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重要事例情報の分析について

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重要事例情報の分析について


重要事例情報の収集の概要

1) 収集期間
平成15年2月25日より平成15年5月27日まで

2) 施設数(カッコ内は前回の実績)
参加登録施設  255施設 (263)
報告施設数 83施設 (77)

3) 収集件数

区分 件数(カッコ内は前回の実績)
 総収集件数  1,132件 (1,107)  空白、重複件数 27件 (38)  有効件数  1,105件 (1,069)

分析の概要

1) 分析の方法

 医療事故を防止する観点から、報告する医療機関が広く公表することが重要と考える事例について、発生要因や改善方策などを記述情報として収集した。収集されたヒヤリ・ハット事例より、分析の対象に該当するものを選定し、より分かりやすい表記に修文した上でタイトルやキーワードを付した。
 また、専門家からのコメントとして、事例内容の記入のしかたや記入の際に留意すべき点などを「記入方法に関するコメント」として、また報告事例に対する有効な改善策の例や現場での取り組み事例、参考情報などを「改善策に関するコメント」として述べた。
 さらに、コード化情報として報告されたデータを重要事例情報に付加し、事象そのものや事象の背景をより正確に把握した上で分析を行なった。



2)分析対象事例の選定の考え方

 収集された事例から、分析し公開することが有用な事例を選定した。選定の考え方は以下の基準によった。

  (1)   ヒヤリ・ハット事例の具体的内容や発生した要因、改善策がすべて記載されており、事例の理解に必要な情報が含まれていること。
(2) 次のいずれかに該当する事例であること。
致死的な事故につながる可能性がある事例(重大性)
種々の要因が重なり生じている事例(複雑性)
専門家からのコメントとして有効な改善策・参考になる情報が提示できる事例(教訓性)
他施設でも活用できる有効な改善策が提示されている事例(汎用性)
(3) なお、個人が特定しうるような事例は除く。

 また、報告された事例にはモノ(薬剤、機器等)の特性を主な要因として指摘する事例も含まれていた。これらは、「モノを改善することで、ヒトの認知的負荷の軽減や、記憶の混乱の誘発防止につながり、ヒューマンエラーを防止することが出来る」という観点から、当検討会においても有効な知見やコメントが得られると判断して事例を検討することとした。


3)事例のタイトル及びキーワードの設定

 これまでと同様に、各事例にタイトル及びキーワードを付した。キーワードは以下のリストから選択した。

■発生場所
大項目 分類項目
外来部門 (1) 外来部門一般
入院部門 (2) 入院部門一般
(3) 救急部門
(4) 集中治療室
(5) 手術部門
(6) 放射線部門
(7) 臨床検査部門
(8) 薬剤部門
(9) 輸血部門
(10) 栄養部門
(11) 内視鏡部門
(12) 透析部門
事務部門 (13) 事務部門一般
その他 (14) その他
   ■手技・処置など
大項目 分類項目
日常生活
の援助
(1) 食事と栄養
(2) 排泄
(3) 清潔
(4) 移送・移動・体位変換
(5) 転倒・転落
(6) 感染防止
(7) 環境調整
医学的
処置・
管理
(8) 検査・採血
(9) 処方
(10) 調剤
(11) 与薬(内服・外用)
(12) 与薬(注射・点滴)
(13) 麻薬
(14) 輸血
(15) 処置
(16) 吸入・吸引
(17) 機器一般
(18) 人工呼吸器
(19) 酸素吸入
(20) 内視鏡
(21) チューブ・カテーテル類
(22) 救急処置
(23) リハビリテーション
情報と
組織
(24) 情報・記録
(25) 組織
その他 (26) その他


分析結果及び考察

1) 収集された重要事例情報の概要

 (1)全体の概要

 3ヶ月間の報告期間で収集された件数は1,134件で、うち1,105件が有効な報告であった。
 収集件数の増減はあまり見られないが、前回に比べ、事例発生の流れや状況を詳細に記述している例が多く見られた。
 報告数が比較的多かった事例として、手技・処置区分別に見ると以下のような事例が挙げられる。与薬、チューブ・カテーテル類、前回対応策をまとめた転倒・転落に関する事例が7割弱と依然として多くを占めている。

転倒・転落に関する事例  218 (19.7%)
チューブ・カテーテル類に関する事例 198 (17.9%)
与薬(点滴・注射)に関する事例 174 (15.7%)
与薬(内服・外用)に関する事例 152 (13.8%)
調剤に関する事例 77 ( 7.0%)

 手技・処置区分に横断的に、伝達不十分、記載の誤り、手書きの指示の誤読といった「医療従事者間の連絡・伝達ミス」に関する事例が依然として多い。
 全体の傾向は、前回までと大きく変わっておらず、医療機関におけるヒヤリ・ハット対策の方向性を示すことがより一層求められており、場合によっては重大な結果を生じる恐れのある事例も多く報告されている。本収集・分析制度を通じて、分析の視点や対策の考え方について広く周知していく必要がある。

(2)チューブ・カテーテル類に関する事例

 三方活栓のゆるみ、固定等に関連したヒヤリ・ハットが依然として発生している。医療現場においては、適切な資材を供給するためのシステム変更も含めて、事故防止策を検討していくべきである。
 前回と同様、術後せん妄、不穏、薬剤の影響などによるチューブ類の自己抜去の事例が多く報告されている。具体的には、せん妄、不穏状態で自己抜去が予測されていた状態でのAライン(観血的動脈圧ライン)が抜去されたケースや、経管栄養中に胃管カテーテルが抜去されたケース、不十分な抑制により抜管されたケースなどが見られた。
 まずは患者の病態、精神状態も含め、チューブの挿入の必要性についてアセスメントを行い、必要性が低い場合には行わないという判断が必要である。自己抜去が予測される場合には、頻回の観察だけで予防することには限界があるため、患者・家族の同意の下、抑制により患者を守ることも選択肢のひとつとして検討することが必要である。また、セデーションのあり方なども検討する必要がある。

(3)与薬に関する事例

 インスリンの自己注射について、通常と異なる投与であることが患者本人や配薬担当の看護師に十分伝えられていなかった事例など、医療従事者間の引継ぎが不十分なために発生したコミュニケーションに関わるヒヤリ・ハットが多く見られた。口頭指示や、他の看護師が作成した薬剤の扱いや指示受けした内容を、担当看護師が実際のケアに反映させる段階で、ヒヤリ・ハットが発生している。与薬という作業にはたいていの場合多くの人が介在するが、関わる人が多ければそれだけコミュニケーションに関するリスクが高まることを十分認識することが必要である。各医療従事者の役割分担および取扱いの責任を明確にすること、可能な限り自己完結型の作業システムで運用すること、引き継ぐ際にはリスクが高いことを認識して対応することなどが求められる。
 与薬に関する指示の確認が徹底されておらず、重大な結果を招きかねない事例が見られている。指示出し・指示受け・確認(必要あれば疑義照会も含めた)の各プロセスを徹底するという個人の取り組みと同時に、指示の伝達を確実にし、確認しやすくするためのしくみや管理の方法について検討する必要がある。
 与薬以外のエラーでも、コミュニケーションにかかわるものは、以前から多く報告されており、現場の安全の向上のための重要な視点であると言える。今後、このテーマについて重点的に分析・検討することも必要となろう。

(3)輸血に関する事例
 採血時に患者の特定をする際に患者を取り違え、異型輸血につながりかけた事例がみられた。この事例は、患者を確認する際に返事をした患者を取り違えてしまったという事例である。
 このような患者特定(identification)に関する事例は以前からも報告されているため、患者や検体、輸血等の確認は、合理的で適切な仕組みを検討する必要がある。リストバンドの活用や、他分野において開発されている識別のための方法や技術(バーコード)等について導入を検討することも有効である。
 また、この事例では患者を確認する際のコミュニケーションエラーが要因として考えられるが、今後の対策につなげていくためにも、単に思いこみや外見・姓名の類似という要因分析だけではなく、事前の患者への説明はどうであったのか等の詳細な記述による分析が必要である。

(4)転倒・転落に関する事例

 前回、転倒・転落を重点テーマとして選定し、これまでの分析や提言を踏まえた統合的なコメント、対策、提言を取りまとめた。今回の報告においても、転倒・転落事例は依然として多く報告されており、現場において抜本的な解決が困難な問題であることがうかがわれる。
 具体的には、睡眠薬などの薬剤の使用、術後せん妄、疾患による意識レベルの低下などに起因する転倒・転落事例が報告されている。このような転倒・転落の予防に関しては、インフォームドコンセントを踏まえた上で、ある程度の抑制もやむをえないとの指摘もある。急性期における抑制と、高齢者や介護時の抑制では状況は異なることから、安全かつ適切な抑制(許される抑制)についても今後検討していく必要があるのではないかと考えられる。
 また、転倒転落に有効な対策を立案する場合は、療養環境面を含めた詳細な記述と分析を行うことが具体的な対応策を実施するために有効である。
 転倒・転落そのものの予防だけでなく、転倒・転落後の対応まで含めた総合的な対応策を検討することも重要と考えられる。
 今後は、これらの基本的な考え方に基づき、前回示したアセスメントツールの作成や、有効な対応策に関するエビデンスの集積等によって、総合的な対応策を明らかにし、現場で使用可能な規準を作成していく必要がある。

(5)その他注目すべき事例

 クリニカルパスが定められているにもかかわらず、その内容を確認せず内服指導を行わなかった事例や、化学療法の約束処方に記載された薬を見落として与薬しなかった事例などが報告された。手順が定められているにもかかわらず、それに従った行動がなされないために発生したエラーであり、標準化の取り組みにおいては、単にマニュアルやフォーマットを定めるだけでは十分機能しないことを示唆している。標準化された手順を定めた上で、それらを日々の業務の中で有効に活用できるようにするための運用方法・運用形態まで含めて検討することが必要である。また、定められたマニュアル通りに運用できない要因を確かめ、これを解決することも重要である。
 以前から隔壁開通を要する輸液バックを開通せずに使用してしまうエラーの危険性について指摘されてきたが、今回はメーカーが改良した新しい製品でのエラーが報告された。各メーカーには、引き続き根本的なエラー防止策を検討していただくことを期待したい。
 療養環境の中での安全性を考える事例として、病棟内で複数の医療機器を使用したことにより規定の電気容量を超え、電気の供給が止まってしまった事例が報告された。また、幼児が食事中にフォークを振り回し、ベッドサイドのコンセントにフォークが刺さるという事例も報告されている。これらの事例は、病院全体の安全な建物構造や療養環境を考える上で、有効な事例である。
 患者の家族と見られる人物から患者の状態を知りたいと電話があり、相手をきちんと確認せずに現在の病態を伝えてしまった事例が見られた。悪意ある全くの他人からであった場合、プライバシーの侵害ともなりかねず、個人情報保護の観点からも注意を要すると考えられる。
 実習中の学生の食事介助により患者がパンをのどに詰まらせる事例や、緊急手術となった患者に学生が間違って昼食を配膳し、患者が昼食を摂取してしまった事例、同時に3人の学生を指導している際にそのうちの1人が清潔な注射針で自分の指を刺した事例など、学生によるヒヤリ・ハットが報告された。実習中の学生によるヒヤリ・ハットはこれまでにもいくつか報告されているが、患者に関する情報の伝達、業務内容のオリエンテーション、指導者との連携、受け入れ側の体制などについて十分な配慮が必要である。

(6)まとめ

 前回報告後に収集されたヒヤリ・ハット事例の分析を行なった。報告件数は前回と同様に1,000件以上であり、発生の背景を詳細に報告した事例が増加している。
 報告数が比較的多い事例は前回と同様であり、これらの事例を防止すべく、より一層の専門的な立場からの分析、改善策の提案とその周知徹底が求められるところである。
 ヒヤリ・ハットの再発を防止するためには、ヒヤリ・ハットが組織のシステムに起因している可能性を考慮して要因分析を行なう必要がある。「本当に(自分だけでなく)他人のエラーもなくなるのか」と問いかけながら対策を検討していくことによって、有効な対策の立案が可能となる。
 手順、確認やルールの徹底という対策には、限界がある。例えば、忙しいときには、守られない(守れない)ルールがあることは、これまでの報告例から経験的に認めるところである。そのような場合には、「どういうとき守られにくいのか」、「なぜ遵守できないのか」、「マニュアル自体に無理はないのか」などを分析し、作業環境、システムや体制といった観点からの対策検討が必要である。
 特に、ヒヤリ・ハットを防止するために、仕事を互いにカバーしあうことを優先するのではなく、各自が責任を持って一貫した作業(例えば調剤から与薬まで)を実施するという体制を確立していく必要がある。このような体制は、コミュニケーションエラーによる事故の発生を防止することに役立つものである。
 また、要因として患者の状態に影響を受ける事例については、患者やその家族への理解を促すとともに、その協力を取り入れた療養・看護体制の検討をしていくべきである。

2)今後の課題

 前回と同様に、収集事例の中には次のとおり記載の改善が必要なものが見られている。現場の分析への取り組みを支援するため、「分析事例集」の作成および活用、分析のための教育用ツールの開発などが必要である。
  事例の具体的な内容についての記述が不足している、あるいはあいまいで、事例の状況が分からないもの。
要因を「確認不足」「大丈夫だと思った」「思い込み」としており、なぜそうせざるを得なかったのかという背景要因の分析がなされていないもの。
改善策についての記述が不足している、あるいは改善策の具体的内容が分からないもの。
組織的な背景や要因を分析しておらず、改善策が「確認の徹底」など個人の責任に帰するような表面的なものになっているもの。


以上


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