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重要事例情報の分析について

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重要事例情報の分析について


1 重要事例情報の収集の概要

1)収集期間

平成13年11月19日より平成14年3月26日まで

2)施設数

参加登録施設 266施設
報告施設数 113施設

3)収集件数

区分 件数
総収集件数 446件
 無効件数 65件
 重複件数 11件
有効件数 370件

2 分析の概要

1)分析の方法

 医療事故を防止する観点から、報告する医療機関が重要と考える事例について、発生要因や改善方策などを記述情報として収集した。収集されたインシデント事例より、分析の対象に該当するものを選定し、より分かりやすい表記に修文した上でタイトルやキーワードを付した。
 さらに、専門家からのコメントとして、事例内容の記入の仕方や記入の際に留意すべき点などを「記入方法に関するコメント」として、また報告事例に対する有効な改善策の例や現場での取り組み事例、参考情報などを「改善策に関するコメント」として記載した。

2)分析対象事例の選定の考え方

 収集された事例から、医療事故防止のために特に有益な事例を選定した。なお、選定の考え方は以下の基準によった。

(1)インシデント事例の具体的内容や発生した要因、改善策がすべて記載されており、事例の理解に必要な情報が含まれていること。

(2)次のいずれかに該当する事例であること。

  • 発生頻度は低いが、致死的な事故につながる事例
  • 他施設でも活用できる有効な改善策が提示されている事例
  • 専門家からのコメントとして有効な改善策が提示できる事例
  • 専門家からのコメントとして参考になる情報が提示できる事例
(3)なお、個人が特定し得るような事例は除く。

 なお、報告された事例にはモノ(薬剤、機器)に関する事例も含まれていた。これらは、人がモノを取り扱う際のヒューマンエラーを防止するという観点から、当検討会においても有効な知見やコメントが得られると判断して事例を検討することとした。

3)事例のタイトル及びキーワードの設定

 第1回報告と同様、各事例にタイトル及びキーワードを付した。キーワードは以下のリストから選択した。

■発生場所

大項目 分類項目
外来部門  (1) 外来部門一般
入院部門  (2) 入院部門一般
 (3) 救急部門
 (4) 集中治療室
 (5) 手術部門
 (6) 放射線部門
 (7) 臨床検査部門
 (8) 薬剤部門
 (9) 輸血部門
 (10) 栄養部門
 (11) 内視鏡部門
 (12) 透析部門
事務部門  (13) 事務部門一般
その他  (14) その他

■手技・処置など

大項目 分類項目
日常生活の援助  (1) 食事と栄養
 (2) 排泄
 (3) 清潔
 (4) 移送・移動・体位変換
 (5) 転倒・転落
 (6) 感染防止
 (7) 環境調整
医学的処置・管理  (8) 検査・採血
 (9) 処方
 (10) 調剤
 (11) 与薬(内服・外用)
 (12) 与薬(注射・点滴)
 (13) 麻薬
 (14) 輸血
 (15) 処置
 (16) 吸入・吸引
 (17) 機器一般
 (18) 人工呼吸器
 (19) 酸素吸入
 (20) 内視鏡
 (21) チューブ・カテーテル類
 (22) 救急処置
 (23) リハビリテーション
情報と組織  (24) 情報・記録
 (25) 組織
その他  (26) その他


4 分析結果及び考察

1)収集された重要事例情報の概要

(1)全体の概要

○ 報告件数は前回から大幅に増加し4カ月間の報告期間で収集された件数は446件で、うち370件が有効な報告であった。

○ 改善策として有効な対策が検討されている事例が前回以上に多く見られた。

○ 報告数が比較的多かった事例として、手技・処置区分別に見ると以下のような事例が挙げられる。また、手技・処置区分に横断的に、手書きの指示の誤読、伝達不十分、記載の誤りといった「医療従事者間の連絡・伝達ミス」に関する事例が多く報告された(32件8.6%)。

与薬(点滴・注射)に関する事例 50件(13.5%)
転倒・転落に関する事例 37件(10.0%)
チューブ・カテーテル類に関する事例 33件( 8.9%)
与薬(内服・外用)に関する事例 30件( 8.1%)
処方に関する事例 22件( 5.9%)
調剤に関する事例 18件( 4.9%)

○ これらについては、いずれも多くの医療機関で共通の問題であり、有効な改善策を公開、共有することで同様な事故の防止に貢献できると考えられる。

(2)与薬に関する事例

○ 与薬に関する事例としては、薬の種類や量の間違い、三方活栓、輸液ポンプなどの操作の間違い、患者の間違いなどが報告された。

○ 薬の種類や量に関するインシデントに対しては、間違えやすい名称の薬、複数の規格がある薬のリスト等を作成し研修で活用する、病棟内の間違いやすい薬をリストアップして掲示するなどの工夫が必要である。

○ 間違えやすい薬剤や三方活栓の扱い方、医療機器操作などモノに関するインシデントは、人がモノを取り扱う際のヒューマンエラーを防止するという観点からモノの仕様や操作性を検討していく必要がある。

(3)転倒・転落、チューブに関する事例

○ 「転倒・転落」や「チューブ」のトラブルについては、患者本人の自発的行動によるものが多いという点が共通しており、そのためその発生を完全に防止することは困難である。報告事例でも「頻回に訪室して観察する」といった対策が多く、有効な対策が立てにくいことがうかがわれた。

○ 「転倒・転落」、「チューブ」のトラブルとも医療機関側で防ぎうるものとそうでないものを明確に区別し、それぞれに応じた対策を講じることが重要である。

○ 患者の自発的行動によるものは、アセスメントシートなどを利用した患者の特性別のリスク評価と事前の予防的対応が有効であり、今後とも効果的なアセスメント方法及び予防策の検討を行っていくことが必要である。

(4)医療従事者間の連絡・伝達ミスに関する事例

○ 医療従事者間の連絡・伝達ミスに関する事例としては、手書き指示による間違いや伝達が不十分で受け手の解釈が異なっているなどの事例が見られた。特に、指示を変更した場合や通常と異なる指示などの場合の伝達ミスが多く報告された。

○ チーム医療を進めていく上で、確実な指示伝達や情報の共有が重要であり、指示伝達系統の明確化が必要である。

○ 医師と薬剤師、看護師、検査技師などコメディカルとの連携によって、伝達ミスを未然に発見した事例など、チーム医療による相互チェックが有効に機能している事例も報告された。

○ 情報の確実な伝達や共有に関しては、IT化を推進することは対策として有効である。しかし一方で、コンピュータへの入力ミスなどIT化に伴う新たな課題も報告されている。

(5)その他の報告事例

○ その他、研修医等が起こしたインシデントの事例が報告された。

(6)まとめ

○ 前回の報告後に収集されたインシデント事例の分析を行った。報告件数は前回から大幅に増加した。

○ 改善策として有効な対策が検討されている事例が前回以上に多く見られた。
 医療安全対策ネットワーク整備事業を通じて、参加病院におけるインシデント事例の分析及び改善策の質が向上しつつあることがうかがわれる。

○ 本検討会において、収集事例を専門的な立場から分析することで、有効な改善策を提案したり参考情報を紹介した。

○ 「確認不足であったため今後は確認を徹底する」という、当事者個人の問題として発生原因を特定し、今後の改善策を検討している事例が多く見られた。人はミスを犯しうることを前提に、ミスを犯させないような仕組みの構築や、ミスがあってもそれが事故に発展する前に発見されるような仕組みの構築を引き続き検討することが必要である。

2)今後の課題

 前回と同様、収集事例の中には記載の改善が必要なものが次のとおり見られた。

  •  事例の具体的な内容についての記述が不足している、あるいはあいまいで、事例の状況が明らかでないもの。

  •  改善策についての記述が不足している、あるいは改善策の具体的内容が明らかでないもの。

  •  組織的な背景や要因を分析しておらず、改善策が「確認の徹底」など個人の責任に帰するようなもの。

 今回の分析にあたっては、今後の記入の際の参考となるよう各事例に「記入方法に関するコメント」を付している。前回報告した「記載用紙」及び「記入例」と合わせて、インシデント報告における事実の把握方法、記述の方法、分析方法等に関する情報提供を今後とも行っていくことが必要である。


5 分析事例

事例26:(規格が異なる薬剤の調剤)

発生部署(薬局)  手技・処置など(調剤)

■インシデントの具体的内容

 なるべく早く調剤をしようとしたが、正しく処方内容を理解しなかったために、規格が異なる薬剤を調剤してしまった。患者さんが服用しようと薬袋から取り出したとき、違う薬剤が入っていることに気づき、薬剤部へ連絡があった。

■インシデントの発生した要因

 予約患者数が多く、処方箋もたくさん来たため、早く調剤しようとしていたこともあり、正確に処方内容を理解できなかった。

■実施したもしくは考えられる改善策

 ある程度早く調剤することも大切であるが、正しい処方を調剤するため、声に出して読むことも必要である。


専門家からのコメント

■記入方法に関するコメント

 インシデントが生じた背景や内容を具体的に記載しましょう。何という医薬品か,何種類ある規格のうちどれを調剤したかなどを明確に記載することで、間違いの原因の分析やそれに基づく対策が検討しやすくなり、同種のミスの減少につなげることができます。また、なぜインシデントが発生したかの理由は「内容」ではなく、「要因」の項目に記載します。

■改善策に関するコメント

システムの改善につなげる視点

 「正しく処方を調剤するため声に出して読む」といった一人ひとりの努力はもちろん重要ですが、個人の資質に頼る対策よりもシステムの改善という視点での対策を検討することは、組織全体にとっても有益な検討となります。
 また、規格違いの同一薬剤の取り違えは調剤ミスの主な要因の一つですので、薬剤自体を取り違えにくいよう一定の統一化や標準化を導入することが企業側にも求められています。非常に限られた情報ではありますが、このケースからは業務手順書の整備と遵守、業務量と人員配置など薬剤部門における業務システムの根本的なインシデント発生要因がうかがわれます。
 また、患者さんへはどのように対応したのでしょうか。調剤監査をした薬剤師、主治医へはどのように対応したのでしょうか。今一度、患者さんの視点やチーム医療の視点からも検討する必要があると思われます。

具体的改善策の例

 改善策としては以下のようなものが考えられます。

薬剤部業務の運用と教育:

 管理者が以下の事柄を提案・企画し,薬剤部職員全員が参加し,実現可能な業務システムを構築する.

(1)調剤業務手順の作成と徹底

 【参考】調剤指針第11改訂 日本薬剤師会・編(薬事日報社)

(2)当該医療機関で薬剤師が取扱う医薬品を熟知するための研修会,カンファレンスを企画・実行

薬剤師は処方せんに記載された医薬品名と薬剤部内に保管している薬剤名の「名前と数字合わせ」で調剤しているのではなく,医薬品の情報を確認して調剤するので,当該医薬品の情報に熟知していなければなりません

(3)システム業務量に合わせた適正人員シフトシステム

予約患者数が多く調剤業務が多忙となることが予測される場合の業務シフトシステムを構築する.


事例16:(三方活栓の開き忘れ)

発生部署(一般病棟、集中治療室)  手技・処置など(与薬(注射・点滴))

■インシデントの具体的内容

 イノバン、ドプトレックスのシリンジ交換をするためにオーバーラップ※を開始したが、血圧は上昇しなかった。三方活栓が開放になっていないことに気づき、そばにいた医師が開放し、再度オーバーラップを開始した。

■インシデントの発生した要因

 二人の患者さんの観察をしていた。もともと血圧が低下していたため、血圧が上昇しなくても変とは思わなかった。また、患者さんの状態が安定しておらず、緊張していた上、入室患者さんの観察で慌てていた。

■実施したもしくは考えられる改善策

 どんなに忙しくても心を落ち着かせる。薬剤開始やシリンジ交換時には、ライン・三方活栓の状態・スピード等を確認する。

※検討会注: オーバーラップとは、血圧を上げるための薬剤投与の場面で、1種類の薬では効かない場合に複数の薬剤を同時に投与することを指していると考えられます。


専門家からのコメント

■記入方法に関するコメント

 患者の状態、医師と看護師がその場にいた経緯、三方活栓の未開放に気づいたきっかけ、気づいたタイミングなども明確に記述しましょう。
 また、二人の患者さんを同時に観察しなければならなかった状況や要因についての記述があると、そういった状況に陥らないための対策を検討することができます。

■改善策に関するコメント

三方活栓使用の再検討

 今回収集された事例の中にも三方活栓の扱いに関する事例が多く見られ、新人の起こす事故においても、三方活栓の操作ミスは代表的です(添付資料5)。特に重要な薬剤の場合には、三方活栓の代わりにクローズドシステムのコネクタの導入なども有効かもしれません。

【クローズドシステム】クローズドシステム(閉鎖注入システム)とは、針や三方活栓などの接続器を使用するよりも細菌感染の機会の減少だけでなく、針刺し事故の減少などにも有効とされています。アメリカで主流となっており、日本でも国立小児病院、浜松医療センターなどで導入されています。

有効なチェック機能のために

 人間の注意力の維持は難しく、慌てたりすると過誤率は高くなります。したがって重要な薬剤のルートやシリンジの交換については、一人がチェックするのではなく、立場を変えた他の人による客観的ダブルチェック体制も有効です。
 バイタルサインの安定していない患者や医療機器を使用している患者の申し送りは指示簿を持ってベッドサイドで点滴等を確認しながら行うなどの工夫をしましょう。シリンジ交換時などに確認するポイントのチェック表を作成し、携帯するなどの工夫も有効でしょう。

多重課題の回避

 医療現場では複数の業務が同時に発生するいわゆる「多重課題」が日常的に起こりやすい状況にあります。多重課題は、集中力が散漫になったり業務が中断したりするためミスが起こりやすくなります。そのため、医療従事者には、複数の業務をある程度並行して進める能力や、特に重要な行為を行っている場合に自ら意識的に業務の多重化を回避するセンスと工夫などが求められます。
 この事例の場合には、血圧の低下という緊急事態であったわけですから、可能であれば業務の多重化を回避し最優先すべき業務に集中できるようにすることが望ましいと言えます。なぜ二人の観察を同時にしなければならない状況だったのか、それを未然に防ぐことはできなかったのかなどについて、もう一度検討してみましょう。


事例63:(転落)

発生部署(一般病棟)  手技・処置など(食事と栄養)

■インシデントの具体的内容

 食事介護が必要な患者さんのベッドを90度に上げ、ベッド上に座位の姿勢で保持していた。配膳しようと思い、その場を離れ、15分ほど経過した時点で行ってみると、上半身が床についていた。患者さんに外傷はなかった。

■インシデントの発生した要因

 片麻痺側にずれを防止するための枕等が入っていなかった。ベッド柵が上半身の落下を防止できる位置になかった。

■実施したもしくは考えられる改善策

 麻痺側にずれてくることを予防するため枕等を使用する。落下を防ぐため、ベッド柵の固定位置を工夫する。


専門家からのコメント

■記入方法に関するコメント

 姿勢保持のためには下肢の支えが重要ですが、転落前の下肢の状態はどうだったでしょうか。
 また、そもそも15分間離れなければならなかった背景要因は何だったのか、避けることができなかったのかを検討してみましょう。

■改善策に関するコメント

姿勢保持のための看護技術の再確認

 姿勢保持のためには下肢の支えが重要であり、上半身を起こした場合には下肢の体位保持も行うことが必要です。座位になった時の安全な体勢は何か、確認事項をはっきりさせ、ベッドサイドを離れるときはこれらを確認して離れるようにしましょう。座位にした際に患者の欲求を聞きそれを満たしてから離れることも有効です。
 片麻痺患者は麻痺側に倒れやすいため、座位の姿勢を保持する場合にはあらかじめ何らかの予防を行うことが必要です。麻痺だけでなく転倒・転落を起こしやすい条件があります。転倒転落アセスメントシートなどを活用し、リスクを事前に把握して患者の特性に合った対策をとることが有効です。
 ベッド柵は高さが限られていることからベッド柵を利用した座位の保持や転落防止には限界があることを理解しましょう。特に自力で行動できる患者の場合、高い柵はむしろ柵を乗り越えようとすることで転落時の障害を大きくする可能性が指摘されています。ただし、患者の麻痺側の体を支える固めの枕など補助具を固定するのにベッド柵が利用できます。
 転倒・転落の発生を完全にコントロールすることは困難です。転落の予防と同時に、ベッドの高さを低くする、衝撃を吸収する床材を採用するなど、転落しても障害が少なくなるような工夫も必要です。
 座位になれる人であれば、状況によっては車椅子に座らせるのも安全を保つ一つの方法かもしれません。

食事介助手順の見直し

 食事介助の手順を見直しましょう。たとえば、食事の用意をすませてから最後に座位にするなど、座位の間はできるだけ看護師の目が離れない工夫ができないか検討してみましょう。

転倒・転落予防のための製品

 かつて脊椎の固定に用いられていたギプスベッドのように上半身を固定できるよう、体がすっぽり包まれるマットレスのついたベッドなどが、転落の防止に有効かもしれません。メーカーの転落防止のための製品開発の取り組みに期待したいところです。

【転倒・転落防止のための取り組みの紹介】
  • 「医療のリスクマネジメントシステム構築に関する研究」(厚生科学研究 主任研究者川村治子杏林大学保健学部教授)(添付資料1)

  • 転倒転落アセスメントスコアシート(横浜市大の例)「組織で取り組む医療事故防止」(日本看護協会)(添付資料2)



事例249:(抗がん剤の取り扱い)

発生部署(一般病棟)  手技・処置など(その他)

■インシデントの具体的内容

主治医が溶解し、冷所にて保管されていた抗ガン剤の確認を忘れた。翌日主治医と婦長に連絡の後、点滴した。

■インシデントの発生した要因

溶解後の輸液は冷蔵庫で保管され、坐薬や水剤と同様に取り扱うこととしていたが、確認不足であった。

■実施したもしくは考えられる改善策

溶解後の輸液は輸液保存用冷蔵庫に保管されていることを確認する


専門家からのコメント

■記入方法に関するコメント

 指示から実施にいたるプロセスの詳細が不明です。少なくとも、確認するはずだった人、点滴を実施した人などの主語を明示するようにしましょう。

■改善策に関するコメント

薬剤部門での注射準備の必要性

 抗がん剤は分量の計測が煩雑で、環境汚染の危険性がある薬剤であり、取り扱いに注意が必要なため、準備に関しては薬剤部門等でミキシングする体制を整備することが望ましい。
 まずは、院内で抗がん剤使用に関するプロトコールや安全に実施するためのマニュアルを作成し、各部門に情報提供しましょう。マニュアルもしてはいけないこととその根拠を示すなど、危険な行為への注意喚起を強化するものが必要である。また、マニュアルで示された手順がすべての部署で確実に実施されるように周知し、さらに適正に実施されているかどうかの確認は必要な活動です。
 また抗がん剤に限らず、薬剤部門でミキシングすべき薬剤はリストアップし、院内に周知しましょう。

抗がん剤の保管

 抗がん剤をやむを得ず冷所に保管する場合,他の患者に誤って使用することがないよう、当該薬剤に使用予定情報を記載した用紙を貼付して注意を促します。
 また、薬剤を保管すべき十分なスペースや他の物品と混在しないよう保冷庫内の整理整頓を常に行います。
 溶解後に薬物が化学的に不安定となる医薬品も存在すること,院内感染発生のリスクも考慮すると冷所保管する場合の運用手順を作成し,遵守するよう周知徹底することが大切です。

抗がん剤の投与

 抗がん剤は定められたプロトコールにしたがって計画的に使用される医薬品であり、投与する職員は、プロトコール全体を把握していることが必要である。


事例308:(インシュリンの投与忘れ)

発生部署(一般病棟)  手技・処置など(与薬(注射・点滴))

■インシデントの具体的内容

点滴注射準備にインシュリンを入れ忘れた。インシュリンは冷蔵庫にあり、現品のみで確認したが、途中ナースコールで準備作業を中断した。定期血糖測定時に高血糖で気づいた。

■インシデントの発生した要因

看護婦の基本的ミス(伝票と現品とで照合しなかった)。
ナースコールで作業が中断された。
看護婦がミキシングをせざるを得ないことも要因である。

■実施したもしくは考えられる改善策

チェックや声出し、複数確認などにより注射伝票を確認する。また冷所に保管している薬剤はその旨を明示する。


専門家からのコメント

■記入方法に関するコメント

 点滴注射を準備した際の指示伝票の取り扱いや、ナースコールがあった時の他の看護師等の職員の状況なども記述されているとよいでしょう。

■改善策に関するコメント

点滴の手順の明確化

 準備から実施までの過程における、伝票と薬品の確認方法をルールとして明確化しておくことが必要です。作業台の前にチェックポイントを掲示するなどの工夫も有効でしょう。

多重課題への対策

 この事例も事例16と同様に、多重課題が問題の要因となっています。多重課題による作業の中断は、どうしても手順の抜けや集中力の低下などミスを引き起こしやすくなるため、作業を中断することなく最後まで遂行できる環境を工夫することも必要です。
 特に点滴のミキシングにおける作業中断による薬剤関連のミスは多く報告されており、ナースコールや指示受けなどによる作業中断が生じないような、他業務からある程度隔離された空間や、作業に十分な空間の確保など環境の整備が緊急の課題でもある。
 やむをえず作業が中断してしまった場合には、どこまで進んだかあとからでもはっきり分かるようにする、他人が触れないようメモを置く、再開する際には手順の最初に戻って初めから確認していくといった工夫も有効でしょう。

【集中コーナーの設置】

(1)ミキシングに使用する作業台の前を「集中コーナー」として、そのエリアでミキシングを行っている時はナースコールがあっても対応しなくてよいというルールを決めたという取り組み。多重課題を減らす方策の一つである。

(2)薬剤部門におけるミキシング業務は看護師の多重課題によるミキシングミスを避ける最も有効な方策である。

【薬剤準備作業を中断する場合のルールの例】

(注射・点滴エラー防止、川村治子編、医学書院)P.76(添付資料3)


事例316:(薬局における調剤ミス)

発生部署(薬局)  手技・処置など(調剤)

■インシデントの具体的内容

入院患者に対し「ロヒプノール錠1mg」が処方されたが、誤って「リスミー錠1mg」を調剤した。投薬前に病棟看護婦が発見し、再調剤を行った。

■インシデントの発生した要因

調剤件数・業務が特定の時間帯に集中すること。

■実施したもしくは考えられる改善策

類似薬品の配置場所を工夫し、取り違え防止を徹底する。


専門家からのコメント

■記入方法に関するコメント

 報告されている改善策から推測して、インシデント発生の原因の一つに薬剤の配置場所の問題があったようですが、そうであれば「発生した要因」の欄にもその旨を記述するようにしましょう。
 それ以外にも、思い込みがあった、睡眠薬が処方される場合はリスミーであることが多かった、直前の処方がリスミーであったため混同したなど、考えられる要因や背景情報があれば分析に役立ちます。
 また、調剤監査が機能していたかどうか、なぜ監査で発見できなかったかについても記述してください。

■改善策に関するコメント

標準手順書の作成

 調剤に際しての処方せんに記載された医薬品と調剤棚に保管された当該医薬品の取り揃えのポイントと手順,調剤監査のポイントと手順を明確にした標準手順書を作成しましょう。
 調剤と調剤監査に共通するポイントとして「処方せんの記載内容を確認してから現物を見る」ことが挙げられます.逆に現物を見てから処方せんを読むと調剤過誤となる場合が多いので気をつけましょう。

使用薬剤の見直し

 類似薬品の配置場所を工夫したり、標準手順書を作成し遵守することは調剤の誤りを防ぐのに有効な対策ですが、採用されている薬品の種類が多ければそれだけ再び誤認する可能性が高くなります。
 その意味で、現在採用されている薬品が何種類あるのか、その中で同効の薬品は何種類あるのかなどを調査して、薬品の整理をすることは有効な対策と言えます。検討にあたっては、関係する医師、薬剤師、看護師などで十分協議し、必要最小限の薬品に絞り込む努力をしてください。
 また、薬剤の外観や仕様、複数規格などで間違いやすい薬剤については薬事委員会などで誤認を起こさない観点から採用薬剤の見直しを行うことは有効である。


事例77:(絶食の指示の行き違い)

発生部署(一般病棟)  手技・処置など(食事と栄養、情報・記録)

■インシデントの具体的内容

 他科受診に際して絶食の指示が出ていた患者が、「まだ食べてはいけないのか」と言ってきたため、受診予定の他科に問い合わせたところ、「今日は絶食不要のため食事はとっても良い。」との返事で、絶食の必要性がないのに、食事を止めて待たせてしまった。

■インシデントの発生した要因

担当医と他科の医師の指示が違っていたこと。
看護婦は確認せず、患者を昼すぎまで待たせた。

■実施したもしくは考えられる改善策

絶食で他科受診や検査を待っている患者が正午過ぎるような場合は、外来に連絡して絶食の必要性を確認する。


専門家からのコメント

■記入方法に関するコメント

 絶食の指示を出した人、それを患者に伝えた人など主語を明確にして、職員間の関係が明確になるような報告を心がけてください。
 また、そもそもなぜ担当医と他科の医師の指示が異なっていたのかという根本的な要因の十分な検討が必要です。

■改善策に関するコメント

患者への十分な説明

 検査前に食事を止める理由やいつまで止めるのか等の患者に必要な情報提供を十分に行い、患者の理解を確実にすることが最も重要です。

正しい指示と間違った指示の混在の原因

 この事例の問題点は他科受診や検査に関しては指示および確認がはっきりしているのに、絶食に関する指示や確認が不明確であったということです。
 他科受診や検査の指示と絶食の指示は同じ人から伝達されたのか、違う人だったのか、同じ人であればなぜ間違った指示が出されたのか、違う人であればなぜ指示経路が違ったのかなどを分析し、それに基づき改善策を検討する必要があります。

指示伝達経路の明確化
 この事例にある食事の指示以外にも、安静度、入浴、散歩などの指示は不明確になりがちです。
 誰が指示を出して、誰が確認・実行するかといった情報・指示の伝達経路を明確にしておくことが必要です。特に、指示を変更した場合や通常と異なる指示の場合には伝達ミスが発生しやすくなるため、注意が必要です。また、疑問があった場合の確認先もすぐわかるようルール化しておくとよいでしょう。
 この事例では、看護師の確認不足というより部門・病棟をまたがった指示伝達機能が十分に働いていなかったところに組織として改善すべき課題があります。看護部門内部で確認の必要性を強調するのではなく、医師や検査部門とも十分協議して組織としての情報伝達のあり方を再検討する必要があるでしょう。


事例129:(規格の異なるインシュリンの投与)

発生部署(一般病棟)  手技・処置など(与薬(注射・点滴))

■インシデントの具体的内容

 IVH施行中の患者に、午後7時に血糖測定を実施して、結果を主治医へ報告した。ノボリンR 8単位をIVH内へ注入するようインスリンの指示がでた。ノボリン30Rが冷蔵庫内にあり、間違えて30R 8単位をIVH内へ注入してしまった。その時点で間違いということに気付かず、2日後の日勤看護師が誤りに気付いた。患者には異常はなく、婦長より主治医へ報告した。

■インシデントの発生した要因

インスリンの単位違いの種類があることを把握できておらず、知識不足だった。

■実施したもしくは考えられる改善策

注射施行する前は、必ずカルテ、注射伝票、注射ラベルを確認し、不審に思ったら、他の看護師か、主治医へ報告し、再度確認をとる。


専門家からのコメント

■記入方法に関するコメント

 2日後に発見した際のきっかけやプロセスがわかるように記述すると、要因が把握でき、改善につなげることができます。

■改善策に関するコメント

スライディングスケールの利用

 血糖値に応じて使用するインシュリンの種類、量を病院内で標準化し、スライディングスケール(指示の標準化)を作成することも有効です。病院内のどこの部署でも共通の指示で行動することができ、また、インシュリンの種類を整理することもできるため、この事例のようなミスを少なくすることができます。また標準化された指示に関しては、医師や看護師などチーム内におけるコンセンサスが十分に得られていることが重要です。

間違いやすい薬剤の対策

 規格が複数種類ある薬剤や、名称が似ていて間違いやすい薬剤というものがあります。これらは事前にそのことが分かっていると、その薬剤を扱う際に意識的に注意を向けることができ、うっかりミスの防止に有効です。
 こういった薬剤のリストがいくつか公表されていますので、それらを研修や勉強会などで活用するとよいでしょう。また「間違いやすさ」の観点から、薬事委員会では採用薬剤の見直しや新規の採用を検討します。
 また、特に病棟でよく使う薬剤の中に間違いやすいものがある場合、それらをリストアップして目立つところに掲示するなどの工夫が有効でしょう。標語やカルタにして覚えやすくするといった工夫をしている施設もあります。

インスリンの保管方法

 冷蔵庫などの中で、他の物品と混在して保管しておくことは、取り違えを引き起こします。保管場所は整理整頓して、外観の誤認を防ぐことが必要。

インスリンの外観の工夫

 同じような外観で、異なる規格を有する薬剤の過剰投与は多く報告されている。医薬品の外観については標準化をはかるあるいは、注意の表示を工夫することが製薬企業には求められてる。

【間違いやすい薬剤のリスト】
  • 日本病院薬剤師会「外観・名称の類似した注射薬について」
    (http://www.jshp.or.jp/naiyo/2waht/cont/rmruiji.html)(添付資料4)

  • 「注射・点滴エラー防止」川村治子編、医学書院、平成13年12月



事例235:(インフォームドコンセントの未実施)

発生部署(放射線検査・治療室)  手技・処置など(情報・記録)

■インシデントの具体的内容

血管造影検査を受ける患者に対して、十分な説明や同意書の作成をせずに検査室に入室させた。

■インシデントの発生した要因

複数の診療科や診療グループの医師が関与していたため、誰かが説明してくれていると思っていた。
検査のインフォームドコンセントは医師の責務であるため、医師に任せておけば良いという意識が他の職種にあること。

■実施したもしくは考えられる改善策

○主治医が、検査のインフォームドコンセントがなされているかどうかを原則確認することを周知徹底。

○病棟と放射線部の看護婦が同意書の有無の確認を意識して行うように、すでに電子化されている検査申し送り票に「同意書」の確認項目を追加した。

○上記により主治医、病棟看護師、放射線部看護師の三重チェックが実施でき、検査申し送り票記入時にインフォームドコンセント未実施が発見されるようにする。


専門家からのコメント

■記入方法に関するコメント

 この患者に関与していた複数の診療科や診療グループの医師の関わり方が明記されているとより具体的な要因が明確になり、改善策につなげることができます。

■改善策に関するコメント

インフォームドコンセントの徹底

 患者への検査や処置に関するインフォームドコンセントは患者の理解にあわせて十分かつ丁寧に行われるべきであり、自ら実施すべきインフォームドコンセントを他のスタッフ任せにしている状況はチーム医療の本来の機能を発揮しているとはいえません。情報の共有を強化するためには、記録物の工夫や伝達の方法について各部門の職員により話し合う必要があります。

医師間の役割のルール化

 インフォームドコンセントを含めて検査に関わるすべての業務を実施または確認し、関係者に情報提供する責任は検査を指示した医師にあります。
 検査を指示した医師と主治医が異なる場合には、患者に対して情報の行き違いや不都合が生じないように、院内のルールとして両者の役割分担を明確にしておく必要があります。そういったことも含めて、病院全体として検査を受けるまでの手順を作成することが必要です。まずはインフォームドコンセントをするべき役割を明確にし、その上でインフォームドコンセントが行われたことが分かるよううまく情報が伝達されるしくみをつくりましょう。

チーム医療における役割分担

 チーム医療において相互チェックが機能することはミスの未然防止に有効ですが、いたずらに確認事項を増やすのではなく、各自が自分の役割と責任を全うしつつ、効率よく確実な確認が行えるようなしくみをつくることがよい改善策であるといえます。


事例348:(夜間体制での血小板の未照射輸血)

発生部署(救急外来、一般病棟)  手技・処置など(輸血)

■インシデントの具体的内容

未照射の血小板を輸血した。

■インシデントの発生した要因

輸血部が稼動している時間内は放射線照射された血液が供給されているので、常に血液は照射されていると思い込んでいた。
夜間の緊急輸血で急いでいた。血小板はクロスマッチ不要のため、輸血部へ行く必要がないため、ついうっかり実施した。

■実施したもしくは考えられる改善策

○血液センターより照射血を購入する。
○輸血部を24時間体制の稼動とした。


専門家からのコメント

■記入方法に関するコメント

 患者の状態、関わった医師、看護師など職員の人数や業務の状況、血小板の入手経路など、状況を詳しく把握することにより、輸血以外の安全対策上も有益な情報が得られることが多々あります。

■改善策に関するコメント

 血液センターからの照射血の購入と輸血部の24時間稼動体制の整備という改善策は、組織の仕組みとしてミスが起こりえないようにした有効な改善策であると言えます。
 輸血部等が24時間体制でない場合は、夜間体制におけるマニュアルなども作成し、日中と異なる体制下での輸血の事故を防止する。
 輸血部職員、指示を出す医師、準備実施する医師や看護師、搬送する者それぞれの段階でチェックシートを作成し、各作業や確認がより確実に実施されるシステムをつくる。

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