啓発を行うことや、年次有給休暇の取得促進策について話し合うことといった方策が考えられる。

 他方、社会が複雑化する中、労働者の仕事と生活との調和を図るという観点からも、年次有給休暇については多様な役割を果たすことが期待されており、そのため弾力的な取得方法を認めることが必要ではないかと考えられる。
 例えば、通院や、急に子どもの送り迎えや親の介護が必要になった場合など、臨時的又は突発的な用務のために、1、2時間程度の休暇が必要となる場合もある。年次有給休暇は、現行では、原則として労働日単位による取得に限られているが、このような場合にも利用できるよう、時間単位での取得を望む声がある(*)
 本来、こうした目的の休暇は、病気休暇制度等を整備することにより対処すべきであるが、現実には、企業における病気休暇制度等の導入が急速に進むことは考えにくいことから、過渡的な措置として、労使の協議に基づく合意を前提として、年次有給休暇の時間単位による取得を認めることも考えられる。
 この場合、こうした利用方法が年次有給休暇の制度本来の趣旨とは異なるということに留意する必要があることから、例えば、
 (1) 時間単位で年次有給休暇を取得できる上限日数を定めること
 (2) 半日以上の単位で年次有給休暇を申請した場合、時間単位への時季変更はできないことを定めること
 (3) 労使協定等により、何時間休暇を取得したら1労働日分の休暇として取り扱うのか等について定めておくこと
等により、年次有給休暇の一部について、時間単位の取得ができることとすることが考えられる。

 また、年次有給休暇は、本来、休暇として実際に休むべきものであり、手当等の支給をもってその取得に代えることは認められない。しかし、労働者が退職の申出をしたような場合において、実態として、業務の引継等のためやむを得ず年次有給休暇が消化できないまま退職するケースが見られる。
 このような場合に労働者が不利益を被ることを避けるため、未消化年休に係る年休手当を退職時に清算する制度を設けることも考えられる。

時間外・休日労働)
 現行では、時間外・休日労働をさせた場合、使用者に時間外労働については2割5分増し、休日労働については3割5分増しの割増賃金の支払いを義務付けることにより、法定労働時間制及び週休制の原則の維持を図るとともに、その原則を超えて行われる労働に対する労働者への補償を行っているところであるが、実態として時間外労働が長時間化している。
 そこで、労働者を実際に労働から解放し、その健康確保を図る観点から、法定労働時間を超えて労働する時間数が一定の時間数を超えた場合などについて、割増賃金の支払いに加え、その時間外労働の時間数に相応する日数の休日(代償休日)など、労働義務を一定時間免除することを義務付ける制度の検討も進める必要があると考えられる。

 また、長時間にわたる時間外労働の抑制を図るため、法第36条第2項に基づき、労使協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準(以下「限度基準」という。)を定め、労使に対し、その遵守を指導しているところであるが、さらに時間外労働のルールを徹底するため、例えば時間外労働の限度基準で定める延長時間の限度など、一定の時間数を超えて時間外労働をさせた場合に、使用者に対し、通常より高い割増率による割増賃金の支払いを義務付けることが考えられる。
 同様に、上記の代償休日の検討に当たっても、実際に時間外労働をした時間数について通常よりも高い割増率によって代償休日の日数などを算定することや、事業主の都合により代償休日を与えられなかった部分の時間外労働について高い割増率を適用することなど、時間外労働を削減するための方策についても併せて検討を加えるべきである。

 なお、協定を締結せずに法定労働時間を超えることは、労働時間法制に係る基本的なルールに反するものであることから、このような違反(法第32条違反を構成)に対する罰則を強化することも考えられる。

 さらに、使用者が就業規則等により定めている所定労働時間は、その事業場における事業の実態を踏まえて法定労働時間の範囲内で定められているものであり、本来はその所定労働時間の範囲内で労働者を労働に従事させることを前提とするものであることに留意すべきである。
 これについて、所定労働時間を超えて労働した場合、法定労働時間内であっても、その超えた部分について割増賃金の支払いを義務付けるという考え方は、所定外労働の抑制につながる効果が考えられる一方、所定労働時間を法定労働時間まで延長することにより対処するという対応も考えられるなど、その影響が広範かつ大きいため、今後とも検討を継続する必要がある。

フレックスタイム制)
 フレックスタイム制は、労働者がその仕事と生活の調和を図りながら効率的に働くことを可能とするための制度であり、その活用促進を図る必要がある。このため、特に、その導入が進んでいない中小企業における導入促進を図るため、中小企業における同制度を活用した好事例の収集・提供等を行うことが考えられる。
 さらに、現行では、その適正な運用を担保するため、特定の曜日に限った部分的なフレックスタイム制の導入は認めていないところである。しかし、定例の会議への参加が必要な場合などに、特定の曜日については通常の労働時間管理を行い、その他の曜日については同制度を導入できるようにするといったことを運用上認めることが考えられる。また、時間外労働となる時間の計算方法等について、実態に即した見直しを行うことも必要であると考えられる。

事業場外みなし)
 現行では、事業場外業務に従事する労働者について、労働時間を算定し難い場合は、事業場内で業務に従事した時間も含めて所定労働時間労働したものとみなすことが原則とされている。ただし、業務遂行に係る時間が通常所定労働時間を超える場合には、事業場外で業務に従事した時間のみをみなし労働時間制で算定し、事業場内での労働時間は別途把握することとされている。
 しかし、法第38条の2の対象となる労働者は労働時間の全体が把握し難い業務に従事する労働者でありながら、所定労働時間を超える場合に限り、事業場内で業務に従事した時間が把握できることを前提とした制度及び運用となっており、これらについて見直しの必要性があると考えられる。


(*)年次有給休暇の望ましい取得単位について、資料P31を参照。


 2 自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者のための制度
(1) 検討の視点
 労働者の中には、仕事を通じたより一層の自己実現や能力発揮を望む者であって、自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく成果や能力などにより評価されることがふさわしいものが存在する。これらの労働者については、企業における年俸制や成果主義賃金の導入が進む中で、その労働者本人が、労働時間に関する規制から外されることにより、より自由で弾力的に働くことができ、自らの能力をより発揮できると納得する場合に、安心してそのような選択ができる制度を作ることが、個々の労働者の更なる能力発揮を促進するとともに、日本の経済社会の発展にも資することとなる。
 なお、諸外国において参考となる制度を見てみると、労働時間の割増賃金の適用除外制度として米国のホワイトカラー・エグゼンプションがあるが、米国は、労働時間自体の上限を設定しない規制の仕組みとなっていることや、労働事情、特に、我が国と比べた場合、転職が容易であることにより、過剰な長時間労働を強いられることを自ら防ぐことができる状況にあるという点が我が国と大きく異なるため、同制度をそのまま我が国に導入することは適当でないと考えられる。
 また、新たな制度を設計するに当たっては、労働者の心身の健康が確保されることが、労働者が能力を発揮するための前提であることに留意し、新たな労働時間規制の適用除外の枠組み(以下「新しい自律的な労働時間制度」という。)が導入されたことにより、結果として過重労働が増加するような事態が起こらぬよう配慮が必要である。加えて、新たな枠組みについては、必要かつ十分な検討を行い、予定していた労働者が確実にその対象となるようにするとともに、他方で、予定外の労働者がその範疇に入ることにより制度又は運用について新たな問題が生じないよう留意すべきである。
 さらに、企画業務型裁量労働制、専門業務型裁量労働制、管理監督者の適用除外といった現行制度との関係について、現場の労使が納得した上で、円滑にそれぞれの制度を活用できるよう、それら諸制度との調和や対象者の重なりについて整理しながら、検討を進める必要がある。

(2) 新しい自律的な労働時間制度の要件
要件)
 (1)を踏まえ、次の(1)から(4)までのいずれにも該当する労働者を対象として、労働時間に関する規定を適用除外する制度を創設することが考えられる。
(1) 勤務態様要件
@)職務遂行の手法や労働時間の配分について、使用者からの具体的な指示を受けず、かつ、自己の業務量について裁量があること。
 対象労働者は、職務遂行の手法や労働時間の配分(使用者による一律の出退勤時刻の設定がされないことだけでなく、あらかじめ決められた出勤日数の枠内での出勤日と休日の設定についての選択も含む。)について、幅広くその労働者の裁量に任されていること、すなわち、これらの点について使用者からの具体的な指示を受けないことが必要である。あわせて、上司からの過重な業務指示があった場合の対応について、自らの判断にゆだねられていることや、個々の業務のうちどれを優先的に処理するかについて判断することができるなど、自己の業務量のコントロールができることが必要である。
 また、本要件の外形的な指標として、例えば、一定以上の職位・職階にあることや職務内容などが考えられるが、これらは企業ごとに多種多様であることや、これらの指標がなじみにくいケースもあることに留意すべきである。

A)労働時間の長短が直接的に賃金に反映されるものではなく、成果や能力などに応じて賃金が決定されていること。
 対象労働者は、労働時間の長短が直接的に賃金に反映されるのではなく、成果や能力などに応じて賃金が決定されるものであることから、出退勤時刻を守らなかったことを理由とする減給が行われないこととされていることが必要である。なお、対象労働者の賃金制度は、他の通常の労働者の賃金制度とは区別されたものとなることが通常であると考えられる。

(2) 本人要件
@)一定水準以上の額の年収が確保されていること。
 個々の労働者が対象労働者となるか否かについては、次に述べるように労働者本人の同意が要件とされるべきであるが、年収額の水準が相当程度高いことは、本人の同意が真意によるものである、そして、労働時間規制による保護を与えなくても自律的に働き方を決定できると考えるための重要な要素となるため、一定水準以上の額の年収が確保されていることが必要であると考えられる。
 なお、この年収額は、通常の労働時間管理の下で働いている労働者の年間の給与総額を下回らないことが通常であると考えられる。

A)労働者本人が同意していること。
 労働者本人が、自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく、その成果や能力などにより評価されることを自ら望んでおり、それが実現可能であると納得していることが、新しい自律的な労働時間制度が適用される前提であり、さらに、個々の労働者が自律的な働き方を望むとしても、労働条件の大きな要素である労働時間規制を外すということは労働者の権利義務に大きな影響を与えるものであることから、本人にその意思があるか否かを確認するため、個別の同意を必要とすべきである。このように、働き方とそれに対する評価方法について本人が納得して、選択できるようにすることは、多様な働き方がある中で自らが仕事と生活の調和を図るための環境作りに資することにもなる。
 その際、労働者本人による同意が適正に行われていること等を担保するため、労働者が同意しなかった場合の不利益取扱いを禁止するとともに、使用者と対象労働者の間で所定の事項(上記(1)@)の勤務態様要件、年収の額、休日の日数、出退勤時刻を守らなかったことを理由とする減給が行われないこと等)を記載した合意書を作成し、当該合意書を事業場に保管することを義務付け、事後的に適正な同意があったことを確認できるようにすることが適当と考えられる。
 また、合意書に盛り込まれた内容は契約上の権利義務関係となり得るものと考えられ、当該内容に反する行為が使用者により行われた場合や当該内容の履行がなされなかった場合には、それをもとに労働審判等で争うことができると考えられる。

(3) 健康確保措置
 実効性のある健康確保措置が講じられていること。
 対象労働者については、労働時間の上限規制による過重労働の抑制の枠組みが働かないことから、その代償措置、いわば健康確保のためのセーフティネットとして、適切かつ実効性のある健康確保のための措置が講じられていることが必要不可欠である。
 具体的には、職場内において健康状況をチェックし、必要に応じて適切な措置を講じる体制が整備されていることや、必要な休日が確保されていることが考えられる。
 なお、この健康確保措置の担保については、当該事業場全体において労使協定または就業規則等により対象労働者に対する適切な健康確保措置が講じられていることが担保されていることが必要であるが、これに加えて、対象労働者ごとに個別に労働契約で当該健康確保措置の内容を定めることを求めることも考えられる。

(4) 導入における労使の協議に基づく合意
 各企業において新しい自律的な労働時間制度を導入するに当たっては、現行の企画業務型裁量労働制や専門業務型裁量労働制と同様に、各企業の実態を把握している労使が話し合った上で導入を決定し、合意することを要件とすることが適当である。

 以上の対象労働者の要件については、公平性及び客観性の観点から、法令にその要件の詳細を定め、すべての企業において一律に対象労働者の範囲を画定するという考え方がある一方、企業ごとの実態に応じた対象労働者の範囲の画定を可能とするため、法令に基本的な要件を定めた上で、具体的な対象労働者の範囲について、労使の実態に即した協議に基づく合意により決定することを認めることも考えられる。後者の場合、具体的な対象労働者の範囲について労使の協議にゆだねるとしても、(2)@)の年収額の下限や、同じく労働時間規制が適用除外となる管理監督者として取り扱われる者と対象労働者の数の合計の各企業の労働者数に対する割合の上限を設け、この制度の対象労働者としてふさわしくない者にまで適用除外を及ぼすような不適切な運用がなされないよう、制約を加えることも考えられる。その際、例えば、純粋持株会社で、ほとんどの労働者が新しい自律的な労働時間制度の対象者となり得ると考えられる場合など、その割合の上限を設けることが不適切と考えられるケースもあることにも留意すべきである。
 なお、(1)から(3)までの要件を満たす者のうち、(2)@)の年収要件について、極めて高額の年収が保証されている労働者については、使用者に対し相当の交渉力を有し、かつ、働き方の決定について高い自律性を有するとも考えられることから、(4)を満たさなくとも新しい自律的な労働時間制度を受けられることとすることも考えられる。
 また、(1)から(2)@)までの要件は、対象労働者を画定する上での基本的な要件であるが、具体的な運用を検討するに当たっては、事務系職種と技術系職種との違い(職位、職階、賃金制度、職務内容など)などを考慮に入れることが適当であると考えられる。
 さらに、(1)から(3)までの要件をすべて満たす場合であっても、労働時間の長短と成果の大小の間の相関が強い業務など、新しい自律的な労働時間制度の対象とすべきでない業務が存在することが考えられることから、同制度の対象としてふさわしくない業務をネガティブリスト化することについても実態を踏まえて検討すべきである。

対象者の具体的イメージ)
 これらの要件をすべて満たす者として、例えば、
 イ 企業における中堅の幹部候補者で管理監督者の手前に位置する者
 ロ 企業における研究開発部門のプロジェクトチームのリーダー
といった者が対象労働者となり得ると考えられる。
 個々の労働者について対象労働者となるか否かについて判断する際には、各事業場においてより客観的な基準が設けられるものと考えられるが、イ・ロを例として、考えられる具体的な指標を例示すると次のようなものが考えられる。

 イについては、
 @)職務遂行の手法や労働時間の配分につき、使用者からの具体的な指示を受けず、成果や能力などに応じて賃金が決定されていること
 A)事業の運営に関する企画業務等に従事していること
 B)一定以上の職位・職階にあること、又は、組織がフラット化した企業においては、一定年数以上の職務経験があること(必ずしも同一企業での勤続年数を指すものではなく、転職した場合でも同種の職務であれば経験年数を通算することも考えられる。)
 C)一定水準以上の年収が保証されていること
 D)本人が同意していること
 E)週休2日制に相当する日数の休日を実際に取得していること
 F)適切な健康確保措置が講じられていること

 ロについては、
 @)職務遂行の手法や労働時間の配分につき、使用者からの具体的な指示を受けず、成果や能力などに応じて賃金が決定されていること
 A)その者が一定以上の技能又は技術を有しており、一定のまとまりを持った範囲の研究開発を任されていること
 B)一定水準以上の年収が保証されていること
 C)本人が同意していること
 D)プロジェクト終了後の連続休暇等の特別の休暇が付与されていること
 E)適切な健康確保措置が講じられていること

(3) 法的効果
 以上の必要な要件を満たし、適正な手続を経て新しい自律的な労働時間制度が導入された場合、対象労働者については、現行の法第41条の管理監督者の場合と同様、法第4章、第6章及び第6章の2に規定する労働時間及び休憩に関する規定が適用されないとすることが考えられる。
 また、同制度は自律的な働き方をする労働者を対象とするものであり、対象労働者自らの判断で深夜に業務を行うことが考えられるところ、適切な健康確保のための措置が担保されていることを前提として、深夜業に関する規定(割増賃金に関する規定等)もその適用を除外することが考えられる。
 ただし、法第35条の法定休日の規定については、現行の管理監督者の場合には適用が除外されているが、休日取得の実効性の確保を図る観点から、同制度においてはこの規定の適用を除外しない(すなわち、労働者に法定休日を与えなかったこととなる場合には法第35条違反となる。)ことも考えられる。

 なお、これらの規定については、要件等を満たした場合、一律にすべての規定が適用除外されることとすることが考えられる一方、各企業の勤務実態等に応じて、労使の合意によりこれらの規定のうち適用除外とする規定を選択できる仕組みとすることが考えられる。

(4) 健康確保措置
健康状況のチェック等)
 対象労働者に対する健康確保措置については、対象労働者は自律的に働き方を決定できるとも考えられるものの、場合によっては過剰な長時間労働を行うことが考えられることから、そのために心身の健康が阻害されることを防ぐため、健康を維持する上で適切かつ実効性あるものとすべく検討を行うことが必要である。
 具体的には、対象労働者全員に対して、定期的に健康状況をチェックし、必要に応じて適切な措置を講じる等の何らかの健康確保措置を講ずることを義務付け、その実施状況について、事業場においてその記録等を保管するとともに、行政官庁への報告を義務付けることが考えられる。また、その適切な履行を担保するため、実施されていない場合には罰則を科すことも考えられる。
 さらに、対象労働者の心身の健康確保は重大な課題であることから、上記の措置の履行状況について労使による恒常的なチェックができるような仕組みを作ることも必要であると考えられる。なお、その際、衛生委員会を活用することも考えられる。
 また、対象労働者が同制度の適用を望まなくなった場合には、本人の申出により、通常の労働時間管理に戻すこととする仕組みを検討することが必要である。
 以上に加え、健康確保措置が実施されていることは新しい自律的な労働時間制度を導入する際の前提となることから、企業における対象労働者のうち相当の者について当該措置が実施されておらず、行政官庁による度重なる指導にかかわらず当該措置の実施状況が改善されない場合など、同制度の適正な運用が期待できないと考えられる場合に、当該対象労働者を通常の労働時間管理に戻すのみならず、当該企業における同制度の扱いを認めず、対象労働者全員を通常の労働時間管理に戻すこととする仕組みや、当該措置が適切に実施されなかった場合に、使用者に対する制裁として、年収額の一定割合を支払うことを義務付けるといった仕組みについても、同制度の適正な運用の確保という観点から、検討する必要がある。

休日の確保)
 対象労働者については、労働時間管理による過重労働の防止ができないことから、通常の労働時間管理を受ける労働者に比べ、休日を実際に取得することがその心身の健康確保のためにより一層重要となる。
 その際、法第35条の法定休日に加え、一定日数以上の休日を取得させることや、そのうち一定日数について連続して取得させることも考えられる。さらに、休日の日数についてあらかじめ個々の労働契約で定めることを義務付けることにより履行確保を図ることも考えられる。

 なお、対象労働者は、使用者から出退勤時刻を含めた労働時間の管理を受けない者であり、休日の日数がその労働者の総労働時間の代用指標となり得ると考えられるため、使用者が対象労働者の出勤の有無については把握できるような仕組みとすることが考えられる。
 また、出勤が予定されていた日に出勤しなかった場合の取扱いについて、それが当該労働者の成果に影響を及ぼす場合には評価の段階で適切に評価されることとなるが、出勤しなかったことが直ちに懲戒等の対象とはならず、それ自体がマイナス評価の対象とされないこととすることも考えられる。その際、会議に参加すること等、その勤務態様について一定の制約を受けることが当該職務の遂行上当然に必要となるケースもあることには留意すべきである。
 さらに、労働時間の配分について具体的な指示を受けないこれらの労働者については、使用者が年次有給休暇の時季変更権を行使し得る範囲もおのずと限定されると考えられる。
 以上に加え、休日の確保が健康確保に欠かせないものであることを重視し、健康確保措置と同様、当該企業において対象労働者による休日の取得が適切に行われていないことが次々と明らかになった場合など、制度の適正な運用が期待できないと考えられる場合には、当該対象労働者を通常の労働時間管理に戻すのみならず、当該企業における新しい自律的な労働時間制度の扱いを認めず、対象労働者全員を通常の労働時間管理に戻すこととする仕組みや、休日が適切に取得されていない場合に、使用者に対する制裁として、年収額の一定割合を支払うことを義務付けるといった仕組みについても、同制度の適正な運用の確保という観点から、検討する必要がある。

(5) 労使の協議の役割
 労使の協議については、現行の企画業務型裁量労働制においては労使委員会制度が、また、専門業務型裁量労働制においては労使協定制度がとられている。この違いは、制度の対象者の範囲が明確でないものについては、企業の実態に即しつつ労使が対等な立場で協議して決めることが必要であるとの考え方によるものである。
 新しい自律的な労働時間制度における労使の協議においては、対象労働者の具体的な範囲の画定等を行うこととなるため、労働者の意見を適正に集約するとともに、労働者の交渉力を補完することにより、労使が実質的に対等な立場で協議を行う仕組みを担保することが重要である。
 また、労使の協議に係る手続が確実に行われていることについて、行政による事後的なチェックを適時適切に行うことができるようにする趣旨から、労使の協議に係る合意書等をその事業場に保管させるとともに、行政官庁に届け出ることを求めることも考えられる。
 なお、労使の協議の具体的な在り方については、現行制度における労使の協議の在り方も含め、検討することが必要であると考えられる。
 いずれにしても、これらについて、関係審議会において、労働契約法制の検討の中で、労働時間制度の在り方の検討と時期を同じくして検討が進められることが必要であると考える。

(6) 適正な運用の確保
苦情処理措置)
 上記の健康確保のための措置を講ずるほか、新しい自律的な労働時間制度の適正な運用を担保するため、現行の企画業務型裁量労働制と同様に、対象労働者からの苦情に対応するための措置を講ずることが考えられる。この際、苦情処理措置が実効性のあるものとなるよう、企画業務型裁量労働制の苦情処理措置の運用実態や問題点を踏まえて、企画業務型裁量労働制における見直しの方向性に沿って検討を加えるべきである。

要件・手続に違背があった場合の取扱い)
 新しい自律的な労働時間制度の運用に当たり、法律で定める要件又は手続に違背があった場合の民事上、労働基準法上の効果については、実労働時間を把握しない制度であることに着目し、独自の法的効果を定めることも考えられるが、当面、次のように整理することが適当である。
<労使合意を導入の要件とした場合>
 労使合意について、その内容に法で定める必要的記載事項が含まれていない場合や、その内容が法が定める水準に達していなかった場合は、適用に係る重大な瑕疵があると認められ、事業場全体及び個々の労働者に対する適用除外の効果が認められず、法第32条違反等の問題が生じ得る。
 労使合意の内容は適法だが、要件に該当しない労働者を新しい自律的な労働時間制度の対象として取り扱っていた場合(例えば、同意の不存在や、年収要件違反など)は、当該労働者に対する適用除外の効果は認められず、法第32条違反等の問題が生じ得る。
 労使合意の内容は適法で、要件に該当する労働者を対象としている(同意も得ている)が、その合意内容(例えば、健康確保措置の実施、休日の取得など)が適切に履行されなくなった場合は、その時点から、個々の労働者に対する適用除外の効果が認められなくなり、法第32条違反等の問題が生じ得る。
 なお、労使合意がない場合は、個別に労働者と合意しても適用除外の効果は生じず、法第32条違反等の問題が生じ得る。

<導入に当たり労使合意が不要とされる場合>
 本人との合意書に必要的記載事項が含まれていない場合や、その内容が法が定める水準に達していなかった場合及び同意以外の要件(例えば年収要件)を満たさない労働者について本人の同意を得て対象として取り扱っていた場合は、当該労働者に対する適用除外の効果は認められず、法第32条違反等の問題が生じ得る。
 合意書の内容が適正に履行されなくなった場合は、その時点から当該労働者に対する適用除外の効果が認められなくなり、法第32条違反等の問題が生じ得る。
 なお、そもそも対象労働者の同意がない場合は、当然当該労働者に対する適用除外の効果は認められず、法第32条違反等の問題が生じ得る。
 なお、上記のいずれのケースについても、法第32条違反等とは別に、新しい自律的な労働時間制度の手続違反について、その根拠規定の違反として別途罰則を科すことにより、適正な運用を確保するという手法についても検討する必要がある。
 また、法律で定める要件又は手続の違背はあるが、その内容が軽微なものである場合の取扱いについては、速やかに改善がなされた場合に(3)の法的効果を否定しない等の取扱いを行うことや、判断基準の明確化の観点からそのような取扱いを法令に明記すること等についても検討を行う必要があると考えられる。

 さらに、法律に定める要件又は手続違背によって法32条違反等が生じ得ると整理した場合、不適正な取扱いがなされていた期間中に生じた法定時間外労働について、使用者は、その時間数に応じて割増賃金を支払わなければならないこととなる。しかし、いったん新しい自律的な労働時間制度の適用を受けることになれば、使用者は労働者の労働時間を把握しなくなるということを前提にした上で、労働者の賃金の取扱いをどのようにするか検討する必要がある。
 この場合、例えば、以下の点について検討することが必要であると考えられる。
 (1) 不適正な取扱いがなされた場合の労働者への支払額をあらかじめ労使で取り決めておく(割増賃金の額に相当する額として年収の一定割合の額を含んだ額)ことを義務付ける。(この場合、「支払額」を一定額以上とすることを法定することや、算定方法を法定することも考えられる。)
 (2) 不適正な取扱いがなされた場合における労働に従事したと推定される時間をあらかじめ労使で取り決めておくことを義務付ける。
 いずれにしても、不適正な取扱いがなされた場合の救済措置については、新しい自律的な労働時間制度の本旨を踏まえた運用が阻害されることのないようにしつつ、勤務実態が事後的に明らかになった場合も含め、救済が迅速かつ適切に行われる仕組みを用意する必要がある。

 このほか、法律の定める要件又は手続の違背はないが、対象労働者が、配置転換等により、新しい自律的な労働時間制度の要件を満たさなくなった場合等の賃金の取扱い等についても同様に整理する必要がある。

履行確保のための行政の役割)
 新しい自律的な労働時間制度については、対象労働者の具体的な範囲の画定をはじめとしてその導入及び運用において、各企業の労使自治が大きな役割を果たすこととなるため、労働者の交渉力を補完し、労使が対等な立場で実質的な協議を行うことができるような仕組みが有効に機能していることが重要である。
 行政官庁としては、このような対等かつ実質的な労使の協議が担保されているかという点を含め、同制度の導入手続が適正に行われているかという側面から適時適切に確認することが適当である。このほか、各事業場ごとに、賃金台帳等により対象労働者が明らかにされていることが求められるとともに、実際に健康確保措置が実施されているか、実際に休日が確保されているかなどについても書面に基づき確認を行い、こうした手続等が適切に行われていなかった場合は改善を求め、改善されないときは制度を廃止させることができることとする仕組みについて検討する必要がある。

(7) 現行制度との関係
現行裁量労働制との関係)
 現行の企画業務型裁量労働制は、そもそも、実際の労働時間の長短と賃金との関係を切り離すことにより、労働者に自律的な働き方を促すための制度として創設されたものであり、当然、その対象労働者には新しい自律的な労働時間制度の対象労働者となるべき者も相当数含まれていると考えられる。したがって、その制度目的や対象労働者が重なることから、新制度の創設に伴い、企画業務型裁量労働制を廃止することも考えられる。
 しかし、現に企画業務型裁量労働制を導入している事業場における人事労務管理上の支障を考慮すると、実態を踏まえつつ、当面の間現行制度を維持することも考えられる。その際、中小企業においては、労使委員会の設置が負担になる場合があり、労働者が少数で、全員から意見を聞くことにより、合意の形成を図れる場合については、労使委員会の設置を求めないこととすることも考えられる。
 また、同制度の対象労働者の裁量性を確保しつつ過重労働に陥ることを防ぐため、上司による裁量性を阻害するような具体的指示や過度の追加業務の指示がなされている場合に、速やかに当該労働者を同制度の対象から外すといった仕組みが必要である。そのための方策として、現行の苦情処理措置について、単に個々の苦情への対応にとどまらず、対象業務や対象労働者の範囲の見直しの実施まで行うなど、苦情処理措置をより実効あるものとすることが考えられ、このような苦情処理措置の運用改善の具体的方法を指針等において例示することが考えられる。

 他方、現行の専門業務型裁量労働制については、業務の性質上、通常の方法による労働時間の算定が適切でない業務がその対象であるが、新しい自律的な労働時間制度の要件設定の仕方によっては対象労働者が一部重なることも考えられる。しかし、現行の専門業務型裁量労働制は新しい自律的な労働時間制度とは異なる要件の下で、現在多くの労働者がその適用を受けており、新制度を創設してもなお、専門業務型裁量労働制に対するニーズもあると考えられることから、同制度を維持することが適当と考えられる。
 その際、同制度の対象労働者が過重労働に陥ることを防ぐため、企画業務型裁量労働制と同様に、業務量の適正化を図るための所要の運用改善を行うことが必要である。
 また、現行の企画業務型裁量労働制の対象労働者のうち、新しい自律的な労働時間制度に移行しない労働者については、その対象業務の範囲が限定的かつ明確なものを専門業務型裁量労働制の一類型として整理・統合し、あわせて、導入手続を変更することも考えられる。

管理監督者との関係)
 現行の解釈では、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあり、労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な任務と責任を有し、現実の勤務態様も労働時間等の規制になじまない立場にあるという要件を満たすものを管理監督者としてきたところである。今後ともこれらの労働者について引き続き管理監督者として労働時間規制の適用を除外すべきものと考えるが、他方で、労働基準法制定時にあまり見られなかったいわゆるスタッフ職のうちに、処遇の程度等にかんがみ管理監督者として取り扱うべき者が出てくるなど、企業における人事労務管理の在り方が変化してきており、現行の管理監督者の要件では、その適正な運用を図ることが困難となっている。
 このため、労働時間規制の適用除外という同様の法的効果をもたらす新しい自律的な労働時間制度の創設にあわせ、本来の制度趣旨に照らして、その要件の明確化及び適正化を図り、例えば、同制度の対象労働者となることがふさわしいスタッフ職については、管理監督者から除くこととし、円滑に同制度への移行が図れるようにするなどの整理が必要である。その際、管理監督者は、同制度の対象労働者に比べ、より経営者に近い立場にあることに留意しつつ、要件の明確化及び適正化を図るべきである。
 また、各企業において、人事異動等により、管理監督者として扱われる者が変わる場合においても、その適正な取扱いを担保するため、その範囲について各事業場ごとに賃金台帳等により明らかにしておくといったことが考えられる。
 さらに、管理監督者がそもそも労働時間規制の適用を除外され、時間管理がなされていないことにかんがみ、深夜業に関する規定(割増賃金に関する規定等)についても適用除外とすることが考えられる。
 このとき、管理監督者の健康に配慮することは当然であり、時間管理がなされない新しい自律的な労働時間制度における健康確保措置の内容の検討に併せて管理監督者の健康確保措置の在り方について検討することも必要である。
 あわせて、管理監督者の労働条件を決定する際、対象となる管理監督者の意向が反映される仕組みの在り方についても検討する必要がある。

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