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ダイオキシン類の食品経由総摂取量調査研究報告書(平成12年度)
主任研究者 豊田正武 国立医薬品食品衛生研究所 食品部長
その3 : 汚染因子の推定
分担研究者 佐々木久美子 国立医薬品食品衛生研究所

研究班構成

分担研究者: 佐々木久美子 国立医薬品食品衛生研究所
協力研究者: 堤 智昭、天倉吉章 国立医薬品食品衛生研究所
飯田隆雄、中川礼子、堀就英、飛石和大 福岡県保健環境研究所
内部博泰、中村宗知、柳俊彦、河野洋一 (財)日本食品分析センター

A.研究目的

 個別食品におけるダイオキシン類(PCDD/Fs及びCo-PCBs12種)の異性体組成を解析し、燃焼系排出ガス、農薬及びPCB製品に含まれるダイオキシン類異性体組成と比較検討を行い、食品における汚染因子を推定した。

B.研究方法

1)ダイオキシン類の測定

 個別食品におけるダイオキシン類測定は、本年度の報告(その2)に従った。なお、本研究ではダイオキシン類汚染因子の推定を行うため、2,3,7,8-位塩素置換体以外の各同族体の定量も行った。さらに、特定の汚染因子の解明に必要な異性体1,3,6,8-、1,3,7,9-TCDDの定量も併せて行った。標準物質のないダイオキシン類異性体については、焼却灰抽出液のクロマトグラムを用いてRyanらが報告(1991)している異性体の溶出パターンより同定を行った。

2)異性体組成解析とダイオキシン類汚染因子の推定

 個別食品試料を、魚介類として4種(魚(加工品含む)149試料、甲殻類・軟体動物(加工品含む)31試料、貝13試料及び海草8試料)、食肉・乳製品類として4種(牛肉35試料、豚肉37試料、鶏肉・鶏卵45試料及び乳製品53試料)、野菜類として4種(果菜類14試料、穀物24試料、根菜類7試料及び葉菜類18試料)に分類し、各々のダイオキシン類異性体組成を解析した。各食品のダイオキシン類測定データは、本研究の既報の「個別食品中ダイオキシン汚染濃度等に関する調査研究」(平成10〜11年度)及び本年度の個別食品の実態調査結果を使用した。なお、PCDD/Fsにおける2,3,7,8位塩素置換体以外の各同族体の定量値は、今回はじめて分析担当機関から入手して用いた。従って、これら同族体の定量値が入手できなかった個別食品データは、本研究に含めていない。
 異性体組成の解析は、PCDD/Fsについては各同族体の実測濃度における占有率を算出した。また、詳細な異性体解析のため、2,3,7,8位塩素置換体である17種の異性体、及び1,3,6,8-、1,3,7,9-TCDDsの占有率も併せて算出した。さらに、魚介類、食肉・乳製品類等のトータルダイエットスタディにおいてCo-PCBs摂取への寄与が高い食品群については、Co-PCBs類の異性体組成の解析も併せて行った。Co-PCBs類の解析についてはノンオルト体及モノオルト体の12種について各Co-PCBsの実測濃度における占有率を算出した。
 ダイオキシン類汚染因子の推定は、食品の異性体組成と、燃焼系排出ガス、農薬(CNP、PCP及び2,4-D)及びPCB製品(カネクロール)に含まれるダイオキシン類の異性体組成を比較検討して行った。なお、農薬に不純物として含まれるダイオキシン類異性体組成については益永らの報告(2001)、PCB製品については高菅らの報告(1995)を引用した。

C.研究結果及び考察

1.魚介類(魚、甲殻・軟体動物、貝、海藻)中の異性体組成の解析と汚染因子の推定

 図1−1に魚介類のPCDD/Fs各同族体の占有率、及び各Co-PCBsの占有率を示した。魚、甲殻・軟体動物及び貝では、PCDD/FsとCo-PCBsにおける占有率のパターンは類似していた。すなわち、PCDD/FsについてはTCDDsとTCDFsの占有率が高く、PCDD/Fs各同族体が少しずつ現れる傾向があった。さらに、TCDDs中では、1,3,6,8-及び1,3,7,9-TCDDの占有率が高く、これらの異性体により大部分が占められた。
 図2には文献値より得られた農薬及びPCB製品に含まれるダイオキシン類の異性体組成を参考データとして示した。なお、排ガスの異性体組成については、詳細なデータが入手出来ず図2には含めなかったが、PCDD/Fsについては各同族体が全て現れることが知られている(Murayama et al., 2000)。異性体組成の解析結果から、魚、甲殻・軟体動物及び貝ではPCDD/Fs各同族体の汚染因子として燃焼系排ガス、1,3,6,8-及び1,3,7,9-TCDDの汚染因子として過去に使用された農薬であるCNPが疑われた。また、TCDFsの汚染因子としては、現在も使用されている農薬である2,4-Dの影響が考えられたが、汚染指標異性体である2,4,6,8-TCDF等の個別分析を行っていないため、推定は困難であった。なお、現在使用されている農薬については不純物として含まれるダイオキシン類含有量のチェックが進んでおり、その含有量は検出限界以下と考えられる。
 一方、海草では他の魚介類と異性体組成が異なり、PCDD/FsにおいてはTCDDsとOCDDの占有率が高かった。海藻におけるPCDD/Fs汚染因子としてはCNP及び過去に使用された農薬であるPCP(OCDDの汚染源)が大きく影響していると考えられる。なお、海草のTCDDsにおいて、その他の異性体の割合が、他の魚介類と比較し高くなっているが、これは1,3,7,9-TCDDsの個別定量を行わず、その他の異性体に含めたためと考えられる。また、海草と他の魚介類の異性体パターンが異なった理由は不明であるが、代謝及び蓄積性の相違があると考えられる。
 Co-PCBs異性体組成については、魚、貝及び甲殻・軟体動物で#118の占有率が高く約60%を示し、#105と併せると約80%の占有率を示した。これらの異性体組成は、カネクロール混合物(図2)と良く一致することから、おそらく過去に使用されたPCB製品が汚染因子に影響していると考えられる。燃焼系排ガスで占有率が高くなるとされている#169は(Sasaki et al., 2001)、これらの食品においてそれほど高い占有率は見られないため、Co-PCBs汚染に対して燃焼系は大きく影響していないと考えられる。また、農薬中に不純物として含まれるCo-PCBsについては、PCPのように異性体組成の近いものがみられるが、図3に示したように農薬中総ダイオキシン類(PCDD/Fs+Co-PCBs)に占めるCo-PCBsの占有率はきわめて小さい。一方、魚介類の総ダイオキシン類中のCo-PCBs占有率は大きく、農薬不純物由来の全体的なダイオキシン組成を反映していないことから、影響は小さいと考えられる。
 海草においては他の魚介類と比べると、#77が若干、高い占有率を示したが、全体の傾向としてはカネクロール混合物に近い組成を示した。#169の占有率も低いことから、他の魚介類同様に、Co-PCBs汚染因子としてはPCB製品が主要であると考えられる。
 東京湾の魚のダイオキシン類汚染調査(Sasaki et al., 2001)によると、それらのCo-PCBs汚染が過去に使用されたPCB製品に由来することが報告されている。今回の結果は、同様の傾向が魚介類全般に対し見られることを示唆している。
 なお今回、魚試料において魚種毎の異性体組成は示していないが、魚種によっても異性体組成が多少異なる傾向があった。しかし、同一種内での測定値のばらつきや、さらには食物連鎖中の位置、代謝能力の差等の要因も考えられ、異性体組成の違いが汚染因子に基づくものであるか今後さらに解析が必要であると考えられる。

2.食肉類及び乳製品類(牛肉、豚肉、鶏肉・鶏卵及び乳製品)中の異性体組成の解析と汚染因子の推定

 図1−2に食肉類及び乳製品類中のPCDD/Fs各同族体の占有率、及び各Co-PCBsの占有率を示した。PCDD/Fsについては、牛肉、鶏肉・鶏卵及び乳製品で良く似た異性体割合を示し、OCDDの占有率が最も高く、PCDD/Fs各同族体が現れる傾向があった。また、TCDDsの占有率も高く、1,3,6,8-及び1,3,7,9-TCDDでそのほとんどを占めていた。汚染因子としては燃焼系排ガス、CNP及びPCP等が主要であると考えられる。豚肉においても同様な傾向があったが、OCDDの割合がその他の肉・乳製品類に比べて高かった。従って、その他の食肉・乳製品類よりもPCPが汚染因子として影響していることが考えられる。
 乳製品のダイオキシン類汚染については、牛乳のPCDD/Fs汚染が大気に由来し、飼料を介して牛乳を汚染する可能性が報告されている(Nakano et al., 2000)。今回の乳製品の異性体組成でも、燃焼系に類似している割合が高いことから、その可能性が示唆された。
 Co-PCBs異性体組成については、全ての肉・乳製品類で同様な異性体組成を示し、#118が最も占有率の高い異性体であった。カネクロール混合物の異性体組成(図2)に類似していることから、汚染因子としてはPCB製品が主要であると推察された。また、これら食品中の#118の占有率がカネクロール混合物よりも多少高くなっているのは、検出下限以下の異性体が多く見られたため相対的に#118の割合が大きくなっているものと考えられる。燃焼系排ガスの影響については#169の占有率が低いことから影響は少ないと考えられる。また、農薬不純物の影響についても、図3に示すように、これら食品の総ダイオキシン量中のCo-PCBs占有率が、農薬と大幅に異なることから影響は小さいものと考えられる。

3.穀物・野菜類(穀物、果菜類、根菜類及び葉菜類)中の異性体組成の解析と汚染因子の推定

 図1−3に穀物・野菜類のPCDD/Fs各同族体の占有率を示した。なお、ここではCNPの汚染指標異性体の一つである1,3,7,9-TCDDを個別定量せず、その他の異性体に含めている。異性体組成のパターンをみると、全ての食品においてTCDDsの占有率が最も高く、CNPが汚染因子として大きく影響している可能性が高かった。また、根菜類においてはOCDDの割合も高いことから、PCPの影響も強く受けていると考えられる。特に、穀物、果菜類及び根菜類では、TCDDsとOCDDを併せた占有率が90%以上あり、過去に使用された農薬中に含まれるダイオキシン類が主要となっていた。これら農薬中不純物に由来するダイオキシン汚染は、土壌における農薬汚染を反映しているものと考えられる。
 また、葉菜類においては、PCDD/Fs各同族体がみられることから、汚染因子として燃焼系排出ガスの影響も大きいと考えられる。その他の穀物・野菜類については、PCDD/Fs各同族体の占有率は極めて小さく、燃焼系排出ガスの影響はほとんどないと考えられる。ホウレン草などの葉菜類が燃焼系排出ガスの影響を受けやすいことは我々が既に報告(Tsutsumi et al., 2001)しており、その結果と一致するものとなった。

E.結論

 魚介類、食肉・乳製品及び葉菜類のPCDD/Fs汚染については、燃焼系排ガス、過去に大量に使用された農薬(PCP、CNP)由来の不純物が汚染因子である可能性が示唆された。葉菜類以外の野菜類及び穀物ではPCDD/Fs汚染における燃焼系排ガスの影響は小さく、農薬(PCP、CNP)由来の不純物が主要な汚染因子と疑われた。魚介類、食肉・乳製品のCo-PCBs汚染については、過去に使用されたPCB製品(カネクロール等)が主要な汚染因子と推定された。
 食品中ダイオキシン類低減化には、燃焼系排出ガスにおけるダイオキシン類発生の抑制と共に、保管中PCB製品の環境中への放出を防いでいく必要があると考えられる。また、各食品における詳細なダイオキシン汚染経路の解明も必要になると考えられる。

参考文献

1)個別食品中ダイオキシン濃度及び調理加工の影響(平成10年度)報告書
2)野菜、魚介類等個別食品中のダイオキシン濃度等に関する調査研究(平成11年度)報告書
3)Masunaga, S., Takumi, T., Nakabayashi, J., 2001. Dioxin and dioxin-like PCB impurities in some Japanese agrochemical formulations. Chemosphere 44, 873-885.
4)村山 等、茨木 剛、種岡 裕、高井 透、谷川 義夫, 2000. 環境試料中ダイオキシン類の異性体成分比の特徴 (I) −大気環境−、第9回環境化学討論会講演要旨集、268-269.
5)中野 益男、劉 愛民、高田 真樹子、高菅 卓三、2000. 牛乳中のダイオキシン類の汚染源について、第9回環境化学討論会講演要旨集、444-445.
6)Ryan, J.J., Conacher, H.B.S., Panopio, L.G., Lau, B.P.-Y., Hardy, J.A., 1991. Gas chromatographic separations of all 136 tetra- to octa- polychlorinated dibenzo-p-dioxins and polychlorinated dibenzofurans on nine different stationary phases. J. Chromatography, 541, 131-183.
7)佐々木 裕子、飯村 文成、津久井 公昭、吉岡 秀俊、東野 和雄、安藤 晴夫、柏木 宣久、2001. 東京湾におけるダイオキシン類汚染(2) −組成検討−、第10回環境化学討論会講演要旨集、272-273.
8)高菅 卓三、井上 毅、大井 悦雅、1995. 各種クリーンアップ法とHRGC/HRMSを用いたポリ塩化ビフェニル(PCBs)の全異性体詳細分析方法. 環境化学、5, 647-675.
9)Tsutsumi, T., Iida, T., Hori, T., Nakagawa, R., Tobiishi, K., Yanagi, T., Kono, Y., Uchibe, H., Matsuda, R., Sasaki, K., Toyoda, T., Recent survey and effects of cooking processes on levels of PCDDs, PCDFs and Co-PCBs in leafy vegetables in JAPAN. Chemosphere(in press)


食品におけるダイオキシン類異性体組成 (魚介類)の図

図1-1 食品におけるダイオキシン類異性体組成 (魚介類)




食品におけるダイオキシン類異性体組成 (食肉・乳製品類)の図

図1-2 食品におけるダイオキシン類異性体組成 (食肉・乳製品類)




食品におけるダイオキシン類異性体組成 (穀物・野菜類)の図

図1-3 食品におけるダイオキシン類異性体組成 (穀物・野菜類)




農薬、カネクロール混合物におけるダイオキシン異性体組成 3, 8)の図

図2 農薬、カネクロール混合物におけるダイオキシン異性体組成 3, 8)




食品、農薬におけるダイオキシン類の存在比の図

図3 食品、農薬におけるダイオキシン類の存在比


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