労働委員会関係裁判例データベース

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概要情報
事件名  ニチアス 
事件番号  東京地裁平成22年(行ウ)第629号 
原告  全日本造船機械労働組合
全日本造船機械労働組合ニチアス・関連企業退職者分会 
被告  国(処分行政庁:中央労働委員会) 
参加人  ニチアス株式会社 
判決年月日  平成24年5月16日 
判決区分  棄却 
重要度  重要命令に係る判決 
事件概要  1 会社が、退職した労働者のアスベスト被害について、労災保険給付を受けられない胸膜プラークの被害者への補償制度を作ること等を議題とする、組合らからの2度にわたる団体交渉申入れに応じなかったことが、不当労働行為に当たるとして、奈良県労委に救済申立てがあった事件である。
2 初審奈良県労委は、会社に対し、団体交渉応諾を命じ、その余の申立てを棄却した。
 会社は、これを不服として、再審査を申し立てたところ、中労委は、初審救済命令を取り消し、救済申立てを棄却した。
 本件は、これを不服として、組合らが東京地裁に行政訴訟を提起した事件であるが、同地裁は、組合らの請求を棄却した。
判決主文  1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は参加によって生じたものも含めて原告らの負担とする。  
判決の要旨  1 組合らが会社の「雇用する労働者の代表者」(労組法7条2号)に当たるか(争点1)
(1) 労組法が団体交渉を通じて正常な労使関係の構築、樹立を図る趣旨であることに照らすと、「使用者が雇用する労働者」(労組法7条2号)とは、原則として、現に当該使用者が雇用している労働者を前提とすると解される。
 もっとも、雇用契約関係の終了段階で労働条件をめぐる問題が顕在化することもあり、従業員の退職後、その退職条件をめぐって紛争が生起することも稀ではないことからすれば、当該労働者を「使用者が雇用する労働者」と認めた上で、使用者に対し、当該労働者の加入する労働組合との間で団体交渉を義務付けることが労組法の趣旨に沿う場合がある。
 しかし、他方で、退職後の労働者の在職中の労働条件に関して、使用者に無制限に団体交渉を義務付けることは、使用者側に不当に重い義務を負わせ、ときに無関係な者の関与を許すことにもつながり、正常な労使関係の構築、樹立という団体交渉制度の趣旨にも悖ることにもなりかねないから、この点にも配慮して団交応諾義務の範囲が画されるべきと解される。
 このような観点を踏まえ、①団体交渉の主題が雇用関係と密接に関連して発生した紛争に関するものであり、②使用者において、当該紛争を処理することが可能かつ適当であり、③団体交渉の申入れが、雇用関係終了後、社会通念上合理的といえる期間内にされた場合は、元従業員を「使用者が雇用する労働者」と認めることができると解する。
 そして、合理的期間については、紛争の形態は様々であることからすれば、個別事案に即して判断するほかはない。
(2) 本件についてこれをみるに、①X1ら6名は、いずれも会社の従業員として、石綿関連業務に従事し、その後胸膜プラークの診断を受けており、その因果関係は必ずしも明らかとはいえないものの、X1ら6名にかかる紛争は、会社との雇用関係と密接に関連して発生したものと評価できる。
 また、かかる紛争に対して、②会社は、少なくとも、可能な限り当時のアスベストの使用実態を明らかにしたり、健康被害の診断、被害発生時の対応等の措置をとることが可能であり、かつ、社会的にも期待されているといえる。
 さらに、③石綿関連疾患は非常に長い潜伏期間があり、長期間経過した後に症状が発生するものであり、X1ら6名が退職してから短い者で約25年、長い者で約50年と相当長期間経過してからの団交申入れではあるものの、その責めを同人らに帰することは酷であり、石綿被害の特殊性を考慮すれば、社会通念上合理的期間内に本件団交申入れがされたと認めるのが相当である。
 以上を総合考慮すれば、組合らは「使用者が雇用する労働者」を代表する労働組合と解するのが相当であり、少なくとも、会社に直接雇用されていた者との間でのアスベストによる補償問題については、義務的団交事項と解することもできよう。
 もっとも、分会員らが会社を退職して長期間が経過していたから、本件各団交申入れがなされた段階で、会社において直ちにこれに応諾すべき義務があるか否かについては、事案の特色を踏まえて、慎重に検討すべき必要がある。
2 本件各団交拒否に「正当な理由」(労組法7条2号)があるか(争点2)
(1) 第1回団交拒否について
 ア 分会結成前、X1は、会社に対し、元右翼などと名乗り仕事を回すよう要求するなど威圧的な言動を行い、X2も、分会結成前、自宅を訪問してきた環境対策室長に対し、元暴力団構成員であることなどを示し、、極めて粗暴な脅迫的言動を行い、治療費名下に金員を要求するなどし、その後も、X1及びX2は、共にO工場を訪れ金銭の支払を要求し、通りかかった会社関係者を怒鳴りつけるなどした。
 そして、X1及びX2は、第1回団交申入時〔18年9月20日〕にも、粗暴な脅迫的言動を繰り返していた。
 X1及びX2のこのような言動に照らすと、同人らが会社で稼働した際にアスベストに曝露され、これにより被害を被ったという認識を有していたことを考慮したとしても、会社が、団体交渉の場で組合らと正常な協議ができない状況にあると考えたことについては、合理的な理由があったと考えられる。
 イ さらに、本件では、X1やX2が、会社を退職してから第1回団交申入れまで42年から49年もの長期間を経過していたことからすれば、会社としては、分会を労組法7条2号の「雇用する労働者の代表者」として取り扱うべきか否かについて疑問を抱いたとしても、無理からぬ事情があった。
 ウ 以上を考慮すれば、組合らの第1回団交申入れを会社が拒否したことには、正当な理由があったと認めるのが相当である。
(2) 第2回団交拒否について
 ア 分会結成前及び第1回団交申入時のX1及びX2の言動は、粗暴な脅迫的言動を含む不穏当なものであったところ、会社が、18年11月15日付け回答書で、第1回団交申入時のX1及びX2の言動は団体交渉を困難にする旨指摘したのに対し、組合らは、同月28日付けの「会社回答に対する抗議文」の中で、過激かつ不穏当な文言を用いて応酬し、X1及びX2の言動の影響を排除するような措置を採ろうとしていないことに照らすと、会社が、依然として、団体交渉の場で正常な協議ができない状況にあると考えたこと自体は首肯できる。
 また、会社の立場からすれば、分会については会社の「雇用する労働者の代表者」といえるかどうかについて、疑問を抱いてしかるべき状態であったといえる。とりわけ、第1回団交申入後に新たに加入した組合員(ないし発症者)の中には、会社に直接雇用されたことがない者も多く存したことからすれば、会社がこれらの者の補償問題等について、団体交渉事項とするかについては、一定の検討期間を必要とする状況にあったといえる。
 このように、第2回団交申入当時〔19年3月5日〕は、X1やX2の粗暴な言動の影響がなお排除されない状況下にあったといい得るし、分会の団体交渉当事者としての適格の点や団体交渉事項についても法律的な疑義が生じていたから、会社が、第2回団交申入れの当日、代理人弁護士に対応を一任するとして、同団体交渉申入書を直ちに受領しなかったことが不当であるとはいえない。
 イ このような中、分会関係者ら多数人は、19年3月26日に、会社本社を訪れ、玄関ホール内を占拠し拡声器を持ち込んで怒号する等、業務妨害行為をし、さらには、関係者以外の立入禁止が明示されている本社1階執務室内に不法に侵入した上、怒鳴るなどの暴力的行為を働き、会社が、もはや組合らとの直接の交渉はできないと考え、同年4月5日付けの回答書により、団交拒否の意思を明示した対応は当然のことというべきであって、合理性がある。
 ウ 以上によれば、会社が、弁護士である代理人による交渉の余地を残して行った第2回団交拒否についても、正当の理由がある。
3 結語
 処分行政庁の本件命令に違法な点を認めることはできず、組合らの請求はいずれも理由がない。
その他   

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顛末情報
事件番号/行訴番号 命令区分/判決区分 命令年月日/判決年月日
奈良県労委平成19年(不)第2号 一部救済 平成20年7月24日
中労委平成20年(不再)第30号 一部変更 平成22年3月31日
 
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