概要情報
| 事件番号・通称事件名 |
前橋地裁令和6年(行ウ)第8号
株式会社吉ヶ谷不当労働行為救済命令取消請求事件
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| 原告 |
X組合(「組合」)
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| 被告 |
群馬県(処分行政庁 群馬県労働委員会(「群馬県労委」))
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| 補助参加人 |
Z会社(「会社」) |
| 判決年月日 |
令和7年10月31日 |
| 判決区分 |
棄却 |
| 重要度 |
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| 事件概要 |
1 本件は、小規模多機能型居宅介護事業を営む会社による、①組合員A1の配置転換等及び団体交渉に関する不誠実な対応についての救済申立て(「本件申立て①」)、②ア 虐待防止委員会や運営推進会議を使ったパワーハラスメントにより労働組合の弱体化を図ったこと(「本件行為ア」)、イ 職員及び利用者家族が閲覧する虐待改善計画書においてA1を「元職員」と記載したこと(「本件行為イ」)、ウ A1に対し指導書を差別的に交付したこと(「本件行為ウ」)、エ 職員会議においてA1の診断書と休職届を回覧したこと及び運営推進会議において更なる責任追及をあおったこと(「本件行為エ」)、オ 組合員A2への「指導」を目的とした配置転換、パワーハラスメント及びいじめを企図したこと(「本件行為オ」)についての救済申立て(「本件申立て②)」がなされた事案である。
2 群馬県労委は、いずれの申立ても棄却した。(「本件命令」)
3 組合は、これを不服として、前橋地裁に行政訴訟を提起したところ、同地裁は、組合の請求を棄却した。
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| 判決主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用(補助参加費用を含む)は原告の負担とする。
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| 判決の要旨 |
1 争点(1)(被救済利益の有無)について
会社は、本件申立て①のうち、対面方式によって誠実に団体交渉を行うことを求める部分について、当該救済を求める組合の被救済利益は消滅しており、訴えの利益も消滅している旨主張する。
しかし、会社の主張を前提としても、本件申立て①の後、対面での団体交渉が行われたのは1回にすぎないこと、会社は、令和4年9月22日以降、組合から繰り返し対面で団体交渉を行うよう要望されていたにもかかわらず令和5年6月2日まで対面での団体交渉に応じなかったという経緯に鑑みれば、仮に対面方式によらない団体交渉が不当労働行為に該当すると判断された場合、上記被救済利益が消滅しているとまでは言い切れず、会社の主張は採用できない。
2 争点⑵(会社が、令和4年9月21日、A1に対し、配置転換を命じた上で、A1の休日を土曜日及び日曜日とし、勤務時間帯を夜勤帯から日勤帯に変更したこと(「本件配置転換等」)が労組法7条1号の不利益取扱いに該当するか)について
⑴ 令和4年9月13日、A1が利用者であるC2の入浴介助等を行った際に、C2が抵抗したために同人が受傷するという事案(「本件事案」)が発生した。会社会長及び会社専務は、本件事案の3日後の9月16日に職員C1から本件事案及び本件事案の際にA1がCに対し、「何もしなくても顔見ただけで殴りてえんだよ」「死んだ方がいいよ」等の発言をしたことについて報告を受けているところ、それを受け、会社専務は、本件事案の6日後の9月19日にA1から本件事案について聴取を行っていることが認められる。会社は、その2日後の9月21日にA1に対して本件配置転換等を命じているところ、そのような一連の経緯に照らせば、本件配置転換等は本件事案にA1が関与していたこと及び本件事案時のA1のC2に対する発言を理由として行われたものと認められる。
そして、A1がC2に対して複数回侮辱的な発言をしていることなどに鑑みると、本件事案発生以降もA1に支所での勤務を続けさせた場合、A1がC2と再び接触した際に、A1が不適切な言動に及ぶ可能性があるだけでなく、C2やその親族等、さらに会社施設の他の利用者の会社に対する信頼を低下させるおそれも否定できない。そうすると、A1とC2が接触することを避けるために、A1を支所から本所に配置転換することは、会社の業務上必要かつ相当な行為であったといえる。
また、A1が、本件事案時に上記のような発言をしたことは、介護施設の職員の行為として極めて不適切な行為と評価し得るものであるところ、そのような行為をしているにもかかわらず会社に対して何ら報告をしていないA1に対し、会社が指導を行うことを目的として、A1の休日を土曜日及び日曜日とし、勤務時間帯を夜勤帯から日勤帯に変更を行うことも、会社の業務上必要かつ相当な行為であったといえる。
以上からすると、本件配置転換等は、本件事案の発生及び本件事案時におけるA1のC2に対する発言を理由として、会社の業務上必要かつ相当な範囲で行われたものであったというべきである。
⑵ この点、組合は、会社が本件配置転換等を決定したのは、組合が会社専務に対し電話でA1の労働組合加入を通告した後であること、会社専務が反労働組合的な言動をしていることからすると、A1が労働組合員であることを理由として本件配置転換等が命じられた旨主張する。
しかしながら、上記労働組合加入の通告の後に本件配置転換等の決定がされたこと、及び会社専務による、A1に本件配置転換等を命じる際の、組合への加入を問題視する発言や会社専務の妻に対する組合を危険視する旨の発言を前提としても、本件においては、前記⑴で述べたとおり本件配置転換等の必要性を基礎づける合理的な事情が認められることに鑑みると、本件配置転換等が労働組合員であるという事実ゆえに不利益な取扱いを行おうとして実現されたものとは認められない。
⑶ 以上からすれば、本件配置転換等が労組法7条1号の不利益取扱いに該当するとは認められず、この点に係る組合の主張は採用できない。
3 争点⑶(団体交渉に関する会社の対応が労組法7条2号の団体交渉拒否に該当するか)について
⑴ 令和4年10月30日の団体交渉(「本件団体交渉」)を行った日時の点についてみると、組合が会社に対して団体交渉を行うよう要求したのは令和4年9月22日であり、本件団体交渉が行われたのはその38日後の10月30日であると認められる。この点、本件団体交渉以前に組合と会社との間で団体交渉が行われたことがなかったこと、会社は、組合から本件事案の内容や本件事案に係るA1の問題点などについて説明するよう求められており、それらについて正確に回答をするためには一定の調査や準備が必要であったと認められることに鑑みると、上記時期に会社が本件団体交渉に応じたことが、不当に団体交渉の実施を引き延ばしたものであり、実質的に団体交渉を拒否したものであるとは評価できない。
この点、組合は、会社が9月19日にA1に対する解雇通告を行った後、A1に対する処遇を明らかにしないまま、本件団体交渉の期日を10月30日としたことが不当労働行為に該当すると主張するが、会社専務は、9月19日の時点ではA1を解雇する予定である旨の発言をしたものの、会社は、9月21日にA1に対して本件配置転換等を命じて雇用を継続しているという経緯からすれば、会社がA1に対する処遇を明らかにしなかったとまではいえず、組合の上記主張は前提において採用できない。
⑵ 次に、本件団体交渉がリモート方式により開催された点についてみると、会社は高齢者向けの居宅介護事業者であり、会社が運営する施設の利用者等が新型コロナウイルスに感染することを防止する必要性が高く、このことは、会社施設において基本的に利用者の面会禁止の措置が取られていたことからも明らかである。そうすると、会社において、高齢者施設でのオンラインによる面会が推奨されている実情を組合に説明した上で、対面方式ではなくリモート方式で団体交渉を行ったことが、団体交渉における誠実交渉義務に反するとまでは解することができず、団体交渉拒否による不当労働行為に該当するとは認めるに足りない。
⑶ また、組合は、会社が本件団体交渉において素性の知れない人物を同席させていた旨主張するが、会社が素性の知れない人物を同席させていたとまでは認められず、その他これを認めるに足りる証拠はない。
⑷ 以上のとおり、組合が主張する諸事情を踏まえても、本件団体交渉が労組法7条2号の団体交渉拒否に該当するとは認められない。
4 争点⑷(会社による本件行為アないしオの有無及び当該行為が労組法7条3号の支配介入に該当するか)について
⑴ 本件行為アについて
前記2⑴のとおり、本件事案時におけるA1の発言は、C2に対する侮辱的な発言であって、C2に対する心理的な虐待を行ったと評価しうるものであること、本件事案の際、C2は左手背部に裂傷を負っていることからすれば、会社が本件事案の類似事案の再発を防止するために虐待防止委員会を設置したことは、A1の発言に対する対応として特に不合理なものとはいえず、労働組合を弱体化させる行為とは評価できない。また、運営推進会議において、会社から労働組合を弱体化させるような発言があったことを認めるに足りる証拠はない。
⑵ 本件行為イについて
会社は、虐待改善計画書における「元職員」との記載は、会社専務が虐待改善計画書を作成する際に参考にした書式の記載をそのまま用いたことによる誤記であると主張しているところ、虐待改善計画書において、「元職員」との記載は一か所のみであることからすると、会社が単なる過失によって「元職員」と記載した可能性もあり得、A1に退職を促すために行われたと認めるに足りず、労働組合の弱体化につながる行為とも評価できない。
(3) 本件行為ウについて
会社の施設は高齢者の介護事業所であることからすると、高齢者と接触するなどして危険が生じることを防止するために、職員に対し、施設内で走ることのないよう指導することは合理的であるといえる。令和4年11月29日及び同月30日、A1に対し、口頭で何度も指導してきたにもかかわらず同人がホールや廊下で走ることを繰り返してきた事実を指摘した上で、今後は業務に集中し、会社施設内で走ることがないよう注意することなどを内容とする指導書(「本件指導書」)の記載からすると、会社がA1に対して複数回口頭で指導していたことがうかがわれるのであって、そのような指導を受けてもなお施設内を走っていたA1に対して本件指導書の交付を行うことが不合理であるとはいえない。そうすると、本件指導書の交付は、会社の業務上必要な指導の一環として行われたものといえ、A1が労働組合員であることを理由として行われたとする組合の主張は採用できない。
なお、組合は、会社が、他の職員にA1を「急いで」などと大声で呼ばせるなどして、A1が施設内で走らざるを得ないような状況を組織的に作り上げていた旨主張しているとも解される。しかし、他の職員から急かされて小走りになったA1を、会社専務が咎めていた旨の会社専務の妻の陳述書の記載を前提としても、このことから直ちに、会社が上記のような状況を組織的に作り上げていたとする主張を裏付けるとまではいい難く、他に組合の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
(4) 本件行為エについて
証拠によれば、会社元職員のC3が、A2に対して、会社社長がA1の診断書及び休職届を本所の職員に渡して手で回すように指図していた旨記載されたLINEメッセージを送信していることが認められる。しかしながら、同証拠に照らしても、会社社長の指示が、職員全員に回覧するような指示であったのか、また実際に診断書等を目にした職員の範囲のいずれも明らかではない上、令和4年12月6日開催の職員会議の記録に照らして診断書等の回覧の状況を伺うことはできないことからすると、診断書等を職員全員に回覧したことを前提とした上で、労働組合の影響力を排除する行為とする組合の主張は採用できない。また、会社が、令和4年12月12日開催の運営推進会議において、労働組合差別を目的とした配置転換を推進する発言をさせ、労働組合差別をあおる雰囲気を作り出したと認めるに足りる的確な証拠もない。
⑸ 本件行為オについて
証拠によれば、会社が、A2に対する懲戒処分を検討していたことをうかがわせる事実は認められるが、A2も介助者として本件事案に関与しており、指導の必要性を考慮して、上記の処分等を検討すること自体は不合理とはいえず、また、A2を事業所内で孤立させるために同人を処分しようとしていたことを認めるに足る証拠もなく、労働組合への加入や協力を阻害する行為を認めることはできない。
また、組合は、会社会長が、A2のことを複数回「おまえ」と呼ぶというパワーハラスメント行為を行っていた旨主張しているところ、証拠によると、会社会長がA2に対して、複数回「おまえ」と呼んだことは認められるものの、このことが、労働組合の加入等を阻害するものとはいえない。
⑹ 以上より、本件行為アないしオはいずれも労組法7条3号の支配介入に該当するとは認められない。
5 小括
以上からすれば、本件配置転換等は労組法7条1号の不利益取扱いに該当するとはいえず、団体交渉に関する会社の対応が労組法7条2号の団体交渉拒否に該当するとはいえない上、本件行為アないしオが労組法7条3号の労働組合に対する支配介入に該当するとは認められない。したがって、本件申立て①及び本件申立て②を棄却した本件命令が違法であるとはいえない。
6 結論
よって、本件命令が違法であるとは認められず、本件請求には理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
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| その他 |
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