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厚生労働省発表
平成13年5月17日

キャリア・コンサルティング技法等に関する調査研究報告書の概要
(労働者のキャリア形成支援のためのキャリア・コンサルティング・マニュアルを作成)


I.調査の概要

 技術革新や産業構造の転換に伴う労働移動の増加等、労働者を取り巻く雇用環境が大きく変化する中で、労働者の適切なキャリア形成を図るためには、労働者に対し、業務に必要な職業能力に関する情報、教育訓練に関する情報その他の情報が適切に提供されるとともに、これらの情報を十分に活用した相談、援助(キャリア・コンサルティング)が行われることが不可欠である。
 このため、国においては、本年10月から、各都道府県に「キャリア形成支援コーナー」を設置して、求職者等に対するキャリア・コンサルティング等を実施する体制を整備することとしているが、これに加え、キャリア・コンサルティングの積極的な普及を図るため、雇用・能力開発機構の協力を得、企業の職業能力開発推進者に対する研修等を通じて、各企業内においても、従業員がキャリア・コンサルティングを十分に受けられるような仕組み作りを促進することとしている。
 今般、こうした企業内におけるキャリア・コンサルティングの普及の促進を図るため、企業の職業能力開発担当者や人事・労務担当者を対象とした、キャリア・コンサルティング・マニュアルを作成した。
 本マニュアルは、従業員のキャリア形成支援の意義とキャリア・コンサルティングの進め方や留意点についての基礎的な事項を解説するとともに、個々の従業員が職業生活の節目、節目で自らの職業経験や能力の棚卸をし、今後のキャリア形成の目標を立てることを支援するためのツールとして、「キャリアシート」の標準的な様式と、その具体的な記載要領を含むものである。
 厚生労働省においては、今後、本マニュアルを、企業の職業能力開発推進者に対する研修等で積極的に活用する等によりキャリア・コンサルティングの積極的な普及に努めるとともに、今後、更に調査研究を重ね、労働者のニーズに応じた各レベルの専門家の養成やキャリア・コンサルティング技法の開発及び普及に取り組むこととしている。

II.報告書の概要

1 従業員のキャリア形成と企業における雇用管理及びキャリア・コンサルティング
(キャリア・コンサルティングの概要)

 技術革新や産業構造の転換等、労働者を取り巻く環境が大きく変化しており、個別の労働者が、主体的に個々の希望や適性・能力に応じて、生涯を通じてキャリア形成を行い、企業内外で通用する職業能力を高めることが重要となっている。
 一方、企業は、「個人のキャリア形成のニーズ」と「企業が従業員に求めるニーズ」との調和を図るための組織的、計画的な雇用管理を行う必要がある。
 これらのことから、従業員が自らのキャリア形成の方向やその実現のための具体的手段・方向を考えることを支援すること(情報提供、助言・相談等)が必要不可欠。

(キャリア・コンサルティングの定義)
 従業員と十分な話し合いの上、従業員のキャリアを十分に把握し、それを的確に記述するとともに、その能力を正確に評価した上で、企業や産業界のニーズと従業員の適性・能力・希望等を照合することにより、従業員のキャリア形成の具体的方向と職業能力の開発の方針を決定することを通して従業員のキャリア選択の支援を行うこと。

2 キャリア・コンサルティングの実施に向けて(キャリア形成のための6つのステップ)

 個人のキャリア形成は、(1)自己理解、(2)仕事理解、(3)啓発的経験(意思決定を行う前の体験)、(4)キャリア選択に係る意思決定、(5)方策の実行(意思決定したことの実行)、(6)仕事への適応の6ステップから構成されており、キャリア・コンサルティングは、これらステップにおける個人の活動を援助するもの。

(キャリア形成の6ステップ)
(1) 自己理解 :進路や職業・職務、キャリア形成に関して「自分自身」を理解する。
(2) 仕事理解 :進路や職業・職務、キャリア・ルートの種類と内容を理解する。
(3) 啓発的経験 :選択や意思決定の前に、体験してみる。
(4) キャリア選択に係る意思決定 :相談の過程を経て、(選択肢の中から)選択する。
(5) 方策の実行 :仕事、就職、進学、キャリア・ルートの選択、能力開発の方向など、意思決定したことを実行する。
(6) 仕事への適応 :それまでの相談を評価し、新しい職務等への適応を行う。

 なお、個人のキャリア形成は、これを長期的に見た場合、上記の6ステップが職業生 涯の節目、節目において繰り返される中で、年齢とともに知識・経験は広がりを見せる とともに、専門性は深まっていくもの。

3 キャリア・コンサルティングの実践(キャリアシートの記入と相談)

 キャリア・コンサルティングを実施するに当たっては、従業員が、相談の過程で自らを振り返り、今後のキャリア選択の方向性やその実現を図るための手段・方法を整理するためのフォーム(キャリアシート)を活用することが効果的。

(1) キャリアシートを活用した相談

イ キャリアシートの趣旨・目的

(1) 従業員個人についての情報を集約・整理・保存し、相談の場面でそれら情報を活用すること。
(2) 従業員自身がキャリアシートを記入する中で、自らを見つめ直すこと。

ロ キャリアシートの構成

(1) 本人の属性に関する部分
(2) 自己理解に係る部分
(3) 意思決定に係る部分
(4) その他

ハ キャリアシートの記入

(1) キャリアシートの記入を従業員本人が行う。
(2) キャリアシートの記入は、

1.相談の際、本人が相談担当者の助言を得ながら記入する方法
2.相談後において、本人が一人で記入する方法が考えられる。

二 キャリアシートの保存

(1) 本人が保存し、必要に応じて追記しながら活用。
(2) 原資料(テスト結果等)についてもキャリアシートに添付して保存する必要。
(3) 従業員本人の了解を得た上で、企業内においても写しを保存。

※キャリアシートの様式及び記入例については、各々、本報告書末尾の別添2及び別添3を参照。


別添 1

従業員の主体的なキャリア形成を支援するために
―キャリア・コンサルティングマニュアル―

目次

1 はじめに

2 従業員のキャリア形成と企業における雇用管理及びキャリア・コンサルティング

 (1) キャリア形成とその支援の必要性

イ 労働者の生涯を通じた主体的なキャリア形成
ロ 企業における従業員のキャリア形成と雇用管理
 (2) キャリア・コンサルティングの概要

3 キャリア・コンサルティングの実施に向けて

 (1) キャリア形成の6ステップ

 (2) 生涯を通じたキャリア形成

 (3) よりよいキャリア・コンサルティングを行うための留意点

 (4) よりよい相談を行うには

4 キャリア・コンサルティングの実践(キャリアシートの記入と相談)

 (1) キャリアシートを活用した相談の実施

 (2) 相談担当者としての留意点

イ 自己理解
 (イ)自己理解の意義と原則
 (ロ)自己理解の実際
 (ハ)自己理解の視点
 (ニ)キャリアシートの作成

ロ 仕事理解(職業・職務の理解)
 (イ)仕事理解の意義と原則
 (ロ)各種情報の活用

ハ 啓発的経験

ニ キャリア選択に係る意志決定
 (イ)中・長期的目標に基づく短期的目標の設定
 (ロ)意思決定の方法
 (ハ)意思決定の実施
 (ニ)キャリアシートの作成

ホ 方策の実行

ヘ 新たな職務への適応

<別添資料>
 ○キャリアシート(様式)PDF:31KB)
 ○キャリアシートの記入について(記入例)PDF:39KB)


1 はじめに

 経済社会が急激に変化する中で、職業生涯における労働者のキャリア形成のあり方が非常に大きな問題となってきています。
 終身雇用に代表される日本型雇用環境の下では、主に、企業主導の下、労働者を雇用する企業に必要な職業能力開発が行われてきたところでありますが、技術革新や産業構造の転換に伴う労働移動の増加等、労働者を取り巻く雇用環境が大きく変化する中で、労働者自身が主体性を持って自分自身の能力や特性に合わせたキャリア形成を行うことが重要になってきています。
 具体的には、労働者自らがどのような職業経歴を有しており、それぞれの経歴においてどのような成果を上げてきたのか、また、どのような自己啓発等を行ってきたのかを客観的に記述し(キャリア記述)、その適性・能力・希望と個別企業や労働市場のニーズとを照合し、具体的なキャリア形成の方向を模索し、決定していくこと(キャリア・プランニング)が必要とされています。
 しかし、一人ひとりの労働者が、単独で自らのキャリア形成の方向づけを行うことは難しく、これらを支援する相談担当者の育成や支援するためのツールの開発が急務になっています。

 このマニュアルは企業経営者、人事担当者、管理者など従業員から相談を受ける立場の方々(以下、「相談担当者」という。)に、相談を受ける際の考え方や接し方、従業員がキャリア選択を行う際の基本的な流れ、相談の際に役立つ情報源、また、相談担当者としてのスキルアップを目指す際の手がかりとなる情報等を提供するために作成したものです。
 なお、このマニュアルは、直接的には従業員を対象としてキャリア形成支援を行なう方々を読者に想定して作成しましたが、求職者等を対象として職業指導・職業紹介を行なう方々等が活用することも可能なものとなっています。

 今後、グローバル化、情報化等と相まって、益々加速すると思われる雇用環境の変化に、充分対応できる自立した労働者を目指す方々へのキャリア形成支援は、それらの方々の職業人生における福祉向上に寄与することはもとより、企業がさらに発展するための重要な人材育成システムであると考えます。
 本マニュアルが幅広く企業や関係団体等において積極的に活用され、労働者一人ひとりの生涯にわたるキャリア形成が計画的に進むことを心から期待しています。

本マニュアルは、直接的には社内の従業員を対象としてキャリア形成支援を行なう方々を読者に想定して作成しているため、以後、本マニュアルで使用する用語は、次のように整理しています。
・企業内の労働者から相談を受ける立場の人……「相談担当者」
・企業内の労働者等相談する人         ……「従業員」

2 従業員のキャリア形成と企業における雇用管理及びキャリア・コンサルティング

(1) キャリア形成とその支援の必要性

イ 労働者の生涯を通じた主体的なキャリア形成

 技術革新や産業構造の転換等、労働者を取り巻く雇用環境は次のように大きく変化しています。このため、個別の労働者が、主体的に個々の希望や適性・能力に応じて、生涯を通じたキャリア形成を行い、企業内外で通用する職業能力を高めることが重要となっています。

(1) 高齢化社会に突入し、職業生活の長期化が見込まれること

(2) IT等技術革新の進展が、仕事の内容やその遂行方法・手段に大きな変化をもたらしていること

(3) 職務編成がタテ系列から柔軟でフラットなものに変化することに伴い、経営戦略に沿った新たな課題に対応できる能力等専門的な能力が求められていること

(4) 就業意識の変化が進む中、労働力の需要構造の変化と相まって派遣労働者やパートタイム労働者等就業形態が多様化していること

(5) 就労意識の変化に加え、高齢化の影響や企業の変化・長期雇用システムの変化等と相まって、労働移動の増加が見込まれること

ロ 企業における従業員のキャリア形成と雇用管理

 一方、企業は、「個人のキャリア形成のニーズ」と「企業が従業員に求めるニーズ」との調和を図るための組織的、計画的かつ継続的な努力をしなければなりません。
 企業としては、従業員が自らキャリアを選択し、主体的に意識改革や自己啓発を行うよう働きかけていくことが必要です。また、労働力の確保・定着という観点からも、個人が自らを磨くことができ職業人生全体から見て意味のある職業生活を送ることができるような魅力ある職場を提供することが、優秀な人材を確保できることにつながることであるといえます。特に、今後少子化の影響等により労働力が益々貴重な経営資源となっていくことが予想される中で、この傾向は強まっていくものと考えられます。

(1) 従業員の選択の幅の拡大

 従業員の希望や適性・能力などを実現するために、仕事、職場、勤務形態、勤務場所、処遇などについて、従業員の選択の幅が拡大するような企業内の雇用システムが増えてきています。具体的な雇用管理制度としては、自己申告、社内公募、勤務地限定、フレックスタイム、年俸制などの諸制度がこれに当たります。
 一方、企業と従業員の相互選択が有効に機能するためには、従業員も自分のキャリアを選択し、伸ばしていく、いわば「セルフヘルプ」の意志と能力がなくてはなりません。

(2) 雇用管理の個別化、多様化

 年齢、学歴、採用年次別などによる一括管理から、1人ひとりの個性化、多様化に応じた個別管理への課題です。
 最近、能力主義、成果主義的な雇用管理システムを導入する動きが見られますが、このような雇用管理制度を有効に機能させていく前提として、企業は、企業の経営方針・人材育成方針・職務の内容と期待される役割等について社内でのオープン化を図ることが肝要となります。
 具体的な雇用管理制度としては、専門職化、目標面接、コース別採用、職務情報の提供等がこれに当たります。

(3) 自己啓発の支援

 職業生活の長期化、雇用状況や職業の変化と共に生涯を通じた学習意欲の高まりなどにより、多くの労働者が各種の教育訓練機関を利用して自己啓発を行う傾向が高まっていますが、このような従業員に対してどのような援助や助成が考えられるかという課題です。
 具体的な雇用管理制度としては、自己啓発のための勤務時間の配慮、学費等の助成、教育訓練休暇、生涯設計プログラムの実施などがこれに当たります。

 以上、従業員のキャリア形成を支援するための企業における雇用管理の在り方やその具体的な制度の例について記述してきましたが、従業員の主体的な取り組みを支援するためには、上記のような雇用管理システムのほか、従業員が自らのキャリア形成の方向やその実現のための具体的手段・方向を考えることを支援すること(情報提供、助言・相談等)が必要不可欠です。

(2)キャリア・コンサルティングの概要

 本マニュアルは、前述しているように、従業員のキャリア形成を支援する者としての企業責任の重要性に鑑み、企業経営者、人事担当者、管理者など、従業員から相談を受ける立場の方々を主な対象として、『従業員と十分な話し合いの上、従業員のキャリアを十分に把握し、それを的確に記述するとともに、その能力を正確に評価した上で、企業や産業界のニーズと従業員の適性・能力・希望を照合することにより、従業員のキャリア形成の具体的方向と職業能力の開発方針を決定することを通して従業員のキャリア選択の支援を行う』ための手法等を紹介したものです。
 ところで、キャリア形成に関する情報提供や相談援助に係る支援は、職業紹介機関、職業能力開発機関、民間相談機関などにより様々な対象、目的、手法で行われており、キャリアカウンセリング、キャリアガイダンス、産業カウンセリング、職業相談、職業指導、能力開発相談などの様々な名称が用いられており、また、これらの相談事業の対象、目的、手法は、相互に深く関係し、また、その一部が重複している場合も多々あります。
 このように、個人のキャリア形成に係る相談については、様々な名称が使われていることから、今回これら全てを含む概念として、新たに「キャリア・コンサルティング」と総称することとし、本マニュアルでは、そのうち企業内における相談について解説しています。

3 キャリア・コンサルティングの実施に向けて

 図1はキャリア形成の6ステップの基本的な流れに沿ってキャリア・コンサルティングを図示したものです。図の中心にある(1)〜(6)は、従業員本人が主体性をもって行うキャリア形成のための一連の行動であり、これら従業員の主体的な行動を支援することをキャリア・コンサルティングと位置付けています。(図1では、左右の点線枠の中に支援の内容や心構えについて、そのエッセンスを記述していますが、詳細の説明については、「3(3)(7頁)」を御覧下さい。)

(1) キャリア形成の6ステップ

 キャリア形成は基本的に次の6つのステップで構成されており、相談担当者は各ステップにおける従業員の活動を援助することになります。この6ステップを相談の中で適切に行うことにより始めて目標を達成できると言えます。

(1)自己理解 :進路や職業・職務、キャリア形成に関して「自分自身」を理解する。
(2)仕事理解 :進路や職業・職務、キャリア・ルートの種類と内容を理解する。
(3)啓発的経験 :選択や意思決定の前に、体験してみる。
(4)キャリア選択に係る意思決定 :相談の過程を経て、(選択肢の中から)選択する。
(5)方策の実行 :仕事、就職、進学、キャリア・ルートの選択、能力開発の方向など、意思決定したことを実行する。
(6)仕事への適応 :それまでの相談を評価し、新しい職務等への適応を行う。

 この6ステップは、他の機関等が行うキャリア形成に関する相談と共通の基本的な原則となっています。よって、この6ステップのうち、一般に、どれが特に大事だということではありませんが、相談事業の対象者、目的等によって、当然のことながら、これらの6ステップの取り扱いの濃淡は異なるものとなります。
 なお、本マニュアルにおいては、主に企業内で原則として全ての従業員を対象として行われるキャリア・コンサルティングを取り扱っていることから、6ステップのうち、どのような従業員にとっても、自らが主体的にキャリア形成を行う上で基本となり重要である「(1)自己理解」と「(4)キャリア選択に係る意思決定」について、特に詳細に解説を加えています。

図1 キャリア形成の流れとキャリア・コンサルティング
キャリア・コンサルティングの内容 キャリア・コンサルティングの内容
 また、ステップの流れについては、基本的には(1)⇒(6)の方向に進みますが、労働者の状況によっては図中の点線で示すように、例えば(4)から(1)へあるいは(5)から(2)へというように再度、前のステップへ戻って実施する場合もありますし、省略してもよいステップ(分野)もあります。
 また、最後(6)から上の方へ向かっている大きな矢印は、図2に示したように職業生涯の節目、節目において、この6つのステップを実施しキャリアの選択を行うことを示しています。

(図2)長期的なキャリア形成のスパイラルイメージ
(2)生涯を通じたキャリア形成

 図2は、キャリア選択のための6ステップが職業生涯の節目、節目で実施され 、個人のキャリア形成がレベルアップや範囲の広がりを伴いながらスパイラルアップしながら進んでいくことをイメージしたものです。
 図2には、図1で表したキャリア形成の一連のプロセスを一つの輪として描き、労働者が、そのようなプロセスを人生の中で何回か繰り返しながら、職業的な発達を遂げていく様を表現したものです。年齢(横軸)とともに輪が大きくなっているのは、キャリア形成の進展の中で、労働者のキャリアが広がっていく(知識・経験の広がりの意味)様子を表しています。
 一方、労働者の専門性という観点から見れば、年齢とともに、そのキャリア形成の中で数ある職業選択肢の中から自分の適性・能力や希望にあった領域を絞り込みながら、その専門性が少しずつ深められていくといったような側面もあることに留意する必要があります。

(3)よりよいキャリア・コンサルティングを行うための留意点

 キャリア・コンサルティングは、従業員の主体性を重視したキャリア形成についての援助プロセスであり、よりよいキャリア・コンサルティングを行うためには、次の5点に留意する必要があります。

 第1点目は、前述したように相談の目的が、従業員のよりよい適応と成長、個人の発達を援助すること、すなわち「育てるための相談」であるということです。このことは、従業員本人の成長する能力という潜在的な力を信頼し、本人が主体的に行うキャリア形成を援助者が側面的に支援する過程であるということを意味しています。
 第2点目は、職業・職務の選択、今後のキャリア形成の方向の決定、手段の決定など具体的な目標決定を重視しているということです。
 第3点目は、相談やキャリア選択のプロセスがシステマティックに進められる必要があるということです。すなわち、自己理解、仕事理解、啓発的経験、キャリア選択にかかる意思決定、方策の実行、職務への適応といった各ステップを明確にしながら相談を進め、相談が現在どの時点にあるのかを労働者と確認しながら進める必要があります。
 第4点目は、キャリア・コンサルティングが本人の主体性を重視した育てるための相談(第1点目の留意点)であることから、企業内におけるだけでなく他の社会的な資源を活用することが効果的であるということです。このためには、相談担当者が社会一般の情報や各種の相談機関等の各分野で行われている相談の内容を知るとともに、それらの機関との連携を十分に図っていくことが必要となります。
 第5点目は、従業員が安心して、また、積極的に相談できるような環境整備が重要であるということです。
 従業員のキャリア形成ニーズと企業の人材活用ニーズを結びつけるためには、キャリア・コンサルティングの結果について企業側と従業員側が情報を共有することが必要なのは言うまでもありません、しかしながら、ここで留意しなければならないことは、従業員には企業側に知られたくない事情(例えば、昇進などに影響する個人的状況、職場の中での不満等)があるかもしれないということです。
 従って、キャリア・コンサルティングを円滑に実施するためには、キャリア・コンサルティングの結果がどのように利用されるのかについて明確なルールを決めておくこと、必要に応じて企業側から一歩距離置いた外部の専門家の活用も検討することなどの配慮が必要です。
 また、キャリア・コンサルティングの実施時期も企業内の人事異動スケジュールなども考慮に入れて決める必要があります。

 以上述べてきたように、キャリア・コンサルティングを行うに当たっては従業員のキャリア形成支援を行う目的から幾つかの点に留意することが必要ですが、相談の実施という意味では、その他のガイダンスやカウンセリングと同様に拠りどころとする理論や基本は同じです。(脚注)
 また、キャリア・コンサルティングの目的自体はキャリア形成の支援にあるものの、相談を求めてくる者の中には、職業上の問題はもとより職場における人間関係など様々の問題を抱えている者も少なくないと思われます。
 このため、キャリア・コンサルティングを行う者(相談担当者)はキャリア即ち職業に係る相談の専門家であるばかりでなく、カウンセリングについての基本的知識・技術を持っていることが必要です。また、相談の展開に応じて、従業員を他の専門機関に紹介することが必要となる場合もあることから、それら相談機関のサービスの内容について知識を持っていることも必要です。

(脚注)カウンセリングに関する理論には、来談者中心的なもの、行動主義的なもの、発達的なものなどがあります。

(4)よりよい相談を行うには

 相談担当者として、よりよい相談を行うための留意点を以下に示します。なお、これらに共通することとして、「まず、人の話しが聴ける」という相談担当者のスタンスが最も基本的で最も重要なことであることは言うまでもありません。

(1) 従業員との間での心理的な関係(ラポート)の確立

 相談は静かで、友好的な雰囲気の中で「暖かい信頼に満ちた関係」を作り維持することが大切です。このためには、言語的技法(受容、繰り返し、言い換え、明確化、支持、質問)や非言語的技法(視線、表情、ジェスチャー、声の質・量、席の取り方、言葉遣い、服装・身だしなみ)などの基本的技法や受容、共感的理解、自己一致などの基本的態度を身につけることが求められます。

(2) 従業員の期待についての認識

 従業員が期待するものは、多様です。キャリア・コンサルティングの開始に当っては、従業員が何を求めているのかについて、十分に理解する必要があります。
 しかし、相談担当者の最終的課題は「問題」の所在を明らかにすることではなく、従業員自らが、どのようにしたら自分の希望を実現できるのかを認識することを援助することにあります。相談担当者は、できないことを約束してはいけません。相談担当者ができることを伝えるべきです。

(3) 従業員の感情についての認識
 相談において、感情は重要な役割を果たします。

(4) 従業員自身がキャリア・コンサルティングの過程に責任を持つようにさせること

 相談は、従業員の主体性を重視した従業員との共同作業です。相談担当者は、従業員に対してこのことを明確にしておく必要があります。そのためには、次回までにお互いにやることを「約束」する事も、時には必要となります。
 また、時には宿題として課題を課すことも必要です。こうした宿題は、相談担当者が示すのではなく従業員自身に考えさせるのがよいでしょう。

(5) 相談の過程を不必要に延ばすことなく終結すること

 相談はできるだけ友好的に、しかもてきぱきと終了すべきです。通常、3回程度(1回約40〜50分)までの面接で終了します。終了に当たっては、進展したこと、目標、同意したことを相互で確認する必要があります。

(6) 相談の成果を評価すること

 相談に対する評価は、相談担当者自身の自己評価、同僚やスーパーバイザー(上級者)による評価及び従業員自身による評価の3種類があります。その方法として、一般的には観察、面接記録の検討、ビデオ・テープによるものなどがあります。

(7) プライバシーの保持

 一般に、企業内で雇用管理業務に携わるものは、従業員のプライバシー(家庭環境等)に接する機会が多いと思われますが、それら職務上知り得た事柄をみだりに人に洩らしてならないのは言うまでもないことですし、時には、良かれと思う言動であっても、それが本人の意思を確認せずに行われている場合には、プライバシーの侵害になることもあること等に配慮すべきです。
 キャリア・コンサルティングを行う場合には、価値観や職業人生における(否定的な面も含めた)様々の経験等、より私的な情報に踏み込みことも多いと思われますので、守秘義務については更に慎重でなければなりません。

4 キャリア・コンサルティングの実践(キャリアシートの記入と相談)

(1)キャリアシートを活用した相談の実施

 既に3の(3)「よりよいキャリア・コンサルティングを行うための留意点」の3点目で述べたように、キャリア・コンサルティングにおいては、相談やキャリア選択のプロセスがシステマティックに進められる必要がありますが、そのために、キャリア・コンサルティングを実施している機関においては、企業の従業員や求職者が、相談の過程で、自らを振り返り、今後のキャリア選択の方向性やその実現を図るための手段・方法(キャリアパスの明確化、職業能力開発、新たな仕事へのアプローチ等)を整理するための様々のシートを作成し、これを活用しています。

 本マニュアルにおいても、別添の様式(以下「キャリアシート」という。【注】)を用いて相談を実施していくものとして、解説を加えています。6ステップのうちの関係する場面での具体的な留意点については、関係するステップ毎に解説を加えておりますが、以下本節においては、キャリアシートの利用に関しての基本的な考え方について説明します。

(注)キャリアシート(別添様式)は、企業内等で行われるキャリア・コンサルティングを想定して、相談担当者等に広く活用して頂くことを目的として、厚生労働省において開発したものです。ご自由にご活用ください。

イ キャリアシートの趣旨・目的

 従業員の自己理解、経歴等を記載するとともに、職業興味や職業能力等に係る各種のテスト結果について情報を集約するものであり、

(1) 情報の保存、相談担当者との面談における情報の活用はもとより、

(2) 従業員自身が、キャリアシートを記述する中で、自らを見つめ直すこと を目的としています。

ロ 項目(キャリアシート(別添様式)を参照)

(1) 本人の属性に係る部分

I: 氏名、性別、生年月日・年齢、現住所、最終学歴、勤務先

(2) 自己理解に係る部分

II: キャリア志向性・自己認識
III−A: 職務歴・その他特記すべき事項
III−B: 代表的職務
IV: 学習歴・その他特記すべき事項
V: 資格・免許、著作権・特許
VI: 職業能力のまとめ

(3) 意思決定に係る部分

VII: 今後の目標

(4)その他

VIII: その他(自由記述)

ハ キャリアシートの記入等

(1) キャリアシートの記入は従業員本人が行う。

(2) キャリアシート記入は、

1. 相談の際、本人が相談担当者の助言を得ながら記入する方法
2. 相談後において、本人が一人で記入する方法

が考えられます。

ニ キャリアシートの保存

(1) 人事異動や転職等の後においても本人が保存し、必要に応じて追記しながら活用することを想定しています。

(2) また、キャリアシートに記入された情報の原資料(例えば、テスト結果等)についてもキャリアシートに添付して保存しておく必要があります。

(3) なお、企業側においては、キャリア・コンサルティング結果の雇用管理への活用やその後における相談の円滑な実施のため、従業員本人の了解を得た上で、企業内においてもキャリアシートの写し(一部又は全部)を保存することも考えられます。

(2)相談担当者としての留意点

 以下に、6ステップごとに、その意義やそれに応じて必要となる相談担当者の留意点について述べます。

イ 自己理解

(イ)自己理解の意義と原則

 将来のキャリア、あるいは進むべき職業・職務を合理的に選択し、それを実践していくためには、その個人が職業・職務の内容や企業内のキャリア・ルートを知り、それを遂行していく主体である「自分自身」について、理解することが第一歩です。
 相談担当者は、従業員が適切な自己理解ができるように助言・援助しなければなりません。従業員が自分自身を理解するための諸活動が「自己理解」であり、そのために、相談担当者が従業員を支援するための諸活動が「自己理解のためのガイダンス」です。

自己理解のプロセスの特徴
 自己理解の特徴内容
分析と統合を行う。分析とは、自分をいくつかの視点から見つめ、視点ごとに観察された自分の特徴を描写することであり、統合とは、分析された自分自身の特徴をもう一度全体としてまとめて描写することです。分析と統合により、これまで漠然としていた自分像を明らかにし、自分の言葉で説明できるようにすることが必要です。
労働者自身を描写する言葉や表現は客観的でなければならない。描写する言葉や内容が、他人にも同様に理解してもらえる表現でなければなりません。従業員自身にしか通じない言葉や内容であってはいけません。
自己の個性のみでなく、自己と環境の関係についても自己理解に含まれる。雇用・失業状況、企業のなかのその個人の置かれた状況などの環境の理解が自己理解を進め、また、自己理解が環境の理解を促進します。
包括的、継続的に行う。個人は、生涯の長い期間に渡って職業生活に従事し、キャリアを形成します。その間、自己とキャリアとの関係は絶えず変化し選択が繰り返されます。

(ロ)自己理解の実際

 自己理解への第一歩は、現在の自分を描かせてみることです。
 現在の自分を描く最もよい方法は、労働者の自己紹介文を書かせてみることでしょう。将来の夢、生き方・信念、長所・短所、適性・能力、学校で学んだこと、過去の経験、趣味、家族や友人などの労働者自身に対する見方など、要するに現在の自分を表現します。その場合、どこをアピールしたいのか十分に表現させます。
 その場合、肯定的な部分をチェックさせます。人間は誰でも長所と短所を持っています。それが個性的だということです。個性的な人生を送るために、自分の肯定的な面を探させてみましょう。積極的か、人から頼りにされているか、失敗を恐れないか、など労働者自身の自己イメージについて、自身でチェックしたり、他人に観察・評価してもらうように勧めるのもよいでしょう。
 その前提としては、(1)肯定的な面で、必要なときに自分をどれだけ主張できるかは、個性的な人生を送る上で欠かすことができないこと、(2)一方、誰にでも否定的な面はあるが欠点や弱さも含めてそれが「その人らしさ」であり、個性であること、(3)それらの否定的な面がどこから来たのか、その原因を知って自分自身の見方や考え方を持っていればよいこと、などを理解させることが重要です。

(ハ)自己理解の視点

 人間の仕事に対する基本的考え方や希望、過去の経験、得手・不得手(職業能力)、行動パターンなどは、人それぞれです。自己理解とは、これらについて、より深く明らかにしてみることです。また、仕事について現実的な計画を立てていくためには、その個人をとりまく様々な条件についても理解する必要があります。

 職業・職務に関連する個人の側の要因(その職業・職務が要求するさまざまな側面を十分にやりこなす個人の側の要因)については、ある人が潜在的に持っている知的能力・精神運動機能(狭義の能力)や価値観・興味等、更にOJT、Off−JT、自己啓発によって習熟された顕在的な能力である知識・技能(狭義の能力)や態度(性格やヤル気等が目に見えた形となったもの)から成り立っているといわれています。

 以下に、これら個人の側の要因のうち、主要なものについて説明します。
 また、産業社会の変化に伴って企業等が従業員に求めるものも変わりますが、できるだけ多角的に知る必要があります。誰もが長所と短所を持っていますから、長所を発見し、伸ばすようにガイダンスすることが大事です。

(注)最近、職業・職務に関連する個人の側の要因を示す概念として、エンプロイアビリティ(企業内外で通用する職業能力)やコンピテンシー(仕事の成果に関係する個人的行動特性)という用語が用いられることがあります。

A キャリア指向性(キャリアシートII)

(1) 職業興味

 労働者の興味を知るには、趣味、余暇活動、学生時代のクラブ活動、友人、仕事以外の地域活動やボランティア活動などを振り返るのがよいでしょう。 ホランド(Holland,J.L.)は、「人間のパーソナリティは6つに分けられ、環境も同じ6つに分類される。人間の行動はパーソナリティの表出行動そのものだから、職業選択に当たっても、できるだけ同じ類型になるようにした方が成功の度合いが高まる」と考えています。6つの興味とは現実的(R)、研究的(I)、社会的(S)、慣習的(C)、企業的(E)、芸術的(A)です。
 また、その人の職業的志向性が、データ志向(具体的な数字やデータを扱う活動-D)、対人志向(人間を対象とした活動-P)、対物志向(物を対象とした活動-T)のどれにより多く向いているのかを理解することも必要です。
 これらの職業興味や職業に関連するパーソナリティを知るための手がかりを得る調査や検査として、VPI職業興味検査(大学生、成人用)、職業レディネス・テスト(中・高生用)、中高年のための就業支援システム(成人・中高年用)、職業興味チェックリスト(成人用)、職業ハンドブックCD-ROM検索システムなどがあります。ハローワーク(公共職業安定所)や前記の各相談機関で利用することができます。

(2) 価値観

 人は、価値を認められないことを永く続けることはできないでしょう。職業・職務の選択に当たって、何により多く価値を置いているかを知り、できるだけその価値観を満たすことのできる職業・職務を選択させるべきです。例えば、労働者が「他人への奉仕」に価値を置いているとすれば、医療・保健や福祉・社会サービス、あるいは教師などの教育、専門サービスの中から、職業・職務の探索を始めるのがよいでしょう。また、職業的志向性では対人志向(P)の中から職業を探したらよいでしょう。 ところで職業価値観は、その人のライフスタイルと密接に関連します。価値というとー般的には名声、権力、財力、健康、家族、人間性、社会的接触、創造的な生活、宗教などがあげられます。これらはその人のライフスタイルを大きく規定します。シャイン(Schein,E.H.)はキャリアの選択を規定する価値的な能力としてキャリア・アンカーという概念を提案し、それは管理(Managerial)、技術・機能(Technical/Functional)、安全性(Security)、創造性(Creativity)、自律と独立(Autonomy/Independence)の5つだといっています。 われわれが具体的に職業・職務を選ぶとなると、働く場所、時間の自由さ、勤務形態(正規か、非正規かなど)、結婚・出産と勤務継続などはその人の価値観によります。
 価値観検査としては、労働者モラール・サーベイ(労働省)、進路成熟度検査(学生用)、職業レディネス尺度、職業発達尺度、リーダーシップ尺度などが開発されています。学生用を別にすれば市販されているものは少ないのですが、いくつかを参考にしてチェックリストを相談者自身で作成させるのもよいでしょう。

B 過去の経験(キャリアシートIII−A、III−B)

 現在の自分は、過去のさまざまな経験が土台になってつくられています。過去にその人に影響を及ぼした人や出来事を整理して、それによって自己理解を深めることができます。影響を受けた人や出来事を、職業や仕事の面から分析するのですが、特に職業・職務選択との関連では、過去にその人が実際にやってきた仕事の内容が最も重要です。単なる履歴ではなく、どこで、どんな仕事をどのくらいしたかという職務経験が大切です。「この仕事には自信がある」「誰から一生を左右するような影響を受けたか、その内容は」などというように具体的にわかることが必要です。そのためにはそれを書き出させてみるのが最も基本となるでしょう。
 過去の経験は、一般に職務経歴書、アピールポイントなどとしてまとめられます。その内容は職業経験、知識・技能、その他の個人的特質(希望、自信など)の3点を適切に表現させることです。キャリアに関する自己理解のためには不可欠のものですので、中高年など対象別に多くの様式が開発されています。

C 職業能力等(キャリアシートVI又はV)

(1) 職業・職務能力

a 知識・技能

 顕在的な能力といわれる知識・技能は、能力開発(OJT・Off-JT・自己啓発)によって養われるもので、業務遂行に最も直接的に影響を与えるものです。どのような種類の知識・技能をどの程度有しているかについて、労働者自身が認識することは重要なことですし、自己PRの有力な手段となります。現在、技能検定・社内検定・ビジネスキャリア制度等各種の職業能力評価を行うものが活用されていますが、最近は、知識・技能の程度について評価する新しいツールも開発されています。

b 適性(狭義)

 aの顕在的な能力を獲得することに関連した比較的変化の少ない個人の特性として、職業選択上基本的な潜在能力(狭義の適性と呼ばれることがある。)があります。例えば、労働省編一般職業適性検査(GATB)においては、これらの潜在能力について、知的能力(G)、言語能力(V)、数理能力(N)、書記的知覚(Q)、空間判断力(S)、形態知覚(P)、運動共応(K)、指先の器用さ(F)、手腕の器用さ(M)といった9つの特性をあげています。これらの特性の組み合わせによって、職業への適性を把握して、職業選択のための情報を得ることが出来ます。

(2) 態度・行動パターン

 人が仕事に成功するかどうかを決めるのは、(1)で述べたような職業能力だけではありません。性格的側面や意識、気力、活力等も重要な要素となります。
 これらは、言わば個人の心理的特性であり、目で見ることができません。このため、これらの側面を現実行動即ち態度や行動パターンとして明確化し記述することが、自己理解を深めるためにも、他者に対してアピールしていくためにも有効であるものと思われます。

 これまで述べてきた各項目に関係するツール等は、ハローワーク(公共職業安定所)、適性相談所、職業ガイダンスセンター、雇用・能力開発機構都道府県センター、都道府県職業能力開発協会など各地の相談機関や学校等で利用することができますし、民間の職業紹介・職業相談機関でもサービスを提供しているところがあります。

D 個人を取り巻く諸条件(キャリアシートVIII)

 これからの仕事について現実的な計画をたてていくためには、自分のおかれている環境についても十分理解しておくことが必要です。例えば、ある仕事を果たすに十分な職業能力を有していたとしても、その仕事を提供する産業・企業が自分の現在居住している地域にはなかったとしたら、どうでしょうか。住居を移転してでもその企業に就職したいと思うかどうか。子供の学校は、両親の世話は・・・。人が仕事を選択していく場合にはこれら多くの問題に直面することがあります。これらの諸条件を十分に認識し、問題があれば一つひとつ解決しながら自分の希望する仕事を獲得していくことが必要です。

(ニ)キャリアシートの作成

 このマニュアルに添付したキャリアシートは、キャリア・コンサルティングの各段階で記入する形となっていますので、各段階において、労働者のキャリアシートへの記入をサポートするために作成してある別添「キャリアシートの記入について」を活用して下さい。

 ここでは自己理解に関する部分(キャリアシートII〜VI及びVIII)への記入について説明します。
 キャリアシートII〜VIの目的は、前述(ハ)にある「A キャリア指向性(仕事に対する基本的な考え方や希望)」、「B 過去の経験(職業経験)」、「C 職業能力等(職業能力、態度・行動パターン)」及び「D 個人を取り巻く諸条件」の4点を適切に表現することです。これはキャリアに関する自己理解のためには不可欠の要素となります。

(1) キャリアシートIIへの記入

 前述の「A キャリア指向性」に関しての結果や自己紹介文の自己分析等に関する内容について記入します。具体的には、キャリアシートIIの記入年月日の欄には、記入時の年月日を書き、自分自身に対する分析結果等を記入します。

(2) キャリアシートIIIへの記入 (III-A、III-B)
 キャリアシートIIIには、前述の「B 過去の経験」や自己紹介文の職務経歴に関する内容を記入します。
 また、キャリアシートIIIにはIII-AとIII-Bの2つの種類がありますが、III-AあるいはIII-Bのどちらか一方だけを作成してもかまいません。

a.キャリアシートIII-A

 キャリアシートIII-Aは、職務経歴を時系列にまとめるようになっています。労働者がこれまで経験した仕事について、従事した期間、企業名、所属・職名、仕事の内容を時系列に整理し記述します。
 このとき、その仕事の結果について、労働者自身の評価を自由に記述する(例えば、満足した、成功したと思う、困難に感じた等々)とともに、その理由(向き不向き、周囲の環境等)についても記載する形式となっています。
 なお、職務歴の長い人が初めて職務歴の棚卸しを行う場合等は、スムーズに記入することができない場合があります。そのような場合は、別添の「「職務歴・その他特記すべき事項」記入のためのワークシート」を活用して下さい。

b.キャリアシートIII-B

 キャリアシートのIII-Bは、職務別にまとめることができるようになっています。 一般に、職業経験が比較的長く、専門的業務に携わっている人の場合には、職務別に記述する方法を用いる方が整理しやすいといわれています。
 III-Bでは、これまで経験した仕事について、最もアピールしたい仕事から順に、その職務の内容や具体的な事例、実績、貢献した内容等について、職務ごとに記入していきます。

 キャリアシートIII-A、III-Bへの記入がスムーズに行えない場合には、まず別添のワークシートを利用してこれまでの仕事を整理し、その結果を転記することによってキャリアシートIII-Aを完成させます。その後、必要に応じてキャリアシートIII-Bを作成して下さい。

 ここでの目的は、過去に自分が行ってきた仕事・職務を整理しながら、本人の強み、弱みなどを労働者自身が理解することにあります。

(3) キャリアシートIVへの記入

 キャリアシートIVには、学習歴や能力開発に関して特記すべき活動を行ったものについて、時系列に記入します。
 記入する内容は、社会人になった後(原則として、入職後を考えていますが、学生時代から取り組んでいた就職準備活動等も含めて下さい。)、会社から指示されて実施した研修や勤務時間外に労働者自身が自発的に学習したものも含みます。 ただし、趣味として行ったものについては記入しないで下さい。

(4) キャリアシートVへの記入

 キャリアシートVには、今までに取得した資格・免許や著作権・特許等について取得した順番に時系列に記入します(学生時代に取得したものも含みます。)。
 なお、現有の職業能力の程度を表す技能検定等の認定試験については、「キャリアシートVI」へ記入するように設定していますが、VとVIに重複記入しても支障ありません。
 また、取得年月日については、年・月のみでも支障有りません。

(5) キャリアシートVIへの記入

 キャリアシートVIには、前述の「A 職業能力」にある潜在的職業能力を計るGATB(労働省編一般職業適性検査)や現有の職業能力の程度を計る技能検定、社内検定、ビジネスキャリア制度等各種の職業能力評価を行った結果について、時系列に記入します。
 また、最近は職業・職務に関する知識・技能の程度について評価するシステム等も開発されていますので、それらを実施した場合にはその結果についても記入して下さい。

(6) キャリアシートVIIIへの記入

 キャリアシートVIIIには、前述の「D 個人を取り巻く諸条件」に関する内容を記入します。当該内容は、VIIIに記入するように設定していますが、キャリアシートIIにおいて、「仕事に対する基本的な考え方や希望」を記入する中で併せて、当該内容について記入しても差し支えないものと考えます。

ロ 仕事理解(職業・職務理解)

(イ)仕事理解の意義と原則

 人は知らないことについて興味を持つことはできません。キャリア・コンサルティングにおいて重要なことは、できるだけ多くの情報を個人に提供し、個人はそれを的確に理解し、吟味してキャリア形成や進路選択に活用することです。
 情報はー般に次のような特徴と内容を持っていることが望ましいとされています(アメリカ職業指導協会:NVGA 1980)。

<一般原則>

(1) 情報は正確で、最新で、偏らないこと。
(2) 情報の形式は、明確、簡潔、興味を引くこと。
(3) 偏見を与えず、固定観念を持たさないこと。
(4) 情報の使用する図表などは、最新で、固定的でないこと。
(5) 情報の時点が明示されており、常時更新されていること。
(6) 誰にも、何処でも信頼性があること。

<情報の内容>

 情報の内容としては、(1)仕事の責任と内容、(2)作業環境と条件、(3)従事者の資格・要件、(4)社会的、心理的要因、(5)入職のための必要条件、(6)その他の特別な必要条件、(7)入職の方法、(8)賃金その他の手当、(9)昇進の可能性、(10)雇用の見通し、(11)経験や探索の機会、(12)関連職業、(13)教育、訓練の資源、(14)追加情報の資源などをあげることができます。
 仕事理解のためには(1)〜(14)のような情報が基本となりますが、その他にも、職業を取り巻く環境に関するもの(産業・経済の状況、労働市場・求人求職状況、求人条件・労働条件、就職方法・援助助成制度など)や職場定着に関するもの(能力開発、福利厚生、社会保険など) 等も必要とされています。

 さらに、現に就業している企業や職務内容に応じて想定されるキャリアパスや職務に関する情報も重要なものとなりますし、上述した各種情報についても想定されるキャリアパスに含まれる仕事に関するものが要求されます。このような意味では在籍する企業の経営方針や人材育成方針なども有用な情報となります。

(ロ)各種情報の活用

 仕事理解は、相談者が自分の欲求や願望に合いそうないくつかの情報を集め、その職業・職務について理解を深め、それがその人の個性に合っているか現実的吟味を行うことです。
 相談における職業や職務についての情報は、歴史的には印刷物や視聴覚教材から、コンピュータ・システムによる情報検索などの一人ひとりの実情、希望に合った形で、又各種情報間で関連を持たせた形での提供へと発展してきました。
 産業・職業社会の急激かつ構造的な変化に伴って、情報は大量化、多様化、精密化が求められています。それに対応するため、今後、企業の広範・多様なキャリア情報について収集・開発する必要があるとともに、情報提供の方法は、広範なマルチメディアによる情報の提供、利用者に対する多様で個別的な対応の方向に向かうものと考えられています。

情報源の種類

(1) 印刷物・出版物情報
(2) 視聴覚情報
(3) コンピュータ支援システムによる情報
(4) 実際に従事している方への面接、実習等による情報
(5) 職業情報ネットワーク(機関及び人的ネットワーク)による情報
(6) インターネット上のホームページによる情報
ハ 啓発的経験

 啓発的経験としては、インターンシップ等をあげることができます。
 インターンシップについては、『学生が、在学中に自らの専攻、将来のキャリアに関連した就業体験を行うこと』(閣議決定:「経済構造の変革と想像のための行動計画」及び文部省:「教育改革プログラム」より)とされています。
 現状においてインターンシップに関する制度的な整備は整っていませんが、将来的には一般的な選択肢の一つになるでしょう。
 また、学生に限らず一般の社会人においても、その業界・企業等の実状を知ることや、体験することを目的として、派遣会社等を通じて実際の企業内で試行的に働くケースも出てきています。

ニ キャリア選択に係る意思決定(キャリアシートVII)

(イ)中・長期的目標に基づく短期的目標の設定

 ステップ(1)「自己理解」、ステップ(2)「仕事理解」が終わった段階では、従業員の仕事に関する基本的な考え方、過去に行ってきた仕事(職業・職務)、できること・強み・弱み等について整理され、併せて、今後希望する仕事の内容やそれを取り巻く環境などについても理解ができているはずです。その上で従業員が、自分に最もふさわしい今後のキャリアを選択することとなります。
 なお、ここのステップ(4)「意思決定」においては、中・長期的な目標・展望をもった上で短期的(1年〜3年)目標・プランを策定することが重要となります。その際、現在の自分が人生の中でどのようなステージ(段階)にいるのか等について、よく理解していることが必要です。

(1)従業員のライフステージにおける段階、即ち30歳くらいまでのキャリア定着期、40歳くらいまでのキャリア形成期、55歳くらいまでのキャリア維持・拡大期、その後の後期キャリア期(能力再開発、第2の人生準備)の内どの時点に現在あるのか

(2)前述(1)の現在における従業員のおかれたライフステージの中での具体的な課題、即ち結婚、家族、昇進、異動、住宅、定年などのライフサイクルに関連する課題はいかなるものか。

(3)前述(1)(2)を踏まえて、今後、どの時期までにどの程度のキャリアを身につけておきたいのか相談担当者は、従業員が以上のような意思決定を行うために様々な支援を行います

(ロ)意思決定の方法

 意思決定では、従業員自身がまず3つ程度の選択肢をあげ、従業員の個性に照らしてどれがよいか比較検討・評価させ総合的に一つに絞り、これを実現するための具体的計画を作成します。
 意思決定は以下のような順番で進めるとよいでしょう。

(1)選択肢の作成(3つ程度)
(2)選択肢の吟味
(3)意思決定
(4)キャリア計画書の作成
キャリア選択に係る意志決定

(ハ)意思決定の実施

(1) 選択肢の作成
 今まで行った自己理解と仕事理解の結果から、従業員自身の希望する仕事とその仕事ができる事業所・部署を3つ程度選定し、書き出します。その際、経営・人材育成に関する情報、社内公募制等の人事システムに関する情報、キャリアパターンに関する情報、該当事業所・部署の職務情報などの社内情報は、有用なものとなります。

(2) 選択肢の吟味
 次のプロセスは、希望する仕事の選択肢(例1)、及び可能で有ればその仕事ができる事業所・部署(例2)の吟味をし、意思決定をします。
 いくつかの希望する仕事について情報を集めたら、選択したものが従業員自身にふさわしいか、無理がないか、実現可能かなどを従業員自身が吟味します。

実際には次の手順で進めるとよいでしょう。
 希望する仕事の選択肢を吟味する際には、まず、検討すべき項目について決定し、それぞれの仕事について、従業員自身の個性に合っているかを確認していきます。そして、決定した検討項目について、例1、例2のような表にしてチェックするのがよいでしょう。
 表でのチェックは○×の2段階でもよいし、あるいはA・B・C等の3段階でその程度について判断するのもよいでしょう。

例) 1 仕事の内容に着目した場合
     仕事の吟味

仕事の内容
能力・適正 興味 価値観 職業指向性 仕事経験 ライフスタイル  
仕事1          
仕事2          
仕事3          

例) 2 具体的事業所や部署に着目した場合
     事業所等の吟味

事業所・部署
労働条件 勤務形態 就業環境 経営方針 企業将来性  
事務所・部署1          
事務所・部署2          
事務所・部署3          

 なお、仕事や事業所・部署の吟味の際、自分自身や仕事について、既にステップ(1)や(2)で得た情報では不足する場合があるかもしれません。その場合には、ステップ(1)や(2)に戻り意思決定するために必要な情報を探索することが重要です。ここで最も重要なことは、意思決定するのに必要な情報は何なのか、それはどのようにしたら得られるのかを明確にするために、相談担当者が従業員に対し十分なアドバイスを行うことです。

(3) 意思決定

 次はいよいよ意思決定する段階です。職業やキャリアの選択は、人の一生の中でも最も重要な選択の一つです。
 意思決定は、何かを取り、何かを捨てる作業であり、どの選択肢を選んだとしても、吟味すべき項目のすべてを満足させることはむずかしいことと思いますが、これだけは譲れないという項目をしっかりと押さえることが重要です。
 最終的な意思決定は、前の段階までに検討事項別に吟味された個人と職業の適合性を、比較検討して総合的に一つに絞ることになります。

 以上、意思決定する際に留意しなければならないことは、次のようなことです。

第1は、 本人にとって何が最も重要であるか、これだけは譲れないというものは何であるかを従業員自身が理解することです。このことが選択する際の最も重要な基準となります。
第2は、 現実には、従業員を取り巻く諸条件がある中で、現時点でのベストの選択をすることです。たとえ後でその選択を変更することになっても、今の時点での最もふさわしい選択をすることが大切です。
第3は、 一回の選択で職業人生のすべての選択をする訳ではないことを認識すべきです。もともとキャリアは、生涯を通じて継続的に作り上げられるものです。節目節目で決定した目標を見直し、状況に応じて変更することも当然必要となります。
 なお、この意思決定のステップからもう一度ステップ(1)の「自己理解」やステップ(2)の「仕事理解」へ戻ることも必要となるかもしれません。

(4) キャリア計画書の作成

 以上の検討に基づき、まず、中・長期的な目標・展望、さらに短期的(1年〜3年)目標・プランに基づき、これまで行ってきた自己理解(過去から現在までの自分の理解)及び仕事理解と将来なりたい自分(今後の目標)を見定めつつ、具体的な計画(キャリア計画)を作成します。
 さらに、この具体的な計画により到達しなければならないレベルとの差異を基に、必要に応じて能力開発について検討します。
 なお、ここは、従業員が「自分自身に約束する」部分であり、今後無理なく、かつ、効果的・効率的に実行することのできるプランを作成することが肝要です。このことについて、相談担当者は従業員に対して明確にしておく必要があります。

 以下に、能力開発に取り組む場合の検討内容について説明します。

  • どんな内容を
  • 何時
  • どこで(社内、社外)
  • どのような方法で(OJT、Off−JT、自己啓発)

 なお、検討においては次のような各種情報を活用するとよいでしょう。

  • 企業内情報(研修制度、自己啓発助成制度など)
  • 教育訓練コース情報
  • 公共・民間等機関情報
  • 既に目標を実現している人からの情報

 相談担当者は、上記のような情報について十分に把握する必要がありますが、全てについて網羅することは困難です。しかし、情報の収集方法や関係機関、人的ネットワーク等の情報源を持つことが非常に重要となりますし、また、従業員の状態に応じた提供や提供するタイミング等を考慮する必要があります。

(ニ) キャリアシートの作成

 このマニュアルに添付したキャリアシートは、キャリア・コンサルティングの各段階で記入する形となっています。ここでは、意思決定に関する部分(キャリアシートVII)への記入について説明します。

 キャリアシートVIIへの記入
 記入時の年月日を書き、その横の欄には、ライフプランの一環として長期的展望も視野にいれ自分をどこまで高めていくか、達成したい長期的目標とそれに向けた中・長期的目標、そしてその短期的目標を達成するための具体的な手段や方法(学習内容など)などについて記入します。

ホ 方策の実行

 いよいよ「方策の実行」のステップです。ここでは、ステップ(1)〜(4)までに決定したプランを実行することとなります。選択したキャリアを達成させるために、その目標に向かって能力開発を行ったり、あるいは、選択した仕事(事業所・部署)へ応募することになります。
 なお、人事労務管理上の最近の傾向として、ポストについての公募制等を取り入れる企業も見られるようになってきていますが、これは、社内の人材のモチベーションを向上させ、キャリア形成を行うことによって個人の有する職業能力を最大限に発揮してもらう企業目的が反映されたものといえます。

以下、能力開発を行う場合の留意点について述べます。
 従業員としては、「自分自身に約束したこと」を継続的に実行していくための強い意志を持つことが重要です。
 また、相談担当者としては従業員が決定したプランを継続的に実行し、目標を達成できるように支援する必要があります。

具体的には、次のような支援が挙げられます。

 なお、例えば、従業員が企業外への転出を希望する場合でも、その理由については、キャリア形成に関係するものの他、職場における人間関係等様々のものが考えられるので、相談担当者は、これらの点について従業員からよく話を聴く必要があります。
 また、結果として、従業員の企業外への転出希望が変わらない場合は、相談担当者の側においても希望する内容等を良く聴き、必要な情報を提供するなど、従業員の生涯を通じた観点からのキャリア形成を支援することが大切です。

ヘ 新たな仕事への適応

 新たな職務・職場に就いた後の仕事への適応が大切です。

このステップでの留意点としては、
 従業員としては、新しい職場への移動を伴う場合においては、まず、新しい職場環境に適応していくために、人間関係を大切にした真摯な勤務態度が望まれます。

 また、人事労務管理上としては、従業員を温かい目で、長期的な視点に立って見守っていくこと等、「育てる環境づくり」が重要となりますし、併せて、新たな仕事に適応して頑張っている人を表彰するなど、社内のキャリア・コンサルティングを活用して、自らのキャリアアップを常に図っていくような「土壌づくり」を行うことも重要な役割となります。


厚生労働省職業能力開発局総務課
担当
課長 草野隆彦
課長補佐 田中誠二
電話 03(5253)1111(内線5738)
直通電話 03-3502-6783


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