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厚生労働科学研究費補助金(食品・化学物質安全総合研究事業)
分担研究報告書

ダイオキシンの汚染実態把握及び摂取低減化に関する研究
(3)ダイオキシン類の迅速測定法及び分析の精密化に関する研究
(3-2)食品中のダイオキシン類分析におけるアルカリ分解・溶媒抽出法の評価


分担研究者 豊田正武 実践女子大学教授(元国立医薬品食品衛生研究所・食品部長)


研究要旨
 アルカリ(水酸化カリウム水溶液)分解・ヘキサン抽出法の食品中ダイオキシン類分析における評価を行った。アルカリ分解のダイオキシン類(17種PCDD/Fs及び12種Co-PCBs)に対する影響を実試料に対する添加回収試験により検討したところ、ほとんどの検体で良好な回収率(79-107%)が得られ、アルカリ分解によるダイオキシン類の分解は認められなかった。マグロでは、アルカリ分解によるOCDFの損失(回収率<61%)が認められたが、対応するクリーンアップスパイクをアルカリ分解前に加えることで、定量値への影響は防止することができた。また、一般的な抽出法であるソックスレー抽出と魚試料を用いて比較試験を行ったところ、同等のダイオキシン類定量値が得られた。さらに、本法を用いてダイオキシン類濃度の認証値つき試料を分析したところ、ほとんどの場合で認証範囲内の定量値が得られた。本法は特別な器具を必要とせず、操作が簡便であることから有用な方法であると考えられる。

研究協力者
 国立医薬品食品衛生研究所・食品部
  堤 智昭、天倉吉章

A.研究目的
 魚介類・乳製品等の食品はダイオキシン類の主要な摂取経路であり、汚染実態を把握することが重要な課題となっている1)。これら食品中のダイオキシン類分析では、試料由来の強力なマトリックスのため、アルカリ分解によりマトリックスを分解後、溶媒抽出を行う方法が汎用されている。しかし、高温条件でアルカリ分解を行った場合は、一部の高塩素化ダイオキシン類が損失する恐れが指摘されている2-5)。日本においては、室温条件でアルカリ分解後、ヘキサン抽出する方法が汎用されているが、ダイオキシン類分析に対する詳細な評価は行われていない。
 そこで、本研究では汎用されている方法の一つである、水酸化カリウム水溶液分解(室温で一晩放置条件)・ヘキサン抽出法のダイオキシン類分析における評価を行った。

B.研究方法
1.試薬、試液及び器具
 使用した溶媒は、全てダイオキシン類分析用(関東化学(株))を使用した。シリカゲルはPCB分析用(和光純薬工業(株))、10%硝酸シリカゲルはダイオキシン分析用(和光純薬工業(株))、アルミナはダイオキシン分析用(ICN社)、活性炭は活性炭分散シリカゲル(関東化学(株))を使用し、各カラムは食品のダイオキシン分析暫定ガイドライン6)に従い作製した。ダイオキシン類標準品はWellington社製を使用した。

2.試料
 牛乳及び魚試料(スズキ、ムキカレイ及びマグロ(赤身))は、東京都内のスーパーマーケットで購入した。魚試料は筋肉部を採取後、ホモジナイザーで均一化し使用した。また、アルカリ分解・ヘキサン抽出法とソックスレー抽出法の比較試験には、スズキ試料を凍結乾燥し、使用した。認証試料はCRM607(European Commission)と、CARP-1(National Research Council Canada)を購入し使用した。

3.装置
 ホモジナイザーは(株)日本精機製作所製マルチブレンダーミルを用いた。また、高分解能ガスクロマトグラフ質量分析計(HRGC/HRMS)は日本電子製(JMS-700)を使用した。

4.水酸化カリウム水溶液分解・ヘキサン抽出
 魚試料にクリーンアップスパイク(CS)(WHO-TEFが定められている17種PCDD/Fs及び12種Co-PCBs の13Cラベル化異性体混合液)を添加した。2 mol/L水酸化カリウム水溶液(200 ml)を加えた後、室温で16時間放置し、アルカリ分解を行った。アルカリ分解後、メタノール(150 ml)を加え、ヘキサン(100 ml)で振とう抽出(10分×3回)を行った。その後、抽出液は2%(w/v)塩化ナトリウム水溶液(150 ml)により2回洗浄した。

5.ソックスレー抽出
 魚試料(凍結乾燥品)にCS添加後、ソックスレー抽出(アセトン/ヘキサン=1/1(300 ml)により16時間抽出)を行った。抽出液は減圧濃縮し、ヘキサン(200 ml)に溶媒置換した。

6.クリーンアップ及びHRGC/HRMS分析
 平成13年度厚生科学研究費補助金(生活安全総合研究事業)分担研究報告書(1-2)(ダイオキシン類の迅速測定法の開発及び分析の精密化に関する研究)と同様に行った。

7.添加回収試験
 既知量のダイオキシン類混合液(17種PCDD/Fs及び12種Co-PCBs)を実試料(牛乳、スズキ、カレイ及びマグロ、各100 g)に添加し、上述したアルカリ分解を行った。試料中におけるダイオキシン類の添加濃度は、0.8〜4.0 pg/gであった。アルカリ処理後、CSを添加し精製及びダイオキシン類の定量を行った。また、他の汎用されているアルカリ分解条件である、1 mol/L水酸化カリウムエタノール溶液(200 ml)による室温放置条件(約16時間)についても、本アルカリ分解と比較のため、一部の試料について適用した。無添加試料からダイオキシン類が定量された場合は、添加試料から定量値を差し引いて回収率を求めた。

C.研究結果及び考察
1.アルカリ分解がダイオキシン類に与える影響
 アルカリ分解がダイオキシン類に与える影響を、実試料に対するダイオキシン類(29異性体混合物)の添加回収試験により検討した。表1には、各試料を室温でアルカリ分解した後の平均回収率を示した。水酸化カリウム水溶液分解では、マグロを除き良好な回収率(79-107%)が添加した全異性体について得られた。マグロ#1ではOCDFの損失(回収率61%)が認められ、同様の傾向が異なるマグロ#2でも確認された。OCDFの損失が認められた場合でも、低塩素側の異性体(TCDF-HpCDFs)の回収率に大きな上昇が見られないことから、脱塩素反応による低塩素側の2,3,7,8位塩素置換体の生成は生じていないようであった。なお、マグロ#2の括弧内に示したように、定法どおりアルカリ処理前にCSを添加した場合は、OCDFの損失は対応する13CラベルOCDFにより補正されるため、定量値への影響は防止できた(99%)。この場合における13CラベルOCDFの回収率は、アルカリ分解中に損失するため他の13Cラベル異性体よりも低くなったが、ガイドライン6)の下限値以上(>40%)の数値であった。
 他の汎用されているアルカリ分解条件である、水酸化カリウムエタノール溶液を用いた場合は、マグロにおけるOCDFの損失はさらに大きくなった。さらに、他の高塩素化PCDFs(1,2,3,4,7,8,9- HpCDF)についても損失が認められた。一部の低塩素側のPCDFs異性体(1,2,3,7,8-及び2,3,4,7,8-PeCDFs)の回収率が100%を大きく超えていることから、高塩素化PCDFsの損失に脱塩素反応が関わっていると考えられた。
 図1には、OCDF損失が認められたマグロ#2において、添加したダイオキシン類(2,3,7,8位塩素置換体)以外の低塩素側ダイオキシン類の生成が生じていないか確認するため、SIMクロマトグラム(TCDFs-HpCDFs)を示した。本アルカリ分解では、OCDFの損失が生じたにもかかわらず、新たな低塩素側の異性体の生成は認められなかった(1(a))。従って、本アルカリ分解のOCDFの損失メカニズムは脱塩素反応によるものでない可能性が示唆された。一方、水酸化カリウムエタノール溶液を使用した場合は、添加したダイオキシン類以外の異性体(アスタリスクを付けたピーク)が多く認められた。これらの異性体は未添加試料に存在しないことから、アルカリ分解中に脱塩素反応により生じたと考えられる。

2.アルカリ分解・溶媒抽出法とソックスレー抽出法のダイオキシン類定量値の比較
 本アルカリ分解・ヘキサン抽出法のダイオキシン類分析における信頼性を検討するため、本法とソックスレー抽出法のダイオキシン類定量値の比較を行った。表2には、同一のスズキ試料を分析した時の、両法におけるダイオキシン類の平均定量値及び標準偏差を示した。本法により得られた平均値はソックスレー抽出の平均値と非常に近く、標準偏差も同程度であった。また、CSの回収率も本法で54-105%、ソックスレー抽出法で62-105%と同程度の範囲であった。
 さらに、両法により得られたSIMクロマトグラムにも、大きな違いは認められなかった。最も複雑なクロマトグラムのパターンが得られたPeCDFs及びmono-ortho PeCBsのSIMクロマトグラムを、図2に示した。このように、本法により得られたクロマトグラムのパターンは、ソックスレー抽出法の場合とほぼ同一であり、定量ピークに対する夾雑物の妨害ピークは認められなかった。以上の結果より、本法を用いた場合でも、一般的な他の方法と同等のダイオキシン類定量値が得られると考えられる。

3.アルカリ分解・溶媒抽出法による認証試料のダイオキシン類分析
 ダイオキシン類分析における信頼性をより評価するため、本法により2種類のダイオキシン類の認証試料を分析した。表3(a)には、本法による粉乳試料(CRM-607)の定量値と認証値を示した。粉乳試料の分析は2回行い、ほとんどの異性体の定量値が認証値の範囲内であった。一部の異性体(1,2,3,7,8-PeCDD, 2,3,4,7,8-PeCDF及び1,2,3,4,7,8-HxCDF)の定量値が認証値の範囲から外れたが、そのずれは小さかった。また、表3(b)には、本法による鯉試料(CARP-1)の定量値と認証値を示した。鯉試料の分析は3回行い、全ての定量値が認証値の範囲内であった。このように本法を用いた場合でも認証値に近い定量値が得られ、さらに本法は特別な器具を必要とせず、操作が簡便であることから有用な方法であると考えられる。

D.結論
1) 水酸化カリウム水溶液によるアルカリ分解法は、ほとんどの検体でダイオキシン類の損失を生じさせず、マトリックスを分解することが可能であった。
2) マグロでは本アルカリ分解によるOCDFの損失が認められたが、CSで補正されるため定量値への影響は防止できた。
3) 本アルカリ分解後にヘキサン抽出を行うことで、他の抽出法と比較し、同等のダイオキシン類定量値が得られた。さらに、本法により認証試料を分析した結果、認証値に近い定量値が得られた。本法は特別な器具を必要とせず、操作が簡便であることから有用な方法と考えられる。

E.参考文献
1) Tsutsumi T, Iida T, Hori T, Nakagawa R, Tobiishi K, Yanagi T, Kono Y, Uchibe H, Matsuda R, Sasaki K, Toyoda M. Update of daily intake of PCDDs, PCDFs, and dioxin-like PCBs from food in Japan. Chemosphere, 45 (2001) 1129-1137.
2) Ryan JJ, Lizotte R, Panopio LG, Lau BPY, Masuda Y. The effect of strong alkali on the determination of polychlorinated dibenzofurans (PCDFs) and polychlorinated dibenzo-p-dioxins (PCDDs). Chemosphere, 18 (1989) 149-154.
3) Firestone D. Determination of dioxins and furans in foods and biological tissues: review and update. J. Assoc. Off. Anal. Chem., 74 (1991) 375-384.
4) 高菅卓三、青野さや香、秋月哲也、中川貴之、渡邊清彦、井上毅:アルカリ分解法を用いたPCB、ダイオキシン分析の課題. 第10回環境化学討論会講演要旨集(2001) 28-29.
5) 大高広明、牧野和夫:生体試料のダイオキシン類分析における加熱アルカリ分解法の可否について. 第10回環境化学討論会講演要旨集(2001) 128-129.
6) 厚生省生活衛生局“食品中のダイオキシン類及びコプラナーPCBの測定方法暫定ガイドライン”平成11年10月

F.研究業績
1.論文発表
1)Tsutsumi T, Amakura Y, Sasaki K, Toyoda M, Maitani T. Evaluation of an aqueous KOH digestion followed by hexane extraction for analysis of PCDD/Fs and dioxin-like PCBs in retailed fish. Analytical and Bioanalytical Chemistry, 375 (2003) 792-798.

2.学会発表
1) 堤 智昭、天倉吉章、佐々木久美子、豊田正武、米谷民雄.食品中のダイオキシン類分析におけるアルカリ分解の影響. 第11回環境化学討論会(2002.6)



表1 各試料のアルカリ分解後におけるダイオキシン類回収率



表2 アルカリ分解・溶媒抽出とソックスレー抽出によるダイオキシン類測定値の比較 (スズキ)



表3 アルカリ処理・溶媒抽出による認証検体のダイオキシン類測定値



図1 ダイオキシン類を添加したマグロ試料のSIMクロマトグラム(tetra- to heptachlorinated dibenzofurans):(a)KOH水溶液分解;(b)KOHエタノール溶液分解.
図1 ダイオキシン類を添加したマグロ試料のSIMクロマトグラム(tetra- to heptachlorinated dibenzofurans):(a)KOH水溶液分解;(b)KOHエタノール溶液分解.
アルカリ分解により新たに認められたピークはアスタリスクを付けた。




図2 スズキ試料におけるPeCDFsとmono-ortho PeCBsのSIMクロマトグラム:(a)アルカリ分解・溶媒抽出;(b)ソックスレー抽出.
図2 スズキ試料におけるPeCDFsとmono-ortho PeCBsのSIMクロマトグラム:(a)アルカリ分解・溶媒抽出;(b)ソックスレー抽出.


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