概要情報
事件番号・通称事件名 |
群馬県労委令和4年(不)第1号・令和5年(不)第2号
株式会社吉ヶ谷不当労働行為審査事件 |
申立人 |
X組合(組合) |
被申立人 |
Y会社(会社) |
命令年月日 |
令和6年5月9日 |
命令区分 |
棄却 |
重要度 |
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事件概要 |
本件は、小規模多機能型居宅介護事業を営む会社による、①組合員A1の配置転換等、②団体交渉に関する対応、③a虐待防止委員会や運営推進会議を使ったパワーハラスメント・組合弱体化、b虐待改善計画書におけるA1を「元職員」とする記載、cA1への指導書の差別的な交付、d職員会議におけるA1の診断書等の回覧、e組合員A2への「指導」を目的とした配置転換、パワーハラスメント等の企図が不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
群馬県労働委員会は、申立てを棄却した。 |
命令主文 |
本件申立てをいずれも棄却する。 |
判断の要旨 |
1 会社が組合員A1に対し、令和4年9月21日付けでP支所からQ本所へ配置転換し、配置転換後は従前と異なり夜間勤務はさせないこととし、休日も変更したこと(以下「本件配置転換等」)を命じたことは、労働組合法第7条第1号の不利益取扱いに該当するか。(争点1)
(1)本件配置転換等を命じたことの不利益性
A1の雇用契約書には、就業場所はP支所と記載され、配置転換は想定していないと解釈できる余地があり、A1自身もこれを望んでいなかったことを考えると、Q本所への配置転換はA1にとり、不利益性があったというべき。
また、配置転換と併せて、夜間勤務をさせないとしたことも、それによってA1の賃金は減少しており、不利益性があった。
さらに、休日の変更についても、A1は〔家族の介護に係る〕平日の休暇取得のために介護休暇申請をせざるを得なくなるなど、変更を希望しないA1に休日の変更を命ずるのは、A1にとって不利益性が認められる。
(2)本件配置転換等の合理性
本件配置転換等に至る経緯を考慮すれば、会社がA1に本件配置転換等を命じたのは、本件事案〔注〕に対処することが目的であったと認めるのが自然である。
A1の施設利用者Cへの発言は、Cの人格を否定するに等しく、更に身体に対する攻撃に発展することを危惧しなければならない内容である。そうした状況下で、加害者と被害者を取りあえず極力接触させないようにすることは、会社の再発防止策として当然とるべき対応の一つと解される。
また、再教育の一環としての研修をA1に受けさせることも、再発防止策の一つとして理解しうるもので、その指導のための人員確保の必要性からQ本所勤務とし、夜間勤務をなくして休日を土日としたことにも業務上の必要性を肯定しうる。
したがって、会社がA1に本件配置転換等を命じたのは、本件事案への対処を目的としたもので、業務上の必要性があったと認められ、合理性があったと判断できる。
〔注〕令和4年9月13日にA1、A2ら3名が施設利用者Cの入浴介助をしていたところ、Cがそれを拒んで激しく抵抗したため、その手の甲及び顔から出血する事故が発生したこと、及び、その際、A2がCに対し、「馬鹿」、「顔を見てるだけで殴りてぇんだよ」、「死んだ方がいいよ」などの発言をしたこと。
(3)会社は、組合員であることの故をもって、A1に本件配置転換等を命じたといえるか。
会社が本件配置転換等を通告した際に、専務がA1が組合に加入して相談したことを問題視する発言をした事実は認められるが、この事実から直ちにA1が組合員であるが故に本件配置転換等を命じたとまで判断するのは困難である。
また、専務が組合との電話の中で「事件になる可能性があります」などと述べた事実は認められるが、他方、それ以前のA1に対する事情聴取における発言に照らせば、会社の対応が大きく変わったとは認められない。そして、事件にするとは虐待事案として評価ないし扱うことと解されるところ、高齢者介護施設として、職員による虐待事案の発生が認められれば、事業主としての社会的評価が毀損されることを踏まえれば、会社がA1の組合加入を理由に、本件事案をあえて事件化すると述べたとは考えにくい。
また、A1に夜間勤務をさせないことについては、会社は、組合による加入通知の前の事情聴取で同人に告げており、組合員であることを理由としたものとはいえない。
エ 小括
これらから、本件配置転換等は、A1が組合員であることを理由としたものとはいえず、労働組合法第7条第1号の不利益取扱いには該当しない。
2 団体交渉に関する会社の対応は、労働組合法第7条第2号の団体交渉拒否に該当するか。(争点2)
(1)会社は、合理的な理由なく、団体交渉の開催を引き延ばしたといえるか。
組合は、A1が令和4年9月19日付けで30日後の解雇を予告され、A1の処遇を明らかにしないまま、団体交渉の期日を同年10月30日としたことには、合理的な理由がないと主張する。
確かに、同年9月30日の団体交渉を申し入れた同月22日付け申入書に対して、同年10月30日の期日の提示というのは、かなり期間が空いており、相当性には疑問が残る。他方、会社が挙げる、本件事案等の調査やリモート方式による団体交渉開催の準備のためとの理由が不合理とまではいえず、また、それらに相応の時間を要することを考えると、開催が著しく遅いと断定するのも困難である。
また、組合は、会社がA1の処遇を明らかにしないままに、期日を先延ばししていたと主張するが、会社は、監視する等の条件を付すものの、少なくとも、A1に対し継続して勤務することは認め、A1も勤めたいと応じ、休日の取り方等も話し合われていることから、A1の処遇が全く明らかでなかったとまではいえない。
以上を考慮すると、会社が、合理的な理由なく団体交渉の開催を引き延ばしたとまでは評価できない。
(2)会社が団体交渉の開催条件をリモート方式としたことについて、合理性があったといえるか。
団体交渉は、原則として労使が直接話し合う対面方式で行われるべきは当然であるが、新型コロナウイルス感染症の流行下におけるリモート方式の団体交渉の当否については具体的な感染状況にも左右されて種々の見解があり得るところであり、一律に肯定も否定もできない。
ただし、令和4年9月22日付けの団体交渉申入れ時点において、会社が当該感染症対策として、会社役員、従業員、利用者、利用者家族あるいは出入りの取引業者などに対して、対面の団体交渉を不可とするのと同程度といえるような行動制限を設けていたかについては疑問が残る。
しかし、当時の県ガイドラインに基づく警戒レベルは2であり、面会は十分注意(オンライン面会を推奨)とされていたことを考慮すると、高齢者施設を運営する会社が団体交渉についてリモート方式を主張したことを明らかに不当と非難するのは相当ではない。
したがって、会社が団体交渉の開催条件をリモート方式としたことに合理性がなかったとまではいえない。
(3)団体交渉において、会社は素性の知れない人物を同席させていたか。同席させていた場合、会社のその対応は、誠実交渉義務違反といえるか。
本件団体交渉において、会社が素性の知れない人物を同席させたという主張を裏付ける疎明はない。
また、組合が疑念を抱いたことは理解できるものの、証拠上、交渉担当者以外の者からの発言は認められず、仮に会社が素性の知れない人物を同席させていたとしても、それが誠実交渉義務違反に該当するとまでは認められない。
(4)小括
以上のとおり、本件団体交渉に関する会社の対応には全く問題がなかったとはいえないものの、取りあえず双方合意のもとに令和4年10月30日にリモート方式による団体交渉が開催されたことも考慮すると、労働組合法第7条第2号の団体交渉拒否には該当しない。
3 会社は、次の行為をしたといえるか。したといえる場合、その行為は労働組合法第7条第3号の支配介入に該当するか。
①虐待防止委員会や運営推進会議を使ったパワーハラスメント・組合弱体化
②従業員・利用者家族が閲覧する虐待改善計画書におけるA1についての「元職員」との記載
③A1に対する指導書の差別的交付
④職員会議におけるA1の診断書と休職届の回覧及び運営推進会議における更なる責任追及をあおる行為
⑤組合員A2への「指導」を目的とした配置転換、パワーハラスメント及びいじめの企図(争点3)
(1)虐待防止委員会や運営推進会議を使ったパワーハラスメント・組合弱体化
組合は、「会社は、安中市(以下「市」)の調査結果を待たず、本件事案のA1の行為に身体的虐待があったと決めつけた上で、①A1を攻撃する目的で、虐待防止委員会を設置し、また、②従業員をして、運営推進会議内においてその決めつけを踏まえた発言をさせ、身体的虐待があったとの意識を持たせた〔注〕。これによって、会社はA1を追い詰め、組合の組織弱体化を狙った」と主張するので、以下検討する。
〔注〕市の条例において、指定小規模多機能型居宅介護事業者は、①虐待の防止のための対策を検討する委員会を開催しなければならず、また、運営推進会議を設置の上、活動状況を報告し、その評価を受け、必要な要望、助言等を聴く機会を設けなければならない旨が規定されていた。
ア 虐待防止委員会が、本件事案の前は規定どおりに開催されていなかったとしても、本件事案のような虐待事案が発生した以上、会社が令和4年10月3日に虐待防止委員会を設置したことは当然求められる対応であり、不自然に設置を急いだとは認められない。
イ また、組合は、「会社が、市の調査結果発表前に、A1の本件事案における行為に身体的虐待もあったと決めつけた」と主張する。
しかし、本件事案のような虐待事案が発生した場合、会社はマニュアルに従った各対応を早急に行い、再発防止策を検討することが求められる。そして、会社が調査結果を踏まえて、会社なりに事案を評価すること自体は非難されることではない。その評価は結果的には市の認定とは一部異なることとなったが、他方、会社が、A1が組合員であることを理由に恣意的に身体的虐待に言及したと認めうるような事実は見当たらない。
ウ さらに、同年12月12日に開催された運営推進会議において、本件事案に関して当事者の処罰を求める意見等が出たことが推認しうるが、同会議は利用者家族や地域代表等も委員となっているところ、誰がどのような発言をしたかは不明であり、従業員から会社の意を体したA1に対するパワーハラスメントと評価しうるような意見があったとは認定できない。
エ したがって、組合の主張は認められない。
(2)従業員・利用者家族が閲覧する虐待改善計画書におけるA1についての「元職員」との記載
組合は、「会社が、作成した虐待改善計画書に、悪意をもってA1を「元職員」と記載し、従業員に閲覧させた」と主張する。
これに対し、会社は、参考にした改善計画書の表記が残ってしまったもので、悪意はなかったと主張するところ、会社が主張する理由が不自然とまではいえず、そして、「元職員」との記載は1箇所に留まることからも、会社が悪意をもって「元職員」と記載したと認定するのは困難である。
(3)A1に対する指導書の差別的交付
組合は、「会社においては、A1以外の従業員も日常的に施設内を走るなどしており、また、A1が走ったことについても理由があるから、A1に限って令和4年11月29日及び同月30日に指導書(以下「本件指導書」)を交付するなどした行為は差別的である」と主張する。
確かに会社において、このような指導書を交付した前例はない。しかし、認知症を患う利用者が多く滞在する会社施設の性質上、そのような利用者への配慮を従業員に対し指導する必要性は否定できず、A1に対しては、本件指導書を交付する前に施設内を走ることについて口頭指導が複数回行われてきたことがうかがえる。
これらを考慮すると、会社が、A1が組合員であることを理由に、A1に差別的に本件指導書を交付したとまで認定するのは困難である。
(4)職員会議におけるA1の診断書と休職届の回覧及び運営推進会議における更なる責任追及をあおる行為
職員会議において、社長がA1の診断書と休職届を管理者補佐及び従業員Bに渡したことは認められるものの、その他の従業員に回覧したとまでは認められない。
また、運営推進会議において、処罰を求める意見が出たことは推認しうるが、具体的な発言内容や発言者は不明であり、従業員から、会社の意を体した責任追及をあおるような発言があったとまでは認定できない。
(5)組合員A2への「指導」を目的とした配置転換、パワーハラスメント及びいじめの企図
ア 配置転換については、令和4年12月21日に会社が会社代理人弁護士あて送付したメール(以下「本件メール」)からは会社がA2への指導のための配置転換を検討していたことはうかがわれるが、実際に行われた事実は認められない。そして、市が会社に人事交流を検討するように指導していたことからも配置転換の検討自体は不自然なことではなく、配置転換にA2を孤立させる意図があったとまでは認めることはできない。
イ 次に、残業代に関する同年10月12日の会社のA2に対する対応については、会社が、組合を通したいとするA2に残業記録の提出を強く迫り、その際、A2が組合員であることを快くは思っていないと思われる発言をした事実が認められる。
しかし、会社はこの時点では、残業代を算出するためには就業規則、36協定、賃金規程等の提出や、タイムカード設置や休憩時間等の問題の解決が必要であるとの組合の主張を認識しておらず、残業の記録さえあれば足りると考えた会社に、組合の主張を無視する意図までは認められない。そして、会社の対応が組合を弱体化させるおそれのあった行為とまでは評価できず、実際に組合の運営等に影響を与えたとの事実も認められない。
ウ さらに、会社が本件事案に関して、A2の懲戒処分を検討した事実は認められるが、その後懲戒処分は行われず、また、本件事案を考慮すれば懲戒処分の検討がなされても不相当とはいえない。
エ その他、従前行われていた申し送り(日勤帯と夜勤帯の従事者全員で行うミーティング)の方法が変更された事実は認められるが、変更は会社全体を対象としており、ことさらA2に対するいじめの意図があったとは認定できない。
また、〔組合が、本件メールを見たことで退職した旨主張する〕看護師Dの退職理由は不明といわざるを得ず、会社がA2の孤立化を企図したり、従業員の組合への加入や協力を阻害したとの事実は認定できず、さらに会長がA2に対し差別的に「おまえ」と言ったとの組合の主張についても、提出された証拠からは認定できない。
(6)小括
以上のとおり、労働組合法第7条第3号の支配介入に該当する事実は認定できない。
4 結論
以上から、本件申立てには理由がない。 |