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医療安全推進総合対策
〜医療事故を未然に防止するために〜

医療安全対策検討会議
平成14年4月17日

目次

はじめに

第1章 今後の医療安全対策

1−1 医療の安全と信頼を高めるために

(1)医療安全の確保
(2)医療における信頼の確保
1−2 本報告書における検討の範囲

1−3 医療安全を確保するための関係者の責務等

(1)国の責務
(2)地方自治体の責務
(3)関係者の責務と役割
(4)医療従事者個人の責務
(5)患者に期待される役割

第2章 医療安全の確保に当たっての課題と解決方策

2−1 医療機関における安全対策

(1)基本的な考え方
(2)医療機関における適正な安全管理体制
(3)安全対策のための人員の活用
(4)標準化等の推進と継続的な改善
(5)医療機関における医薬品・医療用具等の安全管理
(6)作業環境・療養環境の整備
(7)医療機関における信頼の確保のための取組
2−2 医薬品・医療用具等にかかわる安全性の向上
(1)基本的な考え方
(2)医薬品における取組
(3)医療用具における取組
2−3 医療安全に関する教育研修
(1)基本的な考え方
(2)卒業前・卒業後の教育研修の役割分担と連携
(3)教育研修内容の明確化と国家試験出題基準等での位置付け
(4)医療機関の管理者及び医療安全管理者に対する研修
(5)効果的な教育研修を進めるための方策

2−4 医療安全を推進するための環境整備等

(1)ヒヤリ・ハット事例の収集・分析・結果の還元等
(2)科学的根拠に基づく医療安全対策の推進
(3)第三者評価の推進
(4)患者の苦情や相談等に対応するための体制の整備
(5)関係者を挙げての医療の安全性向上のための取組

第3章 国として当面取り組むべき課題

1.医療機関における安全管理体制の整備の徹底
2.医療機関における安全対策に有用な情報の提供等
3.医薬品・医療用具等に関する安全確保
4.医療安全に関する教育研修の充実
5.患者の苦情や相談等に対応するための体制の整備
6.関係者を挙げての医療の安全性向上のための取組
7.医療の安全性向上に必要な研究の推進

おわりに

別紙1 医療安全対策検討会議 委員名簿
別紙2 医療安全対策検討会議におけるこれまでの検討経過



はじめに

 国民の生命・健康が守られるべき医療機関における医療の事故が相次いでいる中、医療安全の確保は医療政策における最も重要な課題の一つとなっている。
 本検討会議は、医療安全の確保を求めるかつてない国民の声に応え、医療安全対策の目指すべき方向性を示すため平成13年5月に設置されたものである。本検討会議では、医療安全対策について、主として医療事故を未然に防止するためにはどのような対策を講じるべきかという観点から精力的に検討を行ってきた。
 今般、12回にわたる審議の結果を報告書として取りまとめたところであるが、この報告書を契機として、我が国の医療に、患者の安全を最優先に考え、その実現を目指す「安全文化」が醸成され、医療が安全に提供され、国民から信頼される医療が実現されることを切に願うものである。

第1章 今後の医療安全対策

1−1 医療の安全と信頼を高めるために

 医療は、本来、患者と医療従事者の信頼関係、ひいては医療に対する信頼の下で、患者の救命や健康回復を最優先として行われるべきものである。しかしながら、医療の現場において、医療事故により患者が死亡するなど痛ましい事案が発生しており、国民生活の安定・安心に最も密接な関わりを持つ医療に対し、信頼が揺らぎかねない状況となっている。
 こうした事故は、個々の医療従事者の単純な誤りや、防ぎ得たにもかかわらず組織としての取組不足で起こった誤りである場合など、様々なものがあるが、こうした事故の防止を図り、医療に対する国民の信頼を高めることが、現在、我が国の医療政策における緊急の課題となっている。
 このような状況を踏まえ、本章においては、医療安全対策を進めていくに当たっての基本的考え方と、そのために関係者が担う基本的役割についてまとめている。

(1)医療安全の確保

 医療安全の確保は、これまで医師を中心とした医療従事者個人の責任において行われてきた。この理由としては、医療がそれぞれ異なる症状を有する患者に対して、医療従事者の専門知識・技術の下、個別に提供される特性を有することにあった。
 しかし、近年の医療の高度化・複雑化等を背景に、医療従事者個人の努力に依拠したシステム、すなわち従来の職種や診療科ごとの医療技術や知識に基づいたシステムでの医療安全の確保は難しくなってきており、安全対策の在り方を見直すことが必要となっている。
 今日の医療は、個々の医師のみによって提供されるものではなく、様々な職種からなる「人」、医薬品・医療用具をはじめとする「物」、医療機関という「組織」といった各要素と、組織を運用する「ソフト」等を含めたシステムにより提供されており、このいずれが不適切であってもサービスは適切に提供されない。例えば、多職種からなるチームによって医療が提供されている際、チーム内のルールが不十分であったり、十分な意思疎通がないために医療事故に発展することもある。したがって、こうした個々の要素の質を高めつつ、いかにしてシステム全体を安全性の高いものにしていくかが課題となる。
 他産業においては、すでに安全対策をシステム全体の問題と捉え、科学的手法の下に進めている例も多くある。例えば、製造業界等における製品の品質管理の手法、原子力業界、航空機業界等における誤りがあっても障害に至らない仕組(フェールセーフ)や誤りが起こりにくい仕組(フールプルーフ、エラープルーフ)を取り入れたシステムの安全性向上などが挙げられる。
 こうした他産業のシステムは、必ずしも医療にそのまま活用できるものではないが、これまで医療の現場では希薄な概念であった「人は誤りを犯す」ことを前提とした組織的対策を講じているなど参考とすべき点が多くあり、今後、こうした手法を可能な限り積極的に取り入れる必要がある。
 なお、こうした対策は、現場である医療機関がそれぞれ実施するとともに、関係する全ての団体が、その立場や能力を活かして、それぞれの役割分担と連携の下、一致して取り組んでいくことが不可欠である。
 さらに、事故の予防に重点を置いて考える場合には、「誤り」に対する個人の責任追及よりも、むしろ、起こった「誤り」に対して原因を究明し、その防止のための対策を立てていくことが極めて重要であることを強調しておきたい。
 今、患者の安全を最優先に考え、その実現を目指す態度や考え方としての「安全文化」を醸成し、これを医療現場に定着させていくことが求められていると考える。

(2)医療における信頼の確保

 医療安全の確保に全力で取り組むとともに、改めて医療への信頼を確保することが必要となっている。医療は、患者と医療従事者が協力して、ともに傷病を克服することを目指すものであるが、ここで改めて「医療を受ける主体は患者本人であり、患者が求める医療を提供していく」という患者の視点に立った医療の実現が課題となっていることを認識すべきである。
 患者は、医療機関を自ら選択するための情報を取得すること、また、受診に当たっては、提供される医療内容について、そのリスクを含めて十分な説明や情報を得てよく納得した上で、自ら選択して医療を受けることを期待している。また、万一期待通りの結果が得られなかった場合においても、その原因や状況等について十分説明を受けることを希望している。
 これらの患者の要望を真摯に受け止め、必要な情報を十分提供することや、患者が納得して医療を受けられるように患者が自ら相談できる体制を整え、患者が医療に参加できる環境を作り上げていくことが必要である。こうした環境を整えることは、単に医療に対する患者の納得を得るためだけではなく、疾病構造等の変化により患者の医療への主体的な参加が必須となってきていること、情報の共有が医療安全対策の一つの鍵であること、ひいては医師等と患者の信頼関係の醸成につながること、などからも重要になってきていることは強調されてしかるべきである。
 このような医療の実現に向けて、医療に関係する全ての者が、それぞれの役割分担と連携の下、一致して取り組んでいくことが求められている。

1−2 本報告書における検討の範囲

 本検討会議においては、主として医療の安全性を高め医療事故を未然に防止するという観点から検討を行った。
 なお、院内感染対策については、医療安全対策上の重要な課題であるが、別途専門的に検討されることから、今回の検討対象とはしなかった

1−3 医療安全を確保するための関係者の責務等

 医療安全を確保するためには、行政、医療機関、医療関係団体、教育機関や企業、さらに、医療に関係する全ての者が各々の役割に応じて医療安全対策に向けて積極的に取り組むことが必要である。
 以下、国をはじめとする、関係者の責務や役割について本検討会議としての考えをまとめている。

(1) 国の責務

 医療安全の確保は、医療政策における最も優先度の高い課題であり、関係者が一丸となって努力していかなければならないが、このための環境を整備することは国の責務である。
 このため、国は、医療安全の推進に向けた短期及び中長期的な目標を明らかにするとともに、その達成に向けて関係者の取組を調整し、必要な基盤整備を行わなければならない。
 例えば、国民や社会の期待、医療安全の実態を常に把握し、医療安全に関する知見や諸外国における動向等について調査し、医療安全対策の基本的指針や基準、必要な社会的規制の策定、資源の効果的な配分等、必要な施策の立案と評価を行うとともに、適宜必要な見直しを行っていかなければならない。

(2)地方自治体の責務

 住民に身近な行政として、それぞれの地域において医療安全を確保するために地域の関係者とともに安全対策に取り組むことは、地方自治体の責務である。また、国の基本的指針・基準等を踏まえ、国や他の地方自治体等との調整を図りつつ、地域における医療の実態を把握した上で、医療機関に対して指導監督等を行う必要がある。
 また、地域住民に対して保健所などを窓口とした教育、情報提供、相談業務などを実施するとともに、医療関係団体における取組の調整、指導、情報提供等を行う必要がある。

(3)関係者の責務と役割

(1) 医療機関
 医療機関は医療を実際に提供する機関として、医療の安全と信頼を高めていく責務がある。このため、管理者の強い指導力の下、適正な組織管理と体制整備を行い、組織を挙げて安全対策に取り組んでいくことが必要である。この際、他産業における標準化や工程管理、チームによる取組や誤りを防ぐための手法などを参考に医療を見直すとともに、患者の権利を擁護するための体制を院内に整備しなければならない。そして、このような取組を通じて、「安全文化」が医療機関において醸成されていくことが重要である。
 このため、医療機関の特性に合わせた安全管理体制の整備を行うことが必要である。

(2) 医薬品・医療用具関連の企業
 企業は、医薬品・医療用具等の供給を通じて医療に係わっており、国民の保健医療の向上のためには、医療従事者等の安全に係わるニーズを尊重する必要がある。そのため、安全な製品の供給が最終使用段階で確保されるよう努めることは企業の責務であり、研究・開発・製造・流通の各段階において、製品側からの安全対策への取組が求められる。特に、副作用や製品不良等の防止策に加え、製品間の類似性・誤使用を招きやすい構造等、医療従事者等との係わり(インターフェイス)により生じる問題に関しても、医療安全を確保する観点から積極的に取り組む必要がある。なお、特に類似性に関する情報等、医療機関に注意喚起を要する情報は迅速に提供されるべきである。

(3) 教育研修・研究機関
 教育研修機関においては、医療従事者の倫理や心構え、医療に関する知識・技術を修得させ、チームの一員として安全に医療を提供できる医療従事者を養成していく責務があり、研究機関においては、医療安全に有用な研究を推進し、その結果や得られた知見を広く国民、医療機関、医療関係団体等に情報提供を行っていく必要がある。
 さらに、医療従事者の養成の拠点となる医療機関においては、医療安全のための体制整備や取組を充実し、学生・卒後研修者等に対して安全対策の模範事例を示していくことが期待される。

(4) 医療関係団体等
 医療関係団体は、国民の保健・医療の向上を目指した活動を行っており、医療従事者の資質の向上や提供する医療の質の向上を図ることを通じて、患者の安全が確保されるよう努めることは、各団体に本来求められている責務である。このため、会員向けの研修等に取り組むとともに、関係団体の間で連携を密にし、一体として安全向上に向けた取組を行うことが期待される。
 また、医療関係学会では、最新の知見の収集及び評価、医療に関する様々な情報の整理を行い、これらを広く提供することが期待される。

(5) 保険者
 医療保険の各保険者には、被保険者等に対する情報提供の充実を図り、これにより被保険者等が適切な医療を受けられるようにすることが求められている。
 特に、被保険者等に医療全般に関する情報提供や、教育・指導等を行うことが期待される。

(6) その他
 民間レベルで、患者の団体等が患者に対する各種の相談や情報提供、患者間の情報交換を非営利活動として行っているが、このような活動が今後とも促進されることが期待される。また、この活動を通じて患者の声が医療現場に反映されていくことも有益であると考える。
 その他、医療に関係する多くの団体や個人も各々の立場から医療の安全に貢献していくことが期待される。

(4)医療従事者個人の責務

 全ての医療従事者は、患者の安全を最優先し、安全に医療を提供する責務があることを認識して業務に当たる必要がある。
 このため、医療安全の観点から、医療従事者としての基本的な倫理観や知識・技能を身に付けるとともに、常に学び続けることが必要である。
 現在の医療は医療機関のシステムの中で、チーム医療として行われることから、チームの一員として自己の役割を認識し、他の従事者との十分な意思疎通と良好でオープンな人間関係の下で医療を実践するとともに、医療機関の安全対策へ積極的かつ主体的に参加する必要がある。
 また、医療従事者は、それぞれの行為のリスクと自己の行動特性を認識するとともに、患者の疾患や症状に応じたリスクも常に予測し、患者の安全確保に努めるべきである。
 さらに、自らの健康状態を原因とするリスクを可能な限り低減するために、心身の健康状態を良好に保つよう心がけなければならない。

(5)患者に期待される役割

 患者は、医療を受ける主体であり、医療安全を考えるに当たっても、患者の立場が最優先で考えられるべきことはいうまでもない。医療機関は、患者に対する情報提供や話し合いを十分行い、その上で患者は自ら治療方法等を選択して、医療に主体的に参加していくことが求められている。
 このような、患者と医療機関やその従事者が情報を共有し、相互信頼と協力関係の下で医療が実施される中で、患者もまた医療安全の確保に貢献することが期待される。

【参考】

 本検討会議において医療安全対策を検討するに際して、以下の概念整理及び用語の整理を行った。

1 リスクとリスク・マネジメントの一般的な用法

 リスク・マネジメントは、従来、産業界で用いられた経営管理手法であり、事故を未然に防止することや、発生した事故を速やかに処理することにより、組織の損害を最小の費用で最小限に食い止めることを目的としている。
 リスクとは「損害の発生頻度とその損害の重大さ」の二つの要素によって定義付けられている。世の中の全ての事象にリスクは付随しており、安全とはリスクが許容できるものであるという状態をいう。「リスクは常に存在する」こと、また同時に「適切な管理によってリスクを許容範囲にまで減らすことができる」ことが「リスク・マネジメント」の出発点である。
 リスク・マネジメントについての政策立案に当たっては、(1)危険についての社会的許容範囲、(2)リスク・マネジメントに要する費用対効果の両面からの十分な検討が必要である。

2 医療におけるリスク・マネジメント

 リスク・マネジメントの手法は、1970年代に米国で医療分野へ導入され、その後欧州等も広がっている。導入当初は、補償や損害賠償による経済的打撃を減らすことに重点が置かれていたが、近年では、医療に内在する不可避なリスクを管理し、いかに患者の安全を確保するかということに重点が移ってきている。
 医療の現場においては、診療を提供する医療機関側と、診療を受ける患者側が医療に常に内在する不可避なリスクについて、相互に十分に理解することが不可欠である。
 本検討会議においては「リスク・マネジメント」は、「医療安全管理」と同義として用いることとした。

3 アクシデントとインシデント

 「アクシデント」は通常、医療事故に相当する用語として用いる。本検討会議では今後、同義として「事故」を用いる。
 「インシデント」は、日常診療の場で、誤った医療行為などが患者に実施される前に発見されたもの、あるいは、誤った医療行為などが実施されたが、結果として患者に影響を及ぼすに至らなかったものをいう。
 本検討会議では、同義として「ヒヤリ・ハット」を用いる。

4 医療事故と医療過誤

 医療事故とは、医療に関わる場所で医療の全過程において発生する人身事故一切を包含し、医療従事者が被害者である場合や廊下で転倒した場合なども含む。
 一方、医療過誤は、医療事故の発生の原因に、医療機関・医療従事者に過失があるものをいう。

第2章 医療安全の確保に当たっての課題と解決方策

 医療安全の確保のためには、医療機関をはじめ、様々な主体が、それぞれの課題を解決し、全体として整合性のとれた取組を進めていくことが必要である。ここでは、主な課題と解決方法を列挙する。

2−1 医療機関における安全対策

 医療機関は、直接医療を国民へ提供する機関であることから、医療機関における安全対策は最も重要であり、全ての医療機関において緊急に取り組まれるべき課題である。ここでは医療機関の組織や管理体制、標準化等の手法や患者の参加の推進について課題と解決方法を示すこととする。

(1)基本的な考え方

 医療機関において、医療安全を確保するためには、医療全体の質の向上を目指し、以下に示すような安全管理に関する体制を整備するなど、組織全体が適正に管理されていなければならない。
 その管理体制の下で、日々の安全対策を行っていくとともに、常に業務を改善していくことが必要である。特に、医療機関におけるリスクの高い分野については、優先的に取り組む必要がある。
 このような組織的な安全管理のためには、他産業における標準化や工程管理などの品質管理の手法を医療分野にも積極的に取り入れることが必要である。
 また、医療への信頼を高め、患者の視点に立った医療を実現するために、医療内容等に関する十分な説明や情報提供を行うとともに、患者自らが相談でき、患者の自己決定を支える体制を整備することが必要である。
 こうした取組を通じて個々の患者の病態に応じた医療の提供が可能となるのである。

(2)医療機関における適正な安全管理体制

 医療機関においては、管理者の指導の下で、医療安全のための組織的な管理業務が確実に行われることが重要であり、医療安全管理者により安全管理が実施されるとともに、組織全体としての内部評価活動の推進、安全に関する情報の管理などが積極的に取り組まなければならない。

(1) 管理者の指導力の発揮
 医療機関を適正に運営管理することは管理者の責務である。管理者は、組織の運営に関する責任者として、強い指導力を持って、安全管理の理念や指針を定め、職員に明示し、周知徹底を図らなければならない。また、その指針に基づいて、円滑かつ効果的に安全管理が遂行できるよう、全体の活動方針や予算を定めるとともに、職員の能力や適性に応じた人事・処遇等を行い、医療機関を一つの組織体として適正に管理しなければならない。

(2) 安全管理体制の整備
 管理者は、安全管理に関する責務を負うことを自覚し、必要な体制の整備を進めなければならない。特に、部門や職種ごとの安全管理体制のみではなく、組織の安全管理に関する各部門等からの意見の取りまとめや、安全対策の方針を決定する安全管理に関する委員会(以下「医療安全管理委員会」という。)を設置しなければならない。また、委員会の方針に基づき組織横断的に安全管理を担う部門(医療安全対策室など。以下「医療安全管理部門」という。)を設置することが必要である。これらの体制整備は、各医療機関の機能や規模等に応じて行うことが重要である。

(3) 医療安全管理者の配置と活用
 医療機関全体の安全管理を担当する者(以下「医療安全管理者」という。)は、安全対策を確実に実施するために必要である。医療の現場では多職種が協力して行うサービスが多いにもかかわらず、部門間の連携が必ずしも円滑でない場合も多いため、医療安全管理者等が組織横断的立場で調整を図り、医療安全対策を進めなければならない。このため、医療安全管理者は医療機関内で一定の権限を与えられ、医療機関内の問題点の把握、対策の立案、関係者との調整、実施結果の評価などの業務を行う必要がある。なお、医療安全管理者は、医療機関の機能や規模によっては専任とすることが望まれる。
 さらに、院内の安全対策を実践するためには、病棟等の部署単位での安全対策を推進する者(以下「医療安全推進担当者」という。)を明確に定める必要がある。
 なお、医療安全管理委員会等は、院内感染対策委員会や薬事委員会などの他の関連組織と連携を取り、効率的かつ効果的な医療安全対策を講じなければならない。

(4) 内部評価活動の推進や外部評価の活用
 日常の医療活動を的確かつ安全に実施するためには、組織が自らの活動を内部評価することが有効である。客観的な内部評価を実施するためには、医療安全管理部門は他の部門から独立して設置しなければならない。そして、ヒヤリ・ハット事例や事故事例を報告させるとともに、複数の部門・部署間にまたがるシステムの問題により誤りが発生している事例や、各部署内では分析が難しいような事例について改善策を検討し、関係の部署に徹底を図る必要がある。また、診療録や看護記録等の記載状況、マニュアル等の整備、指針や手順の遵守状況や改善策の実施状況、ヒヤリ・ハット報告の活用状況等について、日常的な院内の巡回を活用して確認を継続していくことが重要である。このほか、症例検討会、部門間の連絡会議なども、組織内の活動を見直す場として有効であることから、これらの内部評価活動としての活用も図るべきである。
 また、第三者機関等の外部評価により、内部からの評価だけではわからない安全管理上の問題点を明らかにすることも有効であり、積極的に活用することが望まれる。

(5) 医療安全に関する情報の管理
 医療安全に関する情報は、必要な情報が全ての医療従事者に行き渡ることが重要である。このためには情報の収集・提供などを担当する部署ごとの窓口(医療安全推進担当者等)を明確にするとともに、これらの情報が関係者に迅速かつ確実に共有されるよう、医療安全管理委員会等はそれぞれの担当窓口との連絡・調整に努めなければならない。

(6) 他機関等との連携
 一人の患者が複数の医療機関を受診している場合も増えているため、診療内容や処方内容に関して他の医療機関のみならず訪問看護ステーションや薬局等との積極的な情報の共有を図るべきである。

(3)安全対策のための人員の活用

(1) リスクを考慮した人員の配置
 医療安全を確保するためには、業務の質や量、及び職員の資質や能力に応じて人員体制を整備することが重要である。すなわち、適正な人員配置を検討するに当たっては、リスクの高い部署、リスクの高い時間帯、職員の能力等を把握し、必要な人員配置を考えていく必要がある。例えば、救命救急のように短時間に高度な医療処置を集中して行う部署や、ICU(集中治療室)等、重篤な状態の患者に対し継続的に集中治療を施す部署にあっては、その機能に必要とされる人員を配置する必要がある。
 また、多様で複雑な業務を少人数で遂行しなければならない早朝など、リスクの高い時間帯における適切な人員配置も、各医療機関の勤務体制を踏まえながら、検討されるべきである。
 さらに、新人や部署異動直後の職員は、不慣れなだけでなく、心理的重圧を受けやすいことから、指導・監督に留意するとともに、特に、新人看護師が夜勤を行う場合には、一定の経験を有する看護師との組み合わせを行うなど、十分な配慮を行うことが必要である。
 これに加え、医療の高度化、複雑化が進んでいる中で、がん看護の専門看護師等、専門領域で高い技能や判断力を持つ医療従事者の積極的な活用についても考慮することが望まれる。

(2) 職員に対する研修
 医療機関の管理者は、全ての医療従事者が安全に関する必要な知識・技能を維持・向上できるよう、十分な研修を行わなければならない。医療安全管理者は、教育研修の計画立案に関わり、医療安全の観点から既存の研修も含めた見直しを行う必要がある。
 まず部門・部署や専門職種の壁を超えて、職員全体に共有される倫理意識を醸成することは職員の安全管理に対する意識を高める上で極めて重要である。
 一方で、各職種共通の事項に加え、職種、部門・部署、職位にふさわしい安全管理能力が得られるような研修についても、計画的に実施しなければならない。特に、新人に対する医療安全に係る研修は重視されるべきであり、重要な内容から優先的に実施することが効果的である。
 また、質の高い安全管理を実施するためには、医療安全管理者や医療安全推進担当者の研修も行う必要がある。

(3) 職員の健康管理
 安全に医療を提供するためには、医療従事者が自らの健康や生活を管理することが必要であり、自分の体調を常に把握し、健康の自己管理を行わなければならない。管理者としては、このような職員の意識の醸成を図るとともに、職員が健康を保持しつつ業務に当たることができるよう、職場環境の整備を行うことが必要である。特に研修医等については、過重な勤務とならないよう適正に勤務時間を管理しなければならない。また、重度の疲労を招きかねない勤務シフトの回避や、長時間勤務における休憩・休息時間の確保など、必要な事故防止措置に配慮することが必要である。

(4)標準化等の推進と継続的な改善

 医療安全の確保のためには、各々の業務を医療安全の観点から見直し、その結果に基づいて医療機関全体で安全対策に取り組むべきであるが、特に標準化、統一化、規則化の推進、正確で効率的な情報管理の促進などが重要である。
 これらの対策は、一度講じれば十分というものではなく、計画・実施・評価という一連の過程から、さらなる改善活動を通じて常に見直していくことが重要である。また、誤りがあっても患者への障害に至らない仕組や誤りが起こりにくい仕組等を構築することが必要である
 さらに、医療機関内の事故等の報告体制は、こうした改善活動の一環として重要であり、医療機関は積極的に取組を実施しなければならない。

(1) 標準化等の推進
 標準化や統一化等の推進は、個々の業務における誤りの減少につながるとともに、発生した誤りの発見を容易にすることから、医療の安全性の向上に寄与する。
ア 医療行為等の作業手順の統一化
 医療従事者が行う診療、看護その他の各種医療行為等について、可能なものは作業手順を統一化し、医療従事者に徹底を図ることは、安全性を高めるうえで重要であり、各医療機関における取組が進められるべきである。
イ 入院時診療計画(クリティカルパス)活用の推進
 現在、各医療機関において、医療の標準化の一環として入院時診療計画の導入が進みつつあるが、この入院時診療計画の作成には、関係する全ての職種が話し合いながら共通の認識を持つことが必要となるため、職種間の連携が促進され、業務の手順について関係職種が全体の流れを理解できるなど、医療の質の向上と安全性の向上に資する点が大きいことが指摘されている。また、これにより患者も入院中の診療過程を理解できるため、インフォームド・コンセントに寄与し、患者の主体的な医療への参加を促すことも期待されるため、医療機関はその導入に積極的に努めるべきである。
ウ 採用する物品の保管や配置等の統一化
 医療機関内で使用される各種の物品について、その採用、保管、配置等について統一化を行うことは、日常業務のみならず、緊急時においても誤りを防ぎ、安全上有用であることから、その促進を図る必要がある。

(2) 規則化の推進
 業務を安全に遂行できるよう、全ての職員の業務を明確にするとともに、医療機関内の活動を出来る限り規則化すべきである。これを必要に応じて見直し、簡素かつ常に実効性のあるものとしていく必要がある。
 医療機関内の各部門にまたがる業務、特に誤りが多い薬剤関連の業務においては、指示の変更や中止は伝達の誤りが生じやすいため、確実に伝達されるよう、各部門の役割と責任を明確にし、診療部門、看護部門、薬剤部門など関係部門間の合意に基づく規則作りとその遵守が必要である。
(3) 正確で効率的な情報管理の促進
 医療が高度化、複雑化する中で、情報の適切な取扱いや伝達が、医療の安全対策上極めて重要となってきている。特に、診療情報の管理の在り方、情報伝達の在り方、情報技術(IT)の活用が重要となっている。
 まず、診療録を始めとする診療の諸記録については、1患者1番号(1ID)を基本とし、一人の患者の必要な診療情報に全ての医療従事者が適切にアクセスできるようにする必要がある。
 また、情報伝達における誤りの防止の観点からは、記録用紙、伝票類、指示書、処方せんなどの様式について医療機関内において統一化を図るとともに、記載方法についても医療機関内において一定の標準化を図ることが必要である。さらに、処方せん等については、医療機関の枠を超えて標準化の推進を検討する必要がある。
 なお、ワークシートなど業務内容を一覧化したものを用いて業務を行う場合は、指示変更が生じた際の取り決めが十分に行われていない場合、指示変更の内容が看護師等の実施者に伝わらず、正しい行為が実施されない可能性があるため、指示変更の伝達方法について取り決めをしておく必要がある。
 オーダーエントリーシステム等の情報システムの導入は、情報の伝達の際の誤りのみならず、医療行為の指示、準備、実施などの全ての段階においての誤りを防ぐ機能を持っている。例えば、薬剤の過剰投与や併用禁忌薬の投与を防止するシステムも実用化されており、指示入力等の際の誤りの防止に活用することも有用である。また、手書き処方における記載漏れや、誤記、誤読の防止も図ることができ、伝達も確実で、実施時のチェックも可能となる。
 さらに、バーコードシステム、電子カルテシステムなども導入されつつあるが、このような情報技術を利用した病院全体のシステム化は、医療の質と安全性の向上に今後大きな役割を果たすものと考えられる。

(4) 事故事例等の情報を活用した安全管理
 医療事故につながる可能性のある問題点を把握して効果的な安全対策を講じるためには、全職員を対象とした事故事例やヒヤリ・ハット事例などの報告体制を構築し、その結果得られた知見を組織全体で学び続けることが重要である。
 収集した情報を活用するためには、的確な原因分析に基づく改善策を講じ、必要な情報を関係各部署に迅速に還元し、その後、改善策が遵守されているかを監視する仕組が必要であり、遵守されていない場合は、その原因を分析してより実効性のある改善策を再検討する必要がある。
 また、改善策によって新たな誤りが発生しないよう、全体的な視点から精査することが必要であり、改善策の実施にあたっては常にその結果を評価し改善していくことが重要である。

(5)医療機関における医薬品・医療用具等の安全管理

(1) 医薬品に関する安全管理
 医療事故の中では薬剤関連のものが多く、生命に重篤な危険を及ぼす可能性もあるため、薬剤の採用から保管、使用に至る全過程を安全の視点から見直す必要がある。
 チームでの相互チェックとして、薬剤師や看護師などは処方や指示の内容に疑問がある場合は、それを解消してから指示を受けたり、調剤、注射準備や与薬を行うべきである。また、この点についての取り決めを行い、医療機関内での周知・徹底を図ることが必要である。
ア 医薬品採用時の注意
 処方や調剤の誤りを防止するためには、各医療機関が採用医薬品を安全の視点から見直し、できる限り採用品目数を削減しなければならない。
 複数規格や同種同効薬、名称、外観の類似性から誤りが誘発されないように、医療機関内の薬事委員会等での検討等により、定期的に採用医薬品を見直すことが必要である。その際には、医薬品に関わる全ての職種の意見を踏まえることが重要である。なお、注射薬剤と溶解液のキットなどが、医療安全に有用と考えられる場合には、これらの医薬品等の活用も検討すべきである。
イ 病棟で保管する医薬品の見直し
 病棟で保管する医薬品は、医薬品の種類、数量ともに極力少なくするよう見直しを行うべきであり、薬剤部門はそれを適切に供給するとともに、使用期限や保管状態などを点検すべきである。一方、医療機関においては、夜間・休日等においても医療を提供しなければならないことから、このために必要な最小限の医薬品を病棟で保管するか、緊急時の供給体制を整備することが求められる。なお、病棟における医薬品の保管にあたっては、取り違えを防ぐための配置や施錠などの工夫が必要である。
ウ 疑義照会の在り方
 処方に関する薬剤師による疑義照会は、処方に関する誤り、薬物相互作用等の点検等に重要であることから徹底する必要があり、そのためには、医師と薬剤師との十分な意志疎通を図り、相互に協力して対応する必要がある。このことは、処方せんを発行する医療機関とそれを調剤する薬局との間でも同様であり、処方に疑義がある場合は、速やかに照会し、疑義を解消してから調剤すべきである。また、疑義照会で変更された処方内容等については、診療録及び調剤に関する記録に記入し、以後の処方又は調剤業務に反映していくべきである。
エ 注射薬剤に関する注意事項
 注射薬剤に関する事故を防止するためには、薬剤部門から、患者ごとに注射薬剤を仕分けして払い出すことが必要である。さらに、注射薬剤を混合する際は、他の業務で中断されることなく当該業務に専念できる十分な広さを持つ環境下で実施することが必要である。特に、抗ガン剤等の投与量の間違いが起こりやすい薬剤や、患者の生命に重篤な影響を及ぼす可能性のある薬剤は、薬剤部門で準備が行われることが望ましい。また、混合や注入の方法等を誤りやすい注射薬剤や患者の生命に重篤な影響を及ぼす危険性が高い薬剤については、企業からの取扱い等に関する情報提供等を医療機関内に周知することが必要である。
(2) 輸血の安全確保
 輸血に関連した事故の原因として、血液型判定に関連する誤り、血液バッグの取り違え、輸血する患者の誤認が挙げられる。
 血液型判定に関連する誤りについては、検査体制の不備で起こることが多いため、夜間や休日に輸血を行う医療機関にあっては適宜検査技師を活用できる体制を構築することなども検討する必要がある。血液バッグの誤りや輸血する患者の誤りについては、複数の医療従事者によるダブルチェックなどの確認の強化を図ることが必要であり、例えば、リストバンドバーコード照合システムの利用も有効である。また、輸血の実施については、「輸血療法の実施に関する指針」(厚生労働省)を十分踏まえて行う必要がある。
 血液の取扱いに関する情報などは日本赤十字血液センターから情報提供を受けて、医療機関内に周知することが必要である。また、輸血の実施については、患者に対してわかりやすく丁寧に説明し、同意書を取得する必要がある。

(3) 医療用具に関する安全管理
ア 医療用具使用時の注意事項
 医療用具を使用する者は、その操作方法を熟知していなければならない。このため、医療機関においては、医療用具の操作方法について十分習熟してから操作するよう必要な研修を行わなければならない。また、操作手順書を常備することも必要である。
 医療用具の点検及び保守管理は安全管理上不可欠であり、また、新規採用にあたっては安全の観点からの検討が重要である。さらに、医療用具同士を組み合わせた使用や誤接続などの危険性についても注意すべきである。このため医療機関には、企業から使用方法などの情報を入手するための窓口が必要である。また、入手した情報については、適切に管理し、使用者等に周知することが不可欠である。さらに使用上の問題がある場合は、速やかに企業や行政に情報提供する必要がある。
イ 保守管理の重要性
 医療用具に関しては、適正な使用、使用前後の点検、保守管理及び耐用期限の遵守が必要である。また、医療用具の中央管理部門における一括管理は、医療機関全体の医療用具の管理水準を一定に保つために極めて有効である。
ウ 医療用具採用時の注意事項
 医療用具の採用に当たっては、医師、看護師、臨床工学技士等の使用者や保守管理の担当者を含む組織において、医療安全の観点からの検討を行うことが必要である。また、新規購入する医療用具と既存の医療用具との組み合わせにより引き起こされ得る致命的な事故を回避するため、採用の段階で企業から得られる情報をもとに、既存の医療用具と組み合わせて使用された場合の危険性も検討することが必要である。
 また、新規購入する医療用具と従来から使用している医療用具が異なる場合、多様な使用・操作方法の医療用具が混在することによる使用の際の混乱等の危険性を考慮し、リースなども活用しながら、できる限り使用される医療用具の統一化を図るなど、不必要に多様な機種が混在しないように配慮することが重要である。
 なお、安全設計に配慮した機種がある場合には、速やかにこうしたものに切り替えることも検討すべきである。

(6)作業環境・療養環境の整備

 管理者等は、職員の作業に関する誤りを防ぐため、作業台の広さ、作業空間、採光などに十分配慮し、適正な物品の配置や表示を行うなど作業環境を整備しなければならない。
 例えば、毒物劇物等は、薬剤との取違えや他への混入等を防ぐため、厳重な保管管理に加えて、使用段階で薬剤と明確に区別できる表示や包装にすべきである。
 また、療養環境の不備に起因する転倒転落を防止するために、適切な監視や予防的対処とともに、患者の心身機能の状態を的確に評価して、ベッド、トイレ、浴室等の周辺環境や構造設備を改善し、安全な療養環境を整えなければならない。

(7)医療機関における信頼の確保のための取組

 医療の信頼を確保するためには、医療への患者の参加を推進し、医療の透明性を高めることが必要である。このためには、患者と医療従事者の対話により、相互理解をより一層深める必要がある。また、医療機関内に患者の苦情や相談に対応する窓口を設置し、患者の意見を聴くことや、安全対策への患者の協力を得ることも重要である。
 こうした患者の理解や協力を得るためには、患者が主体的に学習できる環境を医療機関内に整えることも有用である。

(1) インフォームドコンセントのより一層の徹底等
 患者が自ら治療方法等を選択できるようにするため、医療従事者は、患者が理解し納得できるまで、分かりやすく説明するとともに、その説明内容を診療録や看護記録等に記載しなければならない。その際には、患者個々に対して理解を深めるような資料を用いることが有効である。また、医療を提供する際にも、その内容を日々の診療の場で患者に説明していかなければならない。特に、想定しない結果が生じた場合には、患者に対して速やかに十分な説明をすることが必要である。また、重大な事故が発生した場合には、管理者は、患者・家族に対してより一層詳細に説明するよう指示し、その確認を行うとともに、組織内に調査委員会等を設置し、事故原因の究明及び改善策の策定を行い、事故の再発防止に努めなければならない。
(2) 患者からの相談窓口の設置
 医療の信頼性を高めるためには、医療機関内で患者の苦情等について迅速に対応するとともに、患者の医療機関への意見や期待を聴き、それを運営の改善に積極的に活用していくための相談窓口を置くことが必要である。
 この相談窓口は、患者の相談に当たる担当者が、管理者や医療安全管理委員会などに相談状況や未解決問題などを直接報告できる体制とすることが有効である。また、その他の関係機関と連携をとりながら、問題解決に当たることが必要である。
(3) 患者への情報提供と医療安全
 患者に対し、医療に関する情報を提供し、医療への積極的な参加を求めることが今日の医療にとって重要となっている。患者も自らが受ける医療の内容や服用する薬剤の種類等をよく理解し、医療従事者とともに情報を共有する一員として医療に参加することが、医療の安全性の向上に貢献できることを医療提供者は認識する必要がある。

2−2 医薬品・医療用具等にかかわる安全性の向上

 医薬品・医療用具等が医療上必要不可欠なものとして使用されている現状において、医療従事者にとって可能な限り安全に使うことができる製品の供給、及びその関連情報の提供は、医薬品・医療用具等を供給する企業に課せられた役割である。
 より安全な製品の開発・供給に当たっては、個別企業はもとより、業界としても製品開発及び市販後のそれぞれの段階における安全性へ配慮するとともに、情報提供に努めることが重要である。

(1)基本的な考え方

 医薬品・医療用具等は、国民の健康保持に当たり必要不可欠なものとなっており、医療を行う上ではさらに欠くことのできないものとなっているが、医療の高度化、複雑化の中で、医療現場において多種多様な医薬品等が、厳密な使用量や慎重な操作方法の下で用いられるようになり、また、販売名・外観が類似のものが少なくないため、医療安全対策を考える上でも非常に重要な要素となっている。実際にも、医薬品・医療用具に関連する事故事例やヒヤリ・ハット事例として、医薬品の販売名が類似しているために医療従事者が医薬品を取り違える事例や、輸液ラインと経腸栄養ラインを誤接続してしまうという事例等が多く報告されている。
 医薬品・医療用具等に関連する医療の安全性については、2ー1に述べた製品を扱う「人」や取り扱う「環境」といった医療機関内における要素と、本章で述べる、企業によって提供される「製品そのもの」やそれに付与される「安全に使うための情報」とがバランスよく機能してはじめて確保されるものである。そのための製品の開発又は改良については、企業による医療安全の確保への取組が期待される。

(1) 「使用の安全」について
 医薬品・医療用具等については、その特性による副作用等の健康被害や不具合に関し、従来から企業、医療従事者、国等による様々な安全対策が講じられてきている。しかしながら、医薬品・医療用具等の取り違えや誤使用などといった「使用」の際に生じる誤りについては、最近になって、体系的な安全対策が本格的に議論され始めたところである。
 これらの問題は、医薬品・医療用具等と医療従事者との関わりにおいて生じる問題であり、「人」や「環境」の関与も小さくないという点で、従来の副作用等の問題とは性質を異にしている。前者は人の介在の有無にかかわらず、化学物質や機器等の特性に因る部分が大きいことから、これを「物の安全」と、後者は使用の際の取り違え等を防止するための製品の側からの取組であることから「使用の安全」と称することにする。
 医薬品・医療用具等を供給する企業としては、「物の安全」確保のための副作用等の対策に加えて、「使用の安全」確保のため製品の開発・改良、関連情報の提供等、製品の側からの対応にも積極的に取り組むことが求められる。

(2) 「使用の安全」に留意した製品の開発と改良
ア 開発段階での取組
 企業においては、製品の開発段階から「使用の安全」も念頭において開発を進める必要があり、そのために実際の使用に供された時の取り違えや誤使用のリスクを想定し、それらを極力軽減させる設計や製品開発を行う必要がある。
 一方、国は、製品開発時に販売名・外観の類似性を回避・軽減するために必要なデータベースの構築や、国際基準等との整合性を踏まえた標準化等のための基準の制定等を行うことが必要である。
イ 市販後の改良
 製品の市販後の安全対策業務として、従来の「物の安全」の場合と同様に、企業は、当該製品に関してより多くの医療従事者の意見・要望等の情報収集に積極的に取組み、製品の改良に一層反映させる必要がある。これに対し、医療従事者には、使い勝手や改良等に関する情報等を企業に提供することが求められる。国も、医薬品・医療用具等に関連したヒヤリ・ハット事例等の収集に努め、企業及び医療従事者向けに情報を提供することが求められるとともに、必要に応じて「使用の安全」の確保のために改良の指導を行う必要がある。
 また、これまで各企業が個別に医療機関等の要望・意見等を踏まえて製品の改良を行ってきたことが、逆説的に製品数の増加や製品間の類似性の増大等をもたらし、結果として新たな形の事故の一因となっているとの指摘もある。このため、より実効性のある改善を講じるためには、個々の企業での取組のみならず、業界団体等が個別企業が収集した意見・要望等の情報を集約し整合化する等、医療従事者の意見・要望等への対応を検討するための体制・組織の整備を進める必要がある。それに対して、国は、関係分野の専門家も参画した形で製品改良に関する検討・評価が行われる仕組を整備する必要がある。

(3) 医療機関等への情報提供
 企業は、医療機関等から、医薬品・医療用具等の有効性・安全性に関する情報に加えて、取り違え・誤使用等に関する情報を収集するとともに、医療機関等におけるリスク管理のため、これを医療機関等向けの情報として創出・発信する必要がある。そのため、医薬情報担当者(MR)等の情報担当者を活用した情報提供を推進する必要がある。
 また、医療機関等においては、企業から入手した情報を有効活用するため、薬剤部門等の適切な部門において、医薬品・医療用具等に関する情報を一括して管理するとともに、これらの情報を医師、看護師等に提供していく必要がある。
 なお、取り違え・誤使用等が回避されたとしても、さらに患者に対して、適切かつ安全に投薬等の治療が行われなければならない。このためには、製品の適正使用に関する情報が、医療従事者に適切に提供され、活用されなければならない。
 これに関連して国は、企業や医療機関等が情報を共有するための仕組を構築する必要がある。

(2)医薬品における取組

 医薬品については、「使用の安全」の観点からは、販売名・外観の類似性の問題が指摘されており、これらによる取り違え・誤使用等の問題を解決するためには、開発及び市販後の段階での積極的な取組を行うとともに、製品に関する情報の記載方法等について、標準化、統一化を進める必要がある。また、国、医療従事者、企業及び患者における医薬品情報の提供・活用を図る必要がある。

(1) 販売名・外観の類似性
ア データベースの開発
 複数の医薬品の販売名・外観が互いに類似していることに起因する医薬品の取り違え・誤使用等は患者の生命に直接かかわる可能性もあるため、企業は、新たに開発する製品について、既存のものとの取り違え・誤使用等のリスクを軽減するための対策に取り組む必要がある。
 このため、国は、販売名の類似性を客観的かつ定量的に評価する手法の開発や、容器・包装等の外観写真に関する情報等を組み込んだデータベースの開発を行う必要がある。
イ 開発段階の対応
 企業は、医薬品の開発の早い段階からこのデータベースを活用するとともに、医療従事者等の意見を幅広く聴取する等により、製品に関する取り違え・誤使用等のリスクを適切に評価する必要がある。
 また、企業が自ら行う評価とは別に、類似性についてより客観的な評価を行うため、国及び企業は、第三者的な評価を行うための仕組を構築する必要がある。
ウ 市販後の対応
 国又は企業は、医療機関等の協力を得た上で、市販後において指摘される製品間の類似性に関する情報を収集し、医療機関等や患者に対して注意を喚起するため広く公表する必要があり、そのための体制を整備する必要がある。
 こうして得られた事例のうち、リスクの特に大きいものについては、必要なリスク軽減策を講じなければならない。この際、販売名・外観を変更した場合にあっては、企業は、医療関係者に対して外観の変更等に関する注意を喚起するような表示をするとともに、変更後の新たな事故発生等への影響も十分に考慮する必要がある。国においては、必要に応じ、改善の指導を行うことも必要である。
(2) 製品に関する情報の記載方法等の標準化・統一化
 これまで、医療機関等からの様々なニーズへの対応や他との差別化のための企業戦略によって、様々な規格や剤型の製品が開発されてきた。この結果、医療における利便性の向上がもたらされた一方で、結果的に取り違え・誤使用等のリスクを高めている側面もあった。
 こうした状況においてこのリスクを軽減するためには、個々の製品の区別を正確かつ容易に行うための情報を提供する必要がある。したがって、国は製品に関する情報の記載方法や記載場所の標準化・統一化のための基盤整備を進める必要がある。
 これを受けて、企業は規格や剤型等の製品の多様性を考慮し、取り違え・誤使用等のリスクを回避するための情報を確実に医療機関等に対して提供する必要がある。
 一方、バーコードチェックの利用により、製品の区別は正確かつ容易に行いうるため、国は、バーコードチェックがさらに普及するよう、製品のコード表示の標準化について検討を進める必要がある。

(3) 医薬品情報の提供・活用
ア 医薬品情報の提供
 医薬品情報は、従来、有効性や副作用等の安全性にかかわる情報を中心に整備・提供されてきたが、今後は、医薬品の取り違え・誤使用等を回避する観点から、販売名・外観の類似性に関する情報についても、医療従事者等に対して企業から提供する必要がある。
イ 医薬品情報の活用
 安全性を一層考慮した医薬品等の採用や使用が医療機関等において可能となるよう、医薬品全体の情報を医療機関等が活用できるようにする必要がある。また、医薬品の取り違えなどが回避されたとしても、その後の患者への投与の段階での不適正な使用に伴うリスクを回避するために、医薬品情報を活用することが必要である。例えば、販売名・外観の類似性情報や医薬品の副作用・相互作用の情報等を、オーダリングシステムなどに結びつけることにより、取り違え防止や相互作用のチェック等を可能とすることも有用である。また、特に従前にも増して厳密で慎重な使用が要求される医薬品については、その使用方法や初期症状の観察等に関する情報が医療機関に適切に提供され、それらが専門的知識を有する医療従事者によって活用される必要がある。このために、国や企業は必要な医薬品情報データベースの整備へ向けて取り組むことが必要である。
ウ 医療機関間での情報の共有化
 医療機関で処方された医薬品を記録する「お薬手帳」等は、患者自らがその服用する医薬品への関心や注意力を高めるためだけでなく、これを受診した医師や薬剤師に提示することで、医療機関や薬局間の情報の共有化を図ることができるため、医療関係団体を通じて推進する必要がある。
エ 国民・患者への情報提供
 国民・患者自らが医薬品情報に関心を持つことは、医療への参加を促すことになる。患者自らが医薬品等の確認を行うことを通じて、健康被害のリスクを回避することも可能となる。
 したがって、国及び企業は、国民・患者に対して、販売名・外観の類似性に関する情報も含めて積極的に提供する必要がある。

(3)医療用具における取組

 医療用具については、人とのかかわり(インターフェイス)が医薬品以上に重要であることが、これまで発生した事故事例やヒヤリ・ハット事例等から明らかになっている。また、医療用具は、医薬品とは異なり、一定期間に繰り返して使用するものが多いため、保守管理が重要であり、さらに製品の高度化・多様化に伴い使用方法に関する研修の実施や情報提供の重要性が指摘されている。

(1) 人の行動特性、限界を考慮した設計
 医療用具の誤った使用は、患者の生命にかかわる可能性もあるので、極力、誤使用を招きにくい構造にする等、リスクを軽減させる対策を講じる必要がある。そのため、医療用具を設計・開発する段階において、人間の行動や能力その他の特性を考慮し、操作する者が安全かつ有効に使用でき、誤使用しにくいような設計の考え方(ヒューマンファクターエンジニアリング)の積極的な導入等を図る必要があり、国際的な基準制定の動きとも整合しつつ、実用化のための研究を推進する必要がある。この際、特に単純な操作ミスが生命の危機に直結するような医療用具については、できるだけ構造又は機能の単純化、操作方法の簡略化を進めることも検討する必要がある。なお、事故防止対策に関する国際基準等が存在しない医療用具にあっては、我が国における防止対策のための基準を国際基準化するための働きかけを積極的に行う必要があり、そのためには、産学官がより一層協力する必要がある。
(2) 適切な保守管理
 医療用具は、医薬品と異なり一定期間に繰り返し使用するものも多いため、適正に使用できるように日頃から医療機関において保守管理が行われなければならない。そのため、企業においては、医療機関等に対して、現在必ずしも徹底されていない耐用期限の設定や、保守点検に関する必要な情報提供を行うことが必要であり、医療機関における保守管理の実効性を高めるため保守点検に必要な情報を添付文書に記載する必要がある。

(3) 使用方法等に関する医療機関内の研修への支援
 製品の高度化・多様化に伴い、医療機関内においては、臨床工学技士等の専門家の配置や、医療従事者への使用方法、保守点検又は操作方法に関する十分な講習等の必要性が増してきた。医療機関は、医療従事者に対し、必要な研修を行うことが必要である。また、企業及び関連業界においては、医療機関内で使用目的及び操作方法等の情報提供を行う等、医療機関における研修の取組を支援することが期待され、この場合、視覚的にわかりやすく効果的な説明資材等を提供することも有効である。

(4) 医療用具情報の提供・活用
 医療用具についても、医薬品と同様に、医療機関等における適正な使用を推進するため、企業から医療従事者等に対して有効性・安全性の情報が提供される必要があるが、さらに医療用具の場合には、煩雑な操作方法や複数製品の組合せ使用の可否、医薬品との相互作用についても考慮すべきである。
 医療機関においては、情報を入手するための窓口を設置し、その窓口は、製品が適正に使用されるよう医師、看護師等に対して情報を提供する。企業においては、窓口に対して迅速かつ的確に医療用具に関する情報を提供する必要がある。
 また、企業が医療従事者に対して効率的に情報提供するためには、医薬品分野における医薬情報担当者(MR)と同様、医療用具の情報に関する専門家を育成する必要がある。
 さらに、情報提供の基本的手段である添付文書については、医療機関等に対して適正な使用に必要な禁忌、警告、使用目的等の情報が的確に提供されるよう、国及び企業は、書式や記載内容の整備・標準化を進めるとともに、提供方法等の充実を図る必要がある。
 加えて、一部の医療用具においてバーコードチェックが利用されているが、今後、医療安全の確保のため、さらに普及するよう検討する必要がある。

2−3 医療安全に関する教育研修

 医療の安全を確保するためには、医療機関全体や医療チーム全体で取り組むことが不可欠であるが、このことは決して個々の医療従事者が果たすべき役割が小さくなったことを意味するわけではない。むしろ、各医療従事者が、安全に対する意識を高め、かつ安全に業務を遂行するための能力を向上することの重要性は強調されなければならない。このため、本章では医療従事者の教育研修についてまとめている。さらに、医療の安全管理において中心的な役割を担う医療機関の管理者及び医療安全管理者の教育研修についても整理している。

(1)基本的な考え方

(1) 医療従事者に必要な資質
 医療の安全を確保するためには、全ての医療従事者が医療機関の一員として安全対策に取り組むべきであり、個々の医療行為に関する知識や技術に加えて、組織の一員としてチーム医療に取り組むための意思疎通と連携の在り方についての心構えや態度を身につけることが必要である。さらに、患者と医療従事者の間にある情報知識の格差や患者故にいだく心理的重圧等に配慮して、情報を単に提供するだけでなく患者と十分に対話をするなど、常に患者のために医療を実践する姿勢を持つことが必須である。
 したがって、医療従事者は、医療に関する基本的な倫理観や心構えを身につけ、安全に医療を実践するために必要な専門家としての知識や技術を修得し、さらに医療機関における日常の業務の流れや仕組を理解する必要がある。また、日々進歩する医療について、生涯にわたり研鑚を積んでいかなければならない。
 特に、高度な医療を実践する技術よりも、安全に医療を提供できる能力が優先されるべきことや、チームの安全機能を高めるためには、他の医療従事者からの指摘や注意に謙虚に耳を傾けるオープンな人間関係が重要であるということを十分認識しなければならない。

(2) 教育研修の充実
 求められる資質を医療従事者が獲得するためには、医療安全の観点から、医療従事者の卒業前・卒業後の教育研修を見直し、その充実を図るとともに、生涯にわたる研修を可能とするための方策を講じる必要がある。
 医療機関の管理者に対しては、安全対策を中心に据えて医療機関を運営管理していくために必要な管理能力を身に付けるための研修が必要である。
 また、医療安全管理者が現場で安全管理業務に従事するための問題把握・解決能力についての研修体制を整備する必要がある。
 さらに、効果的な教育研修を行うため、指導者の養成や指導方法の開発等を行う必要がある。

(2)卒業前・卒業後の教育研修の役割分担と連携

 医療技術が複雑化、高度化する中で限られた教育研修の時間を効果的かつ効率的に使うため、卒業前後の教育研修の内容・方法を見直し、優先順位を考えて教育研修を行っていかなければならない。

(1) 卒業前教育の役割
 卒業前教育においては、まず、医療はあくまでも患者のためのものであり、安全が全てに優先すること、組織やチームの一員として良好な関係の下に医療を実践していくべきこと、さらに、業務手順や指針を遵守する意識の育成など基本的な倫理観や、心構えを身につけさせることが必要である。
 また、医療行為、医薬品・医療用具、患者の心身の状態に関連して生じ得る様々な危険を認識する能力を身につけること、自らが行う行為を批判的に評価したうえで行動することの重要性を教える必要がある。
 一方、医療知識や技術については、医療を実践する際に確実に守るべき事項は卒業前に修得しなければならない。具体的には、医療知識や技術については、従来は「すべきこと」を中心に教えてきたが、医療安全の観点からは、患者の生命を危うくする「してはならないこと」をその理由も含めて教える必要がある。
 さらに、卒業前の安全教育を深めるため、卒業前教育の一環として、医療機関等における実習を進めていく必要がある。

(2) 卒業後研修の役割
 卒業後研修は、卒業直後の新人に対する研修(新人研修)と、その後の経験に応じた継続的な研修とに分けられる。
 新人研修では、卒業前教育を踏まえ、個々の業務を安全に遂行するための具体的な知識や技術を修得させるとともに、チームの一員として業務を遂行する能力を身につける必要がある。特に、患者の状態や状況に応じて、危険性を予測する能力や業務の優先順位を決定するのに必要な能力、自分の行動だけではなく他の医療従事者の行為にも目配りし適切に助言できる能力を身につける必要がある。
 また、医療は組織で提供するものであることを認識させ、他の関係者との調整が円滑にでき、組織的な安全対策に主体的に取り組むことができるように指導する必要がある。特に、大学から交替で大学以外の医療機関へ配置される医師の中には、組織やチームの一員として安全対策に取り組むことへの意識不足が指摘される者も見られることから、研修を通じてその重要性を教え、意識の向上を図っていくことが求められる。
 一方、継続的な研修においては、日々進歩する医療技術や安全対策を中心とした研修を行っていくことが必要である。

(3) 卒業前教育・卒業後研修の連携
 卒業前の安全に関する教育を効果的に行うためには、卒業前の教育機関と卒業後に新人が勤務する臨床現場が、教育内容等について定期的に情報交換を行わねばならない。
 さらに、卒業前教育を担当する者は、臨床現場における最新の技術や知識を学ぶとともに、そこでの複雑な業務の流れについても常に把握し、教育に活かさなければならない。

(3)教育研修内容の明確化と国家試験出題基準等での位置付け

 医療安全を確保するために修得すべき内容については、全ての医療従事者に共通した総論的・基礎的な内容と、領域ごとに異なる各論的・応用的な内容の両方を明確にしなければならない。また、教育研修内容は適宜見直していくことが必要である。
 特に、卒業前教育において学生に医療安全について確実に学ばせるため、国家試験の出題基準や卒業前教育の内容に医療安全に関する事項を充実させることが必要である。
 新人に対する研修は医療の現場で行うものであるが、日常の医療の業務で確実かつ効率的な研修を行うためには、研修の内容・目標を全国共通的なものとして作成していく必要がある。なお、卒業後の医師・歯科医師については、臨床研修が法的に位置付けられていることから、研修目標に位置付けることが必要である。

(4)医療機関の管理者及び医療安全管理者に対する研修

(1) 管理者に対する研修
 医療機関の管理者は、医療安全に必要な対策を円滑かつ効果的に実施できるよう、全体の活動方針や予算、組織人員など医療機関の全体の運営管理方針を計画し、実施していかなければならない。現在、国において管理者に対する安全管理研修を行っているが、量的な面からも質的な面からも、これをさらに充実させていく必要がある。このため、研修の機会を増やすとともに、効果的な研修方法や教材等の開発が必要である。
(2) 医療安全管理者に対する教育
 医療安全管理者は医療機関内の問題点の把握、対策の立案、関係者との調整、実施結果の評価などの業務を担当することとなるが、このためには、医療の専門的な知識・技術に加えて情報の収集能力、分析能力、調整能力、評価能力などが求められる。
 このため、医療関係団体において行われている医療安全管理者の養成に加えて、国も医療安全管理者の養成を図らねばならない。さらに、効果的な教育を可能にする研修方法や教材等を開発していく必要がある。
 また、各医療機関に共通する安全管理に関する問題もあることから、医療安全管理者同士が経験や知識を共有し、資質の向上を図るための学会を設立することが望まれる。

(5)効果的な教育研修を進めるための方策

(1) 教育研修方法と教材の開発や普及
 医療安全に関する教育研修を効果的に行うためには、教育研修方法や教材の開発・普及を行うとともに、学ぶ者が自らの到達点を知り、これを学習に反映することのできる教材が必要である。
 教育研修効果を向上させるために、各教育研修機関は、事例研究、役割演習(ロールプレイング)や、教室において現実感のある模擬体験教育などの方法も導入する必要がある。また、個人学習できる教材が有用であることから、情報技術を積極的に活用し、疑似体験ソフト(シミュレーションソフト)など効率的に自己学習できる教材の開発が必要である。
 国は、教育研修の内容、方法、教材等を広く普及させるためのデータベースを構築し、それを公開していく必要がある。また、医療安全に関する教育研修の内容や方法について効果を評価し、これを一層充実したものとしていくため、その手法についても研究する必要がある。

(2) 指導者の養成
 卒業前教育及び卒業後研修の教育を充実させるためには、指導者の資質を高めていかねばならない。このため国は、医療安全に関する指導者の養成を図るため、研修や指導マニュアルの作成等を行っていく必要がある。

2−4 医療安全を推進するための環境整備等

(1)ヒヤリ・ハット事例の収集・分析・結果の還元等

 医療事故が発生する背景には、同じ要因に基づいているが事故には至らなかったヒヤリ・ハット事例が存在すると考えられており、これらの事例を収集・分析することは、事故の予防対策を考える上で有効である。このため、各医療機関はヒヤリ・ハット事例の報告体制を構築し、事例の収集・分析を行うべきであるが、個々の医療機関が収集・分析した情報を当該機関が活用するのみならず、他の医療機関も共有することは、医療安全対策を検討・実施する上で有効である。
 現在、厚生労働省によりヒヤリ・ハット事例について、事例分析的な情報及び定量分析的な情報の収集とその分析結果等に基づく情報の提供が部分的に始まっている。事例分析的な内容については、今後より多くの施設から、より的確な原因の分析・検討結果と改善方策の分析・検討結果を収集する体制を検討する必要がある。また、定量分析的な内容については、より精度が高くかつ効率的に収集できるよう、あらかじめ決められた医療機関から報告する体制(定点報告体制)の構築などについて検討する必要がある。
 また、複数の関係団体でもヒヤリ・ハット事例等の収集が始まっているが、異なる団体等で収集された情報についても、当該団体内で活用されるだけではなく、その枠組みを超えて広く共有できるような仕組を検討することが望まれる。
 なお、事故事例についても、ヒヤリ・ハット事例と同様に収集・分析して事故予防に活用するために、強制的な調査や報告を制度化すべきだとする意見があったが、逆に当事者の免責を行うことなく報告を求めることは、法的責任の面で当事者の一方に著しい不利益を生じさせる恐れがあり、かえって事故の隠蔽につながりかねないとする意見や、係争中の当事者間の関係にも配慮すべきとの意見もあり、今後法的な問題も含めてさらに検討することとした。
 さらに、医療事故の原因となった医療機関や医療従事者に対して迅速な行政処分等を行う審判の機能を求める意見もあったが、これにより医学的に必要であってもリスクの高い医療を避けたり、過剰な検査など不必要な医療を行う風潮が広まる恐れがあること、強制的な調査権等の法的権限の付与など、司法制度との関係調整を含めた様々な法的問題、膨大な予算や組織・人員の整備等の問題を伴うことなど、その効果・現実性に問題があり、むしろ患者の苦情等に対応するための体制の整備が現実的かつ有効である

(2)科学的根拠に基づく医療安全対策の推進

 医療安全対策に当たっては、誤りが発生しやすい箇所やその原因を分析し、対策を実施し、さらにその対策の評価を行うという一連の過程を合理的に行うことが重要である。このため国は、医療安全に関する知見を収集・整理し、その成果を広く提供しなければならない。そのためには、医療事故の実態把握の実現可能性、具体的な事故防止対策や対策の評価方法など、医療安全に必要な研究を総合的かつ計画的に行わなければならない。なお、医療安全に関する情報の交換など、諸外国との協力も必要に応じて行うべきである。
 さらに、医療安全の観点からも、医療の標準化を進めるべきであることから、科学的根拠に基づく医療(Evidence-based Medicine:EBM)も、積極的に推進する必要がある。

(3)第三者評価の推進

 財団法人日本医療機能評価機構による第三者機能評価は、医療機関における医療安全への取組を客観的に評価し、その改善につなげていくために極めて有効であり、さらに、今般の審査項目の改定により安全に関する審査項目の拡充が行われたことから、第三者機能評価の積極的な受審を促す必要がある。また、結果の公開により、患者による医療機関の選択や医療機関に対する信頼の向上に役立つことも期待される。今後、第三者機能評価においてより適切な安全管理の評価や改善のための助言を行うために必要なデータの集積を推進することが必要である。

(4)患者の苦情や相談等に対応するための体制の整備

 身近なところで医療に関する患者の苦情や相談等に迅速に対応するためには、医療機関に相談窓口を設けるとともに、地域においても相談体制を整備することが必要である。
 このため、患者や医療機関に身近な二次医療圏等に公的な相談体制を整備するとともに、都道府県には第三者である専門家等も配置した「医療安全相談センター(仮称)」を設置するなど、必要に応じて医療機関への問い合わせや、場合によっては指導等を行う体制を整備することが必要である。
 さらに、これまで、地域の医師会や歯科医師会等においても患者の相談業務が行われてきたところであるが、他の関係団体においてもこのような取組を充実させていくことが期待される。
 なお、医療事故に関する民事紛争を簡便に処理するための紛争処理機能についても検討されたが、裁判制度を上回る機能が担保できるか、巨額に及ぶとみられる賠償金をどう考えるか等の論点があり、これについては司法制度の枠組みの中での検討を期待し、本検討会議で結論を出すべき問題とはしなかった。

(5)関係者を挙げての医療の安全性向上のための取組

 医療安全を推進するためには、臨床の現場で医療に携わるものから医療機関の管理者にいたるまでの全医療従事者、行政や医療関係団体、さらに、企業など医療に関連する全ての者が各々の役割に応じて対策に主体的に取り組むことが必要である。このためには、関係する者全員に対する普及啓発活動に取り組まなければならない。
 昨年より、国において「患者の安全を守るための医療関係者の共同行動(PSA)」を提唱し、普及啓発活動に取り組んできたところであるが、自治体や関係機関が更に今後もこうした活動に継続して積極的に取り組んでいくことが必要である。このため、毎年11月末の「医療安全推進週間」を中心に普及啓発活動を進めることが重要である。

第3章 国として当面取り組むべき課題

1 医療機関における安全管理体制の整備の徹底

 医療機関における安全管理は管理者の重要な役割であり、そのために必要な安全管理体制を整備することが求められる。
 これまで、高度な医療等を提供する特定機能病院においては、その規模や機能の特性を鑑み平成12年4月から一定の安全管理体制の義務付けを行ったところである。しかしながら、医療安全対策は、医療法において病院は「科学的でかつ適正な診療を受けること」を目的として運営されなければならないと規定されているように、本来全ての病院において実践されなければならないものである。
 平成14年の診療報酬改定において、安全管理体制について整備していない病院等に減算を行うとされたことも、この考え方に立つものであり、法的にもこの旨を明らかにすべき時期に来ていると考えられる。
 したがって、医療機関における安全対策に有用な情報を提供し、その実施を促進するとともに、そのために必要な安全管理体制を確立するため、以下のように医療機関の種別・機能別に安全管理体制の再整理を行うとともに、その実効性を高めるため、各医療機関が実施する安全管理体制の具体的内容をガイドラインとして提供すべきである。
 また、医療機関へ義務付けた事項や指導すべき事項について、適切な監視指導等を通じて地方自治体が適切に対応するよう、指導・助言を行っていくべきである。

(1) 全ての病院及び病床を有する診療所
 全ての病院及び病床を有する診療所について、医療の安全管理のための指針の整備、事故等の院内報告制度の整備、医療安全管理委員会の開催、医療の安全管理のための職員研修の開催を義務付ける。また、医療安全管理者の配置、医療安全管理部門の整備及び患者の相談窓口の設置を指導する。
 さらに、管理者の指導力の発揮など安全管理体制の整備、医療従事者の活用等安全に配慮した人員の配置、標準化等の推進と継続的な改善、企業等からの情報を入手するための窓口の設置や保守点検等医薬品・医療用具等の安全管理の徹底、インフォームド・コンセントのより一層の徹底等、医療機関における信頼の確保のための取組等に関し、医療安全の確保のために必要な事項についても指導する。
 なお、病床を有しない診療所については、上記に準じた安全管理体制の整備を勧奨する。
(2) 特定機能病院
 特定機能病院については、(1)に加え、専任の医療安全管理者の配置、医療安全管理部門の整備及び患者の相談窓口の設置を新たに義務付ける。
(3) 臨床研修病院
 臨床研修病院については、(1)に加え、医療安全管理者の配置、医療安全管理部門の整備及び患者の相談窓口の設置を義務付ける。なお、複数の医療機関が群として臨床研修を行う場合には、相談窓口を群の中核機関、もしくは、地域の医師会に整備する。

2 医療機関における安全対策に有用な情報の提供等

(1)ヒヤリ・ハット事例の収集範囲の拡大等

 厚生労働省が実施する医療安全対策ネットワーク整備事業について、

(1) 事例分析を充実させるため、対象施設について、現行の特定機能病院及び国立病院・療養所から全ての医療機関が参加できるよう範囲を拡大、
(2) 定量的分析の精度向上等を図るため、対象となる医療機関を定め、定期的に報告される体制(定点報告体制)とするよう早急に検討を開始、
(3) 医療機関が、自施設のヒヤリ・ハット事例や本事業による提供情報をもとに、医療安全上の問題点の把握などが推進されるよう、分析方法のマニュアルを作成、
などにより、さらに事業の充実を図っていくべきである。

(2)医療安全情報の提供

 医療行為の標準化推進、情報技術の活用、医薬品・医療用具等の管理体制の見直しなど、医療機関が安全対策を実施するに当たって有用な情報を提供していくべきである。

(3)EBMデータベースの整備等

 科学的根拠に基づく、質の高い最新医学情報を医療従事者に提供することを通じて医療の安全性が向上されるよう、データベースの整備等を図っていくべきである。

3 医薬品・医療用具等に関する安全確保

 医薬品・医療用具等に関連する事故事例やヒヤリ・ハット事例として、医薬品の販売名が類似しているために医療従事者が医薬品を取り違える事例や輸液ラインと経腸栄養ラインとを誤接続してしまうという事例等が多く報告されている状況にあったことから、これまで、国としては、医薬品についてPTP包装への販売名等の記載の指導等を行うとともに、医療用具については、輸液ライン等の誤接続防止のための基準制定、人工呼吸器における警報に関する基準の制定等を行うことにより、製品側からの医療の安全確保に努めてきたところである。また、薬物療法がより安全かつ効果的に行われるための医薬品情報の提供についても、インターネットによる情報提供システムの整備などに努めてきたところである。製品側からの医療安全への取組は、製品の安全確保に対して第一義的な責任を有する企業における取組と、個々の企業が行い得ない、基盤的・共通的な面からの国における取組とが、両者の連携の下で、調和することにより、はじめて効果的に機能するものである。
 したがって、国としては、企業における取組に資する基盤整備を行うとともに、企業が取り組むべき種々の安全対策が適正に行われるよう企業を指導すべきである。

(1)医薬品の販売名・外観の類似性に関する客観的評価のための基盤整備

 医薬品の販売名や外観の類似性に関する客観的評価を行えるよう、定量的評価手法の開発、外観データベースの開発、客観的評価の仕組の検討整備、収集事例の医療関係者への提供といった基盤整備を行っていくべきである。

(2)医薬品の製品情報の記載方法標準化の推進

 医薬品の製品に関する情報について、製品の区別を正確かつ容易に行うよう関連企業に指導するとともに、製品のバーコードチェックがさらに普及するよう製品のコード表示について標準化の検討を進めていくべきである。

(3)医薬品情報の提供

 医薬品情報については、医療従事者はもちろんのこと、患者に対しても、十分提供されることが必要である。このため、国は、薬物療法が安全かつ効果的に行われるための情報提供に加え、販売名・外観の類似性に関する情報が適切に提供されるよう関連企業を指導するとともに、必要なデータベースの開発のための基盤整備を行っていくべきである。

(4)「お薬手帳」の一層の普及

 医療機関及び薬局間の情報の共有化を進めるため、「お薬手帳」のより一層の普及を図っていくべきである。

(5)人の行動特性、限界を考慮した医療用具の開発指導

 医療用具の安全な使用のため、人の行動特性、限界を考慮した設計(ヒューマンファクターエンジニアリング)等の考え方を製品開発の段階から導入するよう、関連企業を指導するとともに、実用化のための研究開発を進めるべきである。

(6)医療用具の添付文書の標準化推進

 添付文書の書式・記載内容の整備・標準化や提供方法の充実を図っていくべきである。

(7)企業において取り組むべき事項に対する指導

 医薬品・医療用具の安全な使用を推進するため企業が取り組むべき以下の事項について指導する。

(1) 医薬品の販売名・外観の類似性に関するリスク低減方策
(2) 医療用具の耐用年限、操作方法等の医療機関に対する情報提供
(3) 企業内における製品情報の専門家の養成

4 医療安全に関する教育研修の充実

(1)国家試験の出題基準上の位置付け

 医療関係職種の国家試験の出題基準において、安全に関する項目を拡充すべきである。

(2)教育内容の明確化

 卒業前における医療安全に関する教育内容を明確化すべきである。

(3)臨床研修等で修得すべき事項の明確化

(1) 医師・歯科医師の臨床研修必修化に伴い、安全に関する修得ができるよう研修目標を設定すべきである。
(2) 医師・歯科医師以外の医療関係職種については、卒業直後の新人研修で修得すべき医療安全に関する事項について関係者に広く情報を提供すべきである。

(4)医療機関の管理者、医療安全管理者等の研修

 医療機関の管理者、医療安全管理者等の医療安全に関する知識の向上を図るため、国による研修等の充実を図っていくべきである。

(5)教材等の開発

 医療安全に関する教育研修がより有効かつ効率的に行えるよう、教育方法の研究、教材等の開発を行うべきである。

5 患者の苦情や相談等に対応するための体制の整備

 医療に関する患者の苦情や相談等に迅速に対応するために、

(1) 特定機能病院及び臨床研修指定病院に相談窓口の設置を義務付けるとともに、その他の医療機関にも相談窓口の設置を指導、
(2) 医療関係団体における相談業務について、さらに積極的な対応を要請、
(3) 二次医療圏ごとに公的な相談体制を整備するとともに、都道府県に第三者の専門家を配置した「医療安全相談センター(仮称)」を設置するよう各種支援を実施、
などにより、医療機関や地域における相談体制の整備を図っていくべきである。
 このため国は、既に相談体制を整備している医療機関や都道府県等から参考となる事例の収集を行い、広く医療機関や関係機関等に対して積極的に情報提供すべきである。

6 関係者を挙げての医療の安全性向上のための取組

 毎年度11月末の「医療安全推進週間」を中心とした医療関係者の医療安全に関する共同行動を更に充実すべきである。

7 医療の安全性向上に必要な研究の推進

 医療の安全性向上に有用な各般の研究をさらに推進するとともに、研究の成果を医療機関や国民や容易にアクセスできるようデータベースを整備すべきである。

おわりに

 以上、我が国のこれまでの医療安全対策を総括し、今後の方針及び当面取り組むべき課題を明らかにした。厚生労働省においてはこれらの対策を確実に実施するために必要な予算等の確保、診療報酬上の措置、税制改正要望、規制等の見直し、教育啓発活動などに取り組まれたい。また、今後とも医療安全対策の実施状況を踏まえて、必要な対策を講じられることを強く望みたい。


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