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重要事例情報の分析について

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重要事例情報の分析について


重要事例情報の収集の概要

1)収集期間
平成15年5月28日より平成15年8月26日まで

2)施設数(カッコ内は前回の実績)
参加登録施設 250施設(255)
報告施設数72施設(83)

3)収集件数

区分 件数(カッコ内は前回の実績)
総収集件数 477件 (1,132)
空白、重複件数 13件 (  27)
有効件数 464件 (1,105)

分析の概要

1)分析の方法

 医療事故を防止する観点から、報告する医療機関が広く公表することが重要と考える事例について、発生要因や改善方策などを記述情報として収集した。収集されたヒヤリ・ハット事例より、分析の対象に該当するものを選定し、より分かりやすい表記に修文した上でタイトルやキーワードを付した。
 また、専門家からのコメントとして、事例内容の記入のしかたや記入の際に留意すべき点などを「記入方法に関するコメント」として、また報告事例に対する有効な改善策の例や現場での取り組み事例、参考情報などを「改善策に関するコメント」として述べた。
 さらに、コード化情報として報告されたデータを重要事例情報に付加し、事象そのものや事象の背景をより正確に把握した上で分析を行なった。


2)分析対象事例の選定の考え方

 収集された事例から、分析し公開することが有用な事例を選定した。選定の考え方は以下の基準によった。

(1) ヒヤリ・ハット事例の具体的内容や発生した要因、改善策がすべて記載されており、事例の理解に必要な情報が含まれていること。
(2)次のいずれかに該当する事例であること。
 ・致死的な事故につながる可能性がある事例(重大性)
 ・種々の要因が重なり生じている事例(複雑性)
 ・専門家からのコメントとして有効な改善策参考になる情報が提示できる事例(教訓性)
 ・他施設でも活用できる有効な改善策が提示されている事例(汎用性)
(3)なお、個人が特定しうるような事例は除く。

 また、報告された事例にはモノ(薬剤、機器等)の特性を主な要因として指摘する事例も含まれていた。これらは、「モノを改善することで、ヒトの認知的負荷の軽減や、記憶の混乱の誘発防止につながり、ヒューマンエラーを防止することが出来る」という観点から、当検討会においても有効な知見やコメントが得られると判断して事例を検討することとした。


3)事例のタイトル及びキーワードの設定

 これまでと同様に、各事例にタイトル及びキーワードを付した。キーワードは以下のリストから選択した。

■発生場所
大項目 分類項目
外来部門 (1) 外来部門一般
入院部門 (2) 入院部門一般
(3) 救急部門
(4) 集中治療室
(5) 手術部門
(6) 放射線部門
(7) 臨床検査部門
(8) 薬剤部門
(9) 輸血部門
(10) 栄養部門
(11) 内視鏡部門
(12) 透析部門
事務部門 (13) 事務部門一般
その他 (14) その他
   ■手技・処置など
大項目 分類項目
日常生活
の援助
(1) 食事と栄養
(2) 排泄
(3) 清潔
(4) 移送・移動・体位変換
(5) 転倒・転落
(6) 感染防止
(7) 環境調整
医学的
処置・
管理
(8) 検査・採血
(9) 処方
(10) 調剤
(11) 与薬(内服・外用)
(12) 与薬(注射・点滴)
(13) 麻薬
(14) 輸血
(15) 処置
(16) 吸入・吸引
(17) 機器一般
(18) 人工呼吸器
(19) 酸素吸入
(20) 内視鏡
(21) チューブ・カテーテル類
(22) 救急処置
(23) リハビリテーション
情報と
組織
(24) 情報・記録
(25) 組織
その他 (26) その他


分析結果及び考察

1)収集された重要事例情報の概要

 (1)全体の概要

 3ヶ月間の報告期間で収集された件数は479件で、うち464件が有効な報告であった。
 前回に比べて報告件数は半数程度に減少した。

与薬(内服・外用)に関する事例 103 (22.2%)
与薬(点滴・注射)に関する事例 87 (18.8%)
調剤・与薬準備に関する事例 69 (14.9%)
転倒・転落に関する事例 43 (9.3%)
チューブ・カテーテル類に関する事例 31 (6.7%)

 報告数が多い事例の種類は、前回と同様であり、全体の約7割を占めているが、個別の割合については変化が見受けられた。これまで報告数が比較的高かった転倒・転落やチューブ・カテーテル類に関する事例は大幅に減少し、与薬にまつわる事例が全体の半数以上となった。
 このような変化の要因としていくつか考えられるが、今後も継続して推移を見守っていく必要がある。

 (2)与薬に関する事例

 与薬に関する事故が半数を占めている。うち調剤・与薬準備の際のエラーが多い。特に、本来実施すべき業務の時間帯を早めたり、業務を代行したことにより結果として薬剤を重複投与してしまった事例も生じている。仕事を安易にカバーし合うのではなく、各自が責任を持って作業を実施するという体制を確立していく必要がある。
 薬剤の隔壁の開通忘れによる事例が依然として発生している。各メーカーで開通忘れを防止するためのシールを貼付する対策等が取られているが、根本的な対策とはなっていないことが推察される。
 報告事例の多くは大事に至らないケースではあるが、薬剤師との関わりによる事例が多く発生している。薬剤師が関与することで、看護師と薬剤師との役割分担の不明確さや、ヒューマンエラーなどによって、ヒヤリ・ハットが発生することがある。看護師と薬剤師間の業務分担や責任の所在については、安全管理面から検討していくことが望まれる。
 危険な薬物投与に関する新人のヒヤリ・ハット事例がある。新採用時に危険な薬物を例示し、取扱いに関しての教育や1人で行なっても良い時期の判断基準などを検討する必要がある。
 医師からの指示を受けた看護師やその他の職員により、データの入力を行う際のヒヤリ・ハット事例があった。電子カルテの導入に伴う過渡期として、医師以外の職種による入力が行われるものと考えられるが、このような指示の出し方はミスを起こす根本原因となることを、関係者に周知しなければならない。
 処方せんに記載されている医薬品と薬剤師が調製した医薬品が異なるヒヤリ・ハットが報告されている。薬剤自体を取り違えるケースと、規格違いのものを(または、規格違いの薬剤を)調剤するケースがあるが、前者の方がより高いリスクである。ダブルチェックや調剤後の管理方法などをシステムとして検討していくことが重要だと考える。

 (3)転倒・転落に関する事例

 睡眠薬服用後の転倒事例が目立っている。キャスターのストッパーが止まっていないオーバーテーブルにつかまったり、輸液ポンプを装着した点滴スタンドを患者が杖代わりに利用する際、段差で転倒して怪我をするといった身の回りの機材を支えにして生じたヒヤリハット事例もみられた。療養環境の整備と患者に対する療養生活に関する説明の徹底が必要である。
 患者の状態から危険を推測し、事故を予防できると考えられる事例が多い。確実なアセスメントシステムを導入し、それでも予防ができない事例については、詳細な背景要因の分析と検討が必要である。
 外泊時に転倒した事例がみられた。外泊時の転倒転落防止策については、本人だけでなく家族の協力が必要である。外泊時の転倒等は必ずしも病院に責任があるとは言えないが、転倒・転落の可能性について、患者・家族への十分な説明が必要と考えられる。

 (4)チューブ・カテーテル類に関する事例

 医療者が不在のときに、患者が自己抜去する事例だけでなく、医師と看護師で患者を座位にする際チューブ抜去された事例も見られている。また、更衣時や点滴交換後の三方活栓の開き忘れもみられている。日常生活ケアに当たって、何をどのように注意しなければならないか、ケアに当たる看護師が確実に理解して実施するように、チェックリストを作成するなど、教育と業務の進め方を検討する必要がある。
 人工呼吸器の付属品なども含めて、チューブの固定方法や接続に関するヒヤリ・ハットが多く見られている。確実な固定方法の工夫と接続時のエラー防止のためのチェックリストや確実な実施を行なうための指差呼称などの導入も検討する必要がある。

 (5)コミュニケーションに関する事例

 手書きの指示の誤読、記載の誤りや、事故防止対策として行なわれている確認のための会話が効果的に行なわれず、ヒヤリ・ハット事例にいたるものが多い。
 人事異動に伴い新しい体制になれないために“医療従事者間の連絡・伝達ミス”に至った事例もあった。
 交代制勤務による業務の引継ぎの問題(準備と実施者が異なる)、チームで行なうことによる責任の不明確さ(誰がするかが曖昧)からヒヤリ・ハットが生じている。自己完結型の業務分担、確実な引き継ぎ方法の手順化など、医療者の勤務の実態に応じた、業務の進め方の検討が必要である。

 (6)療養環境に関する事例

 療養環境については、これを主因とした報告事例はほとんど見られないが、ヒヤリ・ハットを引き起こした遠因として、根底に療養環境の問題が存在すると推察される事例が見受けられた。
 療養環境への配慮は、患者に快適な環境を提供するだけでなく、医療従事者の作業環境を改善することにもなる。それによって、ヒヤリ・ハットの防止も効果的に行なわれると考えられる。今後、安全管理の重要な視点として欠かせない視点である。
 安全で快適な療養環境を築いていくためには、療養する患者の視点、およびケアをする看護師の視点を踏まえ、施設・設備を整備していく必要がある。整備に当たっては、看護師などの医療従事者だけではなく、メーカー、患者・家族等との意見交換の場、利用状況を適時フィードバックするしくみを構築し、これらの意見を反映して安全で快適な療養環境の整備に努める必要がある。

 (7)インフォームドコンセント

 手術中に金属の留め金付のカツラを装着していることに気づいた事例があった。患者の高齢化に伴い、カツラ等の身体補填具を使用している人が増えていると考えられるが、金属製の身体補填具は、熱傷や通電の危険性がある。特に、手術を行う際には、本人のプライバシーや自尊心を傷つけないような方法で、手術のリスクを伝えると共に、これらの内容を組み込んだ手術前オリエンテーションのあり方を検討する必要がある。

 (8)機器一般に関する事例

 輸液ポンプで、設定時に数秒経つと設定入力画面の表示が切り替わることにより、予定量と流量の入力間違いをおこした事例がある。また、保育器が新しい機種のため従来と酸素濃度校正手順の取扱いが違うことなどが周知されていないことによる、酸素投与ミスの事例が見られた。機械の取扱いの教育、機械操作マニュアルやチェックリストの活用、メーカーでのラベルの表示をするなどの対策に努める必要がある。ひとつの病棟に複数の機種を置かない、機械管理の中央化などの抜本的な対策も有効である。

 (9)物品管理に関する事例

 手術室で物品管理が適切でなかったために、手術が中断した事例があった。病院内の物品管理は適切な医療行為のための基盤のひとつであり、そのあり方としてSPD(Supply Processing and Distribution)*の導入などが望まれる。これらのシステムが整わない場合でも、機器や物品の整備の責任者を明確にし、何時、誰がどのように対応するかなど、物品や物流を一元的に管理するシステムを作っておく必要がある。
 静脈注射用と筋肉注射用の薬剤を間違えた事例では、医師、当直看護師長、看護師とも、その病院に静脈注射用の薬剤しかないことを知らなかった。薬剤師が知っている情報も現場の医療者には十分伝わっていない場合もあり、個々の患者に、日々の注射薬を払い出す際には、一回ごとの点滴をセットとして組み込んだ形として渡す(いわゆる一本渡し)など、薬剤の管理方法を適切に行うようシステムの改善が必要である。

 (10)その他注目すべき事例

 ミルクや食事によるアレルギーの問題など、食事に関する事例も多く見られた。これらの日常生活に関連する問題については、入院時に確実に確認し、その情報を的確に伝えるなど、確実な実施の方法を検討する必要がある。
 インスリンの事例は依然として多かった。特定の業務を一人の人がまとめて行なう機能別看護体制をとっている病院もあるが、チームナーシング体制によって、1つの業務(例えば注射業務など)に関する責任が分散していることがある。インスリン注射は食事の時間に合わせて管理する必要があるため、病院によってはインスリン与薬業務を専任者が行なっているところもある。ヒヤリ・ハットの多い業務については、自己完結的な業務分担や責任の明確化を意識した体制作りをする必要がある。
 1つの業務を行なうに当たって、指示書、ワークシート、処方箋と確認しなければいけない書面が複数あり、指示変更時に「見落とす」「修正し忘れる」事例が目立った。指示変更時に上手く伝達されなかったり、一部修正のみに終わっている。最終的には電子カルテによる情報の一元化によって、同じ情報が末端まで正確にかつ確実に伝達されることが期待される。これに向かう途中段階としては、指示から実施までの過程において、1つの書類(指示書)をそのまま用いるなどして、転記ミスや確認エラーの発生の機会を減らすよう検討する必要がある。
 オーラルケアが十分にできていないなど、療養上の世話やケアの質に関連したヒヤリ・ハット事例もみられた。開口障害のある患者の口腔ケアについては、患者の療養生活の質の向上を目指していく必要があると同時に看護師だけでなく、チームとして主治医や他科(歯科・口腔科等)と相談して、対策を考えていくことが必要である。
 横断的に、患者誤認が見られた。指示書やカルテと患者の最終確認が不十分なものが多い。看護師の転記ミスやIDカードのプリントミスによる患者誤認も生じており、転記をなくすことや指示の出し方の改善など、適切な指示出し・指示受けのシステムを確立していく必要がある。

 (11)まとめ

 今回は“抗がん剤、塩化カリウム、塩化ナトリウムをはじめとする電解質輸液、カテコールアミン”など生命に危機の生じる恐れのある医薬品の取り違いが多く報告されている。医薬品に関するヒヤリ・ハットあるいはアクシデントが生じる要因としてみられる共通点は、「医薬品の作用」よりも施行の運用手順を遵守することに重点が置かれ、その薬剤を使用する意味や薬剤の作用についてほとんど考えが及んでいないことである。多くの事例で、患者の状態を把握せず、処方あるいは指示された医薬品を文字どおり「投薬」することに重点を置いた業務運用となっている。それぞれの現場で適切に与薬業務が行なわれるように、手順の整備とこれを遵守するよう教育・指導を徹底すると同時に、これらが確実に実施できるように業務環境を改善する必要がある。
 人工呼吸器の管理や手術に使用される資材・器材の管理において、多職種にまたがる業務プロセスで起きた事例が目立った。特に連携の不備やコミュニケーションエラーが原因と推測されるが、その根本的な背景要因まで分析することなく、起きた事象に対する対策のみに終わっている。対策の検討に当たって、業務プロセス全体を見直し、システムを検討する視点が欠けている。
 非効果的な安全のための確認作業によって、かえって業務を多忙にしてしまうことやリスクを高めてしまう恐れがある。安全確保のための対策立案は必要であるが、その対策が効果的なものであるか、常に評価・改善しながら、安全管理体制を確立していく必要がある。

2)今後の課題

 前回と同様に、収集事例の中には次のとおり記載の改善が必要なものが見られている。現場の分析への取り組みを支援するため、「分析事例集」の作成や分析方法についての提案およびヒヤリ・ハット事例の活用、分析のための教育用ツールの開発が必要である。
<記載の改善が必要な点>
 ・事例の具体的な内容についての記述が不足、あるいはあいまいで、事例の状況が分からない。
 ・要因を「確認不足」「大丈夫だと思った」「思い込み」としており、なぜそうなったかについて、背景要因の分析がなされていない。
 ・改善策についての記述が不足、あるいは改善策の具体的内容が分からない。
 ・組織的な背景や要因を分析しておらず、改善策が「確認の徹底」など個人の責任に帰するような表面的なものになっている。

以上



*SPDとは、病院内において、使用されるすべての物品を集中管理し、計画的に配送するため物品倉庫、中央材料室等と供給部門とを組織的、構造的に集約化を図ることで、業務の効率化や専門職員、特に看護師から「雑務」を取り除き専門職としての仕事に専念させることを意図した物品管理システムである。(国立病院・療養所の独立行政法人における財政運営と効率化方策に関する懇談会(第7回)より、URL:https://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/07/s0726-9c.html)


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