労働委員会裁判例データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  福岡地裁平成30年(行ウ)第59号太宰府タクシー労働委員会救済命令取消請求事件 
原告  有限会社X(「会社」) 
被告  福岡県(同代表者兼処分行政庁 福岡県労働委員会) 
被告補助参加人  Z1労働組合(「組合」)、A 
判決年月日  令和3年5月14日 
判決区分  一部取消 
重要度   
事件概要   本件は、会社が、①組合執行委員長であったAを雇止めしたこと、②その後組合が求めた団交を拒否したことが、不当労働行為に当たるとして救済申立があった事案である。
 福岡県労委は、会社に対し、Aの雇止めがなかったものとしての取扱い、同人の原職復帰等、バックペイ並びに①及び②について文書の交付及び掲示を命じた。
 会社は、現職復帰等を命じたことを不服として(団交拒否については、その後取下げ)、福岡地裁に行政訴訟を提起したところ、同地裁は、会社の請求を認容し、現職復帰等を命じたことを取り消した。 
判決主文  1 福岡県労働委員会が福岡労委平成29年(不)第8号X不当労働行為救済申立事件について平成30年11月2日付けでした命令のうち、主文第1項及び第3項のうち主文第1項に係る部分を取り消す。
2 訴訟費用のうち、補助参加によって生じた費用は被告補助参加人らの負担とし、その余は被告の負担とする。 
判決の要旨  1 雇止めが労組法7条1号の不当労働行為に当たるか否か
ア 雇止めが「不利益な取扱い」に当たることは明らかであるから、不当労働行為意思をもってなされたものか否かを検討する。
イ(ア)会社には、定年退職の従業員につき、嘱託社員として有期雇用契約を締結し、特段の問題がなければ、満65歳に至るまで契約更新される仕組みがあり、かつ、会社においてAの他に雇止めとなった嘱託社員がいなかったことから、Aには、契約更新されるものと期待することについて、合理的な理由があった。
(イ)しかし、Aは、再雇用以前から、記録の残るわずか約2年間に、8度もの懲戒処分を受けていることに加え、その後も、懲戒処分には至っていないにせよ複数回にわたって苦情や事故等があり、その度に指導を受けてきた。Aの雇用契約後の事情、特に雇止め直前の6か月間の事情に着目すると、Aは、基本的な接客態度や安全運転の意識等において、タクシー運転手としての適格性におおいに疑問があることがうかがわれ、かつ指導に真摯に応じて改善する意欲が乏しかったものと認められる。
 そうすると、会社において、雇用契約締結後1年間の事情を総合して、Aのタクシー運転手としての適格性がないと判断し、繰り返しの指導によっても改善できないとして、雇止めの判断をしたこと自体は、客観的に合理的な理由を欠き、又は社会通念上相当でないとはいえない。
(ウ)会社がAを雇止めするまでの間、組合らと会社との間に深刻な対立関係があったとは認められず、会社代表者Bが組合らに対して嫌悪の情を持っていたことをうかがわせる事実も認められない。このことは、Bが、就業規則等改定に際し、組合の意見聴取のため、直接Aに連絡したことや、A自身が組合員であること等を理由に会社から差別的取扱いを受けたとは感じていなかったことからも裏付けられる。
 さらに、最低賃金の問題についても、組合らは従前から繰り返し団交の議題として取り上げていたものの、具体的に特定の組合員に最低賃金が支払われていないことを問題としたことはなく、一般的に従業員の賃上げを要求するものにすぎず、会社に対して抜本的な賃金体系の改定を求めたり、労働基準監督署に申告したりしておらず、このような状況につき雇止め直前まで特段の変化は認められなかった。
 そうすると、会社があえてこの時点で組合の弱体化を図る行動に出る必要性に乏しく、そのような意図を持っていたとも認め難い。
ウ(ア)最低賃金問題は、組合と会社との間で約9年もの長期にわたって交渉を続けてきたものであるが、Aが雇止めとなるまでの間は、組合が労働基準監督署に最低賃金問題を申告するようなことはなく、この問題に関して組合と会社との間で深刻な対立関係が生じていたことをうかがわせる事情も認められない。このような組合と会社との関係が平成29年3月の春闘要求及びそれに続く同年4月の団交の際に劇的に変化したことをうかがわせる事情もなかったから、あえて会社が不当労働行為意思に基づいて組合との深刻な対立を招くような行為に出る必要性に乏しかった。
 以上によれば、Aへの雇止め通知が平成29年5月に質問書を提出した直後にされたとしても、この時点で従前の組合と会社との関係が劇的に変化していたことはうかがえない以上、Aが乗客とのトラブルを起こした時と偶々重なったにすぎないとも考えられるから、Aが組合執行委員長として労働時間に応じた賃金を保障するよう強く会社に求めていた時期における雇止めであることをもって、不当労働行為意思を推認させるものとはいい難い。
(イ)会社では、嘱託再雇用契約を締結した者について雇止めをした例は過去にないものの、Aが繰り返し指導を受けてきた中で再び顧客とのトラブルを起こし、顧客から苦情を受けたことが認められるところ、顧客商売である会社において、顧客に対し暴言を吐くなどしてトラブルを繰り返し起こすこと自体、会社の信用に関わる重大な不祥事であるといえるし、他に顧客とのトラブルを繰り返していた嘱託社員の存在は証拠上見当たらない。そうすると、会社において他に雇止めをした例がなく、Aのみが対象となったからといって直ちに雇止めの不当労働行為意思が推認されるとはいえない。
(ウ)会社が組合との団交を拒否していたのは、団交申入れは、Aが独断で決めたものであり、組合民主主義の原則が取られていないため労働組合本来の活動ではない、団交申し入れ書が手交されたものではないという理由によるものであるところ、その主張自体が不適切であるとしても、雇止め前に会社が団交を拒否した事実はなく、労使間で深刻な対立状況にあったことはうかがえないことなどにも鑑みると、会社が組合あるいは組合との団交それ自体を嫌悪していたとまでは認められず、雇止め後の団交拒否の事実から、直ちに雇止めに不当労働行為意思をもってなされたことまで推認できない。
(エ)他の嘱託社員のC及びDが行った行為自体は適切とはいえないものの、いずれも金銭の着服を意図して行ったものとは認められない上、当該行為によって顧客に損害を与えたり、会社の信用を害したりしたとは認められず、また、C及びDが、繰り返し同様の行為を行っていたという事実も認められないことに加え、他に懲戒処分歴もないことからすると、会社において、C及びDの行為が直ちに懲戒解雇事由に相当するような非違行為ではないと判断して懲戒解雇としなかったことが、直ちに不合理な裁量権の行使にあたるとは認められない。他方、Aの場合は、再雇用される以前から度々接客態度等について指導されていたにもかかわらず、雇用契約締結後の約半年という短期間の間に、2度も乗客とのトラブルから苦情に発展するという事態を招き、顧客商売である会社の信用を害しかねない行為を行っていることに加え、1度目のトラブルの際に会社から接客全般を見直すよう指導を受け、始末書も提出していたのであるから、2度目のトラブルの際には指導効果が上がらないことも明らかとなっていたといわざるを得ず、会社において、Aの方がより悪質であると評価したとしても、あながち不合理ではない。
 したがって、C及びDの各行為とAの行為とを比較したときに、C及びDの各行為のほうが悪質であるということはできないし、組合らが他に適切な比較対象を挙げられない以上、Aを雇止めしたことが他の事案に比して不当に重い処分とはいえないから、不当労働行為意思を推認させるとはいえない。
(オ)雇止めをするか否かは契約期間中の一切の事情に照らして判断すべきところ、雇用契約の満期が平成29年5月31日であり、同月3日の乗客とのトラブルが発生した時点で間近に迫っていたため、同トラブルの内容やそれに対する指導を受けたAの態度なども加味して雇止めを決定したとすれば、同トラブル発生から雇止めを決定するまでの期間が短かったことはいわば当然といえ、同期間が短かったことが不当労働行為意思を推認する事情になるとはいえない。
(カ)会社の就業規則や嘱託規程上、再雇用を希望する者は特に審査等を経ずに一律に再雇用することとされていることに照らすと、Aを再雇用したことから直ちに同人の過去の懲戒処分歴や指導歴を会社が問題視していなかったとまでは認められないし、雇用契約を継続するか否かを検討する際に、当該契約期間中の出来事に加えて定年退職前の懲戒処分歴や指導歴を併せて考慮すること自体は何ら制限されるものではないというべきである。
 また、勤務成績や勤務態度次第では雇止めがあり得ることは、嘱託規程9条や、雇用契約を締結する際に作成した誓約書の記載からも明らかであって、会社が雇用契約締結時に明示的に警告をしていなかったからといって、そのことが雇止めの合理性を否定し、不当労働行為意思を推認させる事情になるともいい難い。
(キ) その他、組合らが主張する各事実からは会社に不当労働行為意思があったことを推認するには足らないというべきであり、他に会社に不当労働行為意思があったことを裏付ける証拠もないから、会社による雇止めに不当労働行為意思があったとは認められない。
 なお、仮に会社に不当労働行為意思がなかったとまではいえないにしても、上記イで指摘した事情を踏まえれば、Aが組合員でなかったとしても雇止めが行われることは十分にあり得たものであり、不当労働行為意思を決定的動機として雇止めをしたものとは認められないから、結局、雇止めが労組法7条1号の不当労働行為には該当するとは認められない。
2 雇止めが労組法7条3号の不当労働行為に当たるか否か
上記1で検討したとおり、会社がAを雇止めしたことには一定の合理性が認められ、雇止め当時、会社に組合を嫌悪・敵視する意思があったとは認められないことからすると、雇止めには正当な理由があり、組合に対する支配介入に当たるものではないので、会社による雇止めは、労組法7条3号の不当労働行為には該当するとは認められない。 
その他   

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顛末情報
事件番号/行訴番号 命令区分/判決区分 命令年月日/判決年月日
福岡県労委平成29年(不)第8号 全部救済 平成30年11月2日
 
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